インドによるスワップ外交積極化に落とし穴はないのか

中国に対抗するためでしょうか、インドが新興市場諸国支援のために、通貨スワップ網を拡充することを検討しているらしい、という報道が出てきました。インド自身にその余裕があるのか、という点は疑問です。インドには米ドル紙幣を印刷する設備はないはずですし、また、インドの通貨・ルピー自体が国際的にはソフト・カレンシーに過ぎないからです。

なぜ日本国債はデフォルトしないのか

当ウェブサイトでは普段から、「自国通貨建ての国債がデフォルトすることは、基本的にはあり得ない」と申し上げてきました。その趣旨は、現代の通貨制度は「管理通貨制」と呼ばれ、その国の通貨当局(中央銀行など)が通貨の発行権限を持っているからです。

たとえば、日本の場合、国債を発行しているのは日本政府ですが、その日本国債は日本円という通貨で発行されており、世界で唯一、日本円という通貨を発行することができるのは日銀です。その日銀は発行済株式総数の55%が日本政府により保有されています。

もちろん、日銀は金融政策において「手段の独立」を有しており(日銀法第3条第1項)、また、国債の日銀直接引受は禁止されています(財政法第5条本文、ただし国会の決議を経た金額の範囲内であれば引受可能)。

しかし、通貨自体は日銀が発行していますが、その通貨の裏付となっているのは日本国という国自体の経済の信用であり、その実態は日本国の主権が日銀に通貨の発行を委任しているに過ぎません。

そして、日本国債も同様に日本国の信用状態そのものを裏付けに発行されている債券ですので、「日本国の信用状態を裏付けに発行されている」という意味では、日本国債も日本円も、究極的にはまったく同じだということができるのです。

デフォルトの3要件

そもそも論ですが、国債のデフォルトが発生するときは、次の3つのすべてが揃った時点です。

  • ①自国の投資家が国債を買ってくれないこと
  • ②海外の投資家が国債を買ってくれないこと
  • ③中央銀行が国債を買い支えられないこと

ただ、日本の場合、この①~③のうち、そもそも①の段階で、デフォルト要件をまったく満たしていません。2000兆円を超える家計金融資産残高、あるいは300兆円を超える企業預金などが銀行、保険会社といった機関投資家に流入しているという状況にあるからです。

国債の発行残高はたかだか1200兆円ほどですが(『受験秀才、「国の借金論」のウソ論破されるのを警戒か』等参照)、日本国内にはそれをはるかに上回る巨額の資産が唸り声をあげており、むしろ現在の国債発行残高は資金循環バランスと比べて少なすぎるほどなのです。

ただ、万が一にも国内金融資産側の国債引受力が足りなくなり、上記3要件のうちの①が満たされてしまったら、いったいどうなるのでしょうか?

この場合、日本国債は海外投資家が引き受けてくれる可能性があります。というのも、日本の通貨・円は、国際的な市場で幅広く取引されている、典型的な「ハード・カレンシー」だからです。それなりの利回りが得られるならば、外国人投資家は喜んで日本国債を購入するでしょう。

「そんなバカな」、と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、そのような方は、現在の米国債や英国債自体の外国人による投資比率が、日本国債のそれよりも高いという事実を知っておくべきでしょう(たとえばニッセイ基礎研『先進国の国債等の保有構造について~IMF先行研究に基づく推計結果~』等参照)。

いずれにせよ、現在の日本において、日本国債がデフォルトする可能性は、いまこの文章を読んでいるあなたの頭上に隕石が落ちてくる可能性よりは低いと考えておいて間違いありません。

日本だからこそ満たされる条件:外国だと…?

ただ、「日本国債がデフォルトする可能性は、あなたの頭上に隕石が降ってくる確率よりも低い」というのは、現在の日本国債だからこそ当てはまる命題です。

  • ①日本国内の需給バランス上、国内投資家が国債を買ってくれないという状況は考えられないこと
  • ②日本円自体が国際的なハード・カレンシーであり、外国人投資家が国債を好んで買ってくれること
  • ③日本国債が日本円で発行されており、いざとなれば条件付きで日銀引受も可能であること

逆にいえば、こうした条件が満たされていない場合、国債であってもデフォルトすることはあり得ます。

たとえば、米国のように国内で資金不足が生じており、議会で民主・共和両党が政争の具として債務上限法案を利用しているときには、理論上は、いわゆる「テクニカル・デフォルト」が発生することがあり得ます(滅多にないとは思いますが…)。

