オフショア人民元市場でいま何が起きているのか?
2月最初の配信は、「オフショア人民元市場」に関する話題です。中国は、言葉も文化も全く異なりますが、それ以上に私たち日本人にとって理解しがたい点は、「通貨市場の不透明さ」にあります。「通貨と金融市場」に関する「マニアックな議論」をお楽しみください。
目次
今月もマニアックなニュースを拾います
早いもので、本日から2月です。
私自身は都内某所で「吹けば飛ぶような小企業」を経営するビジネスオーナーですが、それと同時に、昨年7月以降は、この「独立系ビジネス評論サイト」を立ち上げて運営しています。
私自身は、金融規制に関する専門的な知識に強みを有しており、このような観点から、他のウェブサイトではなかなか見られないような「マニアックで専門的な知識」を提供することで、読んで下さった方々の「知的好奇心を刺激する」ようなコンテンツを提供して参りたいと考えています。
オフショア人民元市場で今、何が起きているのか?
さて、本日のテーマは、「オフショア人民元市場」です。
日本経済新聞社の傘下に入った英フィナンシャル・タイムズ(Financial Times, FT)紙は、「電子版」のビジネスモデルで成功している、世界でも数少ない新聞社だといわれています。もちろん、FTも「常に正しい情報」を流している訳ではないのですが、伝統的にFTは、(なぜか)香港などのアジアに関する情報に精通しており、私も時々、参考にさせていただいています。
そのFTに先日、少し気になるニュースが掲載されていました。
Renminbi internationalisation remains elusive(英国時間2017/01/30(月) 10:06付=日本時間2017/01/30(月) 19:06=付 FTオンラインより)
タイトルを意訳すると、「人民元の国際化の道は不透明」、といったところでしょうか?英国のメディアであるためでしょうか、米国式の“internationalization”ではなく、英国式の“internationalisation”という綴りを用いていますが、要するに「人民元の国際化は怪しい」という主張です。
著作権があるため、全文の引用はできませんし、リンク先自体は「有料契約」がないと閲覧できないようですが、これを私自身の言葉でごく簡単に要約すると、
- 人民元のオフショア対ドル相場がオンショア(中国本土)相場と比べて高値で推移している(offshore rate against the US dollar has been stronger than its onshore counterpart)
- 理論的には、オフショアとオンショアのギャップが生じる状況は、国際的な市場で「人民元の先高観」が形成されている証拠だ(in theory, such a gap implies international investors are betting the Chinese currency will strengthen)
- しかし、今回の人民元高の理由は、中国当局が(オフショア人民元の)供給を引き締めていることによると考えられる(China’s ever-tightening capital controls caused the rapidly shrinking market outside the mainland for renminbi)
とする議論です。実際、FTはBloombergのデータを引用する形で、人民元最大の「オフショア市場」である香港における「人民元建預金」の金額が、2016年12月末時点で5,467億元(米ドル換算で795億ドル相当)にまで落ち込み、2年前の1兆元の水準と比べると半減していると指摘しています。いわば、香港市場における人民元の流動性が急に低下している格好です。
私の理解だと、中国当局者は人民元の国際化を進めるために、オフショア市場を拡大しようとしていたはずです。今、中国の通貨市場で、いったい何が起きているのでしょうか?
