日本がAIIBに参加する「機は熟した」、本当?

先日の『日本が「バスに乗り遅れた」AIIBの現状・最新版』では、日本が「バスに乗り遅れた」とされる、中国が主導する国際開発銀行であるAIIBを巡る現状の最新分析を掲載しました。結論的にいえば、AIIBの現状は「鳴かず飛ばず」と考えて良いと思うのですが、ただ、承認された案件数が急増していること、出資国数も100ヵ国前後に達する(とAIIBが自称している)ことなどを踏まえれば、決して油断してはならないと考えています。こうしたなか、『サーチナ』というウェブサイトに、「日本がAIIBに参加する機は熟した」とする記事が掲載されたようです。

「バスに乗り遅れるな」論、どうなった?

日本は「バスに乗り遅れた」のか――。

中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)が昨年12月で設立から丸4年を迎えましたが、国際開発金融の世界で豊富なノウハウを持つ日本と米国は、いまだにAIIBに参加していません。

当時、日本がAIIBに参加しないことを巡っては、「バスに乗り遅れるな」などと叫んだメディアもありましたし、この期に及んで「『国際通貨』である人民元が日本に対して挑戦状をたたきつけている」といった珍説を見かけることもあります。

たとえば、今から約5年前に朝日新聞に掲載された次の記事によれば、「AIIBには参加国が相次いでいる」、「日米は戦略を欠いて孤立している」などとして、日本がAIIBに参加しないことを厳しく批判しています。

アジア投資銀に48カ国・地域 日米抜き、戦略欠き孤立(2015年3月31日22時36分付 朝日新聞デジタル日本語版より)

ただ、設立から4年少々が過ぎたところで、AIIBを巡って「日本はバスに乗り遅れるな!」と叫んでいた人たちは、一様にダンマリを決め込んでいるようです(いや、最近だと「桜を見る会」などのくだらないスキャンダルを追及している方が楽しいのでしょうか)。

AIIBは「現状、鳴かず飛ばず」だが…

折しも当ウェブサイトでは今月、AIIBの現状がどうなっているのかについて、『日本が「バスに乗り遅れた」AIIBの現状・最新版』で詳しく触れました。

日本が「バスに乗り遅れた」AIIBの現状・最新版

結論的にいえば、アジア開発銀行(ADB)などと比較して、融資額の積み上げ、プロジェクト承認件数などにおいて、明らかにAIIBは「鳴かず飛ばず」の状況にあります。

AIIBが設立された当初の説明では、「アジアではインフラ金融の需要がたくさんある」、「AIIBとADBが分業してアジアのインフラ金融を推進する」、というものだったはずですが、実際には2019年9月末時点における融資実績は20億ドル少々に過ぎません。

AIIBの出資の払込額は約200億ドル、出資総額(正確には「授権資本総額」)は1000億ドル弱ですが、現時点の融資実績は総資産の10%前後、出資総額の2%前後に過ぎない、ということでもあります。

AIIBの2019年9月末時点の状況(未監査ベース)
  • (A)貸出金等…20.7億ドル
  • (B)総資産額…226.2億ドル
  • (A÷B)…約9.2%
  • (C)出資総額…967.1億ドル
  • (A÷C)…約2.1%

(【出所】AIIBの財務諸表、加盟国一覧等)

また、AIIBが設立されたのは2015年12月ですが、設立翌年からの案件の承認件数をADBと比較すると、2016年以降で見てその差は歴然としてます(図表1)し、また、設立直後のADBと比べても明らかに「鳴かず飛ばず」といえるでしょう(図表2)。

図表1 2016年以降のADBとAIIBのプロジェクト承認件数
ADBAIIB
2016359件8件
2017315件15件
2018370件11件
2019346件28件

(【出所】ADBについては “PROJECTS & TENDERS” のページで年を指定して表示される “Result” をカウント、AIIBについては “Approved Projects” から手動でカウント)

図表2 設立後5年間のプロジェクト承認件数
ADBAIIB
1年目1967年…1件2015年…0件
2年目1968年…17件2016年…8件
3年目1969年…33件2017年…15件
4年目1970年…51件2018年…11件
5年目1971年…41件2019年…28件

(【出所】ADBについては “PROJECTS & TENDERS” のページで年を指定して表示される、1967年から71年までの “Result” をカウント、AIIBについては “Approved Projects” から手動でカウント)

もっとも、AIIBは昨年12月だけで一気に10件もプロジェクトを承認しており、これからAIIBの案件数が加速する可能性は否定できません。AIIBが国際開発金融の世界において存在感を発揮し始めるのかどうかについては、念のため留意しておくことが必要でしょう。

サーチナ「日本がAIIBに加盟する『機は熟した』」

こうしたなか、『サーチナ』というウェブサイトに昨日、こんな記事が掲載されていました。

中国が主導するAIIB、「日本が加盟する『機』はすでに熟した」=中国識者(2020-01-23 10:12付 サーチナより)

