日韓通貨スワップ協定巡る不信感
昨日までの報道で「日韓通貨スワップ協定の再開」に関する話題がいくつか出てきています。現段階で「日韓通貨スワップ協定が直ちに再開する」という報道は明確な誤報だと言って差し支えないと思いますが、一方で日韓通貨スワップ協定が再開されてしまう可能性も残っています。最近、重複したテーマを掲載することが増えていますが、敢えて本日も、「通貨スワップ協定の政治的意味」について考察しておきたいと思います。
目次
日韓通貨スワップの「再開決定報道」は虚偽
日韓財相会議が開かれた土曜日の夜、私は日韓通貨スワップが「再開される」という報道に接して、驚きました。現在の安倍政権が日韓関係の「改善」を進めているのは事実であり、ある程度、「日韓通貨スワップ協定の再開の可能性はある」と覚悟はしていたのですが、やはり現実にそのような報道に接すると、動揺を隠せません。
ただ、よくよく報道を読み解いていくと、報道するメディアによって内容が微妙に異なります。「前のめり報道」をしているのは韓国メディアの日本語版が中心ですが、例えば朝鮮日報の次の記事がその典型例でしょう。
韓日 サプライズで通貨スワップ再開へ=韓国側が提案(2016/08/28 07:06付 朝鮮日報日本語版より)
この記事では冒頭で
「韓国の柳一鎬(ユ・イルホ)経済副首相兼企画財政部長官は27日、麻生太郎副総理兼財務相と同日ソウルで会談し、緊急時に両国間で通貨を融通し合う通貨交換(スワップ)を再開することで合意したと明らかにした。」
と明記しており、既に通貨スワップ協定の再開が「決定した」かのような記載ぶりとなっています。では、現実にはどのような取り決めが行われたのでしょうか?財務省のウェブサイトに昨日、「プレス・ガイドライン」と称する記事が掲載されています。
プレス・ガイドライン 第7回日韓財務対話 於:韓国・ソウル(2016/08/27付 財務省ウェブサイトより)
これによると、はっきりこう書かれています。
「韓国政府は、二国間の経済協力を強化すること、及び、その証として双方同額の新しい通貨スワップ取極を締結することを提案した。本通貨スワップ取極は、地域金融市場の安定を高めるものである。両国政府は、本通貨スワップ取極の詳細について議論を開始することに合意した。」
ポイントは次の2点です。
- 韓国政府側から通貨スワップ協定の締結を提案したこと。
- 両国政府は通貨スワップ協定の議論開始で合意したこと。
つまり、あくまでも「議論を始めること」で合意しただけの話であり、どこをどう読んでも、「通貨スワップを再開する」とは書かれていませんし、具体的な時期や金額についても一切触れられていません。「サプライズで通貨スワップ再開」という記事タイトルの「サプライズ」とは、「朝鮮日報の事実誤認にサプライズ」という意味かと思ってしまいます。もちろん、韓国政府の柳一鎬(りゅう・いっこう)副首相が述べたとされる
「韓国側が通貨スワップに関する提案をし、日本の同意を得て(スワップの)議論を始めることになった。再開までには何カ月かかかるだろう」
という下りだけを読んでみると、「日韓通貨スワップ協定は再開される」と読めてしまいます(あくまでも「柳副首相が本当にこういう発言をしたのであれば」、ですが)。しかし、現段階では「通貨スワップ再開」は確定ではなく、あくまでも「議論が開始する」だけの話だと考えるべきです。
さりげなく事実誤認を混ぜるメディア
記事タイトルだけでなく、不適切な個所や事実誤認などの問題が多々あります。まず、
「韓国と日本は2001年7月に通貨スワップ協定を結び、12年10月には上限が700億ドル(現在のレートで約7兆円)まで引き上げられた。その後、日本閣僚の靖国神社参拝や李明博(イ・ミョンバク)大統領(当時)の独島訪問などによる両国関係の悪化に伴い徐々に縮小し、昨年2月に協定を延長せず、終了した。」
とあります。この書き方だと、前回の通貨スワップ協定が終了した要因の一つが「日本の閣僚が靖国に参拝したこと」にあり、日本にも責任がある、とでも言いたげです。しかし、現実には通貨スワップ協定が終了したのは韓国側が延長を要請しなかっただけの話であり、また、日韓関係悪化の決定打は李明博(り・めいはく)大統領(当時)の島根県竹島への不法上陸や天皇陛下侮辱発言により日本国民が激怒したことにあります。
記事の問題点はここだけではありません。
「韓国にとって通貨スワップは、1990年代に見舞われたアジア通貨危機のような事態に備えるという意味で有益だ。日本にとっても円の地位を高めるのに役立つとされる。」
