WSJ「FRBは外国中央銀行と為替スワップ拡張を」

米メディアWSJに今週、「米FRBは中国、韓国、香港、オーストラリア、台湾などとの為替スワップを締結すべきだ」と主張しました。これについて状況を調べてみると、たしかに米国は2008年の金融危機の際には14ヵ国・地域の中央銀行とのあいだでドル資金流動性供給スワップを締結しているのですが、現在、米国はこのスワップ協定を日英欧瑞加の5中銀に限定してしまっています。もっとも、オーストラリアや台湾はともかく、米FRBが中国、香港、韓国との間で為替スワップを締結するのかどうかは疑問ですが…。

WSJ「為替スワップ再開を」

米メディアのウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)に現地時間月曜日、こんな社説が掲載されていました。

The Fed’s Market Emollients(米国夏時間2020/03/09(月) 19:14付=日本時間2020/03/10(火) 08:14付 WSJより)

“emollients”とは見慣れない単語ですが、辞書で調べると「膏薬」、「緩和剤」などの訳語が出てきます。敢えて意訳すると、「(米国の中央銀行である)FRBは市場の混乱を鎮静化することができる」、といった主張でしょう。

ごく簡単にいえば、WSJはFRBに対し、2008年のリーマン・ブラザーズの経営破綻に際して外国の通貨当局と締結した「金融市場にドル資金を供給するための仕組み」、つまり「為替スワップ」と呼ばれる協定を復活させてはどうか、と提案しているのです。

WSJの社説によれば、米国内の金利は実効FF金利が1.09%、米10年利回りが0.60%を割り込んでいるなか、ニューヨーク連銀が月曜日、翌日物レポを1000億ドルから1500億ドルに、2週間レポを200億ドルから450億ドルに増やしたことで、米国内の流動性には不安はないと指摘。

しかし、外国に対するドル資金供給の仕組みが不十分であるとして、「為替スワップ」を外国中央銀行と結んではどうか、と述べます。該当するくだりは、次のとおりです。

“The Fed currently has swap arrangements with the central banks of Canada, U.K., European Union, Switzerland and Japan. It could extend these swap lines to other countries with markets in tumult like Australia, South Korea, China, Taiwan and Hong Kong. Foreign central banks should also be encouraged to supply dollars to their banks if needed.”

意訳すると、次のとおりです。

FRBは現在、カナダ、英国、欧州連合(EU)、スイス、日本の各中央銀行とのあいだでスワップ協定を結んでいる。しかし、これらのスワップ協定は市場が動揺しているオーストラリア、韓国、中国、台湾、香港などに対しても拡張されるべきだ。外国中央銀行はまた、必要に応じてドル資金を民間銀行に供給すべきだ

米国の為替スワップ史

この点、FRBのウェブサイト “Credit and Liquidity Programs and the Balance Sheet” によると、米FRBは2007年12月以降、次の14の外国中央銀行と締結した為替スワップ( “dollar liquidity swap lines” )を締結したものの、それらは2010年2月に終了したそうです。

  • 豪州準備銀行(the Reserve Bank of Australia, RBA)
  • ブラジル中央銀行(the Banco Central do Brasil)
  • カナダ銀行(the Bank of Canada, BOC)
  • デンマーク国民銀行(Danmarks Nationalbank)
  • イングランド銀行(the Bank of England, BOE)
  • 欧州中央銀行(the European Central Bank, ECB)
  • 日本銀行(the Bank of Japan, BOJ)
  • 韓国銀行(the Bank of Korea)
  • メキシコ銀行(the Banco de Mexico)
  • ニュージーランド準備銀行(the Reserve Bank of New Zealand, RBNZ)
  • ノルウェー銀行(Norges Bank)
  • シンガポール通貨庁(the Monetary Authority of Singapore, MAS)
  • スウェーデン・リクス銀行(Sveriges Riksbank)
  • スイス国民銀行(the Swiss National Bank, SNB)

また、FRBが現在、ほかの主要5中銀とのあいだで締結している為替スワップは、期間、金額ともに無制限ではありますが、「民間銀行に相手国通貨を供給するための為替スワップ協定」であり、「ほかの中銀に対して為替介入などの原資を提供するための通貨スワップ」ではありません。

日米英欧瑞加の6中銀や日本の財務省などの通貨当局が為替スワップ、通貨スワップを締結している相手国は、欧州の場合はユーロ圏に近接する諸国、米国の場合はNAFTAの相手国、日本の場合はアジア諸国、といった具合に個性が出ているようです(図表)。

