「約束を破る国」の通貨は信用されない
韓国では、現職大統領の弾劾が国会で可決されるなどの混乱が続いていますが、これに対する「金融市場の反応」という記事の中に、韓国の通貨市場の「後進性」を示すものを発見しました。思うに、一国の「通貨」そのものが信頼されるためには、その通貨の使い勝手が良いことに加えて、その国が「約束を破らない」ことに対する「信頼性」が必要です。そこで本日は、『なぜ韓国は「先進国」を名乗る資格がないのか』について、金融面から解説します。
目次
私がこの「何でもない記事」に注目するわけ
先日、韓国国会では朴槿恵(ぼく・きんけい)大統領の弾劾が可決され、大統領の職務執行が停止されてしまいました。これについて、中央日報日本語版は、韓国の中央銀行である「韓国銀行」が、「金融市場への影響は制限的だ」とする記事を掲載しています。
<朴大統領弾劾可決>韓国銀行「金融市場への影響は制限的」(2016年12月11日10時18分付 中央日報日本語版より)
記事によると、韓国銀行は次の市場指標を引用した、としています。
- NDFの1カ月物の相場は1ドル当たり5.5ウォン上昇
- 10年物外国為替平衡基金債券金利は前日比+0.06%となる2.63%
- 韓国のソブリンCDSの水準は前日比横ばいの42.5ベーシス・ポイント
そのうえで、韓国銀行は「(朴大統領の弾劾の)金融市場への影響は制限的だ」と結論付けた、とするものです。
実際、朴大統領の弾劾可決前後で見て、株価、為替などはいずれも落ち着いています。むしろ朴大統領の「弾劾」が可決したことで、韓国社会の「不確実性」が一つ、取り除かれたとの「安心感」でもあったのでしょうか?
ただ、本日の議論は、そこではありません。韓国の市場の「特殊性」について、です。具体的には、記事にも出てくる「外国為替平衡基金債券」と「NDF」の二つが、韓国市場の「後進性」を示しているのです。
外国為替平衡基金債券
まず、最初に目に付くのが、「外国為替平衡基金債券」、という用語です。これはいったい何でしょうか?
韓国銀行の不健全なバランスシート
韓国の資金循環統計をひも解いてみると、中央銀行である「韓国銀行」のバランスシートに、奇妙な項目がいくつか計上されていることがわかります。
そこで、以前『韓国の外貨準備の75%はウソ?』で示した、2016年6月末時点における韓国銀行のバランスシート(同図表8)を再掲しておきましょう(図表1)。
図表1 韓国銀行のバランスシート(主要項目抜粋)
区分 | 科目 | 金額(十億ウォン) |
---|---|---|
資産 | その他の外国債権債務 | 374,232 |
その他の資産 | 57,299 | |
資産合計 | 431,461 | |
負債 | 現金・預金 | 232,321 |
債券 | 185,677 | |
その他 | 13,463 | |
負債資本合計 | 431,461 |
企業会計に詳しい方なら「?」と思う方もいらっしゃるかもしれません。なぜなら、現金・預金が「負債側」に来ているからです。しかし、これは全く不自然な話ではありません。中央銀行から見て、「現金(銀行券)・市中銀行の準備預金」などの項目(いわゆるマネタリーベース)は「負債」だからです。
ただ、普通の中央銀行と比べて「異例な」項目は、二つあります。一つは374兆ウォン(1円=9ウォン換算で約42兆円)という巨額に達する「その他の外国債権債務」で、もう一つは負債側に計上されている(186兆ウォン、約21兆円)の「債券」です。いろいろ調べてみると、この「債券」が、「外国為替平衡基金債券」と呼ばれる代物らしいのです。
金融政策の基本を逸脱する韓国銀行
当たり前の話ですが、中央銀行は好きにお金を発行することができます。そして、韓国銀行が発行できるのは、もちろん「韓国ウォン」です。これは諸外国でも全く同じであり、たとえば米FRBは「世界の基軸通貨」である米ドルを、日本銀行も「国際的なハード・カレンシー」である日本円を、自分の裁量でいくらでも「刷る」ことができます。
ただし、お金を「刷り過ぎる」と、「お金の価値」が下落してしまいます(いわゆる「インフレ」)。そこで、中央銀行は物価水準を見ながら、市中に流通しているお金の量をコントロールしているのです。これが「金融政策」です。ごく簡単に言えば、この「お金の量のコントロール」には、「売りオペ」と「買いオペ」があります(図表2)。
図表2 金融政策の基本
オペレーション | 内容 | 狙い |
---|---|---|
売りオペ | 中央銀行が保有している有価証券などを売却することで、市中からお金を吸い上げる | 世の中に流通するお金の量を減らすことで、インフレ局面にインフレを抑制する狙いがある |
