もしも中国がドル決済圏から除外されたら…?
最近、個人的に関心を抱いているテーマのひとつが、「米中金融戦争」ないしは「米中通貨戦争」です。もちろん、こんな「戦争」が正式に発生しているわけではないのですが、金融市場における米中の対立を眺めていると、両国の緊張が高まっていることは間違いなさそうです。こうしたなか、先月12日、トランプ米大統領は「国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づく大統領令」を出しています。中国がドル決済圏から除外されるのかどうかは来年以降も注目すべきテーマでしょう。
米中通貨戦争
以前の『数字で読む「人民元の国際化は2015年で止まった」』でも説明したとおり、中国の通貨・人民元の国際的な決済における取引量は徐々に増えつつあるとはいえ、2015年以降、足踏み状態が続いています。
つまり、人民元は依然として国際的な通貨とは言い難いのですが、こうしたなか、以前から個人的に気になっている話題のひとつが、「米中通貨戦争」ないしは「米中金融戦争」です。
もちろん、「米中通貨戦争」というものが米中両国において正式に宣言されているわけではありません。個人的に現在の状況をそう形容しているだけの話なのですが、ただ、実態を調べれば調べるほど、現在の状況が「通貨・金融戦争」と呼ぶにふさわしいように思えてなりません。
たとえば、ロイターが今年8月、こんな記事を配信しています。
焦点:「鉄のカーテン」再びか、ドル圏から締め出し恐れる中国
中国国内では、米国との関係が急激に緊張する中で、「金融戦争」の行き着く先としてドルを中心とする国際通貨システムから中国が締め出される恐れがあるとの不安が高まりつつある。<<…続きを読む>>
―――2020年8月16日8:01付 ロイターより
結論的にいえば、中国当局は最近、過去5年間停滞させていた人民元国際化の取り組みを再び強化している、というものであり、この点については当ウェブサイトでこれまで報告してきた内容とほぼ整合しているものでもあります。
MCFに対する警戒
一方で、米国の動向を読むうえで、ひとつのカギとなるのが「MCF」です。
英語の原文では “Military-Civil Fusion” とありますが、意訳すれば「軍民共同事業体」、つまり国としての軍事目的を偽装するために民間企業の体裁を取っている企業のことでしょう。これについては米国務省の説明がわかりやすいです。
What is Military-Civil Fusion (MCF)?
Military-Civil Fusion is a national strategy of the Chinese Communist Party (CCP) to develop the People’s Liberation Army (PLA) into a “world class military” by 2049. <<…続きを読む>>
―――米国務省HPより
国務省の説明を意訳すると、次のようなものです。
- 中国共産党は国家戦略として、人民解放軍を2049年までに「世界クラスの軍隊」に発展させようとしている
- 中国共産党はMCFを利用し、全世界の市民や研究者、学者、民間産業などによる知的財産、重要な研究成果、技術の進展をみずからの軍事目的に使用しようとしている
- 中国共産党は科学者やテクノロジー企業などを体系的に再編し、経済発展とともに軍事力の増強をもくろんでいる
…。
すなわち、民間企業の体を装って、スパイ活動など、米国内でさまざまな活動を行っていることを警戒しているのです。
IEEPAに基づく、先月12日の大統領令
こうしたなか、世間の注目が米大統領選に向いている間に、米国では先月12日付で、さりげなく、こんな命令が出ていました。
Executive Order on Addressing the Threat from Securities Investments that Finance Communist Chinese Military Companies
By the authority vested in me as President by the Constitution and the laws of the United States of America, including the International Emergency Economic Powers Act (50 U.S.C. 1701 et seq.) (IEEPA), the National Emergencies Act (50 U.S.C. 1601 et seq.), and section 301 of title 3, United States Code,<<…続きを読む>>
―――2020/11/12付 ホワイトハウスHPより
命令文の冒頭に出てくる「IEEPA」は「国際緊急経済権限法」と呼ばれる法律で安全保障や経済などにおける脅威が米国に迫っている際に、非常事態宣言を出したうえで金融制裁などを通じてそれらの脅威に対処する、というものです。
また、 “the National ”Emergencies Act” は「国家緊急事態法」、 “section 301 of title3, U.S. Code” は合衆国法典第3章(大統領)に関する規定のことで、どちらかというと緊急事態を宣言するための手続法であるため、この宣言のメインはやはりIEEPAでしょう。
トランプ大統領はこの命令文で、次のように述べます。
The People’s Republic of China (PRC) is increasingly exploiting United States capital to resource and to enable the development and modernization of its military, intelligence, and other security apparatuses, which continues to allow the PRC to directly threaten the United States homeland and United States forces overseas, including by developing and deploying weapons of mass destruction, advanced conventional weapons, and malicious cyber-enabled actions against the United States and its people. / Key to the development of the PRC’s military, intelligence, and other security apparatuses is the country’s large, ostensibly private economy. Through the national strategy of Military-Civil Fusion, the PRC increases the size of the country’s military-industrial complex by compelling civilian Chinese companies to support its military and intelligence activities. Those companies, though remaining ostensibly private and civilian, directly support the PRC’s military, intelligence, and security apparatuses and aid in their development and modernization.
