東アジア共通通貨に対抗し得る円の国際化と通貨スワップ拡大

ロイターの報道によれば、マレーシアのマハティール・ビン・ムハンマド首相が先月30日、日本経済新聞社が主催する会合で「アジア共通通貨」構想を提唱したのだそうです。ただ、報道だけではマハティール首相の真意はよくわかりませんが、正直に申し上げれば、「共通通貨」ではなく「円の国際化」の方が、東南アジア諸国の安定に資するのではないかと思います。ただ、円を国際化し、とくに東南アジア諸国で受け入れられるためには、私たち日本国民は「自分たちの税金負担で東南アジア諸国を救済する局面が来る」というリスクを受け入れる必要があるのかもしれません(私自身はその価値はあると思いますが…)。

2019/06/02 10:00追記

当初公表版では誤植や単語の欠落など、意味が通じない箇所が多々ありましたので、修正しております。

通貨の本質

紙切れを信頼する日本人?

唐突ですが、いま、あなたの財布の中に入っているおカネが明日にでも無価値になる、と信じている方はいらっしゃいますか?

正直、そんな人は、あまりいないと思います。

もちろん、ごく一部の「紫をトレードマークとする学者さん」や某企業のボンボン経営者のように、「日本破綻論」を真顔で信じ、公言しているというケースはありますが、そのような人はどちらかといえば例外でしょう(※ちなみに某企業のボンボン経営者の方は、先日解任されたそうです)。

しかし、圧倒的多数の日本人は、いま財布の中に入っているおカネ(あるいは金融機関の口座にあるおカネや額縁の裏に隠しているヘソクリのおカネ)が、明日、いきなり無価値になるといわれても、「そんなバカな」と笑い飛ばすでしょう。

それくらい、日本人はおカネに対して信頼を持っているのです。

では、どうして日本人はおカネに対して信頼を持っているのでしょうか?

考えてみれば、これは非常に不思議なことです。

世紀末的な大人気マンガを読んだことがある人であれば、核戦争直後の荒廃した大地でモヒカン刈りの男が叫んだ伝説の名セリフ

今じゃケツをふく紙にもなりゃしねってのによぉ!

を覚えている方もいらっしゃるかもしれませんが、おカネを発行している国が消滅すれば、それこそ紙幣などほぼ無価値になりますし、また、政府がその気になれば、すでに発行した紙幣を事実上、無価値にするという決定もできます。

歴史の教科書をひも解けばわかるとおり、日本円は過去に1度、先の大戦で敗戦後の混乱期に生じたハイパー・インフレへの対処として、「預金封鎖と新円切り替え」という、とんでもないことが行われていますが、これなどは旧円の流通を事実上、無効化した措置です。

こんなことを政府の手によってなされておきながら、なぜ日本国民は現在でもここまで現金を信頼しているのかについては、経済史の視点からはなかなか興味深い点ではないでしょうか。

それだけではありません。紙幣なんていうものは、しょせんは紙切れに金額を書き込んだだけの代物であり、原価たかだか20円から30円に過ぎません。1万円札の製造コストが30円だったとして、どうしてその30円で製造した紙切れに1万円という価値が生じているのか、不思議でならないと思う人もいるでしょう。

紙幣に信認を与えているものの正体

では、「なぜ紙切れに金額を書き込んだだけの代物を人々が珍重するのか」について、種明かしをしておきましょう。

その究極的な理由とは、「この紙切れは何とでも交換できる」と日本国民全員が信じていることです。

まず、日本の国内法で日銀券(紙幣)が法定通貨(法律でおカネと決められている存在)として無制限に通用することが、法律で担保されています。

日本銀行法 第46条第2項

前項の規定により日本銀行が発行する銀行券(以下「日本銀行券」という。)は、法貨として無制限に通用する。

(※なお、細かい話ですが、「無制限に通用する」のは日銀券の話であって、コイン(法律用語で「貨幣」)の場合は、法貨として通用するのは額面の20倍までに限定されています。)

通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律 第7条

貨幣は、額面価格の二十倍までを限り、法貨として通用する。

しかし、おカネが信頼されるためには、法律で「これは無制限に通用する法定通貨ですよ」と決めるだけでは不十分であり、やはり、国民生活のレベルで安心して紙幣を使用している(日銀券の受取りを拒絶された経験がない)という、日々の実績が必要です。

たとえば、おカネが簡単に偽造可能で、世の中でニセ札が大量に出回っていたら、私たちは安心して買い物などできませんし、治安が悪くてすぐにおカネを取られるという犯罪が頻発していたら、自衛策として人々はおカネを持ち歩かなくなるはずです。

