「人民元が国際化指数で円、ポンドを抜いた」、本当?

日中為替スワップは本日で失効へ:更新はあるのか?

中国の通貨・人民元が「国際的な通貨である」と述べて良いものなのかどうかを巡っては、諸説あるようですが、当ウェブサイトとしては「人民元の国際化は道半ばで2015年に止まってしまった」と考えています。ただ、先月は中国本土発で「人民元が国際化指数で円、ポンドを抜いた」とする報道もあったようですが、果たしてそれは本当でしょうか。

通貨の機能と人民元の国際化

人民元の国際化、いったいどうなった?

中国の通貨・人民元の「国際化」は、当ウェブサイトではかなり以前から関心を持って取り上げてきたテーマのひとつです。

当ウェブサイト『新宿会計士の政治経済評論』を立ち上げたのは2016年7月のことですが、その数ヵ月後、2016年10月1日以降、人民元が国際通貨基金(IMF)の特別引出権(SDR)の構成通貨に組み込まれたことをもって、「人民元は国際化した」、などと、わが国でも派手に報じられました。

ただ、当ウェブサイト発足当初のことでもあったため、さまざまな事実関係を調べまくったことは、個人的に、とくにつよく印象に残っていることでもあります。

この点、「国際化」の定義をどこに置くかにもよるものの、『数字で読む「人民元の国際化は2015年で止まった」』などでも議論したとおり、結論的にいえば、人民元の国際化は道半ば、というよりも「2015年前後を境に頓挫した」と見るのが正解ではないか、と、個人的には考えています。

そもそも通貨には昔から大きく、①価値の尺度、②決済、③資産形成という、大きく3つの機能があると言われています。

このうち「①価値の尺度」とは、モノの値段を貨幣的な価値で示すというものであり、これは基本的に北朝鮮ウォンなども含め、世界中のありとあらゆる通貨に共通している機能であるため、さほど議論する必要はないでしょう。

国際通貨となるためには、決済と価値保存機能がとても大事

ただ、ある通貨が「国際的に広く通用するハード・カレンシーである」と言えるようになるためには、ほかの2つの機能が大事です。

まず、「②決済」機能とは、「その通貨でモノが買えること」を意味します。

ジンバブエドルや北朝鮮ウォンなどを日本国内に持ってきたとしても、物珍しさで欲しがる人はいるかもしれませんが、それらの「おカネ」を使って商店などでモノを買う、ということはできません。

しかし、米ドルやユーロなどの国際的に信用力がある通貨の場合、一部の発展途上国や観光地などでは、米国外、あるいはユーロ圏外であるにも関わらず、普通にカネとして通用することがあります(『海外旅行とおカネの関係から見た「カジュアル通貨論」』等参照)。

つまり、ハード・カレンシーの場合、その通貨の発行国・地域を越えて、広く世界中で通用することが多く、ソフト・カレンシーの場合はその通貨の発行国・地域の外では両替すらままならないこともある、という特徴があるのです。

そして、②の決済機能以上にさらに重要なのが、「③資産形成」機能、つまり「貯金すること」、「価値を未来に向けて保存すること」です。

今年8月といえば、アフガニスタンで米国の支援を受けた政府正規軍が、ほとんど戦わずしてタリバンに敗北するという「事件」に世界は驚きましたが、その際、政府のトップであるアシュラフ・ガニ大統領自身が、多額のドル紙幣を持ち、我先にスタコラサッサと国外逃亡を図ったことも印象的です。

これなどは、ドル紙幣が手元にあれば、いざというときに役に立つ、というガニ大統領自身の判断があったに違いありません。つまり、米ドル、ユーロ、日本円といった通貨であれば、その紙幣さえ持っておけば、未来永劫、いつでも軍資金になる、という期待感でしょう。

以上、通貨の①~③の機能のうち、とくに②の決済機能、③の資産形成機能(または価値保存機能)は、その通貨の価値を決める上で大変に重要な要素であり、人民元に関していえば、とくに③の機能が非常に弱いというのが実情なのです。

