ベネズエラ・ショックに見る経済理論の正しさ

トルコに続き、南米・ベネズエラでも通貨危機です。ただ、ベネズエラの場合はもはや経済が崩壊状態にあるとのこと。このような議論が出てくると、必ず、「日本も今のように紙幣を刷りまくっているとすぐにハイパー・インフレになる」、といった現実を見ない暴論が出てくる気がするのですが、その前に、まずは現実に通貨危機について正しく学ぶ必要があります。

南米・ベネズエラの危機

WSJ、「ベネズエラ経済が崩壊」

米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が日本時間の昨日、経済が実質的に崩壊状態にあるベネズエラから近隣諸国への難民が問題化していると報じています。

Venezuelan Crisis Escalates as President’s Economic Plans Fuel Tensions(米国夏時間2018/08/19(日) 20:01付=日本時間2018/08/20(月) 09:01付 WSJより)

これがもう壮絶な状況です。

リンク先のWSJ記事は英語版であり、かつ、契約をしていないと全文を読むことができないため、全文の引用は控えますが、簡単に要点を紹介すると、次のとおりです。

  • ニコラス・マドゥーロ大統領は経済崩壊への対策として、最低賃金の大幅な引き上げ、新税の導入、通貨のデノミなどを検討しているが、事業者らからは経済の麻痺と難民流出が加速する恐れがあると警告を発している
  • 国連の推計では2014年以降の難民は230万人にも達すると見られている
  • ブラジルでは国内の治安維持などを目的に120人の兵士が国境付近で哨戒に当たる一方、エクアドルではベネズエラからの入国者にパスポートを徴求し始めた
  • ペルーでは銀行強盗を計画したとして5人のベネズエラ人が拘束されている
  • なかでもコロンビアは100万人ていどのベネズエラ人を受け入れており、米海軍の病院船に支援を要請している

…。

これこそまさに、経済の崩壊状態と呼ぶのに相応しいでしょう。

長引く停電により原油の生産も滞り、原油に依存したベネズエラ経済は深刻な打撃を受け、ベネズエラの通貨「ボリバル・フェルテ」(VEF)は1ドル=10ボリバル程度(公式レート)だったものが、今年の2月7日に、突如1ドル=24987ボリバルに急落しています(図表)。

図表 公式為替相場
日付1ドルあたり比較
2018/02/0610.0643
2018/02/0724987.4963+248179%
2018/07/27119850.0001+380%
2018/08/17248509.0002+107%

(【出所】『マーケット・ウォッチ』より著者作成)

しかし、WSJの記事によれば、「ブラック・マーケット」で成立している闇相場は1ドル=500万ボリバルを超える通貨安であり、年率インフレ率は優に1000%を超えている状態にあるとされています。

では、なぜベネズエラ経済はここまでの状態になってしまったのでしょうか?

独裁政権による政権運営の失敗

これについては、金融面と政治面の両面から見てあげる必要があります。まずは外務省のウェブサイトなどを参考にしつつ、チャベス政権から続く「21世紀型の社会主義」の失敗を概観しておきましょう。

もともとベネズエラは民主的な二大政党制が継続して来ましたが、国内の貧困層に対する有効な対策を取らなかっただけでなく、政治、司法の私物化、汚職などへの貧困層の不満が高まり、クーデター未遂事件を経て、ウゴ・チャベスが大統領に就任します。

チャベスは1999年に大統領に就任すると、「21世紀型の社会主義」と反米を掲げ、貧困層から圧倒的な支持を得ました。途中、2002年4月には政変が発生したほか、大規模なゼネストに直面するなどしたもの、ベネズエラ石油公社を掌握するなどし、権力基盤を固めます。

ただ、チャベスが癌のため、2013年3月に死去すると、腹心でチャベスから後継者として指名されていたマドゥード現大統領が2013年4月の大統領選を僅差で制し、結果的には「チャベス路線」が継続されることになりました。

その後、経済の極度の悪化に伴い治安も悪化するなど、情勢は非常に悪く、2015年12月の議会選では野党が3分の2議席を獲得し、翌2016年には年内の大統領罷免投票の実施を目指したものの、政権の意向を受けた全国選挙評議会がこれを妨害し、結局は大統領罷免投票は実現していません。

さらに、2017年5月には、マドゥーロ政権が一方的に「制憲議会」の招集を発表し、7月30日に「制憲議会議員選挙」を実施したものの、野党側がこの選挙をボイコット。さらに、今年5月には大統領選が行われ、全国選挙評議会はマドゥーロ大統領の再選を宣言したとのことです。

マドゥーロ大統領の任期は来年1月までであり、大統領選が行われた5月のタイミングでは、まだ任期は9ヵ月近く残っていた計算です。また、この外務省の記述を見ても、大統領選挙における不正投票の疑いはかなり濃厚です。

