【読者投稿】統計的アプローチで探る「少子化の原因」

今回の読者投稿のテーマは、合計特殊出生率の地域別分析、所得階層別分析などを通じ、少子化の原因を探るという、非常に生物学的なアプローチに立脚した秀逸な論考です。当ウェブサイトにしばしば優れた論考を寄稿してくださる伊江太様というコメント主様から、岸田内閣の異次元少子化対策に意味があるのかという観点に基づく論考をいただきました。鈴置高史氏の「少子化による韓国消滅論」に刺激を受けたことが執筆動機のひとつだそうですが、はたしてどんなことが論じられているのでしょうか。

読者投稿の募集につきまして

当ウェブサイトでは「読者投稿」というシステムを採用しており、基本的にはどなたでも、記事を執筆し、ご寄稿いただくことが可能です。

投稿要領については『読者投稿の募集と過去の読者投稿一覧』のページなどにも記載しているとおりですが、基本的にはオリジナルの論考であること、読んでくださった方々の知的好奇心を刺激するような内容であること、などの要件を満たしていただく必要があります。

すなわち、極端な話、筋道さえ立てていただければ、記事の内容自体、当ウェブサイトの普段からの主張内容に反するものであっても構いませんし、当ウェブサイトの論考を批判するような内容であってもまったく問題ありません。

こうしたなか、武漢肺炎・新型コロナウイルスに関する論考を精力的に投稿してくださった伊江太様というコメント主の方から、今般、出生率に関する話題のご寄稿をいただきました。

さっそくですが、内容を紹介しましょう(なお、文意を変更しない範囲で当ウェブサイトの基準に従い表現を手直ししている箇所があるほか、当ウェブサイト側にて勝手に小見出し等を設けている部分がありますのでご了承ください)。

生物学的アプローチで考える少子化の正体

岸田内閣の「異次元の少子化対策」がピント外れと、わたしが考える理由

昨年12月19日付、本サイトのエントリー『少子化切り口に「韓国の上から目線」を指摘=鈴置論考』を読んでいて、そこから派生したというか、ちょっと脱線した興味について、書いてみたいと思います。

将来の人口動態を予測する目安として常用される数値、合計特殊出生率には、一体どういう要因が関わって決まってくるのかというのが、その興味の中心です。

合計特殊出生率とは、15~45歳の年齢層に属する女性について、年齢人口ごとに1年間の出生数を調べ、その出生率(出生数/人口)を足し合わせて得られる値です。

本来なら、ある年に生まれた女性全体を50年間くらい追跡して、その間に生まれた子のトータルを数えることで、はじめて1人の女性が生涯に産む子供の数の平均値を正しく知ることができるのですが、これでは相当以前の出産傾向を見ていることにしかならないので、合計特殊出生率をもって同じ意味合いの直近の数値とみなすのです。

わたしが若い頃には「少子化」などという言葉が口の端に上ることはありませんでした。

かわりに大きな危機感を以て論じられていたのが、急激に増加する地球人口の膨張、所謂「人口爆発」。人口は等比級数的に増加するが、食料生産は等差級数的にしか増加しないという、古典的な予測に基づく「地球の危機」でした。

合計特殊出生率2.1~2.2くらいが人口の増減に中立的な値と言われますが、日本や欧米先進国の合計特殊出生率が2以下となったのは、1970年代に入ってから。平均寿命の伸びがありますから、実際に人口減が始まるのは、さらに何十年か遅れます。

1970年頃のアジア、アフリカ諸国といえば、合計特殊出生率が軒並み5を超えていました。地球人口の増加に関心が集まっていた当時、「少子化」などという言葉の出番はなかったのです。

地球の総人口は今でも変わらず増加傾向が続いているのに、「人口爆発」という言葉は最近滅多に耳にしなくなりました。

世界人口の6割を占めるアジア地域の合計特殊出産率は2近辺にまで低下し、「産めよ、増えよ、地に満てよ」のヤハウェの言葉に忠実なイスラエル(3.0)という例外を除き、先進国と言える国々の合計特殊出生率は軒並み2.0を大きく下回っています。

かつて「人口爆発」の危機を声高に吹聴していた、主として先進国の学者、政治家、マスコミ関係者達の関心が、「少子化」とそれとほぼセットになった「人口の高齢化」に移ったのも、致し方ないのかも知れません。

アフリカを除き、出生率がかくも劇的に減少した最大の理由が、birth controlの知識の普及にあったことは、疑う余地がないでしょう。

しかし、先進諸国で合計特殊出生率が、人口増加どころか、その維持すら不可能となる2.0を大きく割り込むようになった理由を、そこに求めるのもまた難しいような気がします。事の本質は「産みたくないから産まない」生き方を選択する女性が、かなりの割合で存在する(できる)世の中になったということだと思います。

政治的強制、宗教的戒律に縛られることが元々なかった上、近年では「結婚して、子供を産んでオンナは一人前」などの世間的な圧力もほぼ消滅し、女性一人で生きていくこともさほどの難事でもなくなった今、日本では「出産」という選択は、女性の自由意志に委ねられる状態に近づいたと言って良いでしょう。

そんななか、既婚、未婚、非婚、全女性の数で均して、一人の女性が生涯に産む子供の数が1.3というのは、さして低い値とは思えないのですが、条件面でさほど違いは無いと思われる西側先進諸国の中で、日本がイタリア、スペインと並んで、ひときわ出生率の低い国に属するのには、それなりの理由があるに違いありません。

初めの方に書いた合計特殊出生率に関わる要因を知りたいというのは、そういう疑問から発したものです。

厳寒期に少なく、酷暑期に多くなる出生数

図表1は最近5年間の日本における月別出産数を折れ線グラフにして示したものです。

図表1 日本の出生数に見られる季節的変動

(【注記】過去5年間(2018~2022年)の月別出生数。黒太線は5年間の平均値。データは『厚生労働省人口動態統計月報速報』による)

この5年の各月の平均もグラフに含めてあります(黒太線)。

なんとなく季節変動っぽい増減は、人間もやっぱり繁殖周期をもつ動物かと思わせないでもありませんが、多分そんなものではないでしょう。年ごとのパターンの違いが大きすぎます。

しかし、注目したいのは、どの年も(表示していない過去のデータも含めて)7~8月にその年の最大値が現われていることです。5年平均で見れば、7月の出生数は最少の2月の値より18%大きくなっている。

これは結構大きな差と言っていいでしょう。

産院にしても、出産後に体を休める家にしても、エアコンがあればさほど大変ではないとは言え、わざわざ出産の時期を酷暑期に選ぶというのは、考えづらい気がします。意図的に計画され生じた結果ではないでしょう。

在胎期間の9ヵ月を考慮すると、おなかに仕込まれたのは11月~12月。「なんとなく、人肌が恋しくなって」といった、人間心理の表れ、なんて考えたくなります。

西に行くほど高い出生率

1位:沖縄県1.79、2位:宮崎県1.61、3位:熊本県1.58、…45位:京都府1.20、46位:北海道1.19、47位:東京都1.12。

都道府県別に合計特殊出生率(2022年)を高い方から順に見ていくと、上位は西南日本の自治体に偏り、下位の多くは東北日本という、明らかな傾向が見て取れます。

都道府県庁所在地の経度と緯度をそれぞれの自治体の列島上の位置として、出生率との間の相関を調べてみたのが、図表2です。

図表2 日本列島上の位置と合計特殊出生率の相関

(【注記】散布図上の各点、縦方向の座標は47都道府県の位置を表わし、庁舎所在地の緯度、または経度に対応している。横軸方向の各自治体の合計特殊出生率の値は、厚生労働省『令和4年人口動態統計月報年計(概数)』による)

