FIMAレポは「為替スワップと並ぶ安全弁」なのか?

米FRBが3月31日(※現地時間)、「FIMAレポ」と呼ばれる新たな流動性ファシリティを創設すると発表しました。難しい言葉を使っていますが、何のことはありません。単に「外貨準備で保有する米国債を担保にカネを貸しますよ」、と言っているだけのことです。米国との為替スワップが存在しない国にとっては流動性ファシリティとして機能するほか、米国にとっては米国債の価格下落を防ぐことができるという意味では「Win-Win」の関係にある、とでも言いたいのでしょうか。

米FRBの流動性ファシリティ

例の新型武漢コロナウィルスSARS-CoV-2が世界的に蔓延している影響により、経済、金融の混乱が続いています。

こうしたなか、世界の基軸通貨である米ドルを発行している米連邦準備制度理事会(FRB)は、さまざまな資金供給策を打ち出して来ているのですが、これらのなかには外国に対するドル資金供給も含まれています。

たとえば、FRBは現在、都合14の外国の中央銀行・通貨当局に対し、為替スワップ(相手国中央銀行を通じた米ドル資金の流動性供給ファシリティ)を保有しています(『【資料】リーマンショック時に実行された為替スワップ』等参照)。

【資料】リーマンショック時に実行された為替スワップ

この為替スワップを巡って、FRBは「外国の金融機関に対しても資金を供給することで、結果的に米国の企業や個人の利益を守る」という目的を明らかにしています(※もっとも、個人的にはむしろ、米FRBの行動は「ドル覇権を守るため」ではないかという気もしますが…)。

為替スワップの限界

ただ、このドル流動性ファシリティには、ひとつの限界があります。それは、「FRBが全世界の中央銀行・通貨当局と為替スワップを締結しているわけではない」、という点です。世界やアジアの主要通貨圏をごく大雑把に分類しておきましょう(図表1)。

図表1 為替スワップから見た世界主要通貨
グループ具体的な国為替スワップ
①米国が常設型為替スワップを提供している相手ユーロ圏、日本、英国、スイス、カナダ期間無制限・金額上限なし
②米国が半年・600億の為替スワップを提供している相手豪州、ブラジル、韓国、メキシコ、シンガポール、スウェーデン期間は当面6ヵ月、金額上限は600億ドル
③米国が半年・300億の為替スワップを提供している相手デンマーク、ノルウェー、ニュージーランド期間は当面6ヵ月、金額上限は300億ドル
④米国との為替スワップが存在しないG20構成国インド、インドネシア、ロシア、サウジアラビア、中国、トルコ、アルゼンチンスワップなし
⑤米国との為替スワップが存在しないアジア主要国の例香港、台湾、タイ、マレーシアスワップなし

(【出所】著者作成)

このうち①については、カナダを除けばいずれの通貨もハード・カレンシーであり、「準基軸通貨」のようなもので、国際的に活動する大規模金融機関も多数所在することから、期間・金額無制限の為替スワップ・ファシリティを提供しているのは、ある意味では当然のことといえるかもしれません。

また、②、③については、大規模金融機関が存在しているわけではありませんが、米FRBが「米国にとってそれなりの重要性がある」と判断した国なのでしょう(ただし、金額的に600億ドルと300億ドルに区分を設けているのは、米国なりの重要性の判断だと思います)。

しかし、④については、いちおうはG20諸国です。②や③の国に為替スワップを提供した理屈からすれば、④の諸国に為替スワップを提供しない理屈は、「経済合理性」だけでは説明が付きません(ドルペッグを採用しているサウジアラビアは別として)。

また、⑤の国は米国にとって重要性がないという判断なのだと思いますが、ドルペッグを採用する香港を別とすれば、台湾、タイ、マレーシアはいずれもアジアにおいては重要な国です。

だからこそ昨日、日本がタイとのあいだで通貨スワップに続き、為替スワップを締結するという判断に至ったのかもしれませんね(『タイと為替スワップも成立 日本中心に成長する安全網』参照)。

