本日は「専門書脱稿」記念(?)として、以前から書きたかった、「仮に日本がAIIBに入るとしたら、その目的は何か?」について議論したいと思います。

本文の前に:ウェブサイトからのお知らせ

当ウェブサイトからのお知らせです。昨年、当ウェブサイトに掲載した『数字で読む日本経済』シリーズを書籍化しました。株式会社ビジネス社より『数字でみる「強い」日本経済 』が刊行されます。発売は7月中旬を予定しおり、現在、予約受付中です。詳しくは『【お知らせ】数字で見る「強い」日本経済=ビジネス社』もご参照ください。


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近況の報告

むりやり脱稿!?

怒涛の様な(?)2ヵ月が経過しました。

前回、3月に某出版社から企業会計に関する専門書を出版したのですが、その時、編集長に「企業会計の専門書なら、もう1冊くらいすぐに書けますよ」などと軽口を叩いてしまったところ、「じゃぁ書いてください」となりました。しかも締め切りは5月末!

さすがにA5版で300ページ近くにもなる専門書を2ヵ月で執筆するのもどうかと思いましたが、それでも「既存の使いまわせる原稿がたくさんある」とタカを括っていたのも事実です。

しかし、実際に子供が生まれてみると、泣くわ喚くわ、睡眠不足と作業の中断にさいなまされながら、それでも何とか作業を進め、つい先ほど、第1校を無理やり完成させ、出版社にメールで送付しました。我ながら無茶をするものだと思います(笑)

ただ、私の場合、とても幸いなことに、自宅のすぐ近くに会社を持っており、平日であっても1日に何度でも自宅に戻れる環境にいます。産後で動けない時に私の下手な料理を我慢して食べてくれた妻、元気に育ちつつある娘には、心から感謝したいと思います。

一難去ってまた一難!?

実は、当ウェブサイトについても、4月下旬以降は内容が非常に薄くて、読み応えが乏しかったのではないかと思います。しかし、こんなウェブサイトであるにも関わらず、毎月10万ページを超えるごアクセスを頂いており、また、様々な方がコメントを残して下さっています。本当にありがとうございます。

いちおう、4月からの仕掛案件がひと段落ついたので、これからウェブサイトの更新に本腰を入れたいところですが、「貧乏ヒマなし」状態で、研修資料を3通も(!)作成しなければならなくなりました(苦笑)。ただ、当ウェブサイトは私にとって「ライフワーク」兼「ストレス解消」の手段ともなっているので、できるだけ日々、情報を仕入れて、「金融規制の専門家」なりの分析を加えた記事を公表していきたいと思います。

もちろん、目的は「読んで下さった方の知的好奇心を刺激する」ことにあります。

中国の「金融覇権」とは?

中国の金融機関が「G-SIBs」に!?

私は「金融規制の専門家」を自認しています。銀行業に関する自己資本比率規制を公表する「バーゼル銀行監督委員会」(Basel Committee on Banking Suprevision, BCBS)やその上部団体である「金融安定理事会」(Financial Stability Board, FSB)、さらにはG20首脳会合や国際通貨基金(IMF)などの組織体が出してくる意見書やルールについては、一通り目を通しているのですが、最近、気になる動きがあります。それは、金融の世界でも中国が勢力を伸ばそうと努力している、ということです。

たとえば、銀行を巡っては「大きすぎて潰せない」(Too Big To Fail, TBTF)と呼ばれる問題があります。2008年9月にリーマン・ブラザーズが経営破綻した際、同社に対してCDSなどの巨額のデリバティブ・エクスポージャーを抱えていた金融機関や保険会社が連鎖破綻するのではないかと恐れられたのですが(※このあたりは日経を初めとする日本のメディアが弱いところです)、これに対応する規制の仕組みが「TLAC」(総損失吸収力)と呼ばれる規制です。

具体的には、FSBが毎年11月に、全世界で最大30程度の金融機関を「グローバルなシステム上重要な銀行(Global Systematically Important Banks, G-SIBs)として指定しており、これらの金融機関は自己資本を他の金融機関よりも多めに積み増さねばならないほか、万が一経営破綻した場合に備えて、損失を投資家に移転させるために債券等を発行しなければならないとする規制です。そして、これらの金融機関が発行する債券を、俗に「TLAC社債」と呼びます。

(余談ですが、一昨年秋口に、某ドイツ系金融機関が「CoCo債」と呼ばれる債券(正確にはAT1証券)の利払いを見送ると発表し、金融市場が軽いパニックになりましたが、ここでいうTLAC債は「AT1証券」「CoCo債」とは別物です。)

