当ウェブサイトでは読者投稿を歓迎しており、読者投稿要領等につきましては『【お知らせ】読者投稿の常設化/読者投稿一覧』にまとめているとおりです。さて、例の「武漢肺炎」を巡り、これまで合計13本の読者投稿を寄せてくださった「伊江太」様というハンドルネームの読者様から、今回はいよいよ前回の「答え合わせ」を含めた秀逸な論考を頂きました。「集団免疫の壁」、この際、理解してしまいましょう。
目次
読者投稿につきまして
当ウェブサイトは「読んで下さった方々の知的好奇心を刺激すること」を目的に運営していますが、当ウェブサイトをお読みいただいた方々のなかで、「自分も文章を書いてみたい」という方からの読者投稿につきましては、常時受け付けています。
投稿要領等につきましては、『【お知らせ】読者投稿の常設化/読者投稿一覧』等をご参照ください。また、読者投稿は窓口( post@shinjukuacc.com )までお寄せ下さると幸いです。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
さて、本稿では、「伊江太」様というハンドルネームの読者様からの14本目の投稿を掲載したいと思います。ちなみに伊江太様からは、次のとおり、過去に非常に優れた投稿の数々を頂戴しています。
伊江太様から:「データで読み解く武漢肺炎」シリーズ
- 『【読者投稿】武漢肺炎、なぜ日本で感染爆発しないのか』(2020/03/23 11:15)
- 『【読者投稿】それでも日本では感染爆発は起きていない』(2020/04/20 05:00)
- 『【読者投稿】アビガン解禁で、医療崩壊危惧は遠のいた』(2020/05/10 12:00)
- 『【読者投稿】武漢肺炎で中国はわざとウソを流したのか』(2020/05/17 09:00)
- 『【読者投稿】武漢肺炎「6ヵ国データ」を比較してみた』(2020/05/30 09:00)
- 『【読者投稿】あまりに不自然な東京都のPCR検査結果』(2020/07/23 05:00)
- 『【読者投稿】武漢肺炎の死亡率はなぜ低下しているのか』(2020/08/19 05:00)
- 『【読者投稿】「検査数と感染者数は比例する」は本当か』(2020/12/08 07:00)
- 『【読者投稿】これだけある!「検査至上主義」への疑問』(2021/02/03 07:00)
- 『【読者投稿】武漢肺炎が日本で広まらない理由・その1』(2021/03/13 13:00)
- 『【読者投稿】武漢肺炎が日本で広まらない理由・その2』(2021/03/29 07:00)
- 『【読者投稿】データで読む武漢肺炎「第4波到来せず」』(2021/04/08 07:00)
- 『【読者投稿】流行状況の把握を歪める「多数の偽陽性」』(2021/05/17 09:30)
第1稿によると、伊江太様は某国立大学医学部の微生物関係の研究室での勤務経験を通じ、実際にウイルスを扱っていたそうです。そして、これまでの投稿でもわかるとおり、どの論考も力作ぞろいで、とくにデータで解明するプロセスは、いつもながら圧巻です。
そして、一見高度で専門的な議論も、豊富でわかりやすい図表が理解を助けてくれるはずです。さっそく、読んでみましょう(なお、原文、タイトル、小見出し等につきましては、当ウェブサイト側にて修整している箇所もありますのでご了承ください)。
誰が感染を拡げているのか? ~数字で読み解く武漢肺炎第14報
わたしは昭和23年の生まれで、現在72歳。
頭に「後期」こそ付かないものの、立派に高齢者の一員です。
最初にそんなことを言うのは、この後「高齢者」に相当辛辣なことを書くからで、これが若輩の老人蔑視みたいなものではないことを、あらかじめお断りしておこうということです。自戒の念も込めて書いているということでご了解ください。
前稿、5月17日付の『【読者投稿】流行状況の把握を歪める「多数の偽陽性」』では、いま起きている武漢肺炎の感染拡大(いわゆる第4波)のうち、「本物の疾患(※)」はほぼ大阪府、兵庫県を中心とする関西圏に限られている、と申し上げました。
(※ここでいう「本物の疾患」とは、「ある割合で本当に重症化する症例」や、さらには「死亡をも伴う症例」のことです。)
高齢者の感染によって起きた大阪府、兵庫県の死亡増加
その直接的な理由なら指摘するのは簡単です。
