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    Categories: RMB金融

行き詰る人民元国際化 中国の通貨スワップ戦略の限界

中国人民銀行がマカオの通貨当局と通貨スワップ協定を締結していたようです。といっても、金額的には非常に少なく、上限額は300億人民元と350億パタカに過ぎません。マカオ自体、特別の法体系と独自の通貨制度を持っているとはいえ、結局は中国の一部ですので、むしろなぜ今まで中国との通貨スワップが存在しなかったのかが不思議ですが、ただ、冷静に調べていくと、中国の「スワップによって通貨の地位を上昇させる」という戦略も煮詰まって来ているように思えてなりません。

2019/12/18 09:00 追記

本文中、数ヵ所の誤植がありましたので修正しております。「クロワッサン」様「カズ」様、ご指摘を頂き大変ありがとうございました。

通貨論はおもしろい!

通貨の3大機能

「通貨論」は、当ウェブサイトがかなり以前から精力的に追いかけているテーマのひとつです。

ただ、いきなり「通貨」と言われても面食らう人も多いと思いますが、べつに難しい話を議論するつもりはありません。日本国内には日本のことを必要以上に卑下する人も多いのですが、当ウェブサイトが主張したいことは極めてシンプル。

「日本円という通貨自体、世界で最も信頼されている通貨のひとつである」、という事実です。

その理由は非常に簡単で、日本円という通貨が通貨の基本機能に照らして優れているからです。

一般に通貨には、「価値の尺度機能」、「取引の決済機能」、「価値の保存機能」という3つの機能があると言われていますが(図表1)、この3つの機能のうち、とくに2番目(決済機能)、3番目(価値保存機能)に優れた通貨が「ハード・カレンシー」です。

図表1 通貨の3大機能
機能名称 概要 備考
①価値の尺度機能 モノ、サービスの価値を通貨で一元的に表示することができるという機能 ダイコン1本200円、コメ5キロ2000円と表示するとわかりやすい
②取引の決済機能 カネを払えば取引が完了し、そのモノやサービスを買い取ることができる モノとカネを交換すれば、同じ取引に関して、基本的に債権債務は残らない
③価値の保存機能 財産的な価値を現金、金融資産などの形にして後世に残すことができる 食品は腐るなどして価値が落ちるが、貨幣の場合は少なくとも名目価値は変わらない

(【出所】著者作成)

世界160~170通貨のすべてが①~③を満たすわけではない

このうち①についてはわかると思います。

先日の『怪しい通貨・人民元と「北朝鮮制裁の実効性」の関連性』でも説明したとおり、通貨としての信認がほぼゼロに等しい状態にある北朝鮮ウォン(KPW)などの通貨ですら、「価値の尺度」という機能は持っています。

しかし、②、③へと進むにつれて、それを十分に発揮する通貨の数は減ります。先日報告したとおり、当ウェブサイトの試算だと、地球上には現在、およそ160~170の通貨が存在しますが(※)、これらのすべての通貨がその条件を満たしているとは限りません。

(※なお、通貨の厳密な数については、通貨をどう定義するかによっても異なります。)

たとえば、北朝鮮ウォン、ジンバブエ・ドル、ベネズエラ・ボリバルなどの通貨はインフレ(というよりも通貨の劣化)が激しく、その国の国内ですら誰も受け取ってくれないケースもあるほどであり、このような通貨は②の機能を果たしていません。

一方で、ASEANや韓国、台湾などの場合は、一見すると安定した工業国にも見えますが、人々は自国通貨を心の底から信頼していないフシがあり、自国通貨を密かに米ドルや日本円などに両替して自宅の金庫に保管しているというエピソードはときどき耳にします。

②と③の性能を測る手っ取り早い手段

こうしたなか、当ウェブサイトでときどき、BIS統計やIMF統計を持ち出すのは、上記②や③の性能を測定する手っ取り早い手段が、こうした国際機関による統一尺度に基づく統計調査だからです。

