思考実験:ロシア領もウクライナの復興に充当しては?

ロシアの外貨準備を、ウクライナに対する賠償金に充当すべきではないか――。これは当ウェブサイトだけでなく、世の中的にもよく議論されてきた話題のひとつです。ただ、これも一筋縄ではいきません。欧州連合(EU)や欧州中央銀行(ECB)内部では、「特別な犯罪がない限り資産そのものを没収することはできない」との立場が強いようであり、やはりここは日米欧などの協調行動が必要でしょう。こうしたなか、せっかく年末ですので、思考を柔軟化する良い機会でもあります。

ロシアの外貨準備は21年末で6306億ドル

ロシアは現在、ウクライナ戦争の影響もあり、西側諸国から経済制裁の一環として、資産凍結措置などを受けており、これらのなかにはロシアの中央銀行が保有していた外貨準備なども含まれます。

国際通貨基金(IMF)やロシア中央銀行のレポートなどの記載を参考にすると、西側諸国が凍結したロシアの外貨準備高は、3500~4000億ドル程度であろうと想像できます。

その際の計算根拠は、こうです。

IMFが公表している各国の外貨準備高に関するデータ(International Monetary Fund, International Reserves and Foreign Currency Liquidity, IRFCL)によると、ロシアの2021年12月末時点の外貨準備高は6306億ドルで、内訳は図表1のとおりでした。

図表1 ロシアの2021年12月末時点の外貨準備高
項目金額構成割合
外貨準備合計6306億ドル100.00%
 うち現金預金+有価証券4639億ドル73.56%
 うち金1331億ドル21.10%
 うちIMFRP53億ドル0.83%
 うちSDR242億ドル3.84%

(【出所】International Monetary Fund, International Reserves and Foreign Currency Liquidity データをもとに作成)

ロシア中銀データをもとに試算する「凍結された額」

このデータだけだと、ロシアが保有している外貨準備高のうち、通貨(米ドル、ユーロ、日本円など)の割合はわかりません。しかし、ロシアの場合、ロシア中央銀行が下院向けに提出しているレポート【※ロシア語】の112ページ目に、2022年1月1日時点の通貨別内訳の開示がありました(図表2)。

図表2 ロシアの外貨準備の通貨別内訳
内訳2021年1月1日2022年1月1日
米ドル21.2%10.9%
ユーロ29.2%33.9%
人民元12.8%17.1%
英ポンド6.3%6.2%
その他通貨7.2%10.4%
金地金23.3%21.5%
合計100.0%100.0%

(【出所】ロシア中央銀行がロシア下院向けに作成したレポート【※ロシア語】の112ページ目の記載を参考に作成)

この2枚の図表を組み合わせると、ロシアの2021年12月末時点の外貨準備高(6306億ドル)については、おおむね次のような通貨構成であろうと想像できます(図表3)。

図表3 ロシアの2021年12月末時点の外貨準備における通貨別構成割合
通貨おおよその金額構成割合
米ドル687億ドル10.90%
ユーロ2138億ドル33.90%
人民元1078億ドル17.10%
英ポンド391億ドル6.20%
その他通貨656億ドル10.40%
金地金1356億ドル21.50%
合計6306億ドル100.00%
※人民元と金以外3872億ドル61.40%

(【出所】IMFデータ、ロシア中銀データを基に試算)

凍結された外貨準備は3000~3500億ドルか

つまり、6306億ドルのうち、人民元(1078億ドル)と金(1356億ドル)を除けば、約3872億ドルが西側諸国など、ロシアに対する経済制裁に参加している諸国の通貨で構成されていると考えられます。世界の外貨準備に組み入れられている通貨といえば、人民元を除けば、西側諸国通貨が圧倒的に多いからです。

ただし、この「3872億ドル」にはIMFのリザーブ・ポジションの額や特別引出権(SDR)の額などが含まれているため、現実に西側諸国が凍結した金額は、3000~3500億ドル、と想像することができ、この金額はロシア当局者が主張している金額と(多少のズレはありますが)ほぼ整合しています。

一説によると、ウクライナ戦争によるウクライナが被った損害の額は数百億ドルとも数千億ドルともされていますが、これらの損害は、ロシアが違法な軍事侵攻を始めたことで生じたものでもありますので、ロシアが全額を賠償すべき性質のものでもあります。

そして、その財源として西側諸国が凍結した3000~3500億ドル程度のロシアの外貨準備とその運用益を充当するのが筋ではないでしょうか。

EU内では慎重論も

もっとも、この構想も、なかなか一筋縄ではいかないようです。

『ユーロニューズ』というウェブサイトに、ちょっと気になる記事が出ていました。

EU Policy. Brussels rows back on plan to tax €200 bn in frozen Russian assets

―――2023/12/12 16:36付 euronews. より

ユーロニューズによると、欧州委員会は12日、ユーロクリアなどの預託機関に対し、凍結されたロシア関連資産を個別に登録することを義務付け、ロシア関連資産から発生する利配収益を隔離することを(非公開で)決定したそうです。

記事によると現在、欧州連合(EU)領域内にあるロシア関連資産は2000億ユーロ程度であり、このうちの大部分をベルギーにあるユーロクリアが保管していて、その利息・配当等の収入は今年だけで30億ユーロに達したそうです。

ベルギーのアレクサンダー・ドゥ=クロー首相はこの金融所得から発生する税額15億ユーロを直接ウクライナに送金すると表明しているそうですが、これに対し欧州中央銀行(ECB)側は、「特別な犯罪がない限り証券そのものを没収することはできない」と牽制。

ECBは「安全な通貨としてのユーロの評判を損なう可能性」を警戒しているのだとか。

「特別な犯罪」もなにも、ウクライナ侵攻自体が明らかな国際法違反であるということを踏まえれば、ロシアの資産を没収してウクライナに送金することにおかしな点はありませんが、ただ、EU域内法的には、やはりそれが難しいのでしょう。

ということは、EU側はとりあえずの措置としてロシア関連資産の分別管理を行い結論を先に延ばす、ということかもしれません。

やはりまどろっこしいかもしれませんが、この「ウクライナ賠償問題」については日米欧など主要国が協議し、国際協調のうえで実施せざるを得ないのでしょう。

もし外貨準備で不足するなら…資源と領土を差し押さえるのか?