図表 日米英欧瑞加6ヵ国・地域がスワップを締結する相手
主体為替スワップ通貨スワップ
欧州中央銀行(ECB)日米英瑞加デンマーク、ラトビア、ポーランド、スウェーデン、中国
イングランド銀行(BOE)日米欧瑞加中国
米FRB日英欧瑞加メキシコ、カナダ
カナダ銀行(BOC)日米英欧瑞+韓国
スイス銀行日米英欧加中国
日本銀行(BOJ)英米欧瑞加+豪州、中国、シンガポール
日本国財務省インド、タイ、インドネシア、フィリピン、シンガポール

(【出所】著者作成)

米国が頑なに日英欧瑞加、メキシコ以外の諸国とスワップを締結しない理由は、よくわかりませんが、WSJが社説「復活させるべき」と主張しているのは、文脈から判断して、おそらくは為替スワップであろうと思います。

このうち豪州や台湾とのスワップについて復活(あるいは新規締結)することは非常に望ましいと思います。なぜなら、通貨スワップ・為替スワップには金融面での協力という視点に加え、金融市場や通貨市場の安全弁という役割もあるからです。

なぜか韓国メディアが狂喜乱舞?

さて、このWSJの社説を見て歓喜したメディアがあったようです。

韓経:米ウォール街が先に主張…「韓国などと通貨スワップ必要」(2020.03.12 07:50付 中央日報日本語版より)

韓国メディア『中央日報』(日本語版)は嬉々として、「『韓国などと通貨スワップが必要だ』と米ウォール街が先に主張してきた」と報じているようなのです。もっとも、

米国は欧州連合(EU)、英国、日本、カナダ、スイスなど5カ国・地域とだけ通貨スワップ契約を締結している

とあるのは、当然ですが通貨スワップではなく為替スワップの間違いです。不思議なことに、中央日報を含めた韓国メディアの報道を眺めていると、常に通貨スワップと為替スワップを混同しています。両者の性質が異なるという点について、彼らがなぜ、頑なに無視するのかは理解できません。

そのうえで中央日報は、WSJが「現地時間10日」(※電子版だと現地時間9日)、

10年ぶりに発生した金融市場パニックを収拾するためにFRBが韓国、中国、台湾、香港、オーストラリアなどの中央銀行と通貨スワップ契約を締結すべきだと主張した

とあるのですが、WSJの原文は “foreign-exchange swap lines” 、つまり「為替スワップ」と正しく表記されています。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

韓国が2017年11月にカナダと為替スワップを締結した際には、それこそ国を挙げて「カナダと金額・期間無制限の通貨スワップを締結した」と大騒ぎしたのを思い出します(『【速報】カナダ・韓国間の為替スワップは通貨スワップではない!』参照)。

実際、カナダとのスワップは通貨スワップではなく為替スワップであり、加ドルを必要とする韓国の民間金融機関がさほど多くなく、危機に際してほとんど役に立たないという実態が知れ渡るにつれ、次第にカナダとの為替スワップは「なかったこと」にされていくのが興味深いと思った次第です。

ただ、為替スワップであっても締結する相手国がカナダではなく米国であれば話は別です。

韓国のように1000億ドル前後の短期資金(※おそらくその多くは米ドル建て)を外国金融機関から借り入れている国の場合は、ドル資金であれば、通貨スワップであっても為替スワップであっても、結果的には流動性危機から脱することが可能だからです。

しかし、WSJが主張する諸国のうち、韓国、中国、香港については、米国がスワップラインを復活、あるいは創設する可能性は、さほど高くないのではないでしょうか。

このうち中国と香港については2008年の金融危機の際にも米国がスワップラインを結ばなかった国・地域ですし、また、日韓GSOMIA破棄騒動や米軍駐留経費負担などで関係がぎくしゃくしている韓国に対し、米国がわざわざスワップラインを開くかどうかは疑問です。

もっとも、米国のことですから韓国にスワップラインを開いて、その韓国からスワップを「食い逃げ」される、という展開も十分に考えられるのが怖いところですが…。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. だんな より:

    アジアの株式市場は、軒並み大幅に下落していますね。
    日本も円高、株安が深刻になっています。
    コスピが1813まで下げて、ウォンも1202となっています。
    そりゃ、米ドルスワップ欲しいでしょうが、かなわない夢だと思います。

    1. しきしま より:

      昨日のソウルのコールセンターでの大量感染とWHOのパンデミック宣言が効いてるように思います。

      人口分布からすると事実上ソウル≒韓国なので
      ソウルで大量感染≒韓国終了
      とみなされる可能性が高いです。
      それに加えて日本との人の往来も止まっています。
      つまり、仮に日本に助ける気があったとしても助けるのは困難。
      アビガンその他コロナに効きそうな薬をやり取りする人員もお互い入国困難です。

  2. 匿名 より:

    リーマン・ショックの時と違って今回は普通にアメリカと何も関係ない武漢発の危機だしな
    なんなら中国とスワップしてもらえば、もうしてもらってるのかな?

