ドル高局面は形を変えた欧州危機
今回のドル高局面を確認してみると、日本円や韓国ウォンなどを除けば、欧州系通貨が売られていることがわかります。BISのデータをもとに集計してみたところ、特殊な事例(スリランカ、アルゼンチン、トルコ、ウクライナ)を除けば、年初来で最も大きく下落していたのはハンガリー・フォリント、その次が日本円で、以下、英ポンド、スウェーデン・クローナなどが続きます。
BISの為替データ
当ウェブサイトでは最近、国際決済銀行(BIS)が毎週公表している、各通貨の対米ドル相場のヒストリカル・データをよく参照します。データ自体はBISのダウンロードサイト “Download BIS statistics in a single file” にて、単一のCSVファイル形式にて入手できます。
US dollar exchange rates (daily, vertical time axis)
これについては更新タイミングが週1回であること、数日前のデータまでしか収録されておらず、最新のデータについてはよくわからないこと、といったといった欠点はあります(※たとえば9月29日に公表されたデータに収録されているデータは9月27日時点までのものに限定されています)。
また、収録されている通貨も実質的に62種類であり、マイナー通貨(たとえば北朝鮮ウォンなど)のデータは収録されておらず、さらには通貨によっては「公式レート」しか収録されておらず、たとえばイランリヤルの「闇レート」の推移などを知ることはできません。
さらには、一部通貨に関してはデータの収録が間に合っておらず、たとえばアルゼンチンペソのように、データが収録されたり、されなかったりするケースもあります(『BIS統計で確認する世界通貨安:本質は「ドル不足」』等参照)。
ただ、過去数十年分の為替相場を抽出して傾向を見る分には大変使い勝手が良いので、個人的には非常に重宝しているという次第です。
上位10位:特殊な4ヵ国を除けばほとんどが欧州系
こうしたなか、この最新データが日本時間の昨日深夜頃までに更新されていたようですので、年初(1月3日時点、レートがなければその直近営業日)と9月27日時点(レートがなければその直近営業日)の対米ドル相場の騰落率を算出したものをアップデートしました。図表1は、10位まで並べたものです。
図表1 主要通貨・対米ドル相場騰落表(2022年初と9月27日時点を比較、上位10位まで)
通貨 | 1米ドルあたり | 騰落率 |
---|---|---|
1位:スリランカルピー | 202.7500→359.0000 | 77.07% |
2位:アルゼンチンペソ | 103.0400→145.4583 | 41.17% |
3位:トルコリラ | 13.2785→18.4820 | 39.19% |
4位:ウクライナフリブニャ | 27.2782→36.5686 | 34.06% |
5位:ハンガリーフォリント | 323.8309→421.6611 | 30.21% |
6位:日本円 | 114.9802→144.4214 | 25.61% |
7位:英ポンド | 0.7410→0.9257 | 24.93% |
8位:スウェーデンクローナ | 9.0672→11.2539 | 24.12% |
9位:ポーランドズローティ | 4.0418→4.9399 | 22.22% |
10位:ノルウェークローネ | 8.8078→10.7293 | 21.81% |
(【出所】BISウェブサイト “Download BIS statistics in a single file”, US dollar exchange rates データより著者作成。なお、1月3日や9月27日のデータがない場合は、それぞれその10営業日前まで遡及したものを表示している。また、データが取得できない通貨についてはランク表に掲載していない)
これで確認すると、実質デフォルト状態になって通貨が暴落したスリランカ、米ドル建て国債のデフォルトで知られるアルゼンチン、インフレ下の利下げという独自路線で知られるトルコ、ロシアに軍事侵攻されたウクライナの4ヵ国が上位を占めました。
(※余談ですが、トルコはスリランカの次に「通貨危機」を発生させる筆頭候補国のひとつであることは間違いないでしょう。)
しかし、第5位のハンガリー・フォリントの次が私たちの国・日本の通貨・円であり、続いて英ポンド、スウェーデン・クローナ、ポーランド・ズロチ、ノルウェー・クローネなど、日英以外と並び、東欧・北欧系の通貨が上位にランクインしていることが確認できます。
上位30位までも欧州系が多い
また、11位以下も、ニュージーランド(11位)と韓国(12位)、チリ(20位)の3ヵ国を除けば、いずれも欧州の通貨ばかりです(図表2)。
図表2 主要通貨・対米ドル相場騰落表(2022年初と9月27日時点を比較、上位20位まで)
通貨 | 1米ドルあたり | 騰落率 |
---|---|---|
11位:ニュージーランドドル | 1.4664→1.7546 | 19.65% |
12位:韓国ウォン | 1192.7785→1420.6346 | 19.10% |
13位:クロアチアクーナ | 6.6218→7.8059 | 17.88% |
14位:ユーロ | 0.8807→1.0369 | 17.74% |
15位:ブルガリアレフ | 1.7224→2.0280 | 17.74% |
16位:デンマーククローネ | 6.5506→7.7111 | 17.72% |