そして、昨年11月に公表された最新の「G-SIBsリスト」を見ると、中国の銀行が4つも指定されています(図表1)。

図表1 G-SIBsに指定された中国の銀行
バケット銀行名
2番(1.5%)中国工商業銀行(ICBC)
1番(1.0%)中国農業銀行(ABC)、中国銀行(BoC)、中国建設銀行(CCB)

ちなみにカッコ内の数値は、このバケットに求められる「普通株式等Tier1資本(CET1)」の信用リスク・アセットに対する積み増しが求められる比率です。また、最上位のバケット5番は空白ですが、4番に米系の2社、3番に米系1社、欧州系が3社指定されています。また、日本の銀行はバケット2番にMUFG、バケット1番に「みずほFG」とSMFGが指定されています(図表2)。

図表2 G-SIBsの国別分布
バケット銀行数
5番(3.5%)0社
4番(2.5%)2社(米2社)
3番(2.0%)4社(米1社、仏1社、独1社、英1社)
2番(1.5%)6社(英1社、スイス1社、米2社、中1社、日1社)
1番(1.0%)18社(米2社、日2社、仏1社、英2社、スペイン1社、仏1社、中3社、スイス2社、伊1社、その他3社)

この「G-SIBs」に指定される基準は、次の5つです(図表3)。

図表3 G-SIB認定の5つの基準(それぞれ20%のウェイト)
  • その金融機関の規模(size)
  • 国境を超えた活動(cross-jurisdictional activity)
  • 金融システム全体との関係の深さ(systemic interconnectedness)
  • 代替が効くかどうか(substitutability)
  • 事業の複雑性(complexity)

結果的に、現在のG-SIBsは30社ですが、これに中国の銀行が4つも入った理由は、おそらく「その金融機関の規模」が非常に大きいからでしょう。しかも、バケット2にICBCが入っている理由はよくわかりません。

中国人民元がIMFのSDRに入った理由

もう一つ、中国が国際的な金融の世界で存在感を増している分野があります。それは中国の通貨・人民元です。

人民元は昨年10月に、国際通貨基金(IMF)の特別引出権(SDR)の構成通貨に加わりました。もちろん、SDRが国際的な商取引等の決済通貨として利用されることはなく、SDR自体は多分に象徴的な存在です。しかし、日本では金融のど素人集団でもある「朝日新聞」あたりが、「人民元が国際通貨・メジャー通貨になった」などと大騒ぎしました。

この点、「人民元はハード・カレンシーとはいえない」とする議論は、私の持論の一つです(これに関する過去の議論については、『人民元国際化特集』のページなどもご参照ください)。国際的に通用する通貨でもない人民元が、米ドル、ユーロ、英ポンド、日本円と並ぶ通貨であるはずなどありません。というのも、中国では機関投資家のための債券市場が未成熟ですし、だいいち、中国は本土の人民元建ての債券市場が外国人機関投資家に対して開放されていません。

それでは、なぜハード・カレンシーでもない人民元が、IMFのSDRに入ってしまったのでしょうか?

私は、これに中国の国営銀行が4つもG-SIBsに入ってしまったことと平仄を感じてしまうのです。それは、「中国の金融覇権」というロビー活動の存在です。

欧州と中国はズブズブの関係に!

それを象徴するのは、中国が主導する国際開発銀行である「アジアインフラ開発銀行(AIIB)」です。

AIIBが発足したのは2015年6月ですが、この銀行に対し、英国やドイツ、フランス、イタリアなど、欧州各国がこぞって参加を決めました。また、現時点では未加盟ですが、G7からはカナダもAIIBに参加すると表明しています。ちなみに日本と米国はAIIBに参加していません。

これをいったいどのように考えれば良いでしょうか?

「欧州にとって中国は遠い存在だから、中国の脅威など全く感じない」。

「だから中国が主導する国際開発銀行にも参加するし、中国のことを優遇するのだ」。

こうした仮説には、一見すると説得力があります。なぜなら、良く考えてみると、FSBもBCBSもIMFも、欧州の力が強い組織だからです。

しかし、私にはそれだけではないと思います。そして、中国は政治力が強い国であり、外交上の力は決して侮ることができないという事実を、私たち日本人は改めて重く受け止めるべきでしょう。

