韓国紙「デジタル人民元はドル覇権にヒビを入れるか」

『月刊Hanada』3月号に掲載されたデジタル人民元に関する拙稿と同じような主張を、韓国メディア『ハンギョレ新聞』(日本語版)にも発見しました。ただし、拙稿との違いがあるとしたら、ハンギョレ新聞の記事の方では、デジタル人民元の「潜在的な脅威」について突っ込んだ記述をしている、という点ではないかと思います。

月刊Hanadaの人民元論考

現在発売中の『月刊Hanada2022年3月号』に掲載されている『デジタル人民元脅威論者たちの罠』と題する論考では、中国の通貨当局が強力に推進している「デジタル人民元」を巡って、次のような仮説を提示しています。

  • 「デジタル人民元」が米ドル基軸通貨体制を揺るがしかねない脅威である、とする俗説は誤り。
  • 米ドル、あるいは世界の主要通貨と異なり、人民元自体、国際的な市場で自由に取引される通貨ではないし、債券市場、デリバティブ市場などが未成熟であるうえ、資本規制もあるため、機関投資家の目から見て魅力的な通貨ではない
  • ただし、中国が人民元ブロック経済圏を作ろうとしているフシがある、という点については要注意だろう

…。

【参考】『月刊Hanada2022年3月号

(【出所】アマゾンアフィリエイトリンク)

じつは、『月刊Hanada』に掲載されたこの論考自体、当ウェブサイトで昨年11月に掲載した、『人民元は基軸通貨とならない④デジタル化以前の問題?』という議論を下敷きに、当ウェブサイトで以前から提示してきた「国際収支のトリレンマ」などの論点を付け加えたうえで、一般向けに書き換えたものです。

また、「オフショア人民元市場自体、世界のオフショア債券市場のなかで規模が際立って小さく、かつ、2015年以降、この債券市場の成長がストップした」とする論点(『数字で読む「人民元の国際化は2015年で止まった」』等参照)も付け加えています。

ただし、モノクロ印刷の紙面に掲載されてしまったためか、次の図表がわかり辛くなってしまった、というオチも着いてしまいました。

図表 人民元建てオフショア債券市場の規模と世界シェア

(【出所】the Bank for International Settlements, Debt Securities Statistics より著者作成)

ただ、非常に短い論考のなかではありますが、著者自身の主張の要点がだいたい網羅されており、個人的には大変満足のいく仕上がりになっていると思う次第です。

ハンギョレ新聞にもデジタル人民元論考

こうしたなか、この拙稿と同じような主張をしている記事を、韓国メディア『ハンギョレ新聞』(日本語版)に発見しました。

中国「デジタル人民元」、ドル覇権体制にヒビを入れるか

―――2022-02-01 07:34付 ハンギョレ新聞日本語版より

「韓国メディアに掲載された記事」ということで、身構える方もいらっしゃるかもしれませんが、意外なことに、書かれている内容は大変にまともです。ハンギョレ新聞の論説委員の方が執筆したものですが、大変によく調査しているからです。

リンク先記事では、「ある通貨がグローバル基軸通貨として機能するためには、取引規模だけでなく、通貨に対する国際的信頼性や安定性、金融・資本市場の対外開放の程度、経済・金融関連法と制度の構築、地政学的要因などの条件を満たさなければならない」と指摘。

そのうえで、「デジタル人民元の発行だけで人民元の国際化が短期間で急速に進展することは容易ではない」、「国際決済システムを変えることも、ドルの地位を揺るがすこともできない」、などと結論付けるものです。

このあたり、『月刊Hanada』の拙稿とほぼ同じ主張でしょう。

デジタル人民元の「脅威」と結論

ただ、違いがひとつあるとしたら、「デジタル人民元の潜在的な脅威」に対するトーンにあります。リンク先記事では、デジタル人民元が米ドル支配体制に対し、「部分的にヒビを入れることはあり得るかもしれない」としたうえで、次のように指摘します。