散布図の各点は自治体ごとの値に対応しますが、出生率最少の東京都(赤点)と最大の沖縄県(緑点)以外の名称は記入していません(以降同じ)。

図中、青色の直線はグラフ上のすべての点との距離の和が最少となるように引かれた回帰直線です。すべての点が回帰直線上に並ぶ場合は、相関係数を1(正の相関)、または-1(負の相関)とし、数学的にそうした相関関係がまったく認められない場合の相関係数を0とします。

合計特殊出生率との間の、経度と緯度の相関係数は、それぞれ-0.64と-0.61。負の値になっているから、値が小さくなる、つまり西ないし南にいくにしたがって、合計特殊出生率が高くなる傾向があることになります。

数学的に強い相関ありとするのは、相関係数の絶対値が0.7を越えるくらいですから、0.6台ではそれほど強いとまでは言えませんが、合計特殊出生率がわずか1つや2つの要因で、単純に決まるようなことはないでしょう。

複数の要因のうちのひとつとしてみるならば、0.6超という数値は、無視できないインパクトを持つように思えます。

実際、この後こうした合計特殊出生率との相関を求める要素をいくつか提示しますが、0.5を超えるものはひとつとして見つけることはできませんでした。

日本列島の形を考えれば、高緯度地方はすなわち東、低緯度地方はすなわち西です。それから考えると、経度、緯度の意味合いは、どちらが主で、どちらが従とも言えません。

亜熱帯の気候帯から亜寒帯まで南北に長く延びる日本列島、気候の違いを支配するのは緯度の方ですから、列島上の位置の問題は気候の違いから派生したものではないか、次にそれを検討してみます。

図表3では、年平均気温、年間日照時間、年間降雪日について、合計特殊出生率との相関を求めています。

図表3 日本各自治体の気象と合計特殊出生率の関係

(【注記】全国47都道府県の気象に関する各項目は、庁舎所在都市の値を代表させている。それぞれ、過去10年間の平均値。データは、気象庁『過去の気象データ検索』による)

データとして、都道府県庁所在地で過去10年間に観測された値の平均値を用いています。

この3つの要素について、相関係数はまちまちながら、絶対値は最大のものでも年平均気温の0.5。気候要因が「位置」に見られる傾向を支配しているとは、どうも考えにくいのです。

むしろ列島上の位置関係から、気温と合計特殊出生率の、見かけ上の「弱い」相関が生まれると見るのが妥当だと思います。雨、風、霧、雷など、気象庁の統計からは他にも各地のさまざまな観測値を抜き出すことはできますが、合計特殊出生率と強く相関する要因はまずないはずです。

結局のところ、都道府県別に合計特殊出生率の値を比較すると、自治体ごとに高低に大きな開きがあるのはなぜかと問われれば、「西(南)に行くほど出生率が上がるから」としか答えられないように思えるのです。わたしが考えるその理由は、後で述べます。

「カネさえあれば、生まれる子の数は増える」ほど、世の中単純じゃない

人為ではいかんともしがたい自然的要因を離れて、社会的な要因を探ってみます。

「もう少し経済的な余裕があったら、子供をもうけても良いのに」、「もう少し家が広ければ、あとひとりやふたり、子供の数を増やしたいのだが」。

そんな理由で人は出産を諦めるものなのでしょうか?

図表4の左図と中図は、所帯年収、及び世態当りの居住面積の都道府県別データを、合計特殊出生率の値に対応させてみたものです。

図表4 社会、経済的諸要因と合計特殊出生率の関係

(【出所】所帯年収:総務省統計局『2019年全国家計構造調査』、1戸当たり床面積:国土交通省『令和4年度住宅経済関連データ』、婚姻率:厚生労働省『人口動態調査 / 人口動態統計 確定数 婚姻』2013-2022年)

意外というべきか、自治体の収入レベルと出生率は、わずかながらも逆相関的な傾向があるように見えます。もっとも、特異値とも言える東京都と沖縄県のデータを除外すれば、この散布図は、収入と出生率はほとんど関係しないことを示すものになってしまうのですが。

住居面積についても、合計特殊出生率との相関は、まずないと言った方が適当に思えます。でなければ、「ウサギ小屋に住み、馬車馬のようにはたらき」などと欧米人から揶揄されていた時代、当時の日本人が大勢の子を産み育て、またそれを生きがいとしていたことなど、理解不能ということになるでしょう。

婚外子が少ない日本では、結婚が出生の必要条件であることは疑いないところでしょうが、図表4の右図に示したように、婚姻率の高低と合計特殊出生率の間にもまた、何らの相関も見られません。

過去10年の平均を取った都道府県別の婚姻率は、自治体によって2倍近くもの差があるのですが、たとえば婚姻率では全国最高値の東京都の合計特殊出生率が最少であるなど、結婚は出生にとっての十分条件であるとは、決していえません。

昨今の女性にとって、「結婚」と「出産」はまったくの別概念になっていると見るべきでしょう。

「都道府県別ランキング」の類いは山ほどあるから、丹念に探せば傾向がばっちり一致という要因が見つかる可能性は否定できませんが、「列島上の位置」という不可解な要因以外に、合計特殊出生率の高低と相関する外的要因が、今のところ浮かんでこないのです。

フランスは「少子化対策」の見習うべき手本か?

岸田首相の唱える「異次元の少子化対策」。どこが異次元なのか、理解に苦しむのですが、要は、フランスで子育て世帯に十分な金銭的手当て、税制上の優遇措置を施した結果、急激な出生率の上昇が実現したという、日本だけでなく世界でもかなり広く信じられている「神話」に依拠したものに思われます。

フランスで1995年に1.74まで下がった合計特殊出生率が、15年間で2.03にまで回復したのは事実です。

ただし、合計特殊出生率が2を超えた期間はわずか5年。その後はむしろ上昇局面を上回るペースで低下し続けています。

出生率の回復に安心した政府が、急に子育て世帯への支援を打ち切ったということはないでしょうから、これを出産子育て支援策との関連で語るのはどうかな、という気がします。

図表5に、ここ30年あまりの間に欧州諸国で起きた合計特殊出生率の変動を示します。

図表5 欧州諸国における合計特殊出生率の推移

(【出所】The World Bank Indicators

左図に掲げたのは、EUの原加盟国と1990年代に加盟した国です。

この図を見れば、フランスで起きた出生率の上昇(と減退)が、決してこの国独自の現象ではなく、早期にEUに加盟した国に共通するものであったことが分かるでしょう。

たしかに合計特殊出生率が2を超えるまでに回復したのはフランスだけですが、カソリック国であるこの国の出生率は元々欧州諸国の中で高かった方で、上昇幅で他国を凌駕したというほどではありません。

マーストリヒト条約の発効によってEUが成立したのが1993年ですが、このできごとが出生率向上の背景を為して成しているのではないでしょうか。

戦禍による没落を脱して経済復興を果たし、米国への従属的存在から再び世界の指導的立場に立とうかという、一種高揚した気分が当時溢れていたと想像される西欧諸国。

国が具体的な号令を下さずとも、一般の国民にも「人口増は国力発展の基」とばかり、出産への意欲が無意識に増したとしても、不思議ではないと考えてはどうでしょうか。そして、そうした気分もその後の現実を前にして早々に萎み、出生率も低下していき元の木阿弥になったのだとも。

EUに加盟しなかったスイス、ノルウェー、そして加盟が2000年以降となった東欧圏諸国には、こうした出生率の昇降パターンがまったく、あるいは軽微にしか生じていないことを示す右図は、上の見方を支持しているように思えます。

西ドイツとしてEUの発足時から加盟していたドイツですが、右図の方に移しています。

旧東独地域の併合によって、1990~2000年代に大きな経済的負担を背負い込んだこの国には、他の西欧諸国のような高揚感が生じなかったのが、この時期に出生率向上がなかった理由と考えて、スイス、ノルウェーと同じ位置づけにしています。

つまり欧州の事例は、「カネが物言う出生率」ではなく、「出生率は”気”から」と言っているように思えるのです。先回りして言っておくと、この後の日本の出生率についても、同じ結論を引き出していきます。

「琴瑟相和し」が出生率向上の要諦?