改めて、通貨の通用度を示す国際決済銀行(Bank for International Settlements, BIS)のOTC外為市場調査(図表2)、国際通貨基金(IMF)の外貨準備高に関する調査(COFER、図表3)を示しておくと、次のとおりです。

図表2 OTC外為市場通貨ペア比率(単位:%)
通貨 2013年 2016年 2019年
米ドル 87.04 87.58 88.30
ユーロ 33.41 31.39 32.28
日本円 23.05 21.62 16.81
英ポンド 11.82 12.80 12.79
豪ドル 8.64 6.88 6.77
加ドル 4.56 5.14 5.03
スイスフラン 5.16 4.80 4.96
人民元 2.23 3.99 4.32
香港ドル 1.45 1.73 3.53
NZドル 1.96 2.05 2.07
スウェーデン・クローネ 1.76 2.22 2.03
韓国ウォン 1.20 1.65 2.00
シンガポールドル 1.40 1.81 1.81
ノルウェー・クローネ 1.44 1.67 1.80
メキシコ・ペソ 2.53 1.92 1.72
インド・ルピー .99 1.14 1.72
その他 11.38 11.60 12.04
合計 200.00 200.00 200.00

(【出所】BIS “Triennial Central Bank Survey of Foreign Exchange and Over-the-counter (OTC) Derivatives Markets in 2019 (Data revised on 8 December 2019)” の “Foreign exchange turnover” より著者作成。なお、「通貨ペア」が集計されているため、合計すると100%ではなく200%となる)

図表3 世界の外貨準備の通貨別構成(2019年6月末時点)
区分 米ドル換算額(十億ドル) Aに対する比率
外貨準備合計 11,733
内訳判明分(A) 11,021 100.00%
うち、米ドル 6,792 61.63%
うち、ユーロ 2,243 20.35%
うち、日本円 597 5.41%
うち、英ポンド 489 4.43%
うち、人民元 218 1.97%
うち、加ドル 211 1.92%
うち、豪ドル 188 1.70%
うち、スイスフラン 16 0.14%
その他の通貨 269 2.44%
内訳不明分 711

(【出所】国際通貨基金(IMF) “Currency Composition of Official Foreign Exchange Reserves, COFER” より著者作成)

この2枚の図表で見ていただくと、現実には米ドル、ユーロ、日本円、英ポンドという4つの通貨で、ほぼ外為市場の8割、外貨準備の9割を占めていることがご確認いただけるでしょう。

これが日本円の実力なのです。

通貨論と人民元

人民元がハード・カレンシー?ナイスジョーク!

ただし、議論がここで終わってしまっては面白くありません。

先日の『デジタル人民元と犯罪資金、そして最新BIS統計』や『怪しい通貨・人民元と「北朝鮮制裁の実効性」の関連性』では、中国は共産主義国でありながら、その中国の通貨・人民元が世界の主要通貨に食い込み始めている、という話題を取り上げました。

考えてみれば、これには国際通貨基金(IMF)が2016年10月に、中国の通貨・人民元を「自由利用可能通貨」として特別引出権(SDR)の構成通貨に含める決定をしたことが大きかったのではないかと思います。

その意味で、とくに当時のクリスティーヌ・ラガルド専務理事(現在の欧州中央銀行=ECB=総裁)の罪は非常に大きいと言わざるを得ません。

ただ、たしかに外為市場、通貨市場における人民元の存在感は少しずつ高まっているものの、やはり、人民元の取引高については、中国の見かけ上の経済力(名目GDPなど)と比べたときには、どうしても見劣りがするのも事実です(図表4)。

図表4 外国為替取引高の輸出入高に対する倍率
コード 通貨名 倍率
USD 米ドル 273
AUD 豪ドル 188
JPY 日本円 160
GBP 英ポンド 127
CHF スイスフラン 103
NOK ノルウェークローネ 102
CAD 加ドル 81
HKD 香港ドル 43
EUR ユーロ 40
KRW 韓国ウォン 26
INR インドルピア 24
CNY 人民元 14

