【総論】中国・人民元スワップ一覧(22年8月時点)
実態がよくわからないとされる中国人民銀行の通貨スワップ・為替スワップについて、網羅的に調査し、一覧表にしてみました。これによると2017年7月以降の5年あまりで中国が外国と締結したスワップは、少なくとも33本、金額にして4兆1045億元(5809億ドル)に達します。本稿ではこれを資料集として公開したいと思います。
目次
通貨スワップと為替スワップの基本
本稿は、一種の「資料集」です。
当ウェブサイトでかなり以前から高い関心を持って取り組んでいるテーマのひとつが、中国の通貨・人民元の「国際化」であり、最近だとたとえばSWIFTが公表するデータなどをもとに、国際送金における人民元のシェアなどをレビューすることが多いです。
こうしたなか、いまひとつ実態がよくわからないのが、中国人民銀行が外国と締結している通貨スワップや為替スワップと呼ばれる協定です。
国際金融協力の世界における通貨スワップとは、通貨当局同士が通貨を交換する協定のことで、典型的には通貨ポジションの弱い国(たとえば新興国や発展途上国)が通貨ポジションの強い国(たとえばハード・カレンシーの発行国)に自国通貨を預け、相手国通貨を受け取ることなどを可能にする協定を指すことが多いです。
もちろん、スワップ協定の種類によっては、相手国通貨だけでなく米ドルで受け取ることも可能、といったケースもあるのですが(たとえば日本がインドや東南アジア諸国と結んでいる通貨スワップがこのパターンです)たいていの場合は自国通貨同士の交換です。
一方で国際金融協力の世界における為替スワップとは、「相手国に対する自国通貨の流動性供給」を指します。たとえば日本が米国、欧州、英国、カナダ、スイスの5ヵ国と結んでいる無制限スワップは、日銀が相手国・地域の中銀に円資金を預け、それと引き換えに相手の通貨を自国の金融機関に貸し付けるものです。
- 通貨スワップ…通貨当局同士が通貨を交換する協定
- 為替スワップ…通貨当局が直接相手国の市中金融機関に短期資金を貸し付ける協定
中国が外国と締結しているスワップの一覧
さて、著者自身が確認する限り、中国は2008年頃からこのスワップ外交を積極化してきたフシがあるのですが、これについてはいつ、どの国といくらのスワップを結んだのかに関する総合的な報告がなかなか見当たらず、個人的には難儀していました。
ところが、中国人民銀行が毎年刊行している『人民幣国際化報告』と題したレポートに、不十分ながらも中国が外国と締結している通貨スワップ・為替スワップに関する記述が出ているのを、著者自身は昨年、発見しました。
レポートの原文が中国語であり、しかも一覧表などの形式にまとまっているわけではないため、これをまとめるのは正直、骨が折れる作業ではあります。また、記述が網羅的ではなく、すでに失効している可能性が高いスワップも掲載されているなど、決して読みやすいレポートではありません。
ただ、本稿ではこれに対し、次のような仮定を置くことで、2022年8月末時点において有効であろうと思われるスワップの一覧を作ってみることにしました。
一般に通貨スワップや為替スワップの有効期間は締結日から約3年ないし約5年というケースが多いため、ここでは2022年8月末から5年少々遡り、また、期間内であっても短期間で更改された協定があった場合には、重複する協定を除外するという方式でランキング表を作りました。
これが図表1です(※なお、テキスト化したデータは本稿末尾に収録しておきます)。
図表1 中国が2017年5月から22年8月の期間、外国と締結したスワップ協定
(【出所】中国人民銀行『人民幣国際化報告』より著者作成。ただし、シンガポールとのスワップに関してはシンガポール通貨庁(MAS)の報道発表をもとに作成。なお、米ドル換算額はBISウェブサイト “Download BIS statistics in a single file”, US dollar exchange rates データから取得した2022年11月14日時点から遡って最も新しいもの。BISデータが存在しない場合はファイナンスサイト等を参考にしている)
円換算で合計39兆円!日英欧豪とは為替スワップを締結
中国の人民元建てのスワップは、2017年7月から2022年8月まで結ばれたものを集計し、重複を除外すれば、4兆1045億元であり、11月14日時点のBISデータで米ドルに換算すれば、約5809億ドルに相当します。1ドル=140円で換算すれば39兆円と、なかなかの金額です。
この一覧に表示されているスワップについては、それらのすべてが現在でも有効なのかどうかはよくわかりません。とくに2022年8月から起算して3年以上前のスワップについては失効している可能性があります(※ただしECBとの為替スワップ協定については、今年10月10日に同額で更新されています)。