中銀向けのFIMAレポという流動性ファシリティ

こうしたなか、金融市場にもうひとつ、興味深い話題が出てきました。

Federal Reserve announces establishment of a temporary FIMA Repo Facility to help support the smooth functioning of financial markets

The Federal Reserve on Tuesday announced the establishment of a temporary repurchase agreement facility for foreign and international monetary authorities (FIMA Repo Facility) to help support the smooth functioning of financial markets, including the U.S. Treasury market, and thus maintain the supply of credit to U.S. households and businesses.<<…続きを読む>>
―――2020/03/31 8:30 a.m. EDT付 FRBウェブサイトより

リンク先記事によれば、FRBは4月6日に、「中銀向けのレポ取引ファシリティ(FIMAレポ)」を創設するそうです(とりあえず期間は6ヵ月)。そして、この「レポ取引」とは、債券を担保におカネを借りる取引(あるいはおカネを担保に債券を借りる取引)のことです。

※『最新レポ取引のすべて』(P15等)によれば、厳密には、債券を借りる側からは「レポ取引」、カネを借りる側からは「リバースレポ取引」と呼ぶこともあるようですが、本稿ではFRBの報道発表に倣い、たんに「レポ取引」とだけ述べています。

【参考】『最新レポ取引のすべて』(アマゾンリンク)

FRBによると、今回のレポは、「FIMA」(foreign and international monetary authorities、つまり「外国および国際的な通貨当局」、平たく言えば外国の中央銀行等)が保有している債券を担保にカネを貸しますよ、という仕組みです。

なんだかあまり有難くありませんね。

FIMAレポの「罠」?

今回のFIMAレポは、「自国の金融機関に対して提供する米ドルの流動性ファシリティ」という意味では、為替スワップと目的はまったく同じです。

しかし、自国通貨を担保に差し入れれば良い為替スワップと異なり、FIMAレポの場合は外貨準備のなかの有価証券を担保に入れる必要があるため、結局は外貨準備を担保に短期資金を借りているだけであり、外貨準備が少ない国にはたいした恩恵がありません(図表2

図表2 外国中銀への流動性供給ファシリティ
ファシリティ担保金額上限
為替スワップ自国通貨上限あり(日英欧瑞加を除く)
FIMAレポ中銀が保有する米国債その国の米国債保有額まで

(【出所】著者作成)

ただし、外貨準備の中で保有している有価証券をわざわざ売却しないでも資金を借りることができるため、「手っ取り早く資金調達したい」という諸国にとってはありがたいほか、米国債の価格暴落を防ぎたい米国とも利害が一致しているだろう、というのが今回のFIMAレポの趣旨でしょう。

もっとも、FRBの報道発表をよく読むと、次のようなことが書かれています。

“The FIMA Repo Facility will allow FIMA account holders, which consist of central banks and other international monetary authorities with accounts at the Federal Reserve Bank of New York, to enter into repurchase agreements with the Federal Reserve.”(※下線は引用者による加工)

つまり、そのFIMAが自身の名義でニューヨーク連銀に口座を開いていることが必要だ、ということです。

裏を返して言えば、中国のようにオフショアの投資ビークルなどを通じて米国債を分散投資しているとされる不透明な投資行動を取っている国は、たとえ米国債を1兆円持っていたとしても、米ドルを1兆円借りることができる、というわけではないのです。

たとえば中国が外貨準備のなかで2兆ドル分の米国債を保有していたとして、うちNY連銀口座の保護預かりとなっている部分が1兆ドルで、残り1兆ドルについてはオフショア(香港やケイマンなど)の名義に分散していたとすれば、中国が今回のFIMAレポで借りられる金額は1兆ドルに限られるはずです。

このため、仮に中国が2兆ドル分のFIMAレポの適用を受けたければ、適用を受けたければ、外貨準備をいったん中国人民銀行のニューヨーク連銀口座に集約しなければならない、ということであり、それが実施されれば、FRBにとっても中国当局の資産差押えが容易になります。

つまり、図らずも中国など一部の国が保有する外貨準備の所在を特定するという効果がある、のかもしれませんね。

貴国はどうなんでしょうか?

