アルゼンチンが新たな「人民元建てのスワップ」を発動

アルゼンチンが人民元建てのスワップを発動したそうです。アルゼンチン中央銀行の発表によると、1300億元のスワップに加え、おそらくはアルゼンチンによる自国通貨防衛を補助するための資金としての新たな350億元分のスワップも含まれているのだそうです。

「中国は通貨スワップで世界を支配する」

中国が通貨スワップ外交を活発化させ、途上国を金融面から支配しようとしている、といった話題については、しばしば聞こえてくるている警告です。

この点、中国が外国と締結している通貨スワップと為替スワップの一覧については、昨年の『【総論】中国・人民元スワップ一覧(22年8月時点)』で取りまとめたとおりです。

該当する図表については再掲しておきます(この図表をテキスト化したデータについては、上記過去記事をご参照ください。また、表中の為替相場が少し古い点についてはご容赦ください)。

図表 中国が2017年5月から22年8月の期間、外国と締結した通貨スワップ・為替スワップ一覧

(【出所】中国人民銀行『人民幣国際化報告』より著者作成。ただし、シンガポールとのスワップに関してはシンガポール通貨庁(MAS)の報道発表をもとに作成。なお、米ドル換算額はBISウェブサイト “Download BIS statistics in a single file”, US dollar exchange rates データから取得した2022年11月14日時点から遡って最も新しいもの。BISデータが存在しない場合はファイナンスサイト等を参考にしている)

このうちの通貨スワップは2兆元弱

この一覧に表示されているスワップについては、それらのすべてが現在でも有効なのかどうかはよくわかりません。とくに2022年8月から起算して3年以上前のスワップについては失効している可能性があります(※ただしECBとの為替スワップ協定については、今年10月10日に同額で更新されています)。

ただ、本稿ではこれらのスワップのすべてがとりあえず現時点においても有効であるという前提で、議論を進めます。

さて、この一覧に掲載されているスワップのすべてが「通貨スワップ」である、というわけではありません。

これらのうち1位の香港、3位の英国、4位のECB、5位のシンガポール、7位の日本・豪州・カナダ、11位のスイスの8者(総額2.25兆元)については、相手国・地域の報道発表の文言や金額などから判断して、通貨スワップではなく、為替スワップであると考えて良いでしょう。

ということは、中国が外国(韓国、インドネシア、マレーシアなど)と締結している通貨スワップの規模は約1.85兆元(≒2700億ドル)ということですが、これを多いと見るか、少ないと見るかは微妙でしょう。2700億ドル程度であれば、「まだ」さほど大きいとはいえないからです。

しかも、この中国が提供する通貨スワップは、基本的には人民元建てのものであり、相手国がスワップの資金を引き出そうとしても、米ドルなどの国際的なハード・カレンシーで引き出すことはできません。引き出すことができるのは、あくまでも人民元です。

その意味では、「中国が通貨スワップを通じて世界を支配しようとしている」、という言い方については、それが妥当なのかどうかはよくわかりません。

トルコとスリランカ、アルゼンチンの事例

ただし、個別国で見てみれば、やはり困窮しているというケースはあるでしょう。

たとえば、トルコが中国との人民元建てスワップを使用し、資金を引き出したとする話題は『トルコが中国との通貨スワップを実行し人民元を引出す』などでも取り上げたとおりですが、これもトルコが外貨不足に悩むあまり、いわば、「溺れる者が掴む藁」のごとく、人民元を引き出したようなものかもしれません。

また、昨年、外貨建債務のデフォルトを発生させたスリランカが中国とのスワップを発動させようとしたところ、中国が「3ヵ月分の輸入をカバーする外貨準備がなければスワップ発動に応じない」などと述べた(『スリランカからの通貨スワップ発動要請を拒否した中国』等参照)ことも、記憶に新しい点です。

さて、「トルコ」、「スリランカ」と来れば、国際金融事情に詳しい人であれば、もう1ヵ国思いつく国があります。それが、アルゼンチンです。

アルゼンチンといえば、円建てのものを含む外貨建国債のデフォルトを発生させている国としても知られていますが、そのアルゼンチンを巡っては昨年、中国と「米ドル建ての」通貨スワップ協定を締結したとする話題がありました(『中国が米ドル建スワップ提供か=アルゼンチン大統領府』等参照)。

アルゼンチンが中国とのスワップ発動

ただ、結論的にいえば、やはりこの「中国が米ドル建てのスワップを提供する」という話題については、非常に怪しいところです。

アルゼンチンの中央銀行には日曜日、こんな話題が掲載されていました。

El BCRA y el PBC confirman activación especial del swap de monedas

―――2023/01/08付 アルゼンチン中銀HPより

記事タイトルは、「アルゼンチン中央銀行と中国人民銀行は通貨スワップ協定の特別な発動を確認した」、というものです。

翻訳エンジンを参考にしながら読むと、次のような趣旨の内容が書かれているようです。

  • アルゼンチン共和国中央銀行のミゲル・ペスチェ総裁はスイスのバーゼル市で開催された国際決済銀行(BIS)主催の中央銀行総裁会議の枠組みの中で、中国人民銀行)の李剛総裁と会談した
  • 会談の結果、両者は通貨スワップ協定が発動されたことを確認し、そのうえで両者はアルゼンチン市場における人民元の利用を二国間の交換において深めることを約束した
  • このスワップにおいては、外貨準備高を強化するための1300億人民元の通貨交換に加え、外為市場操作を相殺するための350億人民元の特別な発動が含まれている