これは果たして「まき餌」かなにかなのでしょうか。

この『サーチナ』というウェブサイト、調べてみると、中国関連のさまざまな情報を日本に紹介するサイトだそうで、掲載される記事によっては日本語として不自然な部分がないわけではありませんが、中国の考え方の一端を知ることができるという点で、個人的には重宝させていただいています。

リンク先記事も、こんな文章で始まります。

中国が主導して設立したアジアインフラ投資銀行(AIIB)の加盟国が増加を続けるなか、日本や米国は今なお加盟を見送っている。これはAIIBが日米が主導するアジア開発銀行(ADB)の競合だからという見方が一般的だ。」(※下線は引用者による加工)

「競合だから」、という表現はあまり日本語では見られませんが、文脈から判断して、「日米がAIIBに出資しない理由は、AIIBの立場がADBと競合的だからだ」、という意味でしょう(単なる推敲不足でしょうか)。

さて、この記事の要諦は、次の記載でしょう。

中国メディアの環球網は22日、南開大学の日本研究院副院長の張玉来氏による見解として『日本がAIIBに加盟するうえでの “機” はすでに熟している』と主張する記事を掲載した。

リンク先記事によれば、環球網の記事が「機は熟した」と述べている根拠は、次のとおりです(※内容については適宜加筆・要約し、箇条書きしています)。

  • AIIBが日本の政府系金融機関に勤務していた日本人男性を採用したこと
  • AIIBは運営が始まってすでに4年が経過し、日本が過去にAIIBに対して提起した「運用の透明性」「債務の罠」「環境保護」といった懸念が杞憂であったことはすでに証明されたこと
  • 5人の副総裁はいずれも中国以外の国から選ばれ、12人の理事による理事会は100を超える加盟国の意見が反映されていること
  • AIIBは「反腐敗」のもとで「政治的干渉を受けないこと」を基本原則としていること

日本が出資せよ、という結論にはならない

AIIBは『反腐敗』のもとで、『政治的干渉を受けない』ことを基本原則にしている

――。

こう主張されても、胴元が胴元だけに、素直に信じる人はかなりピュアな人ではないかと思ってしまいます。

まずは中国共産党が「腐敗と政治的干渉と塊」ではないかという気がしてならないからです。

アジアにはインフラ投資における莫大な需要があることはまた事実ですが、だからといって「相手が返せないくらいの多額のカネを貸しつけて、建設した施設を借金のカタに取り上げる」という、中国的なビジネスモデルに対する警戒がなくなるというものではありません。

また、AIIBが日本人の経験者を採用したという話題については報道で知っているだけですが、あくまでも一般論ではあるものの、日本には職業選択の自由があるわけですから、「報酬を払ってくれる組織」であれば「AIIBに就職しよう」と考える人がいてもおかしくはありません。

したがって、「日本人職員が就職したから日本政府はAIIBに出資せよ」、という主張もめちゃくちゃです。

ちなみに「金融評論家」のひとりとしての印象で申し上げるならば、日本がアジアにおける国際金融開発の世界でもっと貢献したいならば、AIIBに出資するよりも、ADBや政府系金融機関の機能をさらに強化する方が効率的ではないかと思う次第です。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

ただし、個人的には日本があえてAIIBに出資する動機もあると思います。

それは、AIIBが変な貸付をしないかどうかを「監視する」、という目的です。あるいは、もっとひどい言い方をすれば、日本人が理事として参加することで、先進国並みの厳しいガバナンスルールを名目として、AIIBの組織や融資案件を「潰す」、といったことも考えられます。

そのような観点からは、中国が「日本に出資して欲しい」と言っているのであれば、日本側もそれなりの人物を選んで、AIIBに有能な人物を派遣する、という考え方も成り立つでしょう(もっとも、個人的には「それじゃあ新宿会計士さんがAIIBに行きなさい」と言われたら、それはそれで嫌ですが…笑)。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. だんな より:

    AIIBのバスは、日本がエンジンになるアル。
    このままでは、動かないアル。
    朝日とサーチナが、中国の願望を記事にしているのです。
    ARBも、インド抜きで日本は、動かないはずです。
    日本は、ADBが有るので、AIIBは不要です。
    中国の懐にお金を入れる様な事をしては、いけません。

    1. かばさん より:

      行き先は中国が決めるアル。
      運賃も中国がもらうアル。

  2. クロワッサン より:

    更新ありがとうございます。

    確かに、AIIBの監視として日本が参加する意味はありますが、日本が参加しても中国は日本の監視を抑えよう・無くそうと動くでしょうから、結果として日本は参加しなくても良い事に変わりない訳で。

    日本の参加は、AIIBの箔付に利用されてお仕舞いでしょうね。

  3. 農民 より:

    世界的に「国益」を基準に自国政治を評価する向きになって久しいですが、
    ・AIIB参加こそが国益だ!バスに乗り遅れるな!(全然発車しない)
    ・韓国に輸出規制をしたせいで国益を損ねた!(韓国が独自生産に成功というトバシを片手に)

    ととりあえず国益言っときゃ騙せるだろって連中が増えましたね。人権とか友愛とかって言葉もこうして価値をすり減らしてきましたが。
    マスコミや塩村…おっと 野党議員の先生方はこういった過去の自らの主張の答え合わせを定期的にして、合ってればドヤって間違ってれば平謝りした方が信頼を得られるんじゃないでしょうかね?
    新宿会計士さんや楽韓さんは「過去にうちで既にこうした主張をしていました」というくだりが見受けられますが、私は素直に感心しておりますよ。

    1. 引きこもり中年 より:

       独断と偏見かもしれないと、お断りしてコメントさせていただきます。

      農民様へ
      >合ってればドヤって間違ってれば平謝りした方が信頼を得られるんじゃないでしょうかね?