抄訳して箇条書きすると、次のような宣言です。
- 中国は、米国内の資本を利用しつつ、軍事、諜報、セキュリティ機器などの開発と近代化を続けており、中国が米国本土と米国を直接脅かすことを可能にしている
- 中国は大量破壊兵器開発に加え、従来型武器の高度化、米国や米国民に対する悪意のあるサイバー攻撃などを続けており、このことは米国本土、米国外の部隊などに対する脅威である
- 中国によるこれらの軍事、諜報、セキュリティ機器などの開発は、表面上は民間企業が担っている
- 中国は軍産複合体の国家戦略を通じて、民間の中国企業に軍事および諜報活動を支援するように強いることにより、国の軍産複合体の規模を拡大している
…。
つまり、中国企業は民間企業の経済活動を装って、実態は米国内で資金を調達するなどし、中国の国家(あるいは共産党)の軍事活動を支援する、というものだ、というのがトランプ氏の主張です。
MCFに対する有価証券取引規制
そのうえで、トランプ氏は次のような点を「命令」しています。
- 東海岸時間2021年1月11日午前9時半以降、共産主義中国の軍事関連企業が発行する上場有価証券やそれらに関連する派生商品(デリバティブ)、それらを組み込んだ投資商品の売買が禁止される
- 東海岸時間2021年1月11日午前9時半以降、中国共産党の従業員と認定された個人はその認定から60日目以降、あらゆる上場有価証券、それらに関連するデリバティブ取引、それらを組み込んだ投資商品の売買が禁止される
ほかにも細かいルールがいくつか設けられているのですがざっくりいえば、「中国共産党の軍民複合体(Military-Civil Fusion, MCF)」と認定された場合には、その会社は米国で有価証券の発行ができなくなり、MCFの従業員は証券取引ができなくなる、ということです。
人民元の動向には要注意
さて、今回の米大統領選でバイデン氏が当選したとして、最も喜ぶ国のひとつが中国であることは間違いないでしょう。あくまでも個人的な印象で恐縮ですが、今回の米大統領選では中国がかなりの介入をしたのではないかとの疑いも抱いていますし、米国の対中強硬姿勢が緩和することは危惧される点です。
とくにこのIEEPA命令自体も大統領令であるため、もしも選挙人投票を制したと報じられているジョー・バイデン氏が1月20日正午以降、米国の大統領に就任すれば、撤回することも可能でしょう。
ただ、もしそうするならば、バイデン氏はなぜそれを撤回するのかについて説明を求められるはずですし、それをやれば「バイデン氏と中国との関係」に世間的な注目が集まるかもしれません。つまり、バイデン政権が発足したとしても、米国の対中強硬姿勢は簡単には止められません。
トランプ政権下よりいくぶんか強硬姿勢が緩和されるかもしれませんが、それでも米国が中国との融和姿勢に舵を切る可能性は低いとみて良いでしょう。そうなると、やはり冒頭でも取り上げたとおり、中国は人民元決済をさらに推し進めようとするかもしれません。
ロイターは中国国内で、国際貿易においてSWIFT(国際銀行間通信協会)ではなく、人民元の国際銀行間決済システム(CIPS)の利用拡大などが提唱されている、などとしています。
そういえば、中国が今年10月、唐突に4000億元というレベルの韓国との通貨スワップを締結しましたが(『中韓通貨スワップ、金額では日中為替スワップの2倍に』等参照)、こうした「スワップ外交」も、米中対決の深刻化とは無縁ではない可能性もあります。
