専門家の視点で、ゴーン氏の「スワップ契約」報道を検証する
以前の『ゴーン容疑者再逮捕と「売建オプション」、核心は特別背任罪』でも触れた、日産自動車のカルロス・ゴーン元会長の特別背任容疑について、昨日の産経ニュースに続報が出ています。ただ、産経ニュースの報道が事実であったとすると、不自然な点もたくさん出て来ます。問題のデリバティブ取引を、産経ニュースは「スワップ契約」と報じているのですが、「ゴーン容疑者がデリバティブ損失を日産自動車に付け替えていた」とする報道が事実なら、それはやはりオプションではないかと思うのです。
産経ニュース「ゴーン容疑者とデリバティブ損失」
先日、『ゴーン容疑者再逮捕と「売建オプション」、核心は特別背任罪』のなかで、日産自動車のカルロス・ゴーン元会長が会社法上の特別背任容疑で再逮捕されたという話題を紹介しました。
その続報が、昨日の産経ニュースに掲載されています。
損失数千万円、日産が支払い カルロス・ゴーン容疑者「自分が負担」(2018.12.26 22:06付 産経ニュースより)
産経ニュースの報道によれば、ゴーン容疑者は2008年10月、自身の資産管理会社が新生銀行との間で「スワップ取引」を締結。しかし、「リーマン・ショック」(グローバル金融危機)を受けた円高でその「スワップ取引」の評価損が急速に拡大したため、その契約を日産自動車に付け替えたとしています。
また、産経ニュースは、そもそもゴーン氏がこのような契約を締結した理由を「日本円で受け取っていた日産の報酬をドルに換えるため」だとしています。
リーマン・ショックによる円高?
ただ、その一方で、産経ニュースの報道内容には若干不自然な点もあります。
産経ニュースはゴーン容疑者が「スワップ契約」を締結していたと報じていますが、一般にデリバティブの世界における「スワップ」とは、契約期間の最初に通貨Aと通貨Bを交換し、契約期間の最後に反対売買を行う取引を指します。
通貨の世界における代表的な「スワップ」としては、「通貨スワップ」と「為替スワップ」がありますが、これらのスワップはいずれも、「契約当初に円を受け取り、ドルを支払うとともに、契約終了時点であらかじめ決められた相場で円を支払い、ドルを受け取る契約」のことです。
(※通貨スワップ(CCS)と為替スワップ(Buy-Sell/Sell-Buy)、さらには国際金融協力における通貨スワップ(BSA)と為替スワップ(BLA)の違いなどについては、『総論:通貨スワップと為替スワップとは?』あたりをご参照ください。)
実際、WSJオンラインで直物為替相場の推移を調べてみると、リーマン・ブラザーズの経営破綻が発生した2008年9月15日時点の為替相場は、1ドル=104.66円でした。これが、10月27日には1ドル=92.80円、12月17日には1ドル=87.22円にまで円高が進行しました。
しかし、先ほどの産経ニュースによると、契約締結時点は「2008年9月」ではなく、「2008年10月」とあります。10月といえば、すでにリーマン・ショックの余波を受けた円高が進み始めていた時期でもあります。
仮に契約締結日が10月1日だったとして、この日の最高値(1ドル=106.11円)の直物為替相場で契約を締結していれば、12月17日時点において、この契約からは18.89円分の損失が生じていた計算です(現実には直物相場と先物相場は別物ですが、本稿では割愛します)。
つまり、「1億円を1ドル=106.11円でドルに両替する取引」を10月1日時点で締結していれば、これを12月17日時点の1ドル=87.22円で再評価すれば、1780万円の損失が生じていた、という計算ですね。
しかし、仮に契約締結日が10月27日だったとして、この日の最安値(1ドル=92.80円)が交換条件だったと仮定すれば、これを12月17日の1ドル=87.22円で再評価しても、損失は600万円ていどです。
- 契約締結日が10月1日だった場合:12月17日時点で18%の損失
- 契約締結日が10月27日だった場合:12月17日時点で6%の損失
こうやって現実に試算してみると、はたして単なる為替スワップないし通貨スワップにより、そこまで大きな損失が生じていたのか、極めて疑問です。
スワップではなくオプションでは?
