香港ドルペッグ問題と「人民元の国際化」という空論

先日の『香港に対する制裁は「ドルペッグ外し」だけでは不十分』などで議論した「国際金融センター問題」の続報です。中国当局が香港ドルの安定性に関連し、またしても自国通貨・人民元の国際化を狙っている、という話題が出て来たようです。ただ、正直なことをいえば、中国の資本規制は非常に厳しく、トルコなどごく一部の国を除けば、人民元が遠く離れた全世界で広く使われるようになる、という可能性は乏しい、というのが現状でしょう。

香港のドルペッグ

香港に対する国家安全法制の制定を受け、米国が香港の銀行の米ドル購入量を制限するなどの方法により、香港ドルの米ドルペッグを崩壊させようとしている、といった報道については、『香港に対する制裁は「ドルペッグ外し」だけでは不十分』などでも紹介しました。

先日の繰り返しで恐縮ですが、正直、香港の強みは「米ドルペッグ」だけにあるのではありません。技術的に米国側の措置で香港ドルの米ドルのペッグを外させることは不可能ではありませんが、もしうまく米ドルペッグのみが外れたとしても、香港の本質的な強みがなくなるわけではありません。

というのも、米ドルペッグは香港の「金融センターとしての強み」の一要素に過ぎないからです。

香港の金融センターとしての強み
  • ①香港ドルの米ドルに対するペッグ制度
  • ②資本移動が自由であり、資金決済・外国為替などの利便性が高い
  • ③税金が安く税制が簡素である
  • ④投資などに関する法制度の使い勝手が良い
  • ⑤香港社会では法律や契約が非常に良く守られる

…等々

極端な話、米国が手っ取り早く、香港に厳格な経済制裁を適用するのであれば、香港に拠点を置く銀行に対し、米ドル決済を許可しない、といった措置を講じれば良いのですが、その場合、香港の金融機能がマヒし、却って世界の金融に混乱が生じます。

いわば、中国としては香港の金融機能を「人質」にとっている格好であり、情勢はなかなか厄介です。だからこそ、中国に対する最大の金融制裁は、香港に匹敵する「金融センター」が香港以外の場所にできることだ、という言い方ができます(現状ではシンガポールも金融センターとして有名ですね)。

香港の代替地はなかなか見つからない

しかし、「税制が簡素で安い」、「法制度の使い勝手が良い」、「法治が機能する」、といった条件を満たす国・地域は、なかなか存在しません。

日本の場合は確かに治安もよく、日本円自体が非常に強い通貨であり、決済システムもしっかりしているのに加えて法律や契約が確実に守られるという意味では、ロンドン、ニューヨークなどと並ぶ国際的な金融センターに復活する潜在的な資格はあります。

しかし、税制が複雑すぎるのに加え、投資法制の使い勝手が悪いこと、行政上のかなりの裁量を持つ金融庁の能力が低すぎることなどの要因もあり、なかなか「香港の金融機能を東京にゴソッと持ってくる」といったことができません。

余談ですが、だからこそ「アベノミクスの3本矢」のひとつである減税と規制緩和が重要なのだ、と当ウェブサイトでは一貫して申し上げ続けて来たのですが…。

(そういえば、日本以外にも「わが国を国際的な金融センターにすべき」などと声を張り上げている国が近所に1ヵ国あるようですが、その国はまず国際法をしっかり守ることから始めた方が良いのではないかと思う次第です。)

また出た、人民元国際化議論

さて、当ウェブサイトなりの感覚だと、いかに米国であっても、今すぐ香港から国際的な金融センターとしての地位を奪う、といったことができるとは思えません。なぜなら、今すぐそれをやってしまうと、米国にとって打撃が大きすぎるからです。

したがって、もし米国が国際的な金融の混乱を避けながらも、本気で香港から金融センターとしての地位を奪い取るのであれば、輸出管理の強化に始まり、十分な機関を設け、金融規制の強化など、徐々に香港から金融機能の移転を促す、といった方法を取るはずです。