実際、この「大統領選」を受けて米国側も直ちに反応。次の産経ニュースによれば、ドナルド・J・トランプ米大統領はベネズエラ大統領選を「自由でも公正でもない」としたうえで、同国政府の債券、政府系企業の株式などを米国人が取引することを禁止する大統領令を出しています。

米、ベネズエラ制裁の大統領令 マドゥロ氏再選認めず 資金調達規制で石油部門への影響必至(2018.5.22 08:55付 産経ニュースより)

独裁政権が民主主義的な手続を嫌い、反対派を抑圧するのは、古今東西の共通点ですが、それにしてもベネズエラのケースは酷いと言わざるを得ません。本来は豊かなはずの産油国でありながら、どうしてここまで国をめちゃくちゃにしたのかと考えてみると、やはり他国のことながら、本当に残念でなりません。

典型的な「通貨の刷り過ぎ」

一方、貨幣現象から見ると、ベネズエラは典型的な「通貨の刷り過ぎによるハイパー・インフレ」を起こした国です。国際通貨基金(IMF)のデータによれば、ベネズエラの今年のインフレ率(予想値)は13860%(!)であり、その異常さがよくわかるでしょう。

現地・ベネズエラでは、すでに2年半前の時点で、厳しい食糧事情について解説した記事がありました。

You Can Print Bolivars, But Not Food(2016/02/12付 Caracas Chroniclesより)

「紙幣は印刷できても食品は印刷できない」、という意味でしょうか。記事の副題に

Venezuela’s dependence on imported food has grown enormously since 2008. What happens when you just can’t afford to keep buying food abroad?

とあります。意訳すれば「2008年以降、ベネズエラの食糧の海外依存度が急上昇していた/外国から食品が買えなくなるとどうなるか?」という意味ですが、記事の写真を見ると、スーパーの精肉コーナーと思しき場所で、空っぽのショーケースに

“NO HAY CARNE” (肉はありません)

と記載されているという、実にシュールなものです。要するに、紙幣を沢山刷ったところで、国内で生産できないモノを外国から買ってくることはできないのです。考えてみればわかりますが、ベネズエラの通貨・ボリバルは、ベネズエラ国外では通用しないという、典型的な「ソフト・カレンシー」です。

ベネズエラが外国から製品を買うためには、外貨が必要です。しかし、現在のベネズエラは、米国からの経済制裁により、ダイレクトにドル建て債券などを発行することはできず、石油生産に必要な資本財のみならず、人々が日常的に食べる食事すら事欠いている状況にあるのです。

このような状態で無計画に紙幣を刷ればどうなるでしょうか?

国内にあるモノが限られた状態でカネだけが増えれば、需要と供給のバランスに従い、片方(モノ)の価格が上昇し、もう片方(=カネ)の価格が暴落するのは当たり前です。ジンバブエや北朝鮮で貨幣経済が崩壊したのも、基本的な原理は同じと考えて良いでしょう。

まさに理論どおり

基本的にトルコ・ショックとは無関係

さて、先日、『「国際収支のトリレンマ」から見るトルコ・ショックの本質』と『トルコ・ショックはアルゼンチン、韓国などに波及するのか?』という論考の中で、「トルコ・ショック」について簡単にコメントしました。

「国際収支のトリレンマ」から見るトルコ・ショックの本質

トルコ・ショックはアルゼンチン、韓国などに波及するのか?

ごく簡単に申し上げれば、トルコの通貨・リラが対ドルで急落した直接のきっかけは、あくまでもドナルド・トランプ大統領によるトルコに対する経済制裁にありますが、実は、トルコという国自体、エルドアン大統領の個性が強すぎるためでしょうか、中央銀行の独立が確保されておらず、もともと通貨は脆弱でした。

このため、「トランプ大統領が通貨安の原因」と見るのは正しくありません。あくまでも、「過大なインフレ状態にあるのに、必要な金融引締めをやらないトルコ中央銀行の無能さ」にあります。それが「トランプ・ショック」で表面化したに過ぎません。

ここで、「金融引締め」とは、何でしょうか?

ごく簡単にいえば、世の中のおカネの量を減らすことです。あるいは、おカネを借りるコスト(金利)を引き上げること(つまり「利上げ」)も、「金融引締め」のやり方の1つです。

現代社会では、中央銀行がおカネを発行しています。これはトルコでもアルゼンチンでも米国でも日本でもまったく同じです。そして、中央銀行はおカネの量を調節することで、インフレ率や失業率などをコントロールすることが可能です。

脆弱な国が狙い撃ちにされる

ベネズエラのケースを要約すれば、もともと、政府の汚職、司法の私物化などが激しく、貧困層対策も不十分だったところに、チャベスのような極端な「社会主義者」が出現し、企業を国有化するなどめちゃくちゃな経済政策をやって、経済が破綻寸前になっている、と考えれば良いでしょう。

一方、トルコの場合は、曲がりなりにも強力な指導力を持つエルドアンという指導者が出現し、一応、社会全体は安定しているものの、エルドアン大統領自身が金融政策を決定的に理解していないため、やがてベネズエラのような将来が待っていないとは限りません。