中国の大学「人民元は国際化指数で円、ポンドを抜いた」

こうしたなか、自身の手元メモを眺めていると、ほぼ1ヵ月前、こんな記事があったのを紹介しようと思い、すっかり失念していました。

人民元の国際化は、中国の経済発展の必然

―――2021年9月28日 7:03付 AFP BB Newsより

これはAFPに掲載された記事で、「人民元国際化指数(RII)」なる指数が、5年半ぶりに最高を記録したと英ロイター通信が報じたする話題で、あわせて、「2030年に人民元が日本円や英ポンドを抜いて世界第3位の国際決済通貨になる」とする米シティバンク銀行の予測についても紹介しています。

この手の「何とか指数」が出てくるときは、たいていの場合、指数を計算している主体が勝手に内部パラメーターを設定し、恣意的に出て来ることも多いため、個人的には「だれがどういうロジックで何に基づいて計算しているのか」という基本的なデータがないと信頼できない、という気がしてなりません。

ちなみにAFPによると、この指数を計算しているのは「中国人民大学・国際貨幣研究所」だそうであり、「人民元国際化指数」は2010年第1四半期の0.02から2020年第4四半期には「250倍以上」の5.02にまで上昇した、といいます。

また、他通貨の国際指数は米ドルが51.27、ユーロが26.17であり、人民元はこれらの通貨には及ばないものの、日本円の4.91、英ポンドの4.15を上回り、「3四半期連続して主要国際通貨ランキングで3位になった」などとしているのだとか。

人民元国際化の実情

SWIFTのデータでは国際化が進展している兆候はない

指数の算定主体のくだりで辟易してしまいますが、ただ、ここでこんな指数によらずとも、手っ取り早く、人民元の国際化を示唆する指数のひとつがあります。

それが、国際的な銀行間資金決済を担う機構「SWIFT」が公表する『RMBトラッカー』です。

この指数は、「顧客を送金人とする決済額および銀行間決済額(SWIFT上で交換されたメッセージ)」について、通貨ごとに何%だったかを集計し、SWIFTが上位20通貨を毎月公表しているものです。

ただし、毎月のデータは大変に読み辛いので、著者自身にて過去のデータをすべて手入力し、各月のシェアの合計値を年度ごとに単純にデータ数で割った平均値を求めてみたものが、次の図表1です。

図表1 国際送金に占める決済額の割合と順序
ランク通貨2016年以降の推移
1位米ドル(USD)41.72%→40.46%→39.34%→40.53%→40.10%→39.31%
2位ユーロ(EUR)30.95%→32.91%→34.08%→33.48%→34.69%→37.45%
3位英ポンド(GBP)7.98%→7.31%→7.23%→6.93%→6.81%→6.09%
4位日本円(JPY)3.32%→3.10%→3.43%→3.52%→3.58%→3.06%
5位人民元(CNY)1.89%→1.76%→1.84%→1.93%→1.84%→2.22%
6位加ドル(CAD)1.84%→1.82%→1.70%→1.81%→1.75%→1.79%
7位豪ドル(AUD)1.59%→1.51%→1.50%→1.43%→1.45%→1.32%
8位香港ドル(HKD)1.17%→1.25%→1.42%→1.49%→1.41%→1.29%
9位シンガポールドル(SGD)0.92%→0.88%→0.97%→1.04%→1.04%→0.96%
10位タイバーツ(THB)1.00%→0.98%→0.97%→1.00%→0.99%→0.82%

(【出所】SWIFT『RMBトラッカー』)

順序は2021年1月から9月までの9ヵ月分のデータを単純平均したもので並べ替えてありますが、多少の変動はあれ、だいたい人民元の順序が2016年ごろから大きくは変動していないことが判明します。

ユーロ圏除外だとなぜかランクが落ちる人民元

また、図表1はユーロ圏を含めたものですが、SWIFTは2016年以降、ユーロ圏を除外したデータについても公表しており、これを著者自身が同様に加工したものが、次の図表2です。