そうなると、必ず出てくる議論が、「米中通貨覇権」という論点です。

要するに、現状は米ドルにペッグしている香港ドルを中国人民元へのペッグに切り替えるとともに、香港を人民元の一大決済センターにすることで、引き続き香港が世界の金融センターとしての地位を保ち続ける、というシナリオですね。

では、その実現可能性はどれほどあるというのでしょうか。

これについては意外なことに、韓国メディア『中央日報』(日本語版)に、こんな記事が掲載されていました。

まだ2%…中国人民元の国際化は成功するのか

中国がまた人民元の国際化に動き始めた。米国のドル覇権に挑戦状を突きつけたのだ。香港国家安全維持法をめぐり米国との対立が強まる中でだ。<<…続きを読む>>
―――2020.07.14 15:32付 中央日報日本語版より

意外な話ですが、韓国メディアを読むと、中国の考え方を知ることができることもあります。やはり、中国と韓国では、基本的な考え方や発想が似ているからでしょうか?

それはさておき、中央日報はブルームバーグの報道を引用する形で、中国人民銀行通貨政策委員を務めた余永定(よ・えいてい)氏が

米国がある日突然、米国国内の中国の金融資産を凍結する可能性がある。中国は潜在的に米国の金融制裁という深刻な挑戦に直面している

という趣旨の懸念を示した、などと述べているのだそうですが、やはり「通貨」という面で米国に命綱を握られてしまっている中国にとっては、資産凍結は恐怖の対象なのでしょう。これについて中央日報は、こう述べます。

国際金融市場の状況を変えるために中国が強力な措置を駆使する可能性も排除できない。ブルームバーグは『中国が輸入代金を人民元で支払い、中国に入ってくる外国人直接投資(FDI)と海外への借款を人民元ですれば、よりいっそう高い段階になるかもしれない』と伝えた」。

「輸入代金を人民元で支払う」。

「FDIや借款を人民元建てにする」。

果たしてそんなことは可能なのでしょうか。

現状では非現実的

結論からいえば、無理です。

中国が人民元の国際化を図っていることは事実ですし、実際、2016年10月には中国の通貨・人民元が国際通貨基金(IMF)の特別引出権(SDR)に組み込まれたことで、人民元はIMFが認めた「自由利用可能通貨」となりました。

当ウェブサイトの下記記事にも記載しましたが、IMFが人民元をSDRに組み込んだ意図は、人民元をSDRに組み込むことで、中国の金融ガバナンスの近代化を促すことにあった、という説があります(2020/01/13付『週刊金融財政事情』P22~25参照)。

いったいなぜ、IMFは人民元をSDRに加えたのか

本稿は、当ウェブサイト『新宿会計士の政治経済評論』を開設する動機のひとつでもある、「中国の通貨・人民元の本質」について、改めて振り返っておこうという企画です。今から3年少々前に、当ウェブサイトでは『人民元のハード・カレンシー化という誤解』という記事を皮切りに、人民元をテーマにした記事をいくつか執筆しました。その際に提示した疑問点が、「なぜ人民元のように自由利用可能とはいえない通貨をIMFはSDRの構成通貨に指定したのか」という点なのですが、これについて現時点で最も納得がいく論考を発見しましたので、そのエッセンスについて、あわせて紹介しておきたいと思います。<<…続きを読む>>
―――2020/01/24 08:00付 当ウェブサイトより

しかし、現時点において、中国の公称のGDPは世界第2位の規模を誇っていますが、SWIFT上の国際決済電文シェア(非ユーロ圏)は昨年12月時点で1.19%に過ぎず、また、国際決済銀行(BIS)統計やIMF統計でも、人民元の存在感は強いとは言い難い状況です。

IMFのSDR入りして4年が経過するにもかかわらず、中国はいまだに資本規制を緩和していません。国際取引における人民元の決済シェア、外貨準備に占める人民元のシェアは上昇していないことは、人民元の利便性がまったく上昇していない何よりの証拠だといえるでしょう。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

