資料集:最新のSWIFT人民元決済シェアランキング
本稿は「議論」というよりも単なる「資料集」です。国際決済電文システムを運営するSWIFTが毎月公表している『RMBトラッカー』、つまり「中国の通貨・人民元が国際送金の世界でどれほど使用されているか」に関するデータについて、2020年までのものが整いました。そこで、本稿ではいつもの「人民元国際化状況」に関するデータを簡単にまとめておきます。
今ひとつ見えない「中国の野心」
昨日の『行き詰まる一帯一路構想と中国に失望する中・東欧諸国』では、中国共産党が掲げる「一帯一路」なる構想を巡って、その具体性の乏しさに加え、実現性のなさ、さらには一帯一路に関与している国々における中国への失望について取り上げました。
改めて考えてみると、中国というのもよくわからない国です。日本に対しては尖閣諸島周辺海域への領海侵犯を常態化させていますが、東南アジア諸国に対しても、「牛の舌」などと呼ばれる、南シナ海全体への強引な領有権主張が強い反発を買っている状態だからです。
「一帯一路構想」とは、単なる道路、鉄道、港湾といった交通に留まらず、中国が進める経済的一体化に向けた共同体構想のようなものだそうですが、現実に中国が外国に対して行っている行動を見る限り、中国が「ソフトパワー」で世界を席巻しているようには到底思えません。
最近だと、中国といえば、武漢肺炎・武漢コロナウィルスを全世界にまき散らした張本人でもあります。今後、中国が影響力を高める国といえば、韓国や北朝鮮くらいなものであって、むしろそれ以外の全世界は中国に敢然と立ち向かうような気がしてならないのですが、いかがでしょうか。
人民元の現状(2020年版)
さて、中国といえば、「人民元の国際化」をひとつの国家目標に置いていたはずです。
ところが、『国際的な債券市場と人民元:2015年を境に成長停止』でも説明したとおり、人民元の国際化は2015年以来、事実上ストップしている状態にあります。とりわけ、オフショア債券市場、国際決済市場などの統計データを見ても、人民元国際化の動きが明らかに停滞しています。
こうしたなか、当ウェブサイトで時々紹介するが、国際的な決済電文システムを運営するSWIFTが毎月公表している『RMBトラッカー』です(世の中のウェブ評論サイト、ブログサイト等を眺めても、この指標に継続的に着目しているのは、現状、当ウェブサイトくらいなものかもしれません)。
これは、国際的な銀行間電文システムであるSWIFT上で交換されたメッセージをもとに、「国際決済総額に占める人民元建て決済額の割合」(顧客を送金人とする決済額および銀行間決済額)のシェアをほかの通貨と比較したものです。
その最新版について、アップデートができる状況となりました。SWIFTが2020年12月分までのデータを公表したからです。
人民元は5位、英ポンドの長期凋落傾向
ここでは、2016年以降の各通貨の国際送金シェアについて、各年12ヵ月分のデータを集計して平均値を算出し、それがどう推移してきたかについて示しておきましょう(図表1)。
図表1 RMBトラッカーの通貨別平均値(含ユーロ圏)
通貨 | 2016年→17年→18年→19年→20年 |
---|---|
1位:米ドル(USD) | 41.72%→40.46%→39.34%→40.53%→40.10% |
2位:ユーロ(EUR) | 30.95%→32.91%→34.08%→33.48%→34.69% |
3位:英ポンド(GBP) | 7.98%→7.31%→7.23%→6.93%→6.81% |
4位:日本円(JPY) | 3.32%→3.10%→3.43%→3.52%→3.58% |
5位:人民元(CNY) | 1.89%→1.76%→1.84%→1.93%→1.84% |
6位:加ドル(CAD) | 1.84%→1.82%→1.70%→1.81%→1.75% |
7位:豪ドル(AUD) | 1.59%→1.51%→1.50%→1.43%→1.45% |
8位:香港ドル(HKD) | 1.17%→1.25%→1.42%→1.49%→1.41% |
9位:シンガポールドル(SGD) | 0.92%→0.88%→0.97%→1.04%→1.04% |
10位:タイバーツ(THB) | 1.00%→0.98%→0.97%→1.00%→0.99% |
(【出所】SWIFT『RMBトラッカー』より各年12ヵ月分のデータを単純平均)
これで見ると、興味深いことがいくつか判明します。
まず、1位、2位、4位は米ドル、ユーロ、日本円でほぼ不動であり、人民元とカナダドルは順位が入れ替わりながらも5位、6位を締めています。また、これら以外にも豪ドル、香港ドル、シンガポールドルなどの通貨が強く、タイバーツは堂々10位にランクインしています。
また、個人的に非常に気になるのが、英ポンドの長期的な凋落傾向です。
2016年の12ヵ月分の平均値は7.98%でしたが、年を経るごとに、7.31%、7.23%、6.93%と下がり、ついに2020年には6.81%にまで低下してしまいました。いわゆる「BREXIT」の影響でしょうか。