17位:ルーマニアレフ | 4.3578→5.1269 | 17.65% |
18位:セルビアディナール | 103.9300→121.7500 | 17.15% |
19位:チェココルナ | 21.8565→25.5713 | 17.00% |
20位:チリペソ | 844.6900→987.0700 | 16.86% |
(【出所】BISウェブサイト “Download BIS statistics in a single file”, US dollar exchange rates データより著者作成。なお、1月3日や9月27日のデータがない場合は、それぞれその10営業日前まで遡及したものを表示している。また、データが取得できない通貨についてはランク表に掲載していない)
そのうえで、日本円と韓国ウォンを除くアジア通貨は、21位以下で初めて登場します。具体的にはフィリピン(21位)、台湾(22位)、タイ(23位)、中国(27位)で、これらに交じって豪ドル(29位)などが登場しています(図表3)。
図表3 主要通貨・対米ドル相場騰落表(2022年初と9月27日時点を比較、上位30位まで)
通貨 | 1米ドルあたり | 騰落率 |
---|---|---|
21位:フィリピンペソ | 51.1237→59.0346 | 15.47% |
22位:台湾ドル | 27.6200→31.7000 | 14.77% |
23位:タイバーツ | 33.1704→37.9148 | 14.30% |
24位:北マケドニアデナール | 54.4300→62.0800 | 14.05% |
25位:イスラエルシェケル | 3.0946→3.4959 | 12.97% |
26位:南アフリカランド | 15.8222→17.8724 | 12.96% |
27位:人民元 | 6.3561→7.1709 | 12.82% |
28位:アルバニアレク | 106.5400→120.1200 | 12.75% |
29位:豪ドル | 1.3819→1.5408 | 11.50% |
30位:コロンビアペソ | 3981.1600→4415.1100 | 10.90% |
(【出所】BISウェブサイト “Download BIS statistics in a single file”, US dollar exchange rates データより著者作成。なお、1月3日や9月27日のデータがない場合は、それぞれその10営業日前まで遡及したものを表示している。また、データが取得できない通貨についてはランク表に掲載していない)
また、1997年にアジア通貨危機で大きく下落したその他の通貨については、たとえばマレーシア・リンギットは下落率10.5%で31位、インドネシア・ルピアは下落率6%少々で39位に留まっており、このことから、日本円を除くアジア通貨を中心に下落した前回の危機とは、今回のドル高局面は様相が異なるようです。
地政学的要因?
もちろん、上記図表はあくまでも単なる数値の羅列に過ぎず、これ自体が何かを「証明」しているというものではありません。
ただ、新興市場諸国を中心に通貨安が生じた1997年のアジア通貨危機、2008年のグローバル金融危機(Global Financial Crisis=GFC、日本語でいう「リーマン・ショック」Rihman-Shokku)の頃とは大きく様相が異なっていることは間違いありません。
やはり、ロシアによる違法な戦争の開始と、それによるロシア産エネルギーの供給不安といった地政学的要因が、私たち日本人が思っている以上に、欧州の社会や経済に大きな打撃を与えていると言わざるを得ないのでしょう。
これに加えて当ウェブサイトで普段から申し上げている「国際収支のトリレンマ」、つまり「①資本移動の自由」、「②金融政策の独立」、「③為替相場の安定」という3つの政策を同時に達成することが「絶対に不可能である」という命題も、ここに来て、大きく響いてきているようです。
とくに、中央銀行が金融緩和政策をやめて引締めモードに入っているなか、政府が拡張的な財政政策を打ち出した国では、いわゆる「マンデル・フレミング」モデルに従い、財政政策の効果がすべて打ち消されることが予想されます。英国がその典型例でしょう。
これに加えて昨今のドル高局面では、財政統合をしていないのに通貨統合をしてしまったユーロという通貨の矛盾に、欧州が向き合わざるを得なくなっている、という局面でもあります。
とくに急激な円安の進行により、日本がGDPで世界第3位から転落し、かわってドイツがGDPで世界第3位に浮上する可能性があるとみられるなか、ユーロ圏各国を相手に無限の貿易黒字を積み上げ続けるという欧州経済の矛盾が、今回のウクライナ危機で一気に噴出する可能性もあるでしょう。
このような観点から見ると、当ウェブサイトで繰り返し取り上げてきた基礎的な「通貨論」は、世界経済を見るうえで、じつは極めて大切なツールではないかと思う次第です。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
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【おしらせ】人生で9冊目の出版をしました
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この人、円安のメリットをあれだけ言ってた割には、最近は円安のデメリットばかり言ってない?
