次の「通貨危機予備軍」・インドネシア経済をレビューする

米国が利上げに踏み切れば、新興国では通貨危機への懸念が生じます。これは別に今に始まった構造ではありませんが、実際、トルコやアルゼンチン、ベネズエラなどの各国が経済苦境にあるという話題を耳にします。ただ、こうしたなかで意外な盲点がインドネシアでしょう。本日は、普段あまり焦点が当たることのないインドネシア経済について、「通貨」という側面から概況をレビューしておきたいと思います。

インドネシアと日本

読者コメントに感謝!

昨日、りょうちん様からこんなコメントを頂きました。

インドネシアに通貨危機のようですね。/まあインドネシアは日本との円スワップがあるので、そっちを先に使うでしょうが、地味に韓国ともスワップ協定を結んでいたようです。/まあルピーとウォンを交換したところで何の意味もないのでしょうが。

また、これを受けて、むるむる様からもこんなコメントを頂きました。

ブルームバーグで現状を書かれていたので参考までに貼っときます。/現状では対応できるとインドネシア政府は言っていますが通貨下落に歯止めが効かなければ/通貨危機が現実になるので正に正念場です。/ここでインドネシアが対応に失敗すればドミノ式に通貨危機が飛び火する可能性も大変高いので韓国も悠長としてはいられないはずですが……何を考えているのか反日で盛り上がっているのでこのままにしておきましょうww

頂いたコメントにあったリンクが、これです。

インドネシア経済は97年よりずっと力強い、通貨安が力の源泉-世銀(2018年10月4日 16:14 JST付 Bloombergより)

「インドネシアは通貨安の影響も受け、(通貨危機に襲われた)1997年の状態よりも強い」――。

果たして、このブルームバーグの記事のタイトルにある言葉は本当でしょうか?

結論から言えば、そんな単純なものではありません。これについて、スワップ協定などを含め、いくつかの情報を調べてみました。

インドネシアと高速鉄道事件

インドネシアといえば、東南アジア諸国連合(ASEAN)最大の人口と面積を誇る国であるとともに、資源国であり、さらには発展途上国ながらもG20を構成する国の1つでもあります。さらには、1人当たりGDP水準は日本の10分の1に留まりますが、言い換えれば経済発展の伸び代が大い国です。

そして、重要なことに、インドネシアでは国民の親日感情も強く、安倍政権が掲げる「地球儀を俯瞰する外交」において、インドネシアとの良好な関係は重要なパズルのピースの1つであることは間違いありません。日本とインドネシアは、ある意味で補完し合い、相思相愛の関係になることができるのです。

ただ、インドネシアがわが国の外交戦略上にも非常に重要な相手国であることは間違いないにしても、対インドネシア外交を論じる際には、「新幹線輸出事件」を忘れてはなりません。

これは、日本企業のコンソーシアムが新幹線のインドネシアへの輸出を目指し、カネを掛けて地形やルートの調査を行い、そのレポートをインドネシア側に渡したところ、インドネシア政府はこのレポートを中国にそのまま横流しし、結果的に案件そのものを中国にかっさらわれたという事件です。

この事件については、当ウェブサイトでは1年以上前からテーマとして追いかけており、いくつかの記事にまとめていますので、本日はその事件の概要、案件の詳細などについて、あらためて繰り返すつもりはありません(※記事のリンクは本稿の末尾に置いておきますので、ご興味があれば、是非、お目通しください)。

対インドネシア外交は日本にとっても試金石

ただ、これらの記事を読んで頂ければわかると思いますが、私は日本国民の1人として、インドネシアの態度には深く失望し、かつ、怒りを抱いています。なぜならば、インドネシアがやったことは、明らかな信義則違反だからです。

現時点で流れている報道を見る限りは、高速鉄道の案件は順調に迷走しているようですが、これもポピュリストのジョコウィドド大統領が中国の甘言に釣られたというのも、ある意味ではジョコ大統領自身の自業自得のようなものでしょう。

ジョコ大統領自身は来年4月の大統領選で再選されるのか、落選するのかは知りません。しかし、「ジョコ大統領の再選を助けるために、日本がインドネシアに救いの手を差し伸べる筋合いのものではありませんし、インドネシアとジョコ政権については明確に分けて考える必要があります。

個人的には、ポピュリストのジョコ大統領が落選すれば、改めて日本がインドネシア政府に対し、中国との高速鉄道契約を破棄することと引き換えに、日本が新幹線方式で鉄道建設事業を請け負う、という提案がやりやすくなると思います。

外交とは「お友達ごっこ」ではありません。もちろん、相手国との友好は大切ですが、国益を犠牲にしてまでも相手国に譲歩するという必要などありませんし、ときとして相手国に国際社会の厳しい現実を突きつけてやることも必要でしょう。