という下りのうち、後半部分は意味不明です。通貨スワップの本質は、日本による韓国に対する「信用補完」であり、国家間の保証契約のようなものです。信用力の低い相手を保証することが、どうして「円の地位を高める」のに役立つのでしょうか?全く意味がわかりません。
いずれにせよ、さりげなく捏造を織り交ぜた記事を垂れ流すことが、マス・メディアの行動として正しいことなのか、この記事を配信した記者は、いちどよく考えてみるべきでしょう。
通貨スワップ協定の実際
ところで、「国の信用力は格付では測定できない」というのが私自身の持論です。
現代の通貨とは、そもそも「管理通貨」であり、「金地金等の裏付け」ではなく、「国家自体の信用力」を裏付けとしています。より厳密に言えば、金地金などの限られた資産を除けば、世の中に存在するあらゆる「金融資産」は、他の人から見たら「金融負債」です。たとえば企業から見た「売掛債権」であれば、債務者から見たら「仕入債務」ですし、銀行から見た「証書貸付金」「手形貸付金」は、企業などからみたら「銀行借入金」です。個人だろうが法人だろうが、「お金を借りたら債務」「お金を課したら債権」という点では全く同じであり、当事者が国・政府であったとしても同様です。
ところが、「お金を借りている人」が日本政府の場合、話は別です。日本の場合、国債は全て「日本円」という通貨で発行されているからです。日本円という通貨は日本銀行が日本国そのものの信用力を裏付に発行している通貨であり、「日本円」建てである限り、日本政府が「円建の国債」を返済できなくなることは、基本的にはあり得ません。もちろん、国が「借金まみれ」になってしまえば、国内の資本市場からお金を調達することが難しくなることもあり得るでしょう。しかし、「日本円」を発行している日本銀行を支配しているのは日本国という「国」であり、日本銀行は日本政府と同様、日本国という主権に服従しています。国会が「円建てで借りたお金を返済するのが難しい」と判断したときには、法律を変更すれば良い話です。
しかし、中央政府であっても「デフォルト」することがあります。それは、外貨建でお金を借りているときです。たとえば、数年前に問題となったアルゼンチンは米ドル建でお金を借りていたので、たびたびデフォルト騒動を発生させています。また、ユーロ圏に加盟しているギリシャやアイルランド、ポルトガルといった諸国が、国際的な債務者からの支援を受けてざるをえない状況に追い込まれた理由も、これらの国がユーロという「共通通貨」で国債を発行していたからです。
つまり、外貨建の債務に対しては、たとえ一国の中央政府であっても、債務不履行(デフォルト)を起こしてしまう可能性がある、ということなのです。そして、国が直接、お金を借りている場合だけでなく、たとえば国内の金融機関が外国からお金を借りていた場合でも、事情は同じです。なぜなら、金融機関が破綻しそうになったら、国としては「金融危機」を未然に防ぐために、その金融機関を国費・公的資金で救済しなければならないからです。
こうした中、韓国政府が特に懸念しているのは、「突発的な金融危機」でしょう。韓国国内の金融機関が経営破綻するのも重大なリスクですが、たとえば欧州で経営不安が噂される某金融機関が「突然死」してしまうと、国際的な資本市場は流動性を失い、凍りついてしまいます。こうした事態に備えて、韓国のように国際資本調達が脆弱な国の担当者としては、外貨準備以外にも「流動性の高い先進国中央銀行からの流動性ファシリティ」があればあるほど嬉しいのは間違いありません。
実際、朝鮮日報日本語版でも、記事の末尾にこういう下りがあります。
「企画財政部の黄建日(ファン・ゴンイル)国際金融政策局長は「可能な限り通貨スワップを多く推進するというのが韓国政府の方針。日本とのスワップ再開もその一環」と述べた。」
韓国政府の財政政策局長という立場にあれば、自分の国の資本調達構造がどれほど脆弱であるか、実感として理解しているはずです。ましてや、かつて存在していた日本との通貨スワップ協定では、韓国にとって「喉から手が出るほど欲しい」米ドルや、「記事通貨ではないものの国際的なハード・カレンシー」の一つである日本円が調達可能な内容でした。一方、現在、中国との間で締結している「中韓通貨スワップ協定」では、提供される通貨は中国人民元であり、残念ながら韓国政府が本当に必要としているハード・カレンシーではありません。その意味で、一方的に韓国にとって有利になるのが、今回の日韓通貨スワップ協定の再開なのです。
日韓通貨スワップ再開は日本国民に対する背任
ところで、議論が重複してしまいますが、「日韓通貨スワップ協定は日本にとってもメリットがある」という説を目にすることがありますが、これは本当でしょうか?