図表2 国際送金に占める決済額の割合と順序(ユーロ圏を除く)
ランク通貨2016年以降の推移
1位米ドル(USD)45.45%→43.80%→42.72%→46.25%→44.69%→42.60%
2位ユーロ(EUR)31.78%→34.86%→36.47%→32.29%→34.70%→38.13%
3位英ポンド(GBP)4.11%→3.90%→4.04%→3.97%→3.93%→3.84%
4位日本円(JPY)4.28%→3.92%→4.07%→4.36%→4.34%→3.69%
5位加ドル(CAD)2.45%→2.38%→2.13%→2.28%→2.19%→2.19%
6位人民元(CNY)1.34%→1.06%→1.11%→1.22%→1.20%→1.45%
7位豪ドル(AUD)1.60%→1.42%→1.45%→1.53%→1.49%→1.28%
8位スイスフラン(CHF)2.59%→2.54%→1.84%→1.42%→1.30%→1.10%
9位香港ドル(HKD)0.90%→0.88%→0.91%→0.95%→0.94%→0.85%
10位スウェーデンクローナ(SEK)0.73%→0.68%→0.68%→0.80%→0.74%→0.69%

(【出所】SWIFT『RMBトラッカー』)

ユーロ圏を除外すると、不思議なことに、人民元のシェア、ランクは大きく低下します。

ただ、いずれにせよ、多少の変動はあるにせよ、人民元の世界における送金シェアはだいたい1~2%程度で安定しており、急激に伸びていくという状況にはないことは明らかです。

この点、中国では人民元建てのデリバティブ市場なども少しずつ成長し、外貨準備の組入対象としてもそのシェアが少しずつ伸びている、といった話もあるのですが、そもそも論としてオフショア債券の発行額が低調であり、人民元が「③価値の保存手段」として優れているようにも見えません。

人民元の今後

もっとも、先ほどのAFPの記事には、2点ほど気になる記述もあります。

ひとつは、「人民元越境決済システム」(CIPS)と呼ばれるシステムで、広東省・香港・マカオのベイエリアなどで使用が広まっているなど、人民元はSWIFT外において、少しずつ国際決済システムを整えているようです。

もうひとつが、中国当局が進めている二国間通貨スワップ協定の拡大です。

AFPによると中国人民銀行は2008年以来、「30以上の国・地域の中央銀行や通貨当局と二国間通貨スワップ協定に合意した」としており、こうした国際的なスワップ網自体が人民元としての通貨の利便性を高めるとともに、その安全性を高めている、などと述べているのです。

そういえば、記事には触れられていませんが、中央銀行デジタルカレンシー(CBDC)でも先行している国が中国でもあります(『「デジタル人民元」は国際犯罪の温床となるのが関の山』等参照)。

このように考えていくと、中国の金融当局が、ドル決済システムの支配から脱し、自国の人民元経済圏を確立しようとしていると見て、間違いはないでしょう。

もっとも、2015年以降、人民元の国際化を止めてしまった中国の当局にそれができるかどうかはまったく別の問題であり、わが国を含めた自由主義経済諸国としては、基本的に「やれるものならどうぞ」というスタンスで良いのではないかと思います。

日中為替スワップは不要?それとも…

いずれにせよ、先週の『パンダ債発行残高は低調:日中為替スワップの延長は?』でも述べたとおり、(日中「通貨」スワップではなく)日中「為替」スワップ協定は本日で失効します。

日本銀行と中国人民銀行がこの協定を延長するのかどうかについては見物ですが、現時点において、日銀から「延長した」とする報道発表はありません。

ただ、個人的な感想を申し上げるならば、本邦のメガバンクによる人民元建て債券の発行残高が3年前と比べてほとんど増えていないという事実自体、日本の金融システムが中国との為替スワップを必要としていない証拠でもあると考えている次第です。

延長されれば邦銀にとってはいちおう人民元調達の安全網が延長されたという意味ですが、延長されなかったとしても、大した影響はないというのが個人的な感想、と申し上げておきたいと思います。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. バシラス・アンシラシスは土壌常在菌 より:

    どういう基準で中国共産党元の価値が上がったのかがわからん

  2. Xavier より:

    Well, maybe you are right, but why should we care about this at all?
    Guess, your theory is, China is a threat, so anything that is supposedly strengthening China is a bad thing.