(【出所】Bank for International Settlements, “Sizing up global foreign exchange markets” P 35図表 Ratio of foreign exchange turnover to trade and GDP per capita, 2019 “” およびその元データ【※大容量注意!】より著者作成)

米ドル、豪ドル、日本円、英ポンド、スイスフランなどの通貨の倍率が高い理由は、ひとえにこれらの通貨が資本取引(とくに巨額の資金が動く債券市場など)で好まれていることが大きな要因だと思いますが、人民元の倍率が極端に低いのも、これと関係があります。

その理由は簡単で、人民元は依然として、通貨としての使い勝手が悪いからです。

ここで「通貨の使い勝手」とは、いったい何でしょうか。

人民元の正体

ここで、先ほどの「通貨の3大機能」を思い出してみましょう。

当たり前ですが、人民元も「通貨」ですので、「①価値の尺度機能」は当然に持っています。

しかし、問題になるのは②と③の機能です。

この点、注目に値するのは、人民元の場合、最近でこそ②の機能がそれなりに充実して来たと言われている点です(実際にSWIFT統計や先ほどのBIS統計、IMF統計などで見れば、人民元の取引はそこそこ増えて来ていることが確認できます)。

しかし、人民元は、とくに3番目の機能に大きな制約があります。

図表3で確認したとおり、外貨準備に占める人民元の割合は、いまや世界で5番目となっていますが、それと同時に人民元の場合、「余資の運用」という機能に難があります。

中国本土で人民元により購入できる債券(※)などの金融商品も少なく、そもそも資本移動の自由が制限されているからです(※余談ですが、「債券」は「さいけん」と読むためか、同じ読み方をする「債権」と混同する人がいますが、「債券」と「債権」はまったくの別物です。)

実際、他のハード・カレンシーである米ドル、ユーロ、日本円、英ポンドなどの通貨の場合、その通貨で投資できる、債券(とくに安全資産である国債)をはじめとする金融商品の種類が豊富であり、また、資本移動にあたっての規制も少ないため、自由にやり取りができます。

というよりも、中国当局が資本移動の自由を無制限に認めてしまえば、中国の人民が蓄えこんだ人民元をあっという間に米ドル、ユーロ、日本円などの安全通貨と交換してしまい、その結果、人民元が暴落してしまうかもしれません。

IMFが人民元をSDRの構成通貨に指定したのは2016年10月のことですが、そこから3年以上経過したにも関わらず、いまだに「適格外国機関投資家(QFII)」なる制度を維持していることが、最大の証拠でしょう。

だからこそ、中国当局としては資本移動の自由を先進国並みに認めるつもりはないのでしょう(※もっとも、中国当局が人民元を「自由利用可能」な状態にするつもりがない以上、IMFは今からでも人民元をSDRから除外するのが筋だと思いますが…)。

スワップと通貨

通貨スワップと為替スワップ

一方で、「通貨」という側面から、当ウェブサイトが以前から精力的に追いかけているもうひとつのテーマが、通貨スワップと為替スワップです。

といっても、ここでいう「通貨スワップ」「為替スワップ」とは、デリバティブの世界でいう “Cross Currency Swap” “Foreign Exchange Swap” のことではありません。

国際金融協力の世界でいう「二国間通貨スワップ」( “Bilateral Currency Swap Agreement” )と「二国間為替スワップ」( “Bilateral Liquidity Swap Agreement” )のことです。

日本語の言葉がまったく同じなので、当ウェブサイトで通貨スワップや為替スワップの議論をしていると、どうしてもデリバティブの通貨スワップや為替スワップの議論と混同する人がいますので、両者はまったく別物だと申し上げておきたいと思います(図表2)。

