世界の人民元建ての外貨準備高は増えていない=IMF
「ロシアが日米欧から金融制裁を受けている影響で、世界の外貨準備に占める人民元の割合が増えていくに違いない」。こんな仮説を著者自身は持っていたのですが、現在のところ、その仮説を裏付ける事実は見当たりません。というよりも、IMFの統計で確認すると、人民元建ての外貨準備資産はむしろ減少していることが確認できるのです。
通貨の3大機能
先日の『建国来70年ぶり外為改革、失敗なら通貨危機も=韓国』でも取り上げたとおり、一般に通貨には3つの機能があるとされています。
その「3大機能」とは、「①価値の尺度」、「②価値の交換」、「③価値の保存」です。
通貨の3大機能
- ①価値の尺度…モノ、サービスの価値を貨幣的に一元的な尺度で表示する機能
- ②価値の交換…モノ、サービスを購入する機能
- ③価値の保存…現時点における価値を将来に向けて保存する機能
(【出所】著者作成)
このうち「①価値の尺度」という機能は、たいていの通貨には備わっているものです。どんな通貨でも、「値段」を表示することはできるからです。
しかし、「②価値の交換」や「③価値の保存」に関しては、必ずしもすべての通貨に十分に備わっているとはいえません。とくに、発展途上国などの場合だと、その国の通貨が自国民からも信頼されていない、というケースもあるようです。
これに対し、多くの先進国通貨は、この②、③の機能に非常に特化しています。とくに世界の基軸通貨とされる米ドルの場合だと、「②価値の交換」、「③価値の保存」という2つの意味で、非常にパワフルです。
発展途上国を旅行したことがある方は記憶があるかもしれませんが、わざわざその国の通貨に両替せず、米ドルをそのまま持っていけば、街中でモノも買えますし、食事もできます。ちょっとしたチップなどの目的で、1ドル紙幣をたくさん持っていくと、喜ばれます。まさに「②価値の交換機能」に優れているのです。
また、自国通貨が人々から信頼されていないという国の場合、人々がせっせと米ドルなどの外貨でタンス預金をしている、というケースもあるようですが、これも米ドルが「③価値の保存機能」として、世界中の人々から信頼されている証拠ではないでしょうか。
IMFの統計データで見る世界の外貨準備通貨構成
こうしたなか、当ウェブサイトで定期的に確認しているもののひとつが、国際通貨基金(IMF)が発表する “Official Foreign Exchange Reserves (COFER)” や “International Reserves and Foreign Currency Liquidity (IRFCL)” などの統計データです。
このうち「COFER」は外貨準備の通貨別統計であり、「IRFCL」は各国の外貨準備の状況を一覧にしたものです。
このうち、COFERに基づき、2022年6月末と9月末の通貨別内訳を確認しておくと、図表1のとおり、やはり米ドルが全体の6割近くを占めていて、ユーロ(約20%)、日本円(5%強)、英ポンド(5%弱)、人民元(3%弱)などが続きます。
図表1 COFERに基づく外貨準備の通貨別内訳(2022年6月→22年9月の変化)
通貨 | 金額 | 割合 |
---|---|---|
内訳判明分 | 11兆1724億ドル→10兆7731億ドル | 92.85%→92.88% |
うち米ドル | 6兆6530億ドル→6兆4417億ドル | 59.55%→59.79% |
うちユーロ | 2兆2078億ドル→2兆1179億ドル | 19.76%→19.66% |
うち日本円
| 5774億ドル→5664億ドル | 5.17%→5.26% |
うち英ポンド | 5417億ドル→4973億ドル | 4.85%→4.62% |
うち人民元 | 3194億ドル→2978億ドル | 2.86%→2.76% |
うち加ドル | 2778億ドル→2642億ドル | 2.49%→2.45% |
うち豪ドル | 2100億ドル→2063億ドル | 1.88%→1.91% |
うちスイスフラン | 279億ドル→250億ドル | 0.25%→0.23% |
うちその他通貨 | 3573億ドル→3565億ドル | 3.20%→3.31% |
内訳不明分 | 8600億ドル→8256億ドル | 7.15%→7.12% |
合計 | 12兆0324億ドル→11兆5986億ドル | 100.00% |
(【出所】International Monetary Fund, “Official Foreign Exchange Reserves (COFER)” を参考に著者作成)
ただし、9月末時点で外貨準備は全体的に減っていますが、これは世界の外貨準備高が減っていることによる影響でしょう。
IRFCLによると、IMFに外貨準備データを提供している約70ヵ国の外貨準備高の合計は、2022年9月末時点において11兆8807億ドルであり、これは同年6月末時点の12兆1921億ドルと比べて3000億ドルほど減少していることが確認できます。
(※なお、COFERの数値とIRFCLの数値はピタリと整合しているわけではありませんが、その理由は定かではありません。)
「ロシアの外貨準備は5820億ドル」、本当?
