ロシア向け国際与信は14%減少

欧州尻目に融資伸ばす邦銀:日本の対外与信は5兆ドル

日本が5兆ドルの与信で米英などを抜き去り、世界最大の債権国の地位を守る一方、中国が経済規模のわりに、金融面では存在感に乏しい――。こんな姿が浮かび上がってきます。当ウェブサイトで定点観測している「国際与信統計」の最新データが出そろいましたので、本稿ではその速報値をレビューするとともに、とくにロシア向けの国際与信が前四半期と比べて14%も減少した点についても確認しておきたいと思います。

国際与信統計とは?

国際決済銀行(the Bank for International Settelements, BIS)が公表している統計資料のひとつが、当ウェブサイトでも「定点観測」している『国際与信統計』(Consolidated Banking Statistics, CBS)です。

これは金融機関の「国境をまたいだ資金の貸借」を世界統一の尺度で集計した統計であり、3ヵ月に1回公表されています。また、BIS統計の公表に先立って、日銀はCBSのうち、日本のデータを公表しており、これについては先月の『邦銀対外与信「5兆ドル」大台に』でも話題に取り上げています。

統計上の注意点としては、報告国(レポーティング・カウントリーズ)、つまり統計に収録されている「債権国」の数が限られている、という点です。

たとえば中国は「報告国」ではないので、「債権国」側には登場しませんが、「債務国」側には登場します。その理由は、「報告国」は自分の国の金融機関がどの国にカネを貸しているかというデータを報告しているからです。

つまり、これを逆集計していけば、たとえば「報告国」ではない国がどの「報告国」から借りているかを調べることができる、というわけであり、このロジックを使って中国やロシアが「報告国」から借りている総額などについても把握することができます。

ただし、「非報告国」どうしの資金のやり取りについては、BIS統計からは判明しません。

たとえば「中国からロシア」、「中国から北朝鮮」、といった資金の流れについては把握することができませんし、また、国際的なオフショアセンターのうち、とくにケイマン諸島については「報告国」ではないため、国際与信統計でカネの流れを把握しきれない、という悩みはあります。

上記注意点はあるにせよ、国際与信統計自体は国境を越えた金融機関の資金貸借を見るうえで、大変に重要で有益な資料です。こうしたなか、2022年3月末時点の国際与信統計が出そろったようですので、本稿ではその概要を確認しておきましょう。

債権国一覧

債権国側のデータ:日本が5兆ドルで世界トップ

早速ですが、債権国側のデータを見ておきます(図表1)。

図表1 各国の国際与信の状況(債権側、最終リスクベース)
2022年3月末世界シェア
1位:日本5兆0216億ドル15.82%
2位:米国4兆5447億ドル14.31%
3位:英国4兆2430億ドル13.36%
4位:フランス3兆5670億ドル11.24%
5位:カナダ2兆4321億ドル7.66%
6位:スペイン2兆0042億ドル6.31%
7位:ドイツ1兆7795億ドル5.60%
8位:オランダ1兆4516億ドル4.57%
9位:スイス1兆2135億ドル3.82%
10位:イタリア1兆0420億ドル3.28%
その他4兆4491億ドル14.01%
報告国合計31兆7482億ドル100.00%

(【出所】the Bank for International Settlements, Consolidated Banking Statistics より著者作成)

日本は昔から「世界最大の債権国」だったわけではない

これで見ると、やはり日本が世界最大の「債権国」であることが確認できます。日本の金融機関の国際与信総額は「最終リスク」ベースで5兆ドルを超えており、世界全体の「国境を越えた資金のやりとり」(31兆7482億ドル)のうちの16%近くに達しているからです。

ただし、日本が昔から「世界最大の債権国」だったわけではありません。

国際与信総額(最終リスクベース)とその世界シェアについて、「最終リスクベース」の統計が始まった2005年3月期以降でグラフ化してみると、約20年前の時点では国際与信の金額は1兆ドル少々に過ぎず、世界シェアも10%に満たなかったことがわかります(図表2-1)。

図表2-1 日本(債権側、最終リスクベース)

このグラフで見ると、日本の国際与信総額は右肩上がりで順調に増え続け、2016年ごろまで世界シェアも順調に伸ばし続けてきたことがわかります。

停滞する英国:急伸する米国

その一方で、ほかの「金融大国」の状況を確認してみると、また興味深いことが判明します。たとえば英国(図表2-2)の場合だと、かつては20%近い世界シェアを占めていたのが、2010年代を通じてむしろ国際与信残高を減少させているのです(※最近は回復傾向にありますが…)。

