トルコが中国との通貨スワップを実行し人民元を引出す

慢性的な外貨不足に悩む中東の大国・トルコは先週、中国との人民元建ての通貨スワップを実行したそうです。トルコ中央銀行のウェブサイトによると、トルコは通貨スワップ協定に基づき、中国人民銀行から人民元を借り入れ、その人民元はトルコ国内企業の人民元輸入代金の決済に使われたのだとか。このプレスリリースを見て、個人的には「溺れる者は藁をも掴む」、「貧すれば鈍する」などの用語が頭をよぎった次第です。

トルコの通貨不安

トルコといえば、当ウェブサイトでは以前からしばしば注目していた国のひとつです。というのも、「金融評論家」という視点からすれば、金融危機や通貨危機を発生させる「モデルケース」のような国として、非常に興味があるからです。

トルコは中東のなかでは「大国」とされており、G20にも参加しているほどの国ですので、素人目には「G20に参加するほどの『大国』ならば、きっと金融も安定している大国なのではないか」と気軽に考えてしまいがちですが、現実にはそうではありません。

現実には、トルコの通貨・リラは武漢コロナ禍の影響もあり、下落が激しく、これに加えてトルコの外貨準備も減少が続いているとされているからです。

たとえば、WSJのマーケット欄の情報によれば、トルコリラの対米ドル相場(USDTRY)は、今から約2年半前の2017年12月末時点では1ドル=3.7667リラでしたが、今年5月7日には1ドル=7.0756リラを記録しています。いわば、通貨価値は対ドルで半分近くにまで下落した格好です。

また、国際通貨基金(IMF)加盟国の外貨準備高に関する統計『国際準備・外貨流動性』(IRFCL)のページからトルコの外貨準備高を調べると、2020年2月時点で1077億ドルだった同国の外貨準備は、4月には863億ドルにまで急減しています。

さらには、先月はトルコ国内で「トルコ中央銀行が現在、日本銀行やイングランド銀行などと通貨スワップの締結を準備している」などとする飛ばし報道が流されたのですが、これはおそらく同国の利下げに備えた措置だったと考えられます(『「飛ばし報道」だけでトルコリラの暴落を防いだ日本円』参照)。

要するに、トルコ経済とは国際的な経済ショックに非常に弱い、典型的な「新興市場諸国経済モデル」なのです。

エルドアン政権の人気取りと金融引締めの遅れ

では、なぜトルコで通貨が売られているのでしょうか。

まっさきに考えられる要因は、同国の中央銀行がエルドアン政権から十分な独立を確保していない(と世界で思われている)ことではないかと思います。

一般に現代の「管理通貨制度」では、中央銀行は金地金などの「実物資産」を持っていなくても、好きなだけ通貨を「刷る」ことができます(ただし、ドル紙幣を「刷る」ことができる北朝鮮やカリオストロ公国などの例外を除くと、「刷る」ことができるのは自国通貨に限られます)。

しかし、当たり前ですが、通貨を刷り過ぎれば(=発行し過ぎれば)、その通貨の供給量が増え過ぎ、相対的な価値が下落します。たとえば、財やサービスなどに対する通貨の価値(=物価の逆数)が下がる(つまり物価が上がる、インフレになる)のも、通貨の刷り過ぎが原因です。

では、なぜインフレが発生してしまうのか。

一般に考えられる理由は、資金需要が旺盛で、経済全体の供給力を超えた資金需要が生じているにも関わらず、中央銀行が金融引き締め(利上げなど)を渋っているときには、世の中でおカネが出回り過ぎてインフレになるのです。

まさに現在のトルコは、このような状況にあると考えて良いでしょう。

(※なお、日本の場合、日銀が一生懸命にマネタリーベースを拡大しているのに、なかなかインフレ目標を達成することができていませんが、これは実体経済の資金需要が少なすぎ、資金供給が多すぎるからです。また、資金需要が少なすぎるのは、財務省が財政出動を阻んでいるからです。)

通貨スワップにはこういう使い方もある

こうしたなか、トルコ中銀は先週、こんなプレスリリースを出しています。

Press Release on the Usage of the Chinese Yuan Funding

The first usage of the Chinese Yuan (CNY) funding under the swap agreement signed between the Central Bank of the Republic of Turkey (CBRT) and the People’s Bank of China in 2019 has been realized on 18 June 2020. In this way, Turkish companies in various sectors paid their import bills from China using CNY through relevant banks.

The utilization of swap agreement resources is important in terms of facilitating the use of local currencies in international trade payments and the easy access of Turkish firms to international liquidity. It is also considered to be an important step that will further strengthen the financial cooperation between Turkey and China.

Furthermore, commercial banks will be able to expand their product range corresponding to international trade and finance activities with a strategy based on the swap agreement.

The CBRT will continue to support swap agreements and utilization of these resources as well as the use of local currencies in international trade payments.