もっとも、中国の通貨・人民元が米ドルに代替する国際的基軸通貨になるのは難しいとは思いますが、局地的にはそれなりに人民元の存在感は高まっています。

たとえば、『トルコが中国との通貨スワップを実行し人民元を引出す』でも紹介したとおり、中東のトルコは中国との通貨スワップを実行して人民元を引き出し、中国企業からの輸入代金の決済に充てた、という話を聞きます。

トルコといえば通貨暴落局面で「トルコ中央銀行が日本銀行と通貨スワップを結ぶらしい」とする飛ばし報道のおかげで通貨危機を乗り切った国でもありますが(『「飛ばし報道」だけでトルコリラの暴落を防いだ日本円』参照)、まさに「貧すれば鈍する」、といったところだと思う次第です。

読者コメント一覧

  1. より:

    このところめっきり名前を聞かなくなりましたが、AIIB設立の目的は人民元圏を構築してドル支配に一石を投じること、、あわよくば将来的に人民元を基軸通貨とするための礎とすることだったのだろうと思われますが、今のところ見事なまでの空振りに終わってますね。元々ユーロだってドルによる金融一元支配打破が設立目的の一つだったのではと思われますが、その域にもまるで達していない。

    まあ、(都市伝説かもしれませんが)銀行ATMから堂々と偽札が出てくるような通貨を信認しろと言われても、無理ですとしか答えようがないですが。

    1. hiro より:

      龍さま

      中国は、政府のメンツを保つために個人の発言を投獄などで封じ込めたりするる労力の数分の一でも、

      自国の通貨のメンツや信用を保つことに使えば、周りの中国に対する信頼とか、信用が

      ほんの少しは変わってたかもしれませんね。

  2. 心配性のおばさん より:

    お金の話は基本、苦手です。だって、持っていないのですもの(笑)。

    ただ、遠い昔、世界史だったと思うのですが(世界史、大好きでした。笑)、昔の貨幣は、相当の金と交換することができた。なので、貨幣に価値を持たせることができた。が、貨幣が流通し、そのものに信用が生まれたので、金との交換は廃止されたと。習った記憶があります。

    つまり、貨幣は信用だということです。ある日、突然、その通貨の価値が乱高下するようでは、まして無価値になるようでは、信用はありませんよね。

    さて、こちらに、最近、お知らせしたのですが、米中対決の長期化を覚悟した中国共産党幹部から、中国経済圏鎖国のような論文が出ているとか。かつて、ソ連がやっていた『ルーブル経済圏』を人民元で行おうというものらしい。ムリじゃないかしら。『ルーブル経済圏』とは、ソ連すなわちソビエト連邦を構成する国家間のことじゃありません?

    中国は、AIIBや、一帯一路構想で人民元経済圏を作ろうとはしていますが、出来てませんよね。まだ。その構想で手を付けた国々とも、経済的信頼関係が築けているとは思えません。であれば、中国共産党幹部が言うところの中国経済圏は中国国内ということになります。

    んーん。世界の工場として、一部都市は潤いましたが、鎖国するのであれば、それを手放すことになりますよ。漏れ伺うところだと、その一部都市と農村部の格差は、経済のみならず、医療、教育でも開いているのだとか。ニュース番組でやっておりました。国内のほとんどが貧しさから抜け出ていないのに内需がありますかしら?