図表1は、3月以降に大阪府と兵庫県でおこなわれた武漢肺炎検査(PCR+抗原検査)の毎日の陽性数を、70歳以上の高齢者とそれ以下の年齢層に分けて示したものです。
図表1 大阪府と兵庫県に見られる高齢感染者数の増加
(【出所】大阪府ウェブサイト『新型コロナ感染症患者の発生状況について』、兵庫県ウェブサイト『新型コロナウイルス感染者の発生状況』、東京とウェブサイト『福祉保健局報道発表』より取得したデータをもとに投稿者作成。大阪府、兵庫県、東京都から報告された、新型コロナウイルスの検査(PCR+抗原)の結果陽性と判定された数を、報告日ごとに70歳以上の高齢者(濃紺)とそれ以下の年齢層(淡青)に分け、積み重ね棒グラフの形式で示したもの)
これらの自治体では、3月半ばから4月初めの頃から、検査陽性症例中の70歳以上の高齢者の数や割合に明らかな増加傾向が観察され、引き続いて重症者、死者が増え始めます。
検査陽性数の増加だけなら、この時分には全国の大都市が存在する都道府県で等しく始まっていたのですが、大阪、兵庫のような特徴をもつ感染拡大は他では見られません。
陽性判定を受けた高齢者の発生数と死亡数の推移を示したのが図表2です。
図表2 検査陽性判定を受けた高齢者数と死亡発生数の連関
(【出所】図表1に掲げたデータに加え、北海道オープンデータポータルサイト『新型コロナウイルス感染症に関するデータ』、愛知県ウェブサイト『新型コロナウイルス感染症対策サイト』、福岡県ウェブサイト『新型コロナウイルス感染症 陽性患者属性』から取得したデータをもとに投稿者作成。図表1に掲げた3自治体に、北海道、愛知県、福岡県を加えて、武漢肺炎の検査で陽性判定を受けた高齢者数の増減と、これに遅れて現われる死亡者数との関係をグラフで示す。陽性者数、死亡者数とも、グラフに表示しているのは7日間移動平均値。北海道の陽性症例のうち、年齢が明示されている数を点線で、これに年齢非公表分を加えた数を実線で示している)
図表2では、大阪、兵庫に加えて、4つの自治体のデータをグラフに掲げているのですが、北海道については注釈が必要です。ここから出てくる検査陽性者のデータには、「年齢非公表」とされるものが全陽性症例の18%と、やたらに多いのです。
北海道では以前から高齢者施設や老人病院発の大型クラスターが頻発しており、これらはそうした経緯のものと推定して、高齢者の数に加えているのですが、あくまでわたしの一存であることをお断りしておきます。こうすることで、他自治体のデータとの比較をする際の整合性がとれるのです。
図表2ではいちおう、高齢者であることが明示されている数もグラフに記入してあります。
武漢肺炎による死者のほとんどが高齢者であることを考えれば当然と言えるでしょうが、2つの数値は一定の時間差を以て連動して増減します。
兵庫県では、特定の日におそらく把握遅れのデータをまとめて公表したと思われる異常値があった影響で、グラフにスパイク状のピークが出ていますが、高齢の検査陽性者数と死亡数の連関は、全体としては大阪府と同じようなものとしてよいでしょう。
死亡者のすべてが高齢者というわけではないにしても、大阪、兵庫では高齢感染者の大体6人に1人が死亡していることになります。この比率は「80代以上でも死亡率が10%強」(※)という、従来いわれている値よりも相当高いといえます。
(※出所は厚生労働省『新型コロナウイルス感染症の国内発生動向(速報値)(陽性者数・死亡者数)』【※PDFファイル】)
そのあたりが、N501Y変異株が従来ウイルスに比べ強い病原性をもつといわれるゆえんなのでしょうが、わたしは「分母となる感染者数に、どれだけの偽陽性症例による水増しがあったか」の違いに過ぎないと思っています。
重症例あたりの死亡数という指標で評価すれば、そのほとんどがN501Y変異株による大阪、兵庫の4月以降の感染は、1月から2月にかけて首都圏で発生したこの変異株が関係しない感染に比べ、むしろ低下しているということを、前稿で申し上げています。
大阪、兵庫以外の4自治体でも、1ヵ月遅れくらいで検査陽性症例の中に高齢者数の増加が見られています。なかでも、北海道の場合は年齢非公表分まで加えるならば、大阪府での報告数をも上回るに至っています。これに伴う死亡数の増加がこの先どうなるか、心配なところではあります。
北海道以外では、高齢陽性者数の増加は一過性に留まったようで、こちらの方は、今後それほど多くの死者は出ないと期待していいかも知れません。
それでは、より若い層の感染は?