       それが出来ないから、野党やマスゴミをしているのでは、ないでしょう
      か。

       駄文にて失礼しました。

  4. 引きこもり中年 より:

     独断と偏見かもしれないと、お断りしてコメントさせていただきます。

     もし、今後、日本マスゴミ村のATMや野党が「日本は、今からでもAIIB
    に参加せよ」と再度、言い出したら、それは安倍総理批判に使えると考え
    たからで、(もちろん、例外もあるますが)国際金融の知識がない人が言
    い出すのではないでしょうか。(もしかしたら、専門がまるで違う大学教
    授が、代弁するかもしれません)

     蛇足ですが、AIIBに就職した日本人が、組織内での自身の立場のために
    「日本もAIIBに出資しろ」と、言い出すかもしれません。

     駄文にて失礼しました。

    1. 匿名 より:

      間違っていた時に謝れるかどうかというのが一番大きい違いだと思う。このブログはブログ主がしょっちゅう訂正を出している。マスゴミが訂正することは滅多に無い。

      1. 引きこもり中年 より:

         独断と偏見かもしれないと、お断りしてコメントさせていただきます。

        匿名様へ
        >間違っていた時に謝れるかどうかというのが一番大きい違いだと思う。

         (他の方への返信と同じで恐縮ですが)それが出来ないから、『マスゴ
        ミ』と呼ばれているのではないでしょうか。

         駄文にて失礼しました。

  5. めがねのおやじ より:

    更新ありがとうございます。

    ADBの上前ハネようっていう魂胆ミエミエのAIIBには、日本が入る必要は無いと思います。融資実績も総資産の10%程度なら、まだまだ日本が入ると客寄せパンダになるだけですよ。

    サーチナって良くネットで見ますけど、シナ系の遠隔操作か広報部隊でしょう。日本人で騙されやすい人は多いので、アッサリ信じてしまいそう。

    仮にですよ、仮に日本国が出資するならば、理事では受けれない。理事長、いわゆるトップでないと、ハナシにならん。ADBもわざわざ本部を日本から外したのは中進国が入り易くする意味合いもあったでしょう。

    いずれにせよAIIBに参加は反対です(どっちやねん。反対です 笑)。

    最後に、あまり聞かない言葉【競合】ですが、同業種のライバルと激しいバトルをして、どちらかが倒れる状態を言うと某マーケティング有名セミナー講師に教えて貰いました。

    例えば、駅前に2大百貨店があり、激しいバトルで日々戦っているのは、まだ【競争】。どちらか片方が撤退、廃業、倒産、或いは業種転換で他の専門店の戦艦級に入ってもらう(例ビ○○カメ○)事を【競合】と呼ぶそうです。

    もう、その時点では完勝という事だそうです。ま、特殊な業界用語ですネ。

  6. りょうちん より:

    ところで、与信能力がないというなら、その能力を持った日本人なり米国人を札束でひっぱたいて雇えばいいのでは。
    まあもちろんそんなのにうかうかと乗れば、西側金融界から出禁になるでしょうが、もともとアウトロー器質の人だっているでしょう。

    1. 新宿会計士 より:

      りょうちん 様

      いつもコメントありがとうございます。

      >もともとアウトロー器質の人だっているでしょう。

      いえいえ。「アウトロー気質の人だっている」のではなく、むしろ「アウトロー気質じゃない人もいる」、が正解では(笑)。
      どことは言いませんが、某社に努めている人、カネもらえるなら私益>>>>>>>>>>>>>>>国益ですよ(笑)

      1. だんな より:

        新宿会計士さま
        ですよねー。
        記事書いてる人も、同じですけどね。

  7. 匿名 より:

    そもそもサーチナという媒体はモーニングスターが運営しており
    そのモーニングスターはSBI傘下であり
    そのSBIは現在こそ形式的資本関係は無いものの元々がソフトバンク傘下であり
    元々の名称はソフトバンク・インベストメント株式会社であり代表の北尾は孫の子分です。
    中国とズブズブの関係ゆえにこういう記事が出る訳です。

  8. Hide より:

    ‪日米の信用力が欲しいだけ。‬
    ‪朝鮮人といい中国人といい、売れないセールスの決まり文句を言ってるだけに過ぎない。‬
    ‪「あと1つしかありませんよ。これが最後です。」「本日限りです。明日にはありませんよ。」みたいな。‬
    ‪この口車に乗るのは、アホな代議士くらいだろうなぁ。‬
    ‪あっ、顔と名前が浮かんできたよ!‬

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