トルコショック再び?怖いのは局地的ショックではなく波及効果
少し前の米メディア・WSJに、トルコでちょっとした通貨ショックがあったと報じられていました。記事から10日少々が経過した現時点において、「トルコ不安」は小康状態にありますが、ただ、これはあくまでも小康状態に過ぎず、危機の本源的な条件(通貨の刷り過ぎ、外貨への依存度の高過ぎなど)については是正されたわけではないため、いつまた「トルコショック」が発生しても不思議ではありません。こうしたなか、本当に怖いのは、ショックがトルコという局地的な市場に留まらず、新興市場諸国(EM)全体に波及することではないでしょうか。
先月末のトルコショック
通貨危機はいかにして発生するか。
そのヒントとなる、ちょっとした「事件」が、先月末に外為市場で発生しています。
Turkish Lira Plunges as Economic Pain Takes Hold(米国夏時間2019/03/28(木) 17:18付=日本時間2019/03/29(金) 06:18付 WSJより)
“Turkish Lira” とは「トルコリラ」(通貨コード:TRY)のことです。
リンク先記事は米メディア・ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)電子版のもので、トルコは中近東の地域大国であり、かつ、代表的な「新興市場諸国」(EM)銘柄として知られています。このトルコリラが3月末頃、米ドルに対して急落した、というのが、リンク先の記事の要旨です。
WSJによると、トルコリラはこの記事の掲載日(米国時間3月28日)時点で、米ドルに対して前日比4%も下落したとしており、あわせて株価、債券価格も急落(=金利が急騰)するなど、「市場のボラティリティ(値動きの激しさ)が高まった」としています。
では、どうしてトルコリラが急落したのでしょうか。
WSJは「市場のアナリスト」の意見として、トルコ国内で景気鈍化に歯止めを掛けようとして、緩和的な金融政策を維持していることが、市場参加者の不安を招いているのだとか。
実際、格付業者であるフィッチが同日公表したレポートによると、3月22日時点のトルコの外貨準備高は710億ドルと、前週比20億ドルも減少。金融機関の不良債権比率も2010年以来の最高値となっているとしています。
(※ただ、私が見たところ、トルコ中央銀行のウェブサイト上、外貨準備高は週次で公表されているようには見えません。フィッチはどうやって「外貨準備高が1週間で20億ドルも減少した」という情報を入手したのでしょうか?このあたりはよくわかりません。)
キーワードは「トリプル安」
この記事が掲載されてから1週間少々が経過し、現時点においてトルコリラはいったん買い戻され、その後は横ばい(あるいはややリラ安傾向)で、年初来の水準を回復していないものの、少しだけ落ち着きを取り戻しているように見えます。
WSJのデータセンターによると、年初の為替相場は1ドル=5.29リラでしたが、トルコリラがもっとも売られた先月22日の時点の1ドル=5.76リラ(年初比約9%の通貨安)と比べると、先週金曜日時点の為替相場は1ドル=5.63リラ(年初比約6%の通貨安)に戻しています。
ただし、トルコの中心的な問題点が解消していない以上は、またいつ、通貨不安が再燃しても不思議ではありません。
トルコはエルドアン政権が好景気を演じようとして、自身の女婿を財務相に指名したり、中央銀行の総裁の任期を5年から4年に短縮したりするなどしていますが、金融・財政政策(とくに金融政策の独立性)に対する理解が甘いと見られていることが、同国の通貨の先安観に拍車を掛けているようです。
そういえば、トルコといえば昨年夏に通貨が一気に40%も低下する通貨不安が発生しました(『「国際収支のトリレンマ」から見るトルコ・ショックの本質』、『トルコ・ショックはアルゼンチン、韓国などに波及するのか?』参照)。
このときの「トルコ・ショック」はアルゼンチンに波及し、アルゼンチンは政策金利を40%から45%に引き上げるという措置を講じたのですが、このときは危機は全世界に波及せず、トルコ、アルゼンチンなどの一部のEM諸国に留まりました。
しかし、過去の通貨危機を眺めていると、共通しているのが「トリプル安」ですが、これは、その国の株安(株価下落)、債券安(金利上昇)、通貨安が同時に発生する現象であり、「その国から資本逃避が始まっている」という重要な兆候でもあります。
先ほどのWSJの記事でも、トルコの10年債利回りは3月末時点で18%(!)ていどにまで上昇していると記載されていますが(※ちなみに日本の場合はマイナス0.082%)、これも資本逃避の兆候でしょう。
つまり、投資家がトルコ国内の資産(株式、債券)を売って現金(トルコリラ)を入手し、そのトルコリラを外貨(米ドル、ユーロ、日本円などの安全通貨)に両替するのです。これを放置しておけば、トルコリラはどんどんと売られてしまい、金融システム不安に発展しかねません。
そこで、このような「トリプル安」(資本流出)が発生したときには、金融システム不安を防ぐために、通貨当局(この場合はトルコ中央銀行)が市場で外貨(米ドルなど)を売却し、自国通貨であるトルコリラを買い入れるという「買い為替介入」を実施します。
実際、先ほど紹介した先月のWSJの記事でも「トルコの外貨準備高が急減した」と指摘されていましたが、「トリプル安」と「外貨準備高の急減」は典型的な通貨防衛(為替介入)の証拠でもあります。
買い介入はいつまでも続かない!
