南アジアを支援するクアッド通貨スワップ構想の現実性

昨今のドル高に加え、ウクライナ危機を受けた世界的インフレなどを受け、またしても、通貨スワップ議論が聞こえてきました。今度は「クアッド南アジア通貨スワップ構想」だそうです。米アジア・ソサエティ政策研究所のアキル・ベリー氏がニッケイ・アジアに寄稿した構想によれば、日米豪印4ヵ国が南アジア(スリランカ、パキスタン、バングラデシュ、ネパールなど)の通貨危機を防ぐためのクアッド・スワップを主導すべきだ、というのです。これについてどう考えるべきでしょうか。

スリランカのデフォルト

南アジアの島国・スリランカといえば、コロナ禍の影響もあり観光収入が激減するなどしたため、今年に入って事実上の債務不履行(デフォルト)状態に陥った国でもあります。

ただ、時事通信の次の記事によると、アジア経済研究所の荒井悦代・南アジア研究グループ長は同国の巨額の債務について、2005年から10年間続いたマヒンダ・ラジャパクサ政権が、インフラ整備のために中国などから次々と借り入れを重ねたためである、などと指摘しています。

「問題見えながら対処せず」 デフォルト状態のスリランカ―アジア経済研究所・荒井氏

―――2022年06月11日07時11分付 時事通信より

荒井氏はこうした「無計画なインフラ整備」が「産業や雇用を直接生み出すことはなかった」と指摘したうえで、スリランカが「産業構造を変え、輸出を増やす取り組みをしてこなかった」結果、ここ数年の外貨獲得の頼みの綱は「観光業や海外の出稼ぎ労働者からの送金だった」、とも述べています。

この点、国際決済銀行(BIS)が公表する『国際与信統計』(CBS)などのデータで見ても、スリランカは過大な債務を負っているかどうかについては確認できません。なぜなら、CBSには中国の債権データが含まれていないからです。

かなりの債務は中国から…?

したがって、おそらく報じられているスリランカの対外債務の多くは中国などからの調達によっているのだと思われますが、それを裏付ける情報としては、日経新聞の先週のこんな記事も参考になるでしょう。

スリランカ大統領、日本に債権国会議の呼びかけ要請へ

―――2022年8月19日 2:19付 日本経済新聞電子版より

日経によると、同国の対外債務のうち47%は市場からの借り入れで、ほかはアジア開発銀行に対する債務が13%、中国と日本に対する債務がそれぞれ10%で、インドは2%などとしています。ただ、実際には「市場性借入」の多くも、おそらくは中国の投資主体が相当に含まれていると考えて良いでしょう。

ちなみに日経はスリランカのウィクラマシンハ大統領が18日、「スリランカの債権国による会議」の呼びかけを日本に求める意向を示したとするロイターの報道を引用したうえで、同大統領が9月に日本を訪れ、岸田文雄首相と会談する方針だともしています。

一帯一路金融

スリランカの債務破綻は、結局のところ、前政権による腐敗と無計画なインフラ投資がもたらしたものだという反面、「貸し手」である中国の「一帯一路金融」の問題もあるでしょう。相手国の腐敗に付け込むかたちで、中国が金融を通じて影響力を拡大しているのです。

たとえば「恒常的な高金利債務の負担に苦しむスリランカ政府から、中国が2017年12月に同国南部にあるハンバントタ港を取り上げたとする話題については、」『一帯一路で知られるスリランカが外貨建債務デフォルト』などでも取り上げたとおりです。

しかも、港湾の99年間の租借は、中国側による港湾の軍事利用という懸念を高める材料でもあります。

「一帯一路金融」とは、結局のところ、「インフラ金融」の顔をした、中国による対外進出手段のひとつとして使われてしまっている、という疑念が払拭できないゆえんでしょう。

クアッド通貨スワップ構想

ただし、ここでひとつ参考になるとしたら、中国が新興市場諸国に「付け入る隙」を減らすための工夫でしょう。

米ワシントンにある「アジア・ソサエティ政策研究所(the Asia Society Policy Institute)」の南アジア部門のディレクターであるアキル・ベリー(Akhil Bery)氏が『ニッケイ・アジア』にこんな記事を寄稿していました。