その一方、日本円はだいたい毎年3~4%程度で推移していますが、この分で推移すれば、今後数年の間に日本円と英ポンドが逆転するかもしれません。
それはさておき、図表1を眺めていて、人民元のシェアはだいたい1~2%台で安定していることがわかります。
ただ、じつは2015年8月、ほんの1ヵ月間だけでしたが、人民元の決済シェアが日本円のそれをわずかに上回り、4位に入ったことがあります。言い換えれば、日本円はその1ヵ月間、5位に転落した、ということでもあります。
(※ちなみに2015年以降、日本円が4位の地位から転落したのは、この2015年8月に一瞬だけ人民元に抜かれたときと、2017年11月に1ヵ月間だけベネズエラ・ボリバルに抜かれたときの、たった2回しかありません。)
どうして人民元の国際送金高が日本円のそれを追い抜いたのかについては、なんだかよくわかりません。
また、人民元が瞬間的に日本円の決済シェアを追い抜いたまでは良かったものの、その後は再び元通りに戻ってしまったというのも、なんだか腑に落ちない点ではあります。
なぜかユーロ圏を除外すると人民元のシェアが落ちる
ところで、この国際送金におけるシェアについては、SWIFTはもうひとつ、別のデータを出しています。それが、「ユーロ圏を除外したデータ」です。
図表1と同じロジックで、今度は「ユーロ圏を除外したデータ」をもとにシェアの平均値を出したものが、図表2です。
図表2 RMBトラッカーの通貨別平均値(除ユーロ圏)
通貨 | 2016年→17年→18年→19年→20年 |
---|---|
1位:米ドル(USD) | 45.45%→43.80%→42.72%→46.25%→44.69% |
2位:ユーロ(EUR) | 31.78%→34.86%→36.47%→32.29%→34.70% |
3位:日本円(JPY) | 4.28%→3.92%→4.07%→4.36%→4.34% |
4位:英ポンド(GBP) | 4.11%→3.90%→4.04%→3.97%→3.93% |
5位:加ドル(CAD) | 2.45%→2.38%→2.13%→2.28%→2.19% |
6位:豪ドル(AUD) | 1.60%→1.42%→1.45%→1.53%→1.49% |
7位:スイスフラン(CHF) | 2.59%→2.54%→1.84%→1.42%→1.30% |
8位:人民元(CNY) | 1.34%→1.06%→1.11%→1.22%→1.20% |
9位:香港ドル(HKD) | 0.90%→0.88%→0.91%→0.95%→0.94% |
10位:スウェーデンクローナ(SEK) | 0.73%→0.68%→0.68%→0.80%→0.74% |
(【出所】SWIFT『RMBトラッカー』より各年12ヵ月分のデータを単純平均。ただし2016年のデータに関しては11ヵ月分しか存在しない)
すると、今度は人民元の地位が8位にまでズルズル下がってしまうのです。また、図表1では3位だった英ポンドは4位に、4位だった日本円が3位に変化するなど、細かい部分でさまざまな変動が生じています。なんだか、これも不自然ですね。
ユーロ圏のデータを除外すると、英ポンドの地位が下落する理由は、ユーロ圏内では英ポンド建ての送金需要が多いからだ、という想像が働きます。しかし、ユーロ圏のデータを除外すると、むしろユーロ建ての送金比率が上昇するというのも、なんだか不思議です。
また、ユーロ圏のデータを除外すると人民元のシェアが下がるということは、ユーロ圏において人民元建ての国際送金がそれなりになされているということですが、そもそも中国国外で人民元建ての金融商品自体があまり活発に取引されていないことを踏まえるならば、やはりこのデータの動きは不思議です。
しかも、データにユーロ圏を含めた場合に、アジア通貨であるシンガポールドルやタイバーツなどがランクに入って来るのに、ユーロ圏を除外したらこれらのアジア通貨が姿を消し、かわって欧州通貨であるスイスフランやスウェーデンクローナなどがランクに入って来るというのは、明らかに直感に反します。
このあたり、直感に反するデータばかりですが、残念ながら現時点までにこれらについてきれいに説明する材料を持ち合わせていません。今後の課題とさせていただきたいと思います。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
さて、本稿ではSWIFTとは別の中国が主導する決済システムであるCIPSについても言及しようと思っていたのですが、諸般の事情があり、これについてはまた後日、まとめて議論したいと考えている次第です。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
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> ユーロ圏のデータを除外すると、むしろユーロ建ての送金比率が上昇するというのも、なんだか不思議です。
EU 内でも、チェコやハンガリーのようにユーロを導入していないソフトカレンシー国家が、国際取引でユーロ決済しているからでしょうか? これらの国々は、EU 域内からの旅行者が大部分を占めるようですし。
これだけでは規模が小さ過ぎるかな?
