X

河野太郎外相の個人ブログの「為替スワップ」、行間を読む

先日、当ウェブサイトのコメント欄で、河野太郎外相の個人ブログ『ごまめの歯ぎしり』に、通貨スワップや為替スワップの話題が紹介されている、というご指摘を頂きました。これについて調べてみたのですが、なるほど、外相自らがわかりやすく情報発信をする努力をされているのは素晴らしいことだと思います。ただ、せっかくなので、当ウェブサイトでは「外相」という立場からは書き辛いであろうと思われる内容について、「独立のウェブ評論家」という立場から、これまでの当ウェブサイトの議論を改めて整理して提示しておきたいと思います。

日中為替スワップ

過去記事の紹介

当ウェブサイト『新宿会計士の政治経済評論』が追いかけているテーマの1つは、通貨論です。

国際金融協力の世界では、私たち日本国民の税金が使われる以上、私たち日本国民が「知らない」では済まされません。しかし、「ODA」だの「通貨スワップ」だの、「為替スワップ」だの「CMIM」だのといった難しい専門用語もたくさん出て来るので、「よくわからない」と感じる人が多いのが実情でしょう。

こうしたなか、とくに多くの人が誤解している論点が、「日中為替スワップ」です。

今、私自身の過去の記事記録を確認したら、スワップに関して執筆した記事は非常に多く、そのなかでも日中為替スワップについて述べた記事は10本以上あります。

ただ、とくに多くの人にアクセスをしていただいた記事を選り抜いて紹介すると、次のような記事があります。

「通貨スワップ」ではなく「為替スワップ」

まず、日中スワップのポイントは、「通貨スワップ」ではなく「為替スワップ」だ、という点です。

「為替スワップ」とは、中央銀行が自分の国の民間金融機関を救済するために、自分の国の通貨を相手国の中央銀行に担保として差し入れ、それと引き換えに相手国通貨の提供を受ける、という性格のスワップです。

これに対して「通貨スワップ」とは、通貨当局(※日本の場合、日銀と財務省)同士がお互いに通貨を融通する協定のことであり、おもに通貨ポジションが強い国(例:日本)から、通貨ポジションの弱い国(例:東南アジア諸国)に対して通貨(日本円や米ドル)を提供する、というスワップです。

この両者は似て非なるものですが、私はゴールデンウィーク明けの5月7日の段階で、すでに「これは日中通貨スワップではなく日中為替スワップだ」と申し上げていました。手前味噌で恐縮ですが、「日中為替スワップ」という用語を日本で初めて使った評論サイトは、おそらく当ウェブサイトです。

ただし、私に1つ反省点があるとすれば、8月23日付の記事のタイトルで、「日中通貨スワップ」という言葉を使ってしまったことです。これについて言い訳をさせていただきますと、その時点で財務省のウェブサイトに「日中通貨スワップ」という用語が使われていて、それをそのまま流用したからです。

ただし、当ウェブサイトでも「日中通貨スワップ」「日中為替スワップ」という具合に、表記の揺れがあったのですが、少なくとも10月26日に日銀が公式発表して以降の表記は、「為替スワップ」で統一しているつもりです。

弘法も筆の誤り

ところで、「中国との協定を締結すれば、それは中国を利することになる!」と短絡的に考える人が、あまりにも多くて困ります。たとえば産経新聞社・特別記者の田村秀男氏が執筆した次の記事を、私はまことに僭越ながら、「不勉強かつ不見識だ」と考えています。

【田村秀男のお金は知っている】「日中通貨スワップは日本のため」とは面妖な…(2018.11.3 10:00付 産経ニュースより)

この記事のどこが「不勉強」で「不見識」なのかについては、詳しくは『通貨スワップと為替スワップを混同した産経記事に反論する』でも述べたので、ここでは繰り返しません。

「通貨スワップは相手国を支援するための協定である」、という点については確かにそのとおりなのですが、問題は、日中間のスワップは「通貨スワップ」ではなく「為替スワップ」である、という事実をすっ飛ばしている点にあります。

産経新聞社には保守的な論調の記者も多く、また、他のマスコミ各社が取り上げない記事(たとえば関西生コン問題など)についても積極的に取り上げることが多いので、産経新聞のことは、私個人的には、それなりに評価しています。

しかし、だからといって国際金融の世界の基本的な知識を調べずに記事を書くのはいただけません。「弘法も筆の誤り」と言いますが、まことに厳しいことを申し上げれば、田村氏は勇気を持って、この記事を撤回するくらいのことはした方が良いでしょう。

パンダ債の闇

債券市場とは「成熟」が必要

では、日中為替スワップは、どうして日本こそが必要としているのでしょうか?

