中国の通貨外交:「人民元建通貨スワップ」の現状整理

中国の「悲願」のひとつといえば、世界に対する影響力を強めることであるようです。こうしたなか、中国の通貨である人民元については、肝心の債券市場などが外国人投資家に開放されていないため、国際化はいまひとつ進んでいませんが、その一方で外貨準備や外為市場、国際決済などの地位は徐々に上昇しています。そんな中国にとっての「武器」のひとつが、人民元建ての通貨スワップではないでしょうか。

今月は「通貨スワップ」の季節?

10月といえば、一部のネットユーザーの間では「ノーベル症」の季節として知られているのですが、「金融評論サイト」を自称する当ウェブサイトとしては、もっと気になる話題があります。

それが、通貨スワップです。

通貨スワップについては、当ウェブサイトでは以前から精力的に話題として取り上げて来ており、とくに『「発売記念」あらためてスワップについてまとめてみる』では、こんな樹形図を示しました。

スワップ
├通貨スワップ(Currency Swap Agreement)
│ ├二国間通貨スワップ(Bilateral Currency Swap Agreement)
│ │ ├国際通貨建ての二国間スワップ
│ ├ └自国通貨建ての二国間スワップ(Bilateral Local Currency Swap Agreement)
│ └多国間通貨スワップ(Multilateral Currency Swap Agreement)
└為替スワップ(Bilateral Liquidity Swap Agreement)

とくに通貨スワップと為替スワップについては非常によく似ていて紛らわしいという事情もあるため、当ウェブサイト的には通貨スワップについては日本の財務省などが使用している略語を真似て「BSA」、為替スワップについては日銀や米FRBの用語を勝手に略して「BLA」と呼ぶこともあります。

それはさておき、なぜ10月が通貨スワップの季節なのかといえば、ちょうど人民元建ての通貨スワップに注目が集まる時期だからでもあります。

折しも先月、『中国は人民元スワップで韓国を支配しようとするのか?』でも簡単に触れたのですが、中国は現在、さまざまな国と通貨スワップ(いわゆる “Cross Currency Swap” ではなく “Bilateral Swap Agreement” の方)を締結しています。

本稿ではこれについて、現状を簡単に振り返っておきたいと思います。

人民元建てのスワップの現状

まずは、事実関係の確認です。

中国自身がどの国とスワップを締結しているのかについての情報を英文で発信している様子もなく、また、過去に締結されていたスワップが失効したままになっていると思われるケースも多いため、正直、網羅的に把握するのは困難です。

ただ、当ウェブサイトなりに集計したところ、中国人民銀行と過去に何らかのスワップを締結したことがある国は少なくとも38ヵ国に達しており、また、現時点でも有効な通貨スワップについては、少なくとも15本は存在しているようです(図表1)。

図表1 中国が外国通貨当局と締結していて、現時点でも有効な通貨スワップ
締結相手国と締結年月上限額(人民元)上限額(相手通貨)
香港(2017年11月)4000億元4700億香港ドル
タイ(2018年1月)700億元3700億バーツ
オーストラリア(2018年4月)2000億元400億豪ドル
アルバニア(2018年4月)20億元レク(上限不明)
ナイジェリア(2018年5月)150億元7200億ナイラ
パキスタン(2018年5月)200億元3510億Pルピー
マレーシア(2018年8月)1800億元1100億リンギット
英国(2018年11月)3500億元ポンド(上限不明)
スイス(2018年11月)1500億元210億スイスフラン
インドネシア(2018年11月)1000億元ルピア(上限不明)
アルゼンチン(2018年12月)1300億元ペソ(上限不明)
UAE(2018年12月)200億元ディルハム(上限不明)
シンガポール(2019年5月)3000億元Sドル(上限不明)
欧州連合(2019年10月)3500億元450億ユーロ
マカオ(2019年12月)300億元350億パタカ
合計2兆3170億元

(【出所】各国中央銀行ウェブサイトないし報道資料等を参考に著者作成)

なお、中国人民銀行は上記以外にも、2018年10月に日本銀行との間で上限額2000億元/3.4兆円の為替スワップを締結しましたが、これについてはいわゆる「通貨スワップ」ではありません(詳しくは『通貨スワップと為替スワップを混同した産経記事に反論する』あたりをご参照ください)。

失効しているはずなのに…

ところで、人民元建ての通貨スワップについて調べていくと、すでに失効しているのではないかと思しき協定もいくつかあります。

それらのすべてを列挙することはしませんが、主要国通貨ないしは人民元建ての上限額が1000億元を超えている相手国などに絞っても、たとえばブラジルやカナダ、韓国、ロシアなどとのスワップについては、その後「更新された」という報道発表を見つけることができません(図表2)。