高齢者の感染拡大が明らかになるのは、最も早かった大阪、兵庫で3月半ば、他の大都市圏では4月以降になるのですが、いずれの地域でも半月程度先行して、検査陽性者数の増加が始まっています。
それから考えると、若年層でまず感染拡大が進み、それが高齢者に及ぶというストーリーになるのですが、果たしてそうなのか、わたしは大いに疑問だと思っています。
図表3には、検査陽性報告数を70歳以上の高齢層とそれ未満の年齢層に分け、そのとき行われた検査数とともに表示しています。
図表3 武漢肺炎検査の実施数と陽性判定数の関係
(【出所】検査実施数は東洋経済ONLINE『新型コロナウイルス国内感染の状況』サイトから取得。陽性判定者の年齢分布のデータソースは図表1・図表2に同じ。図表2に掲げた6自治体について、検査実施数の推移と、これによって陽性と判定された症例数を高齢者分と非高齢者分とに区分してグラフに示した。検査数、陽性数とも、7日間移動平均値を表示している。なお、愛知県では週末におこなわれた検査の数は週明けにまとめて公表されるが、検査数が急激に増加するときには、7日間移動平均値によっても、その人為的要因による値の増減が解消できない。ゴールデンウィークを除いても、5月のグラフに見られる不自然な変動は、その影響が現われたもの。)
グラフの検査数と陽性者数の縮尺比を適当に調整すると(それっぽく見せるために、恣意的に設定していると非難される余地があるのは認めなければいけないのですが)、若中年層の陽性者数が検査数の動きをほぼそのまま反映していると読むことができそうです。
いくらなんでも、非高齢層の検査陽性判定のすべてが偽陽性であるというつもりはありませんが、過剰な検査が生み出す偽陽性数によって、本当の感染動向が覆い隠された状態になっているとは思うのです。
お気づきでしょうが、グラフ上で検査数と陽性数が描く曲線が相似形に近いとする上の議論は、そのままでは解析幾何学的な意味で無理があります。そう主張するためには、検査数のベースラインはゼロレベルではなく、相当高いところにあるとしなければならないでしょう。
たとえば大阪府でなら、検査数が4~5千件以上でないと、陽性者が出ないとしなければならず、その上でさらに、ベースラインを超える数の検査がおこなわれた場合には、検体の10%程度は陽性になるとする必要があります。
そうとでもしなければ、検査数と非高齢層の陽性数の変動を表す曲線を相似形にもっていくはできません。
もうひとつ、どの自治体でもゴールデンウィーク期間中の検査数が大きく減少しているのですが、これに対応するほどの陽性数の低下は観察されません。
大阪府では、おそらく年度替わりの公的検査機関の人事異動が関係しているのかと思いますが、4月初めに検査数が30%も減少した一方で、その影響が陽性数に出ていないことも、やはり検査数と陽性数の相似的関係を崩しています。
これらの論点をクリアするだけの材料はすでにもっていると思っています。
4月8日付『【読者投稿】データで読む武漢肺炎「第4波到来せず」』では、報告される検査データの陽性率が休日ごとに跳ね上がることを指摘しました。
その際、「検体の陽性判定の割合は、検査機関によって著しく異なっているはず」、「陽性判定率が恒常的に10%を超える機関がある」、という推定を示しています。
また、2月3日付『【読者投稿】これだけある!「検査至上主義」への疑問』では、ゴールデンウィークの期間に検査数の減少分を補填するかのように、異常に高い割合で検体の陽性判定が出たことについて、今年の年頭に同じ現象が見られたことを指摘しています。