図表2-2 英国(債権側、最終リスクベース)

また、米国(図表2-3)については、「金融大国」というイメージを持つ人も多いかもしれませんが、意外と2000年代前半には、国際金融の世界であまり存在感がなく、世界シェアを伸ばしてきたのはむしろ2008年以降であるということが確認できます。

図表2-3 米国(債権側、最終リスクベース)

欧州系金融機関は軒並みエクスポージャーを減らす

その一方で、日米両国が国際与信の世界で存在感を発揮するなか、大陸欧州の状況は芳しくないようです。

たとえば、フランスの場合は2008年のグローバル金融危機(GFC)前後で対外与信が4兆ドルを超えていましたが、2010年代を通じて国際与信は低迷しました(図表2-4)。

図表2-4 フランス(債権側、最終リスクベース)

フランスよりももっと極端な事例が、ドイツでしょう。ドイツは統計が始まった2005年3月時点で、国際与信のシェアが20%を大きく超えていましたが、GFC以降は与信の圧縮に動いたためか、対外与信は一貫して減り続け、直近では世界シェアも5%台に落ち込んでいます。

図表2-5 ドイツ(債権側、最終リスクベース)

やはり、GFC以降は欧州系の金融機関のリスクテイク余力が大きく低下し、その分、体力に余裕があった邦銀の国際与信シェアが伸びたと見るべきなのか、それとも国内に貸出先がない邦銀が海外への融資を活発化させていると見るべきなのかはよくわかりません(おそらく真相はその両者だろうとは思いますが…)。

債務国一覧

債務者側のデータ:米国が世界最大の債務国

その一方で、債務者側についても確認しておきましょう(図表3)。

図表3 各国の国際与信の状況(債務側、最終リスクベース)
2022年3月末世界シェア
1位:米国7兆8599億ドル24.76%
2位:英国2兆4747億ドル7.79%
3位:ドイツ1兆7926億ドル5.65%
4位:フランス1兆5231億ドル4.80%
5位:ケイマン1兆4371億ドル4.53%
6位:日本1兆2671億ドル3.99%
7位:香港9445億ドル2.97%
8位:中国8998億ドル2.83%
9位:ルクセンブルク8189億ドル2.58%
10位:イタリア7381億ドル2.32%
その他11兆9925億ドル37.77%
合計31兆7482億ドル100.00%

(【出所】the Bank for International Settlements, Consolidated Banking Statistics より著者作成)

図表3の合計額31兆7482億ドルが、図表1の合計額の31兆7482億ドルと一致していることを確認しておきましょう。

そのうえで、世界最大の債務国が米国であり、世界シェアは米国だけでほぼ4分の1に達していることがわかりますが、それだけではありません。上位にランクインしている国・地域としては、ケイマン諸島と香港、ルクセンブルクといったオフショア金融センターがある、というのも興味深い点です。

また、中国は「近いうちにGDPで米国を抜く」などと指摘されているわりに、対外債務としては1兆ドルに満たない、という点については注意しておく必要があるかもしれません。

アジアのオフショア:香港とシンガポールは逆転するのか?

次に、債務国についても推移を確認しておきましょう。

ここで気になるのは、同じアジアのオフショアセンターである香港とシンガポールの「地位の逆転」が生じるのかどうか、という論点です。このうち香港については、数年前の「雨傘革命」以降、債務の世界シェアが停滞・凋落傾向にあります(図表4-1)。

図表4-1 香港(債務側、最終リスクベース)

その一方、シンガポールに関していえば、世界シェアは、近年になって再び増える傾向が確認できます(図表4-2)。

図表4-2 シンガポール(債務側、最終リスクベース)

ただし、図表で確認する限り、香港とシンガポールへの資金の流れについては、現時点において「明らかな潮流の変化が生じている」、とまでは言い切れません。

この点、『邦銀対外与信「5兆ドル」大台に』などでも取り上げたとおり、少なくとも日本からの資金の流れで見れば、香港とシンガポールの逆転が生じているのですが、こうした傾向は世界的なものとまでは言い切れない、ということです。

中国向けの債権は2015年を境に伸びなくなった

その一方で中国については、意外な事実が判明します。中国への資金の流れについては2014年から15年にかけて、順調に伸びていたのですが、これが最近、停滞傾向にあるのです(図表4-3)。

図表4-3 中国(債務側、最終リスクベース)

このあたり、中国の通貨である人民元の国際化が2015年以降ピタリと停まったという話題(『数字で読む:韓国「先進国指数」入り4回目失敗の理由』等参照)とも整合しているのですが、中国当局が自国の金融市場に入ってくる資金を制限しているという証拠でもあるのでしょう。

ロシア向け債権は149億ドルも減少!