こうしたなか、個人的に関心がある話題のひとつは、ロシアの外貨準備です。
IRFCLによると、ロシアの外貨準備高は2022年12月末時点で5820億ドルとされていますが、その現時点の内訳は明らかではありません(図表2)。
図表2 ロシアの外貨準備高の推移
(【出所】International Monetary Fund, “International Reserves and Foreign Currency Liquidity (IRFCL)” を参考に著者作成)
この点、中国を除く主要国がロシアの外貨建ての資産を凍結しているため(※その金額は、著者自身の昨年4月ごろの試算に基づけば3700億ドル前後です)、現時点においてロシアが保有する外貨準備高が本当に5820億ドルだとは考えられません。
せいぜいロシアが自由に使えるのは2000億ドル前後であり、しかも1000億ドル分は金地金など、「ただちに現金化するのが難しい資産」で構成されていると考えられます(しかも、ロシアから金地金が金市場に大々的に持ち込まれているという話題はあまり耳にしません)。
そうなると、ロシアが保有している外貨準備のうち、国際的な決済手段として使用可能なのは、1000億ドル前後の人民元建ての資産に限られます。また、ロシアは凍結されていない外貨収入の多くを人民元に両替して中国人民銀行に預けているのではないか、との想像も働きます。
人民元建ての資産は増えていない
ただ、興味深いことに、COFERに基づけば、世界の外貨準備に占める人民元建ての資産とその割合は、むしろ減っているのです(図表3)。
図表3 世界の外貨準備に占める人民元建ての資産とその割合
(【出所】International Monetary Fund, “Official Foreign Exchange Reserves (COFER)” を参考に著者作成)
これは、意外な気がします。
もちろん、22年9月末といえば、世界的なドル高の影響により、人民元建ての資産の金額、割合が減っていたとしても、さほど不自然な話ではありません。
しかし、昨年の『人民元ブロック経済圏が対ロシア制裁の穴となる可能性』で指摘した、「人民元が対ロシア制裁の穴となるのではないか」という可能性については、現在のところはさほど懸念すべき状況ではありません。
というよりもむしろ、外貨準備の世界において、人民元は伸び悩んでいる、という言い方もできます。
図表4は、世界の外貨準備における人民元の米ドル換算額と、それを国際決済銀行(BIS)の対米ドル為替相場データで人民元に割り戻した数値をグラフ化したものです。
図表4 外貨準備の人民元(ドル表示と人民元表示)
(【出所】International Monetary Fund, “Official Foreign Exchange Reserves (COFER)” を参考に著者作成)
ロシアが日米欧からの経済・金融制裁で国際的な決済網から排除されたことで、ロシアが人民元にシフトし、結果的に決済市場や外貨準備などに占める人民元の割合が増えるのではないか、といった著者自身の仮説は、現在のところ、まったく実現していません。むしろ人民元建ての資産は微減傾向にあるほどです。
このあたり、ロシアにとって人民元は「政治的には」使いやすい通貨なのかもしれませんが、現実問題として、「経済的に」使いやすい通貨であるかどうかは別問題なのでしょう。人民元で支払いを受けたところで、それを自由に外貨に両替できるわけでも、人民元で運用資産が豊富にあるわけでもないからです。
このあたり、「人民元が世界の基軸通貨として、米ドルに取って代わる」などとする主張が、例の「AIIB推進論者」からも出てきたことはありますが、国際金融の現実はそこまで甘くありません。
金融規制が不十分な通貨が世界で受け入れられるには、まだまだハードルは高いのかもしれません。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
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いつも興味深い話題を提供して下さり,有難うございます.