ところで、為替介入には「売り介入」と「買い介入」の違いがあります。
「売り介入」は自国通貨の値上がり(日本だと「円高」)を防ぐために、外為市場で自国通貨を売り、外貨(米ドルなど)を購入するオペレーションです。日本の場合は2000年代前半に短期国債を発行して「円売り為替介入」を大々的に実施したため、140兆円を超える外貨準備を抱えています。
(※余談ですが、その140兆円の外貨準備を保持するために、財務省が発行している短期国債(TDB)の発行残高は、約100兆円です。ということは、外為特会では約40兆円の含み益が生じているのですが、これなど「消費増税が必要ない理由」の1つでもあります。)
このように、自国通貨を売る方の介入については、極端な話、いくらでも続けられます。というのも、理論上、いくらでも自国通貨を「刷る」ことはできるからです(※ただし、マネーサプライが増え過ぎると資産バブルが発生するなどの弊害も生じます)。
これとは逆に、「買い介入」は自国通貨の値下がり(日本だと「円安」)を防ぐために、外為市場で自国通貨を買い、外国通貨を売るオペレーションですが、「売り介入」と一番違うのは、「無限に続けられるものではない」、という点です。
端的に言えば、外貨準備が尽きればそれでおしまい、です。
1997年のタイバーツ・ショックに端を発するアジア通貨危機の際も、インドネシアや韓国に波及しましたが、とくに韓国の場合は外貨準備が尽きてしまい、自国通貨の暴落を防ぐすべを持たず、結局は国際通貨基金(IMF)に助けてもらいました。
通貨危機が発生する条件
ここで、通貨危機が発生する条件をいくつか列挙しておきましょう。
第一に挙げられるのは、国全体の外貨依存度が高いこと、または外国人投資家への依存度が高いこと、です。資本市場の外国への依存度合いが高いと、いざというときに外国人投資家が株式や債券を売却して逃げてしまうおそれがあるからです。
第二に、その国の通貨が国際化していないことです。たとえば日本の場合だと「日本円」という通貨が全世界で通用しており、信頼度も高いのですが、トルコの場合、「トルコリラ」という通貨はあくまでもトルコかその周辺のローカル通貨に過ぎません。
第三に、マネーの量が多すぎることです。主要メディアによると、トルコの場合はエルドアン政権が国民に対する人気取りのために、中央銀行や財務省に圧力を掛けてバラマキ政策を行っていると報じられていますが、自国通貨の供給量が多すぎると、売られやすい地合いにあるといえます。
ということは、通貨危機を未然に防ぐためには、これらの3項目について穴をふさぐ必要があるのですが、これはなかなか大変です。
トルコのような新興市場国だと、経済発展していくためには、どうしても外国からの投資資金が必要ですし、また、トルコリラを急激に国際化すれば、資本フローが増え過ぎて、かえってコントロールが難しくなりかねません。
結局、トルコが今すぐやらねばならないことは、マネーの供給量を絞ることですが、国民の人気取りを重視するエルドアン政権にそれができるとも思えません(それができるのならば、昨年8月の時点でやっていたはずです)。
その意味で、「トルコ不安」はしばらく続くのかもしれません。
怖いのは他国への波及
トルコ自体、同じ「アジア」とはいっても、日本からは遠く離れた国であり、「あまり関係ない」と思う人も多いでしょう。