また、それよりも多いケースが、「外貨建て/共通通貨建てで発行されている国債のデフォルト事例」です。

これについては南アジアの島国・スリランカの事例がわかりやすいでしょう。

スリランカといえば、コロナ禍の影響もあり観光収入が激減するなどしたため、今年に入って事実上の債務不履行(デフォルト)状態に陥った国でもあります。とくに時事通信の次の記事によると、前政権がインフラ整備のために中国などから次々と借り入れを重ねたことが過大債務の原因だったのだとか。

「問題見えながら対処せず」 デフォルト状態のスリランカ―アジア経済研究所・荒井氏

―――2022年06月11日07時11分付 時事通信より

弱小国にはデフォルトのリスクがいっぱい!

ちなみにこの記事では、「産業や雇用を直接生み出すことはなかった」無計画なインフラ整備の一方、スリランカが「産業構造を変え、輸出を増やす取り組みをしてこなかった」結果、ここ数年の外貨獲得の頼みの綱は「観光業や海外の出稼ぎ労働者からの送金だった」という状態だったのだとか。

ただし、途上国の場合、自国通貨で国債を発行しても、外国からモノを買ってくることができない、という悩みがあります。スリランカの場合もそうですが、多くの新興市場諸国は自国通貨ではなく外貨(とくに米ドルなどの国際的なハード・カレンシー)でおカネを借りています。

先ほどの3つの要件をリストアップすると、こんな具合です。

  • ①国内の需給バランス上、国内投資家に国債を引き受ける余力が乏しい
  • ②自国通貨がソフト・カレンシーであり、自国通貨建て国債は外国人投資家に忌避されがちである
  • ③その国の中央銀行には外貨を発行する権限がなく、外貨建国債を買い支えることはできない

近年も、新興市場諸国(スリランカ、アルゼンチン、レバノンなど)の外貨建て国債のデフォルト事例が相次いでいますが、クレジット論で考えるならば、これはごく当たり前の話なのです。

クアッド・スワップ構想

こうしたなかで、これらの新興市場諸国を救済する手段のひとつとして、近年、やたらと注目されているのが、通貨スワップ・為替スワップでしょう。

先日の『南アジアを支援するクアッド通貨スワップ構想の現実性』では、米アジア・ソサエティ政策研究所の研究員が提唱した、「日米豪印クアッド諸国による南アジア向けのスワップ構想」なるものを取り上げてみました。

これについては、正直、日米豪3ヵ国とインドを「通貨」の世界で同列に置くのはいかがなものかと思わざるを得ません。

米国は世界最強の通貨である米ドルの発行国であり、日本は世界で3番目ないし4番目に通用度が高いハード・カレンシーである日本円の発行国にして1.3兆ドルを超える外貨準備を抱える国です。また、豪州も準ハード・カレンシーである豪ドルを発行しています。

ところが、インドの場合は外貨準備こそ6000億ドル少々を抱えていますが、自国通貨であるルピーはSWIFTの国際決済通貨ランキングにも登場したことがなく、正直、国際的な金融市場ではまったくと言って良いほど存在感がない通貨です。

日米豪印4ヵ国協力の必要性を巡っては、当ウェブサイトとしても異論はありませんが、それと同時にこの4カ国が協力すべき分野は「通貨」ではない、というのが正直な感想です。

インドがスワップ外交を積極化へ?

もっとも、インドの方では「スワップを通じた金融支援」に乗り気なのでしょうか。インドのメディア『ビジネス・スタンダード』には本日、こんな記事が掲載されていました。

Govt may try new currency swap to help developing economies avert default

―――2022/08/29 00:02 IST付 Business Standardより

記事タイトルでもわかるとおり、インド政府は新興市場諸国のデフォルトを回避するために、新たなスワップ協定を推進しようとしている、というものです。

同メディアによると、インドは鉱物資源などを裏付とする「革新的な方法」による通貨スワップ取引を通じ、「債務不履行のリスクに直面している国々を支援する」ことを検討しているのだとか。

具体的には、ニューデリーで開催されたイベントでダム・ラビ経済担当大臣が「グローバル・サウスはプロジェクト、鉱物などの貿易と関連付けた、新たな通貨スワップ協定を締結すること」を提唱した、というものです。

この記事自体、あまりその概念を詳しく説明していないのですが、発言だけから判断する限り、それらは「通貨スワップ」というよりも、単なるプロジェクト・ファイナンスやオブジェクト・ファイナンス、コモディティ・ファイナンスといった一般に使い古された手法ではないか、という気がしてなりません。

ただ、こうしたツッコミどころは脇に置くとして、記事にはこんな記述も出てきます。

  • India has already extended the term of a $400 million currency swap facility with Sri Lanka this year.
  • Since 2018, India has in principle agreed to have swaps with 23 nations.