つまり、検査機関の利用状況によっては、非感染であるにもかかわらず陽性と判定されてしまうケースが相当数あることを前提とすれば、非高齢層の検査陽性数の大半が、単におこなわれた検査数を反映しているだけだという言い分も成り立つと思うのです。
そもそも感染が十分に落ち着いたと見られていた3月から4月半ば頃の期間に、なぜ多くの自治体で検査実施数が急増したのでしょう。
「市中の感染拡大を受けて…」、という説明は当たらないと思います。
わたしが考える理由は、1月来の緊急事態宣言を解除するにあたって、再び感染拡大が起きるのを防ぐために、「積極的検査」、感染拡大の温床となりそうなところを対象とした「介入的検査」をおこなうとした政府の方針がきっかけになったということです。
そんなことをすれば、隠れた感染の掘り起こしならぬ、ありもしない感染数を出して泡を食うだけになるのでは、という危惧を抱いたのですが、案の定というべきでしょうか。
一度感染拡大が言われ始めれば、心配した人々の検査需要が高まり、それがさらに検査陽性数を膨らませる。いわゆる「正のフィードバック」の影響で、非高齢層の陽性判定数が膨らんだのではないかと思うのです。
いまや武漢肺炎は高齢者の感染症化しているのでは?
改めて高齢層と非高齢層の検査陽性数の比較を図表4に示します(※それぞれの数の動きとともに、その比【高齢層/非高齢層】もグラフに表示しています)。
図表4 感染の沈静期と拡大期に見られる検査陽性判定者中に占める高齢者層の比重の変化
(【出所】図表1、図表2に示したデータをもとに投稿者作成)
検査陽性数の拡大期、東京都を除く自治体では、陽性例中の高齢者の相対比がある時点から増加していくことが、みてとれます。そしてその増加が、その後の死亡数の増加と対応していることは、図表1のグラフを参照されればわかるでしょう。
つまり、高齢者の陽性判定数の中にも当然偽陽性も混じっているとは思いますが、検査数の多寡だけでその数が決まることはなく、「本当の」感染数がより直裁的に現われていると思うのです。
その理由は次のようなものではないでしょうか。
「現役世代の人なら、症状の有無にかかわらず、気軽に検査を受けに行くこともできるし、また勤務先その他の要請で受診せざるを得ないことも多い。他方、70歳超となると、そのほとんどは退職した後。検査の多くは、体調に異常を来したため、と考えると、高齢者の陽性判定例には本物の感染が多く含まれる」。
退職後は、行動範囲が狭まり、交際の範囲も同年配に限定されてくるのが一般的です。
実際、高齢者/非高齢者比のグラフは、高齢者層の感染が、より若い層にはそれほど拡がらないということを、物語っているように見えます。
2~3月の感染が沈静化していた時期、検査陽性数に占める高齢者の割合が、4月以降の感染拡大期に比べて顕著に高いことも見逃せません。
これらのデータから、わたしは、武漢肺炎は流行の極小期には高齢者の間で細々と受け継がれ、一旦きっかけを得るとおもに高齢者層に拡がる、今や日本ではそういう疾患に変化していると考えるようになりました。
巷間では、「若者の無軌道、夜の街の徘徊が蔓延の元凶」といった言説が盛んに流布されていますが、わたしはそんなことはまずあるまいと考えます。
行動力旺盛で、対人接触の頻度も高いこの層が、たとえはじめはごく少数であったとしても、本気でウイルスをバラ撒いて回るなら、日本の感染状況がこんな程度で収まっているはずはなかろうと思うのです。
なぜ感染拡大が繰り返し起きるのか?
