中立国スイスすら資産凍結:金融面で見たロシアの苦境
ウクライナ戦争を受けたロシアに対する金融制裁の異例さの証拠は、永世中立国であるスイスが制裁に参加したという点でしょう。こうしたなか、スイス当局は先日、ロシア関連で75億フランの資産が凍結されているほか、461億フラン相当が監視対象となっていると明らかにしました。その一方で、ロシアの外貨準備も順調に枯渇が進んでいます。こうしたなか、ルーブルの価値は一見安定しているようにも見えますが…。
目次
スイスがロシア資産75億フランを凍結:461億フランを監視
ロシアによる国際法に違反したウクライナへの軍事侵攻を受けて、西側諸国を中心とする国際社会は現在、戦争遂行能力を低下させることなどを目的に、ロシアに対して厳しい経済・金融制裁を加えています。
こうしたなか、スイスといえば長らく永世中立国とされていましたが、今回のロシアの軍事的暴挙に対しては、そのスイスがロシアに対する制裁に乗り出したという意味で、非常に画期的なものだったといえるかもしれません。
そして、そのスイスの最新の対露経済制裁の状況が出てきました。
スイスの連邦経済省経済管轄局(SECO)が現地時間1日に発表した情報によると、11月25日時点において、ロシア関連で75億フラン(約1.1兆円)相当の金融資産に加えて、6つのカントン(州)に所在する15箇所の不動産物件について、資産凍結措置が実施されていると明らかにしました。
Ukraine: Reported deposits and frozen assets in Switzerland
―――2022/12/01付 SECOウェブサイトより
これはロシアのウクライナ侵攻を受けてスイス政府が2月28日、欧州連合(EU)に追随して発動したもので、ウクライナ情勢に関連し、制裁リストに記載されている人物、企業、組織が直接的または間接的に所有または支配するすべての資金・経済資源を凍結するものです。
ほかにも、次のような項目が措置に含まれているのだそうです。
- ロシアの法人・個人に対し、10万フランを超える預金の新規受入を禁止する
- 既存の預金のうち10万フランを超えている口座があれば6月3日までにSECOに報告する
このうちのSECOへの報告義務に関しては、123の個人・法人から報告された7548のビジネス上の関係に基づく資産が461億フラン(約6.5兆円)に達しており、ほかにもベラルーシ関連の資産が4億フラン報告されている、などとしています。
ロシアの外貨準備データ
その一方で、現在のロシアが金融面で見て、いったいどのような状態になっているのかについては気になるところです。
つい先日の『ロシアの外貨準備高は間もなく枯渇か=IMFデータ』でも取り上げた、国際通貨基金(IMF)が公表している『IRFCL』(正式名称は ” International Reserves and Foreign Currency Liquidity” )というデータに基づくロシアの外貨準備高を確認しておきましょう。
IRFCLによると、ロシアの2022年1月時点の外貨準備高は6302億ドルで、その内訳は証券が3113億ドル、預金が1520億ドル、金地金が1323億ドルなどとなっており、IMFリザーブポジションやSDRを除けば6009億ドルでした。
このデータをもとに、ロシアの中央銀行が議会に対して報告しているレポートに掲載されている外貨準備の通貨別内訳に関するレポートから逆算すれば、ロシアの外貨準備については、3700~3800億ドル程度が凍結されているものと試算できます(図表1)。
図表1 2022年1月時点のロシアの外貨準備の通貨別内訳(想像図)
通貨別構成 | 金額 | 全体の割合 |
---|---|---|
ユーロ | 2085億ドル | 33.90% |
米ドル | 671億ドル | 10.90% |
英ポンド | 381億ドル | 6.20% |
日本円 | 363億ドル | 5.90% |
加ドル | 197億ドル | 3.20% |
豪ドル | 62億ドル | 1.00% |
シンガポールドル | 18億ドル | 0.30% |
西側諸国通貨小計(①) | 3777億ドル | 61.40% |
金地金 | 1323億ドル | 21.50% |
人民元 | 1052億ドル | 17.10% |
西側諸国通貨以外(②) | 2374億ドル | 38.60% |