図表2 「更新された」という報道発表が存在しない通貨スワップ
締結相手国と締結年月上限額(人民元)上限額(相手通貨)
ブラジル(2013年3月)1900億元600億レアル
カナダ(2014年11月)2000億元300億加ドル
南アフリカ(2015年4月)300億元570億ランド
韓国(2015年6月)3600億元64兆韓国ウォン
トルコ(2015年11月)100億元30億リラ
ロシア(2016年3月)1500億元8150億ルーブル
ニュージーランド(2017年5月)250億元50億NZドル

(【出所】著者調べ)

ただ、中国のよくわからないところは、「更新した」という報道発表がなかったにも関わらず、中国との通貨スワップに基づいて「人民元を引き出した」などと発表している国が存在することです。その典型例は、トルコでしょう。

図表2でも示したとおり、トルコの中央銀行は中国人民銀行とのあいだで2015年11月に通貨スワップ協定を締結しています(詳しくは “Press Release on the Renewal of the Bilateral Currency Swap Agreement with the People’s Bank of China” 等参照)。

ただ、この通貨スワップは満期が3年であり、このスワップ締結から3年後の2018年11月頃の報道発表を調べてみても、「通貨スワップ協定を延長した」という報道はありません。

そうなると、自然に考えてトルコと中国の人民元建て通貨スワップは失効しているはずなのですが、そのトルコは今年6月、中国との通貨スワップを行使して人民元を引き出し、輸入品の決済代金に使った、などとする報道がありました(『トルコが中国との通貨スワップを実行し人民元を引出す』等参照)。

ということは、報道発表がないからといって、中国とのスワップが失効したと考えるのは尚早ではあります。

人民元のスワップはどう使うのか?

もっとも、これらの人民元建ての通貨スワップ、使うとしても、「使い道」がよくわかりません。

さまざまな統計でみると、最近でこそ、人民元の国際的な資金決済上のシェアも徐々に上がって来ていますし、インターバンク市場での通貨ペア、各国の通貨当局における外貨準備組入通貨の比率なども、少しずつ増えて来てはいます。

ただ、人民元市場(オンショア人民元市場)については現在でも外国の民間機関投資家に対し、基本的には開放されていませんし、また、人民元建ての債券市場は必ずしも使い勝手が良いものではありません。

したがって、通貨危機が生じた際に、通貨当局が通貨防衛などに使うための外貨としては、人民元の使い勝手は非常に悪いのが実情でしょうし、人民元を使って通貨防衛をしようとすれば、下手をすれば人民元自体も暴落してしまう可能性もあります。

この点、実際に人民元建ての通貨スワップが引き出されたものとしては、先ほども引用したトルコの事例があります。ここで、同国中央銀行の報道発表を読んでみましょう。

Press Release on the Usage of the Chinese Yuan Funding

The first usage of the Chinese Yuan (CNY) funding under the swap agreement signed between the Central Bank of the Republic of Turkey (CBRT) and the People’s Bank of China in 2019 has been realized on 18 June 2020. In this way, Turkish companies in various sectors paid their import bills from China using CNY through relevant banks.<<…続きを読む>>
―――2020/06/19付 トルコ中央銀行ウェブサイトより

リンク先記事は英文で恐縮ですが、ここでポイントになるのは、 “Turkish companies in various sectors paid their import bills from China using CNY through relevant banks.” という記述ではないでしょうか。

意訳すると、「トルコのさまざまなセクターの企業が中国からの輸入品の価格を中国の銀行に支払うのに(スワップで引き出した)人民元を使うことができる」、というものであり、要するに「実需」で使用する、という意味です。

また、現在は単なる「ローカルカレンシー」である人民元も、実際にスワップで引き出された事例が増えていけば、国際的な商取引における人民元の取引実績を上積みすることができるという「メリット」(?)も考えられます。

もっとも、トルコが自国通貨の暴落に耐えられず、この人民元建てスワップを踏み倒した場合、中国人民銀行としては、必然的に担保として受け入れているトルコリラの価値も暴落し、損失を蒙ることになるのだと思います。

なぜカナダやNZのスワップは更新されていないのか?

さて、中国は一時期、40ヵ国前後の国と通貨スワップ協定を締結するなど、「スワップ外交」を積極的に推し進めました。しかし、先ほどの図表2にも示したとおり、ブラジル、カナダ、韓国、ロシアなどとのスワップについては、その後、「更新した」という情報が見つけられない状況にあります。

もちろん、これについては著者自身の努力が足りなくて見つけられていないという可能性はありますので、これらの国と中国との通貨スワップ協定が失効したという意味ではない点にはご注意ください。

ただ、カナダやニュージーランドに関しては、中国との通貨スワップが失効している可能性はそれなりに高いと思います。

このうちカナダに関しては、2018年12月に米国の要請に基づき、華為(ファーウェイ)の副会長兼最高財務責任者の孟晩舟(もう・ばんしゅう)氏がカナダで身柄を拘束されたことが、加中関係の悪化を招いたという側面が考えられます。

また、ニュージーランドに関しては、更新期日が今年5月に到来していたはずですが、武漢コロナウイルス蔓延後の米中関係の悪化などにともない、いわゆる「ファイブアイズ」が中国との対決姿勢を強めているなどの状況が影響したのかもしれません。

ということは、来年4月に期限が到来する豪州、11月に期限が到来する英国についても、同様に中国との通貨スワップについては更新されない可能性があると見て良いのかもしれませんね。

中国は韓国をスワップで支配する?

