「国際収支のトリレンマ」から見るトルコ・ショックの本質

週末に話題となっているのが、ドナルド・J・トランプ米大統領によるトルコへの制裁関税発動を受けたトルコ・リラの急落です。ただ、私の見立てによれば、これは単なるきっかけに過ぎず、通貨急落の原因は、もともとトルコの中央銀行が「国際収支のトリレンマ」という重要な法則を理解していないことにあるのだと思います。

トルコ・ショックの衝撃

先週金曜日、ドナルド・J・トランプ米大統領がトルコからの鉄鋼輸入関税を倍増させることを受けて、外国為替市場では新興市場(EM)諸国を中心に、通貨の下落が相次いでいます。米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が日本時間の本日付で、こんな記事を掲載しています。

Turkish Lira’s Fall Raises Concerns for Emerging-Market Investors(米国夏時間2018/08/12(日) 21:16付=日本時間2018/08/13(月) 10:16付 WSJより)

※ただし、リンク先は英文であることと、契約がないと記事が読めない可能性がある点についてはご了承ください。

WSJの報道の要点は、トルコ・リラが日曜日の夕刻時点で記録的な最低水準に下落したというもので、それと同時に債券利回りも急騰したという点です。また、52週前と比較した下落率でみると、2018年8月10日時点でトルコ・リラは45.0%にも達しているそうです。

今回の「トルコ・ショック」の直接のきっかけは、トランプ政権が福音派の宣教師をトルコ政府が拘束していることに対する対抗措置として、トルコからの鉄鋼に50%、アルミニウムに20%の関税を課すと発表したことです。

では、なぜこれによって通貨が急落したのでしょうか?

国際収支のトリレンマ

GDPの定義

そもそも論として、国内総生産(GDP)は次の計算式で定義されます。

GDP=C+G+I+X-M(C:消費、G:政府支出、I:投資、X:輸出、M:輸入)

総務省が発表する『世界の統計2018』によれば、2016年時点のトルコのGDPは、内需が104%(C:60%、G:15%、I:29%)であり、貿易赤字国(つまり輸出が輸入を下回っている国)です。ちなみに輸出依存度は16.6%、輸入依存度は23.1%です。

つまり、GDPに占める国内消費、政府支出、投資の割合はいずれも日本と比べて高く、確かに貿易依存度はやや高めではありますが、別に「極端な輸出依存国家」だとは言えません(ちなみにドイツや韓国の場合、輸出依存度は40%前後です)。

このように考えていくと、確かにトランプ政権の貿易制裁はトルコ経済に対し、局所的には大きな打撃を与える恐れはありますが、だからといって通貨が前年比50%近くも下落するのは不自然です。

国際収支のトリレンマ

私の見立てでは、今回のトルコ・リラの下落は、もともとトルコ経済が抱えていた問題点が、「トランプ・ショック」によって噴出しただけのことではないかと思います。そのことを考える前に、まずは「国際収支のトリレンマ」という論点を紹介したいと思います。

この論点は、別に今回のトルコとは関係ありません。古今東西、全世界のありとあらゆる「オープン経済」の国に当てはまる論点ですが、簡単に言えば、

  • 「金融政策の独立」
  • 「資本移動の自由」
  • 「為替相場の安定」

という3つの目標を、同時に達成することはできない、というものです。「3つの目的を達成できない」という意味で、「トリ(3)レンマ」と呼ばれているのです。

このうち「金融政策」とは、中央銀行が政策金利や貨幣の供給量をコントロールすることなどを意味しますが、トルコの場合はインフレ率が高く、本来、インフレを抑え込むためには、貨幣の供給量を絞り込んだり、政策金利を引き上げたりする必要があります。

しかし、エルドアン政権になって以降、トルコは中央銀行の独立性が阻害されていて、先月の政策決定会合でもエルドアン大統領の意向を受けて、政策金利は据え置かれました(といっても金利自体、17.75%(!)だそうですが…)。

トルコ、政策金利据え置き エルドアン大統領に配慮か(2018/7/24 22:34付 日本経済新聞電子版より)

そうなると、「資本移動の自由」を保証している国であれば、「高インフレ・低金利」の国からは容赦なく、資金が逃げていきます。そして、トルコの通貨「トルコ・リラ」の価値は急落することになるのです。このように考えていくと、トルコ・リラが急落するきっかけは、すでにかなり以前から生じていたのです。

逆に、「金融政策の独立」と「為替相場の安定」の両方の目標を達成しようと思えば、「資本移動の自由」を制限する以外に方法はありません。

新興市場諸国の共通の悩み

韓国の事例:利上げも利下げもできない

ただし、新興市場諸国の共通の悩みは、いかにして外国から投資資金を呼び込むかというものであり、「資本移動の自由」が制限されたとたん、その国への投資の流れが滞ってしまいます。このため、「資本移動の自由」の制限は、できるだけやりたくないのです。