『【読者投稿】武漢肺炎が日本で広まらない理由・その2』では、「日本の武漢肺炎の流行状況は、人口の大半が免疫を獲得している状況下で起きる感染症のような様相を示している」、とする趣旨の指摘をしました。
図表5は、大阪府という狭いエリアでの伝染性紅斑の発生動向を武漢肺炎の死者数の推移と並べて比較してみたものです。
図表5 大阪府における伝染性紅斑と武漢肺炎の発生動向の比較
(【出所】伝染性紅斑の発生数は週単位で集計される国立感染症研究所の『感染症発生動向調査 週報』による。感染症サーベイランス事業で小児科定点に指定された病院、診療所を受診した患者の数だけが集計されており、無症状あるいは受診しない症例も多い疾患のため、実際の感染数は統計値よりずっと多いと思われる。伝染性紅斑の発生は、多くの流行性疾患と同様、武官肺炎の流行以後極度に減少しているが、今でも絶えたわけではない。武漢肺炎の発生動向は死亡数で評価している。データは大阪府「新型コロナ感染症患者の発生状況について」のサイト(図表1の注釈参照)から取得し、週単位の数にまとめている。)
伝染性紅斑とは、別名、「りんご病」のことです。赤血球の元となる細胞にウイルスが感染し、溶血を起こして頬が赤くなるためこの名があります。
だいたいが幼児期の流行性疾患で、悪性貧血の素因がない限りは一過性の軽い症状で済みます。患者の9割以上は9歳児以下であり、年長児より上の年齢層ではほとんどがこのウイルスに対する抗体をもっています。
縁もゆかりもない2つのウイルス感染症を並べた理由は、その増減のパターンに共通性があるからです。「ある程度増えれば、減少に向かう。それきり消えてしまうのではなく、再び増加に転ずる」。その繰り返しです。
そして、大阪府での感染拡大は、兵庫県のそれとは連動するのですが、周辺自治体に飛び火して、そこで2次、3次と感染が拡がっていくことがない点でも共通します。
伝染性紅斑の発生がこのようなパターンになるのを説明するのは容易でしょう。これが、「集団免疫の壁」です。
すなわち、ウイルスをバラ撒く人の周囲に、それに感染してしまう人はほとんどおらず、「集団免疫の壁」が常に立ちはだかっているのです。
もっとも、この壁は必ずしも強固なものとは言えません。新たに生まれ、未だウイルスに感染していない人口は必ず存在するし、一度免疫を獲得した人も、長くウイルスとの接触がなければ次第に効力が低下していきます。
こうした壁に開いた「裂け目」を利用して、ウイルスは感染の環をつなぎます。
小児科の待合室なんかが、非流行時にウイルス感染が継続する一番考えやすい場所でしょう。そしてしばらく非流行期がしばらく続き、壁の裂け目が大きくなると、一時的に感染規模が大きくなりますが、それは同時にその穴を塞ぐ結果ともなるため、再び非流行期に戻るというわけです。
ウイルスのリザーバーが行動範囲の狭い小児であることが、流行が局地的である理由となるでしょう。
昨年はじめ(あるいは一昨年末)に武漢肺炎ウイルスが侵入したとき、日本はまったくの免疫学的処女地でした。
それから1年以上経った今年の4月時点でも、大阪ではこのウイルスに対する抗体をもつ割合は人口の1%にも達していません(日本医事新報社 NEWS『新型コロナ抗体保有率、依然として低い状況─東京1.35%、大阪0.69%』参照)。
それでいて武漢肺炎の発生動向には侵入の当初から、既存の高い免疫の壁によって流行が強く抑制される伝染性紅斑と同じようなパターンが観察されるのです。
以前からわたしは、日本には集団免疫の壁ならぬ「自覚者の壁」というのがあるはずだということを書いてきました。国民の大多数がその成員と考えるからには、「自覚」といったところでそれほど大袈裟なものではないでしょう。
- 外出時には必ずマスクを着用する
- 多数が出入りする場所には大抵入り口に置かれている消毒薬で手を洗浄する
- 飲食等でマスクを外す際にはマスクの口が当たる側の面を清浄に保ち、手の汚れに十分注意する