閉鎖された本土市場
通貨コードが3つの怪
これについて議論する前に、中国の通貨・人民元の現状について、きちんと分析しておく必要があります。
通貨市場では、多くの通貨にはアルファベット3文字の「通貨コード」が充てられています。たとえば「世界の基軸通貨」である米ドルであればUSD、欧州共通通貨のユーロであればEUR、ドルやユーロと並ぶ「準基軸通貨」である英ポンドや日本円であれば、それぞれGBPやJPY、といった具合です。
ところが、中国の通貨・人民元については、通貨コードが3つ存在しています。
1つめは、人民元の中国語「人民幣」の北京語読みRenminbi(レンミンビ)を略したRMBです。この表現は、香港などの街頭にある両替屋などでも広く見ることができますし、国際的な銀行間決済電文システムを運営している会社SWIFT(スイフト)は、この「RMB」という略語を用いた「RMBトラッカー」という指標を公表しています。
2つめは、中国の元(Chinesse Yuen=チャイニーズ・ユアン)を略したCNYです。国際決済銀行(BIS)の統計上は、CNYという表現を好んで用いています(RMBについても併記しています)。
そして、3つめの、「最も不透明な指標」が、CNHです。このCNHとは、外為市場で2013年~14年頃までに、自然発生的に成立した用語のようですが、CNYのYをH(香港Hong Kongの頭文字)に置き換えたものでしょうか?いずれにせよ、現在の市場でCNHといえば、それは「香港を始めとするオフショア(中国国外)で流通する人民元」のことを指しており、中国本土の人民元(CNY)とは全く別個に流通しています。
アービトラージとCNYとCNHの連動
もちろん、CNYとCNHは、「流通している場所」が違うだけで、どちらも同じ「中国の通貨・人民元」です。経済学の教科書的に自然に考えてみると、「裁定(アービトラージ)」が働くため、同じ通貨に2つのレートが同時に成立するわけがありません。
この「アービトラージ」という考え方は、非常にシンプルです。たとえば、CNYとCNHで、次の通り、対ドルで別々の相場が成立していたとします。
- 1ドル=6CNY(中国で1ドル=6元)
- 1ドル=7CNH(香港で1ドル=7元)
このとき、ある人が6ドルを持っていたと仮定します。この人は、香港で手持ちの6ドルを全額、人民元に両替し、42元(=6×7)を入手することができます。そして、その42元を持って、香港に隣接する深圳市あたりに持ち込んで両替すれば、7ドル(=42÷6)が手に入る計算です。
つまり、この人は「無リスク」で1ドル儲かるのです。これが「裁定取引」です。
もちろん、実際には香港と深圳には境界線がありますし、香港から深圳に出掛けるための交通費やパスポートチェックなどの手間を掛ける必要もあります。ただ、仮にこの人が持っているお金が、6ドルではなく6万ドルだったとしたら、香港で両替した人民元を深圳に持ち込むだけで1万ドル儲かるわけですから、こうした取引をする価値が出てくるのです。
ただし、ここで「アービトラージ」が働くためには、一つの条件があります。それは、
「資本移動が自由であること」
です。現実問題として、人民元の「札束」を香港と深圳の間で物理的に動かすことには相当の無理があります。当然、為替取引は電子ブローキング・システム(EBS)などの口座振替を使わざるを得ません。そうなると、中国当局の規制と監視が厳格に働くため、結局、こうした「アービトラージ」が機能しないのです。これが、「CNYとCNH」という、「不透明な2つの相場」が成立してしまう理由なのです。
人民元市場の後進性
では、なぜ中国当局は、人民元市場を「中国本土市場」と「中国本土外(オフショア)市場」とに分断しているのでしょうか?
その理由は、2つあります。1つ目の理由は、中国の規制当局が中国本土の資本市場を、外国人投資家に開放したくないからです。
その証拠に、たとえば、外国人機関投資家が中国本土に投資するためには、中国人民銀行(PBOC)・中国証券規制委員会(CSRC)などから「適格外国機関投資家(Qualified Foreign Institutional Investor, QFII)として認可を受ける必要があります(QFIIの詳細については深圳証券取引所のウェブサイト(英語版)などをご参照ください)。
この「QFII」なる制度は、日本や欧米諸国などの先進国市場には存在しません。たとえば、日本の場合、「金融商品取引法上の適格機関投資家」としての届け出制度などは存在しますが、「外国人投資家」だからという理由で、「売買できる金融商品の金額」に制限が設けられるということはあり得ません。欧州連合(EU)加盟国や米国などでも状況は同じです。
中国の規制当局者が一番恐れているのは、「中国からの資本流出リスク」です。その意味で、「本丸」である中国本土の人民元資本市場を閉鎖したままであれば、過度な資本流出も発生しません。ただ、それと同時に中国の資本市場は現在も「外国人に自由に開かれていない市場」であり、その意味でも人民元は「国際的に自由に取引できる通貨」ではないのです。
オフショア市場という「まやかし」
ただ、習近平(しゅう・きんぺい)中国国家主席が率いる中国共産党政権にとっては、「偉大なる中国」の夢を実現するためには、人民元を「国際的に取引される通貨」にすることが大事です。これに加えて、国際通貨基金(IMF)の「自由利用可能通貨」に加えてもらうことが、中国共産党にとっては積年の夢でした。
そこで、中国当局が行った規制改革が、「中国本土の人民元市場の開放」ではなく、「中国本土と分断されたオフショア市場の開設」だったのです。
具体的には、中国本土の資本規制を維持したままで、中国の域外で、新たな人民元の市場を作ることです。中国はこのターゲットとして、旧英国植民地で近代的な金融法制度を有する香港、そして「国際的な金融センター」であるロンドンを選びました。これが「オフショア人民元市場」の正体なのです。
人民元はこれからどうなるのか?