買いオペ | 中央銀行が市中から有価証券などを買い上げることで、市中にお金を供給する | 世の中に流通するお金の量を増やすことで、デフレ局面にデフレからの脱却を図る狙いがある |
そして、普通のOECD加盟国であれば、中央銀行が責任を持つのは物価水準であって、為替相場ではありません。ところが、どうやら韓国の場合、中央銀行が(半ば公然と)為替介入を行っているようなのです。そして、為替介入を行うことで、市中に流通する「お金の量」が増え過ぎてしまうため、これをコントロールするために、このような債券を発行している(らしい)のです(図表3)。
図表3 不透明な韓国の為替介入の仕組み
ステップ | 内容 | 効果 |
---|---|---|
ステップ① ドル買い・ウォン売り介入 | ウォン高を抑制するために、米ドルなどの外貨を買い、市場で韓国ウォンを売却する | 市場でウォンの供給量が増え、その結果、放置しておけばインフレが進行してしまう |
ステップ② 売りオペ | 韓国銀行が保有するウォン建ての有価証券を売却し、市中からウォン資金を回収する(いわゆる「不胎化オペ」) | 韓国銀行はそれほどたくさんのウォン建て資産を保有していない(資産の多くは外貨準備に化けているため) |
ステップ③ 債券発行 | 市場から資金を回収するために、中央銀行自らが債券を発行する | これが「外国為替平衡基金債券」と呼ばれる債券である |
この状態を金融論の立場から見れば、韓国銀行が行っていることは極めて不健全です。なぜなら、中央銀行としてコントロールしなければならない金融指標の数が大変多くなってしまうからです。韓国銀行の場合、少なくとも市場金利、貨幣供給量、さらには為替相場など、非常に多くの指標を同時にモニタリングしなければなりません。そして、韓国の金融当局者にそれができるとは、私には思えません。
つまり、「外国為替平衡基金債券」とは、韓国銀行の不健全な為替介入により発生した代物であり、韓国の金融当局がこれをきちんと解消することができていないのが大きな問題点です。また、余談ですが、先日『「トランプ通商戦争」の3つの相手国』でも述べたとおり、米国は韓国を「為替操作監視対象国」に指定しており、米国財務省は韓国について、
- 巨額の対米貿易黒字を抱えていること
- 不透明な為替操作を行っていること
の二点から厳しく批判しています。トランプ次期政権の下では、おそらく韓国が今までのような為替介入を続けることは、難しくなるのではないでしょうか?
その他の外国債権債務
それから、これも余談ですが、これが、私が先日『韓国の外貨準備の75%はウソ?』の中で提示したとおり、韓国銀行のバランスシート(上記図表1)の中に「その他の外国債権債務」という項目が含まれています。金額は374兆ウォン(約42兆円!)と極めて巨額ですが、これは以前からの私の主張通り、おそらく「外貨準備」(と称するもの)でしょう。
しかし、外貨準備の構成通貨の大部分を占めると考えられるのは「米ドル」ですが、米国財務省が公表する「対米証券投資統計(Treasury International Capital,TIC)」によれば、韓国が保有する米国債の金額は、2016年8月末時点で902億ドル(約10兆円)に過ぎません。つまり、韓国にとっての外貨準備(約42兆円)と韓国が保有する米国債(約10兆円)の差額(日本円換算で約32兆円)については、正体が不明なのです。
以上、余談でした。
NDF
次に、韓国の為替市場を見るうえで、避けて通れない概念が「NDF」です。
このNDFを説明する前に、「普通の」ハード・カレンシー同士の為替市場がどうなっているのかを確認しておきましょう。
通貨スワップ(CCS)
通貨同士の間では、「通貨スワップ」(cross-currency swap, CCS)と呼ばれる取引が行われています。これは、「日韓通貨スワップ」などの「国家間のスワップ協定」と同じような言葉を使っていますが、似て非なるものであり、紛らわしいので「通貨スワップ」を「通貨スワップ(CCS)」とでも呼びましょう。
この「通貨スワップ(CCS)」は、通常、金融機関同士が一定期間、通貨を交換するのに利用される、一種のデリバティブ取引です。ただ、通常のデリバティブと異なるのは、「実際に元本が交換される」、つまり資金の授受がなされる、ということです。
例えば、A銀行がB銀行に対して米ドルを、B銀行がA銀行に対して日本円を渡し、5年後に現時点と全く同じ交換レートで反対売買を行う、という取引が一般的です(これを「直先フラット型通貨スワップ」と呼びます)。その際、米ドルを調達しているB銀行はA銀行に対して「3か月ドルLibor金利」を、日本円を調達しているA銀行はB銀行に対して「3か月円Libor金利」を支払う取引(つまり金利のキャッシュ・フローの交換=ベーシス・スワップ)を伴うことが一般的です。
