中国に経済制裁をするための大きな課題は「法の不備」

そもそも基本的価値を共有しない国と関係を深めて良いのか

加藤勝信官房長官が昨日の記者会見で、中国による新疆ウイグル自治区の人権侵害を巡る外為法の経済制裁を巡り、「人権問題のみを直接・明示的な理由として制裁を実施する規定はない」と述べました。これについては当ウェブサイト、あるいは拙著『韓国がなくても日本経済はまったく心配ない』でも説明した論点と重なっているのですが、せっかくの機会なので、あらためて「経済制裁と相手国との付き合い方」について考えておきましょう。

加藤官房長官が経済制裁に言及

加藤勝信官房長官は昨日、中国による新疆ウイグル自治区の人権侵害をめぐり、NHKの記者から外為法による経済制裁を問われた際、「人権問題のみを直接、あるいは明示的な理由として制裁を実施する規定はない」と説明しました。

内閣官房長官記者会見(令和3年3月23日午前)

―――2021/03/23付 首相官邸HPより

じつにタイムリーだと思います。

これまで何度となく申し上げてきたとおり、拙著『韓国がなくても日本経済はまったく心配ない』を執筆したことの意義のひとつが、当ウェブサイトでかなり以前から議論してきた、「日本が相手国に対して経済制裁を科す方法」を転載した、という点にあると考えています。

経済制裁のパターンは7つだが…

加藤官房長官の記者会見について考える前に、少し長くなってしまいますが、経済制裁について改めて整理しておきたいと思います。

基本的に、経済活動は「ヒト、モノ、カネ、情報」の4要素から成り立っているため、日本が相手国に対して経済制裁を行う(あるいは相手国に経済的な打撃を与える)としたら、その基本形は、次の7つであるはずです。

  • ①日本から相手国に対するヒトの流れの制限
  • ②日本から相手国に対するモノの流れの制限
  • ③日本から相手国に対するカネの流れの制限
  • ④相手国から日本に対するヒトの流れの制限
  • ⑤相手国から日本に対するモノの流れの制限
  • ⑥相手国から日本に対するカネの流れの制限
  • ⑦情報の流れの制限

ただ、ここで非常に困った話があります。

まず、日本が相手国に対し、「狭い意味での経済制裁」を発動しようと思っても、上記①~⑦のうち、①と⑦については実効性のある措置を取ることができません。また、④を除くと、日本政府が自由に発動できる手段はとても限られています。

とくに、②、③、⑤、⑥については外為法などによる経済制裁が考えられるのですが、それらを発動するためには、かなりの制約があります。具体的には、その相手国が「世界の平和や安全に脅威を与えている」という状況が必要であり、具体的には次の3つのどれかによるしかありません。

  • (1)国連安保理で経済制裁が決議されること
  • (2)有志国連合が経済制裁を行うと決定すること
  • (3)閣議で「日本独自の制裁」を決定すること

これらのうち(1)や(2)についてはさまざまな実例がありますが(たとえば2014年のロシアのクリミア半島併合に対する国際社会の制裁など)、(3)については当ウェブサイト側にて調べた限りにおいて、せいぜい北朝鮮に対する経済制裁で適用されているくらいしか実例はありません。

つまり、なかなかに難しいのです。

「広い意味での経済制裁」もセットにして議論すべき

もっとも、当ウェブサイトでこれまで何度も議論し、拙著にも転載したのが、「広い意味での経済制裁」という考え方です。

具体的には、「サイレント型経済制裁」、「消極的経済制裁」、「セルフ経済制裁」などの類型が考えられ、それぞれに一長一短はあるのですが、相手国を経済的に焦土化するのであれば、これらをうまく組み合わせる必要がある、ということです。

このうち「サイレント型経済制裁」は、「経済制裁」以外の名目で発動される上記①~⑦の措置であり、日本政府が2019年7月に発表した対韓輸出管理適正化措置、2020年3月に発動した韓国国民に対するビザ無効化措置などが、その典型例でしょう。

次に、「消極的経済制裁」は、「相手国が困っているときにわざと助けない」、「相手国以外の国を積極的に助ける」という具合の制裁であり、たとえば日本が「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を積極推進すること自体、韓国に対する消極的な制裁として機能し得ます。

さらに、「セルフ経済制裁」は、「相手国が発動する措置が結果的に相手国自身の首を絞める」ということを狙ったものであり、広義の経済制裁の中ではもっとも発動が難しいものの、結果的にはもっともスマートなやり方です。

実際、日本政府が対韓輸出管理適正化措置を発動した直後から、韓国では「ノージャパン運動」「ボイコットジャパン運動」が始まりましたが、それによって日韓の「ヒト、モノ、カネ、情報」の流れが滞れば、結果的に韓国が自分で自分に経済制裁したのと同じ効果が生じる、ということです。

いずれにせよ、相手国に対する「狭い意味での経済制裁」の発動は一般に困難ですが、「広義の経済制裁」をうまく活用し、国益を最大化する国になってほしい、というのが著者個人としての願いなのです。

【参考】『韓国がなくても日本経済はまったく心配ない』(新宿会計士 著)

(【出所】アマゾンアフィリエイトリンク)

中国と関係を深めるのが日本にとって正解なのか?