さて、外貨準備高が不透明な国といえば、中国だけではありません。

「4000億ドルを超える外貨準備がある」と自称しているわりには、米国内の統計上、米国債・エージェンシー債などの保有残高が少なすぎるのではないかと疑わしい国が、韓国です。

これについて、「韓国は自国の民間金融機関や年金基金などが保有している米国債などを外貨準備に組み込んでいるのではないか」、といった疑いを抱く人もいるほどです(※ただし、さすがにこの点については直接確認したわけではありませんが…)。

そんな韓国のメディア『中央日報』(日本語版)に今朝、こんな記事が出ていました。

FRB、各国中央銀行に米国債担保にドル放出…韓国、通貨スワップに続き安全弁確保(2020.04.01 06:33付 中央日報日本語版より)

中央日報は相変わらず、為替スワップのことを「通貨スワップ」と誤記していますが、その中央日報は今回のFIMAレポを受け、「韓国は通貨スワップに続く安全弁を確保した」と述べています。

しかし、先ほども報告したとおり、FIMAレポの適用を受けようと思っても、結局は外貨準備高(※しかも自国通貨当局名義で保有している米国債の金額)が上限であるため、べつに新たなスワップラインが生じたわけではありません。

記事は正確に書いてほしいものです。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. 阿野煮鱒 より:

    > 記事は正確に書いてほしいものです。

    その前に「事実/現実は正確に認識してほしいものです」がありますからね、現実歪曲フィールドの中にある朝鮮半島では無理でしょうね。

    >「外貨準備で保有する米国債を担保にカネを貸しますよ」

    「俺がお前から借りている借金の借用証書を担保に、お前に金を貸してやるよ」ということですよね。素朴に考えると「相殺すれば良いじゃん」と思ってしまいますが、マクロで見ると、米国債が大量に売られ、ドルが買われると混乱が起こるのでそれを防ぎたいということなのでしょうか。

    まあ、潤沢な()外貨準備を持つ韓国としては、心強い()裏付けを得たことになりますね。

  2. カズ より:

    この方法でなら、米国債の額面はドル評価そのものなので担保割れすることは考えられないですし、債券市場の混乱を回避しつつドルの覇権を維持することもできそうですね。

    米国は、相手国の保有米国債(民間保有分含む)を担保にした資金融通は「デフォルト発生時において自国の投資資本を保全するための切り札(民間債権と自国債務の相殺)」として温存してるのかな?・・と思っていたのですが、さすがにそんなことはあり得ないことだったのかもですね。

    でも、"相手国政府"の保有している米国債残高に限れば、その措置も無きにしも非ずではないかと思ってるんですけどね・・。

  3. ポプラン より:

    FIMAとは間違っていたら、ごめんなさい。
    銀行の総合口座(ニューヨーク連銀の口座)に
    いくらか定期預金(米国国債の保護預かり)が
    ある場合に
    その定期(国債)の範囲内まで口座から現金(ドル)
    が引き落とせる。
    という意味でしょうか?
    利子はかかるのでしょうか。
    国債の利払い以上の利子を取るなら高利貸し
    取らないなら、国債を回収して価格維持
    が狙いなのでしょうか。

    1. 団塊 より:

      そうですね
      韓民国

      保有米国債 1211億ドル
      為替スワップの借金 600億ドル


      FIMAの借金は 600億ドル が、限度でしょ
      …….(1211-600≒600)

      ↑大韓民国には米国債しかないから、NY連銀が大韓民国から確実に回収できる担保は。

  4. 恋ダウド より:

    利息付きの基本一晩限り(ロールオーバーあり)のようですね
    これだと本当に急場しのぎにしか使えないような気がするのですがどうなんでしょう?
    翌日返済のサラ金が追加された感じなのでしょうw

  5. 引っ掛かったオタク より:

    コレって対韓国的には流質契約なのじゃぁ…

    経済的焦土化の一環?