実は日本でも近年、西欧とは異なったタイミングで、そしておそらく全く違った理由で、顕著な出生率の昇降が観察されています。上昇が始まったのが2007年、再び下降に転じたのが2016年。この間、合計特殊出生率は1.26~1.45の間で動いています。

図表6に見るように、上昇が始まった2007年というのはリーマンショックの前年、デフレによる不況が定着、国民の懐は寂しくなるばかりで、失業率も高く、世を挙げてバラ色の未来を夢見、高揚感溢れるなどとは、おおよそほど遠かった頃です。

図表6 日本の経済状況とこの間に生じた合計特殊出生率の昇降

(【出所】合計特殊出生率:厚生労働省『出生数、合計特殊出生率の推移』、年収(可処分所得):厚生労働省『(各年度)国民生活基礎調査の概況』、失業率:『令和2年版厚生労働白書-令和時代の社会保障と働き方を考える-』)

ではいったい、何がこれをもたらしたのか?

わたしが注目するのは、離婚率に表われた夫婦関係の変容を窺わせる社会の変化です。

図表7左図の通り、それまで一貫して増加していた離婚数は、2000年頃からペースが鈍り、2002年をピークに一転減少に転じており、世の夫婦関係が全般的に良好になっていく傾向を窺わせます。

図表7 不況時に出生率が増加に転じた原因を探る

(【注記】左図:離婚率と合計特殊出生率の推移。離婚率は年間離婚数、を該当年の既婚男女千人当りの数として表示している。離婚数は厚生労働省統計『離婚の年次推移』より、既婚者数は総務省統計局『国勢調査|配偶関係別人口』より求めた。右図:共働き世帯数と専業主婦世帯数の推移。データは内閣府男女共同参画局『結婚と家族をめぐる基礎データ』より取得。)

専業主婦と共働きの数は2000年頃にほぼ拮抗する状態に達した後、共働きの割合が加速度的に増加しています(図表7右)。

ひところ、妻の経済的自立は、離婚の増加に拍車を掛け、ひいては出生数の減少に繋がる、との予断がまかり通った時期がありました。しかし、事実はまったくの逆。旧世代のアタマで将来を予測しても、大体はハズレの好例でしょう。

広範な夫婦に関わるアンケート調査(博報堂生活総合研究所 調査レポート2018『家族30年変化』)によると、家庭の総合決定権を持つ人として「夫」と答えた妻の割合は、2008年の調査でちょうど5割(「妻」3割、「共同」2割)。

前々回、1988年の調査で「夫」の割合が4分の3を占めていたことに比べると、家庭内で妻の発言力が急速に増したことがわかります。同じ調査で、配偶者との関係を「ともだち夫婦」と認識する妻の割合も、やはり2008年には5割近くに達しています。

どうも日本の社会では、妻が経済的に力を付け、積極的に家庭をコントロールするにつれ、夫婦円満の度合いは増す、そんな風に見えるのです。

えらく陳腐な物言いにも聞こえますが、「仲の良い夫婦が増えたら、産まれる子供の数も増える」が本当なら、「人肌が恋しくなる時候に懐妊が増える」も、同じ文脈で捉えられそうです。「西(南)に行くほど出生率が上がる」も、この線で行けるかも知れません。

図表8の左図は、図表1で示した出生数の季節変動に、さらに地域要因を加えて見たものです。

図表8 西南日本で出生率が高い原因を探る

(【出所】左図:出生数の季節的変動に見られる地域的特徴。データソースは図表1に同じ。右図:都道府県別離婚率と合計特殊出生率の関係。離婚率は2012~2021年の平均。データソースは、図表7左図に同じ)

出生数が最大となる7~8月、つまり受胎時期が11~12月の傾向は、西(南)の九州・沖縄地方では顕著ですが、東(北)に行くにつれて不分明になり、北海道ではほぼ完全に見られなくなります。

私たちのからだには生理的な「時計」が内蔵されており、これによって自然に朝には目覚め、夜には眠気を催す「体内リズム」が生まれるのですが、その時間の進捗は、季節によって長短やタイミングが変化する太陽の日周運動によって調整されます。

そこで問題となるのが、現代のわれわれは、江戸時代に使われた日の出、日の入りに合わせて朝六つ、暮れ六つを決めていた時制とは異なり、全国一律、年中不変、24時等間隔で刻まれる標準時の「社会的時間」のもとで暮らしていることです。

日の出とともに起き出す人は少ないでしょうから、われわれのからだの昼夜のリズムを整えているのは、多分日没のタイミングでしょう。そう考えると、からだの「生理的時間」と「社会的時間」のズレは、夏には比較的小さく、冬に大きい地域差となって現われるのです。

夏至の頃には、札幌と九州各地や沖縄との日の入り時刻との差は、わずか数分~10数分ですが、冬至に近づくとこれが1時間以上、1時間半にも拡がります。

それが出生率とどう関係するのか?

考えてみると、明日に備えてそろそろ寝ようかという頃合い、「人肌恋しい」季節となれば、夫婦の愛を確かめようという気にもなろうところですが、からだが既に完全なお休みモードに入ってしまった後となっては、そうとはならぬ、なんて、想像がちょっとアレな方向に向かってしまいます。

この列島上の位置と出生率の関係について、どうもそれ以上のうまい説明が思い浮かばないのです。

ちなみに、図表8の右図に見るように、西南日本に比べて東北日本の方が、相対的に夫婦仲が悪いなんてことは、離婚率を指標にする限りなさそうです。

もし出生率に関する地域差が、単なる時差の問題で片付くのであれば、冬にこそ標準時を繰り上げる「逆サマータイム制」を導入すれば、東北日本の出生率を西南日本並みに引き上げることができるのかも知れません。

出産意欲を抑えつけた要因とは?

約10年続いた出生率の回復が2016年に突然下降局面に入ってしまったのはなぜか?

出生率の高低は経済、カネの問題じゃない。「気」が支配しているんだと主張した以上、この現象についても、これこれの理由で「気が削がれた」と説明すべきでしょう。しかし、この時期に人心にそれほどネガティブな影響を及ぼす状況が果たしてあったでしょうか?

