アルゼンチンが中華スワップを利用して通貨防衛開始か

デフォルトの常習国家であるアルゼンチンが、中華スワップの引出額を増やし、それらを通貨防衛に使い始めたようです。人民元は年初来で見て米ドルに対し下落基調が続いていますが、アルゼンチンが通貨防衛のために人民元を売れば、結果的に人民元が米ドルに対して下落する、といった現象が生じる可能性はあるかもしれません。

中華スワップ一覧

先日の『岐路に立つ一帯一路:リスクの取り方を間違う中華金融』でも取り上げたとおり、中国が主導する「一帯一路」なる構想の正体は、「本来ならばリスクが高い貸出先にも低金利で融資をねじ込む」という、中国独自の強引な金融手法ではないかとの疑いを、当ウェブサイトとしては抱いています。

証拠はいくつかあるのですが、そのひとつは、中国が「対外債務デフォルトの常習国」との関係を深めていることにあります。

図表1は、中国が2017年10月以降、22年8月までの間に外国と締結したスワップ(通貨スワップないし為替スワップ)を一覧にしたものです(重複は除外しています)。

図表1 中国が2017年5月から22年8月の期間、外国と締結したスワップ協定

(【出所】中国人民銀行『人民幣国際化報告』をもとに著者作成。なお、米ドル換算額は国際決済銀行 “US dollar exchange rates (daily, vertical time axis)” の2023年10月16日時点のレートを使用。ただし、同データに収録がない通貨に関しては著者自身がネットサイト等を調査しているため、正確ではない可能性や、最新のものではない可能性がある)

人民元建てスワップのトータルは約4兆元で、米ドルに換算したら約5400億ドル程度です。

通貨スワップに限定すれば:発展途上国が中心

ただし、これらのなかにはおそらく通貨スワップと呼ばれるものと為替スワップと呼ばれるものが混在しています。たとえば香港、ECB、英国、シンガポール、カナダ、豪州、日本などとのスワップは、おそらくは日本などの先進国でいうところの「通貨スワップ」ではなく、「為替スワップ」でしょう。

これに対し、純粋に通貨スワップと思われる協定(つまり発展途上国との間のスワップ)のみを抜き出したものが、図表2です。

図表2 中国と発展途上国等との通貨スワップ

(【出所】図表1と同じ)

これらのすべてが現在でも生きているのかはわかりませんが、発展途上国等とのスワップに限定すれば、中華スワップの総額は約1.5兆元、最近のレートで換算すれば2000億ドル少々、といったところでしょう。

締結相手国はトップの韓国以下、通貨ポジションが脆弱と思われる国々が並び、5位に「デフォルト常習国家」であるアルゼンチンが入っていることが確認できます。何のことはない、中国が人民元の国際的な使用を拡大するために、「怪しい国々」とも積極的にスワップを締結している、ということです。

(※もっとも、「怪しい国」という意味では、その筆頭は中国なのかもしれませんが…。)

アルゼンチンが中華スワップを追加で引き出し

こうしたなかで紹介しておきたい話題のひとつが、アルゼンチンの中央銀行が現地時間18日に発表した、こんな話題です。

El BCRA activa un segundo tramo del swap

―――2023/10/18付 アルゼンチン中央銀行ウェブサイトより

記事タイトルと内容がスペイン語であるため、そのままでは読み辛いものの、翻訳エンジンなどを参考に解読してみると、アルゼンチンと中国の双方の中央銀行が第一弾となる1月の350億元に続き、今回、第二弾となる470億元の通貨スワップの発動を確認した、とするものです。

文章に出て来る「BCRA」は “El Banco Central de la República Argentina” 、すなわち「アルゼンチン共和国中央銀行」です。

そのうえで、「第一弾の350億元のスワップ」とは、以前の『アルゼンチンが新たな「人民元建てのスワップ」を発動』でも取り上げた、アルゼンチンが通貨防衛を目的として中国から引き出すことにした人民元のことです。

今回のスワップも、アルゼンチンにとっては「二国間貿易やアルゼンチンの金融市場の安定などに活用することができる」、とされています。原文は次の通りです(下線は引用者による加工)。

“El Banco Central de la República Argentina y el Banco del Pueblo de China confirmaron hoy la activación de un segundo tramo del swap de moneda, por 47.000 millones de RMB, que pueden ser aplicados a objetivos de desarrollo del comercio bilateral y a la estabilidad de los mercados financieros en Argentina.”