ただ、ここでシンプルに疑問がひとつ浮かびます。

戦争が長期化するなかで、ウクライナ復興費用が思わずかさみ、西側諸国が凍結している外貨準備やその運用益などだけでは財源が足りなかった場合、いったいどうすべきでしょうか。

これについて、少し古い話題ですが、とある業界紙の新春コラムに、こんな趣旨の内容が掲載されていました。

  • 戦後処理として、ウラジミル・プーチンを国際軍事法廷に引き渡す。
  • ウクライナの復興財源に充てるため、ロシアの領土、天然資源を差し押さえる。
  • 日本もウクライナに対し、巨額の円借款を供与する。
  • 円借款自体はウクライナが返しても良いが、「領土」で返すことも可能である。
  • ここでいう「領土」は、ロシア敗北時にウクライナ領となった千島、樺太である。
  • 日本は事実上、ウクライナ戦争を契機に千島、樺太両島を手に入れることになる。

…。

なんとも突拍子もない構想です。

ですが、世の中、一寸先は闇といわれます。昨年の今ごろだと、大手の自動車買取業者や某芸能事務所が経営危機に瀕する、あるいは消滅するなどと予想していた人はいなかったでしょう。

ロシアも、これと同じです。

ジャーナリストの長谷川幸洋氏が取り上げていた、「ロシアの分裂」に関する話題(『「ロシア分裂」なら東アジアは?複雑化する政策方程式』等、図表4)は若干荒唐無稽かもしれないにせよ、せっかく年末というタイミングでもあるため、思考は柔軟にしておくに越したことはありません。

図表4 ロシア分裂

(【出所】 Free Nations of Postrussia Forum, “Map of the Free States of Postrussia” )

個人的には、日本国内で大手マスメディアの一角が経営破綻により崩れるとともに、支持率低迷に苦しむ岸田文雄首相が起死回生の「憲法改正・財務省解体・減税」解散に打って出ることで自民党が圧勝し、一気に改憲が進む、といった流れを期待したい、などと思っていることは、ここだけの話です。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. 七味 より:

    そういえば、ロシアのウクライナ侵攻って2022年の2月でしたよね♪

    始まった当初は、西側の支援で、さくっとロシアを退けてウクライナの勝利で終わるって思ってたのです♪
    あれから、もう2年なのですね (´Д`)ハァ…

    なんかニュースをみてると支援疲れみたいなのも出てきてるようにも思えるのです♪

    かといって、手を引いちゃってロシアが勝っちゃたりしたら、それはそれで困るし・・・

    なんてことを徒然と思いながら読んでて、
    >資源と領土を差し押さえるのか?
    ってとこでちょっと思いついたのです♪

    買収先の資産を担保に買収費用を借りるみたいなのがあるじゃないですか?

    あんな感じで、ロシアの資源や土地を担保にウクライナにお金を貸すみたいなことはできないのかな?

    千島列島の土地所有権だけなら○円とか、施政権を含むならさらに○円とか・・・
    で、ウクライナが勝ったときには、ロシアから賠償の一環でそういった権利とかを受け取って、お金を貸した相手に返すみたいな感じなのです♪

    もちろんウクライナが負けちゃうとただの紙切れになっちゃうから、各国がウクライナに支援するインセンティブにもなるんじゃないかと思うのです♪

    ついでに、債券とかみたいな金融商品化すれば、戦況の好悪で値段が変わって、あらたな需要を創出できたりしないかな?

    1. 誤星紅旗 より:

      妙案かもしれないですね。
      ウクライナがロシアに対し一方的に、千島樺太のロシアからの併合宣言をすることで、極東へ誘拐されたウクライナ児童の捜索依頼を出してもらいウクライナ警察の捜査チームを警護する形で自衛隊が千島樺太を保証占領することも頭の体操として考えてみる価値はありそうです。
      個人的には江戸幕府の版図であった北方領土と南北樺太全島は日本に復帰すべき領域と感じておりますが、国際社会の理解を得やすく進めるのであれば、日ソ中立条約違反で不法占拠された南樺太と千島列島全島を回収後に、ウクライナがロシアから得るべき戦後賠償の対象として、北樺太の割譲を求めて南北樺太全島を日本に復帰させるのも一考だと思います。間宮林蔵の想いが紡がれますように。

  2. 農民 より:

     ロシア軍がウクライナ領内に”置いていった”スクラップが2億ドル相当程度にはなるという話。鉄鋼処理地であるマリウポリが侵攻・損害を受けていますし、とても釣り合わないものの、雇用なども含めれば幾らかの補填にはなりそう。
     ロシア軍が”置いていった車両”なんかを拾得しても合法だそうですし。

    1. クロワッサン より:

      >ロシア軍が”置いていった車両”なんかを拾得しても合法だそうですし。

      エンジンを掛けると爆発するとか、ブービートラップが仕掛けられてそうな気もしますね。

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