アルゼンチンがインドにスワップ締結要請=印メディア

通貨ポジションが脆弱な国同士が「融通手形型」の通貨スワップを結ぶと、世界経済の不安定要因となりかねません。中韓両国とスワップを結んでいるトルコがその典型例ですが、それだけではありません。アルゼンチンといえば先月、中国との人民元スワップを発動した国として知られていますが、そのアルゼンチンが今度はインドに対してもスワップ締結を要請したというのです。

通貨スワップあれこれ

「通貨スワップを通じた国際金融協力」は、当ウェブサイトではかなり以前から追いかけてきた論点のひとつです。

国際金融協力の世界では、一般に通貨スワップは「通貨当局同士が通貨を交換すること」を意味します。

典型的には「外貨不足に陥った発展途上国が、先進国からその国の通貨を融通してもらう」、といったパターンが多いようですが、それだけではありません。通貨スワップの発展形として、金融システムが発達した先進国同士がお互いの国の市中金融機関に対し短期資金を貸し出す「為替スワップ」などの形態もあります。

わかりやすく分類すると、こんな具合です。

(1)「米ドル貸与」型の通貨スワップ

お互いに危機に陥った際に、相手国通貨を担保に自国の外貨準備から外貨(米ドルなど)を貸し出すタイプの通貨スワップ。日本がアジア6ヵ国(インドネシア、フィリピン、シンガポール、インドなど)と締結する通貨スワップなどがその典型例

(2)「先進国対発展途上国」型の通貨スワップ

上記(1)以外で、先進国・地域(日本、米国、英国、欧州連合など)が発展途上国・地域に対し、相手国通貨を担保に自国の通貨を貸し出すタイプの通貨スワップ。スイスや豪州が韓国に対し、自国通貨を貸し出すタイプの通貨スワップがその典型例

(3)「融通手形」型の通貨スワップ

「ソフト・カレンシー」国同士がお互いに相手国通貨を担保にして自国通貨を相手国に貸し出すタイプの通貨スワップ。中韓両国が結ぶ通貨スワップや、トルコと韓国が結ぶ通貨スワップなどがその典型例。

(4)多国間の通貨スワップ

複数の国が参加するタイプの通貨スワップ。多くの場合、通貨危機に陥った国に対し、その協定に参加する国が参加割合に応じて米ドルなどの資金を貸し付ける。ASEAN10ヵ国+日中韓+香港で構成する「チェンマイ・イニシアティブ・マルチ化協定」(CMIM)などがその典型例

(5)為替スワップ

流動性危機に備えて、相手国通貨を担保に、相手国の市中金融機関に対して直接、自国通貨を貸し出すスワップ。「外国為替流動性供給スワップ」とも呼ばれ、日米英欧瑞加6ヵ国・地域の中銀が締結している金額無制限のスワップがその典型例

融通手形型スワップ

もともとは先進国が途上国を支援する仕組みだったはず

この(1)~(5)のうち、わかりやすいのは(1)や(2)でしょう。

これは、先進国ないし通貨ポジションが強い国が、発展途上国ないし通貨ポジションが弱い国に対し、自国の通貨や米ドルなどの基軸通貨を貸し出すことで、相手国が通貨危機に陥る可能性を低減するという効果を狙ったスワップです。

たとえば(1)のスワップの典型例は、日本がアジア各国と締結している通貨スワップでしょう。

日本の場合、財務省は2023年1月末時点において、外為特会勘定で1兆2502億ドルというとてつもない金額の外貨準備を保有しています。この額は中国に次いで世界2番目であり、1ドル=130円だと仮定すれば162.5兆円にも達する計算です。

日本はこの巨額の外貨準備を裏付に、インドの750億ドルを筆頭に、インドネシア(227.6億ドル)、フィリピン(120億ドル)、タイ、マレーシア、シンガポール(各30億ドル)と、6ヵ国との間で総額1187.6億ドルもの通貨スワップ協定を締結しています。

これらのスワップ、インドネシアとのものを除けばいずれも「双方向」であり、いわば、日本から相手国に対して支援を要請し、相手国からドルを貸し付けてもらうということも(理屈の上では)可能です。