    However, do you know that America’s budget deficit has been climbing up very sharply,
    in 2019, it climbed up to US$ 1 trillion for the first time, and then 3.13 T in 2020, 2.77 T this year. This means US has been pumping out a gigantic amount of new US$, these money will flood international market, and cause serious international inflation.

    Accompanying this over-printing of US$, US trade deficit also surged to new height.

    The chronic US trade deficit is powered by greedy over-issuing of US$, and is a debt owed to the world by US, the accumulated total is well over 20 trillions.

    In essence, it’s a stealing from world economy.

    Americans may argue that they paid interests to foreign debt, so it should not be called a stealing.

    However the real repayment of this debt only starts when US reverses its trade deficit to trade surplus. To repay the full amount, would require US to maintain a trade surplus at US$ 500 billions per year for roughly 20 years.

    If Americans have neither the intention nor the capability to do that, in another words, it is going to borrow forever and never repay back, so it is definitely stealing !

    The latest amount stolen per year reached US$ 730 billions, enough to cover its huge military spending, more than the combined sum of the next 12 countries’ military spending.

    This is a heavenly advantage for USA, and hellish disadvantage for all others (including Japan, 「日銀データは、米国と比べて日本が国際競争で非常に不利にあることを示す」https://ameblo.jp/xavier101/entry-12662227014.html ). And what if this situation lasts for 100 years?

    From this sense, anything that weakens US$ is a good thing !

    白井聡
    「アメリカが悪いことをやった時にはそれは十分の一くらいに希釈されて伝えられるのに対して、中国のそれは十倍にして伝えられるという感じがありますね。」

    Xavier:
    “The China threat is exaggerated by a multiplication of two forces.

    The 1st is CCP’s desire and propaganda to make itself appear stronger and more successful so as to counter the criticism by its domestic opposition force.

    The 2nd is US’ desire to paint China as strong and dangerous evil so as to overprice the protection of its allies by US, e.g. to force them to exchange its autonomy for the protection, with an ultimate goal to make US primacy more absolute and unchallengeable, and the propaganda power of western media controlled / influenced / infiltrated by US and also serving US national interests. It is an irony that the two opposing propaganda forces ended up working in concert to achieve a common goal: to make China appear stronger and more terrible than it really is.”

    ——– https://ameblo.jp/xavier101/entry-12700973275.html

  3. カズ より:

    人民元⇔香港ドル間での実績は、内部取引のようなものなのですから国際化度合との観点で言えば排除すべき数字なのだと思います。

  4. 匿名 より:

    中国人民銀行との為替スワップ取極の延長について
    https://www.boj.or.jp/announcements/release_2021/rel211025a.pdf

    2024年10月25日まで期限を延長、だそうです。

  5. がみ より:

    中国ってIMFの時もWTOの時も加盟・参加した時の条件まったく遵守してないじゃないか。

    一説では世界に存在する紙幣の2/3が人民元だという事だが、中共支配下で対ドルレートすら謎固定なのが現実。
    実際はハイパーインフレなのにレートを認めないから人民元安で輸出大儲け。
    香港ドルも支配下におき自由自在。

    武力で好き放題。
    世界経済の敵でしかない。

    大陸中国人に聞くと普通に学校教育で「国際法には中国のものとアメリカのものとEUの三種類の国際法がある」とか洗脳されている様でのけぞる。
    国際法にならないじゃん!

    様々な事象でそんな考え方をしているらしい。
    世界デビューに満たない広大な地域だった。

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