一帯一路とAIIB

中国金融覇権の3点セット

こうした中、やはり中国の「金融覇権」の試みを意識する上で、「一帯一路構想」、「AIIB」、「シルクロード基金」の3点セットが重要です。

「一帯一路」とは、「現代版シルクロード」とも呼ばれ、いわば「中国を起点とするユーラシア経済圏」のことです(ちなみにこの「シルクロード」には、日本は入っていません)。そして、それを実現するための資金源が、中国政府が外貨準備から負担する「シルクロード基金」と、広く外国から資金を集める「装置」であるAIIBなのです。

日本国内では「日本もAIIBや一帯一路構想に参加すべきだ」と唱えている勢力がいますが、このように考えていくと、日本がこれらの構想に参加するのは、自分で自分の首を絞めるようなものです。あるいは、米国にとっても、中国が「ユーラシア経済圏」の覇権を握ることで、米国が北米大陸の「島国」として封じられることは脅威であるはずです。

つまり、自然に考えると、この「金融覇権の3点セット」からは距離を置くべきでしょう。

肝心なところでうまくいかない中国の金融

ただ、シルクロード基金とAIIBには、奇妙な共通点があります。

それは、肝心の資金の大部分が、中国の通貨・人民元ではなく、米国の通貨・米ドルでこうせいされている、という事実です。

私の調べでは、これまでのところ、AIIBの融資承認案件数は予定額ベースで20億ドル程度に過ぎませんが、その金額は米ドル建てです(図表4)。

図表4 中国主導のAIIBの融資実績(2017年4月末時点)
区分件数AIIB融資額
承認済プロジェクト12件20億ドル
検討中プロジェクト10件15億ドル

また、AIIBの現時点の参加国は、「加盟する意思を表明し、AIIBに承認された国」を含めて、70カ国です(図表4)。

AIIBの現時点の融資金額の少なさは、ADBと比較すると一目瞭然です(図表5)。

図表5 AIIBとADBの比較(5月15日時点)
項目AIIBADB
最大出資国と議決権中国(27.8%)日本(12.8%)
それ以外の主要出資国インド(8.03%)
ロシア(6.33%)
ドイツ(4.44%)
韓国(3.75%)
米国(12.8%)
中国(5.454%)
インド(5.363%)
豪州(4.928%)
融資実績最大20億ドル946億ドル
授権資本920億ドル1427億ドル
払込済資本(不明)72億ドル
本部北京マニラ
主要ECAI格付なしAAA
批准国数53カ国(※)67カ国

(【出所】AIIBとADBのウェブサイトより著者作成。なお、批准国に加え、「AIIBへの参加意思を示している国」を合計すると77カ国)

つまり、中国が主導するAIIBは、肝心の資金を米国の通貨・米ドルに頼っているのです。世界最大の米ドル保有国である日本に対し、執拗に協力を求めて来ているのも、当然のことといえるかもしれません。

つまり、中国としては、「一帯一路」「シルクロード基金」「AIIB」という「3点セット」で金融覇権を握ろうとしているのに、肝心の資金源である日米が付いてきていないという状況にあります。しかも、自国の通貨・人民元については、事実上、国際化に失敗してしまいました。

このように考えると、「政治力は超一流」の中国も、「経済・金融のセンス」という観点からはゼロ点だというのが実情といえるのかもしれません。

【逆説】え?「日本はAIIBに入るべき」!?

さて、私自身の持論は、中国が主導する「一帯一路構想」「シルクロード基金」「AIIB」は、中国の世界戦略の一環であり、日本が下手にこれらとかかわりを持つべきではない、とするものです。ただ、それと同時に、AIIBは今後、少しずつ資金を調達し、ADBの案件に対して「ライバル」として強引にシェアを奪いに来ることは十分に想定できます。

そこで、逆説的ですが、日本はAIIBに参加することを検討する価値があります。

といっても、誤解しないで頂きたいのは、日本がAIIBに参加するとしても、その目的は、これらの構想に協力するためではありません。むしろ逆に、AIIBという組織をADBに対して協力的にさせる目的(もっと平たく言えば、AIIBの情報を日本に流すなどし、AIIBの活動を「妨害」する目的)です。

私は、米国のトランプ政権が前任のオバマ政権と異なり、中国の唱える「一帯一路構想」に対し、「公共事業の分け前」を求めて参加する可能性は否定できないと考えています。当然、AIIBにしても、「目先のビジネス」に目が曇ったトランプ政権が飛びつく可能性もあります。

日本は現在のところ、AIIBや一帯一路構想に対しても「米国の追随」で構わないと思いますが、米国がAIIBに参加してしまったときに慌てないために、「AIIBの活動を牽制する目的でAIIBに加入する」という視点から検討することも必要でしょう。