ときあたかも第2次安倍内閣の経済政策により失業率も大幅に下がり、長いデフレからの脱却にも曙光がさしてきたと人びとが感じ始め、内閣の看板政策であった「3本の矢」に続いて「新3本の矢」なる長期目標が打ち出された、それが2016年の社会状況でした。

皮肉というべきか、この目標の中には「合計特殊出生率1.8」の一項まで入っていたのです。

高まりつつあるように見えた出産意欲を削ぐような世の中の動きを探していて、わたしが注目したのは、図表9に示す、出生前診断検査数が2010年代に入った頃から急増したことです。

図表9 出生率を抑制する要因を探る

(【注記】左図:出生前診断検査数の推移。データソースは、日本医学会/出生前検査認証制度等運営委員会『NIPTを取り巻く最近の海外の現状』。右図:人口密度と合計特殊出生率の条件付き相関。人口密度に関するデータは『都道府県人口・面積・人口密度ランキング』より取得)

背景には、5歳刻みの年代別に分けると、2000年代に入る頃までは最大のボリュームを占める世代であった25~29歳の女性の出産数が減少し、以後30~34歳女性が主な担い手となっていたことがあると思います。少し前ならマル高扱いされた35歳以上の出産も年を追って増加していました。

出産年齢の高齢化でどうしても気になるのが、先天異常が増加する問題です。

思い返せば、出生前診断が増加し始めた頃、とくに新型遺伝的検査NIPTの導入を契機に、事前に異常が分かった場合の、妊娠を継続すべきか否かの葛藤をテーマとしたマスコミ報道がやたらに目に付いた時期がありました。これが子を産むことをためらわせる風潮を生むことにならなかったかと。

この風潮を膨れ上がらせる上で、2016年に起きた「相模原障害者施設大量殺人事件」が大きな意味をもつのではないか、という気がするのです。

この事件自体のおぞましさは無論のことですが、障害者の命を奪うことが社会のため、本人のためにもなるという犯人の言い分に、同調するかの意見がネット上に相当現われたことも衝撃でした。

ナチスの「優生学」という、一見科学を装って世界中に広がってしまった害毒を払拭することが、如何に困難かを示していると思いますが、ともあれ、障害児を出産することのへの不安が、子を持ち育てる悦びに先立つような状況が、もし出生率を抑えつける要因になっているとしたら、それにこそ少子化対策を向けるべきだと思います。

先天性障害のうち重度のものは、流産、ないし新生児のうちに亡くなりますから、成人にまで育つことができた人なら、社会の十分なサポートがあれば、自立し、健康で文化的な生活を送ることができるケースがほとんどです。支援体制の充実を図り、またそれを周知のことにするのに要する財源など、「異次元の少子化対策」などと力みかえることからすれば、おおよそ比較にならぬほど小さいはずです。

日本の出生率は本当にそれほど低いと言えるのか?

図表9右図は、都道府県別に人口密度と合計特殊出生率の関係を見たものです。

全体を通しての相関係数0.40からは、さほど強い関係はうかがえないのですが、密度が1,000人/㎢を超える7都府県(東京、大阪、神奈川、埼玉、愛知、千葉、福岡)に限れば、その負の相関は明らかです。

つまり、国土全体を均した人口密度345人/㎢程度であれば出生率への影響はほとんどないものの、それが3倍以上もの過密となれば、明らかにマイナスの効果が現われてくるように見えます。

地方といえど、主要な都市では1㎢あたりの人口は1,000人を超えるではないかという批判があるかも知れません。

居住地だけを考えるなら、そうもいえるでしょうが、地方都市では一歩市街地を出れば、広々とした耕作地、丘陵地が広がります。行動圏という感覚で捉えればそれほどの過密さは感じません。どこまで電車に乗っても家並みが途切れない、首都圏などの大都市圏と比べれば、息苦しさの度合いは全く違います。

欧州のほとんどの国で出生率は日本を上回っており、なかにはオランダ、ベルギーのように人口密度でも日本より過密と言える国も存在します(合計特殊出生率、1㎢あたりの人口は、それぞれ、1.62、521人と、1.60、383人)。しかし、両国はいずれも国土の大部分は平地で、広々した耕作地、牧草地に中に都市が散在するような国です。

一方で、出生率が日本より低いイタリアとスペイン(1.25、198人と、1.19、94人)。いずれの国も国土の大半が山地で、人口のほとんどが狭い平野部に集中する点で、日本と共通します。

過密状態の高低だけで出生率の違いが説明できるとは思いませんが、この2国と比較する限り、過密環境の中でも敢えて新たな生命を加えようとする日本女性の出産への意欲は、むしろ相当に高いとみるべきという気がします。

そう考えてくると、かつて人類にとっての脅威と考えられた「等比級数的な人口増加」の歯止めとなるには、「食料の欠乏による飢餓」という古典的な憶測ではなく、「過密環境が与えるストレスに伴う出産意欲の減退」というのが、少なくとも先進諸国には当てはまるのではないでしょうか。

もしそうであるなら、今の日本の低出生率を上げたいと考えるなら、大都市圏の人口の地方分散を図るのが、最も有効な政策と言うことになるのかも知れません。

ただしそうしてみたところで、国土に、国民ひとりひとりが快適と感じる間合いを取るのに十分な余裕が生まれるまで、人口増にもっていくのは難しそうに思えます。先進国共通の出生率の低下は、人間本来の好適密度を超えて増えすぎた人口を適正規模に戻す、自然の調整過程と考えられないでしょうか。

少子化は本当に困ったことなのか?

「気」などと、曖昧模糊たる非物質的概念が様々な形で出生率の決定要因になっているなどと言ってしまうと、もうその時点で、この問題を実証的に扱うことを放棄するに等しいことは、私自身分かってはいます。実に困ったことですが、考えているうちにそんな結論に逢着してしまった以上、仕方がありません。

同意いただけるか否かは、読んでくださった方のご判断に委ねるとして、わたしはわたしで、勝手に論を進めます。

いくつか、これなら日本の出生率が少しは上がるかな?みたいなことは書いたのですが、「もうこれ以上身の周りの人の数を増やしたくない」という「気」が優越している環境下では、2以上の出生率を実現するのは難しいのではないか?逆に、肌感覚で「これ以上身の周りが寂しくなるのは困る」というところまで人口が減れば、放っておいても人口は増加方向に向かうというのが、わたしの考えです。

「人間(にんげん・じんかん)」という言葉。元々は漢語ですが、これが「人」とほぼ同義に使われるようになったのは江戸時代以降、日本独自の使われ方だそうです。

「他人との関わりあってこそ人は人たり」の日本人の感覚からすれば、身の周りが疎になるほどに、より濃密な関係を求めて、結婚を、そしてわが子を得ようとする、とまあそんなことを風に考えると、日本の少子化、人口減少は、欧州より早い段階で止まると期待して良いかも知れません。

岸田首相がぶち上げた「異次元の少子化対策」なるもの。これからも子供の数が確実に減少していく中、ひとりでも多くの社会に有為の人材を育てるためには、経済的理由で子育て、教育に困難が生じることがないように、というのが本旨なら、もちろんおおいに賛成です。

しかし、これが出生率上昇につなげようというのが主目的なら、おそらく効果は期待できないだろうと考えるのは、これまで論じてきたとおりです。また「所得に応じた差など設けずに」云々の言説は、公平さを装った悪平等というか、所得格差の更なる拡大に繋がりかねない危険をもはらむと思います。

少子化=人口減少をアプリオリに災厄と捉える風潮に、本当のところ確かな根拠はあるのでしょうか?

生産者、消費者人口が減れば、GDPといった尺度で測れば、経済規模が縮小するのは当然でしょうが、人口減少は同時に、国民すべてが「健康で文化的生活」を営むのに必要な経済の規模が、それだけ小さくて済むことをも意味するはずです。

とはいっても、経済規模縮小の速度が人口減のそれを上回ってしまってはこの考えは成り立たないわけで、人口の高齢化やその他諸々の社会の変化に応じたチューニングをうまくなしえて、初めて少子化、人口減を有害でなくせるでしょう。

日本の社会には、十分にそれを可能にするポテンシャルと柔軟性が備わっているはずと、わたしは考えているのですが…。

人口学者や統計社会学者が描く人口減少社会の将来像といったら、意気上がる類いのものがほとんどないのが現状です。

消滅自治体に関する予測などはその最たるものですが、これにもわたしはあまりリアリティを感じません。生身の人間が相互に依存し合って造り上げている社会を、単なる数の変動で捉えようとしても、まず無理だろうと考えるからです。

そこには家族の繋がり、郷土愛といった、人が住むべき地を選択する際の重要な要素が、完全に欠落しています。

おまけ:隣国はどこに行く?