…など、たいていの人が普段からやっている、それくらいのことだと思っています。
「それくらいのこと」と言えるのは、わたしが日本人だからなんでしょう。
ヨーロッパではマスク着用義務違反に罰金を科した国まであったと聞きます。
英国では他の欧州諸国に先駆け、急速にワクチン接種を進めた結果、5月には検査陽性判定者の数が1日2000人を割り込むまでに減少したのですが、今再び1万人台を窺おうかという勢いで増加に転じています。
インド型変異ウイルスの蔓延が原因であるような見方があるようですが、わたしは単に、「もう安心」とマスクを投げ捨てた人間が大勢出てきたせいじゃないかと思っています。
日本にだってマスクは鬱陶しいものですし、いちいち手洗い、消毒は面倒だという人は相当数いるはずです。「自覚者J」に対して「うかつ者U」とよんだ、こうしたひとたち。
居住地域で感染拡大の危機が報じられ、非常事態宣言まで発せられるに至っては、不承不承でも推奨される感染予防対策に従うか、外出を控え自宅に閉じこもるか、いずれにしてもウイルス活動の場からは退出していき、感染は収束に向かいます。
しかし、流行が収まれば、リスク行動を再開します。
これが、「自覚者Jの壁」の裂け目が閉じたり拡がったりするメカニズムと考えています。
わたしが考える武漢肺炎ウイルスのリザーバー
上記のモデルで重要な要素と考えるのが、コーナーに追い詰められたウイルスの火種を絶やさない、自らの感染リスクにも(もちろん感染したいと思ってはいないでしょうが)、自らの感染伝播の役割にも気が付かない、「コアなU」と呼ぶ存在です。
こういう人達がある程度の数いる限り、ウイルスは社会から決して絶えないし、周りにお仲間が集まってくる状況が生じれば、いつでも火の手が拡がります。
わたしがイメージするコアUさんの平均像とは、だいたい、次のようなものです。
- これまで誤りなく生きてきたという自負心が強い分、自己流を変えようとも、世の中の常識に従おうとも思わない。
- 仕事上の必要など周囲に配慮して臨機応変の行動、習慣の変更が求められることがなく、気の合う仲間とだけ付き合っていれば済む。また、得てしてそういう者同士寄り集まりがち。
- 多様な情報へのアクセスが不足し、状況判断能力に劣る。ときに認知能力そのものの衰えも疑われる。
要するに、わたしはこうはなりたくないと思っている老人像そのものです。
議論を無理矢理偏った方向にもっていこうとしていると批判されるなら、それはそのとおりです。データによる裏付けなど一切ありません。こう考えれば、これまでの文脈とうまく繋がると、わたしが判断しているに過ぎないのですが、さて…。
いまや人口の6分の1に達する70歳超の高齢者の中で、こういう人達はほんの一握りでしょう。
また上記の条件を備える人と言ったら、もっと若い人達の中に結構いてもおかしくはない。咎め立てするべきが、高齢者限定ではないこともまた、断っておかねばならないでしょう。
ところで、一度や二度ならともかく、JだのUだの、コアUだのと、勝手なネーミングを使い続けるのはどうかと思っていたのですが、5月25日付けの『読者雑談専用記事』の中で、「ポプラン」様というコメント主の方が、「動ける高齢者」という言葉を使っておられるのを見つけました。
【参考】ポプラン様からの読者コメント(抄)
大規模接種とはだれが考えたのでしょうか?名案です。今の日本で一番ウルサイ「動ける高齢者」を優先接種してしまうとは。AERAが予約無しでも接種できたとか煽ってましたが、首都圏在住で暇と体力を持て余す高齢者には、どんどん出かけてモデルナを接種してもらって、地元では周りにワクチン伝道して頂きたいです。カラオケ行きたければ大手町行って来い。年寄りの口から広まりますように。
「動ける」はいいですね。
ウイルス散布者という能動的な役割が、これで表現できます。物言いがより直裁で、揶揄するようなトーンが強まると感じられるのが悩ましいところですが。
なぜ、大阪、兵庫だったのか?