この点、日本の場合だと、まず、ニセ札自体がほとんど流通していません。ATMから出てくる紙幣は本物ばかりですし(少なくとも私はそう信じています)、万が一、ニセ札が発見されれば大きなニュースになります。

(※もっとも、一部のブログサイト等では、「ATMからニセ札が出てきた経験がある」「警察に被害届を出した」といった体験談を見つけることができますが、この点については正直、私自身には真偽を判定することはできません)。

また、わが国では総じて治安も良いため、人々は多額のおカネを持ち歩いていますし、その裏返しでしょうか、たいていの店で千円札だけでなく、5千円札や1万円札などの高額紙幣も、問題なく使用できます。

(※ついでに申し上げるならば、わが国では政府がキャッシュレス決済の音頭を取っているわりには、電子マネーやクレジットカードの普及はなかなか進みませんが、その最大の理由は、通貨に対する信認が大きく、現金が非常に便利だからではないかと思うのです。)

そんな日本は特殊な国

どうして唐突にこんなことを申し上げたのかといえば、こうした状況は全世界で共通ではないからです。

たとえば、中国の場合はATMから普通にニセ札が出てくるとされているほか、2年前にはインドでも「子供銀行券」がATMから出て来たという事件があったそうです。

中国では「偽札」がATMから出てくる! 日本ではそんなことあるのか?(2013/7/26 19:03付 J-CASTニュースより)
ATMから「子ども銀行」の偽札、現金補充担当の男逮捕 印(2017年2月24日付 AFPBBニュースより)

そういえば、中国や北朝鮮はニセ札のメッカらしく、とくに、偽造日本円紙幣は中国から密輸される、という話題もあります。

日本の偽札2億円分押収=「聖徳太子」、中国から密輸-台湾(2019年04月09日22時31分付 時事通信より)

こうした中国や北朝鮮のケースは論外としても、海外ではそもそも高額紙幣自体が使えないことも多々あります。実際、海外旅行で「高額紙幣が使えない」という経験をした人も多いでしょう。

たとえば米国本土では50ドル紙幣や100ドル紙幣を受け取ってもらえないという話もありますし、私自身はユーロ圏でATMから出てきた50ユーロ紙幣や100ユーロ紙幣を店で使おうとしたら拒絶された、という経験があります。

そして、欧米では高額の取引には紙幣よりもクレジットカードなどが好まれるという事情がありますし、これに加えて日常生活でもクレジットカード決済などが普及しているため、結果的に欧米社会では日本より「キャッシュレス」が進んでいるのでしょう。

通貨の価値がいきなりなくなる!?

日本国内だと日本円に全幅の信頼を置いている人は多いのですが、これについては日銀券の質が高いという点に加え、ニセ札もほとんど通用しておらず、また、日本の治安が良好である、という特殊事情があると思うのです。

私たちの住む国・日本の常識からすれば考え辛いことですが、世界には政治が驚くほど不安定な国がたくさんありますし、自分の国の通貨(おカネ)を信頼していない、という国もあります。

ハイパーインフレにより経済が崩壊したジンバブエなどはその典型例ですが、OECDに加盟するまでの経済大国に成り上がったお隣の国・韓国でも数日前に、「自国のおカネが信じられない」といった記事が出ていました。

「韓国のお金は信じられない」 NY・東京に家を買う100億ウォン台の韓国の金持ち(1)(2019年05月29日16時08分付 中央日報日本語版より)

韓国の場合は1997年と2008年に、それぞれ自国通貨が米ドルに対して暴落するという経験をしている国ですが、こうした「暴落」を経験すれば、国民は自国の通貨だけでなく、外貨(韓国の場合は米ドルや日本円の紙幣など)でタンス預金をするようになるようです。

また、私自身の経験で恐縮ですが、一部の発展途上国などを旅行したときには、彼らの多くは自国通貨そのものを信頼しておらず、外国人旅行客と見れば、自国通貨ではなくハード・カレンシー(米ドル、ユーロ、日本円など)での支払いを要求することもよくあります。

ユーロに加盟する前のギリシャでは日本の紙幣が普通に通用していましたし(実際、私自身、1996年に訪れたギリシャで牛皮のカバンを買うために日本の1万円紙幣を相手に渡したら4000円のお釣りを受け取った記憶があります)、南米のウルグアイでは普通に米ドルが流通していました。