その理由は、「パンダ債」という、恐ろしく危険な債券にあります。

この「パンダ債」について述べる前に、「債券」について考えてみましょう。ここで触れるのは「債権」(さいけん)のことではありません。発音がおなじ「さいけん」なので紛らわしいのですが、債権と債券は似て非なるものです。

一般に、債券は債権と異なり、発行されてから償還されるまでに転々流通する有価証券ですが、資本市場が発達している国でないと発行できません。日本や米国、英国、ユーロ圏などのように、法治主義が貫徹していて、ルールが明確な国でなければ、怖くて投資できないのです。

たとえば、アルゼンチンはこれまでに何度か国債のデフォルトを発生させていますが、アルゼンチン政府はおカネが払えなくなったときに、国内法を勝手に変えて、投資家に対して「もうおカネは払わないぞ」と宣言したのです。

しかし、そんなことを国際的な社会が許すはずなどありません。

実際、2014年にはニューヨーク連邦地裁がアルゼンチン政府に対し、同国が勝手にデフォルト宣言した国債の利払いを命じ、アルゼンチンは国際的な資本市場から事実上の締め出しを喰らいました。つまり、先進国の資本市場では、ルールを守らなければ、たとえ国家でも厳しいペナルティを受けるのです。

つまり、債券の世界では、「誰が発行しているのか?」(発行主体)と、「どこの市場で発行されているのか?」(発行地)、「どの通貨で発行しているのか?」(発行通貨)という条件が大事です。

中国や韓国、アルゼンチンやギリシャ、ロシアなどのように、「約束を守らない国」が発行していたとしても、「約束を守らねば厳しいペナルティを受ける発行地」(たとえば日本、米国、英国など)で発行されていれば、その分、投資家にとっては安全性は高いと言えます。

しかし、「そもそも資本市場が未発達な国」や「ルールがしょっちゅう変わる国」で債券に投資するのは、投資家にとっても非常にリスクが高い行為です。ましてや、その「資本市場が未発達な国」や「ルールがしょっちゅう変わる国」で債券を発行するとは、正気の沙汰とは思えません。

パンダ債、アリラン債…正気の沙汰とは思えない

こうしたなか、わが国が誇る(?)メガバンクのうちの2つである三菱東京UFJ銀行(※今年4月に「三菱UFJ銀行」に改称)とみずほ銀行が、今年1月に、信じられないことをしでかしました。

それが、「パンダ債」です。

先ほど、債券には「発行主体」と「発行地」、「発行通貨」という3つの要素があると申し上げました。ここで、パンダ債とは、

  • 発行主体が中国国外の企業であること
  • 発行地が中国本土であること
  • 発行通貨が人民元であること

という3つの条件を満たした債券のことです。

※なお、「豆知識」ですが、アジアにおける代表的な債券を列挙すると、次のような俗称があるようです。

俗称 発行主体 発行地 発行通貨
サムライ債 日本国外の企業 日本 日本円
ショーグン債 日本国外の企業 日本 米ドル、ユーロなど
カブキ債 日本企業 日本 米ドル、ユーロなど
ユーロ円債 日本企業、日本国外の企業 日本国外 日本円
点心債 中国国外の企業 香港など 人民元
アリラン債 韓国国外の企業 韓国 韓国ウォン
パンダ債 中国国外の企業 中国本土 人民元

ここで、サムライ債やショーグン債、ユーロ円債は、いずれも日本円という通貨、日本という国の資本市場が非常に発達しているからこそ発行できるものです。

金融機関は「デフォルト」してはならない!

そして、日本円、米ドル、ユーロなどの通貨を、一般に「ハード・カレンシー」と呼び、人民元や韓国ウォンなどの通貨を「ソフト・カレンシー」と呼びます。これらの用語に明確な定義はありませんが、あえて私自身が定義づけをすると、つぎのとおりです。

通貨の分類
  • ハード・カレンシー…その通貨の発行国に留まらず、国際的な商取引・資本取引等において広く利用されている通貨であり、為替取引等においても法的・時間的制約等が少ないもの
  • ソフト・カレンシー…主にその通貨の発行国において取引されている通貨であり、決済機能面や通貨の安定性等の観点からは国際的な商取引・資本取引等には馴染まないもの

(【出所】拙著)

つまり、「パンダ債」とは、資本市場が未発達な中国で、ソフト・カレンシーである中国人民元建てで、中国国外の企業(この場合は三菱UFJ銀行とみずほ銀行)が債券を調達してしまったという意味で、非常に深刻です。

というのも、中国の資本市場は脆弱であり、いつ、人民元の調達ができなくなってしまうかもわからないからです。

私がこのように申し上げると、「それは三菱UFJ銀行とみずほ銀行が勝手に発行したのだから、デフォルトしても彼らの自業自得でしょ?」という反論が必ず返ってくるのですが、それは非常に甘い認識です。

なぜなら、銀行は普通の民間企業と異なり、おいそれとデフォルトするわけにはいかないからです。

今年1月時点で両行が発行したパンダ債の金額は、現地通貨建てで三菱UFJ銀行が10億元(発行登録枠30億元)、みずほ銀行が5億元であり、1元=17円と換算しても、両行合わせてせいぜい255億円ていどに過ぎません。

ちなみに三菱UFJ銀行は、総資産212兆円、預金総額145兆円であり、たかだか数百億円の債券のデフォルトを発生させることはないと考える人もいるようですが、その方は、「発行通貨が日本円ではなく人民元である」という事実を忘れてしまっています。