図表2 同じ用語だが意味がまったく違う
用語 国際金融協力 デリバティブ
通貨スワップ 中央銀行や通貨当局などの間で行われる通貨の交換取引のこと。多くの場合、通貨ポジションが強い国が、通貨ポジションの弱い国に対して外貨を融通することを柱とした協定であり、とくに二ヵ国間協定を “Bilateral Currency Swap Agreement” と称する。 一般に民間企業同士(とくに金融機関・機関投資家同士)で行われる、元本・利息の交換を伴うスワップ(厳密には通貨・ベーシス・スワップ)。一般に “Cross Currency Swap” とも。
為替スワップ 中央銀行が自国の民間金融機関に対して外貨を貸し付けるために相手国から通貨を融通してもらう協定のこと。資金使途は民間金融機関向けの融資に限られる。このうち二国間協定を “Bilateral Liquidity Swap Agreement” と称することもある。 一般に民間企業同士(日本の場合はとくにメガバンク・地域金融機関同士)で行われる、利息の交換を伴わないスワップ(厳密には直物為替取引と先物反対売買の組み合わせ取引)。 “Foreign Exchange Swap” と称することもある。

(【出所】著者作成)

当ウェブサイトで通貨スワップ、為替スワップについて述べるときは、ほとんどの場合、通貨スワップは “Cross Currency Swap” ではなく “Bilateral Currency Swap Agreement” のことであり、為替スワップは “FX Swap” ではなく “Bilateral Liquidity Swap” のことですので、ご注意ください。

(※これを書いておかないと、ときどきコメント欄に両者を混同した書き込みが寄せられます。ちなみに著者は国際金融協力、デリバティブのいずれのスワップに関しても専門家です。)

通貨スワップや為替スワップを拡大する中国

さて、中国が現在、自国通貨の使い勝手を強めようとしていることは、周知の事実でしょう。

おそらくその最大の目的は、いずれ金融市場においても人民元で覇権を握ることにあるのだと思いますし、世界のオフショア金融センターである香港を支配するのも、最新の金融市場のノウハウを十分に吸収するという狙いがあることは明らかです。

ただし、先ほどから申し上げているとおり、人民元はここ数年で、外貨準備構成通貨という意味でも、外為市場の取引通貨という意味でも、着実にその地位を高めてはいますが、それと同時に洗練された金融商品が決定的に不足しており、通貨の3大機能という点からはどうしても見劣りします。

そこで、中国が現在、人民元の地位を高めるために行っているのが、通貨スワップや為替スワップの拡大です。

これに関連して、数日前、こんな記事を発見しました。

中國人民銀行與澳門金融管理局簽署貨幣互換協議(2019年12月 5日付 マカオ金融管理局HPより)

これは、中国人民銀行とマカオ金融管理局の両者が、12月5日付で300億元・350億パタカを上限とする通貨スワップ協定を締結した、とする記事です。むしろ今までマカオとのスワップが存在しなかったことが意外な気がしますね。

もっとも、後述するとおり、300億元といえば、現在の中国にとっては決して大きな金額のスワップではありません。

では、現在、中国は諸外国とどのようなスワップを締結しているのでしょうか。

これについては、正直、中国人民銀行のウェブサイトを見ても明らかではありません。ただし、複数のメディアの報道によれば、中国が外国と結んでいるスワップの相手国は20ヵ国前後だそうです。

これについて報道などを手掛かりにして、各国中央銀行の情報を調べていくと、直近の3年間に限って確認できたものに限れば、中国は次の17ヵ国とスワップを締結していることが判明しました(図表4)。