    1. 小太りTAK より:

      心配性のおば様

      日本など中国国外からみれば荒唐無稽であり得ない話に見えますが、中国はそういう方向に舵を切るのではないかと半ば確信しています。仮に中国経済がガタガタになると分かっていたとしても鎖国をするのではないかと。そうなると短期決着ではなく兵糧攻めの長期戦ということになりますが、そこで思い出すのが北朝鮮です。北朝鮮は核開発問題で国際的な経済制裁を受け続けていますが、いまだに核開発を放棄するそぶりすらありません。北朝鮮にできるなら中国もやるでしょう。

      1. 心配性のおばさん より:

        小太りTAK様 レスありがとうございます。

        >そうなると短期決着ではなく兵糧攻めの長期戦ということになります
        >北朝鮮は核開発問題で国際的な経済制裁を受け続けていますが、・・・
        >北朝鮮にできるなら中国もやるでしょう。

        うーん。小太りTAK様、”兵糧攻めの長期戦”に、北朝鮮国民?は、耐えられても、中国国民は、耐えられるのでしょうか?聞くところによると、中国の人々というのは、衣食住足りていれば、政治に不満は言わないそうですが、改革開放以前であったらまだしも、現在の都市部の特権中国国民は、生活レベルの低下にどこまで耐えられるでしょうか?優遇しているハズの特権中国国民が中国共産党に反旗を翻したら、野火が拡がるように、中国国内に内戦が拡まると思います。

        それを中国共産党は最も怖れていると思います。であれば、その事前にその不満を外に向けると思います。”その外”も、黙ってそれを受け入れない。となれば、中国対世界の大戦になる可能性があります。
        準備を急がなくてはなりませんよね。あらやだ、怖い話になりました(笑)。

        1. 匿名 より:

          心配性のおば様

          考察不足の未熟なたわごとにご返信、ご教授ありがとうございます。

          なるほど。確かに中国都市部の富裕層は耐えられそうにありませんね。その時に共産党の思惑通り外への不満に転換されてしまった場合は・・想像すらしたくない未来となりますね。

    2. りょうちん より:

      兌換紙幣から管理通貨制度への移行の動機は、有限の金や銀の産出量・貯蓄量より社会に必要なマネーの総量が上回るようになったからです。
      信用自体は、紙切れが金や銀に交換できるという共同幻想を受け入れている時点であったわけです。
      アメリカ以外の主要国では世界恐慌の時に、維持できなくなり、管理通貨に移行しましたが、米国だけが1971年のニクソンショックまで、金兌換を続けていました。そこまで続けられていたのがアメリカの国力です。
      世界史とお金は不可分ですよ。リアルマネーの利殖技術とはまったく別のお話です。

  3. 迷王星 より:

    世界第2位のGDPを誇っているのにいつまで経っても人民元を自由な変動相場にしようとせず変動幅を管理し続けている以上、IMFは当初の見通しが甘すぎチャイナの人民元に関する方向性を完全に見誤ったことを率直に認めて、「どれほど経済規模が大きかろうとチャイナが現在の通貨政策を採り続ける限り、人民元はローカルな通貨に過ぎず世界は人民元を国際通貨とは認めない」という意思を明確に示す為に、人民元をSDRから速やかに削除べきですね。

  4. 愛読者 より:

    商品の購買力に関して言えば,中国は世界の工場なので,人民元の利用価値は十分あり,その点に関しては国際通貨としての資格があります。しかし,金融面では人民元は使いにくく,国際通貨になり得ません。まず,人民元からドルなどのハードカレンシーへの交換の制約が多いように感じます。中国からの海外送金は中国政府により厳しく監督されています。これは致命的欠陥です。あと,政治体制からくる不信感も大きいでしょう。欧米では人民元が国際通貨として通用するのは,当面無理でしょう。ただし,アフリカとかアジアの幾つかの国では国際通貨として活躍できるようになると思います。一帯一路に積極的に参加している国々でも。

  5. 門外漢 より:

    >わが国を国際的な金融センターにすべき」などと声を張り上げている国が近所に1ヵ国あるようですが

    へ-― そうなんですか?
    いくらなんでも代官民国じゃないでしょう。
    彼の国がいくら面の皮が厚いっても・・・

  6. マロンP より:

    いつも楽しみに拝読しています。

    中国は、韓国貿易に中国国内銀行を使った決済に移行させる腹でしょうか。

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