安倍総理が中韓に「言及しなかったこと」自体がメッセージだ
安倍総理大臣は4泊5日の海外出張を終え、18日の夜に帰国しました。これについて、首相官邸のホームページには、安倍総理が海外出張の途中、オーストラリアで応じた記者会見の模様をアップロードされているのですが、これを読むと、「自由で開かれたアジア」という文脈で、会見のなかでわざわざ言及した国と、言及していない国があることがわかります。私はむしろ「積極的に言及していない国」と、「言及していない理由」が重要だと考えているのです。
目次
安倍総理の豪州演説
開かれた自由なアジア
東南アジア諸国連合(ASEAN)関連首脳会議などに出席するために、シンガポールなど3ヵ国を訪問していた安倍晋三総理大臣は、4泊5日の海外出張を終え、18日の夜に帰国しました。
安倍総理は歴代の総理大臣のなかでも最も多くの国を訪問していることは間違いありませんが、そんな「安倍外交」を見ていて気付くのは、「価値観」を前面に押し出している点にあります。そう感じたのが、オーストラリア訪問時の安倍総理の記者会見です。
ASEAN関連首脳会議及びオーストラリア訪問についての内外記者会見(2018/11/16付 首相官邸HPより)
首相官邸のホームページに掲載されている記者会見の様子について、私が気になった点を抽出し、要約すると、次のような内容です。
- 熾烈に戦った日豪両国は、70年余りの時を経て、いま、自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった、基本的価値で結ばれており、共に力を合わせ、アジア太平洋地域の平和と繁栄を牽引する、特別なパートナーである
- 私たちは、太平洋からインド洋へと広がる広大な海と空を共有しており、国の大小に関わりなく、その恩恵を享受し、ともに繁栄するためには、自由で開かれた海と空を守らねばならない
- 日本は、インド太平洋地域を、法の支配が貫徹され、誰にでも開かれたものとしていくための努力を惜しまない
- シンガポールでASEANのリーダーたちと、こうした考えで完全に一致したし、東アジアサミットでも、
- 「自由で開かれたインド太平洋というビジョン」に多くの国々から賛同を得ることができた
- 朝鮮半島の完全な非核化を目指し、拉致問題の早期解決を北朝鮮に求めていくことで、一致したメッセージを出すことができた
中国への強い牽制
いかがでしょうか?
自由、民主主義、基本的人権、法治主義とは、どれも中国が持っていない項目ばかりです。安倍総理の演説では「中国」という言葉こそ出ていませんが、依然として、中国による「力による現状変更」という企みに対し、強い警告を与えた格好です。
そういえば、今年10月25日から27日にかけて、安倍総理が中国を訪問した話題については、『安倍総理歓待する中国の気持ち悪さと日中スワップ巡る誤解』でも触れましたが、中国側の歓待ぶりが目立ち、「日中関係が好転した」などと報じられたのも事実です。
しかし、少なくとも私がこの安倍総理の発言を見たところ、「中国と基本的価値を共有している」という表現はまったく出ませんでしたし、相変わらず国際的な記者会見の場で、名指しこそ避けつつも、しっかりと中国のことを批判する姿勢は健在であり、まずはひと安心です。
「言及した国」ではなく「言及しなかった国」が大事
そのうえで、安倍総理は
「各国から首脳たちが集まるこの機会を利用し、多くの首脳たちと会談を行いました」
と述べ、ロシアのプーチン大統領、シンガポールのリー首相、インドネシアのジョコ大統領、フィリピンのドゥテルテ大統領などに言及。
このうちロシアについては「戦後70年以上残されてきた課題を、次世代に先送りせず、必ず終止符を打つ」と述べ、来年、G20の場でプーチン氏を日本に迎える前に、安倍総理がロシアを訪問し、平和条約交渉を加速させる意思を示しました。
また、ASEAN諸国については、「開放性、透明性、経済性、対象国の財政健全性といった国際スタンダードの下に、日本はこれからも、基本的価値を共有する国々と力を合わせて、この地域の発展のため、質の高いインフラ整備を力強く支援していく」と述べています。
