西側、制裁逃れのロシアに今度は外貨準備の金取引規制

ウクライナ戦争に伴い西側諸国はロシアの外貨準備を凍結しました。ロシアはこれを逃れるために、「非友好国に対しては天然ガスをルーブルでしか売らない」と発表したりしています。こうしたなか、西側諸国はロシアの外貨準備のうち、1300億ドル以上を占めると見られる金地金をターゲットにし始めたようですが、もともと金地金を決済手段として使うのは極めて非現実的でもあります。

ロシアの外貨準備の凍結

外貨準備の凍結がロシアに与えた影響

ウクライナ戦争を巡っては、開戦から1ヵ月以上が経過するにも関わらず、依然としてロシア側がウクライナの主要都市を制圧することができておらず、それどころか戦闘期間が長引けば長引くほど、ロシアにはさまざまなコストが発生し始めています。

その典型例が、外貨準備の凍結でしょう。

西側諸国は金融制裁の一環として、ロシアが保有する外貨準備を凍結する措置を講じましたが、『ロシア財相「外貨準備の半分凍結:利払はルーブルで」』でも紹介したとおり、これにより外貨準備の少なくとも約半額が凍結されてしまったことを、ロシア政府自身が認めています。

凍結されている外貨準備高の実情は?

ただし、凍結されている外貨準備高については、ロシア政府が主張する「3000億ドル」という数値は、やや過少計上という可能性があります。

ロシア「非友好国リスト」は金融制裁が効いている証拠』などでも引用したとおり、ロシア中央銀行のレポート(※)によれば、2021年6月末時点において、ロシアの外貨準備の21.7%を金が、13.1%を人民元が占めている、と記載されています。

(※レポートの表題は “BANK OF RUSSIA FOREIGN EXCHANGE AND GOLD ASSET MANAGEMENT REPORT” で、表紙を含めて9ページからなるレポートですが、リンクを張ることについては控えておきます。)

また、IMFの統計上、ロシアの外貨準備は約6000億ドルですが、ここから特別引出権(SDR)やIMFリザーブポジションなどを除外し、金地金、現金預金、有価証券の3項目に限定したうえで、同レポートを組み合わせて2021年6月末時点のロシアの外貨準備を推計したものが、次の図表です。

図表 ロシアの外貨準備の通貨別構成と推定金額(2021年6月末時点、SDR/IMFRP除く)
種類割合推定金額
ユーロ32.30%1942億ドル
21.70%1304億ドル
米ドル16.40%986億ドル
人民元13.10%787億ドル
英ポンド6.50%391億ドル
日本円5.70%343億ドル
加ドル3.00%180億ドル
豪ドル1.00%60億ドル
その他0.30%18億ドル
合計100.00%6011億ドル

(【出所】ロシア中央銀行、国際通貨基金)

これについてはSDRやIMFリザーブポジションが含まれていないこと、外貨準備の集計時点が異なることなどを理由として、IMFが公表するロシアの最新の外貨準備高とはピタリとは一致していませんが、実態と比べて大きなズレが生じている可能性は少ないと考えて良いでしょう。

「謎」の900億ドル

こちらの図表の試算だと、ユーロ、米ドル、英ポンド、日本円、加ドル、豪ドルの6通貨の合計額が3902億ドルであり、ロシア政府の公式発表の「3000億ドル」とは900億ドル程度の隔たりが生じています。

その原因については、よくわかりません。

ロシアの外貨準備のうち、凍結されていない主要な部分は金と人民元であるはずですが、国際通貨基金(IMF)のデータによると、2022年1月末時点におけるロシアの外貨準備高は金が1322.57億ドルでしたので、人民元が1600億ドルに達していなければおかしい計算です。

しかし、2021年6月末時点で800億ドル前後だった人民元建ての外貨準備資産が、2022年1月末時点でいきなり倍の1600億ドルに達するというのは、いかにも不自然な話ではあります。

もっとも、このあたりの「からくり」について、著者自身は何となく情報を掴んでいるのですが、まだこれについては客観的な情報源をで確認するには至っていませんので、公式統計で確認できるようになるのをもう少し待ちたいと思っている次第です。

金地金は外貨準備として使い物になるのか?