インドはスリランカとの間で今年に入って4億ドル相当の通貨スワップ協定を「延長(extend)した」、208年以降は23ヵ国とのスワップ締結に向けて「原則合意」した、といった記述です(※ただし、23ヵ国とのスワップについてはまだ最終化されていないそうです)。

ポイントは「どの通貨を提供するか」

ただ、インドが中国などに対抗する形で通貨スワップ網を拡充しようとしているというのは何となく理解できたのですが、ここで重要なのは、インド側が提供する「通貨」でしょう。

2019年2月に締結され、今年更改された日印通貨スワップの場合、インドと日本がそれぞれ750億ドルを上限として、相手国通貨を米ドルと交換するという協定ですが、日印通貨スワップの場合、基本的に日本がインドに支援を要請するということはあり得ません。

ところが、インドがそれ以外の新興市場諸国(パキスタン、バングラデシュ、ネパール、モルジブなど)との間で通貨スワップを締結していけば、それらの国を救済する義務がインドに生じる可能性がありますし、そうなれば、インドが外貨準備からドルなどの資金を貸し付けなければならなくなるかもしれません。

これに対し、インドは「自国通貨建ての通貨スワップ」、つまり相手国にインド・ルピーを貸し付けるという通貨スワップを締結することもできますが、これについては『融通手形?トルコとマレーシアの通貨スワップの危険性』でも取り上げた、「弱小通貨同士のスワップ」という問題が生じてきます。

なんだか難しい問題です。

くどいようですが、インドが発行している通貨はインド・ルピーであり、米ドルではありません。米ドル紙幣を印刷する能力を持っている国は、北朝鮮とカリオストロ公国などの例外を除けば、基本的には米国だけです。

インドの積極的なスワップ外交が裏目に出ないことを望みたいところです。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. 元ジェネラリスト より:

    スワップじゃなく金貸しの話なら、一帯一路で新興国に手を出していた中国が手控えている隙に、インドが鉱物資源を押さえとけ、みたいなノリを感じます。
    中国の金融機関は、一帯一路のお祭り時に貸しまくった不良債権の問題に、今頭を悩ませているそうですが・・・

  2. ちょろんぼ より:

    大丈夫です!!
    弱小国同士で回す約束手形のようなSWAPでも
    その弱小国のどこかに日本とSWAP締結さえしてれば
    問題はありません。
    回り回ってその約束手形が日本に回り、日本が支払う事になるだけです。

    先日アフリカ諸国との会議で日本がアフリカ諸国に多額の補助を
    約束したように、中共との関係で問題になったモノを日本の
    援助でチャラにするようなものです。
    ところで、防衛費増問題の時、東京新聞を始めとする新聞社は
    そのお金でこれができると一面で批判していましたが、アフリカ諸国
    への援助額でそういった記事がでないのは何故なのでしょう?
    しかも米国の代理で銭を出すのに。
    銭を出すなら、お綺麗事ではなく、日本へのメリットは
    何かを明示すべきです。
    お綺麗事は共産党が使う物事をゴマカス手段の一つです。

    1. 匿名 より:

      文中にある「ところで、防衛費増問題の時、東京新聞を始めとする新聞社はそのお金でこれができると一面で批判していましたが、アフリカ諸国への援助額でそういった記事がでないのは何故なのでしょう?」の部分、私も疑問に思っておりました。もっと言えば、そんな巨額予算がどこに存在するのでしょうか?外国への援助については国会の承認を受けているのか、つまり平成22年度国家予算として認められているのか?何か勝手に政府が決めてるような気がしてます。
      どなたかご承知の方、教えてもらえたら嬉しいです。

  3. カズ より:

    日本からのODAを受けながらも、更なる新興国にODAを発していた中国を彷彿とさせる所業ですね。
    実質的に信用の又貸しであるのなら有効な要件は元貸しの同意。日本の国益に適うかどうかですね。

    対中ODAは終了しました。

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