まず中国は、一帯一路プロジェクトに参加した諸国と送金や貿易決済にデジタル通貨を使用する案を進める可能性がある。<中略>中国は一帯一路を結ぶ諸国にインフラ建設だけでなく金融支援も行っている。国際電子商取引と代金の決済に中国のデジタル通貨を使用するよう求める可能性が高い」。

この点は、たしかにそのとおりでしょう。

当ウェブサイトの用語でいうところの「人民元ブロック通貨圏」のようなものですが、現実にこの「人民元通貨圏」は、ジワリと広まる気配を見せています。

たとえば、トルコ中央銀行は昨年6月19日、中国との間で締結した通貨スワップ協定に基づき、人民元を中国から引き出し、それらの人民元を中国企業からの輸入代金の決済に使用した、と発表しました(『トルコが中国との通貨スワップを実行し人民元を引出す』等参照)。

これなど「貧すれば鈍す」ということわざを思い出すものではありますが、それと同時に、経済面で弱った国に「人民元での支援」をチラつかせてみずからの経済圏に取り込む、といった動きには、これからも警戒が必要でしょう。

また、人民元経済圏に入ろうとする国にも、それなりの動機はあります。それが、次の記述です。

また、米国がドルを武器として振りかざす制裁の刃を避けたい国々もこれを使用できる。イランは2018年に米国の制裁を受け、原油を輸出したにも関わらず韓国をはじめとする外国から代金をもらっていない。ロシアやベネズエラ、北朝鮮なども、米国の強力な制裁により、国際貿易や金融取引において大きな制約を受けている」。

韓国メディアが「韓国のイランに対する原油代金未払い」をシレッと記述している、という点には、若干の違和感も禁じ得ませんが、いずれにせよ、米国が主導する国際社会による経済制裁対象国にとってみれば、人民元は「代替的手段」のひとつとしては、それなりに魅力的ではあるのです。

ハンギョレ新聞は、「これらの国が中国との取引で『デジタル人民元』を使用する場合、米国の外交政策の核心手段である金融制裁に穴があく可能性がある」と指摘しています。

それでも人民元は基軸通貨にならない

もっとも、現時点における各種統計を見ると、人民元が米ドルを抑えて世界の基軸通貨に発展していく、という兆候は見られませんし、法制度面などで人民元の使い勝手が悪いことを考慮するならば、今後も人民元は「ローカル通貨」、あるいはせいぜい「有力なローカル通貨」の地位に留まるでしょう。

「デジタル人民元」という「便利な決済手段」が出現したとしても、「それ以前の段階」として、「国内の資本市場を外国に対し、広く開放する」という決断ができなければ、やはり、人民元が世界の基軸通貨となることはあり得ないのです。

そして、おそらく中国の当局には、「国内の資本市場を外国に開放する」という決断はできません。為替相場や資本フローが先進国並みに不安定になれば、共産党による一党独裁体制をも揺るがす可能性があるからです。

いずれにせよ、中国の金融覇権に向けた野心については過小評価すべきではないにせよ、現時点では「デジタル人民元が世界の基軸通貨になる」という考え方は、正しくないと結論付けるのが正解だと思う次第です。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. クロワッサン より:

    ドルと元をまたぐ「資本の自由」的なものは日本や欧米など西側諸国にとって重要でも、イランロシアベネズエラなどにとってはさほど重要では無いかもですね。

    変な言い方かもですが、「フルスペックの資本主義」と「限定的な資本主義」とに分けた上で、人民元が後者で十分だと考える国々ならば充分間に合うのであれば、中国としては困らないのではないかと。

    大陸国家と海洋国家の違いとして、欲しい物の産地を手に入れるのが大陸国家、欲しい物を交易で手に入れるのが海洋国家、と聞いています。

    国際的な基軸通貨の立場は、海洋国家的には重要でも大陸国家的には重要では無さそうです。

    1. 匿名 より:

      あーーたしかに
      ベネズエラみたいに、もともと 貧しくて多くを求められない国の立場で考えれば

      中国・ロシアでブロック経済の中に閉じ込められても
      資源・食料・工業が問題なさそうに見えます
      ならば通貨が人民元に組み込まれても
      全然問題ないですね