さて、債務国という意味で興味深いのは、ロシア向けの債権です(図表4-4)。

図表4-4 ロシア(債務側、最終リスクベース)

今回公表されたのは2022年3月時点のデータですが、ロシアによる違法なウクライナ侵略(2月24日)が行われて以降、初めてのデータでもあります。これによればロシア向け与信が明らかに減少していることが明確に確認できます。

合計額と上位10ヵ国の国別の明細を確認しておくと、ロシア向けの国際与信は前四半期と比べトータルで149億ドル減少しており、+7億ドルと増えたイタリアなどを例外とすれば、主要国は軒並み、ロシア向けの債権を減らしていることが確認できます(図表5

図表5 ロシア向けの債権(最終リスクベース)
2022年3月前四半期比増減
1位:イタリア236億ドル+7億ドル
2位:フランス220億ドル▲33億ドル
3位:オーストリア158億ドル▲22億ドル
4位:米国86億ドル▲71億ドル
5位:日本80億ドル▲18億ドル
6位:ドイツ46億ドル▲0億ドル
7位:韓国12億ドル▲3億ドル
8位:英国9億ドル▲8億ドル
9位:スペイン2億ドル▲1億ドル
10位:フィンランド2億ドル▲4億ドル
その他54億ドル+3億ドル
報告国合計904億ドル▲149億ドル

(【出所】the Bank for International Settlements, Consolidated Banking Statistics より著者作成)

ちなみに149億ドルの減少ということは、割合でいえば14%にも達します。また、主要国のなかでもとりわけ米国のロシア向け与信の減少幅は非常に大きく、このままだと日本がロシア向け融資の第4位に浮上してしまうかもしれません。

ただし、もともと日本企業のロシア向けの投融資金額は日本全体の投融資金額と比べて極めて規模が少なく(『「日本のロシア撤退率はG7で最低」レポートの問題点』等参照)、正直、ロシア向けの債権が全額毀損したとしても、日本経済にはまったくと言って良いほど影響はないでしょう。

統計をきちんと読む大切さ

いずれにせよ、日本が世界最大の債権国であるという状況を踏まえるならば、昨今の円安が日本企業にとっても莫大な恩恵を与えていることは想像に難くない点ですが、それでもメディアが一生懸命、「悪い円安」リスクを喧伝しているというのは、個人的には奇妙に見えてなりません。

経済について議論するときには、本来ならばこうした基礎統計こそ丹念に読まなければならないと思う次第です。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. Padme Hum より:

    「正直、ロシア向けの債権が全額毀損したとしても、日本経済にはまったくと言って良いほど影響はないでしょう。」

    よかった!これで心配事が一つ減った。中国や韓国向けの債権はどうなのかしら。全額毀損したら日本経済にどれくらいの影響があるのかしら。知ってる人がいたら教えてくだされば嬉しいです。

  2. カズ より:

    >「悪い円安」リスク

    確かに、喫緊には輸入価格の上昇に伴う物価高は否めないのだと思います。

    けれども為替変動(1ドル=100円→130円)を対外与信残に換算すると110兆円近くの含み益が生じてるとも言えるんですよね。それも輸出競争力を確保しつつです。

    生じた含み益を活用すれば企業会計上の帳尻合わせが可能な現在、中韓からの撤退・縮小、そして国内回帰への好機だと思うんですけどね・・。

    1. 農民 より:

       どうもワイドショーあたりだと、こういった流れの総合的な結果としての国内回帰を「日本ではもうずっと賃金が上がっていないから人件費が安かった国外生産をやめて国内でやるはめになっている、あーあー日本経済だめだなー」で説明しているようですよ……おばちゃん談。

      1. カズ より:

        ワイドショー ワイ、どうしょう!?と、 煽るだけ

        m(_ _)m(五七調にしてみました)

  3. 匿名 より:

    シンガポールの金融株は持っておくとよさそうですね。
    資源や人口がないことから敬遠してました。投稿ありがとうございます。

    もはや情弱ビジネスと化したマスコミは、中の人もこんな統計を読み解く力はないですし、情報を受け取る人はこんなことを理解できる能力がないので、どうしようもないかと思います。

  4. クロワッサン より:

    マスコミの肌感覚として、海外取材で掛かる費用が増えるなどから業界ではデメリットだからとか?

    自社コンテンツ使用に対する海外からの料金が身近ではないとか。

    オリンピックやF1の放映権は、円安だと割高になりますしね。

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