人民元は基軸通貨とならない②外貨準備では「存在感」
人民元が米ドルに代替する国際的な基軸通貨とはなり得ないという点は、以前からしばしば当ウェブサイトにて言及しているとおりです。ただ、こうした当ウェブサイトの仮説とは反し、外貨準備高の世界においては、人民元は少しずつ、しかし着実に、その存在感を高めています。おそらく、民間の機関投資家と異なり、中央銀行などの通貨当局は、比較的自由に人民元に投資することができるという仮説が成り立ちます。
「人民元が米ドル覇権を終わらせる」?
著者自身は現在、とある理由があって、中国の通貨・人民元の「将来の姿」に関し、ちょっとした調べ物をしています。そして、その調べ物の「成果」を、当ウェブサイト側に少しずつ掲載していくこととし、その第一弾を、昨日の『人民元は基軸通貨とならない①成長が止まった債券市場』に取りまとめたという次第です。
なぜ著者が現在、人民元に関する統計を調べているのかといえば、巷間、「中国の通貨・人民元が米ドルに代わって基軸通貨になる」、「米ドルの覇権は終わる」、といった、ややもすればセンセーショナルな論説が流れているからです。
いわく、「デジタル人民元は米ドルを駆逐する」。
いわく、「CIPSはSWIFTに代替する」。
いわく、「国際基軸通貨でなくなった米ドルは暴落する」。
そんなこと、本当に実現するならば、それは大変なことです。
ただ、こうした中国の金融について、強気の論説を提示している人たちにはひとつの共通した特徴があります。
それは、通貨について議論するうえで必須となる国際金融論・通貨論、いや、通貨論以前にそのもっと基本的な部分にあるマクロ経済学の基礎知識などを無視した議論などが展開されることが多い、ということです。
そういえば、先日の『「のろのろバス」AIIBの資産規模は最大手信金並み』では中国が主導する国際開発銀行である「アジアインフラ投資銀行」(AIIB)について取り上げましたが、その際、一部ジャーナリストの方が今から約6年前に展開した議論などを取り上げました。
AIIBといえば、いまや世界の87ヵ国が正式な参加国として出資し、参加を約束している国も14ヵ国に達しているという「世界規模の組織」ですが、それと同時に、非常に残念ながら、AIIBが「アジアのインフラ金融を牛耳っている」という事実はありませんし、日本が除け者にされている事実もありません。
結局、「中国が金融覇権を握る」などとする議論が出て来る大きな理由は、この手の議論の著者が「国際的に通用する通貨」とはいったい何なのかを理解していないだけでなく、その実務的な感覚についても完全に欠いているからではないでしょうか。
通貨の3つの機能
さて、昨日の議論を続けましょう。
通貨には、基本的には「①価値の尺度」、「②価値の交換」、「③価値の保存」、という、大きく3つの機能が求められます。
このうち「①価値の尺度」とは「財、サービスの価値を統一的な尺度で表示する機能」、「②価値の交換」とは「財・サービスを円滑に交換する機能」、「③価値の保存」とは「経済的価値を未来に向けて保存する機能」、とそれぞれ理解することができるでしょう。
通貨の3大機能
- ①価値の尺度…財・サービスの価値を統一的な尺度で表示する機能
- ②価値の交換…財・サービスを効率的に交換する機能
- ③価値の保存…経済的価値を未来に向けて保存する機能
(【出所】著者作成)
このうち①や②の部分については、基本的にはどんな通貨にでも備わっています(※「どんな通貨にも」、という点においては若干の誇張がありますが…)。しかし、③については、世の中のすべての通貨に備わっているとは限りません。
とりわけ、発展途上国の通貨には金融政策などに対する社会的信頼が乏しい、などといわれることが多く、とくに腐敗した途上国などにありがちなのは、権力者自身が率先して米ドルなどの国際的な基軸通貨を持ちたがる、という点でしょう。
たとえば、今年8月にアフガニスタン政府が崩壊した際に、当時のアシュラフ・ガニ大統領が持って逃げたのは、自国通貨「アフガニ」ではなく、多額の米ドル紙幣でした。
なぜガニ大統領が持って逃げたカネが、韓国ウォンでもなく、近隣国であるインドのルピーなどでもなく、遠く離れた米国の通貨だったのかといえば、それだけ世界中で米ドルが信頼されているからでしょう。
また、核・ミサイル等の開発を理由として、現在、国連安保理からの経済制裁を受けている北朝鮮の場合も、「瀬取」などと呼ばれる違法な密貿易を行っているなどと指摘されていますが、その際にやり取りされるのも、たいていの場合は多額の米ドル紙幣です。
ちなみにユーロ圏で500ユーロ紙幣の流通が停止されたのも、結局は、こうした高額の紙幣は銀行システムを通さない不透明な取引などの温床になっているという金融当局の問題意識に基づくものなのでしょう。
IMFの外貨準備統計
さて、価値の保存手段という意味では、昨日の議論では「オフショア債券市場」を例に、人民元の国際化が2015年を境にピタリと止まった、とする話題を取り上げたのですが、ここでもうひとつ、大変に興味深い統計があります。
それが、国際通貨基金(IMF)の公表する、世界の外貨準備高に関する統計です。
英語で “Currency Composition of Official Foreign Exchange Reserves” と名付けられているため、日本語では「公式外貨準備高構成」とでも訳すべきかもしれませんが、便宜上、ここでは「COFER」と略しておきましょう。
COFERは、IMF加盟各国の通貨当局が保有している外貨準備高の合計額を集計したものですが、外貨準備の世界においては、人民元は着実にそのシェアを高めているのです。
現時点において入手できる最新データは2021年6月末時点のものですが(図表1)、これによれば、米ドルが世界の外貨準備で最大の金額を占めている一方、これにユーロ、日本円、英ポンドなどが続いていることが確認できます。