しかし、冒頭に紹介したWSJの記事では、トルコ不安にともない、ブラジルや南アフリカなど、ほかのEM諸国にも通貨安が波及したとされていますが、昨今のように金融市場のグローバル化が進めば、ある国の通貨不安は容易に他の国にも波及するという点に注意が必要です。
とくに、アジアの場合はインドネシアやマレーシア、タイのように、一定の経済規模を持ちながらも、外貨ポジションが脆弱な国がいくつもあります。
いちおう、アジアにはCMIMなどの多国間通貨スワップや、日本とアジア諸国の間の二国間通貨スワップといった仕組みが存在しているものの、やはり、本格的な金融危機の波が世界を襲うときには、スワップだけでは危機を防ぎきれない可能性もあることは否定できません。
とくに東アジアには「火薬庫」である北朝鮮という存在があるため、「東アジア情勢に端を発する世界的な通貨危機」という可能性には注意が必要といえるでしょう。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
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【おしらせ】人生で9冊目の出版をしました
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「トルコ自体、同じ「アジア」とはいっても、日本からは遠く離れた国であり、「あまり関係ない」と思う人も多いでしょう。」
その通り。危機が伝播するなんて、そんな美味しい現象が起こるとは思えんな。だけど、タイミングを見て買いたい人は多いと思うよ。観光先として人気あるし、金利が高い。それなりの国ですね。潜在能力は韓国なんかよりずっと上だよ。
米国にガツンと言うなんてたいしたもんだ。さすがオスマントルコの末裔だわ。
鈴置さんがいう「米国は通貨でお仕置きする」をトルコに対いてやっているかもしれません。いつものように根拠のない陰謀論ですが。
エルドアン大統領は毀誉褒貶のある人で、ひと言で評価するのは難しいのですが、私が思い切り単純化すると「トルコを政教分離の世俗主義からイスラム原理主義に退行させる独裁者」です。
政権初期は経済政策が上手く行き、軍事クーデターを押さえ込んで、軍の政治介入を排除したことから西側諸国に歓迎されました。その後、イスラム教回帰を隠さない姿勢、言論弾圧などで西側のお覚えが悪くなり、経済が上手く回らなくなりました。
「軍の政治介入」という現象の表面だけ見ると「良くない」ということになるのですが、民主化途上の国では軍人と政治家のプロレスで国を発展させるのは良くあることです。かつての韓国がそうでした。タイでも政情不安になると軍が出しゃばって政治家を追い出し、それを王様が諫めて軍が引っ込みめでたしめでたしがお約束でした。
トルコの場合、近代化の祖ケマル・アタテュルクが軍出身でしたので、世俗主義(宗教排除)の伝統は軍が濃厚に受け継いでいます。クーデターの背景にはイスラム教回帰を隠さないエルドアンに対する軍の反発があったのではないかと推測しています。
欧米列強って、薄っぺらい評価基準で後進地域の政情を評価しがちです。アラブの春とかね。アウンサンスーチーのことも見誤るし。ぶっちゃけ、民度の低い国では、きれい事で国を治めるなんて無理なんです。強権を発動して強引に事を進めないと国が発展できないのです。ねえ、朴正熙さん?