>ただ、興味深いことに、COFERに基づけば、世界の外貨準備に占める人民元建ての資産とその割合は、むしろ減っているのです(図表3)。
>これは、意外な気がします。
人民元建ての外貨準備の減少は本当に意外でしょうか?
ウクライナ侵攻を原因とする日米英EUなど西側先進諸国による外貨準備の凍結を喰らったロシアにとっては,確かに多少は国際的に通用して外貨準備に使える通貨は人民元ぐらいのものでしょう.
しかし,少し想像を働かして考えてみて欲しいのですが,ロシア以外の国々にとっては,現在および近未来に起こり得る国際情勢を考慮した上で,自国の外貨準備の一部でも,米ドルやユーロや英ポンドや日本円などの西側通貨から人民元にシフトしようと考える動機は生じるでしょうか?
EU主要国がはるばる日本周辺海域に海軍艦艇を派遣した事実からも判る通り,ロシアのウクライナ侵攻が始まる前から習近平指導の下の共産中華帝国による台湾侵攻は国際社会において本気で心配されていた訳です.
それが,ロシアによるウクライナ侵攻が現実のものとなり代償としてのロシアの外貨準備が凍結されてしまった訳です.
しかも米中関係はその後も,アメリカが主導する最先端半導体産業からの共産中華の徹底排除や共産中華の気球による米領空侵犯と米空軍によるその撃墜,そしてその結果としての米国務長官の訪中中止など,緊張の度合いを増す一方です.
言い換えれば,ロシアに引き続いて共産中華もいつ外貨準備を凍結される暴挙を起こすかも知れないという認識が世界に広がっている訳です.
そんな時に,各国とくにソフトカレンシーの自国通貨が通貨危機に見舞われた際に切り札となる大事な外貨準備を,いつ外貨準備凍結を喰らう事態を引き起こすか知れたものでない(しかも共産中華の外貨準備それ自体の中身がどんどん得体が知れず怪しさを増し続けている)人民元に他の西側主要国の通貨から移すのに,経済的な合理性があるでしょうか?
世界中の外貨準備に占める人民元の比率が増えない理由はそういうことだと考えます.
もちろん、22年9月末といえば、世界的なドル高の影響により、人民元建ての資産の金額、割合が減っていたとしても、さほど不自然な話ではありません。
しかし、昨年の『人民元ブロック経済圏が対ロシア制裁の穴となる可能性』で指摘した、「人民元が対ロシア制裁の穴となるのではないか」という可能性については、現在のところはさほど懸念すべき状況ではありません。
失礼,引用のためにコピーして不要な部分を消し忘れていました.
最後の段落(3行),つまり「しかし、昨年の~~~さほど懸念すべき状況ではありません。」は消し忘れなので,無視して下さい.
御迷惑をお掛けして申し訳ありません.お詫びして訂正させて頂きます.
度々,済みません.
上の訂正を急いでいて投稿者の名前欄に「迷王星」を記入し忘れていました.
現在,中国の原油の輸入元は高い中東産から安いロシア産に切り替わってきて,そのためロシアは中国に対し,輸出過剰で人民元が有り余っているようです。人民元建て債券を購入したりしているようですが,ちっと手を出すのは心配な債券ですね。西側諸国は,こういうことはしないでしょう。
ところで,円にはここ30年くらい,極めて高い価値保存性がありました(デフレだったので)が,現在のドルは高いインフレ率のため,あまり価値保存性がありません。それで,株や債券やFXや仮想通過や,何か価値保存性のあるものがないか,みんなが捜しているのですが,どれも怪しいように感じます。
そろそろ,また,相場の転換点のようですね。
別件ですが,暇な時に,通貨の3機能の批判的考察をしてみましょうか。経済の研究者はよく知っている話ばかりでしょうが。