おまけです

「結局最後はそこに行くの」と、笑われてしまいそうですが、冒頭に書いたように、出生率という問題を考えるそもそものきっかけとなった、隣国の前代未聞、驚天動地の超低出生率のはなしで、〆にしたいと思います。

結論から言うと、今まで書いてきた議論、人口減で他人との間合いが疎になってくると、自然に出生率は上がってくるという先に書いた仮説に反して、ひょっとするとこの国は、行くところまで行っちゃうんじゃないかと、密かな「心配」が兆してくるのです。

出生率が「並外れて」低いというだけでなく、近年のその下降速度もまた「驚異的」です。

文在寅前大統領の執政前の2016年には1.17であった合計特殊出生率が、彼の任期が終わった2022年末には0.78。何と年平均で0.07近い速さで急降下。その後も傾向は続いており、今年には0.6台にまで下がる予測がされる始末です。

このままのペースで10年も推移すれば、産まれてくる子の数はゼロになってしまう。

国民の一部から名前の語呂合わせで「文災害」などと呼ばれたこの大統領。政治。経済、社会、外交のあらゆる分野でやらかした数々のトンデモ政策で、韓国社会に途方もない災厄をもたらしたのは間違いないところでしょう。

出生率低下もこの人のせいという意見を目にしたことがありますが、そこまでの責任を押しつけるのはちょっと酷な気がします。いくら何でも、おかしな政策が始まったその年から影響が出るほど、出生率が社会の動きに敏感ということはないはずです。

三放世代(恋愛・結婚・出産を放棄)という言葉が生まれたのが2011年のことだそうですが、そうした風潮がじわりと効いてきたのが、この出生率低下に繋がっていると思います。

それにしても、出産可能年齢にある全女性を均して、一人当りの出生数が毎年0.07人ずつ減少していくなど、本当に起こり得ることなのでしょうか?

じつはわたしは、この減少速度には統計上の錯誤が混じっているのでは、と疑っています。

前に投稿した平均寿命を巡る話(『【読者投稿】平均寿命で見る経済と「エックス国」の謎』参照)のなかで、この国が公表する若年層の死亡数に過少申告の疑いがあるということを書きました。

もしこれが当たっているならば、出生率を計算する際の母数となる出産可能年齢の女性の数には相当数の幽霊人口が含まれていることになります。

こうした加算すべきでない数を含む年齢層が毎年新たに出産可能な女性の総数に加わってきて、見掛けの出生率の数字を押し下げ続けているとするならば、その降下速度は実際ほどではないといえるのかも知れません。

この議論は少しばかりの慰めにはなるでしょうが、この国の出生率がヤバすぎることに変わりはありません。さらに問題なのは、これを上向かせるのは極めて難しいんじゃないかと思えてしまうことです。

日本の出生率について、その上昇条件として、①人口密度の減少、②夫婦円満、③時差と生理条件の一致、④先天性障害への社会的配慮、が考えられると、流れの中で書いてきたのですが、曇った目で見る故か、かの国にこれら4条件を求めるのは、絶望的なような気がしないでもないのです。

まず人口密度。

この国の人口の首都圏一極集中は有名です。日本の首都圏1都3県(人口約3千7百万人、面積約1万4千㎢)よりやや狭い(約1万2千㎢)地域に、国内人口の半数以上、2千6百万人が暮らす。

過密という点では、日本の首都圏に比べて人口密度は8割程度で、まだマシとも言えましょうが、東京都の直近の合計特殊出生率1.18に対して、ソウル市のそれは0.59とちょうど半分。人の混み具合が出産意欲の低下に繋がる度合いは、韓国の方が遥かにひどいといえそうです。

以前なにかのおりに、東京の暮らしを捨てて地方移住を決断する人が増加しているという話題にこと寄せて、韓国でもそういう動きが出てくるんだろうかという趣旨のコメントを書いたことがあります。

しかし、これに対して、「韓国在住日本人」のHNで当時しばしば投稿を寄せておられた方から、「ソウルに住む」ことに強いステータス意識を抱く韓国人が、自らの意思で「都落ち」を選ぶことなどあり得ない、と教えていただきました。

そうであるなら、ソウル首都圏での人口減は、ただちに地方からの流入によって穴埋めされるでしょうから、今の過密状態は相当の将来まで緩和されない可能性が濃厚ということになります。

次に夫婦円満。

いまアチラのネット界隈では、従来の男性優位社会で劣位に置かれた女性側の怨嗟、逆に過激なフェミニズム的風潮に被害を受けているとする男性側の怒り、そんな声に溢れ、異性敵視的な荒々しい言説が飛び交う状況にあると聞きます。

ネット世論など一部過激な人間だけで形成されることと、軽視するのは、必ずしも当たらないかも知れません。

人口千人当りの婚姻数が、日本4.3件に対して、韓国3.7件、離婚数では日本1.5件に対して、韓国1.8件。

その差がときとともに着実に開きつつある状況は、このような風潮が世間一般に広がりつつあることを示しているように思えます。

女性が「損な」結婚をしたがらなくなっているとすれば、将来子供の数が増えてくることも、まず期待できないとしたものでしょう。

では、体感時差の問題は?

朝鮮半島の東海岸と西海岸で大した違いはありません。また、経度からするなら、日本の九州地方とほぼ同じとあれば、その点では韓国は出生率に関して日本より有利な条件を備えているかに見えます。ただしそれは、前に書いたように、冬場に限ればというはなし。

日本で真夏の7~8月に最も出生数が多い理由としてわたしが推測した、「人肌恋しい季節」に新たな生命が芽吹きやすい、というのが当たっているなら、ほぼ真逆の毎年第1四半期に出産数が最大になる韓国の場合は、わざわざ「暑苦しい」真夏を選んで、将来の我が子を仕込んでいる、ということになりそうですが、

これにはもっとまともな説明が為されています。

それは学齢の区切りの問題。韓国の新学期は3月から始まりますが、何年生になるかは、前年末の年齢によって決まります。

つまり、日本で「早生まれ」とされる1~3月に産まれた子は、韓国では「遅生まれ」。同学年の仲間内では、年長である分有利だというわけです。韓国人ならさもありなんと、なんとなく納得してしまう説明ですが、アタマで無理矢理からだに納得させようとした報いが、出生数低下の一因となっておりはせぬか?