The Quad should help South Asia with a currency swap plan

―――2022/08/23 17:00付 NIKKEI ASIAより

ベリー氏はスリランカの債務不履行を契機として、南アジアの近隣諸国にデフォルトの「ドミノ倒し」が発生するのではないかとの懸念が国際社会に高まっていると指摘。

実際、「国際通貨基金(IMF)がパキスタンのデフォルト回避を目的とした11億ドルの融資の可否を来週決定する予定である」、「バングラデシュが45億ドルの融資をIMFに打診している」、「ネパール、ブータン、モルティブも対外債務が急増し、外貨準備が急減している」、などとする事例を挙げています。

こうしたなか、ベリー氏が指摘するのは、1997年のアジア通貨危機のような事態が、今度は南アジアで生じるのではないか、といった懸念です。ロシアのウクライナ侵攻による世界的インフレによる貿易収支の悪化、米FRB利上げによるドル調達コストの上昇が、その根拠です。

こうしたなか、ベリー氏は、「クアッド」、すなわち日米豪印4ヵ国が「財政難にある国々を支援するためにグループとして団結を示す好機だ」、としたうえで、クアッドの中央銀行が「域内通貨スワップの仕組みを作る」ことを提唱します。

“One possibility would be for Quad central banks to come together to create a currency swap arrangement”.

すなわち、クアッドが南アジア諸国と通貨スワップ協定を締結することで、各国の中央銀行が自国通貨を担保に一時的に米ドルを調達し、国内の銀行や企業における短期的な流動性不足を解消する、といった安全網を作ることができる、という趣旨の主張でしょう。

ベリー氏は、この「クアッド域内通貨スワップ」のモデルは、チェンマイ・イニシアティブ(CMI)に求められると指摘します。CMIは2000年に日中韓3ヵ国とASEAN諸国が作り出した仕組みです(余談ですが、現在CMIは「マルチ化協定」として、つまりCMIMに発展的に解消しています)。

また、ベリー氏は同様のスワップについて、日米英欧瑞加6ヵ国・地域が締結する常設型の為替スワップ協定などの事例を挙げ、市中銀行への流動性支援体制の重要性を力説しています。

中国はスワップ発動を拒否した

こうした議論を読んで思い出すのが、通貨スワップといえば、中国も積極活用しようとしているフシがある、という点です。

【資料】中国が外国と締結しているスワップ協定の一覧』などでも取り上げたとおり、中国は昨年9月時点で、少なくとも24ヵ国との間で、3兆元(1ドル=6.86元と仮定すれば4373億ドル)を超える額のスワップを締結しています。

ただ、これらのスワップ(通貨スワップまたは為替スワップ)については、基本的には中国が提供する資金は米ドルではなく人民元であり、その人民元は世界の外為市場で自由に両替できる通貨とは言い難いのが実情です。

問題は、それだけではありません。

スリランカが中国からの人民元スワップを引き出そうとしたところ、同国は中国から「3ヵ月分の輸入を賄えるだけの外貨準備がない場合には使用できない」として、スワップの引き出しを拒絶された、という事件もありました(『スリランカからの通貨スワップ発動要請を拒否した中国』等参照)。

つまり、中国のスワップは新興市場諸国にとって、「いざというときに使い物にならない」、「引き出したとしても外為市場で自由に両替できるとは限らない」などの問題があるのです。

このような実情に照らせば、「クアッド通貨スワップ」は、悪い発想ではないのかもしれません。

日米豪「印」スワップの問題、そして借りる側の問題

ただし、ここでもうひとつ注意しなければならないことがあるとしたら、クアッドのすべてが、必ずしも強い通貨ポジションを持っているわけではない、という点でしょう。

通貨という側面でいうならば、圧倒的に強いのは日米2ヵ国です。

「世界最強の通貨」である米ドル紙幣を印刷する能力を持っているのは、北朝鮮やカリオストロ公国を除けば米国だけですし、日本も1.3兆ドルを超える外貨準備を有し、自国通貨である日本円自体も国際的なハード・カレンシーであるという国だからです。