結局、通貨とは国によってその信頼性がまったく異なる、ということであり、酷い場合には自国通貨よりも外国通貨の方が普通に通用しているような国もあるのです。

共通通貨論

マハティール首相の「共通通貨論」

さて、数日前にこんなニュースがありました。

マレーシア首相、東アジア共通通貨を提唱 金に連動(2019年5月30日 16:51付 ロイターより)

ロイターによると、マレーシアのマハティール・ビン・ムハンマド首相は30日、日本経済新聞社が主催した「アジアの未来」という国際交流会議で講演し、「東アジアの貿易決済のために、金価格に連動する共通通貨を創設すべきだ」と提唱したのだとか。

これだけを聞くと、「すわ、ユーロのアジア版か?」と警戒してしまうのですが、マハティール首相が提唱しているのは「貿易取引の決済に利用する共通通貨」であり、「国内取引には使用しない」ものなのだとか。

それならば別に共通通貨をわざわざ創設するのではなく、金そのもので良いではないか、と思ってしまうのですが、それでも1997年のアジア通貨危機の影響を大きく受けた東南アジアの一角を占めるマレーシアの首相の発言だけに、実感がこもっていることは事実でしょう。

世界の決済の多くは米ドル、ユーロ、円

実際、世界の国際的な金融取引や投資、貿易などの多くは米ドルで決済されており、これにユーロ、円などが続いています。

国際決済銀行(BIS)が3年に1回公表する銀行間外国為替取引のデータ(図表1)によると、2016年における世界の外為取引(OTCベース)は1日当たり約10兆ドルで、そのうち40%以上が米ドルと関わる取引です。

図表1 世界の外為取引(1日当たり、2016年公表分)
通貨取引額(十億ドル)シェア
1位:米ドル4,43843.79%
2位:ユーロ1,59115.70%
3位:日本円1,09610.82%
4位:英ポンド6496.40%
5位:豪ドル3483.43%
6位:加ドル2602.57%
7位:スイスフラン2432.40%
8位:中国人民元2021.99%
9位:スウェーデンクローナ1121.11%
10位:ニュージーランドドル1041.03%
その他1,09110.77%
合計10,134100.00%

(【出所】Triennial Survey of foreign exchange and OTC derivatives tradingより著者作成)

(※余談ですが、この図表のオリジナル・データは「通貨ペア」を集計対象としており、「シェア」欄はこの2倍で表示され、「合計」欄も200%になっています。そこで、当ウェブサイトでは分かりやすくするために、元データを加工し、シェアを2分の1表示にすることで、合計欄を100%にしています。)

また、通貨ペアの片方が米ドル(USD)、ユーロ(EUR)、日本円(JPY)のいずれかであるような取引が、世界の為替市場のざっくり7割を占めていることがわかります。

同様に、国際的な「金融メッセージ業」を営むSWIFT社が公表する『RMBトラッカー』によれば、国際的な取引決済に占める通貨のシェアは米ドルが4割弱を占めており(図表2)、ユーロ圏を除外した場合、日本円は3位に浮上します(図表3)。

図表2 SWIFTが公表する国際的な取引における決済シェア(2019年2月時点)
ランク通貨シェア
1位USD(米ドル)39.07%
2位EUR(ユーロ)34.99%
3位GBP(英ポンド)7.34%
4位JPY(日本円)3.51%
5位CNY(人民元)1.85%
6位CAD(カナダドル)1.75%
7位AUD(豪ドル)1.49%
8位HKD(香港ドル)1.37%
9位SGD(シンガポールドル)0.98%
10位THB(タイバーツ)0.97%

(【出所】『RMBトラッカー』より著者作成)

図表3 SWIFT社が公表する国際的な取引における決済シェア(ユーロ圏除外、2019年2月時点)
ランク通貨シェア
1位USD(米ドル)43.40%
2位EUR(ユーロ)35.68%
3位JPY(日本円)4.35%
4位GBP(英ポンド)4.24%
5位CAD(カナダドル)2.18%
6位AUD(豪ドル)1.45%
7位CHF(スイスフラン)1.31%
8位CNY(人民元)1.15%
9位HKD(香港ドル)0.86%
10位SEK(スウェーデンクローネ)0.71%

(【出所】『RMBトラッカー』より著者作成)

当然、マハティール氏の認識には、東南アジアにおける米ドルの比重を引き下げたい(だが日本円は使い勝手がイマイチだし、人民元決済は困る)、という本音が見て取れるのです。