為替スワップ・為替予約
ただ、この「金利のベーシス・スワップ」を伴う取引ができるのは、国際スワップ・デリバティブ協会(ISDA)が定める雛形に準拠して取引基本契約書を取り交わしている銀行(つまり大手銀行)同士に限られ、それよりも小規模な金融機関は、「為替予約」や「為替スワップ」を使うことが一般的です。
この「為替スワップ」とは、「通貨スワップ(CCS)」と比べると、非常に期間が短いという特徴があります(多くの場合は1か月から3か月、長くてもせいぜい1年程度まで)。そして、「為替スワップ」には金利の授受を伴わないため、通常、交換する時の条件には「直先差額」が生じる、という違いがあります。また、「為替スワップ」と似たような契約でありながら、「契約当初に円とドルの交換が発生しない」取引が「為替予約」です。
デリバラブル・フォワード
ただ、「金利が発生するかどうか」、「契約当初に元本交換が発生するかどうか」、という違いはありますが、実際には、この「通貨スワップ(CCS)」、「為替スワップ」、「為替予約」には共通の特徴があります。それは、「最終的に現物通貨の受渡し決済が行われる」、という点です。その意味で、これらの契約を「デリバラブル・フォワード(deliverable forwards)」と呼ぶことが(稀に)あります。
「稀に」、と書いたのは、ハード・カレンシー通貨同士だと、現物通貨の「受渡(deliver)」が発生するのは「当たり前」だからです。ただ、それと同時に「デリバラブル・フォワード」の市場が成立している通貨は、日本、米国、英国、ユーロ圏、スイスなど、いわゆる「ハード・カレンシー」同士の場合に限られます。なぜなら、韓国や台湾などを含めた「ローカル・カレンシー国」の場合、そもそも通貨自体を国外に持ち出すことが難しく、通貨自体を対象とした先物市場自体が成立しないからです。
NDFの正体
そこで、韓国ウォンのような「ローカル通貨」の為替リスクをヘッジする手段として、「為替予約」や「為替スワップ」などの代わりに発達した仕組みが、「NDF」なのです。
このNDFとは、その名の通り、「ノン・デリバラブル」、つまり「現物の受け渡しを伴わないフォワード取引」のことであり、主にその国の金融当局の「目の届かないところ」(ニューヨークや東京などの国際的な市場)で発達してきたものです。たとえば、「予約契約締結時点における米ドル・韓国ウォンの先物為替相場」と、「決済期日の米ドル・韓国ウォンの直物為替相場」の差額を、「米ドルのみで」決済する、という使い方が一般的です。
そして、中国人民元、新台湾ドル、韓国ウォンなどはいずれも、NDFでしかヘッジすることができない代表的な通貨です。
余談ですが、中国人民元のように、現物の為替予約市場すら満足に存在していない通貨が国際通貨基金(IMF)の特別引出権(SDR)に組み入れられてしまったのですが、これは明らかにIMFのラガルド専務理事の残した「歴史上の汚点」でしょう(これはあくまでも「余談」ですが)。
韓国は「先進国」を名乗る資格がない!
私が本日、韓国のこの「何でもない記事」を取り上げたのには、きちんとした理由があります。それは、韓国が「先進国」を名乗る資格がない、ということを、図らずも韓国自身が認めてしまっているからです。
OECD加盟国でありながら、また、「10年以内に日本を追い抜く」と息巻いていながら、現実の韓国は、金融という「基本的なインフラ」自体が非常にお粗末な状況にあります。外国為替の世界で「デリバリー可能なフォワード取引」という商品が存在しないという事実、中央銀行が平然と為替介入を行っているという事実、さらには為替介入の「不胎化」を行う手段がないために、やむなく中央銀行自身が債券を発行しているという事実…。色々と信じられないことばかりですが、これが隣国の金融市場の事実なのです。
いずれにせよ、韓国ウォン市場が後進的であるということは、この国が定期的に「通貨危機に見舞われる」という大きな構造的理由でもあります。韓国が何かと日本に「対抗意識」を燃やしていることは知っていますが、韓国が本気で「日本に勝つ」つもりなら、その前に、「通貨市場」という、「最も基本的な社会的インフラ」を整えるべきでしょう。
ただし、韓国という「国」の存在自体、これまで散々、国際的な約束を破ってきた歴史の塊でもあります。そして、「通貨」の世界では、基本的に、「約束を破る国」は信用されません。その意味で、韓国が「自国通貨の信用」という基本的な国家課題から逃げ回っているのも、ある意味では当然のことなのかもしれません。
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