インドネシアはもともと親日国であり、経済発展の伸び代も大きく、中国に代わる日本企業の進出先としても有望な国ですが、それと同時に、ジョコウィドド大統領のような「ポピュリスト政治家」が大統領に選ばれてしまうような国でもあります。

友好関係を大切にしつつも、必要ならば相手国を冷たく突き放すことができるかどうか――。

その意味で、対インドネシア外交は、日本外交にとっても重要な試金石といえるのかもしれません。

通貨ポジションの脆弱さ

インドネシアの経済と通貨

さて、冒頭でも紹介したとおり、インドネシアといえば、ASEAN最大の人口と面積を誇る大国です。

総務省統計局が発表する『世界の統計2018』から、インドネシアの基礎データと、対比するために日本の情報を引っ張っておきましょう(図表1)。また、人口と1人当たりGDPに限定して、インドネシアをほかのASEAN諸国と比較しておきましょう(図表2)。

図表1 インドネシア経済(vs日本)
項目インドネシア日本
人口261,115千人126,933千人
面積1,910,931㎢377,972㎢
名目GDP9323億ドル4兆9474億ドル
1人当たりGDP3,570ドル38,968ドル
輸出高1443億ドル6449億ドル
輸入高1355億ドル6070億ドル

(【出所】総務省統計局『世界の統計2018』。数値はすべて2016年のもの)

図表2 ASEAN主要国の人口と1人当たりGDP
人口1人当たりGDP
インドネシア261,115千人3,570ドル
シンガポール5,622千人52,814ドル
マレーシア31,187千人9,508ドル
タイ68,864千人5,911ドル
フィリピン103,320千人2,951ドル
ベトナム94,569千人2,171ドル

(【出所】総務省統計局『世界の統計2018』。数値はすべて2016年のもの)

(※余談ですが、シンガポールの1人当たりGDPが日本をはるかに上回っているという点については、「失われた20年」で日銀のデフレ政策、財務省の増税原理主義がいかに日本経済を疲弊させたかという証拠ですが、この点については本日は敢えて触れません。機会があれば、またじっくとり議論します。)

この数字から判明することがあるとすれば、次のような点でしょう。

インドネシアは日本の5倍の国土、2倍の人口を抱えているが、1人当たりGDPは日本の10分の1以下に留まっている。

インドネシアはASEAN諸国のなかでも最大の人口を抱えているが、シンガポール、マレーシア、タイと比べると1人当たりGDPは非常に低い。

いわば、経済的には非常に伸び代がある国ですが、ただ、人口の多くがジャカルタ首都圏に集まっており、ジャカルタ首都圏の人口は2000万人を超え、慢性的な交通渋滞による生産性の低迷に苦しんでいる状況にあります。

このため、インドネシアの課題は、まずは遅れた社会インフラの整備にありますが、人口がジャワ島に集中しているため、集中的に投資すれば効率良く経済発展できるという基盤があることも間違いありません。

通貨ポジションはとても脆弱

ただ、そんなインドネシアは、マクロ経済的に見れば、何かと脆弱な国でもあります。

国際通貨基金(IMF)の統計によれば、2018年4月時点でインドネシアの外貨準備高は1214億ドルですが(※)、対外債務(※)は3345億ドル(2016年12月時点)であり、もし通貨危機が発生すれば、ひとたまりもありません。

(※各国が発表する外貨準備高や対外債務などの正確な統計については IMF e-library data から International Reserves and Foreign Currency Liquidity (IRFCL)やBalance of Payments and International Investment Position(BOP)でダウンロード可能です。)

通貨危機のメカニズムは、簡単にいえば、外国の投資主が「インドネシアは危ないのではないか?」と考え、インドネシアからおカネを引き揚げることで発生します。当然、為替市場ではインドネシアの通貨(ルピア)を売却して米ドルなどを購入する動きが発生しますので、ルピアは暴落するはずです。

また、「暴落」とまではいかなくても、外国人投資家が徐々にインドネシアから資金を引き揚げていけば、徐々にインドネシアの通貨の価値は下落していきます。とくに、昨今のように米国が利上げをしていけば、相対的に新興国資産の期待収益率が低下しますので、どうしても通貨には下落圧力が加わります。

実際、WSJの為替のページからインドネシアの通貨の為替相場を見てみると、今年の初め頃とくらべて、すでに10%以上、為替相場は下落しています。

ルピアの対ドル・レート
  • 2018/01/02…13500
  • 2018/10/04…15170

(※この数値は1ドル当たりのルピアの価値なので、値が大きくなるほどルピアの価値が落ちている、という意味です。)

そして、通貨が暴落したら、大きく、

  • 自国通貨建てで見た外貨建て借入金の負担が重くなる。
  • 輸入品の物価が暴騰する。

という2つの問題が生じてしまいます。

そこで、新興国政府はこのような事態を防ぐために、自国通貨が暴落しそうになった時に、通貨防衛をしなければならないのです。

通貨防衛の方法とは?