図表4 中国が外国と締結しているスワップ
相手国と締結年月 人民元の上限 相手国通貨の上限
アイスランド(2016年12月) 35億元 570億クローナ
モンゴル(2017年2月) 150億元 トゥグルク(上限不明)
ニュージーランド(2017年5月) 250億元 50億NZドル
香港(2017年11月) 4000億元 4700億香港ドル
タイ(2018年1月) 700億元 3700億バーツ
オーストラリア(2018年4月) 2000億元 400億豪ドル
ナイジェリア(2018年5月) 150億元 7200億ナイラ
パキスタン(2018年5月) 200億元 3510億Pルピー
マレーシア(2018年8月) 1800億元 1100億リンギット
日本(2018年10月) 2000億元 3.4兆円
英国(2018年11月) 3500億元 ポンド(上限不明)
スイス(2018年11月) 1500億元 210億スイスフラン
インドネシア(2018年11月) 1000億元 ルピア(上限不明)
アルゼンチン(2018年12月) 1300億元 ペソ(上限不明)
シンガポール(2019年5月) 3000億元 Sドル(上限不明)
欧州連合(2019年10月) 3500億元 450億ユーロ
マカオ(2019年12月) 300億元 350億パタカ
合計 2兆5565億元

(【出所】おもに各国中央銀行等ウェブサイトから著者作成)

ただし、これらのスワップうち、日本とのスワップ(上限額は2000億元/3.4兆円)については、通貨スワップではなく、為替スワップです。

つまり、「中国が通貨危機になった際に、日本銀行が円を融資する」という契約ではなく、むしろ「中国の金融市場が混乱し、邦銀が現地で人民元調達に支障を来した際に、日本銀行が円を担保に人民元を借り、それを邦銀に融資する」、という契約であり、むしろ日本に多大なメリットがあります。

(このあたりの事情については『危険なパンダ債と「日中為替スワップ構想」』、『通貨スワップと為替スワップを混同した産経記事に反論する』などで触れましたので、本稿では繰り返しません。)

金額が大きいスワップは?

図表4に示したスワップについては、ほぼ間違いなく現時点においても有効だと考えて良いと思いますが、その反面、この図表4には、漏れもあると思います。

中国当局がスワップの全体像を公表していないことに加え、中国が積極的な「スワップ外交」を仕掛けておると思しき諸国の場合だと、中央銀行が英語版のホームページを持っていないケースや、極端な話、ホームページ自体を開設していないケースもあるため、網羅性があるとはいえないのです。

とくに、(図表4には含めていませんが)2016年3月に締結された中露通貨スワップ(1500億元/8150億ルーブル)や、2017年10月に韓国当局が「口頭で延長に合意した」と主張する中韓通貨スワップ(3600億元/64兆韓国ウォン)については、事実上、失効している可能性が極めて高いと見ています。

ただ、それらの特殊事情を踏まえたとしても、中国当局が外国中央銀行等と締結している通貨スワップ・為替スワップの合計金額は約2.5~2.6兆元であり、1ドル≒7人民元と仮定すれば3652億ドル、1人民元≒15.67円と仮定すれば40兆円前後、といったところでしょうか。

なお、図表4だと少々見辛いので、金額1000億元以上の国(※偶然ですが、10ヵ国です)について、金額上位順に並べ替えたものも作成しておきましょう(図表5)。

図表5 上位10ヵ国
相手国 金額 円換算額
香港 4000億元 6兆2680億円
英国 3500億元 5兆4845億円
欧州連合 3500億元 5兆4845億円
シンガポール 3000億元 4兆7010億円
オーストラリア 2000億元 3兆1340億円
日本 2000億元 3兆1340億円
マレーシア 1800億元 2兆8206億円
スイス 1500億元 2兆3505億円
アルゼンチン 1300億元 2兆0371億円
インドネシア 1000億元 1兆5670億円
上記合計 2兆3600億元 36兆9812億円

(【出所】図表4と同じ。なお、円換算額は1人民元=15.67円と仮定)

はて、実情は?