  6. G より:

    そうなんですよね。
    「外貨準備の使い方」くらいな話でしかなかった。

    で、1211億ドルの米債保有ってのは、こんなもんなんですかねぇ。4000億ドルの外貨準備の国なら米債はもっと多くなきゃいけないような

    1. 団塊 より:

      嘘つきは朝鮮人のはじまり、朝鮮人は泥棒のはじまり

      子供の頃言われたでしょう。これを証明する如く
      IMFが行くまで見事に嘘つきとおして、
      I
      M
      Fは
      『外貨準備金ゼロ』

      いけしゃしゃあと言う大韓民国に呆然とした。とのことですよね

      これだもの4000億ドルは嘘っぱち、1211億ドルですら、あやしい…ですよね。

  7. 伊江太 より:

    これから経済的実体の裏付けなしに巨額の赤字国債を発行しようというのですから、さすがにドル暴落の危惧を感じたのでしょうか? 国際金融界のドルショートの救済に名を借りて、過去のQEで国外に流れ出た米国債をあらかじめ回収しとこうなんて意図を感じます。基軸通貨国の強みで、いろんな手が使えるんだなと改めて思います。

  8. ななっしー より:

    分かりやすい記事をありがとうございます。
    やっぱりドルの流動性は上げたいが、米国債は流通させたくないのですね。

    為替スワップにおいてどうして各国中央銀行が一週間でドルを用意できるのか疑問に思っていました。
    返せないときは担保(自国通貨)差し押さえ→競売が建前ですが、実は米国債で返していたのかもしれません。
    もうそれなら米国債担保でいいじゃん! と相互扶助のような建前はかなぐり捨てたのですね(建前を本気にして図に乗る国もありますしw)
    返せないときは事実上FRBによる国債買い入れなので価格も下がらないし。
    全ては米国債を市場に流さないための施策。
    さすが米帝汚いw

    1. 団塊 より:

      最初から米国債担保が前提の金貸し(ドル貸し)でしたよ、大韓民国等紙屑通貨との為替スワップは。

      回のFIMAは、アメリカが為替スワップを締結しなかった国々に
      『ドルが足りなきゃ提供してあげようか
      『米国債担保だけどな』

      新宿さんが書いてますよ。

      因みに米国債は券面なし、物質的にはこの世に存在しない。FRBの地下のノートに書いてあるだけ。←昔々読書の一節
      (今ならコンピューターの中かな
      (う~ん、セキュリティのため今も昔と同じノートかな?)

      1. 団塊 より:

        団塊です。 訂正です。

        × と新宿さんが書いてますよ。
        ○ ということです、新宿さんの書いている文を噛み砕いてベランメイ調?に言うと。

    2. 団塊 より:

      市場には誰もいませんよ、スワップに供出した大量の紙屑通貨(ウォン等々)が売りに出されて買うようなお人好しはいないわなあ。。

      場には世界中の(金には極めつけに厳しい)超大金持ちしかいませんね。

      ードカレンシーでも円、ユーロ、ポンド、スイスフランくらいなんじゃないですか、通貨スワップのような莫大な通貨が、売買(交換)されているのは。

      屑(ウォンなど)見向きもされないでしょうね。

  9. 心配性のおばさん より:

    >FIMAレポの適用を受けようと思っても、結局は外貨準備高(※しかも自国通貨当局名義で保有している米国債の金額)が上限であるため、べつに新たなスワップラインが生じたわけではありません。
    >今回のFIMAレポは、「自国の金融機関に対して提供する米ドルの流動性ファシリティ」という意味では、為替スワップと目的はまったく同じです。

    あら、そうですの!今回の韓国との為替スワップが同じ仕組みということだと、疑問が一つ。
    韓国自称の外貨準備のなかに、アメリカが為替スワップのテイトーとする600億ドルの米国債があると言うことになりません?本当ですかしら?

    1. 団塊 より:

      アメリカは、国ごとの米国債保有額を発表してるんですって。
      大韓民国は、1211億ドル

      のことです。このなかに外国人の分がどのくらいあるかは分かりません

      NY連銀は当然把握してますよね、借金の質なんだから。

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