通貨防衛とは、自分の国の通貨が暴落しないようにすることです。方法は大きく2つあります。

1つ目は、利上げなどの金融引き締めです。自分の国の金利を上げれば、短期的な投資家のマネーを呼び込む効果が期待できます(『韓国とアルゼンチン、隣に日本があるのとないのとでは大違い』でも紹介した、アルゼンチンが政策金利を60%に引き上げた話題は、その典型例でしょう。)。

韓国とアルゼンチン、隣に日本があるのとないのとでは大違い

ただ、利上げをしてしまうと、国民経済に大きな打撃が生じることが一般的です。とくに、家計債務比率や企業債務比率が高い国だと、利上げによって利払い負担が重くなってしまいますし、政権に対する国民の不満も高まり、暴動が起こることもあります(※新興国ではしばしば、本当に暴動が起こります)。

そこで2つ目は、為替介入(買い介入)です。この為替介入(買い介入)とは、中央銀行などが外国為替市場で外貨準備(米ドルなど)を売って、自国通貨を直接、買い支えるオペレーションのことです。また、外国(たとえば日本など)に頼んで、自国通貨を買ってもらうということもあります。

買い介入は国民経済に直接的な負担が生じないので、一番やりやすいのですが、この手法には決定的な欠点があります。それは、「持っている外貨準備の残高が尽きたらお終いだ」、という点です。

インドネシアは外国からおカネを借りたり、投資してもらったりすることで、さまざまなインフラを建設しているのですが、外国から見てインドネシアの信用状態が非常に悪化すれば、とくに短期資金は容赦なくインドネシアを見捨ててインドネシアから出ていきます。

もちろん、インドネシアの中央銀行が十分な外貨準備を持っていれば、少なくとも足の短い短期資金が逃げたとしても、通貨防衛には成功します。しかし、現状で見る限り、インドネシアが通貨防衛できるだけの、対外債務に見合った十分な外貨準備を持っているとは考えられません。

通貨スワップ協定

インドネシアの540億ドル分の通貨スワップ

そこで、外国から受ける支援の1つが、通貨スワップです。英語で “Biltareral Currency Swap Agreement” と表現し、わが国ではこれを「BSA」と略すのが一般的です。

このBSAは、支援を受ける国(たとえばインドネシア)が、自国の通貨(この場合はルピア)を支援国(たとえば日本)に預け、その代わりに相手国から外貨(たとえば米ドル)を受け取る、という国際的な協定のことです。

インドネシアとしては、外貨が足りなくなったときに、外国からBSAによって外貨を調達することができます。インドネシア中央銀行のウェブサイトを検索したところ、現在、同国は日本、韓国、中国、オーストラリアとの間でBSAを締結しているようです(図表3)。

図表3 インドネシアが外国と締結する通貨スワップ(BSA)
契約相手相手国提供通貨自国提供通貨
日本227.6億米ドル(金額不明)
中国1000億人民元175兆ルピア
韓国10.7兆ウォン115兆ルピア
オーストラリア100億豪ドル100兆ルピア

(【出所】インドネシア中央銀行ウェブサイトより著者作成)

ここで、WSJの昨日時点のヒストリカル・データをもとに、

  • 1米ドル=6.8689元
  • 1米ドル=1133.53ウォン
  • 1豪ドル=0.7079米ドル

という数字を当てはめると、「相手国提供通貨」は

  • 中国…1000億人民元≒146億米ドル
  • 韓国…10.7兆ウォン≒94億米ドル
  • 豪州…100億豪ドル≒71億米ドル

であり、インドネシアが保有している通貨スワップ(BSA)の合計額は約540億米ドル、といったところでしょうか?