先ほど引用した記事でも、「円の国際的な地位を高めるのに役立つ」という説明がありましたが、これは本当に意味不明です。一方、他にも説明としては、「日韓通貨スワップ協定を締結していれば、国際的投機筋に対しても、韓国に通貨戦争を仕掛けても無意味だという牽制として機能する」、「日韓通貨スワップ協定があれば、韓国企業と取引をする日本企業にとってもメリットがある」、といったものがあります(図表)。
図表 日韓通貨スワップの日本に対する「メリット」
項目 | 説明 | 備考 |
---|---|---|
円の地位 | 通貨スワップ協定を締結すれば「円の国際的地位」が上昇するとされる | 情報源は「朝鮮日報日本語版」の記事 |
投機筋への牽制 | 日韓通貨スワップ協定があれば、国際的な投機筋(ヘッジファンド等)に対しても「通貨売り浴びせ」に対する「牽制」として機能し、金融危機を未然に防ぐことで間接的に日本にメリットがある | 過去の「国際的投機筋 」としては、ジョージ・ソロス氏が英ポンドを売り浴びせた事件などが有名 |
日本企業に対する信用補完 | 韓国の企業と取引する日本企業の貸倒リスクを減らすことで、通貨危機が発生したときに日本企業に損失が発生するのを防ぎ、あわせて日本企業が韓国企業と取引しやすくなる | 貿易に加え、韓国の銀行等の社債を保有している日本の機関投資家の保護にも寄与する |
しかし、これらはいずれも「日本に対するメリット」、あるいは「日本が韓国と通貨スワップ協定を締結する理由」になっていません。
これらのうち、「円の国際的地位」云々については、論外ですので無視しましょう。それ以外の二つのうち、「国際的投機筋への牽制」については、確かにそのような側面もあります。しかし、「通貨を売り浴びせる」のは、必ずしも国際的な投機筋であるとは限りません。もともと、韓国に対する「対外投資」残高は、短期資金(投機資金)の割合が多く、投資家が通常の「韓国の株式・債券を売って資金を本国に引き揚げる」という行動に対しては、かかる「牽制効果」は働かないからです。その意味で、日本にとって、「国際的な投機筋に対する牽制」だけを目的に、わざわざ巨額の通貨スワップを締結する必要性が、そこまで高いとは考えられません。
また、「日本企業に対する信用補完」という意味では、確かに日韓通貨スワップ協定が存在していれば、「いざというとき」に日本企業が韓国企業からお金を回収することができなくなるリスクを減らすことができます。しかし、これは言い換えれば、「日本国民の税金で韓国を助けている」という行為ですので、「好きで韓国企業と取引した日本企業を日本国民全員の負担で助ける」という表現をして間違いではありません。日本は資本主義国であり、個別企業がどんな国と取引をするのも自由ですが、それはあくまでも個別企業の判断であり、カントリー・リスクをきちんと評価するのも各企業の責任です。そして、リスク管理がいい加減な企業を通貨スワップという「日本国民の税金負担」で助けるのは論外でしょう。
そのように考えていくならば、日韓通貨スワップのメリットはただ一つ、「韓国に対する信用補完」しかありません。「日本国民のために日韓通貨スワップ協定を締結する」というロジックは成り立ちませんから、「日本国民のため」と言いながらスワップ協定を締結するのは、明らかに日本国民に対する背任行為です。
あとは政治判断
ただ、安倍政権が「政治的ツールとして」、通貨スワップを有効活用するというのは自然なことです。政治的という意味では、たとえば「反日を続けてきた朴槿恵(ぼく・きんけい)政権の反日が、昨年冬の慰安婦合意以降、パタリと止んだ」という実例もあります。個人的には、慰安婦問題と通貨スワップを同列に議論することには抵抗がありますが、それでも「韓国との外交ツールとして」安倍政権が日韓通貨スワップ協定を活用するということであれば、それはあくまでも「政治判断」の世界ということでしょう。
ただ、度重なる日本に対する侮辱、「慰安婦問題」という「虚偽」で日本を貶める姿勢、竹島への韓国国会議員らによる不法上陸事件、仏像の窃盗、「日本海呼称問題」などを通じ、我々日本国民は、いい加減、韓国と関係を持つことに辟易していることも事実です。こうした中、安倍政権がなぜ、韓国に対して融和的な姿勢を示しているのか、私自身を含めた日本国民には強い不信・不安が広まっている点について、安倍総理はきちんと説明していません。
私自身、安倍政権の支持者の一人として、あるいは国政選挙で自由民主党の候補者に投票した一人として、外交を含めた安倍政権の仕事を見守りたいと思っていますし、基本的に信頼したいと思っています。しかし、「信頼する」ためには、韓国に対する不可解な譲歩の理由について、安倍総理がきちんと説明していないことが、どうしてもネックになってしまうのです。
いずれにせよ、万が一、日韓通貨スワップ協定が再開されるなら、それはあくまでも「政治的判断として」「安倍政権の責任において」なされるべきであることは間違いないと言えるでしょう。
2016/10/14追記:もっと読みたい方は…
日韓スワップや人民元、ハード・カレンシーなどの過去の記事や「用語集」などについては、次のリンクもご参照ください。
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