ただし、参加するにしても、AIIBがダンピングでADBの活動を邪魔しないようにすることが目的です。その意味で、日本は「出資」をせず、「オブザーバー」として参加するだけでも良いかもしれません。

最近、既存のマス・メディアの報道を読んでいると、「早くAIIBに参加しないとバスに乗り遅れる!」といった、明らかに金融の素人と思しき「自称識者」が執筆している記事を目にして辟易とすることもあります。ただ、日本がAIIBに参加するとすれば、「バスに乗り遅れる」云々の話ではありません。現在のように、あきらかにコーポレート・ガバナンスに大きな問題を抱えているAIIBという組織に日本がわざわざ参加するのは、明らかに日本にとって損失です。

「AIIBに参加するなら、日本のインフラ金融支援というビジネスを妨害されないように監視することが目的だ」とする議論を、既存メディアで目にすることができないのは、いかにも日本のメディアのレベルが低すぎて残念だと思うのです。

※本文は以上です。

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    北朝鮮による事務所爆破と金正恩危篤説はつながるのか (40コメント)
  • 2020/06/17 05:00 【経済全般
    【総論】経済制裁「7つの類型」と「5つの発動名目」 (3コメント)
  • 2020/06/16 22:30 【時事|外交
    【速報】「北朝鮮が開城連絡事務所破壊」は権力承継? (22コメント)
  • 2020/06/16 15:00 【時事|国内政治
    毎日新聞によると大串博志氏も「#」と発音したらしい (14コメント)
  • 2020/06/16 11:11 【時事|韓国崩壊
    非上場株式の売却を「時限爆弾」と呼ぶ韓国メディア (17コメント)
  • 2020/06/16 08:00 【韓国崩壊
    「約束破り」の常習国家が日本に「約束を守れ」と要求 (36コメント)
  • 2020/06/16 05:00 【時事|国内政治
    コロナ禍と不法滞在、そして「強制退去違反罪」の創設 (10コメント)
  • 2020/06/15 12:00 【読者のページ
    読者雑談専用記事通常版 2020/06/15(月) (72コメント)
  • 2020/06/15 11:00 【時事|韓国崩壊
    韓国で「資産現金化でも日本の経済報復に耐えられる」 (105コメント)
  • 2020/06/15 08:00 【韓国崩壊
    相次ぐ韓国の自爆、日本が「エサ」与えなくなったから (34コメント)
  • 2020/06/15 06:00 【マスメディア論|時事
    NHKにとっては企業倒産よりも受信料収入の方が大事 (12コメント)
  • 2020/06/15 05:00 【時事|韓国崩壊
    北朝鮮の軍事行動示唆発言に感じる「不自然さ」の正体 (38コメント)
  • 2020/06/14 11:30 【時事|国内政治
    足を引っ張る野党とメディア、まったく休まぬ安倍総理 (37コメント)
  • 2020/06/14 09:00 【時事|韓国崩壊
    「輸出規制」巡る一般読者の反応のレベルは総じて高い (17コメント)
  • 2020/06/14 05:00 【国内政治
    テレビ見る人ほど安倍総理を「信頼できない」と考える (37コメント)
  • 2020/06/13 12:00 【読者のページ
    読者雑談専用記事通常版 2020/06/13(土) (88コメント)
  • 2020/06/13 08:00 【時事|経済全般
    まだ間に合う?中韓に対し「輸入国」に転落する前に… (42コメント)
  • 2020/06/13 05:00 【マスメディア論
    新聞社説のブログ化、そして相次ぐ虚報がもたらすもの (23コメント)
  • 2020/06/12 14:14 【時事|韓国崩壊
    毎日新聞社説「日韓両国指導者は失ったもの直視せよ」 (33コメント)
  • 2020/06/12 11:35 【日韓スワップ|時事|韓国崩壊
    「真の友人」なら、もう日韓スワップを結んでいるはず (24コメント)
  • 2020/06/12 11:00 【時事|金融
    日本が6割、韓国が3位に浮上=米ドル為替スワップ (5コメント)
  • 2020/06/12 08:00 【時事|経済全般
    PBデザイン騒動は消費者がローソンを愛している証拠 (17コメント)
  • 2020/06/12 05:00 【経済全般
    中韓との往来断絶長期化なら日本経済にも影響は生じる (14コメント)
  • 2020/06/11 17:00 【時事|外交
    日本が入国を認める相手国に中韓台港米は含まれない? (15コメント)

  • 著者のコンタクト先:info@shinjukuacc.com

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