実は、すでに全世界の為替市場は市場経済原理に組み込まれており、経済合理性に反する政権が出現すれば、その国の通貨は徐々に信認を失っていきます。全世界のどの国も、この経済合理性という枷から逃れることはできません。

そして、通貨危機が発生する国には共通点があります。

まずは自国通貨が「ハード・カレンシー」ではなく、「ソフト・カレンシー」、つまりローカル通貨であること。日本のようなハード・カレンシー国の場合だと、通貨を刷れば外国からいくらでもモノを買ってくることができますが、ベネズエラやトルコの場合は、そういうわけにはいきません。

次に、基本的に需要過多・供給過少であること。これは、工業生産力、農業生産力などの「生産力」の合計が、その国が求めている「需要」を上回っている状態のことを指します。ベネズエラ、トルコはいずれもこの条件を満たしています。

さらに、政府が強権的であったり、腐敗していたりするなど、民主主義の運営に、何らかの問題を抱えていることです。民主主義国だと、経済合理性に反した政権は選挙で追放されますが、完全な形での民主主義が期待できない国だと、ベネズエラのように、独裁政権が居座ってしまうということが発生します。

もっとも、政権基盤が脆弱過ぎて、コロコロ政権が代わるイタリアのような国も、逆の意味でリスクは高いといえますが…。

次に危ない国は、インドネシア?アルゼンチン?

さて、私自身、この3つの要件に当てはまって、次に「危ない国」とは、ずばり、インドネシアだと考えています。インドネシア自体が貿易赤字国であること、通貨・ルピアがソフト・カレンシーであること、何よりジョコウィドド大統領が極端なポピュリストであり、国際的な約束を反故にすること――がその根拠です。

もちろん、同じ意味ではアルゼンチンもこの条件に当てはまる可能性もありますが、アルゼンチンの場合はすでにドル債のデフォルトを経験しており、また、「トルコ・ショック」の直後に緊急利上げを実施したという経緯もあるため、今すぐ新たな危機が発生するとは限りません。

ただ、貿易黒字国であったとしても、突発的な通貨危機に見舞われる可能性はあります。

まず、中国のように、貿易黒字国であれば、「ベネズエラ型の破綻」(つまり外国からモノが買えなくなるようなタイプの経済破綻)は考え辛いのですが、まったく別の形の危機、もっと具体的に言えば、人民元と米ドルの為替相場と国内の金融政策がリンクする形で経済運営に行き詰まるケースはあるでしょう。

また、韓国の場合も貿易黒字国ですが、同時に外貨での借入額が多く、また、外貨準備も下手すると8割がウソかもしれないため(『数字で見る外貨準備 韓国の外貨準備高の8割はウソなのか?』参照)、ベネズエラ型の経済破綻は発生しなくても、突発的な通貨危機に晒されるリスクはあります。

(※なお、為替政策と金融政策のリンクについては、『トルコ・ショックはアルゼンチン、韓国などに波及するのか?』などですでに議論していますので、そちらをご参照ください。)

経済学を知らないで何を議論するのか?

さて、私自身は金融規制の専門家として、ごく小規模ながらもコンサルティング・ファームを営んでいます。ただ、日経新聞を筆頭に、世の中のメディアの金融報道を読んでいると、いつも苦々しい思いを禁じ得ないのも事実です。

はっきり申し上げて、経済学の基本知識がまったくない人たちが、「国の借金」だの「財政再建」だのと主張しているのは迷惑です。今回のベネズエラ・ショックを受けて、おそらく、「日本もおカネを刷り過ぎれば、いずれベネズエラのようなハイパー・インフレになる」とするトンデモ論を唱える人も出てくるかもしれません。

予め申し上げておくと、日本のように、世の中に出回るおカネの量が足りていない国の場合だと、日本銀行が積極的な量的緩和(QQE)を行い、資金(日銀当預)を増発し、それにより生じた余力をもって日本政府が大胆な財政政策を打てば、理論上はデフレから脱却できるはずです。

しかし、日本の問題点は、財政再建原理主義の財務省が「国の借金が多すぎる」というウソをばら撒いていることです。むしろ日本に必要な処方箋は「政府財政支出を拡大すること」ですが、これについては『「日本は財政再建が必要」という世紀の大ウソに騙されるな!』で解説しています。

「日本は財政再建が必要」という世紀の大ウソに騙されるな!

ただ、以前から私は、もう少し丁寧に、「資金循環統計」を使って「日本経済の全体像」を解説したいと考えて来ました。そこで、近いうちにもう1本、解説記事を執筆する予定です。どうかご期待ください。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. 牛島 より:

    ベネズエラを聞いてアンチグローバリゼーションの影響かなと思いましたが、調べていないです。
    財政再建が必要というのは社会保障の為に金がいくらでも必要という言い換えに感じます。
    誰も明日から年金健保やめますといえないし、それは至るところまで至るしかないのでしょう。

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