共通通貨の前提は「将来的な財政統合」

ただ、いくらマハティール氏の提唱だからといって、「アジア共通通貨」構想には、どうにも賛同できません。

共通通貨といえば、真っ先に思い浮かぶのはユーロですが、そもそもユーロがなぜ迷走しているのかといえば、通貨だけを統合して財政の統合をしなかったからです。

少し専門的な話になりますが、金融政策と財政政策は「車の両輪」のようなものです。金融政策が自動車の左のタイヤだとすれば、財政政策は右のタイヤだと考えると分かりやすいでしょう。

日本の場合、金融政策を担うのは日本銀行であり、財政政策を担うのは日本政府で、両者は協調しながら政策を推進していくことが求められます(※現在の日本の場合、日本銀行が金融緩和、財務省が緊縮財政と、あきらかにチグハグですが、これはこれで大きな問題です)。

しかし、ユーロ圏の場合、金融政策を担うのは欧州中央銀行(ECB)ですが、財政政策を担うべき「ユーロ圏共通財務省」は存在しません。ドイツ、フランス、イタリアなどの各国政府が、てんでバラバラに財政政策を遂行しているのです。

左右のタイヤは独立して動くのですが、日本の場合、左のタイヤ(つまり金融政策)がアクセルを踏み込んでいるのに、右のタイヤ(つまり国民の敵・財務省)はブレーキを踏み込んでいるため、このままでは日本経済はいずれ失速しますが、財務省を除去すれば日本経済は正常に回り始めます。

しかし、ユーロ圏の場合は、右のタイヤがたくさんついていて、それぞれのタイヤがてんでバラバラに動いている状態だと考えると分かりやすいでしょう。あるいは小学校の運動会で出てきた「ムカデ競争」のようなものでしょうか。

つまり、ユーロ圏がいま必要としているのは、「財政政策」のタイヤを一本化すること(ユーロ圏共通財務省の創設)なのですが、アンゲラ・メルケル独首相を初めとするドイツ勢力が頑として「ユーロ圏共通財務省」構想の実現を妨げているため、ユーロ圏はいずれ崩壊する以外に道が残されていません。

ただし、万が一、ユーロ圏がメルケル独首相を排除することに成功し、ユーロ圏共通財務省の創設で合意したならば、その先にあるのは「ユーロ圏共通政府」、つまり「統一国家(欧州合衆国)」です。

バラバラすぎる東南アジア

ユーロ圏の皆さんに、「将来的な合衆国の創設」という覚悟があるのかどうかはよくわかりませんが、それでも現在に至るまでにそれが実現していないということは、やはり、政治を統合することがいかに難しいかという証拠でしょう。

そして、ユーロ圏のように宗教や経済水準などが似ていてもうまくいっていないのですから、宗教も社会体制も経済水準もまったく異なる東アジアが同じ通貨を導入してうまくいくとも思えません。思いつくまま列挙しても、

  • インドネシア:人口の9割弱がイスラム教徒で共和制(大統領制)を採用
  • フィリピン:人口の9割以上がキリスト教徒で共和制(大統領制)を採用
  • タイ:人口の9割以上が仏教徒で立憲君主制を採用
  • マレーシア:マレー系、中華系、インド系などの民族が混在し、立憲君主制を採用
  • ベトナム:共産主義国
  • ラオス:人民民主共和制
  • シンガポール:人種のるつぼで共和制を採用、金融立国
  • ブルネイ:人口の8割がイスラム教徒で産油国・スルタン制

といった具合で、共和制(大統領制)もあれば君主国(タイは立憲君主制に基づく国王、マレーシアは立憲君主制に基づく選挙君主、ブルネイはスルタン)もあり、共産主義国家もあります。

自然に考えて、「統一財務省」を作ることは著しく困難です。

円の国際化+スワップが現実的

まずは通貨の使い勝手改善を!

このように考えていくと、やはり、アジアを無理に共通通貨で統合するよりも、地域を安定化させるためには「円の国際化」と「スワップラインの拡充」がもっとも現実的です。

このうち「円の国際化」とは、文字どおり、わが国の通貨・日本円を、広く国際的に使われる通貨にする、というものです。現在、日本円という通貨は、世界で広く通用するとはいえ、それでも米ドルと比べれば、まだまだ通用度が低いのが実情でしょう。

今から2年前に NIKKEI ASIAN REVIEW というメディアに掲載された、次の記事によれば、日本政府などは円の国際化を強力に推進していることがすでに2年前の時点で現れています(ちなみに執筆したのは日本経済新聞社編集委員の滝田洋一氏です)。

ASEAN pushing for direct yen trading / Japan eagerly responds in hope of globalizing its currency(2017/06/23 10:47付 NIKKEI ASIAN REVIEWより)