前稿で、巷間言われる感染拡大の第4波は、死亡、重症化を伴う「本物の」感染に限れば、大阪、兵庫を中心とする関西圏に著しく偏ったものであることを指摘しました。そうなった理由は次回にと書いたのですが、当時わたしの頭にあったのは、次のようなストーリーでした。
- 首都圏を中心に昨年12月に感染の急拡大があったが、大阪府と北海道の2自治体では逆に検査陽性数の減少が起きている。兵庫県でははっきりとした減少まではないものの、増加傾向は目立たない
- これらの自治体では、前月から老人施設等での高齢者の感染と死亡が相次いでおり、これに驚いた「動ける高齢者」達が家に引きこもったことが、この減少の一因であると推測される
- 年明け以降3月まで、大阪、兵庫では緊急事態宣言が発令され、「動ける高齢者」連の自粛は実質3ヵ月以上にも及ぶ
- 「コロナ慣れ」「自粛疲れ」の言葉がもっとも当てはまるこれらの人達が、一足早かった緊急事態宣言の解除を待ちかねたように、一斉にリスク行動に走った
…。
この推測が当たっているなら、大阪、兵庫で起きた事態は、要はタイミングの問題で、時間差はあっても、全国どこで起きてもおかしくないということになるはずです。
たしかに5月に入り、北海道、愛知、福岡などで見られた、高齢者の感染、死亡の増加は、そうしたものかも知れませんが、本命?の首都圏では一向その兆しが見られません。
「まだ気付いていない要因があるのか?」と考えたら、助けになりそうなアイデアがすでに提供されていました。これもポプラン様。前回の投稿に寄せられたコメントに書かれていた「阪神タイガース元凶説」です。
大阪という土地に不案内な方には、ふざけているのかと受け取られそうですが、高校卒業時までこの地に暮らしたわたしには、十分リアリティがある説と思えるのです。
圧倒的な人気を誇り、長くBクラスに低迷してもタイガース愛を失わない、けなげとまで評される多数のファンをもち、十数年に一度、優勝しようものなら、掛け値なしに社会的、経済的フィーバーを巻き起こす。その阪神が春先から首位をひた走っているのですから、地元の盛り上がり振りは想像できようというものです。
わたしがイメージしているのは、満員の阪神電車で甲子園に駆けつけ、球場で熱い声援を送るファンの姿ではありません。
夜ごと馴染みの居酒屋、スナックに集い、テレビ中継に興じ(サンテレビのナイター完全中継、いまでもやってるんでしょうか?)、勝利を見届ければ「六甲おろし」の大合唱。そんなオールドファン達です。
まさしく「動ける高齢者」そのものと言っていいんじゃないでしょうか。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
後半は「数字で読み解く」の看板からかけ離れた内容になってしまいましたが、わたしは武漢肺炎が数字では捉えきれない、とても人間くさい疾患だと思っています。でなければ、これほど国によって、また同じ国でも地方によって、流行像に大きな違いがある理由が説明できないと思うのです。
さまざまな国で発生した変異ウイルスの国内侵入が問題視され、それによって国内の流行状況が一変してしまうかの言説まで流布していますが、わたしにはそんなことが起きるとは思えません。
それら変異ウイルスが母国でどのような流行を起こしていたにせよ、ひとたび日本に入ってしまえば、日本流にしか振る舞えないはず。そう考えるからです。<了>
読後感
以上が、伊江太様からの第14稿です。
大変な長文であり、かつ、数値的な裏付けを伴った議論でありながら、グラフが多用され、軽妙洒脱な説明とあいまって、非常に読みやすかったのではないかと思います。
また、後半の「阪神タイガース」に関しては、たしかに大阪にファンが多いというのは、ひとつの仮説としては興味深いでしょう。
なお、神戸出身者としてヒトコトだけ言わせていただくならば、阪神タイガースは大阪の球団でも神戸の球団でもありません。兵庫県西宮市の球団です。意外と知らない人は多いのですが…。
いずれにせよ、伊江太様、今回も大変に良質な論考をご投稿賜り、本当にありがとうございました。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
読者投稿といえば、直近のイーシャ様の『【読者投稿】ゲーム理論最終回:FOIPの対極・韓国』など、秀逸な論考も数多く掲載しておりますので、もしご興味があれば、過去の読者投稿一覧なども、ぜひ、ご参照ください。
View Comments (18)
かかる世界疫病が、人類に課せられた全世代同時進級試験のようなものであると考えるなら、感慨も深いとそう思います。
大阪府・兵庫県の感染者数増加について、関空経由病原体入国の影響は考えられないのでしょうか?