図表5をしげしげと眺めてみると、結局、金額が大きい10ヵ国とのスワップのうち、実質的な「自国内」である香港との4000億元・4600億香港ドルのスワップを除けば、発展途上国とのスワップは、マレーシア、アルゼンチン、インドネシアの3ヵ国のみであり、それ以外の6つは先進国とのスワップです。

おそらく、英国、欧州連合、オーストラリア、シンガポール、スイスの5ヵ国は、中央銀行自体が中国の適格外国機関投資家(QFII)の資格を取得するために締結した通貨スワップであり、中国が金融危機になれば、中国はこれらの5ヵ国から遠慮なくハード・カレンシーを引っ張るのだと思います。

ただし、日本との為替スワップについては、「国内の金融機関に融資するため」という目的でなければ発動できませんし、むしろ中国が金融危機に陥った際には、日本銀行が邦銀を支援するために人民元を引き出すと思われます。

いずれにせよ、「中国がスワップ外交によって無理やり人民元を広めようとしている」、「すでに20ヵ国とスワップを締結した」、などと聞くと大仰ですが、現在のところ、金額の大きなスワップは日本を含めた先進国とのものが大部分を占めているのが実情だといえるでしょう。

人民元の伸長は続く?止まる?

さて、中国との人民元建てスワップを眺めていて、ひとつ気付いたのは、中国が日・米・カナダを除くG7諸国など、主なハード・カレンシー採用国との通貨スワップを締結している一方で、米国との通貨スワップ、為替スワップについては締結していない、という事実です。

というよりも、米国が通貨スワップを締結している相手国は、現時点ではメキシコのみ(上限90億ドル)であり、それ以外に通貨スワップは存在しないようです(※ちなみに為替スワップについては、日、欧、英、カナダ、スイスの5つの中央銀行と締結しており、上限・期限の制限はありません)。

おそらく中国は、米国以外のハード・カレンシー採用国と通貨スワップ締結を推進することで、人民元の国際化を進めようとしたのでしょう。

しかし、カナダとの通貨スワップ(2014年11月)は2017年11月で失効したと思われ、さらに、肝心の日本が中国との通貨スワップには応じてくれないなど、中国としてはもう通貨スワップがこれ以上広がらないという「壁」にぶつかっているようです。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

結局のところ中国は、共産党一党独裁体制が続いていますし、為替相場は事実上の官製相場であり、また、米国は今年8月の時点で、すでに中国を為替操作国として認定しています(『米財務省、中国を為替操作国に認定』参照)。

共産党一党独裁国家である中国が、日米欧のような「市場原理に基づく為替相場」、「中央銀行の独立」、「資本移動の自由」などの原則を受け入れていない以上、人民元がこれ以上、国際的な金融市場で存在感を強めるべきではありません。

こうしたなか、中国が通貨スワップをさらに広めるのかどうかについては、隠れたテーマとして注目しておく価値はあるでしょう。

新宿会計士:

View Comments (14)

  • > 中国当局が資本移動の自由を無制限に認めてしまえば、中国の人民が蓄えこんだ人民元をあっという間に米ドル、ユーロ、日本円などの安全通貨と交換してしまい、その結果、人民元が暴落してしまうかもしれません。
    ロシアのルーブルとか,弱い通貨に共通して言えることです。中国に投資して利益が出ても,その利益を中国から持ち出すのが難しいし,撤退も難しいというのも,人民元がハードカレンシーになれない理由の1つでしょう。人民元を持っていても中国製品しか買えない(一定額まで海外製品が買えるにしても)のでは,用途に乏しいですね。
    もっとも,日本円でも海外の銀行口座へ大金を移動しようとする時は財務省に報告しないといけませんが。昔から海外送金の方法については,悩まされています。
    日本円の最大リスクは自然災害です。例えば首都圏直下地震で首都圏が壊滅的な被害を受けた場合,その後の再建事業で大量の預貯金が引き出されます。工業製品は供給過剰でも,土木建設業は人手不足で,需要が増えると建設費は急騰(インフレ)するでしょう。でも,その時,円安じゃなくて円高に振れるかもしれなくて,日本に投資した外国人が被害を受けるかどうか(不動産は別にして)は不明です。

  • 更新お疲れ様です!

