【資料】リーマンショック時に実行された為替スワップ

以前から当ウェブサイトで報告し続けているとおり、米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)は今月19日、世界の9つの中央銀行・通貨当局との間で、当面(最低6ヵ月間)、為替スワップ協定を復活させると表明しました。これについては昨今の「コロナショック」局面がもたらす経済への打撃が、2008年の「リーマンショック」局面を超える、との観測もあるなかで、本稿ではそもそも2008年の為替スワップがどのように活用されたのか、その実績データを紹介したいと思います。

現時点の米国の為替スワップ

先般の『速報:米FRBが9つの中央銀行と為替スワップを締結』などでもお伝えしているとおり、米国の事実上の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)は、世界9つの中央銀行・通貨当局と一時的に為替スワップ協定(ドル流動性供給ファシリティ)を復活させました。

すでにFRBは日英欧瑞加の5つの中央銀行との間で、常設・金額無制限の為替スワップ協定を保持しているため(日銀『中央銀行間スワップ取極の常設化について』等参照)、現在、FRBは14の中央銀行等と為替スワップ協定を保持している格好です(図表1)。

図表1 米FRBが為替スワップを締結している相手
相手国・地域金額期間
日本、英国、欧州、スイス、カナダ無制限無制限
豪州、ブラジル、韓国、メキシコ、シンガポール、スウェーデン600億ドル最低6ヵ月
デンマーク、ノルウェー、ニュージーランド300億ドル最低6ヵ月

(【出所】FRB “Federal Reserve announces the establishment of temporary U.S. dollar liquidity arrangements with other central banks” 等)

リーマン危機時の為替スワップはどうだったのか?

ただ、FRBがこれらの中央銀行等に対して流動性ファシリティを提供するのは、今回が初めてではありません。米投資銀行大手のリーマン・ブラザーズの経営破綻に端を発する金融危機(日本語でいう「リーマン・ショック」)の際にも、これらのスワップ・ファシリティを供与しているからです。

気になって、2007年から2010年における米FRBの資料などを探してみたところ、FRBはすでに2007年12月の段階で、欧州中央銀行(ECB)などに対して為替スワップを提供していたのですが、リーマン・ショックの直後から為替スワップの拡充に動きます。

とくに、2008年の9月から10月にかけて、FRBは既存の為替スワップの上限額を拡充するとともに、新規で為替スワップ協定の締結に動きました。これについて、それぞれの発表日とその時点における上限は、図表2のとおりでした。

図表2 2008年における14中銀等との為替スワップの上限額と発表日
相手国上限発表日
カナダ300億ドル2008年9月29日
英国800億ドル2008年9月29日
日本1200億ドル2008年9月29日
デンマーク150億ドル2008年9月29日
ユーロ圏2400億ドル2008年9月29日
ノルウェー150億ドル2008年9月29日
オーストラリア300億ドル2008年9月29日
スウェーデン300億ドル2008年9月29日
スイス600億ドル2008年9月29日
ニュージーランド150億ドル2008年10月28日
ブラジル300億ドル2008年10月29日
メキシコ300億ドル2008年10月29日
韓国300億ドル2008年10月29日
シンガポール300億ドル2008年10月29日
合計7550億ドル

(【出所】FRBウェブサイト・2008年9月29日付プレスリリース2008年10月28日付プレスリリース2008年10月29日付プレスリリース

これらのスワップラインについて合計してみると、金額はじつに7550億ドルに達しますし、当時のFRBが講じた、国内における資産買入プログラムなどとあわせて、まさにバーナンキFRB議長(※当時)による「プリンティング・マネー」政策の本気を見る思いがします。

日英欧瑞加についてはスワップは無制限に!

しかし、この図表2には、さらに続きがあります。

米FRBは2008年10月13日と翌・14日に、日英欧瑞加の5つの中銀に対しては、この為替スワップの金額を無制限にすると発表したのです。

Federal Reserve and other central banks announce further measures to provide broad access to liquidity and funding to financial institutions

In order to provide broad access to liquidity and funding to financial institutions, the Bank of England (BoE), the European Central Bank (ECB), the Federal Reserve, the Bank of Japan, and the Swiss National Bank (SNB) are jointly announcing further measures to improve liquidity in short-term U.S. dollar funding markets.<<…続きを読む>>
―――2008/10/13 2:00 a.m. EDT付 FRBウェブサイトより

FOMC authorizes an increase in the size of its temporary reciprocal currency arrangement with the Bank of Japan(2008/10/14付 FRBウェブサイトより)

(※なお、リンク先記事では “reciprocal currency swap arrangements” 、つまり「二国間通貨スワップ」と記載されていますが、「市場に短期流動性を供給する」という意味で、経済的性質としては通貨スワップではなく、明らかに為替スワップ=流動性供給ファシリティです。)

現実の引出額トップはECB

では、実際にこれらのスワップラインについて、金融危機当時にどの中央銀行がいくら引出をしたのでしょうか。

これについてはFRBの “Central Bank Liquidity Swap Lines” というページに、スワップの相手ごとの流動性スワップ引出額、借入期間、金利、為替レートなどの条件を記録した、詳細なデータが残されています(エクセルデータCSVデータなどの形式でダウンロード可能)。