で、トルコに話を戻して、アメリカ人牧師の身柄拘束などで、やっとエルドアンの危険性に気づいた米国が、通貨で揺さぶってトルコの政権交代を促している可能性があったりしないかなー、という憶測です。トルコで3月31日に行われた統一地方選挙ではエルドアン率いるAKPが苦戦しました。じわじわと民心が離れているようです。
https://the-liberty.com/article.php?item_id=15613
まあ、米土離反については、これもプロレスだから本気にしない方がいいという説もあります。そうだといいんですけど。
私はその陰謀論を支持します。ゴラン高原の領有権問題など背景にイスラエル(と、その主席報道官たるトランプ)とイスラム原理主義勢力とのいざこざがあり、「核心的な対立」のただ中と考えています。トランプにとってエルドアン大統領はイランと同じイスラエルの敵にしか見えないのでしょう。
ぶっちゃけ「イスラム国」はイスラエルがスケープゴートとして捏造した幻だと私は信じていますので(否定するには何故イスラム国は周辺のイスラム勢力全てと敵対的であったのに、およそ天敵と言えるはずのイスラエルと何一ついざこざを起こさなかったのかという疑問に答えなくてはならない)いわば影分身が消え去り、中東は諸悪の根源で全ての問題の発生源たるイスラエルとその周辺諸国の対立や紛争が顕在化することになるでしょう。
私はそれでもだからこそ、日本が火中の栗を拾うトルコとの通貨スワップ締結は意味があるだろうと思っています。ゴラン高原のイスラエル領有をトランプが勝手に認めても、日本政府は即座に否定して中東での名声を高めたように、加熱していく一方の中東に冷静さをもたらすために。一時的に損をするかもしれませんが、信用という得難い財産を得るほうが国益になると考えます。隣国と違って恩義や友情を世代を経ても忘れない人々なのですから。
陰謀論者さんへ
>天敵と言えるはずのイスラエルと何一ついざこざを起こさなかったのか
その視点は無かった
素晴らしい、洞察力ですね
トルコで思い出しましたが、今、六本木の国立新美術館で「トルコ至宝展 チューリップの宮殿 トプカプの美」というのをやっています。
http://www.nact.jp/exhibition_special/2019/turkey2019/
なかなか見応えのありそうな展示です。私、地方在住なんで…
東京へ行きたしと思へども
東京はあまりに遠し
せめては新しきユニクロをきて
きままなる買い物にいでてみん
独断と偏見かもしれないと、お断りしてコメントさせていただきます。
トルコは「経済ショックが各国に波及する」恐れもありますが、その
地理的な位置から、政治的な影響を及ぼす要素が多々あると思います。
トルコ国内に、経済による混乱(あるいは、それによる緊張)が起きれ
ば
①トルコ国内にシリア難民が、まだ多くいます。彼らがシリアに戻るの
か、それともEU加盟国の隣国ギリシャ(最終的な目的地としてドイツ)
に向かうのか分かりません。今までは、EU加盟交渉を餌にトルコ国内に
止めさせていましたが、EU加盟交渉中止を決定した今、その餌も利用で
きなくなりました。
(今、リビアから地中海を渡る難民にイタリアが反発して問題になって
いますが、このままではスペイン、ギリシャまで、波及する恐れがあり
ます)
②(アメリカの)トランプ大統領がこだわっているイラン制裁ですが、
トルコは、そのイランの隣国です。そのため、イランの影響拡大を阻止
するためにも、トルコの存在が重要になります。
③黒海を挟んでロシアと面するトルコは、旧ソ連に対抗するために作ら
れたNATOの一員ですが、そのロシアから地対空ミサイルシステムを購入
しようとして、アメリカともめています。トルコ経済が悪化すれば、ロ
シアからの購入を断念する可能性もありますが、(ドイツと同じく)ロ
シアからの天然ガスパイプラインでエネルギー依存する可能性もありま
す。(このパイプラインはバルカン半島まで伸びる予定で、ロシアにエ
ネルギー依存する国が増える可能性があります)
④トルコ軍は、シリアのクルド勢力を駆逐するために軍事侵攻していま
すが、トルコ国内が緊張すれば、国内引き締めのために、対外強硬姿勢
に出る恐れもあります。シリアから米軍を撤退させたいトランプ大統領
としては、クルドとトルコの間で苦しんでいますが、(シリア国内にい
る)イラン軍とイスラエルとの対立も忘れてはいけません。(イスラエ
ルのゴラン高原併合を認めたいトランプ大統領としては、それに反発し
ているシリアのアサド政権を牽制するためにも、シリア国内のトルコ軍
を利用しなくてはならなくなるかもしれません)
⑤トルコ経済が悪化すれば、強権的なトルコ大統領エルドランから逃れ
るためとして、トルコ住民が大勢いるドイツに逃れる恐れがあります。
駄文にて失礼しました。
トルコにはF-35問題がありますよー。
ふたつの側面があって、S-400を導入するならF-35は供与しないと米国が言っている点と、F-35の部品の多くがトルコの企業が分担生産している点です。
技術的には、日本にでも振り替えするのは簡単ですが、テストはやり直したり大変でしょう。
F-35は買えないけど部品の生産は続けるなんて可能性も無いわけではありませんが・・・。
4月頭にサウジガワール油田の生産能力が予想よりかなり低かったニュースがありました。
キプロス-イスラエル沖、エジプト沖、紅海に大規模天然ガス田があるらしいとのこと。
パイプラインルートの駆け引き。
エネルギー面でこの地域は我国にとって非常に重要で報道はもっとフォローして欲しいですね。