ただ、常識的には日本がそれを要請する可能性は極めて低いと考えられ、これらのスワップはいずれも日本が相手国を支援するためのものだと考えて良いでしょう。

次に、(2)のスワップについては、先進国が相手国に自国通貨を貸し出すタイプのものです。

スイスや豪州が自国の通貨を発展途上国(たとえば韓国)に貸し出すタイプのスワップがその典型例ですが、この場合、相手国にとっては借りられる通貨は米ドルなどの基軸通貨ではないものの、スイスフランや豪ドルなど、国際的な外為市場で十分な信用力がある通貨であるため、支援を受ける国にとっては有益です。

また、日本がアジア6ヵ国と結んでいるスワップについては、インドネシア、フィリピン、シンガポール、タイの4ヵ国とのスワップに関しては、相手国が日本円で引き出すことも可能ですので、広い意味ではこの(2)のタイプのスワップであるといえるでしょう。

中華スワップ

一方で、注意が必要なのが、最近増えている(3)の「融通通貨型」のスワップです。こうした「発展途上国同士の通貨スワップ」を「融通手形」型のスワップと呼ぶ理由は、信用力がない中小企業同士がお互いに手形を振り出して金融機関に割引かせる「融通手形」と性質がよく似ているからです。

中国が世界各国と締結している通貨スワップなどがその典型例でしょう。

中国が外国と締結しているCMIM以外の通貨スワップと為替スワップの一覧については、昨年の『【総論】中国・人民元スワップ一覧(22年8月時点)』で取りまとめたとおりですが、これらはいずれも「相手国に対し(米ドルではなく)人民元を貸し付けるタイプのスワップ」です。

中国が外国と結ぶスワップには通貨スワップと為替スワップが混在しているのですが、通貨スワップのみを抽出し、国際決済銀行(BIS)のデータなどを使って最新の為替相場で評価しなおしたものを、図表1で再掲しておきます。

図表1 中国が2017年5月から22年8月の期間、外国と締結した通貨スワップ・為替スワップ一覧

(【出所】中国人民銀行『人民幣国際化報告』より著者作成。なお、米ドル換算額はBISウェブサイト “Download BIS statistics in a single file”, US dollar exchange rates データから取得した2023年2月24日時点から遡って最も新しいもの。BISデータが存在しない場合はファイナンスサイト等を参考にしている)

この図表でわかるとおり、なぜか「中華スワップ」で貸し付ける通貨は、いずれも米ドルではありません。中国は世界最大の外貨準備を誇っているはずなのに、です。

トルコリラの価値は1年半で半分以下に!

また、最近の事例だと、トルコと韓国が2021年8月に結んだ通貨スワップで、韓国の側に少なくとも約10億ドルの評価損が生じたというケースがありました。トルコからの資本逃避などの影響もあり、トルコの通貨・リラの価値が大きく下落したからです。

国際決済銀行(BIS)のデータによると、トルコリラは2021年8月末時点で1ドル=8.3074リラでしたが、これが22年12月末時点で1ドル=18.7183リラにまで下落しています(図表2)。リラの価値は半額以下になった格好です。

図表2 USDTRY

(【出所】BISウェブサイト “Download BIS statistics in a single file”, US dollar exchange rates データを参考に著者作成)

ここで、通貨ポジションが弱い国同士のスワップは、相手国の通貨の価値が暴落した場合、それに引きずられて自国通貨も暴落するという可能性を秘めています。

トルコ・韓国の通貨スワップの場合、金額は約20億ドルと比較的小さかったためでしょうか、「トルコとのスワップが原因で韓国ウォンが売られる」という現象は確認できていませんが、ほかにも韓国とインドネシアのように、過去に通貨危機を発生させている国同士のスワップは、危機を世界に広げるという危険性を孕んでいます。