また、豪州の外貨準備は2022年5月末時点において、せいぜい556億ドルに過ぎませんが、その豪州自身が資源国であるとともに、自国通貨・豪ドルは「準ハード・カレンシー」でもあります。その意味では、豪州も自国通貨・豪ドルを使った国際的な支援に乗り出すことは可能です。

ただ、インドについては、そうとは限りません。IMFのデータによれば、2022年5月末におけるインドの外貨準備は6032億ドルとされていますが、その一方でインドの通貨・ルピー(INR)は国際的な市場で通用する通貨ではありません(『国際決済でルーブルに代わって浮上した「意外な通貨」』等参照)。

そのインドは日本との間で総額750億ドル相当の通貨スワップ協定を結んでいますので、むしろインドこそ、国際的な支援を受ける立場にある、という言い方もできなくはないでしょう(※余談ですが、インドがパキスタンなど近隣国に通貨スワップを提供するかどうか、という問題もあるかもしれません)。

また、「クアッド・スワップ」で南アジアを救済するという発想もわからないではないのですが、それと同時に、通貨スワップ協定は国家間の約束の最たるものであり、相手が最低限、ちゃんと約束を守る国である、という信頼がなければ、IMFに任せるべきであり、通貨スワップを安易に結ぶべきではありません。

だいいち、CMIMにしたって、「IMFデリンク割合」は40%と定められています。これは、IMFが介入しない引出可能額は、限度額の40%までである、などとするルールです。もしも「南アジア版CMIM」を創設するなら、デリンク割合はかなり低く設定すべきでしょう。

もっとも、スワップ自体、どちらかといえば「それが存在しているがために、投機筋に対する牽制として機能する」、という効果も期待できる協定でもあります。

このように考えていくならば、「クアッドスワップ」ではなく「日米豪スワップ」のかたちに設定するとともに、デリンク条項を厳しく設定するほか、引出可能通貨についても米ドルだけでなく、日本円、豪ドルを加えるなどの工夫をしていけば、スワップ実現へのハードルは下がるかもしれません。

いずれにせよ、南アジアの債務問題は、間接的には「中国の一帯一路金融」の問題でもあります。

本件の議論の進展についても、注目する価値はあるでしょう。

読者コメント一覧

  1. sqsq より:

    日本人が爪に火をともすように貯めた外貨準備、腐敗し野放図なことする人たちにあまり使ってほしくない。

  2. はにわファクトリー より:

    会計士殿だからこそ書けるすぐれた論説と思います。
    Nikkei Asia は読者登録をしない当方には全文は読めませんのでパスしました。筆者の Akil Bery 氏はインド系人物と思われ、さっそく LinkedIn で経歴を確認させてもらいました。当人は Nikkei Asia に記事が載ったぞと発言もしています。出自は深く書き込んでいないですね、彼。
    記事には「ミスター戦後秩序」こと宮沢喜一氏が2000 年5月に開かれたチェンマイ会議に参加したときの写真が載っています。中韓にさんざん抜き取られて国力を細らせたという事実認識に照らすと、宮沢思想(というものがあったとして)は制度疲労を起こし今やポンコツと壟断されてもしょうがない状況と当方は考えます。果たして 2000 年の日本はどうだったのでしょうか。
    Akil Bery 氏のスワップ枠組み構想は「インドには無理だろう」と当方は考えます。共同責任を通じた多国間互恵体制なんてのは考えたことがないというのが、平均的インド人の世界認識・考えと思うからです。クワッドに引き込んだのは長期戦略的にはすばらしい達成ですが、インドにとって新たな時代の始まり、萌芽くらいの段階だと考えます。

  3. 古いほうの愛読者 より:

    スリランカですか。誰が大統領になっても難しそうです。宗教の違いはあるにせよ,地政学的にはインドとの関係を強化するのが,再生への近道のような気がします。

  4. どみそ より:

    金融危機が発生しやすいアセアンを 先進国・大国・(自称)先進国が資金供給して助けるというのが チェンマイイニシャチブ。
    ただし 日中韓側でも建前上では 資金を引き出せる ことになっている。
    金融危機がおこったとき 韓国はチェンマイイニシャチブから 金を引き出すことを本気で 考えてる。
    平素は 先進国面して威張りまくり そして危機では義務を果たさない。
    鼻つまみ者ですよ。

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