トルコと似たような悩みを抱えている典型的な国といえば、韓国でしょう。いや、韓国の場合はトルコよりも極端で、GDPに占める輸出依存度は2016年で38%であり、G20諸国の中でもドイツと並ぶ極端な外需依存国家なので、状況はより一層深刻です。

本来ならば、韓国は失業率を下げるために利下げや資金供給量の増加などの金融緩和をしなければならないのですが、韓国は資本移動が自由化されているため、金融緩和をやってしまえば韓国ウォンの価値が下落してしまいます。そうなれば、韓国企業の外貨調達が難しくなるのです。

仮に私が韓国の政策当局者だったとすれば、今すぐ大規模な金融緩和を行い、為替相場が急落しそうになったら資本移動の自由に制限を加えるという形で、国内経済の立て直しを図るのが早いと思うのですが、おそらく韓国の当局者にそこまでやるだけの度胸はないでしょう。

ただ、将来、通貨危機が発生した場合には、通貨防衛のためには、逆に「利上げ」が必要になります。しかし、韓国では現在、国を挙げて家計債務問題が深刻化しているため、おいそれと利上げをすることは困難でもあります。

要するに、利上げも利下げもできない状況だと考えればわかりやすいでしょう。

オフショア人民元という「闇」

中国人民元は、トルコや韓国よりも、さらに闇が深いといえます。

まず、自国通貨・人民元の国際化が道半ばです。ただ、2016年10月に国際通貨基金(IMF)の特別引出権(SDR)入りするために、「資本移動の自由」という条件を達成する必要があったためでしょうか、中国本土の人民元と「オフショア人民元」市場を分断するという暴挙に出ました。

いわば、「金融政策の独立」と「為替相場の安定」と「資本移動の自由」という、本来ならば絶対に達成できない3つの目標を達成するために、苦し紛れに「2つの人民元」を存在させてしまっている状況なのです。これは、考えてみれば、将来に禍根を先送りしているだけの話です。

いわば、中国という本国は中国人民銀行が厳格に為替統制を行い、香港などの「小さなオフショア人民元市場」で、かなり限定的な為替の自由を認める、というものですが、実態的には中国人民銀行が為替介入を行っているとのうわさも絶えません。

このため、中国が「資本移動を自由化した」と称しているのは、かなりの無理がありますし、人民元をSDRに加えてしまったIMFの失策についても究明されてしかるべきでしょう。

新興市場通貨暴落、原因は「トランプ」と限らない

いずれにせよ、「トランプ大統領が新興市場諸国通貨を暴落させた」といった報道が見られることは事実ですが、実態は必ずしもそうではない、という点には注意が必要でしょう。あくまでも、通貨が暴落する理由とは、

  • その国の経済がもともと脆弱であること、
  • 通貨供給量が多すぎるなどの問題を抱えていること、
  • 政策当局者が「トリレンマ」を理解していないこと、

などです。

ただ、国際的にみると、経済が脆弱で、さまざまな問題を抱えている国は、ほかにもたくさんあります。アルゼンチン、ロシアのように、過去に対外債務のデフォルトを発生させている国の通貨も問題ですし、また、アジアだと韓国、中国のような事例も注目に値するのではないかと思います。

いずれにせよ、「トランプ・ショック」が「リーマン・ショック」級の危機を招くのかどうかについては、緊密に注目したいところです。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. 激辛大好き より:

    相も変わらずの寝ぼけコメントを申します
    新宿会計士様はトルコリラの急落理由を数字で説明され、合わせて韓国の問題点も指摘されています。私には難しいこともあったのですが、なんとなく理解できたように思います。
    私はトルコと韓国の似通った事情を政治面から指摘します。トルコのエドリアン大統領は「利上げは金持ちを優遇し、庶民を困らせる」と言って頑固に利上げを拒否しています。韓国ムン大統領は労働者の最低賃金を大幅に上げました。どちらも国民受けを狙った政策です。外交面でもエドリアン大統領は対米強硬論です。韓国は北協調路線に突き進んでいる。これもやはり国民受けを狙っており、アメリカの反感を買っている。
    これらの政策を突き進めば経済にも、外交にも大きな禍根を残すのは明らかですが、一部国民の根強い支持を受けており変えることができない。両国の政策を見て感じるのは、一部国民の根強い支持層があり、これに引きずられて、政策転換できず自縛状態に陥っていることです。両国の大統領の政治資質もあるのでしょうが、誤った政策をとり続けて、経済指標に悪化が示されても変えずにいる。人気取り政策が如何に危ないものか、よくわかる。
    トルコについてはよく承知しておりませんが、韓国は過去に2回も財政危機を経験しており、政策の失敗が国民を苦しめたことを経験している。だが、韓国はこのことを検証し、原因と対策を見出しているように思えない。人気取り政策を公約に掲げた指導者を選択し、挙句の果てに経済不調を招き、国民は失業におびえている。先進国と称しているようだが、このような過ちを続けていれば、遠からず途上国の地位に陥るだろう。

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