今回のコロナで思い出したのが、子供の頃、親から「今、勉強しないと後悔するよ」という話。やらなきゃ自分に跳ね返ってくるけど、子供の頃は分からなかった。今のコロナも政府からお酒や3密の自粛が言われても、「政府がー」「オリンピックがー」と反発。でも、自粛して感染を抑えないといつまでも収束しない。ヤフコメで政府は無策だというコメントをよく見ますが、自分も含めて完璧に自粛している人なんていないと思います。政府のことを一歩的に批判する資格はないと思っていますし、ワクチンの確保だって頑張っていると評価していいのではと思います。
伊江太様
昭和23年生まれ、子年、私の姉と同い年ですね。あの頃生まれた方は、生存競争が厳しく、モノも乏しく、金さえ出せば何でも買えた昭和30年代初頭に生まれた私より、「努力」「真面目に生きる」「我慢する」事で見習うべき事が多かったと思います。
団塊が悪の根源とか情報弱者と、このコメント欄でも言われますが、決してそんな事は無い。伊江太様のような理論的講話、深掘り出来る頭脳をお持ちの方もたくさんいらっしゃるというのは、私がかねてから言ってみたい事でした。(30代〜50代でも変な曲がった考えの方はたくさんおられる)
高齢者の感染によって起きた大阪府、兵庫県の死亡増加は、3月、4月、5月の異常な感染者数増と死亡者数の他県を圧倒する多さから、悲観的になってました。
大阪府で最大感染者1,100〜1,200人、兵庫県で600人超。また輪をかけて死亡者数が多い。ちなみに私は兵庫県在住です。5つの指標で兵庫県はすべて赤、大阪府は4つ赤。更に病室受け入れが100%超えてました。
またそれに遅れて岡山県、広島県、徳島県、香川県、愛媛県に第4波が広がりました。
今回の優れた論考で、スッキリしました。いろいろデータも駆使され、納得。私が考えてた事も、だいたいは合ってました。ありがとうございます。書籍化されたらいかがでしょうか?
伊江太さま
読者投稿ありがとうございました。
結論は「大阪人は、声がでかいから」になるかと、ハラハラしました。
新宿会計士様、伊江太様、御考察感謝です。
> それら変異ウイルスが母国でどのような流行を起こしていたにせよ、ひとたび日本に入ってしまえば、日本流にしか振る舞えないはず。
この一文が何故か心に残ります。
毎回興味深く拝読しております。勉強になります。
公表されている「コロナに関する統計」とは別で、別の感染症との比較という切り口は、専門外の者や記者が独自に語れるものではありませんから、貴重ですね。
脇道な感想で恐縮ですが、「コロナなんてデマ」などといってパーティーを開き集団で体調を崩すという"コアなB"も極僅かながら存在するなぁとか、"コアUさん"の特徴がマスコミや左派議員、活動家と完全一致すぎて怖い、とか色々考えさせられました。
アゴラで藤原かずえ氏が秀逸な考察をしておりますので、一読されても良いかと思います。
「結論から言えばコロナ第4波も気温差で予測可能でした」
https://agora-web.jp/archives/2051564-2.html
Uな人には結構な外国人が含まれているように思います。
私の住んでいる静岡県浜松市では、外国人の住人の比率は3.23%だそうです。
しばらく前までは、コロナにおける外国人の割合は4月に10%程度とのことでしたが、
クラスター発生後に25%になったとのニュースがありました。
その後、3割を超えたというニュースを耳にしました。(ラジオ)
https://www.at-s.com/news/article/shizuoka/910644.html
外国人コミュニティーでぐるぐる回っていると考えれば、大阪で大きくなるのも納得です。
>「自覚者J」に対して「うかつ者U」とよんだ、こうしたひとたち。
感染拡大の原因となっている可能性が高そうなカテゴリがコアなUである(その推測には私も完全に同感です)ことを考えると、Uのフルスペルとしては「うかつ者」よりも「うつけ者」のほうがより相応しい気が。