> ユーロ圏のデータを除外すると人民元のシェアが下がるということは、ユーロ圏において人民元建ての国際送金がそれなりになされているということですが、そもそも中国国外で人民元建ての金融商品自体があまり活発に取引されていないことを踏まえるならば、やはりこのデータの動きは不思議です。
ドイツ銀行がやらかしてるとか・・・
Mada in Italy, but Chinese company は確実に増えていますね。衣服や靴くらいならまだいいですが、Chinese company の 5G 通信機器とかに気をつけないと、クリーンネットワークが崩壊する恐れがあります。
おはようございます(^_^)
>このあたり、直感に反するデータばかりですが、残念ながら現時点までにこれらについてきれいに説明する材料を持ち合わせていません。今後の課題とさせていただきたいと思います。
『データにユーロ圏を含めた場合に、アジア通貨であるシンガポールドルやタイバーツなどがランクに入って来るのに、ユーロ圏を除外したらこれらのアジア通貨が姿を消し、かわって欧州通貨であるスイスフランやスウェーデンクローナなどがランクに入って来る』のは、一般的な経済活動によるお金と超富裕層の隠し資産とかの違いなのかな?と邪推してみました。
Die Deutsche Bank
ユーロ圏を除くと人民元の決済シェアが下がるということは、すなわちユーロ圏のどこかで盛んに人民元決済が行われているということを意味していると思われます。
あからさまに中国にのめり込んでいるドイツあたりがまず疑われますが、もう一か国、ギリシャも疑って然るべきでしょう。ギリシャはピレウス港を中国の手に渡すような真似をしてますので、経済的にかなり中国に浸食されている可能性があります。
ギリシャの経済規模から考えて、絶対額がそれほど大きいとも思えませんが、港湾での取引だけでなく、中国への債務返済が人民元建てで行われていた場合、それなりの送金量になっているのかもしれません。
いつも新宿会計士様の記事を
とても参考にさせていただいてます。
「ユーロ圏のデータを除外すると、
むしろユーロ建ての送金比率が上昇する」
点に関してですが、
ユーロ域内では国際資金決済の
S.W.I.F.T.ネットワークを使わず、
欧州中銀のTARGETなど
域内クリアリングを使用する
ことが多いためではと思います。
すいません
時間なくて説明が雑でした。
RMBトラッカーの説明の記載にも
SWIFTで交換された電文の集計
と記載されています。
たとえば、
ドイツからフランスに
ユーロ建送金をする場合通常は
SWIFTを使わずに、
日本の国内振込のような
TARGETなどの域内決済網を
使用するのでこの統計には
計上されません。
それがEUや単一通貨EURO導入での
彼らの大きなメリットでもある点です。
大変面白い記事をありがとうございます。
「ユーロ圏のデータを除外すると、むしろユーロ建ての送金比率が上昇するというのも、なんだか不思議です。」
Excluding Eurozone の定義はどうなっているのでしょうか、不思議ですよね。
RMB tracker のような元資料に辿り着くのは私には困難な事、貴重な情報をありがとうございます。
香港のclearing center としての地位がこれほど継続的に高いというのも驚きでした。Chinaのアキレス腱のように思われます。そのように考えると、今のChinaの香港に対する強圧(弾圧)についても示唆的におもえます。
RMBトラッカーの分析ありがとうございます。
直感に反する部分に関し、閃くものがあります。
それは、ユーロ圏にどこかのタックスヘイブンが含まれており、
世界中の華僑が其処をメインバンク(資産逃避地)として使っているのではないかというものです。 当たるも八卦、外れるも八卦ですが、ユーロ圏の定義を確認できると裏が取れるのと思います。
こんな記事もありました。
記事によると「設立の目的は定かではない」。
中国人民銀行がSWIFTと新会社──デジタル人民元の国際化に利用か
https://www.coindeskjapan.com/98328/
前々から感じていたことですが、
ユーロを自国の通貨としているユーロ圏内(仏独蘭伊白等の国家間)のユーロの取引を計上するのは、互いに別々の通貨の国々の送金シェアと同じものと扱っており間違いである
と
言いたい(外貨準備金も同じ)。
それは、テキサスとニューヨークの取引をドルシェアに東京と神奈川の取引を円シェアに計上するようなものだから。
ユーロ圏内のユーロ送金を計上するなら、アメリカ内でのドルの送金を計上し、日本国内での円の送金も計上しなければならない。
それは流石に変だから、ユーロ圏内のユーロ送金を排除するのが良いと思うのです。