とくにスイスとのスワップ(上限1500億元)については協定の締結日が2017年7月21日と、5年以上前でもあるため、通常であれば失効していると考えるのが自然でしょう。
また、相手国・地域の中銀・通貨当局の記載から判断してこの一覧に掲載されているスワップのうち、1位の香港、3位の英国、4位のECB、5位のシンガポール、7位の日本・豪州・カナダなどについては、通貨スワップではなく為替スワップであろうと考えられます。
このあたり、2018年10月26日に、日本が中国と初めて為替スワップを締結した際、一部の「保守論客」が「通貨スワップという日本国民の税金で中国を救済するのはけしからん」などと大騒ぎしていたのですが、これは通貨スワップと為替スワップを混同した議論であり、極めて不適切です。
『日銀、中国人民銀行との為替スワップをさらに3年延長』でも指摘しましたが、日中為替スワップの最大の目的は、人民元市場の混乱に伴い日本の金融機関が人民元不足に直面した際に備え、邦銀に人民元を供給することにあるからです。
ただし、現実の邦銀によるパンダ債の発行実績などを踏まえると、果たして3.4兆円/2000億元という規模の為替スワップが必要なのかどうかについては、個人的にはやや疑問ではあります。
また、中国が米国とは為替スワップを締結していないというのも興味深いところです。
中国が主導する国際開発銀行であるAIIB(アジアインフラ投資銀行)を巡っては、日本は米国と歩調を合わせて距離を置いているのですが(『日本が乗り遅れたAIIBという「バス」の最新の状況』等参照)、為替スワップについては日本は米国と歩調を合わせているわけではないのです。
途上国とは通貨スワップを締結している
その一方、2位の韓国、6位のインドネシア、10位のマレーシア、11位のロシアなどについては、おそらくは為替スワップではなく通貨スワップであろうと考えられます。
実際、金額で17位のトルコは過去、2020年6月に中国からスワップで人民元を引き出し、中国からの輸入代金の決済に充てたという事例がありますが(『トルコが中国との通貨スワップを実行し人民元を引出す』等参照)、これなど典型的な通貨スワップの使い方です。
一方、過去に中国が通貨スワップの引出を拒絶した事例もあります。
『スリランカからの通貨スワップ発動要請を拒否した中国』でも触れたとおり、外貨建ての債務のデフォルトを発生させたスリランカを巡っては、中国側が「輸入3ヵ月分をカバーするだけの外貨準備がなければスワップ発動に応じない」として、スリランカ側のスワップ要請を拒絶したのです。
また、国際的な金融センターでもない韓国が、香港に次いで2番目に大きい4000億元という金額を提供されているというのも興味深い点です。中国の韓国に対する通貨スワップの規模が日本に対する為替スワップの倍でもあります。
個人的には『中国は「使えない中韓通貨スワップ」で韓国を支配へ?』でも議論したとおり、中国が金融を通じて韓国を支配するという危険性はないのかが気になるところです。
しかも、総額4000億元規模とはいえ、しょせん、中韓通貨スワップは「張り子の虎」のようなものでしょう。そもそも人民元は国際的な決済に不向きな通貨であり、もしかりに韓国が現実に通貨危機に直面した場合、通貨スワップで人民元を引き出したところで、通貨危機から脱却するのは困難だからです。
せいぜい、投機筋に対する「見せ金」としての役割くらいしかないのが実情でしょう。
資料集:テキスト化データ
なお、図表1で示した一覧をテキスト化したものを、次の図表2で示しておきます。他サイトなどでコピー&ペーストしたいという方は、この図表をご活用ください(※ただし引用・転載に際しては必ず当記事のURLなどを付記してください)。
図表2 中国が2017年5月から22年8月の期間、外国と締結したスワップ協定
相手国と締結日 | 人民元 | 相手通貨 |
---|---|---|
1位:香港(22/7/4) | 8000億元(1132億ドル) | 9400億香港ドル(1200億ドル) |
2位:韓国(20/10/11) | 4000億元(566億ドル) | 70兆ウォン(528億ドル) |
3位:英国(21/11/12) | 3500億元(495億ドル) | 400億ポンド(472億ドル) |
3位:ECB(19/10/8) | 3500億元(495億ドル) | 450億ユーロ(464億ドル) |
5位:シンガポール(22/7/14) | 3000億元(425億ドル) | 650億Sドル(473億ドル) |
6位:インドネシア(22/1/21) | 2500億元(354億ドル) | 550兆ルピア(354億ドル) |