  3. ボーンズ より:

    絶望先生のターン。
    最悪アメリカからの入国制限掛けなきゃならなくなってしまうかも。

  4. 韓国在住日本人 より:

     この著者はもしかして韓国人ではないでしょうか?

     なんだか匂います。

     駄文にて失礼します。

    1. だんな より:

      韓国在住日本人さま
      まず私もそう思いましたが、確認出来ていません。
      怪しいですよね。

  5. 匿名 より:

    認知バイアスで 為替スワップ⇒通貨スワップ に脳内変換されてるんでしょうね

    1. ケロお より:

      もしかしたら、ハングルでは「通貨」と「為替」が同じ単語に翻訳されているのではとおもったけど、google翻訳によると、さすがにそんなことはなかった。
      あそこの国は言語からして怪しんだよなあ。
      「事情」と「射程」と「射精」が同じ単語(사정)になるとかさあ。ありえないですよ。発音が同じだけならわかるけど、書いた単語が同じになるとか…

  6. カズ より:

    何となくですが・・。

    せっかく米国債が価格上昇(買われてる)しているのですから、他力本願でしかないスワップに依存することばかり考えないで、保有米国債の市場売却で米ドルを調達し、通貨防衛に備えて外貨準備高の流動性を確保すべきときなのでは?・・って思うんですけどね。

    それとも、すでに質草(担保)になってたりして、売るに売れない事情でもあるのでしょうか?

    確かに市場売却の都度に即時債権回収されたのでは、流動性の確保には結びつかないですものね。

  7. だんな より:

    カズさま
    米国債は、国別保有高がオープンです。
    同盟国側としては、売りにくい物で、そこに手を付けるようじゃ、お終いなんだと思います。
    自分から、4000億ドルの、外貨保有高は、嘘ですと言う様な物だからでは、無いかと思います。

    1. カズ より:

      だんな さま

      確かに売りにくいんでしょうね。

      けれども、だからこそ「背に腹は代えられない事情」を誠心誠意うち明けて理解を求める必要があるのだと思うのです。

      中東への自衛隊派遣然り、今回の入国制限措置然り、日本はイランや中国に対しての事前の根回しを怠らずきちんと「意思の疎通」を図ってるからこそ相手国に理解されてるのだと思います。

      円滑なお付き合いの秘訣は、「前もって謝っておくこと」だと思うのですが、
      日本を安易に追随する判断が「そもそも誤っていること」に気づいていない。

      きちんと筋を通せば話の通じることも、黙ってやれば裏切り行為でしかないのですものね。
      彼らのやってることは事後報告ですらもなく、追及された後の弁明(言い訳)ばかりです。

      *前もって謝ってさえいれば・・。(彼らにとっては「屈辱の無理ゲー」なのかもですが・・。

      1. だんな より:

        カズさま
        正論だと思います。
        一方で韓国が、その様な事をする国では、無い事もご承知の事と思います。
        私は、韓国を信じていませんので、米国債が質草になっている可能性まで、疑っています。
        今の流れだと、今日コスピが1800を割って始まり、昨日同様サーキットブレーキが、発動するでしょう。
        ウォンも、売られた株式をドルに戻す流れで、安くなる妄想をしています。
        今日の目標は、コスピ1700割れとウォン1225超えですかね。

  8. 名無Uさん より:

    な~る、WSJ流のアドバルーン記事かな?
    米国政府としても、武漢肺炎再編後に『これ』という国を味方につけておきたいでしょう。
    とりあえず、為替スワップを持ち出して各国の反応を見てみようじゃないか、と。
    その心当たりはすでにあるでしょう。

    あからさまに結びたい国を名指しすると、色々と軋轢が出てくる。そこで、米中貿易戦争中の中共の名前まで潜りこませる。トランプ大統領が直々に不満を述べる韓国まで潜りこませる。
    アメリカの意中にある国・地域はズバリ、オーストラリア、台湾、香港でしょう。

    悲しいかな、中央日報…
    中央日報がどれだけよだれを垂らそうが、保守派がデモでどれだけ星条旗をぶん回そうが、青瓦台は歯牙にもかけないでしょう。
    (ついでにアメリカも…)

  9. 匿名 より:

    スイスって韓国と通貨スワップ結んでませんでしたっけ?

    1. 新宿会計士 より:

      韓国にとって唯一「使える」のがスイスや豪州、UAEとの通貨スワップですね。

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