しかし、この記事から2年が経過しても、依然として円の国際化が進んでいるという事実はありません。

円の通用度が低い理由はいくつかあるのですが、私自身、その決定的な理由は、『新紙幣と電子決済、そして次世代通貨「ブロックチェーン円」』でも触れたとおり、紙幣の金額単位が大きすぎるからではないかと考えています。

新紙幣と電子決済、そして次世代通貨「ブロックチェーン円」

一般に通貨が国境を越えると、コイン(補助貨幣)は使えず、もっぱら紙幣が通用しますが、「最低額面の紙幣」という点で、円、ユーロ、ドル、人民元を比べれば、人民元がもっとも低いのが実情です(図表4)。

図表4 円、ユーロ、ドル、人民元の「最低額面紙幣」の価値
通貨円換算額最低額面紙幣
日本円1000円1000円紙幣
ユーロ625円5ユーロ紙幣
米ドル110円1ドル紙幣
人民元17円1人民元紙幣

(【出所】著者作成。なお、1ユーロ=125円、1ドル=110円、1人民元=17円で換算している)

これだと、物価水準の低い東南アジア諸国で日本円よりも人民元の方が使用されるのも当然の話です。

そこで、円を使い勝手の良い通貨にするためには、「物価水準の低い国々でも使ってもらえること」が必要であり、たとえば

  • 100円札や500円札などの小額紙幣を発行する
  • 日銀がブロックチェーン通貨や電子通貨を開発する

といった対策が必要でしょう。

CMIMにローカル通貨協定を含ませるのは?

一方、ASEAN諸国と日中韓が参加する通貨協定が「チェンマイ・イニシアティブ・マルチ化協定(CMIM)」です。

これについては以前、『「CMIMローカル通貨化で人民元が基軸通貨化」報道の怪』などでも紹介したとおり、現在はドル建てのCMIMに各国のローカル通貨での引出を可能とする条項を付与する、という改革が進められています。

「CMIMローカル通貨化で人民元が基軸通貨化」報道の怪

これについて4月の日経電子版に、こんな記事が掲載されています。

通貨スワップ、日本にも恩恵 貿易決済に安心感(2019/4/25 22:53付 日本経済新聞電子版より)

日経は

米ドル以外の通貨もアジア域内で融通しあう体制を整備することは、日本にとってもプラスだ/日本円も通貨スワップの対象に加わることで、貿易決済で一段と使われても供給できるようになれば、日本企業の経済活動の安定につながる

と述べていて、この下りについては珍しく私自身も賛同します。

というのも、報道されている「CMIMのローカル通貨化」は、既存のCMIMに円通貨を供給する機能を付与する、というものであり、べつに新しいスワップを創設するという話ではないからです。

日経によると、現在、日本からアジアへの輸出のうち45%が円建ての決済だそうですが、CMIMに円建てでの引出機能を付与すれば、そのこと自体が円取引の促進要因となり、日本企業にとっては為替リスクの消滅、アジアにとってはドル依存の低減につながります。

ただし、「通貨スワップは日本にも恩恵がある」というのはそのとおりかもしれませんが、裏では「コスト」を負担しているという事実を忘れてはなりません。具体的には、日本が通貨スワップ協定を増強することは国民の税金負担で東南アジア諸国を救済するリスクを高めることにもつながりかねないことです。

本来、カントリーリスクの評価は個別の民間企業が行うべき筋合いのものですし、通貨スワップには、ともすれば「その国に進出した民間企業を国民全体のコストで助ける」という側面があることは否定できません。その意味では、無節操にスワップを拡大することには反対です。

とくに、個別名を挙げませんが、某反日国の場合だと、通貨スワップを提供しても逆恨みされるのが関の山でしょう。

「韓国が厳しい時、日本が最も遅く外貨融通」(2009年07月07日08時07分付 中央日報日本語版)

しかし、東南アジア諸国は日本にとって「いざというときに味方になってくれる」可能性がある地域でもありますし、東南アジア諸国であれば「救済するためのコスト負担が発生するリスク」を取るだけの価値は十分にあると思うのです(※もちろん、金額にもよりますが…)。

逆に言えば、「国民の税金負担で相手国を救済する」という性質の通貨スワップ協定を締結する価値があるのは、それだけの見返りが期待できる相手国(例:ASEAN諸国や台湾など)に限られる、ということです。