図表1 COFERの通貨別構成(2021年6月末)
通貨 | 金額 | Aに占める割合 |
---|---|---|
外貨準備合計(A+B) | 12兆8172億ドル | ― |
内訳判明分(A) | 11兆9534億ドル | 100.00% |
米ドル | 7兆0806億ドル | 59.23% |
ユーロ | 2兆4558億ドル | 20.54% |
日本円 | 6920億ドル | 5.79% |
英ポンド | 5685億ドル | 4.76% |
人民元 | 3119億ドル | 2.61% |
加ドル | 2659億ドル | 2.22% |
豪ドル | 2199億ドル | 1.84% |
スイスフラン | 201億ドル | 0.17% |
その他通貨 | 3387億ドル | 2.83% |
内訳不明分(B) | 8638億ドル | ― |
(【出所】国際通貨基金のCOFERより著者作成)
人民元のシェアは徐々に高まっている!
現時点において人民元は、米ドル、ユーロ、日本円、英ポンドに続いて5番目のシェアを占めているのですが、人民元はもともと外貨準備のシェアが非常に少なく、しかも統計に初めて登場したのは、IMFの特別引出権(SDR)の構成通貨となって以降の2016年12月のことです。
ただ、COFER上、人民元のシェアは着実に高まっており、初めて統計に登場した2016年12月と比べ、直近ではシェアは2.5倍にまで上昇していることが確認できます(図表2)。
図表2 COFER上、世界の外貨準備に占める通貨別構成
(【出所】国際通貨基金のCOFERより著者作成)
すなわち、人民元が外貨準備の世界において、着実に存在感を高めているという点については、ちょっと留意しておいても良いのかもしれません。
民間機関投資家が自由に投資できる状況にはない
もっとも、外貨準備高に占める人民元のシェアが徐々に高まっていることはたしかですが、これとは対照的に、肝心の人民元建てのオフショア債券発行残高については、2015年以降、市場の成長が完全に停滞していることもまた事実でしょう。
統計上、人民元の外貨準備高に占める割合が徐々に高まっていることは事実ですが、それと同時に、外貨準備を保有しているのは、あくまでも民間機関投資家ではなく、中央銀行などの通貨当局である、という点については注意が必要でしょう。
外貨準備の場合はこれを所有しているのが通貨当局であるため、民間機関投資家と異なり、比較的自由に人民元建ての資産を所有することができる、といった事情があるのかもしれません。
逆に言えば、民間投資家が自由に人民元建て資産に投資できるという状況にはないため、あくまでもCOFERは通貨当局という「特殊な投資家」の事例と考えるべきでしょう。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
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私の素人考えでは通貨の有効度・便利さはその通貨を使った場合私の入用なモノやサービスが買えるか、そしてそのお金が簡単に両替出来るかで左右されます。 少なくとも中国国内では色々な産業の産物が豊富ですし、サービス業も充実しているので、中国元の使い勝手は好いと思いますし、中国国外から中国の産業産物を購入する時にも中国元を使えるハズなので有用でしょう。
残る問題は中国元が中国と直接の関係がないモノやサービスの売買に使えるかですかね。
>人民元の国際化が2015年を境にピタリと止まった、
中国:”IMFの特別引出権(SDR)の構成通貨” に格上げするための国際化。
IMF:さらなる国際化(通貨開放)を期待してのSDR指定。
中国側としては、「目的(表層的に通貨の格を整える)を達したからには、これ以上の開放は不要」との判断なのかもですね。両者の目的と手段が逆転してるような気がします。
この論考の主題からは、ちょっと離れますが・・・
ディジタル人民元を含め、ブロックチェーンに依存したディジタルデータは、通貨にはなり得ないと考えています。
理由は「価値の交換」手段としてさえ、おぼつかないから。
瞬時に、少なくともクレジットカードの認証に要する程度の時間内にディジタル通貨で決済するためには、ハッシュ関数(であろうとなかろうと、ブロックチェーンを構成するためのデータ)の計算が、その時間内にできる必要があります。
仮にディジタル通貨の利用が広まれば、それに比例して、必要となる計算能力も大きくなります。
まず、ここに大きな関門があります。
それが実現可能かどうかは別として、膨大な計算を短時間でこなせるようになったと仮定してみましょう。
その場合には、「価値の保存」手段としての通貨の機能が揺るがされてしまいます。
承認されたはずの取引とは別の取引を、承認させることが可能になるからです。
例えば、ビットコインには、矛盾する(取引履歴が異なる)複数のブロックチェーンが存在する場合には、長い方のチェーンを正しいと見做す仕組みが組み込まれているそうです。
ハッシュ関数の計算に膨大な時間を要するなら、この仕組みは、正当なブロックチェーンを後から改竄するのを阻む手段として成立する可能性が高いのでしょう。
しかし、膨大な計算を短時間でこなせるようになると、より長いブロックチェーンを後から作成することが容易になるのです。
「正式に通貨として採用されれば、利用回数が飛躍的に増えるので、正当なブロックチェーンも急激に長くなり、改竄は不可能だ」と考える方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、あなたは、自分の財布(もしくは銀行口座)に入ったお金を、瞬時に使ってしまいますか? 数時間以上、使わずに置いておくことはありませんか?