ことに、冒頭で紹介したロイター記事にもあったとおり、米国が中国をドル体制から排除し、その報復として中国が大量の米国債を売却すれば、米国の金利が急騰し、株価が暴落するなどして世界経済が混乱に陥りかねない、との懸念もあります。
(※もっとも、個人的には、もしそのような事態が生じた場合には、日銀が米国債を買い支えれば、米国の金利も下がり、ドル円相場も円安となり、日本も金融緩和がさらに進むため、非常に都合が良いのではないか、と思いますが…。)
その意味では、来年も人民元の動向には要注意、といったところでしょうか。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
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>その報復として中国が大量の米国債を売却すれば、
人民元の通貨価値の裏付けは「米国債(ドル)を大量に保有してる事実」にあると思のですが・・。
中国としては新型コロナをばら撒いてトランプ大統領を失脚させる、という当初の目的は達成しましたね
トランプはウォール街からの影響をあまり受けなかったようです
今まで中国は主にウォール街を通じてアメリカ政権に影響力を駆使していました
民主党バイデンはあの様子だと中国お得意のハニートラップにもすでに嵌っているでしょう
ありえますね。国有4大銀行を共和党下と認定すればいいので。ルトワックあたりが進言してたりして。アメリカと戦争状態となれば米国債はチャラになるのではなかったでしたっけ?国家緊急事態法で可能?
「共産党下」の間違いでした。真逆(汗
外国企業説明責任法が成立しました。
益々中国は苦しくなりますね。
トランプ自身が戒厳令を否定しました。
となると、大統領令での米国債の無効化の可能性は普通にあり得ると思います。
対中融和というより、バイデン氏は国内問題に精一杯で何もできないのでは?
その隙をついて中共の悪事は加速し、米国も手出しが出来ないほどに増長する。
とりあえずの危機は台湾、尖閣。
韓国なんかを嘲笑って溜飲下げてる場合じゃないほど世界が危険です。
(あんな国に外交リソース割いてる場合じゃない)
> 米国が中国をドル体制から排除し、その報復として中国が大量の米国債を売却すれば
そんなことは不可能でしょう。それこそIEEPAに基づく大統領令一発で、中国が保有する米国債を無効にすることができますので、チビチビと売るのであればともかく、一気に売ろうなどとすれば、敵対行為と見做され、直ちに発動されると思われます。
日本も大量の米国債を保有していますので、そんな日が来ないことを願ってます。
中韓スワップが本当だとしたら、中国が経済的苦境に陥ったら韓国は中国を助けるのでしょうか。
中国もウォンなんか貰っても困るでしょうが。
> ただ、もしそうするならば、バイデン氏はなぜそれを撤回するのかについ
> て説明を求められるはずですし、それをやれば「バイデン氏と中国との関
> 係」に世間的な注目が集まるかもしれません。
民主党が、そんな正攻法を採るとは考え難いですね。
オバマ政権時、口では「核無き世界」・行動では「核実験を繰り返す」だった事からも明らかな様に、言行不一致は民主党の御家芸です。
従って、バイデンは口では対中強硬姿勢を貫き、実態を骨抜きにしてしまうでしょう。(息子の稼ぎに影響するだろうから。)
> つまり、バイデン政権が発足したとしても、米国の対中強硬姿勢は簡単に
> は止められません。
バイデン政権が発足すると、口先の対中強硬姿勢は堅持(強化されるカモ}されても、実態はオバマ政権時の「戦略的忍耐」的なものになるのでは?