そんな気がします。

最後に、先天性障害への社会的配慮。

このような微妙な問題の実相を、その国に住んだこともない人間が知ることはまず無理です。それを直接に示す、信頼置ける調査、統計の類いを入手するのもまた難しそうです。

ただ、もちろんわたしの曇った目で見れば、の限定付きでの話ですが、この国の社会が障害者を見る目と言ったら、日本よりも温かかろうと想像するのは、どうにも無理なような気がします。

世界的にも有名な美容整形大国であり、男性用美容用品消費額は世界一、異常なほどの下垂体ホルモンの使用量(その9割は小人症治療などの医療目的以外で使われている)、などなどのニュースを見れば、ひたすら見た目の良さに拘る彼らが、障害者にどういう印象を抱くか、なんとなく想像が付くのではないでしょうか。

つらつら思いを巡らすに、韓国人が韓国人であり続ける限り、出生率の反転はどうにも期待できないのではないか。「心配」は募るばかりです。<了>

読後感

…。

論考の中身に関してはさまざまな意見(賛同意見ないし異論)はあろうかと思いますが、データや相関係数などをもとに、あれこれ仮説を組み立てていくアプローチは、非常に科学的なものです。

伊江太様によると、「わたしの知識のベースは生物学」、だそうですが、知識のベースが生物学であろうが金融であろうが、こうした科学的検証アプローチは、私たちの社会を発展させていくうえで欠くべからざる、非常に大切なものであることは、改めて指摘するまでもないでしょう。

伊江太様、今回も素晴らしい投稿を大変ありがとうございました。

末尾に、伊江太様からの過去の論考を紹介しておきます。

伊江太様から:「データで読み解く武漢肺炎」シリーズ・全23稿
伊江太様から:武漢肺炎以外の論考

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. クロワッサン より:

    いつもながら、読んでて面白く興味深い内容でした。

    出生率が人口密度と関係する件、北海道の低さは温度以外にも公的教育機関へのアクセスのし易さにも影響されるのかな?とふと思いました。

    郡市単位での子育て人口だけ抜き取った場合や、そこに老年人口を加えた場合にどんな関係が見られるのか、なども、もし自分が調べられるなら調べたくなりました。

  2. 還暦7号 より:

     巷の常識と思われていることに捕らわれることなく、虚心坦懐に事象をみつめて、設定した仮説を多面的に地道に検証する論考に、只々、感心するばかりです。
     目からウロコの思いが多々ありました。

  3. カズ より:

    >2017年1月、国会討論会で発表した大韓産婦人科医会によると、1日3000件余り、1年110万余件の中絶が行われている。大韓民国は経済協力開発機構(OECD)国家の中絶率1位という汚名を持っている。統計庁によると、2019年の新生児数は30万3100人余りだ。新生児の数より3倍以上の胎児が中絶されるのだ。
    https://news.kmib.co.kr/article/view.asp?arcid=0015041617&code=61221111&cp=nv
    (韓国語?)

    ↑女性の身体・新たな生命への尊厳が軽すぎます。(怒)

    ・・・・・
    *生命の尊厳、五七五

    勧告は、「否認しないで、コンドーム。」
    韓国は、「避妊しないで、”今度産む!”」

    無責任にも程があります・・。

    1. sqsq より:

      さらに韓国は今でも海外養子大国。

    2. はにわファクトリー より:

      減るコリア、秀逸でした。
      先日大阪市内で買い物をしたついでに地下鉄数駅分を歩いて街の活気を観察して帰りました。中国系は家族旅行が多い(そうでないことある)特に気にかかったのは韓国からの若い旅行者たちでした。複数人でつるんで歩いているが、寿司女あるいは寿司男を物色中という雰囲気がありましたね。またそんな連中相手にハングル文字だけがべたべた掲出された正体不明の店舗も増えてました。あれは同伴サービス系なんじゃないかな。字が読めない。異様に高身長な彼とメイドサービス衣装が腕を組んで街を歩いてる。そっち系の経済効果はどんなところか。

    3. 伊江太 より:

      カズ様

      いやあ、妊娠中絶については、まったく考慮外でした。

      2016年頃と言えば、まだ韓国の合計特殊出生率は1を超えていました。
      産まれてくるはずの子の数が、実出生数の4倍以上とするのが本当であれば、
      本来出るべき合計特殊出生率の値は4以上。
      アジアレベルどころか、中東、アフリカ並みってことじゃないですか。

      であれば、投稿に書いた最後のセクションなど、結構皮肉を籠めて書いたつもりが、全然そうじゃなくって、甘々も良いところ。

      統計偽装どころじゃない。この国の「闇の深さ」ってことで、並みの常識では推し量れない異世界として臨まなきゃ、とても真相には迫れないよってことですね。

    4. はにわファクトリー より:

      カズ さま、伊江太 さま
      商品化された疑似恋愛は人類文明とともにあって来ましたし、本邦においても時代が下るにしたがって今般とくに面妖の様相を高めていると広く世界に認知されているところながら、エックス国での社会の闇は文字にできないものがあるのかも知れないと当方は予想して来ました。シンシアリーさんでも書かないようなことです。数字で淡々と分析できるといいのですが。

    5. namuny より:

      日本で行われている中絶の方法は掻き出し法、最近は薬での中絶がやっと許可されたんでしたっけ?西洋では昔から薬で行うのがあたりまえだったとか。
      韓国ではどうなんでしょうね。
      搔き出し法で行うと、子宮内膜が傷つくため、その場所に着床しにくくなるという話があるそうです。つまり何度も中絶するような人はその傷が多くなり妊娠しにくくなる。もしかしたら、出生率の減少にこういった性の乱れが影響しているのかもしれません。日本も韓国も。

  4. taku より:

     大変興味深く読ませて頂きました。少子化については、欧州がそうなったにも拘らず米国の人口増加が続いている状況に鑑み、移民の導入しかないのか、と若い頃は考えておりました。
     その後、自分が年齢を重ねるに連れ、日本の国力の伸長よりも、治安の維持や伝統の保持への重要度が勝り、現状では、自分の中でも、有効な対策を見出しえない状況が続いております。
     岸田政権の子育て対策が有効か否かは、何とも言えませんが、出来ることは何でもやっていただきたい、と考えております。しかしながら、財政規律については、十分配慮してください。未来の子供や孫の世代に、これ以上借金を背負わせたくはありません。

  5. 元雑用係 より:

    緯度経度との相関を取るグラフを見たのは初めてでした。面白いですね。

    >放っておいても人口は増加方向に向かう
    直感としてはそう感じるところもあったので割と納得でした。人口増減は確たる要因がよくわからないので、期待や心配とは関係なしの挙動を示すのではないかと思います。
    図表9の右がキモではないかと思うんですが、全国一律ではなく人口密集地とそれ以外で分けて要因分析が必要なのかもですね。

    >隣国はどこに行く?
    「生活を意味あるものにするのは?」と聞かれ、最大多数が「物質的豊かさ」と答える国。
    オールオアナッシングの気風も併せて出生率に影響していると思います。

    >この国の社会が障害者を見る目
    「病身舞」の映像を初めて見たときに覚えた嫌悪感を、忘れることができません。

    その他、雑多に。
    図表4関連になりますが経済と出生の関係がピンとこない一例。

    都道府県別の貧困率、ワーキングプア率
    https://www-hs.yamagata-u.ac.jp/wp-content/uploads/2017/10/nenpou13_03.pdf
    表3、都道府県別の貧困率は西高東低なんですね。加えて、大都市を抱える都府県の貧困率は低い。北の5道県の貧困率も高めであるので、相関係数が高めにでるかは微妙そうですが。

    出生率の西高東低と気候の話。
    体内時計のリセットとの話から、以前に秋田か山形の出身の同僚が「冬は毎日毎日曇り空でどんよりしていて気が滅入る」と言っていたのを思い出しました。日本海側の気候がそうだというのです。
    日本の気候区分では、北陸以北の日本海側は「仕込み時期」の秋冬で多雨の傾向だそうです。東北の太平洋側や北海道の扱いなど、細かく見ないとなんともですが。

    1. はにわファクトリー より:

      >緯度経度との相関を取るグラフを見たのは初めてでした

      当方同じところで吹きました。実に痛快ですた。

      才気あふれる考察に間の抜けた脱線コメントで申し訳ないのですが、NHK や新聞が記事に混ぜて掲出している図解、いつもありきたり。彼らの視点の貧相さがよく分かります。たとえば都道府県白地図を塗り分けて小学生並みの考察をして平気でいる。府県面積の大小により視覚的強調効果が出てしまい、ことの本質を見誤らせることに気が付いていないのです。デジタルメディアの特徴を生かした魅力ある紙面づくりに全力で取り組みます、だなんて、心意気は買いますが訓練ができていない。記者たちはまずはグラフィックな現実表現力・現実理解力を高めてからにしたほうがいいのではと今回の傑作図解を見て思いを新たにしました。