…。

何のことはありません。

やはりアルゼンチンが引き出すことにしたものは、人民元に過ぎなかったようです。

また、非常に気になる記述があるとしたら、それは「為替操作を相殺するための350億元の発動」、というものです。想像するに、人民元を売って米ドルを買い戻し、買った米ドルを売ってアルゼンチンペソを買い戻す、というオペレーションのために人民元を使うということでしょう。

このあたり、国際決済銀行(BIS)のデータがまだ出て来ていないため、実際に中国との人民元建て通貨スワップを発動したことで、現実に通貨防衛にどれだけの威力があるかをみるのは難しいところでもあります(だいいち、350億元といえばせいぜい50億ドル少々です)。

まさに「溺れる者は何とやら」となるのでしょうか。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. サムライアベンジャー(「匿名」というHNを使うことは在日の通名を使うのと同じ行為) より:

    アルゼンチン、なんというかどうでもいいですな。
    「世界には4種類の国しかない。先進国と後進国、後進国から先進国になった日本と、先進国から後進国になったアルゼンチン」と言われる。

    今では信じられませんが、かつてはアルゼンチンはGDP世界第5位の国だったんですよね。「母を訪ねて3千里」は、母親がイタリアからアルゼンチンに出稼ぎに行く設定です。今となっては、「ライバル」設定になっているブラジルの足元に及ばないですからね。

  2. 匿名 より:

    アルゼンチン、返せないなら借金するなと思うと同時に貸す相手がよく居るなぁと感心せざるを得ない

  3. G より:

    気になるのは売られる人民元の為替の動きですね。
    人民元の対ドルレートを一定に保つために介入したら、結局は中国が外貨準備を減らすことになるんですよね。まあ、スワップで人民元じゃなくてドルを差し出すのと実質変わらず。

    スワップって表向きは対等だから「スワップで経済を支配する」って効率悪すぎると思うんですよ。表向きの対等性があるからこそ体面を保てるので韓国が好む。韓国と日本がスワップしてた時代も、日本は韓国を経済支配出来てたわけじゃないですよね。むしろ「日本を助けてやってる」くらいのノリだったじゃないですか笑

  4. はるちゃん より:

    アルゼンチンとのスワップは、中国のアメリカ包囲網作戦の一環でしょうね。
    中国はブラジル、チリ、ペルー、ウルグアイなどの国にとっては最大の貿易相手国で、対アルゼンチン貿易では米国を大きく引き離しているようです。

    中近東、アフリカ、南太平洋、中南米など着々と手を打っています。
    今年のG7ではウクライナ問題が主に議論されるようですが、中国対策のほうも何らかの行動計画を作って頂きたいものです。

    1. 伊江太 より:

      はるちゃん様

      なんか、「あんたが大将」と言ってくれる国ばかりを
      選んでいるような気もしますが(笑)。

      1. はるちゃん より:

        枯れ木も山の賑わいかもしれませんが、数は力という面もあります。
        中国は四面楚歌を狙っているのでしょうね。
        現在も西洋的価値観の通用しない国は多数あります。
        あるいは、米中対立を利用して自国の利益を図る国もあります。
        アメリカに対して、発展途上国に対して、日本が出来ることは何か、戦略的思考能力が試されていると思います。

  5. より:

    「溺れる者は藁をも掴む」というか、「貧すりゃ鈍す」というか。
    まあ、アルゼンチンは大農業国で、国民が飢える心配は多分ないでしょうから、なんとかなるんじゃないですか、知らんけど。

  6. クロワッサン より:

    >まさに「溺れる者は何とやら」となるのでしょうか。

    どうせ掴むなら習近平のふぐりを掴むべきですね笑

  7. 古いほうの愛読者 より:

    歴史的経緯からアルゼンチン国民はペソと銀行を全然信用していないわけです。外貨両替は正式には制限されていますが,ペソを手にしたら,まずドルへの両替を目指し,次にビットコインなどのデジタル通貨を購入しようとするようです。人民元でもペソよりはずっと信用できるでしょう。
    通貨というのは信用で成り立っていますが,ペソくらい伝統的に信用のない通貨は,ある意味どうしようもないです。
    いっそのこと,自国通貨の発行をやめて,米ドルを正式通貨として採用したらどうでしょうか。原因の多くがポピュリズム政権のバラまきにあるので,難しいとは思いますが。

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