つまり、安倍総理はオーストラリアを「基本的価値を共有する特別なパートナー」と位置付けたうえで、ASEAN諸国についても「基本的価値を共有する国々」、ロシアについては「平和条約を締結する」という考えを示した格好です。
私自身、ロシアについては信頼してはならない国だと考えていますが、北方領土問題を棚上げして平和条約締結を優先させる考え方自体は歓迎したいと考えています(『北方領土問題、最終的に時間が日本に味方する』参照)。
また、ASEAN諸国(とくにインドネシア)についても全幅の信頼を置くべきではないと考えていますが(『次の「通貨危機予備軍」・インドネシア経済をレビューする』参照)、それでも、中国に対する牽制という観点からは、「価値観」をベースに連携を呼びかける安倍総理の姿勢は非常に正しいといえます。
ただ、私自身は、この安倍総理の記者会見で、「言及された国」ではなく、「言及されなかった国」に注目したいと思います。なかでも気になるのは、私たちの隣国である中国と韓国です。
安倍総理は環太平洋パートナーシップ(TPP)加盟国に加え、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)に言及した際に、「ASEAN、日本、インド、中国、韓国、豪州、ニュージーランド」に言及していますが、地の文では中国と韓国には言及していません。
裏を返せば、中韓との首脳会談を実施していないからです。
行間から読む、日中韓関係
中国に言及しなかったことは理解できる
先ほども申しあげたとおり、中国について言及していない理由は、安倍総理が中国を潜在的な脅威とみなしているからでしょう。なぜなら、中国は明らかに、日本とは「基本的価値」を共有していないからです。
日中における基本的価値の対立
- 自由主義vs全体主義
- 民主主義vs独裁体制
- 資本主義vs共産主義
- 法治主義vs人治主義
- 人権尊重vs人権無視
- 平和主義vs中華思想
考えてみればわかりますが、日本の政権与党・自由民主党は、2012年12月の衆議院議員総選挙以降、5回連続して大型国政選挙を制しているのに対し、中国を実質的に支配している中国共産党は、過去にただの1度も、民主的に行われた選挙で多数を制したことはありません。
中国が民主主義と相容れない異形の大国であることは間違いありません。
ただ、今回の記者会見で安倍総理が中国に言及していないとしても、とくに不自然さはありません。というのも、先ほども申しあげたとおり、安倍総理自身が先月、中国を訪問し、習近平(しゅう・きんぺい)国家主席らとの会談を行っているからです。
なぜ安倍総理は韓国に言及しなかったのか?
それでは、安倍総理が韓国の文在寅(ぶん・ざいいん)大統領について言及していない(つまり日韓首脳会談が開かれなかった)ことは、いったいどう考えれば良いのでしょうか?
これについては日曜日、産経ニュースが次の記事の中で「戦略的放置」論を唱えています。
安倍首相帰国 文大統領とは「戦略的放置」(2018.11.18 20:32付 産経ニュースより)
産経ニュースによると、安倍総理が文大統領と会談しなかった理由を、
「元徴用工による訴訟で韓国最高裁が日本企業に賠償を命じた判決への対応を示せない文氏と会談しても無意味だと判断、『戦略的放置』に徹したようだ」
と解説しています。そのうえで、産経ニュースによれば、安倍総理は15日のシンガポールでのASEAN関連首脳会議、17~18日のAPEC関連会合など、あわせて4回、文在寅氏と接触したものの、
「首相同行筋によると、最初のASEANプラス3(日中韓)では文氏が安倍首相に駆け寄り握手を求めた。首相は握手こそしたものの、話しかけてきた中国の李克強首相に顔を向けたという。」
などと報じています。
要するに、日本政府は韓国の徴用工判決では国際法違反の状態が生じていると考えており、それを解消するというボールは韓国側にある、というわけであり、これについては産経ニュースも「ボールは向こうにある。文氏と会談する状況にはない」とする外務省幹部の発言を引用しています。
本当に「徴用工」だけか?