オマケ:日本単独でやった方が早い

ここから先は、余談です。

ASEANは日中韓3ヵ国とのあいだで、さまざまな分野で定期的な会合を持っていますが、金融分野もその1つです。

ただ、CMIMについては、本来はアジア通貨危機の再来を防ぐための仕組みであるはずですが、現在だと、むしろ中韓両国を助けるための仕組みとして機能してしまうリスクがあります。

これに加えて、アジア諸国の通貨スワップ網を眺めると、たとえばインドネシアが中国や韓国と通貨スワップを結んでいることによって、間接的に、日本にもリスクが及んでいる、という言い方もできます(図表5)。

図表5 東南アジア諸国が日中韓と締結する二国間スワップ
契約当事国日中韓の提供通貨ASEANの提供通貨
日本/インドネシア227.6億ドルの米ドルか円ルピア(金額不明)
日本/フィリピン120億ドルの米ドルか円ペソ(金額不明)
日本/タイ30億ドルの米ドルか円バーツ(金額不明)
日本/シンガポール(※1)30億ドルの米ドルか円シンガポールドル(金額不明)
日本/シンガポール(※2)1.1兆円150億シンガポールドル
中国/マレーシア1800億元(約267億ドル)1100億リンギット(約266億ドル)
中国/インドネシア1000億元(約148億ドル)ルピア(金額不明)
中国/タイ700億元(約104億ドル)3700億バーツ(約116億ドル)
中国/シンガポール(※3)3000億元(約445億ドル)シンガポールドル(金額不明)
韓国/インドネシア11兆ウォン(約94億ドル)115兆ルピア(約81億ドル)
韓国/マレーシア5兆ウォン(約43億ドル)150億リンギット(約36億ドル)

(【出所】日銀および各国中央銀行ウェブサイト等を参考に著者作成。なお、※1は通貨スワップ、※2は為替スワップ。※3については『じつは中星為替スワップが失効?事実なら、「大ニュース」だ』で触れたとおり、失効済みの可能性あり)

東南アジア諸国との通貨スワップ拡充には、「間接的に中韓の破綻リスク」に巻き込まれる可能性が内在している点にも注意する必要はあるでしょう。

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東アジア共通通貨に対抗し得る円の国際化と通貨スワップ拡大” に対して13件のコメントがあります。

  1. シレン より:

    おはようございます。

    何時もためになる記事を有難うございます。
    円の国際化については低額紙幣の発行を含め全面的に賛同いたします。

    かつて、Japan as No.1 時代、 当時も円の国際化が論議されていたように思いますが、「米国の顔色が良くなかったから……」がために議論が進まなかったように記憶しています。

    脅威が China に移行した今は問題ないのでしょうか?
    あるいは当時の論議自体が端から空論だったのでしょうか?

    なんてことが思い浮かびました。

    高尚な内容に対して、申し訳ないのですが、

    低額紙幣には旭日模様を絵柄に用いれば良い。
    記事を反芻しながらフトそう思いました。

    朝早くから、申し訳ありません。

  2. 非国民 より:

    通貨はそれが通用すると信じられれば紙だろうが、鳥の羽だろうがかまわないんだね。たぶん、一番の問題は、たとえば1,000円で饅頭が10個買えるのか20個買えるのかの価値の問題かな。お札の最低金額を100円にしてもよいかも。昔は100円札はあったからね。なんなら最高額紙幣を1,000円にしたら。泥棒やひったくりが減るかも。
    共通通貨はたぶん不要。日本の経済力が大きいから、日本円が共通通貨になればいい。そして通貨危機が発生したら、その国にスワップなどで援助するのも問題ないと思う。援助しても、お金は回るから、また日本に戻ってくる。アジアの人が日本円はお金として信頼してくれれば、信頼が崩れるぐらいお金を発行しない限り、問題ないのでは。逆に、日本円の総量が多くないと貿易の決済に困る。国債を今の国債の10倍くらい発行して、日本円を供給し、それが自由に取り引きできるのが案外いいのかも。

  3. カニ太郎 より:

    マハティールさんがこの時期にこんなことを言い出したのは・・・

    記事にもありましたが、米国の為替報告書にマレーシアが為替監視国に指定されたから・・・ではない、と思います。

    マハティールはもっと大きな視野で見ている。

    マハティールが言いたいのは、ロスチャイルド以降に確立された、西洋通貨による植民地支配を打破せねばならないという事でしょう。

    イランを見ればわかるとおり、いくら石油が出ても、ドルで取引できなければ宝の持ち腐れ、ベネズエラのような産油国のでさえ、通貨安、ハイパーインフレになってしまいます。