使い物にならない通貨スワップ(BSA)

ただ、インドネシアが保有しているこれらの通貨スワップ(BSA)は、見た目こそ500億ドルを超えているように見えますが、危機の際に使い物になるスワップは、日本との米ドル建ての通貨スワップと、米国との豪ドル建ての通貨スワップの2つに過ぎません。

というのも、中国の人民元、韓国の韓国ウォンは、どちらも国際的な為替市場では広く取引されていないローカル通貨であり、そんな通貨を受け取ってもまったく役に立たないからです。

まず、そもそも中国との通貨スワップについては、人民元を受け取っても、それを中国国外に持ち出せるかは疑問です。また、よしんば持ち出せたとしても、1000億人民元という金額を米ドルに両替できる市場などありません。香港のオフショア人民元市場でも、市場のサイズが小さすぎてパンクしてしまいます。

韓国との通貨スワップに至っては、むしろ韓国ウォンを米ドルに両替するときに、韓国を道連れに通貨危機になってしまいかねません。

このように考えていけば、どうもインドネシアが保持している通貨スワップには、実効性に疑念があるのです。

CMIMも役立たず?

一方で、「チェンマイ・イニシアティブのマルチ化協定」というものがあります。これは、アジア通貨危機後に創設された「チェンマイ・イニシアティブ」に基づく多国間のスワップ網を、「多国間協定」に変更したものであり、インドネシアは危機に際して227.6億米ドルを受け取ることができます。

図表4 CMIMの概要
拠出額引出可能額
日本768億ドル384億ドル
中国(※)768億ドル405億ドル
韓国384億ドル384億ドル
インドネシア、タイ、マレーシア、シンガポール、フィリピン各91.04億ドル各227.6億ドル
ベトナム20億ドル100億ドル
カンボジア2.4億ドル12億ドル
ミャンマー1.2億ドル6億ドル
ブルネイ
ラオス
各0.6億ドル各3億ドル
合計2400億ドル2400億ドル

(【出所】財務省・2014年7月17日付ウェブサイト「別添2」。ただし、中国については香港との合算値。また、香港はIMFに加盟していないため、中国の引出可能額に占める「IMFデリンク」の額は他の国と異なる)

しかし、このCMIMにしても、引き出し額が30%を超える場合には、IMFの介入が必要となってしまいます。このため、アジア通貨危機で20年前にIMFの支援を受けたこともあるインドネシアが、再びIMFの介入を許すとも思えません。

さて、通貨ポジションが脆弱なインドネシアが再び通貨危機に巻き込まれるのかどうか、裏のテーマとしてはじっくり見極めたいと思います。

関連記事

本文中で述べた、インドネシアの高速鉄道事件に関連するリンクを示しておきます。もしご興味があれば、ぜひ、これらの記事についてもご参照ください。

引続き当ウェブサイトの政治経済評論をお楽しみ下さると幸いです。

読者コメント一覧

  1. 韓国在住日本人 より:

     インドネシアとのswapは微々たるもので役に立たない可能性は高いものの、韓国はそれすら引き出して米ドルに換金してしまいそうな気がします。そうなるとインドネシアルピアは暴落しますので、今度はインドネシアが日本とのswapを発動させます。つまり、回りまわって日本がインドネシアを仲介した日韓swapを締結している状況になるのではと思いますが如何でしょうか?

    駄文にて失礼します

    1. りょうちん より:

      まあその場合、強力な嫌韓国がまたひとつできるだけですがね。
      それより、中国に、またいろいろ乗っ取られることになると思います。
      日本と並ぶ規模のスワップが、元なので元でお買い物できる様なものしか輸入できません。
      中国は莫大な米ドルを持っているのですから、真剣にインドネシアを救済するのが目的ならば日本のように米ドルでのスワップを供給して上げればいいわけなのに、インドネシアルピー-元で交わした時点で、政治的意図は明確ですわ。

    2. むるむる より:

      インドネシアと韓国以外にもフィリピンも政治と経済が結構やばい上に地政学的な要所の為、米中の介入避けられないので上記の2国とは別の意味でヤバいので頭の片隅に入れておいてください。

      現在のフィリピンの大統領が健康上の問題から退任を口にしているので現実になれば次期大統領選は米中の覇権争いの場になります。
      通貨危機の可能性があるフィリピンに米中の覇権争いは凶と出るか吉と出るか不明です。

      それと米国がtppを自国100%有利にした新NAFTAを日欧に強制加入を迫って来るそうです。
      非市場国との貿易を禁止する内容も含まれているそうで反中国政策と言えば良いのですが米国有利を強制している点では最悪の枠組みです。最悪の限りですね。
      https://jp.wsj.com/articles/SB10174653378051494177104584510560769690126

※【重要】ご注意:他サイトの文章の全文引用はお控えください!発見次第、削除します。

コメントに際しては当ウェブサイトのポリシーのページなどの注意点を踏まえたうえで、ご自由になさってください。また、メールアドレス、URLの入力は必要ありません(メールアドレスは開示されません)。なお、原則として頂いたコメントには個別に返信いたしませんが、必ず目を通しておりますし、本文で取り上げることもございます。是非、お気軽なコメントを賜りますと幸いです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。