合計(①+②) | 6151億ドル | 100.00% |
(【出所】「割合」はロシア中央銀行・ロシア下院向けレポート【※PDF】のP123、「金地金」の「金額」はIMF、「合計額」は「金地金の金額÷割合」、各通貨の金額は「合計額×割合」で算出。「合計」額は必ずしもIMFデータと整合するものではない)
凍結されていない資産はジリジリ減少中
なお、こちらの図表1だと合計が6151億ドルとなっており、先ほどの「外貨準備高からIMFリザーブポジションとSDRを抜いた額」の6009億ドルとは微妙に一致しませんが、大きな違いではありませんので、とりあえずこのまま議論を勧めましょう。
ここで重要な点があるとしたら、外貨準備のうち、現在のロシアにとって自由になる部分が、事実上、ドル換算して約1300億ドル分の金地金と、約1000億ドル分の人民元建ての資産しかない、という分析です。
しかも、一般に金地金を物理的に運搬して外貨に換金するのは非常に困難でもありますので、結局のところ、いわゆる「支払手段」として機能するのは、人民元建ての部分(1月末時点で1000億ドル分)に限られてしまっている可能性があります。
そして、IRFCLのデータ上、2月以降のロシアの外貨準備高については内訳が示されておらず、総額とIMFリザーブポジション、SDRの金額しか判明しませんが、少なくともロシアの外貨準備のうち西側諸国通貨建ての部分については2月末以降凍結されてしまっているはずであるため、変化していないはずです。
そこで、仮に凍結されている西側諸国の通貨建ての資産と金地金の金額が1月末からまったく変わっていなかったとして、2022年9月時点の外貨準備高5407億ドルを分析してみると、図表2のような計算結果が出てきます。
図表2 2022年9月時点のロシアの外貨準備(想像図)
項目 | 金額 | 備考 |
---|---|---|
西側諸国通貨 | 3353億ドル | 図表1データ |
IMFリザーブポジション | 48億ドル | IRFCLデータ |
特別引出権 | 222億ドル | IRFCLデータ |
金地金 | 1323億ドル | 1月末時点と同じ |
人民元 | 461億ドル | 差額 |
合計 | 5407億ドル | IRFCLデータ |
(各金額の出所は備考欄に示した通り。なお、1月末時点で3777億ドルだった「西側諸国通貨」については、9月末時点の為替相場で洗い替えている)
つまり、ロシアから見た現時点の外貨準備高のうち、事実上、ロシアが自由に使用できる人民元建ての部分については、残高が1000億ドル相当から500億ドル相当にまで急減している可能性が濃厚なのです。
もちろん、ロシアが保有する金地金の一部を売却している可能性があるほか、ロシア中央銀行の金庫に現金(紙幣)などの形で外貨が保管されている可能性もあるため、現実にはロシアの資金ショートまでは少し時間があるかもしれません。
しかし、少なくとも外部データなどから判断する限りは、このペースで減っていけば、ロシアの中央銀行の金庫は1年から1年半後には空っぽになります。
中国は通貨スワップに応じるのか?
もっとも、そんなロシアの苦境を救う可能性が、まったくないわけではありません。
それが「通貨スワップ」と呼ばれる国際金融協力の仕組みです。
一般に国際金融協力の世界における通貨スワップとは、片方の通貨当局が外貨不足に陥った際、もう片方の通貨当局に対し、自国通貨を預け入れる代わりに外貨(相手国通貨や、米ドルなどの国際的な通貨)を借り入れる、という協定を意味します。
これについてはつい先日の『【総論】中国・人民元スワップ一覧(22年8月時点)』でも取り上げたとおり、ロシアは総額1.8兆ルーブル、1500億人民元(200億ドルあまり)のスワップを中国人民銀行と締結しています。
したがって、ロシアの外貨準備が本当に枯渇しそうになれば、ロシアは中国からさらに200億ドル前後を借り入れることができる、というわけです。
ただし、中国といえば、今年デフォルト状態に陥ったスリランカに対し、「輸入3ヵ月分をカバーするだけの外貨準備がなければスワップ発動に応じない」として、スワップを拒絶したという実績があります(ただし報道ベース。『スリランカからの通貨スワップ発動要請を拒否した中国』等参照)。
ロシアがいざというときに人民元スワップを発動し得るのかについては見ものといえるかもしれません。
補論:なぜルーブルは安定しているのか?