CMIMや為替スワップはスワップの特殊形

一方で、(4)の多国間通貨スワップの場合だと、関与する国が多く、一種の「互助会」的な仕組みでもあることから、著者自身は「支援を受ける国にとっては引出し辛いのではないか」と考えています。裏を返して言えば、CMIMなどはIMFと並ぶ「最後の手段」、というわけです(※著者私見)。

また、(5)の為替スワップは、基本的には先進国同士の非常事態に備えたスワップと考えれば良いでしょう。

2020年のコロナ禍では世界中の金融機関からドル流動性が枯渇し、これらの為替スワップが大活躍したという経緯もありますが、それだけではありません。

たとえばブレグジット(英国のEUからの離脱)に備えてイングランド銀行(BOE)と欧州中央銀行(ECB)がユーロ・英ポンドの為替スワップを「アクティベイト」したこともありますし、過去に日銀がFRBに対し、為替スワップ協定に基づいて円資金を貸し出したこともあります。

つまり、為替スワップの場合はどの国も支援国、被支援国になり得るという意味で、より平等性が強い協定である、という性質があり、これで先進国同士がお互いに流動性を補完し合っているという言い方もできる(※著者私見)のです。

今度はアルゼンチン!

アルゼンチンの通貨もかなりヤバイ!

さて、こうしたなかで、「通貨ポジションが弱い国」として、真っ先に挙がる国が、先ほどのトルコに加えてアルゼンチンでしょう。

アルゼンチンといえば米ドル建てなどの外国通貨建て国債のデフォルト(債務不履行)を何度も何度も発生させていることで知られていますが、そのアルゼンチンの通貨・ペソは米ドルに対し切り下がり続けており(図表3)、BISデータによると2月21日時点の公式レートは1ドル=191.6ペソです。

図表3 USDARS

(【出所】BISウェブサイト “Download BIS statistics in a single file”, US dollar exchange rates データを参考に著者作成)

また、いくつかのウェブサイトで調べてみると、2月24日時点の非公式の実勢レート(ブラック・マーケット・レート)は1ドル=377ペソで、公式レートと比べれば半額近い相場です。

著者自身、ちょうど10年前の2013年にアルゼンチン旅行を敢行したのですが、記憶に基づけば当時の為替相場は1ドル≒100円≒5ペソ程度でしたので、1ペソの価値はだいたい20円程度でした。

しかし、現時点では公式レートでも1ドル≒135円≒192ペソですので、1ペソ≒0.69円程度、非公式レートだと1ペソ≒0.4円程度、つまり約50分の1に暴落した格好です。

これだけを見ると、ペソの価値が10年前の50分の1に下がっているため、日本人がアルゼンチン旅行をすれば「豪遊」できるのではないかと思ってしまいますが、そうは問屋が卸しません。ハイパー・インフレにより、現地の物価が暴騰しているからです。

『地球の歩き方web』というウェブサイトの昨年7月25日付の『パンが1キロ400ペソになりました!』という記事によれば、パン1キロが400ペソに値上がりしたと記載されています。これは非公式レートで160円ほどであり、円換算したときの物価は、10年前と比べてあまり変わっていないのです。

アルゼンチンといえば農業国として知られていますが、さすがに今日の世界ではどんな国でもすべての財貨を自国で生産できるわけではないため、とくに輸入品を中心に物価の値上がりが激しいようです。

アルゼンチンのスワップ外交

さて、そのアルゼンチンといえば「スワップ外交」でも知られています。

たとえば『アルゼンチンが新たな「人民元建てのスワップ」を発動』でも取り上げたとおり、アルゼンチンが先月、中国との通貨スワップに基づき、人民元を引き出しました。

人民元建てのスワップを引き出した事例としては、2020年6月のトルコ(『トルコが中国との通貨スワップを実行し人民元を引出す』参照)が有名ですが、アルゼンチンがそれに続いた格好です。

また、アルゼンチンは隣国・ブラジルとの間で共通通貨の創設を検討しているとの報道もありましたが(『アルゼンチンがブラジルと共通通貨創設に向け協議開始』参照)、正直、財政規律も金融市場ガバナンスもできていない両国が共通通貨を創設したとして、なにかメリットがあるようにも思えません。