オフショア人民元成長期待に「肩すかし」食う
冒頭のFTの記事に戻りましょう。
先ほどは、「人民元のオフショアセンターでもある香港で、最近、人民元建預金が急減している」という話題まで触れました。FTはこの記事の続きで、
「香港の人民元建の預金が1兆元だった時点で、我々はこの預金量が2兆元、いや、あるいは5兆元にまで増えると予想していた」
という、某市場関係者の発言を紹介します。そのうえで、FTは
「中国当局者にとって、現段階では人民元の国際化という大方針が停滞することを受容してでも、香港における人民元の供給を絞ることで、通貨市場そのものを操作しやすくする(being easier to manipulate)」
方針に転換したのではないかと推察しています。
ここで、「manipulate」という英単語が出てきます。辞書的には「操作」という意味ですが、経済紙で使われる時には、「当局による(人為的・時として不当な)調整」というニュアンスがあります。
まさに、米国の財務省あたりが以前から問題視していることは、中国当局が為替相場を「操作(manipulate)」していることですが(同様の表現は韓国に対しても用いられていますが)、FTは「中国当局がオフショア市場の規模を小さくすることで、人民元の相場を中国政府にとって都合が良い水準に調整する」目的がある、と指摘しているのです。
「SDRの構成通貨入り」という目的を果たした中国
ところで、中国の通貨・人民元は2016年10月1日に、国際通貨基金(IMF)の「特別引出権(SDR)」の構成通貨となりました。これを受けて、日本のメディアも、
などと嬉しそうに報道しました(余談ですが、「慰安婦問題」を捏造したことで知られる朝日新聞社の報道ぶりが特に酷かったのですが、このあたりについての詳細は『SDRと人民元と「国際通貨」』あたりもご参照ください)。
しかし、現実には中国の通貨・人民元は、その後も全く「自由利用可能通貨」とならないばかりか、むしろオフショア市場の規模が縮小している始末です。これをどう見れば良いのでしょうか?
私の見立てでは、中国当局が香港やロンドンなどの「オフショア人民元市場」を創設した目的は、「IMFのSDRに加えられるため」だったと考えています。ということは、「目的を果たした」わけですから、中国としては、「自国の通貨の不安定要因となるような市場」を、これ以上成長させないようにするというインセンティブが生じたとしても不思議ではありません。
つまり、「SDR入り」という目的が達せられた現在、中国としては、
「わざわざオフショア市場を育成する必要などなくなったわけであり、それよりも「資本流出リスク」を最小化することの方が、政策目標として重要になったのだ」
と考えているのかもしれません。
自由交換可能でもない通貨をSDRに加える決断を下したクリスティーヌ・ラガルド専務理事は、IMF始まって以来の無能な専務理事として、後世に記憶されることでしょう。
人民元の今後
さて、いかに中国の通貨制度が「不透明」なものであったとしても、中国経済が発達すれば、必然的に人民元の流通量についても増えてきます。
実際、SWIFT統計でもBIS統計でも、人民元の取引高は、数年前と比べて確実に増えて来ています。経済が発展すればその国の通貨の地位が上昇するのも当然の話です。もっとも、SWIFT統計から判明する人民元の決済シェアは、ここ数か月は低迷しているようですが…(図表1、図表2)。
図表1 SWIFT上の「通貨別決済シェア」ランキング
図表2 米ドルとユーロと英ポンドを除く決済シェア推移
ただ、それと同時に、現在の人民元市場が、「非常に危うい均衡」のうえに成り立っていることも事実です。民間商業取引の代金決済程度であれば、金額も大したことはありません。しかし、中国政府が国内の銀行や企業、投資家などの海外投資を自由化すれば、それこそ「あっという間」に、中国から資金が逃げてしまう可能性があります。
このため、私は、中国当局が引き続き「オフショア人民元」市場を、「IMFに対する説明責任」上も「為替相場の操作」上も都合の良い市場として位置付け続けると見ています。
今からでも遅くありません。IMFは人民元の「自由利用可能通貨」としての指定を取り消すべきです。「過ちを正す」ための勇気を持つことが大切ではないでしょうか?
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どうか引き続き、当ウェブサイトをご愛読ください。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
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コメントをいただいた皆様
いつもコメント大変ありがとうございます。また、力強いご支援のコメントも大変ありがたく頂きたいと思います。
さて、管理人「新宿会計士」は、つい多忙にかまけて、拝領したコメントにほとんど返信ができていない状況にあります。しかし、私が皆様から拝領したコメントにつきましては、一つ一つ、ありがたく拝読しております。
つきましては、今後ともぜひ、お気軽にコメントを頂戴できれば幸いです。
引き続き何卒よろしくお願い申し上げます。