  6. namuny より:

    合計特殊出生率という長期間の社会変化を含む値をいろんなものに関連付けようとしてばらついているだけじゃないでしょうか。

    単純に出生率だけとの相関を取ると
    出生率と死亡率の相関係数 -0.58
    出生率と婚姻率の相関係数 0.73
    出生率と離婚率の相関係数 0.64

    ですよ。
    https://uub.jp/pdr/j/b.html

    1. 伊江太 より:

      namuny様

      ご指摘のサイトに掲載されている出生率と合計特殊出生率とは全く概念が異なるものなのです。

      ここに掲げられている出生率とは、各都道府県の域内で産まれた子の数を、人口比との補正で表わした値。一方で合計特殊出生率は、その地に住む女性ひとりが出産可能年齢内に何人の子を産むかを推計した値。

      出生率の方は、当該自治体人口の性比、年齢構成比の影響を受けますが、合計特殊出生率の方に、そうした地域事情の影響は及びません。

      同サイトのデータは平成28年の厚労省統計に拠るようですが、出生率最高の東京都の値が8.48、最低の岩手県で6.60となっています。

      新しいところで、令和4年版だと、東京都の出生率は6.8、合計特殊出生率は1.04、岩手県の場合は出生率4.9、合計特殊出生率1.21。東京と岩手で、出生率と合計特殊出生率の高低の関係が逆転しているのは、東京の方が若年人口の割合が高いことに拠ります。

      わたしが問題にしたのは、それぞれの地に住むことが、女性ひとりひとりの出産傾向にどう影響するかという点なので、投稿の趣旨からして、合計特殊出生率との対応を採るのが適当だと思います。

      1. namuny より:

        伊江太 様

        なるほど、わかりました。
        では私が見つけた相関をひとつ紹介しておきます。

        合計特殊出生率は、その県の人口に対して逆相関する。
        相関係数は-0.578です。結構高いですね。
        人口を常用対数(Log10)にすると‐0.614です。

        可能性として、人口が多くて行政サービス?が行き届かないと合計特殊出生率が下がる、というのがあるかもしれませんね。

        1. 伊江太 より:

          namuny 様

          >可能性として、人口が多くて行政サービス?が行き届かないと合計特殊出生率が下がる、というのがあるかもしれませんね。

          なるほど、これは十分あるかも知れませんね。

          ただ、これは知事の行政手腕なんて、それこそ数値化が難しいファクターも考慮しなければいけないかも知れず、なかなか悩ましい話になってしまうかも、です。

          1. namuny より:

            もっと単純な話で、人口密度が高いところに住むと、子供を作りたくなくなる、なんてこともあるかもしれません。人疲れとか。人口過多を防ぐ生き物の特性があっても不思議は無いかも。つまり、都市への人口集中の弊害です。北海道は広いですが、半分札幌にいますしね。上の方で出ている韓国は人口の半分がソウルに居るそうなので、影響は大きそうです。

  7. CRUSH より:

    様々な複合要因だと思います。

    個人的には
    「団塊の世代がやらかしてきた世代断絶」
    みたいな要素が以前から気になってます。
    (地球上での一般論ではなくて日本だけのローカル要素ですが)

    敗戦で上の世代が黙り込んだので、団塊の世代は実に伸び伸びと好き放題に振る舞いました。
    外部要因もあって経済成長しました。
    サクサクと子供も作りました。
    でもそこまで。

    いざ実際に自分が親になってみると、子供を相手に何をどう伝えればよいのかわからない。
    (ロールモデルが黙り込んでるから、団塊の世代はそういうこと知らない)
    いざ実際に自分が祖父祖母になってみると、いよいよ為すべきことがわからない。

    彼らにとって上の世代を見てたことも無ければ、関心を持ったことも無いし。

    で、そんな親や祖父母を持った次の世代は、好き放題に個人主義に生きる様を見ながら育った訳です。
    「お陰様で今の自分がある」
    「だから次の世代に伝えよう」

    個人主義だと、なんでもかんでもミクロに収支決算しますから、自分は長い長いバケツリレーの最後端に居る存在だと気付きがないんでしょう。

  8. 農民 より:

     自然の多くのものが”増え過ぎれば減り始め、減り過ぎたら増え始める”ようになっています。人間社会、人間の性質は複雑ではありますが、同様の傾向を持つことは不思議ではないかもしれません。
     ただ現代は、環境や経済の変化速度、情報の速度が飛躍的に加速していて、自然的な作用がどこまで追いつくのかが疑問です。いつか日本の出生率が反転するであろう時に、そうなれる下地、体力を残しておく事が重要かもしれません。
     その点において、例えば日本で移民により無理やり人口(だけ)維持というのはむしろ体力を奪うものに思えます。また文化的政治的に理を崩してきた中韓両国は果たしてどうなるのか。前者は極端な少子化を推し進めてしまい、後者は持続可能性や社会性を削ぐことで発展してしまった。

    1. 伊江太 より:

      農民様

      >日本で移民により無理やり人口(だけ)維持というのはむしろ体力を奪うものに思えます。

      このご意見には同意です。

      サイト主さんが、このところユーロの地位低下を思わせる状況が生まれていることを何度か指摘され、理由は不明とされておりますが、移民を入れすぎたことによる西欧諸国の社会の劣化なんかを、窺わせているんじゃないかと、チラッと思ったりもしています。

      1. 匿名 より:

        >移民を入れすぎたことによる西欧諸国の社会の劣化なんかを、

        これは、良い着眼ですね。一番、劣化が激しいと言われるドイツが、移民受け入れに積極的だったことと何か符号する所があるのかもしれませんね。
        西欧社会の移民受け入れに関する考察が、西欧で充分に行われているのか?これから、行われるのか?日本も良く注目する必要がありますね。
        何にせよ、横着はいかん!ということのように思います。
        日本の第ニ次産業の製造現場は、合理化・省力化に本当に熱心でした。
        対して、企業内で言えば販管費に関わる仕事や第三次産業は、これが極めて遅れています。しかし、今、セルフオーダー・セルフレジなどの従来人海戦術でやって来た所も合理化・省力化されて来ています。日本社会の特性として、少し弾みがつけば、一挙にそれが普通の事になるでしょう。

        1. さより より:

          上記、さより、です。

        2. さより より:

          >横着はいかん!