ただ、間違いない点があるとしたら、現在のアルゼンチンがよっぽど困っている、という点でしょう。

この「危機に陥った国(たとえばトルコやアルゼンチン)が、ほかの発展途上国(たとえば中国やブラジル、韓国)に対して支援を求める」という構図は、非常に気になるところです。

しかも偶然ですが、トルコもアルゼンチンも、中国もブラジルも韓国もインドネシアも、(いちおうは)「G20」です。G20の弱小通貨国同士でスワップ網が出来上がり、「連鎖破綻」するというのは、現代国際金融における隠れた課題なのかもしれません。

今度はインドにもスワップ締結を要請か

こうしたなかで、インドのメディア『ビジネスワールド(BW)』には24日付でこんな記事が掲載されていました。

Argentina Seeks India’s Support On Currency Swap, India Affirms Cooperation

―――2023/02/24付 BWより

インド・ベンガルールで開催されたG20財相・中銀総裁会合に関連し、インドのニルマラ・シタラマン財相とアルゼンチンのセルヒオ・トマス・マッサ経済大臣が23日に会談し、アルゼンチン側が通貨スワップなどの協力を要請したところ、インド側が「協力を確認(affirm)した」のだそうです。

インドの政治・用語で “affirm” がいかなるニュアンスを有しているのかについてはよくわかりませんが、一般に英単語の “affirm” には「確認」だけでなく、「賛同」、「追認」、「確認」などの意味があるため、こうした理解に基づけば、この記述は「アルゼンチンのスワップ要請にインドが応じると答えた」という意味になります。

また、この記事だけだとインドがアルゼンチンと結ぶであろう通貨スワップの具体的な額はわかりませんが、インド自体が現在、中国に対抗するためでしょうか、スワップ外交を積極化しているフシもあります(『インドによるスワップ外交積極化に落とし穴はないのか』等参照)。

形骸化したG20はむしろ有害

そもそもG20という集合体自体、G7(プラス豪州、EU)などの「先進国」だけでなく、ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ(いわゆるBRICS)やインドネシア、トルコ、アルゼンチン、韓国といった「通貨危機を頻繁に発生させている発展途上国」も含まれています。

正直、G20という組織自体が現代国際社会においてなにか具体的な調整の場として機能しているようには見えませんが、そのG20から「融通手形型通貨スワップ」を通じ、国際社会に新たな通貨不安の原因をもたらしているのだとしたら、もはやこのG20自体、世界経済の安定において有害です。

もともとG20が財相・中銀総裁会合として世界経済の安定を目的に発足した組織だったことを踏まえると、何とも皮肉なものだと思う次第です。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. sqsq より:

    affirm はたぶん協力を「前向きに検討する」だろう。

  2. カズ より:

    インドのスワップ外交
    → 対日スワップの又貸し的な展開だけは勘弁してほしいですね。

    G20とは、
    世界から招集されし通貨大国。
    その半数の実態は、痛貨大国。
    ・・。

  3. 世相マンボウ* より:

    アルゼンチンは、
    もし、ともかく通貨スワップを結びたい
    というのなら
    同じG20の脆弱通貨国グループで
    同じくスワップクレクレ主張をしている
    韓国さんとであれば
    ふさわしいお似合いの相手との
    マッチングで相思相愛
    お似合いのカップルとして
    win-win融通手形スワップの
    即締結が実現することでしょう。(笑)

    ただ、アルゼンチンさんには
    原油代金踏み倒しでイランが怒っているように
    あの相手だと騙されないよう
    よほど注意を払うことをおすすめします。

  4. 福岡在住者 より:

    インドはずっと前からだし、これからも他国と同盟を結ばない国です。 今のところ日本をリスペクトして頂いてるのは事実ですが、対中国という部分でWINWINの関係です。 安倍さんの大功績ですね!

    中国に代わってアルゼンチンを食ってしまおうと思っているのだったら、排中という意味で大賛成ですし期待しています。 でも、たぶんインドも分かっていると思いますが排中止まりでしょうね。

    対G7のアピールでガンバって欲しい。

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