しかも、先ほどの産経ニュースによると、契約満了時点は2009年1月ないし2月です(といっても、このあたりの事情については、記事の記載が曖昧であるため、よくわかりませんが…)。
たとえば1月末におけるドル円の直物為替相場は終値で1ドル=89.96円でしたが、2月末は97.63円にまで時価が回復しています。先ほどの条件で再計算すると、仮に原契約の締結日が10月27日、契約満了日が2月末だったとすれば、むしろドル円のBuy-Sellからは利益が生じていたはずです。
さらに、ドル・円の為替相場はもともとボラティリティ(為替相場の変動度合い)が大きいことで知られていますが、数ヵ月間で5~10円分の変動が生じることは、十分に想定されているはずです。
「リーマン・ショックで為替が大きく動いた」というイメージを強く持っている人も多いと思いますが、実際にドル円の為替相場変動のボラティリティを計測してみても、計測条件によってはまったくボラティリティに変動はないのです。
以上から私は、仮にゴーン容疑者が新生銀行との間で何らかのデリバティブ契約を締結していたにしても、この契約は「スワップ」ではなく、極めて投機的性格が強い「オプション」ではないかと考えているのです(オプションについては先日の記事をご参照ください)。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ただ、いずれにせよ、自身の資産管理会社に生じた損失を日産自動車に付け替えていたとすれば、それは立派な特別背任です。
有報虚偽記載(『カルロス・ゴーン氏の逮捕容疑「有報の虚偽記載」とは?』参照)による逮捕は「別件逮捕」だった可能性が高いと思いますし、自身の報酬を過少記載していたことが逮捕に値するなら、超高給取りのNHKの職員に対する人件費こそ問題にすべきです(『ゴーン氏起訴した日本、NHKの超高額な人件費も追及すべし』参照)。
こうした中、産経ニュースには次のようなくだりもあります。
「ゴーン容疑者は契約を資産管理会社に戻す際、信用保証に協力したサウジアラビア人の知人が経営する会社に21~24年、日産子会社から1470万ドル(現在のレートで約16億円)を入金させた疑いもある。これについても、ゴーン容疑者は「投資に関する王族へのロビー活動や現地の有力販売店とのトラブル解決などへの報酬だった」とし、容疑を否認している。」
これについては産経ニュースの報道が正しいのかどうかを判断する材料を私自身が持ち合わせていませんので、現段階で「ゴーン(氏)は有罪だ」などと断定することは避けたいと思います。
ただし、本件については日仏関係とのつながりからも、まだまだ注目する価値がありそうです。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
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産経新聞記事では、契約の締結が2008年10月と報じられてますが、貴兄が以前に取り上げた日経新聞の記事では、評価損18.5億円が生じた契約を日産に付け替えたのが2008年10月となってますね。どちらが正しいのでしょう?
いずれにせよそれだけ巨額のロスが生じる取引として可能性があるのは下記の2通りです。
①通貨スワップ(最初と最後に想定元本の交換を行わないいわゆるクーポンスワップと呼ばれる取引)
②複数型の通貨オプション(オプションの買いと売りを組み合わせるいわゆるゼロコストオプションを複数回行うもの)
恐らくゴーン氏は日産からの報酬約10億円?を5年分くらいヘッジして、為替レートにして20~30円やられたのでしょう。
月光 様
コメント大変ありがとうございます。
クーポン・スワップ、ゼロコストオプション、シンセティックショートに関しては、確かにご指摘の通り、レバレッジ性が非常に高い商品ですね。
少し為替相場が動いただけでも結構な損失が生じます。
2008年時点の適合性原則だと、アマ投資家へのデリバティブ販売規制が現在よりも緩かったという事情もあるのかもしれません。
あと、私自身が疑問に感じているのですが、ドル円のヒストリカル・ボラティリティを分析しても、別にリーマン・ショック前後でドル円のボラが著しく跳ね上がったという事実は確認できません。
確かに保有期間を1日と想定した場合の観測期間120日のボラ(ログリターン標準偏差)は9月15日時点で0.72%でしたが、これが翌2月27日時点で1.35%に上昇しています。しかし、保有期間を4ヵ月程度に延ばすと、リーマン・ショック前後でボラはほとんど変わりません。
以上から、「リーマン・ショック時の為替損失」と呼ばれているものは、実は「為替損失」ではなく、実質的にはクレジット・カウンターパーティ・リスク(CVAリスク)だったのではないかと思うのです。
いずれにせよ、引き続き当ウェブサイトのご愛読ならびにお気軽なコメントを賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