  2. はにわファクトリー より:

    放浪系海外旅行をすると人気のある通貨とそうでない通貨の差をまざまざと思い知ることになるます。人気のない通貨はつまりババ札のようなもの。手元に残ると大変です。人民元建て決済が国家間で機能するようになったとき、それがババ札を掴まされること同じくらいに忌避されてしまわないか「とっても心配」です。

    1. 引っ掛かったオタク より:

      人民元建て決済が(少数といえど)国家間で普遍的に機能するとき、それは既に(小さいといえど)人民元経済圏として廻っている様な気が…

  3. より:

    人民元経済圏の構築という観点から考えれば、デジタル人民元の発行は特に影響を及ぼすわけではないと思います。実際問題として、現在でも銀行間取引において、わざわざ札束を輸送しているわけではなく、銀行間でデータのやりとりをしているだけと思われるので、それがデジタル通貨であるかどうかは関係ないでしょう。

  4. G より:

    会社の資格試験で「基軸通貨とは」という問いに米ドル以外のものを上げると間違いになります。ユーロや円は主要通貨ではあるけれど基軸通貨ではない。というのが、単に教科書に書いてあるだけでなく試験の問題になるくらい明らかのようです。

    そんな状況ですから人民元の基軸通貨化の可能性はあり得ないとばっさり切り捨てていいと思います。

    基軸通貨でなく主要通貨になるのですら、人民元には厳しいと思います。昔デリバティブを仕事にしていたイメージからいくと、主要通貨たるには高度に通貨が自由化されて、あらゆる金融商品がまず自由に売り買いできなければなりません。そういった環境の中で自由な発想のもとニッチな商品が開発され、それでこそのデリバティブです。

    まず各残存年限の国際が空売りや先物含めて自由に売買できて、短期金利の指標があって、、、

    人民元は政府が統制しているので、どう頑張ったって価格が歪みます。本来市場の歪みはアービトラージのチャンスなのですが、裁定取引の実行ももちろん出来ません。国が作った歪みの裁定取引ってまさに国がやることに楯突くことですからね。

    人民元のデリバティブがないかというとそんなことはなくて、差金決済のNDFといった商品とか取引されてますね。まあ、規制でがんじからめの中でうまく逃れてこっそり取引するイメージですけど

  5. sqsq より:

    トルコの例はよく考えれば人民元建ての輸入債務が借款に替わっただけではないのか。
    トルコが中国以外から何か欲しいものを輸入し、相手が「払いは人民元でもいいよ」という状態でなければ経済圏とは呼べないのでは。

    1. より:

      そうですね。A国と中国との間での取引や決済が人民元建てで行われるようになったというだけでなく、B国、C国、D国……とそのような国が増えていき、さらにB国とC国との間の取引や決済が人民元建てで行われるようになって、初めて人民元経済圏と呼べるようなものになると思います。
      実際、私の知っている範囲では、日本と韓国や台湾との間の取引や決済の多くはドル建てです(一部日本円建てもあるとは聞いています)。このように、アメリカが介在しない第三国同士での取引や決済にドルが使われるというあたり、これこそがドルが基軸通貨たる由縁でしょう。人民元経済圏においては、圏内の取引や決済が人民元で行われるようにならねばなりません。つまり、中国との二国間取引/決済で人民元が使われるようになったというケースが増えるだけでは「経済圏」とまで呼べるようにはならないということです。
      そして、規模はともあれ、人民元がそのような機能を持つためには、新宿会計士様が示したいくつかの要件を満たすようになる必要があるのだと思います。

      1. バシラス・アンシラシスは土壌常在菌 より:

        日本企業にとっても韓国企業台湾企業にとっても
        円なんかもらっても嬉しくないからね

  6. カズ より:

    >韓国メディアが「韓国のイランに対する原油代金未払い」をシレッと記述している

    原油代金の未払は、送金を禁じた米国のせいだからなんでしょうね。

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