GDPガーなんて付け入る隙与えてどうするの?
財務官僚はほくそ笑んでるんじゃね?
えぇ……都合の部分は隠せって事ですか?
為替で入れ替わるGDP「順位」なんて価値は無く、都合が悪くすら無い。文脈でも日本の地位の話などしておらず、欧州の歪さの話。円安にデメリット自体は厳然と存在するが、当記事でデメリットって何か挙げてます?まさか「順位が下がった」点?無知をひけらかすマスコミは恥にも思わず「順位下がりましたぁぁぁ!」って報道するかもですが。
……ガーとかつけるほど連呼してる?用法わかってらっしゃる?
日本円の下落は金利政策も相まってのもの。成るべくして成ったのものですね。
アジア諸通貨の下落が緩やかなのは、元から基準金利が高かったせいなのかと。
もしくは、対日通貨スワップの存在がバックストップになってるのかもですね。
アジアでも元の金利が低く”対日スワップ”のない通貨は、下落してるので・・。
欧州危機の原因は、ロシアによるエネルギー危機、アメリカの利上げ、通貨統合のデメリットが重なったものと思われます。
おまけに、ポピュリズム政党も台頭しています。
中国やロシアなどの強権国家も内政は不安定化しています。
世界情勢は混とんとしてきました。
岸田首相には、内政はもとより、世界の平和と安定に向けた政策の提案と推進を是非お願いしたいと思います。
最近漠然と考えていたことなのですが、本記事のデータが示すように、確かに人民元も対ドルレートを下げているのですが、その他の主要通貨の多くは人民元以上に対ドルレートを下げています。ということは、相対的に人民元は多くの主要通貨に対してかなり高くなっているはずです。実際、現在1RMB = 20.3JPYくらいで、日本円に対して年初比で10%程度高くなっています。
このような人民元高と言っても良い状況は、中国経済にどの程度の影響を及ぼすものなんでしょうか? 中国は資源や食糧の純輸入国なので、その意味では人民元高はプラスに働くかもしれませんが、経済成長の一つの柱であった輸出に関してはマイナスに働きます。「対ドルレートは下がっているのだから対米輸出には影響ない。だから大丈夫だ」というほど単純な話では多分ないような感じがします。どなたかこの辺に詳しい方居られませんか?
多分どうでも良い余談:
先日、韓国が対中貿易で赤字に転落したという話が流れていましたが、考えてみればKRWもRMBに対してかなり下がっているはずです。それにも関わらず対中貿易が赤字になったということは、韓国の対中貿易は構造的に赤字になったことを示しているように思います。対米黒字と対中黒字が韓国の貿易収支を支えていたと言っても良いと思いますが、その内の一本が折れてしまったのかもしれません。だとすると、韓国の貿易収支の赤字基調は相当期間継続することになるのかもしれません。ま、他国の懐事情などどうでも良いことではありますが。
ロウ戦争がいかなる形で決着しようとその帰結はEUの没落となる。
ドイツはロシア産PLガスを武器として製造業で躍進。
EU域内、域外で輸出を拡大し莫大な貿易黒字を得る。
ここで普通なら通貨ユーロが高くなりドイツの競争力がそがれる。
だが東欧、南欧を抱えることでユーロは安値を維持。
これによりEUはドイツの1人勝ちとなる。
さらにドイツは自国基準の厳しい財政基準をEU諸国に要求。
それは「ナポレオン、ヒトラーでもなしえなかった欧州大陸統一をメルケルはユーロを使って成し遂げた」と形容された。
だが10年以上にわたりEUには矛盾、不満が蓄積、拡大していた。
それはEUは金融統合は果たすも財政統合は果たせなかった、ことに尽きる。
ドイツとギリシアが同じ金融政策を取るのは無理がある。
ドイツとギリシアが同じ財政政策を取るのは無理がある。
ドイツの好景気により隠されていた事実がロウ戦争で炙り出された。
EUはエネルギーの脱ロシアを決定。
これによりドイツ製造業の競争力が決定的にそがれる。
本来ならEUは脱・脱炭素が必要。
だが脱炭素の更なる推進によりインフレが加速。
ECBは利上げをするしかなくドイツ、イタリア間で長期金利の拡大が定着する。
これからEUは分裂の危機すらあり得るだろう。
いずれにせよEUの国際的地位は決定的に没落することになる。
10年後、世界の1強として米国が君臨することになる(いずれ詳しく述べる)