いずれにせよ、ロシアの外貨準備で金地金が1300億ドル前後に達している、という点については、ひとつの大きなポイントでしょう。

ただし、金本位制の時代ならともかく、現代社会において、金地金が決済手段として使い物になるのかと問われれば、そこはかなり微妙でしょう。金塊を物理的に相手国に輸送し、決済するというのは、実務的には極めて非現実的でもあるからです。

ちなみに田中貴金属工業株式会社のウェブサイト『金価格推移』によると、3月25日時点における1グラムあたりの金価格は、店頭小売価格で8500円、店頭買取価格で8397円だそうです(※最近、金価格はジリジリと値上がりしています)。

便宜上、1グラム8500円だったとすれば、たとえば1億円分の金塊の重さは11.8キログラムであり、100億円分ならば1.18トン、1兆円分ならば118トンです。物理的にこれを外国に運ぶのは大変な話ですし、金自体価格が変動しますので、「価格の安定性」という意味でも、決済手段としては非現実的です。

金地金とロシア

紙幣やSWIFTで支払う方が現実的

仮に「物理的に支払う」のだとしても、現金の方がはるかに現実的です。

この点、日銀ウェブサイトによれば、1万円札が1枚1グラムだそうです。また、すでに新規発行が停止されてしまったものの、欧州だと500ユーロ紙幣というものが存在します。ということは、1ユーロ=134円だと仮定すれば、500ユーロ紙幣1枚には、じつに67000円の価値がある、という意味です。

さらには、シンガポールにはかつて「1万シンガポールドル紙幣」というものが存在していたそうです(2014年頃に発効が中止されたようですが…)。1シンガポールドル=90円と仮定すれば、1万シンガポールドル紙幣が1枚で、なんと90万円(!)という価値が存在している計算です。

というよりも、現金預金の場合だと、物理的に紙幣を外国に運ぶ必要はなく、それこそSWIFT電文で決済指示を出せば、各国の決済システム(日本だと「日銀ネット」など、米国だと「フェドワイヤ」など)を通じて電子的に決済が終わってしまいます。

このように考えると、現代社会において金地金を現金と同じような決済手段として使用することは非常に困難だと考えて良いでしょう(ついでにいえば、ロシアの主要銀行をSWIFTNetから排除するという西側諸国の金融制裁は、ロシアの金融システムを一気に前近代化させるものだ、という意味でもあります)。

米国などがロシア関連の金取引を禁止

さて、ロシアに対する追加制裁などを巡って、「米国やG7はロシアの金取引を禁止した」などとする報道が出てきています。ここでは中東系のメディア『アルジャジーラ』(英語版)の記事を紹介しておきましょう。

US, G7 freeze Russian gold amid Ukraine war: All you need to know

―――2022/03/25付 ALJAZEERAより

アルジャジーラによると、米国を含めた各国が木曜日に打ち出した追加制裁措置には、ロシアの中央銀行が保有する外貨準備に含まれる金地金に関わる取引の禁止が含まれています。その目的は、ロシアに対する西側諸国の金融制裁を回避する能力を制限することにある、としています。

たとえば米国の場合、米財務省は「米国市民はロシア連邦中央銀行、ロシアの国富ファンド(NWF)、ロシア連邦財務省が当事者となる金関連取引に関与してはならない」と発表したそうです。

この規制により、金の流通などに関与する業者(たとえば貴金属業者など)が、ロシア政府を筆頭とする制裁対象者が関与する金の売買取引に関わることを禁じられます。

これに加え、アルジャジーラは金融専門家の指摘として、「もしもロシアとの金取引に応じてしまった場合には、その業者は二次的制裁(セカンダリー・サンクション)の対象となりかねない」などと述べているのです。

もともと金地金の換金は難しい

さて、今回の措置がロシアに対し、どんな影響を与えるのでしょうか。

この点、先ほども指摘したとおり、金地金の現物を現金や預金と同じような決済手段として使用することは、もともと、非常に困難です。したがって、金地金を現実に使用するならば、それをいったんどこかの業者に持ち込み、換金しなければなりません。

このように考えると、米国などがロシアの金関連取引を禁じる措置を導入したことは、ロシアにとってはそれなりに打撃があると思われるものの、ロシアにとって、金地金の換金が「まったく不可能になった」という意味ではありません。香港・マカオあたりに持ち込めば、金取引自体は可能と思われるからです。

もっとも、1300億ドル分(1ドル=120円換算で15.6兆円分)の金地金といえば、1835トン分にも達します。1835トンもの金が物理的にどこに所在しているのかはわかりませんが、モスクワやサンクトペテルブルクあたりに所在しているのだとしたら、そもそもそれをどうやって「安全に」香港に運ぶのか、という問題もあります。

いずれにせよ、影響は大きいとも言えますし、そもそも大した影響がないとも言えます。

天然ガスのルーブル決済をEUは拒絶

こうしたなか、先日はロシアが「非友好国」に対する天然ガスを、ハード・カレンシーではなくルーブル建てでなければ販売しないと述べた、とする話題もありました(『ロシアが非友好国に対し天然ガスのルーブル決済を導入』等参照)。