    根本的な解決策は、ここで盛んに言われている、スワップ協定によってドルを融通し合う事ではなくて、ドル以外の国際決済通貨を作る事です。

    可能性があるのは2つです。

    1つは、ビットコイン(仮想通貨)による国際決済システム。

    もう1つは、人民元の国際決済インフラ「CIPS(Cross-Border Inter-Bank Payments System:クロスボーダー人民元決済システム)」です。

    2019年4月時点でCIPSへの参加は89か国・地域の865行。
    参加銀行数を国ごとに見ると、第1位が日本、第2位がロシア、第3位が台湾。
    十分に第2のSWIFTになる可能性があります。

    そもそも、現在の世界の国際決済はSWIFT(国際銀行間通信協会)一極で、このネットワークから外されてしまった金融機関は、国際送金ができなくなります。

    そして、このSWIFTはベルギーに本拠地を置く国際的機関ではあるが、実際には米国の機関であり、米国の政治に利用されています。

    ゆえに中国がCIPSを導入したのは、当然の選択でしょう。

    そして、ロシア、トルコなど米国が経済制裁の対象とした国の銀行が、このCIPSに多く参加しています、恐らくイランも今後参加するでしょう。
    そしてマレーシアはイランの友好国です・・・。

    以下、
    木内登英、野村総合研究所
    金融ITイノベーション事業本部
    エグゼクティブ・エコノミスト
    専門:内外経済・金融
    のコラムより転記・・・

    CIPSの参加国には、一帯一路の参加国など、中国がインフラ事業や資源開発で影響力を強める国々の銀行が多く含まれている。
    マレーシアなどアジアの新興国に加えて、南アフリカ、ケニアなどアフリカの国の銀行も参加している。
    一帯一路構想の中国関連事業では、依然として人民元決済の比率は小さい模様だが、将来的には一帯一路周辺国を軸に「中国経済圏」は一段と拡大していく一方、そこでの取引に人民元が多く使用される、つまり「人民元圏」も拡大させていくことを中国は視野に入れているだろう。
    その際には、このCIPSが同地域での国際決済の中核を担っていくはずだ。

    米国が貿易面で対中制裁を強めれば、中国は将来的にSWIFTの利用を妨げられることを警戒して、人民元の国際化、つまり貿易取引等での人民元の利用拡大とCIPSの利用拡大とを急ぎ強化していくだろう。
    その際に、米国に対峙している国のCIPS参加も広がっていこう。

    このように、米国による対中強硬姿勢は、国際決済の分野においても、中国による独自の標準(スタンダード)作りを後押しすることになり、世界のダブル・スタンダード化を促してしまうことになるのではないか。

    1. りょうちん より:

      SWIFTとCIPSの関係は、そのまま世銀・ADBとAIIBの関係の相似形ですね。
      AIIB程、反対する理由を見つけられなかったのかCIPSには日本の民間銀行が山ほど参加していると。
      まあクラッシュしても、その時点での決済額しか被害がない性質のものだというのもあるでしょう。
      決済額の格差はどれくらいなんでしょうか。

      それにしても母国語でないから無頓着なのかもしれませんが、Shipsに発音を合わせたacronymにしたのでしょう。金融システムに沈むモノを当てるセンスw
      複数形だからイメージは護送船団方式ってことなのかな。

      1隻くらい沈んでも問題ないアル!あるのかないのかはっきりしろよ!問題ないアル!!

    2. 非国民 より:

      人民元ではちょっと不安ですね。ほとんど自由化されていませんし。アメリカは圧倒的にお金持ちなので、当分、ドルに代わるものはなさそうと思うのですが。

  4. カズ より:

    「海外流通に特化した定額紙幣の発行」って主旨には賛同です。

    あとは、費用対効果の問題ですね。
    10年くらい前に千円札の製造原価は14.5円とされてました。
    現在の物流コストだと20円くらいになるのでしょうか?

    お札の寿命は1万円札で4〜5年。日常使いされる千円札だと1〜2年と聞きます。

    例えば、百円札の製造原価が20円・寿命が2年と仮定するのなら、紙幣の流通維持のためのコストが10年〔5回転〕で額面金額に追いついてしまうことになります。

    このコスト負担を高いと見るか安いと見るかは判断がわかれるところだと思います。

    モノが日本銀行券だけに、ただ紙質を落としたり海外製造する訳にもいかないでしょうからね。

    *共通通貨の新たな創設は不要だと思います。貿易決済の用途に限るのなら尚更です。ASEAN諸国での円の影響力を高めそのポジションに納まれば良いこと。
    理念も価値観も異なる多国間において、共通通貨が公明正大に運用されるとはとても考えられないですからね。