そして、もうひとつの注目点は、韓国です。

じつは、中韓通貨スワップ協定については、今から3年前の2017年10月10日をもって失効していたはずなのですが、その失効から数日後、韓国の通貨当局者は報道関係者に対し、「韓中通貨スワップは従来と同じ条件で更新した」などと述べています。

現在でも読める報道としては、韓国メディア『中央日報』(日本語版)に掲載された、次の記事などがわかりやすいと思います。

韓中、通貨スワップ協定延長に合意

―――2017.10.13 11:02付 中央日報日本語版より

中央日報は「満期(3年)と規模(560億ドル)は従来の契約と同じ」などと記載していますが、これについては中国側からの発表は、現時点にいたるまで一切確認できません(※なお、中韓通貨スワップは米ドルで引き出すことができませんので、「規模560億ドル」という表現はいかがなものかと思います)。

当時は高高度ミサイル防衛システム(THAAD)の在韓米軍への配備を巡って、中国が韓国に対する経済報復を実施するなどしていた時期でもあります。

こうしたなか、中国当局としては、中韓通貨スワップは「延長する」とも「しない」とも明言しないことで、韓国をうまくコントロールしようとしたフシもあると思うのですが、このあたりの真相はよくわかりません。

ただ、その2017年10月13日から、ちょうど3年の節目が到来することもまた事実です。

「外貨準備高が4000億ドル超」、「米国との600億ドルの通貨スワップ(※為替スワップの間違い)」を有すると騙る現在の韓国にとって、米ドル換算して約530億ドル、しかも米ドルに両替することが極めて困難な人民元建てスワップが魅力的なのかどうかは微妙です。

しかしながら、中国に対してはやたらと低姿勢な韓国が、この通貨スワップを巡って何らかのアクションを起こすのかどうかは気になるところです。

とくに、3年前と比べ、米韓両国の軍事的な同盟関係が弱まっているなか、中国としては自国に対する包囲網の結束に対し、「一番弱い部分」を全力で攻撃するための手段としては、この中韓通貨スワップはちょうど良い材料でもあるように思えてならないのですが、いかがでしょうか。

読者コメント一覧

  1. たけ より:

    なんだかんだ言っても、着実に人民元は成長してるし、
    日本円は弱体化しています。

    1. 団塊 より:

      たけさんへ

      逆! 

    2. 匿名 より:

      たけ様〜
      国際市場に於いて資産価値の無い元なんて、誰も個人的に待ちたいとは思わない。

  2. 迷王星 より:

    更新有難うございます。
    >「外貨準備高が4000億ドル超」、「米国との600億ドルの通貨スワップ・・・」を有すると騙る現在の韓国にとって、・・・人民元建てスワップが魅力的なのか

    (誇大)妄想世界の中の韓国にとっては魅力的でなくとも、現実世界での韓国にとっては藁程度には魅力的なのでしょう、きっと。昔から「溺れる者は藁をも掴む」と言いますから。

  3. 都市和尚 より:

    いつも楽しみに拝読しております。
    そもそも中国は法治国家ではありませんし、契約を守るという概念もあるように思えません。中国と似たような国どうしのスワップは、契約の有効性や取引の条件はどうでもよいヤミ金取引と同じなのではないでしょうか。ヤミ金に弁済できないと命を失いますが、国家間だと主権を失うということなんだと思います。

  4. 団塊 より:

    人民元は、お金としての価値がない。
     人民元は、資産価値がない。
    習金平も胡錦濤も江沢民も不正蓄財した何百兆円分の資産をアメリカにドル資産として保有している。
     これは支那の元に資産価値がないから支那共産党のトップ達が、敵国アメリカに何兆ドルという形で莫大な資産を保有しているのである。
     TOYOTAもHONDAも支那でどんなにお金を稼いでも稼いだお金(なん兆円何十兆円)を日本やアメリカやEUに送金できない、支那から持ち出せない。
     元などどんなに持っていようが、ドルに交換できず元すら支那から持ち出せないのでは
     元は資産価値のない紙屑でしかない。
    そもそも莫大な元を安全に運用する方法がない。
     日本やアメリカは外人が、莫大な金額の国債を自由に売買している。買った国債を価値ある資産として長く保有するも売って円やドルを得るのも自由だ。
     こういうことが不可能な元は、資産価値なし。

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