ただ、これに関しても続報が出てきています。

EU clinches U.S. LNG deal, brushes off Russian rouble demand

―――2022/03/25 09:41 GMT+9付 ロイターより

ロイターによると、ロシア産の天然ガスに大きく依存している欧州では、欧州連合(EU)が「天然ガスのルーブル建て決済」を拒絶する方針を示したとされています。

ただ、それと同時に、欧州各国のあいだでは、ロシア産の天然ガスの輸入自体を停止するかどうかに関しては見解が分かれているそうであり、「ロシアに外貨収入を与えてはならない」とするラトビアやポーランドに対し、ロシア産エネルギーへの依存度が高いドイツやハンガリーは、禁輸措置については反対している、などとしています。

金融戦の様相を呈する対ロシア制裁

いずれにせよ、ロシアに対する制裁は、いまや金融戦の様相を呈していることは間違いありません。

当ウェブサイトでは『国際社会はそろそろ「ロシア解体」を議論し始めるべき』でも議論したとおり、ロシア軍の苦戦が長引くにつれ、世間的には「西側諸国がロシアの軍事情報を入手することができる」という効果があると指摘されていて、これはこれで興味深いところです。

ただ、金融評論サイトを標榜する当ウェブサイトとしては、ロシアに対する金融制裁と、それに対する制裁逃れの動きをまとめるだけでも、やがて来る「台湾危機」などに備えたシミュレーションとしても、さまざまな情報が得られたのではないかと考えている次第です。

読者コメント一覧

  1. イーシャ より:

    世界の金取引所について。
    かなり古い資料ですが、「金の常識」(プレジデント社 1978年11月17日 第1刷発行) 第 124 ページに、

    現在、世界の金市場として知られているものには、ロンドン、パリ、チューリッヒ、ベイルート、ドバイ、ジッダ、クウェート、テヘラン、シンガポール、ホンコン、シカゴ、ニューヨークなどがあります。すなわち、地球をぐるりと一回りしているわけです。

    とあります。
    ベイルートやテヘランがどうなったかには疑問符がつきますが、中東は要注意かもしれません。

    最近では、中国人は不動産投資に熱中しているかのように伝えられて来ましたが、歴史的には中国人は金選好が強く、お金ができれば金を買うと言われていました。
    国家規模の取引はできなくても、中国の裏社会が相対で金を取引する可能性も否定できません。
    習近平総書記が「西側の通貨より金の方が信用できる」と判断すれば、ロシアと裏取引する可能性も否めません。

    それから、日本の金地金価格は世界的には異常で、消費税が上乗せされています。
    国際価格という観点では、ロンドン取引所の 1 トロイオンス (31.1034768g) 当りの価格をベースにする方がよいでしょう。

    1. イーシャ より:

      ※ 中国云々の下りは、ロシアが国内に現物で保有している金地金限定の話です。

    2. sqsq より:

      >日本の金地金価格は世界的には異常で、消費税が上乗せされています。

      日本の金地金価格は国際マーケットで決まるドル建ての金価格 x 為替レート +消費税で、異常とは思はない。金地金に消費税のような税金をかけている国はほかにもある。
      イギリスも最初は付加価値税をかけていたが、無税の国から金地金を持ち込みイギリスで付加価値税をオンした価格で売り、得た通貨でまた無税の国で金地金を買いイギリスに持ち込むーーーということを繰り返されると国富が流出するので無税に変えた。
      最近は聞かないけど、反社が香港で金地金を大量に購入し、小型飛行機をチャーターして日本に持ち込むという事件が頻繁に起きた。100キロ密輸すれば8000万円くらいの鞘抜けるから飛行機のチャーター代払っても十分元が取れる。100キロなら大人2人以下、十分運べる。

  2. sqsq より:

    決済手段に使えないのであればゴールドを外貨準備として持つ理由は何なんだろう?
    ゴールドで思い出すのは1997年韓国が金融危機に陥った時、民間の持っているゴールドの宝飾品等をウォンで国が買い取ったことがあった。あれは何のためだったのか。
    ウォン安を止めるためのアナウンス効果か?

    1. イーシャ より:

      SWIFT からの排除や外貨準備の凍結がなければ、危機に陥ったときゴールドを売却して危機を脱することができます(できる場合があります)。
      例えば、1977年に経済危機に陥ったポルトガル政府が88トンのゴールドを売却し、危機を乗り切った例があります。

  3. バシラス・アンシラシスは土壌常在菌 より:

    世界的に見て、日本の保有する金は少ないらしい

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