さて、ついでに補論です。ときどき誤解している人がいるのが、「ロシア・ルーブルの安定」という論点です。
ロシアの通貨・ルーブルの対米ドル相場は、ウクライナ侵攻直後の3月上旬から中旬にかけて、1ドル=120ルーブル台(公式)あるいは150ルーブル前後にまで売られる局面もありましたが、ロシア中央銀行が金利を9.5%から一時的に20%に引き上げるなどして対応したことも奏功してか、ルーブル高はストップしました。
そして、驚くことに、現時点の為替相場は1ドル=60ルーブル前後と、ウクライナ戦争が勃発する前の水準よりもむしろルーブル高となっているのです(図表3)。
図表3 USDRUB
(【出所】BISウェブサイト “Download BIS statistics in a single file”, US dollar exchange rates データをもとに著者作成)
これで見る限り、ルーブルの価値は安定しており、ここから再度急落し始める兆候は、いっさい見られません(※ただし、このデータは国際決済銀行が公表している公式レートであるため、非公式レートが暴落している可能性はありますが…)。
これをもって、「ロシアの通貨システムは危機的状況にない」と勘違いする人もいるだけでなく、酷い場合は「ロシアに対する経済・金融制裁は効いていない」と主張する人もいるかもしれません。
ところが、こうした人たちがすっかり見落としている論点のひとつが、「国際収支のトリレンマ」です。
これは「①資本移動の自由、②金融政策の独立、③為替相場の安定という3つの政策目標は同時に達成できない」とする命題で、『韓国は為替介入を「例外的な場合」に限定すべき=米国』などを含め、これまでに当ウェブサイトで何度も取り上げてきた論点ですので、ご存じの方は多いと思います。
たとえば、日本や米国、英国や香港などのように、資本移動の自由を保証している国の場合は、為替相場の安定か、金融政策の独立か、そのいずれかを諦めなければなりません。その結果、主要先進国は為替相場の安定を、香港などは金融政策の独立を諦めています。
なかにはスイスのように、その二兎を追いかけようとして盛大に失敗したという事例もありますが(『香港とスイスの明暗を分けるもの』等参照)、2015年1月の「スイスショック」自体、「トリレンマには逆らえない」とする経済学の鉄則の威力を知らしめた事件のひとつといえるでしょう。
国際的な資金移動を止めているから為替相場の安定は当然
ただ、ここでもうひとつ見落としてはならないのは、「トリ(3)レンマ」という表現です。
じつは、現在のロシアはこの二兎を追いかけることに成功しており、政策金利水準を引き下げながらも為替相場は極めて安定しています。そこにどんな仕掛けがあるのかといえば、何のことはありません。「資本移動の自由」をなくしてしまっただけの話です。
ロシアの通貨・ルーブルは現在、外国の通貨とほとんど両替できなくなってしまっており、しかもロシア国内では外国に製品などを売った企業に対しては、外貨をルーブルと両替する措置が事実上強制されているのです(『ルーブルが「世界一強い通貨」説の「からくり」を読む』等参照)。
このため、現在のロシアは、なかば強引な資本規制によりルーブルの価値を無理やり安定させているのと同じでしょう。
これに加えてロシアの個人が外国などに旅行する際、ロシア国内で発行されたVISAやマスターカードなどのクレジットカードを使って現地で現金を引き出す、といったことができなくなってしまいました(『クレジットカードからマクドまでロシア事業停止相次ぐ』等参照)。
つまり、「ロシアの通貨は安定している」などと言われても、実際には通貨自体、自由に交換できるわけでもないという状況にあり、正直、あまり意味はありません。
永世中立国であるスイスを含め、多くの金融大国がロシアに対する経済制裁を実施するなかで、少なくとも金融面から見てロシアがかなり苦しい状態に置かれていることは間違いありませんし、為替相場が安定している(かに見える)からといって、ロシアの金融システムは見かけほど安定しているわけでもない、といえるでしょう。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
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自称元徴用工問題、自称元慰安婦問題、火器管制レーダー照射、天皇陛下侮辱、旭日旗侮辱…。韓国によるわが国に対する不法行為は留まるところを知りませんが、こうしたなか、「韓国の不法行為に基づく責任を、法的・経済的・政治的に追及する手段」を真面目に考察してみました。類書のない議論をお楽しみください。 |
【おしらせ】人生で9冊目の出版をしました
日本経済の姿について、客観的な数字で読んでみました。結論からいえば、日本は財政危機の状況にはありません。むしろ日本が必要としているのは大幅な減税と財政出動、そして国債の大幅な増発です。日本経済復活を考えるうえでの議論のたたき台として、ぜひとも本書をご活用賜りますと幸いです。 |
>なぜルーブルは安定しているのか?
市場の原理を排除して、ルーブルに値札を付けたからですね。
定価での販売しか許されないタバコのようなものでしょうか?
毎度、ばかばかしいお話しを。
ロシア:「今後、外国との取引は、石油か小麦での物々交換で行う。そのために、小麦をウクライナから強奪する」
これって、笑い話ですよね。
先日ニュースで、いま日本の中古車が、以前よりロシアに大量に輸出されているというのを見ました。この場合決済通貨は何なんでしょうか。ドル、ルーブル、元?
G7法相会議というものがあったそうで(日本は副大臣が出席)、ロシアの戦争犯罪を追及するためにG7がウクライナと連帯するという宣言が発表されたそうです。
鶴岡路人氏によると「一般論ではない」そうです。
おそらく、日本のマスコミが取り上げることはないと思いますので貼っておきます。
G7法相会議・ベルリン宣言
https://www.bundesregierung.de/resource/blob/997532/2146320/fc05d5473d9734874c1cb988763409ea/2022-11-29-berliner-erklaerung-eng-data.pdf
法務省リリース
https://www.moj.go.jp/hisho/kouhou/hisho06_00818.html
Michito Tsuruoka / 鶴岡路人
https://twitter.com/MichitoTsuruoka/status/1598829810259619843
差し押さえた外貨準備が役に立つときが来るといいですね。
戦時中の統制経済を連想しますね。
米も味噌も醤油も、香色にはまったく値上がりしていませんでした。
でも、そんなもんどこで手に入るの?
何時間並べばよいの?
そもそも配給券が手に入らないのに。
その時にお隣の闇市での市場価格がどうだったのかは、みなさまご存知の通り。
ルーブルは、どうなのでしょうかね。