    >一般に通貨には、「価値の尺度機能」、「取引の決済機能」、「価値の保存機能」という3つの機能があると言われていますが(図表1)、この3つの機能のうち、とくに2番目(決済機能)、3番目(勝ち保存機能)に優れた通貨が「ハード・カレンシー」です。

    「3番目(勝ち保存機能)」は「3番目(価値保存機能)」だと思います(;^_^A

    >その意味で、とくに当時のクリスティーヌ・ラガルド専務理事(現在の欧州中央銀行=ECB=総裁)の罪は非常に大きいと言わざるを得ません。

    ラガルド総裁は、最近だとグリーンエネルギー?に手を出して、「それはECBが手を出す事なのか?」との疑義が付いたりしてるそうですね。
    どうも、隠れ共産主義者というか、理念専攻で現実を引っ掻き回す困ったエリートに思えます。
    こういう人は、リーダーではなく軍師的な立場に居るのが一番だと考えるんですけどね。。。

    • クロワッサン 様

      ご指摘大変ありがとうございます。早速修正します。
      引き続き何卒よろしくお願い申し上げます。

    • >> その意味で、とくに当時のクリスティーヌ・ラガルド専務理事(現在の欧州中央
      >> 銀行=ECB=総裁)の罪は非常に大きいと言わざるを得ません。

      > ラガルド総裁は、最近だとグリーンエネルギー?に手を出して、「それはECBが手
      > を出す事なのか?」との疑義が付いたりしてるそうですね。
      > どうも、隠れ共産主義者というか、理念専攻で現実を引っ掻き回す困ったエリー
      > トに思えます。

      ラガルドのバックは、専務理事になる前から中国だと言われている様です。

      ラガルドが歯車の1つとしてどの程度噛んでいるかは知りませんが、欧州と中国がタッグを組んで日本叩きするという戦略が裏にあるのではないかと疑ってます。

      「石炭火力は駄目だ」と言うのは、石炭の高効率燃焼技術では日本と競争できないので、土俵を移すべく欧州と中国が考え出した事だと思います。

      「ハイブリッド車は駄目だ」と言うのも、ハイブリッド車技術では日本と競争できないので、土俵を移すべく欧州と中国が考え出した事だと思います。

      日本が先行する技術に駄目出しして回るのが彼達の戦略なのではないでしょうか? (捕鯨で味をしめたか?)

  • 中国と韓国の為替スワップが実は失効している可能性は私もかんじます。
    中国と韓国の為替スワップの場合、非常時以外でも韓国国内でも人民元建て融資枠をスワップの名目で募集してるなんて記事があったのですが、最近はその話聞かなくなったなというのがそう感じる理由です。(今にして思えば、なるほど「通貨スワップ」じゃなくて「為替スワップ」だなあと)

    中国は力による恫喝ももちろんありますが、何年間もかけて日銀とスワップについて勉強してたりとか、正当な通貨メジャー化への努力がみられたりというのは感じます。すべてにおいて正当な努力は表向き一切しない韓国より若干ましなのかも。

  • 図表4に、中国がスワップを結んでる18か国のうち17か国の掲載があるのですが、残り1か国はどこなんでしょうね?

    スワップの更新を肯定してはいないけれども、否定もしていない国のことなのでしょうか?