これによると、FRBによる流動性供給は2007年12月17日の第1回(相手はECB)を皮切りに、2010年7月13日まで合計569回実施され、トータルで10兆ドル以上の資金がFRBから引き出されたことが判明します。

これについて、合計の引出額が多い順番に、スワップ相手と極度額を併記し、あわせて借入額が最大だった時点とその時の金額について計算した結果が、次の図表3です。

図表3 スワップ相手と極度額、最大借入額、合計引出額、引出回数
スワップ相手と極度額最大借入額合計引出額と引出回数
欧州中央銀行(2400億ドル→無制限)3138.1億ドル(2008/12/10 時点)80113.7億ドル(271回)
イングランド銀行(800億ドル→無制限)950.0億ドル(2008/10/15 時点)9188.3億ドル(81回)
スイス国民銀行(600億ドル→無制限)310.6億ドル(2008/10/28 時点)4658.1億ドル(114回)
日本銀行(1200億ドル→無制限)1275.7億ドル(2008/12/04 時点)3874.7億ドル(35回)
デンマーク国民銀行(150億ドル)150.0億ドル(2008/10/28 時点)727.9億ドル(18回)
スウェーデン・リクスバンク(300億ドル)250.0億ドル(2008/11/28 時点)672.0億ドル(10回)
豪州準備銀行(300億ドル)266.7億ドル(2008/10/31 時点)531.8億ドル(10回)
韓国銀行(300億ドル)163.5億ドル(2009/01/22 時点)414.0億ドル(19回)
ノルウェー銀行(150億ドル)89.5億ドル(2008/11/20 時点)297.0億ドル(8回)
メキシコ銀行(300億ドル)32.2億ドル(2009/04/23 時点)96.6億ドル(3回)
NZ準備銀行(150億ドル)―(0回)
シンガポール通貨庁(300億ドル)―(0回)
ブラジル銀行(300億ドル)―(0回)
カナダ銀行(300億ドル→無制限)―(0回)

(【出所】FRB)

…。

いかがでしょうか。

圧倒的に多いのは、8兆ドルを超える金額を271回にわたってFRBから引き出したECBであり、回数ではスイス(SNB)が114回で、金額では英国(BOE)が9188億ドルで、それぞれECBに続きます。

また、最大の借入額で見ても、ECBが2008年12月10日時点で3138億ドル、日銀が2008年12月4日時点で1275.7億ドルに達していて、それぞれ金額上限を撤廃していたことで助かったという格好です。

その一方で、金額無制限のカナダ銀行については、不思議なことに、米ドル建ての為替スワップについては引出額がゼロでした。このあたりは意外な気がしますね。

引出額が多い国、少ない国

ただし、この「為替スワップの引出額」に関しては、その国・地域に大規模金融機関が存在するかどうかにもかなりの影響を受けます。

日本だと、バーゼルⅢに基づく自己資本比率規制(国際統一基準)の適用を受けている金融機関が、少なくとも19社・グループ存在しています(3メガバンクに加え、三井住友トラスト、野村HD、大和グループ、農林中央金庫等)。

また、スイスにはUBS、英国にはHSBCやRBS、欧州にはドイツ銀行やスペインのバンコサンタンデール、フランスのパリバなどの大規模金融機関が存在していますし、これらの金融機関は米ドルの資金調達がなければ経営危機に陥ってしまいます。

しかし、同じく大型の金融機関が本拠を構えている中国(中国建設銀行、中国工商業銀行、中国銀行など)や香港(スタンダード・チャータード銀行など)に対しては、FRBは為替スワップを提供していません。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

いずれにせよ、FRBによる為替スワップは「金融機関に対する流動性ファシリティ」ですので、基本的には

  • 大規模金融機関が存在する国
  • 外貨で巨額の短期資金を借りている国

の引出額が多くなるのは、ある意味では当然のことといえるのかもしれませんね。

グラフで示す、各銀行の引出額

なお、せっかくなので、本記事の末尾で、各銀行の極度額と引出実績をグラフ化したものを列挙しておきましょう(図表番号割愛)。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. 愛読者 より:

    今すぐ,ということはないでしょうが,近い将来,株価や債券の暴落が,金融危機を引き起こす可能性は非常に高いです。例えば,ドイツ銀行のようなメガバンクの破綻も想定しておかないといけません。そうなると,無制限スワップ発動でしょうか。

  2. ボーンズ より:

    各中央銀行の金の借り方返し方がよく判るグラフであるとも言えますね。
    (返すのは後でゆっくり…というのはセオリーみたい)

  3. 国防動員法 より:

    すばらしい!!

    よくぞ、まとめてくれました。

    私は金融危機マニアなのです。
    自分の経験よりもヒリヒリした状況を想像して心を落ち着かせています。

    大恐慌をベースに考えるので、どうしても各国間の協調関係が抜け落ちてしまうのです。

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