前にも書きましたが、これが事実なら万引きをしたが、バレたら
「お金払えばいいんでしょ」
と品物を返して代金を払ったみたいな構造だと思うんですがなぜバレた次点で捕まらなかったのか。
被害者の日産が当時は泣き寝入りしていたのかな。
私は、産経が誤報で日経が正しいと思っています。
2008年10月時点で、ゴーン氏が銀行と契約を締結したのではなく、その時点では損失が膨らんでいて日産に付け替えたのだと。
つまりゴーン氏が銀行と契約したのはそれより前、おそらく2007年でしょう。
そして契約したのは貴兄が想像するような短期のオプション(もしくはスワップ)ではなく、期間3~5年の長期かつ巨額契約のはずです。
だから巨額損失につながったのだと思います。
>私自身が疑問に感じているのですが、ドル円のヒストリカル・ボラティリティを分析しても、別にリーマン・ショック前後でドル円のボラが著しく跳ね上がったという事実は確認できません
オプションの価値はヒストリカルボラティリティ(HV)で決まるのではなく、インプライドボラティリティ(IV)で決まります。
リーマンショック後の10月中旬に3か月ものIVは27.5%まで跳ね上がり、HVはそれより遅れて12月中旬に25%位まで上昇しました。
オプションはいわば保険。保険会社が保険を引き受けるにあたり決める保険料がオプション料。その値段から逆算されるのがIVです。
月光 様
たびたびコメントありがとうございます。
ゴーン氏が締結していたのが「包括的長期為替予約」だと仮定すれば、確かに辻褄は合いますね。確かに当時はそういうモノが流行っていました(今でも流行っているのかな?)。いずれにせよ、産経報道にも粗い部分があるのでしょう。
なお、HVとIVの関係をご存知のようですが、オプション・ディーラーの方ですかね?ただ、せっかくご説明を頂いたのに恐縮ですが、
>オプションの価値はヒストリカルボラティリティ(HV)で決まるのではなく、インプライドボラティリティ(IV)で決まります。
の点には若干違和感があります。
一般にIVはオプション価格から逆算した理論ボラティリティのことであり、「IVを決めてからオプション価格が決まる」わけではありません。頂いたご説明だと因果関係が逆です(細かい点で恐縮ですが…)。
引き続き当ウェブサイトのご愛読並びにお気軽なコメントを賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
>一般にIVはオプション価格から逆算した理論ボラティリティのことであり、「IVを決めてからオプション価格が決まる」わけではありません。
仰る通りです。言い訳ですが、本当はかっこ書きで(本当は嘘ですがw)と書こうと思ってました。
なので最後の一文に「値段から逆算される」と書いたのですが。
私が何を言いたかったか?
貴兄がゴーン氏の巨額損失は(ドル)プットオプションの売り手になったからとの推論を立て、
その証拠をHVの上昇によって検証しようとしていたからです。
貴兄の推論を検証するにはIVを追わなければと言いたかったのです。
(オプションの価値から逆算でIVは決まるのですが、そのオプション評価に使われるのもIVです。)
ゴーン容疑者の言いようは「会社に損を与えていないから無罪」という暴論ww
会社の他の取締役に無断(一任)で、付け替えを行った時点でアウトだろうよ。
>一般にIVはオプション価格から逆算した理論ボラティリティのことであり、「IVを決めてからオプション価格が決まる」わけではありません。
仰る通りと書きましたが、もう一つだけ追記します。
教科書的にはその通りですが、通貨オプションの取引では、IVそのものを市場で取引します。
10.7%なら買い、10.8%なら売りといったような感じです。
なので、IVがオプション価値を決めると書いても、実務上は間違いではありません。
しつこくてすみません。
オプションじゃなくてスワップだよ、それもクーポンスワップ。
1/11の日産プレスリリースに”クーポンスワップ契約”とはっきり書いてある。
https://www.nikkei.com/nkd/disclosure/tdnr/bhtj0d/
わずか40分後にプレスリリースの差し替えが行われ、”クーポンスワップ契約”の字句が削除された。
どうやら日産(西川)or検察は”クーポンスワップ契約”だったことが世間に広まって欲しくない様ですね。
Blogosに掲載された件ですね。
http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/116832/104680/90533305
ビジネス法務の部屋:日産前会長特別背任事件-適時開示の訂正と法人の「損害」
ただしこのコラムについては、クーポンスワップ等金融関係については原則門外漢の山口氏が、火元となったコメントの一面的な説明に乗せられて書き上げてしまったようで、その辺まで斟酌する必要があるかと。
クーポンスワップについては、ここのコメント欄では管理人と月光氏のやり取りの中で触れていますね。