ただ、産経ニュースには非常に申し訳ないのですが、安倍総理と文在寅氏の対話がなされなかった理由は、「徴用工判決」以外にもあると思います。
昨日も『「韓国ザマ見ろ」ではない、日本への打撃も覚悟の日韓断交論』で申し上げましたが、日韓関係は現在、徴用工判決以外にも、さまざまな課題を抱えています。
たとえば、2015年12月の「日韓慰安婦合意」に基づき、韓国政府が設立した「和解・癒やし財団」(いわゆる「慰安婦財団」)を、韓国政府は解散させる意向を示しています(『もし本当に韓国政府が今月中に「慰安婦財団」を解散したら?』参照)。
また、問題が山積するのは「米韓関係」についても同じであり、韓国自身が、米国との関係を破綻させようとしている、という点についても、無視してはならないでしょう(『韓国が「ツートラック外交」追求のうちに米韓同盟は破綻へ?』参照)。
それだけではありません。すでに日本や米国が、韓国に対する部分的なセカンダリー・サンクション(二次的制裁)に踏み切り始めているのではないか、という情報があります(『フッ酸輸出制限はおそらく事実 ではそれが意味するものは?』)。
図らずも、今回のAPEC、ASEAN関連会議では、日韓関係が近い将来、本格的に破綻の危機に瀕する(いや、すでに瀕している)ということが露呈した気がします。
日本が大事にすべき国
さて、当ウェブサイトでは常々、「外交関係もしょせんは人間関係の延長」として理解すべきだ、と主張しています。外交といえば、普通の人は「何か難しいこと」だと思っているかもしれませんが、全然そんなことはありません。なぜなら、国も結局は人間の集合であり、外交は人間関係の延長だからです。
さて、人間関係には、大きく「縁戚」、「友人」、「利害関係」という3つの種類があります。
このうち、「縁戚」(家族、配偶者、親戚など)を除けば、「利害関係」とは、嫌でも仕事場などで付き合わねばならない人(たとえば上司や部下など)、「友人」とは「ウマが合う人」です。
人間関係でいう「利害関係を共有している人」は、外交関係でいえば「戦略的利益」を共有している国、「友人」とは「基本的価値」を共有している国です。
何を共有しているのか?
戦略的利益を共有している | 戦略的利益を共有していない | |
---|---|---|
基本的価値を共有している | ①基本的価値、戦略的利益のいずれも共有している | ②基本的価値を共有しているが、戦略的利益を共有していない |
基本的価値を共有していない | ③基本的価値を共有していないが、戦略的利益を共有している | ④基本的価値、戦略的利益のいずれも共有してない |
このうち、①、つまり「①基本的価値、戦略的利益のいずれも共有している」国こそが、外交関係で最も重視すべき国であり、日本にとっては、たとえば米国、英国、フランス、豪州、インド、ニュージーランド、カナダ、台湾などの国が該当します。
一方、②については、見た目は基本的価値を共有しているものの、利害が対立する国(たとえばドイツなど)が該当します。このような国とは、表面的には仲良くしつつも、そこまで深い関係にこだわる必要はないと思います。
さらに、③については、非常に扱いに困ります。基本的価値を共有していない以上、友人としての付き合いができる相手ではないからですが、無視するわけにもいかないからです。その典型的な事例は、中国やロシアでしょう。
そして、④については、もはや友好国でも何でもありません。安倍政権は、どうやら韓国を「基本的価値、戦略的利益」のいずれも共有する相手とは考えていないらしいのですが、北朝鮮についても同じように位置付けるのが良いのかもしれません。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
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安倍首相は外交では100点満点に近いですが、国内の入管法・労働法関係の立法や経済政策に関しては失点が増えてきました。
そっちの方にも目を向けるべきなのではないかと。
りょうちん様にまったく同感です。
外交面は非常に評価できる一方、内政に関しては「おいおい」みたいな感じが否めません。
外国人労働者の受け入れに関してはあまり賛成できないですし。
まず法律など受け入れの基盤や骨組みをきちんと形成してからでなければ、雇用側や労働者側にも
困惑やトラブルが出てくることは予想されますよ。
日本はそれでなくとも保守的なのですから……
ただ韓国人労働者の受け入れには正直気が進みまないにゅるすです。