通貨防衛の人民元売り

この下線部、英語に直すと “to the stability of financial markets in Argentine” 、といった意味合いだと思われますが、自然に考えてこれは通貨防衛のことを指すと見るのが自然でしょう。要するに、暴落するアルゼンチンの通貨・ペソを防衛するために、人民元を借りて来て市場で売る、というオペレーションです。

具体的には、①アルゼンチン中央銀行がペソを中国人民銀行に預けて人民元を調達。②その人民元を(おそらくは最も市場が厚い)香港あたりで米ドルに両替し、③その米ドルを使ってアルゼンチンペソを買い支える、というわけです。

このオペレーションのなかの②の部分で、人民元安が加速します。

もちろん、中国経済の規模に照らし、アルゼンチンによる元売り・ドル買いオペレーションによる人民元の下落効果がどこまであるのかは微妙ではありますが、香港のオフショア人民元外為市場の規模を考えると、決して無視できない水準といえるかもしれません。

それはともかく、国際決済銀行(BIS)のデータによると、人民元はとくにこの年初来、米ドルに対して下落傾向にありますが(図表3)、もしかしたらアルゼンチンやトルコなどが自国通貨を防衛するために中国とのスワップを引き出し、それでせっせと人民元を売り浴びせている、という効果もあるのかもしれません。

図表3 USDCNY

(【出所】The Bank for International Settlements, “Download BIS statistics in a single file”, US dollar exchange rates (daily, vertical time axis) をもとに著者作成)

日中の最大の違いは金融・通貨の強み

中国自身が積極的に人民元スワップをかくだいしている目的は、おそらくは人民元の使用を拡大するためでしょう。ただ、その人民元を必要としている国というのは、トルコ、アルゼンチン、ロシア、韓国など、いずれも通貨ポジションが怪しい国ばかりです。

日本はすでに経済規模では中国に追い抜かれてしまいましたが、金融大国という意味では、むしろ中国は日本を追い抜くことができていないというのが実情に近いです。

ユーロ圏外で日本円がポンド抜き3位に浮上=国際送金』でも触れたとおり、SWIFTデータによると、国際送金の世界では、とくにユーロ圏外では日本円の決済通貨としてのシェアは人民元の倍近くにも達しています。

また、『日本円の組入れ額が過去最大に=世界各国の外貨準備高』でも触れたとおり、世界の外貨準備への組入れ通貨としては、日本円は米ドル、ユーロに続く3番目の地位を確保しています。人民元を外貨準備に積極的に組み込む国は、さほど多くないというのが実情でしょう(図表4)。

図表4 世界の外貨準備の通貨別構成
通貨金額Aに対する割合
内訳判明分(A)11兆1704億ドル100.00%
 うち米ドル6兆5769億ドル58.88%
 うちユーロ2兆2303億ドル19.97%
 うち日本円6029億ドル5.40%
 うち英ポンド5445億ドル4.87%
 うち加ドル2784億ドル2.49%
 うち人民元2741億ドル2.45%
 うち豪ドル2197億ドル1.97%
 うちスイスフラン206億ドル0.18%
 うちその他通貨4230億ドル3.79%
内訳不明分(B)8848億ドル
(A)+(B)12兆0553億ドル

(【出所】International Monetary Fund, Currency Composition of Official Foreign Exchange Reserves データをもとに著者作成)

いずれにせよ、アルゼンチンというデフォルト常習国が中華スワップをどう使うのか、ちょっとした見物といえるかもしれません。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. たろうちゃん より:

    どういう契約なのか。アルゼンチン🔛中国なのかアルゼンチン→中国→米ドルなのか。スワップ交換だから中国はアルゼンチンペソだっけなをうけとるんだがそんな通貨でなにか役にたつのかね?我が国もそうなんだが、万が一韓国が我が国とのスワップを交換、、つまり引出しにかかったら我が国には使いものにならない韓国ウォンが山積みになる。実際どうなのか。いまだ日本⇔韓国のスワップの内容がわからない。しかし、やったに違いない。隠す必要はない。隠すということは都合が悪いからだ。なんとも姑息だな。だから信用できない。

  2. sqsq より:

    中国は顔しかめてるはず。

  3. カズ より:

    中国がスワップの流用を容認するのは、対中決済額の範囲に限られるのではないのでしょうか?
    「人民元建決済へ置換えた分の米ドル」で通貨防衛する分には、人民元の相場は痛まないですから。

    通貨の影響力(決済額)は拡大したくとも、市場原理に晒すわけにもいかないのが人民元。
    スワップを引き出させなかったスリランカの事例のように、人民元を市場で買い戻すような事態は回避するのではないでしょうか?

  4. 福岡在住者 より:

    この記事を見た時ドル建てと勝手に理解してたのですが、人民元建ですか・・・。
    対ドル政策で人民元買いの余りのドルをアルゼンチンに与えるってことですかね。  なんか香ばしい限りです>

  5. 福岡在住者 より:

    アルゼンチンの大統領選挙が始まっているいるようですよ(どうでもイイけど・・・)。

    反中候補・離中候補・親中候補の三つ巴のようです。 中央銀行を廃止して米ドルで生活する!っ主張している候補。 自国通貨と米ドルの共存を主張する候補!(現在のアルザンチンはここと理解しています。庶民は怪しい通貨はイヤですよね) 親中で周回遅れ今だオコボレを期待している候補(自国通貨維持)。

    さて、どうなるのでしょうね? 自国通貨を放棄してそれなりに自国の維持に繋げるのも「有」と思うのですが(笑)、その時点で自国で亡くなるのでは? 何十年も前からおかしな国です。

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