    1. 非国民 より:

      通貨が信認されるには富の創出が圧倒的に強いといけないのではと思います。たとえば資源ですね。これは掘ればお金になりますから。但し、低コストは必要。ベネズエラみたいに石油がでても精製コストがかかるところはだめですね。サウジアラビアは石油がでても産業基盤がなく、お金しかない国に成り下がっています。次に農業でしょうか。栽培すれば食糧としてお金になります。投入コストは肥料等、わずかなものです。アメリカはシェールオイルはでるは農業の規模はでかいわで、これにかなう国はいません。中国は農業や資源があっても自国内ですべて消費しつくして、他に売れません。なにせ穀物を輸入していますからね。アメリカは対外取引をすべて遮断しても100年は平気で生き延びられます。かなうわけないですよね。日本なんか貿易が1年とまればお終いの国です。だから、ドル以外の国際通貨はたぶん、かなり無理かと思います。

  5. りょうちん より:

    >歴史の教科書をひも解けばわかるとおり、日本円は過去に1度、先の大戦で敗戦後の混乱期に生じたハイパー・インフレへの対処として、「預金封鎖と新円切り替え」という、とんでもないことが行われていますが、これなどは旧円の流通を事実上、無効化した措置です。
    >こんなことを政府の手によってなされておきながら、なぜ日本国民は現在でもここまで現金を信頼しているのかについては、経済史の視点からはなかなか興味深い点ではないでしょうか。

    いや、敗戦したからでしょうね。
    しかもただの敗戦でなく、大敗戦だったのが「有効」でした。
    実質的な敗戦だったのに形の上で勝った日露戦争で日本が大ダメージを受けたのに比べたら、「経済学的には」なんということもなかったのではないでしょうか。

    毎年、終戦(敗戦)の日になると「火垂るの墓」の再放送がありますが、歴史や経済学や大人の世界を勉強してから見ると違う見方がありますね。
    主人公の兄妹達は、貧乏で餓死した様な印象がありましたが、実は海軍の高級士官の子弟のボンボンで気位だけが高くて世話になった親戚に嫌みを言われたくらいで反発して出ていって、路上生活者になったけど実は親の残して預金を持っていて現金を下ろして医者にかかったり、後手後手になってから闇物資の食物を購入したけど時既に遅く衰弱死と。
    お金でスムーズにモノやサービスが買える状況であったのなら、もう少し衰弱死の時期は後になっていたでしょう。

  6. 鞍馬天狗 より:

    円建て、マイクロファイナンスを
    思いッキし、やると言うのはどうだろうか?
    (数十兆円とか)

    時間と労力バカリで、日本には殆ど見返りが無い

    だからこそ、有効だと思うのだが

  7. 七味 より:

    金に連動した共通通貨って、どういうことなんだろう?

    金本位制ってことだと、供給できる通貨量が少なすぎるように思うのですが・・・・

    あと、通貨統合は政治統合もついてくるのだから、会計士さんの言うとおりとっても難しいと思うし、少なくとも日本は参加すべきではないと思うのです

    1. りょうちん より:

      ユーロの前身の欧州通貨単位・ECUみたいのを想定しているんじゃないですかね。
      ECUも最初はECU金貨を発行していました。

      ユーロの現状を見てたら、アジア圏で通貨統合をしようなんて言わないと思うんですが、マハティールともあろう人物が、問題点をわからずに提唱しているとは思えませんから、なにか深謀遠慮があるのだと思います。
      (単なる加齢による鈍化だったらガッカリですがw)

    2. 非国民 より:

      金はもう富の指数にはなりませんな。通貨というのは催眠術みたいなので、みんなが饅頭10個は1,000円と思えば饅頭10個は1,000円になると思います。問題はなぜ饅頭10個が1,000円であると証明するのが大変。複雑な数式を示されても我々庶民は困ります。いっそのこと、世界中を洗脳教育をして饅頭10個が1,000円であるとしてもよいのかなと思います。こんなことを言う非国民はたぶん、世界でもっともバカな人間でしょうな。でも、考え方としては面白いでしょ。我々は真面目に生きているんですけど、お金については実は幻想の世界で生きているかもなんて。しかし人間の世界は裏もあれば表もある気がするんです。茶の湯だってそうでしょう。裏千家と表千家がある。すいません。非国民の戯言にみなさんは付き合わないでください。

      1. りょうちん より:

        >裏千家と表千家がある。

        分派するのはいいんですが、そこで表と裏にするところが中二くさいですよねw
        柳生一族に対する裏柳生みたいな。

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