発行額は2000億元が限度です

だからこそ、今回の日中為替スワップを必要としているのは、実は日本の側なのです。

それなのに、『日中通貨スワップを必要としているのは、残念ながら日本の側』を読んで、短絡的に「中国寄りの記事を書くな!」だの、「中国を助けるな!」だのといった、非常に頭の悪いコメントが、当ウェブサイトにも、ツイッター上にもたくさん湧きました。

本当に無知は無恥です。

いちおう、私自身の立ち位置を述べておけば、当然、「一帯一路構想」や「アジア・インチキ・イカサマ銀行」…じゃなかった、「アジアインフラ投資銀行」(AIIB)などのスキームに対し、日本が支援するいわれもありませんし、下手に関わるべきでもないと考えています。

そうではなく、日本は米国や豪州と連携して国際金融協力を強力に進めて行くべきだと思いますし、アジア・太平洋地域を「自由と繁栄の連盟」でまとめ上げ、中国の強引な融資案件を排除するのが筋だと考えています。

つまり、今回の日中為替スワップは、三菱UFJ銀行やみずほ銀行などの金融機関が中国本土でパンダ債などというものを発行しなければ締結しなくて済んだものであり、批判するならば日銀や財務省ではなく、これらの民間金融機関を批判すべきでしょう。

ただし、日銀は日本の金融機関に対し、1つ、重要なメッセージを発信しています。

それは、「スワップの限度額」です。

今回のスワップの限度額は、日本円側が3.4兆円、中国側が2000億元ですが、これは、言い換えれば、「日本企業はトータルでパンダ債や人民元建て手形などを2000億元以上発行するなよ」、という、強いメッセージでしょう。

ということは、邦銀が2000億元以上の人民元を中国本土で調達した場合、人民元調達ができなくなって潰れそうになったとしても、救済できない、ということです。

河野太郎氏のブログ記事紹介

さて、日中為替スワップという、当ウェブサイトでは先月に論じ尽くした(?)話題を再び持ち出したのには、理由があります。それは、河野太郎外相本人が運営されているブログ『ごまめの歯ぎしり』に、先日、為替スワップに関する説明が掲載されたからです。

為替スワップ(2018.11.24付 『ごまめの歯ぎしり』より)

河野氏は現役の外相という立場にあるため、民間企業の実名を出して批判する、といったことは難しいと思います。しかし、リンク先の記事を読んでいただければわかりますが、非常に短くて簡潔でありながらも、本質を突いた良い記事です。

(もっとも、「通貨スワップ」のことを「為替スワップ」と誤用している点については、読み進める上で注意が必要だと思いますが…。)

なお、当ウェブサイトでも、通貨スワップといえば韓国が日本に対して求めて来ている「日韓通貨スワップ協定」について、過去に何度も記事にしています。

2018/09/20 05:00 『外貨準備統計巡る韓国のウソと通貨スワップ、そして通貨制裁』

河野氏は現役外相という立場にあるためでしょうか、「韓国の外貨準備高が非常に危うい状況にある」といったセンシティブな話題には触れていません。

しかし、当ウェブサイトの通貨スワップ・為替スワップ関連記事を読んでいただいていれば、河野外相の説明に見え隠れする、河野外相の「ホンネ」が、何となく浮かんでくるような気がするのです。

新宿会計士:

View Comments (1)

  •  新宿会計士様に於かれましては100万PVおめでとう御座います。この場を借りてお祝い申し上げます。

     本ブログを知ってから、スワップについてかなり勉強させていただきました。小生もスワップとは締結国の金融や経済を安定化させるための裏書のようなものと思っておりました。特に韓国に住んでいる人間としては韓国ウォンの乱高下を実際に体験しているため(小生は報酬を円建てで頂いているため、ウォン記載の通帳の数字がものすごく変動します)、韓国経済の危うさを実感します。特に小生が韓国に来た頃(2008~9年)は100円=1700ウォンでした(いわゆるリーマンショック)。それが安倍政権に変わって円がどんどん安くなりウォンがどんどん高くなったせいで2014~15年ごろには100円=850ウォン程度まで変動しました。小生の中では物価がいきなり2倍になったようなものです。この頃は安倍政権の円安政策が嫌でしたね(笑)。この為替の変動というのは日本国内で暮らしている方は殆ど実感がなく、せいぜいガソリンが高くなったと程度だと思います(小生がそうでした)。ところが、この2008~15年の間にウォンが一律に高くなり円が安くなったのでありません。一時期100円=1000ウォンと持ち直したものが2012年前後に100円=1400ウォン程度に急変したことがあります。しかし、野田スワップのおかげですぐに100円=1000円に戻りました(なんてことをしてくれるんだと思いました 笑)。この時に初めてスワップという得体の知れない取り決めがあることを知りました。しかもその効果のすさまじい事。小生の家計を何10%単位で変動させるのです。

     日本に住んでいたらこれほどまでにスワップに興味は示さなかったと思います。毎回本ブログにて良い勉強をさせて頂いております。これからも、内容の濃い掲載を期待しております。

     駄文にて失礼します