―――2020/06/19付 トルコ中央銀行HPより

つまり、トルコは中国人民銀行から人民元建ての通貨スワップを引き出し、その資金で中国企業からの輸入代金の支払いに充てた、ということです(ただし、引き出した金額、通貨を交換したレートなどの詳細については明らかにされていません)。

いわば、中国にとっては人民元建ての取引拡充につながる一方、トルコにとっては貴重な外貨を節約することができたわけであり、一見すると「ウィン・ウィン」の関係ですね。

もっとも、トルコは今回の通貨スワップ引出により、これを返済するためには、いずれ人民元をどこかから調達して来なければならない、ということでもありますし、また、借金を返すことが出来なければ、隣国・ギリシャのように「借金漬け」で港湾など重要な施設を取られることもあるかもしれません。

人民元の使い方

また、今回のスワップについては、「通貨スワップ」と言いながらも実質的には人民元借款のようなものではないかと思えてなりません。

文面から想像するに、トルコ中銀は自国通貨・リラを中国人民銀行に差し入れ、あらかじめ合意された条件で人民元を受け取り、それをトルコ国内企業に融資し、トルコ国内企業がそれで中国からの輸入品の代金の決済に充てた、という流れではないかと思います。

現在のトルコが置かれた状況は、自国通貨の価値が下落し、それに対して通貨防衛をしなければならない局面で、「虎の子」の外貨準備が1000億ドルから一気に863億ドルに減っていることにやきもきしている状況です。

逆にいえば、現状で人民元という通貨を引き出したとしても、今回のトルコのように「中国企業からの輸入代金を人民元で支払う」という使い方くらいしかできない、という証拠でもあります。このような状況で、人民元を引き出したとしても、それを通貨防衛に使うことは難しいのではないでしょうか。

おそらく本音では、トルコが欲しがっているのは国際的なハード・カレンシー(とくに米ドル)でしょう。

トルコが本気で人民元経済圏に入るつもりがあるのかどうかもさることながら、今回のトルコの行動が「溺れる者は藁をも掴む」、「貧すれば鈍する」の典型例となるのかどうかについては、じっくり見極めさせていただこうと思う次第です(トルコが掴んだのは藁以下かもしれませんが)。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. だんな より:

    何でそんなにジロジロと、ウリの方を見るニカ?

  2. カズ より:

    >一般に考えられる理由は、資金需要が旺盛で、経済全体の供給力を超えた資金需要が生じているにも関わらず・・。

    需要と供給が反対みたいな気がします。キノセイ?

    当サイトに、よくトルコ国債の広告掲載を見かけるのですが、利率が良くても通貨価値がそんなのでは話にならないですね。

  3. 酒が弱い九州男児 より:

    私がこの記事を読んで思ったのは「や〇ざにお金を借りる」ですw
    最終的に厳しい取り立てが待っています。

    『使い方』のところで思ったのは、スワップした人民元を中国市場で大量に売り浴びせ、ドルを入手したら中国はどんな手に出るだろうか、ということですが、考えただけでも恐ろしいのでやめておきます。

  4. りょうちん より:

    トルコはなんか軍事的にヤバイ領域に突っ込んでっています。
    経済的破綻を助ける国がいなくなるでしょう。
    日本も余計なことをしなきゃいいんですが・・・。

  5. じゃん🐈 より:

    北朝鮮はともかく、何故カリオストロ公国はウオンまで刷っていたのだろうか?
    未だに疑問である。

      1. じゃん🐈 より:

        「うほっ!ウォンまであるぜ!」
        でググって~

        ウオンの偽札なんぞは役に立たないからあるはずがない…
        しかしそこにはあった。
        で、彼は「ウホッ!」
        って思わず言っちゃったわけです。

        まぁ、カリオストロ公国は偽札が趣味だったんでしょう。

        1. りょうちん より:

          あ、そっちのシーンでしたかあ!
          この解説が納得しました。

          https://b.hatena.ne.jp/entry/kabumatome.doorblog.jp/archives/65660434.html

        2. りょうちん より:

          雑談ネタですが、YouTubeだと見たいシーンがあるとは限らないので、実際の映画で確認しようとしたら、配信系で見る手段は「日本では」無いんですね・・・。

          https://news.yahoo.co.jp/byline/tokurikimotohiko/20200123-00159922/
          ジブリの「世界」配信開始に取り残された、日本市場の特殊性

          ジブリの全作品はありませんが、有名作はBDを所有しています。
          しかし魔窟と化した「書斎」からソフトを探すのが手間w

  6. めがねのおやじ より:

    更新ありがとうございます。

    トルコに人民元を返す手立てはあるのでしょうか?無ければ地中海や黒海に面した港や土地、現物での支払いになるかもですね(笑)。それは困りますが。人民元など、トルコとしても使い勝手の悪い通貨のはずと思うがな〜。

    しかし外貨が異常に少ないですね。外貨準備は4月で863億ドル。これは心許ない。地球儀で久しぶりに位置を確認しましたが、結構面積大きくて、微妙なところに国がある(笑)。

    黒海、地中海にはキナ臭い諸国が多いと思います。

    1. 匿名 より:

      トルコは一帯一路上にあるんですね。
      未来、実現すればそれでお金を返せると?
      其の場凌ぎのせいで国の自由は奪われそう。

  7. マスコミ関係の匿名 より:

    これで韓国も安心することでしょうwww

  8. 引きこもり中年 より:

     独断と偏見かもしれないと、お断りしてコメントさせていただきます。
    (そう書かないと、自分で自分を勘違いしそうなので)

     トルコは米中露三ヵ国のバランス外交が出来ると、考えているのではな
    いでしょうか。(韓国も、米中二ヵ国から米中露三ヵ国のバランス外交に
    出世(?)することを目指しているのでしょう)

     駄文にて失礼しました。

  9. 奇跡の弾丸 より:

    ※なお、日本の場合、日銀が一生懸命にマネタリーベースを拡大しているのに、なかなかインフレ目標を達成することができていませんが、これは実体経済の資金需要が少なすぎ、資金供給が多すぎるからです。また、資金需要が少なすぎるのは、財務省が財政出動を阻んでいるからです。

    資金需要を増やすための方法は財政出動しかないのでしょうか?

    よろしければ教えてください。

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