          とは、安易な、低賃金労働力としての移民受け入れは、いかん、という事です。

      2. より:

         それはありそうですね。
         国家の構成員がそっくり入れ替わったら、それは別の国ですからね。
         100年後には欧州のネイティブは自治区に押し込まれてるんじゃないでしょうか。

  9. さより より:

    伊江太さま

    知的な遊びとしてのテーマを選ばれた投稿、大変に参考になりました。

    以前、ひょんな事から、「一人当たり県民所得」が西低東高であることに気付き、驚きました。九州地方の県は、ほぼ最下位ラインでした。それで、次に、所得と健康度の関係は?と、「県民一人当たり医療費」のランキングを見ました。すると、これは、西高東低、という傾向を示しました。つまり、所得が低いと医療費が掛かる?これは、所得と健康の負の相関関係ありなのか?それで、ついでに、県別平均寿命を見ました。すると、やはり、相関の傾向があるような感じがしました。
    それで、何故一人当たり県民所得が低いのか?、その県の産業構造に関係あるか?、と調べようとして気が付きました。やはり、下位の県は、第一次産業が盛んな所です。第一次産業は付加価値率の低い産業です。九州地方は、第一次産業が主たる産業のイメージがあります。
    尚、世帯収入、と、一人当たり県民所得は、多分、値が若干異なるのではないか?と思います。「一人当たり県民所得」には、個人の給与所得・金融所得に企業所得も含めて県の全体額を算出するので、「その地域の豊かさ」を示すデータとして見るようです。
    図表4の「所帯年収」を「一人当たり県民所得」にした場合に、グラフの様相が変わるかは検証しておりません。
    検証してみても、この投稿の「暫定結論」には影響しないことは明らかだからです。
    既に、「暫定結論」として、「気」が候補として提示されていますので。
    ですから、「気」の検証を進めて行ったら面白いと思います。
    なぜ、貧乏人の子沢山、という言葉があるのか?
    何故、都会だけでは無く、どこの地域でも裕福な家庭の子供の数は少ないのか?これは、現代だけではなく、人間の歴史を見てもそうなのではないか?と思います。
    貧乏人の子沢山、一方、裕福人の子少なし、という傾向は何故生じるのか?
    それは、親の収入や階級と関係するのでないか?という仮説を立てることが出来ないか?
    「親の”気”持ち」として、自分の子供にどんな人生を描くか?と言えば、医者の子は医者、にではないですが、親は、自分と同じような人生を、自分の子も歩むようにイメージするのではないでしょうか?
    とすれば、上層階級の人達はそれなりの子育てをしようと思えば、金が掛かかります、一説によれば、子供一人当たり大学を卒業させるまで、最低でも4000万円かかるとも言われます。教育費だけでこれくらいですから、子育て全体で見れば?
    東京で「人並み」の教育をするとすれば、パワーカップルでも、せいぜい子供2人を育てるだけで一杯一杯ではないでしょうか?東京が極端に出生率が低いのはそんなことが考えられないでしょうか?
    一方、地方の一般庶民で、ここまで気合いを入れて子育てしようと考える人達は余りいないのではないでしょうか?
    また、以前どこかで書きましたが、都会は競争社会、田舎は共存社会、という傾向があるようです。家族親族も近くにいる、子供も将来地元で生活すればいい、という子育てイメージなら、将来も含めて経済的に出産への心理的ハードルは低いはずです。
    そして、この地縁血縁関係が極めて強いのが、沖縄らしいです。何でも、沖縄の人が結婚するとなると、招待しなければならない血縁地縁知人関係者は、300人くらいになると聞いた事があります。
    それだけの人の縁に恵まれていれば、出産への不安も消えるのではないでしょうか?
    それが、沖縄の出生率が高い理由なのか?

    よって、沖縄や東京、各地域に住む人達に、子供を生むことに付いての「”気”持ち」をヒアリングする、調査をして見るのがより少子化対策には役立つように思った次第です。これも、れっきとした統計的手法の一つであることは言うまでもありません。

    1. はにわファクトリー より:

      西のほうが寒さが厳しくないので無理して蓄財に走らないでいいから。そんな説明が付くと考えます。当方も実践していますw

    2. 伊江太 より:

      さより様

      >知的な遊びとしてのテーマ

      そう見ていただけるなら、大変にうれしいです。
      わたしは「ヒトとは、ホモ・ルーデンスと名づくべき存在」という、ホイジンガの定義が好きなので、これぞ暇人冥利に尽きるお言葉です。

      遊びついでに、ひとつ。

      >「一人当たり県民所得」が西低東高であること
      >「県民一人当たり医療費」のランキング、これは、西高東低

      もうひとつ付け加えさせていただくと、『都道府県幸福度ランキング』。
      https://diamond.jp/articles/-/327404?page=2

      幸福度と経度の相関を求めると、-0.53。そこまで強い相関とは言えませんが、
      沖縄を筆頭に、鹿児島、熊本、…と、長崎(さだまさしの生地と関係ある?)を除き、
      九州各県が上位にずらりと並びます。

      収入が低かろうが、病気がちであろうが、西に行くほど幸福度は高くなる?

      関係があるかどうか分かりませんが、
      神武東征に始まり、歴史的に日本の権力は西から東へと移動しています。
      畿内から鎌倉に移動した後、一旦、京、大阪に戻りますが、それは内乱、戦国の時代。
      落ち着くのは、鎌倉を飛び越して、江戸、東京まで行ってから。
      もうそれ以上は東に土地がないから、これで終着点でしょうか?

      奈良にしても京都にしても、今の市街は平城京、平安京より、かなり東に移っています。
      大阪発祥の大企業が、今ではたいてい、本社機能を東京に移しているのも、この流れ?

      長い時間をかけて、権力とカネは、西から東に吸いあげられていったんだけど、
      残った人間は貧乏くじ引いたどころか、却って幸せになってる、このパラドクス(笑)。

      1. さより より:

        伊江太さま

        流石ですね。深くて滋味のあるご考察、何か心が底辺りから解れて来るようです。
        牧歌的、が人の憧れの言葉の一つである事を思い出しました。
        九州は、そんな心情を湧き起こしてくれる所ですね。

      2. さより より:

        伊江太さま

        >ホモ・ルーデンス

        この言葉は聞いた事があるようにも思いますが、注目していた言葉ではありません。
        ただ、「遊びをせんとや生まれけむ、戯れせんとや生まれけん」という言葉には、その通りだな、と思います。何にせよ、人間は、いわゆるつまらぬことを遊び戯れる対象にすることが、本懐のように見えます。
        ホモ・サピエンス・ルーデンス=知的に遊ぶ人、という分類もあるかもしれませんね。

  10. さより より:

    伊江太さま

    流石ですね。深くて滋味のあるご考察、何か心が底辺りから解れて来るようです。
    牧歌的、が人の憧れの言葉の一つである事を思い出しました。
    九州は、そんな心情を湧き起こしてくれる所ですね。

    1. さより より:

      こちらにも、投稿されてしまいました。

  11. すみません、匿名です より:

    自分では刺激すぎて頭が追いつきませんが、いろいろな着眼点はすごいですね。

    >「過密環境が与えるストレスに伴う出産意欲の減退」

    所得水準が先進国でない熱帯のタイでも少子化が始まってるとのこと。
    その国の大都市でマンション・ビルが立ち並ぶと行為が減少するとか?

    中国のおから建築の住居では声が漏れるし、韓国のソウルは隙間がないほどマンションが立ち並ぶ、落ち着いて行為どころではなくなるとか?

    カズさんのコメントで、韓国は中絶30万人となると、やることはやっている。
    韓国ではコンドがないのが男の意志なら、女性の意志は中絶でしょうか?
    「もう少し経済的な余裕があったら、子供をもうけても良いのに」が正解なのかな。

    これから日本はインフレ経済になり所得も増え、今日より明日に希望が見えれば気が変わるかも。

    1. はにわファクトリー より:

      景気がよくなればヤル気も出ます。本当です。
      戻っておいでリゲイン時代。ああ耳から離れない CM ソングたち。

  12. カズ より:

    伊江太様 (解りやすい図解をありがとうございました。)

    西高東低(性交倒体?)のナゾを地理的条件に求めれば、日照時間の違いくらいでしょうか?
    回数が多すぎて「子種が薄くなる(北国の冬夜は長い)」傾向にあるのかもですね・・。

    韓国の場合、インスタント麺の食し過ぎで環境ホルモンの影響・・とかは関係なさそうですね。

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