そうやって、お金を眠らせている間に、あなたが受け取ったはずのディジタル通貨のブロックチェーンが改竄されたら、そのお金はなくなってしまうのです。
通貨当局など、信用がおける機関が一元的に管理すれば大丈夫という声が上がるかもしれません。
しかし、それは、無数に分散された記録が信頼性を保証するという、ブロックチェーンのセールスポイントを否定することにつながります。
また、ディジタル人民元の場合、通貨当局は中国共産党になるでしょう。
中国共産党が一元的に管理するブロックチェーンを信用できますか?
私は、むしろ、中共にとって都合の悪い人物・組織が保有するディジタル人民元を「意図的に使えなくする」ことで、活動を封じ、中共による一党独裁体制を強化する手段として利用されるだろうと危惧しています。
中共なら、都合の悪い人物・組織への入金をなかったことにしたり、出金された記録を捏造したり、いろんな方法を駆使するでしょうね。
666の刻印が無ければ何も買えなくなるのかな?
イーシャ 様
いままでモヤモヤしていたデジタル通貨の違和感が、イーシャ 様の説明でストンと納得出来ました。
分かりやすい説明ありがとうございました。
デジタル人民元では、ブロックチェーンは導入するようですから、通貨の移動は当局によって完全把握されるでしょう。当然狙っていると思います。ウォレット作成も届け出制になるんじゃないでしょうか。
人民元の流通量の調整などは当局がしやすくなるかもしれません。
他国のデジタル通貨と交換協定を結べば、SWIFTを経由しない送金が実現しますが、仮にドル支配を脅かすとしてもずいぶん遠い先の話だと思います。
仮想通貨の信頼性が膨大な計算量に基づくので、通貨足り得ないとのことですが、私は少し違う感想を持っています。
ビットコインは計算量によって安全性を担保していますが(PoW)、それによらないプロトコル(例えばPoS)も実現しています。決済を高速で行う方法(LightningNetwork等)や、仮想通貨間で第三者を介さない交換プロトコル(AtomicSwap等)も実現の芽が見えてきています。
用途に応じて通貨を使い分ける環境ができつつあります。
それぞれ利点も弱点もありますが、様々な工夫で克服しつつあると思います。
またビットコイン(PoW)において、ある特定個人が全体の計算量(ハッシュパワー)の半数以上を一時なりとも持つことができれば、ブロックチェーンを好きなように改竄できますが、ビットコイン全体のハッシュパワーがスパコンを大きく超えて久しい現在、それをやるのは国家でさえ困難だと思います。
ビットコインが、仮想通貨全体が生き残るための橋頭保を築いたイメージで捉えています。
仮想通貨の弱点はあるものの、現時点で致命的に至ったものがないので、逆に生き残るのではないかと思っています。
>デジタル人民元では、ブロックチェーンは導入するようですから、通貨の移動は当局によって完全把握されるでしょう。当然狙っていると思います。
狙っているというよりも,人民元のデジタル化の目的はまず第一に共産チャイナの全国民・全企業の経済活動(購買履歴)および資産の完全把握でしょうね.外国籍の滞在者や外国企業の在中法人なども全て含めて.
デジタル人民元が国民の間で十分に普及したと政府が判断したタイミングで旧来のお札や硬貨によるフィジカルな人民元は完全に廃止し法的に通用禁止(恐らく人民元札・硬貨の所持も違法)にし,旅行者等が外国通貨を国内に持ち込むのも法的に禁止する(例えば通関の際に預かり証と引き換えに取り上げる)と予想します.
それによって共産チャイナの中の全ての人間・法人のあらゆる経済活動は共産党政府の完全監視下に置かれることになります.
文化大革命をやらかした毛沢東を尊敬し自身が第二の毛沢東となることを悲願としている(そういう「異常な」と言うべき価値観の持主である)習近平ならそれぐらい暴挙は平気でやってくれる(それによってドイツのような比較的親中な国々も含めた全ての西側諸国と決定的に対立し世界を二分してくれる)と私は考えます.