7位:日本(21/10/25) | 2000億元(283億ドル) | 3.4兆円(242億ドル) |
7位:豪州(21/7/6) | 2000億元(283億ドル) | 410億豪ドル(274億ドル) |
7位:カナダ(21/1/7) | 2000億元(283億ドル) | 加ドルはスポットで計算 |
10位:マレーシア(21/7/12) | 1800億元(255億ドル) | 1100億リンギット(239億ドル) |
11位:ロシア(20/11/23) | 1500億元(212億ドル) | 1.8兆ルーブル(286億ドル) |
11位:スイス(17/7/21) | 1500億元(212億ドル) | 210億Sフラン(222億ドル) |
13位:アルゼンチン(20/8/6) | 1300億元(184億ドル) | 700億元と7300億ペソの交換+600億元の二国間現地通貨スワップ |
14位:タイ(20/12/22) | 700億元(99億ドル) | 3700億バーツ(103億ドル) |
15位:チリ(21/8/20) | 500億元(71億ドル) | 6兆ペソ(68億ドル) |
16位:ハンガリー(20/9/17) | 400億元(57億ドル) | 400億元規模の補足的な二国間現地通貨スワップ |
17位:トルコ(21/6/4) | 350億元(50億ドル) | 460億リラ(25億ドル) |
17位:カタール(21/1/6) | 350億元(50億ドル) | 208億リヤル(57億ドル) |
19位:南アフリカ(21/9/13) | 300億元(42億ドル) | 680億ランド(39億ドル) |
19位:パキスタン(21/7/13) | 300億元(42億ドル) | 7300億Pルピー(33億ドル) |
19位:マカオ(19/12/5) | 300億元(42億ドル) | 350億パタカ(43億ドル) |
22位:ニュージーランド(20/8/22) | 250億元(35億ドル) | NZドルはスポットで計算 |
23位:エジプト(20/2/10) | 180億元(25億ドル) | 410億Eポンド(17億ドル) |
24位:ナイジェリア(21/6/9) | 150億元(21億ドル) | 9670億ナイラ(22億ドル) |
24位:モンゴル(20/7/31) | 150億元(21億ドル) | 6兆トゥグルク(18億ドル) |
24位:ウクライナ(18/12/10) | 150億元(21億ドル) | 620億フリヴニャ(17億ドル) |
27位:スリランカ(21/3/19) | 100億元(14億ドル) | 3000億ルピー(8億ドル) |
28位:カザフスタン(18/5/28) | 70億元(10億ドル) | 3500億テンゲ(8億ドル) |
28位:ベラルーシ(18/5/10) | 70億元(10億ドル) | 22億Bルーブル(0.40億ドル) |
30位:ラオス(20/5/20) | 60億元(8億ドル) | 7.6兆キープ(4億ドル) |
31位:アイスランド(20/10/19) | 35億元(5億ドル) | 700億クローナ(5億ドル) |
32位:アルバニア(18/4/3) | 20億元(3億ドル) | 342億レク(3億ドル) |
33位:スリナム(19/2/11) | 10億元(1億ドル) | 11億スリナムドル(0.36億ドル) |
合計 | 4兆1045億元(5809億ドル) | 5783億ドル |
(【出所】中国人民銀行『人民幣国際化報告』より著者作成。ただし、シンガポールとのスワップに関してはシンガポール通貨庁(MAS)の報道発表をもとに作成。なお、米ドル換算額はBISウェブサイト “Download BIS statistics in a single file”, US dollar exchange rates データから取得した2022年11月14日時点から遡って最も新しいもの。BISデータが存在しない場合はファイナンスサイト等を参考にしている)
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
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例えば,円と人民元のスワップは為替スワップで,中国とECBは通貨スワップのようです。いずれにしても,中国との貿易では,ドルを介さずに直接人民元で取引することが多いと思いますが,どうしても日本のほうが輸入超過になるので,流動性確保のために人民元のスワップが必用なのでしょう。先進国の場合は,そういう国が多い気がします。韓国も同じでしょう。
いずれにせよ,貿易目的で政治的意味はないと思います。
管理人様、興味深い記事ありがとうございます😊