    〔あと、図表4の合計金額の単位が円になっています。〕

    • カズ 様

      ご指摘大変ありがとうございます。早速修正します。
      引き続き何卒よろしくお願い申し上げます。

  • 更新ありがとうございます。

    2016年に人民元を、基金(IMF)が中国の通貨を「自由利用可能通貨」として特別引出権(SDR)の構成通貨に含めた。つまり中国に手を貸した。

    【主役】のクリスティーヌ・ラガルド専務理事の行為は、責められるべきでしょう。確かこの女史、他にもグレーゾーンの行いがあったと記憶しています。金融の世界もズブズブですネ。

    これ以上怪しい通貨、人民元をのさばらさない様にするには、SDRから外す事は出来ないのでしょうかね。

  • 中国の覇権に対する意思の根拠は軍事力です。
    「政治権力は銃口から生まれる。」は毛沢東の言葉です。
    その軍事力の基礎は経済力であり、世界第二位のGDPと、軍事費にかける割合を政治的に自由にできるという点が、著しい軍拡を支えています。
    空母機動艦隊を作るためのおびただしい数の造船、ステルス戦闘機を三機種も同時開発とお大尽極まっています。
    GDPは道路を掘り返して埋めるだけでも増えるという話がよく上げられますが、軍需は中国のGDPの底上げに少なくないファクターになっていると考えられます。

    中国の覇権を封じ込めようというのなら、実のところ、トランプのやり方が合理的です。
    中国が専制国家の利点を生かして経済力を蓄えるのを放置して、軍事力だけで対抗しようとするのは愚かです。
    自国の富を庶民には一銭の特にもならない軍事費に費やすことをよしとしない社会になれば、中国の軍事力は衰えますので、民主化を要求するのもいい手でしょう。

    • 中国の軍事費は、公表されている額の1.5~2倍位あるのではないかと言われてます。(データはありません)

      軍事費は対外的なものですが、それ以外に、中国の場合は膨大な国内治安対策費を使っていて、全く闇の中ですが、軍事費の1.5~2倍位ではないかと言われてます。(勿論データはありません)

      他にも巨額の産業補助金等ありますので、習近平のやり方はサステイナブルではないと本人も気付いていて、それ故に、行き詰る前に何とかしようと焦っているのではないかと推測されます。

      以上、何の裏付けもない憶測です。

  • 図表2 OTC外為市場通貨ペア比率(単位:%)は幾度となく拝見しましたが、この外為市場での通貨ペア比率で一番気になることは、日本円の外為市場でのプレゼンスが対2013年比で2019年には7割ほど(23.05%→16.81%)まで落ち込み、外為市場での存在感を約3割も喪失している点です。

    >日本円 23.05 21.62 16.81
    (左から2013,2016,2019年)

    この大幅な日本円の存在感の喪失の原因は、日本の政策や企業行動のどこにあるのでしょうね?

    • 迷王星 様

      通貨ペア比率の件は、
      主要企業のグローバル化の進行に伴い国内外での内部留保金が蓄積されたために、企業内での大掛かりな資本移動の必要がなくなったからではないでしょうか?

      市場を介した両替行為を経ずとも、円での決済は円で、現地通貨での決済(支払いや再投資)は現地通貨で賄えるようになったからだと解釈しています。(特に中国進出企業なんかは資本の海外持ち出しが制限的だったりするのですしね)

      *各国の外貨準備高に占める構成順位やBISの与信残高の着実な増加からも、日本円(日本)の国際的な存在感が喪失してるって訳ではないと考ています。

  • 同じ思いをしていましたが、同じ感覚とはいへ他の人の意見に接すると不思議と
    『それは・・・』

    なんらかの答が思い浮かんでくるのは本当に不思議ですね。

    2013年と2018年の違いで、即座に思い付くのは ドル円相場。

    野田首相が政権を投げ出すまでの暗黒

    民主党政権では 1ドル/76円 という超円高の記憶がある。その直後ですね2013年は。

    第二次安倍政権での黒田日銀総裁の異次元バズーカとかなんとか為替市場にバカスカ円を放出して 1ドル/120円とか110円 の円安で

    2013年の ドル/円 97円 とすると
    2018年の ドル/円 110円
    と、円の価値は 88% に減じた。

    なお、2013年のドル相場は、まだ最悪の民主党政権最後の2012年の影響を引きずっていると考えると
    ドル/円 76円 で円の価値は 75%に減じた。
    こうなると市場とほぼ同じ。