この点、経済制裁を発動した場合には、相手国によっては日本経済にも少なからぬ打撃が生じることは事実ですが、だからといって必要なときに経済制裁をためらうべきではありませんし、そもそも論ですが、経済制裁を発動せざるを得ないような相手国と経済的な関係を深めすぎるべきではありません。

今回は「韓国がなくても~」というテーマで出版をしましたが、同じことは中国に対しても、ロシアに対してもいえることでしょう。

そもそも外交では、基本的価値(日本の場合は自由主義、民主主義、法の支配ないし法治主義、積極的平和主義、人権尊重など)を共有する相手国と最も深い関係を結ぶのが基本です。基本的価値を共有しない国とは、深入りすべきではありません。

それなのに、なぜか日本は中国との関係を深めてしまっています。これは、端的に言えば、1990年代以降の日本が国家戦略を失敗した事例でしょう。ただし、それと同時に、「現在ならまだ後戻りできる」という状況にあります。

あらためて、経済活動の4要素のうち、定量化できる「ヒト、モノ、カネの流れ」についてまとめてみたものが、次の図表です。

図表 日中交流の状況
項目具体的な数値情報源と備考
(a)訪日中国人(2019年)9,594,360人訪日外国人総数(31,882,062人)の30%
(b)訪中日本人(2017年)約268万人出国日本人総数(17,889,292人)の15%
(c)在日中国人(2019年12月)813,675人在日外国人総数(2,933,137人)の28%
(d)在中日本人(2018年10月)120,076人海外在住日本人(1,390,370人)の9%
(e)対中輸出高(2020年)15兆0828億円日本の輸出高全体(68兆4066億円)の20%
(f)対中輸入高(2020年)17兆4776億円日本の輸入高(67兆7369億円)の25.8%
(g)対中貿易収支(2020年)▲2兆3948億円日本の貿易収支は6697億円
(h)日本企業の対中直接投資(2019年12月)1303.1億ドル日本企業の対外直接投資総額(1兆8583億ドル)の7%
(i)中国企業の対日直接投資(2019年12月)48.6億ドル日本に対する対内直接投資総額(3103.2億ドル)の1.57%
(j)金融機関の対中与信(2020年3月、最終リスクベース)879.3億ドル日本の金融機関の対外与信総額(4兆6905億ドル)の1.87%

(【出所】(a)日本政府観光局、(b)過去の報道記事やJTB総研データ、(c)法務省、(d)外務省、(e)~(g)財務省、(h)~(i)JETRO、(j)国際決済銀行)

冷静に検討しましょう

これらを先ほどの「ヒト、モノ、カネの流れの態様」に沿って整理すると、次のように対応します。

  • ①日本から相手国に対するヒトの流れ…図表中の(b)と(d)
  • ②日本から相手国に対するモノの流れ…図表中の(e)
  • ③日本から相手国に対するカネの流れ…図表中の(h)、(j)
  • ④相手国から日本に対するヒトの流れ…図表中の(a)と(c)
  • ⑤相手国から日本に対するモノの流れ…図表中の(f)
  • ⑥相手国から日本に対するカネの流れ…図表中の(i)

結論的にいえば、日本にとって重要性が高いのは、②、④、⑤の3項目であり、とりわけ対中貿易高については見逃せません。ただし、逆にいえば、それ以外の項目(①、③、⑥)については、万が一、日中断交という最悪の事態に陥ったとしても、何とかコントロール可能である、という意味でもあります。

そして、「ヒト、モノ、カネ」という観点から見た日中関係については、まずは日本経済にとってアキレス腱ともなりかねないのが日中貿易であり、逆に、貿易面における日本にとっての中国の重要性を低減させるというのが、上記議論から導き出される処方箋のひとつでもあるのです。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

さて、加藤官房長官の説明について、時事通信は昨日、こんな記事を配信しています。

対中制裁、日本は慎重 「人権のみの制裁規定ない」―加藤官房長官

―――2021年03月23日12時07分付 時事通信より

記事タイトルに「慎重姿勢を示した」とありますが、加藤官房長官の発言をひととおり聞いてみたものの、「現在の外為法では人権を発動理由としていない」と述べているだけであり、べつに日本として対中制裁に慎重姿勢を示したということではないと思います。

この点、前任者である菅義偉総理と異なり、加藤官房長官の発言には「歯切れの良さ」はないかもしれませんが、べつに日本の法律としてなにも間違った説明はしていません。

もしも突っ込むとしたら、加藤官房長官の回答に対してではなく、外為法の不備について議論する方が生産的だと思うのですが、いかがでしょうか。

読者コメント一覧

  1. 頓珍韓 より:

    現在、加藤官房長官が外為法に「人権問題のみを直接、あるいは明示的な理由として制裁を実施する規定はない」言っている通り、アメリカやEUが中国に対して制裁を科したような対応を日本は取れません。

    しかし、「ウイグル人」「チベット人」への人権侵害があると思われているわけで、それを中国は「嘘だ」といっているようなので、日本政府は直接的な制裁はできずとも、中国に「国際機関を現地に入れて査察させるべきだ。事実を公表せよ!」と強硬に国際社会に訴えて、公論化させることはできるでしょう。
    それと並行して外為法の見直しを粛々と進めるのが、順序だったやり方だと思います。
    人権を謳う「特定野党」は議員立法を出して菅政権を糺すべきでしょうね。

    全ての国家議員は、やるべきことを淡々とやるべきです。

  2. 羊山羊 より:

    まず二階のお荷物降ろさないと

    1. 引っ掛かったオタク より:

      コレ言っちゃうと麻生サンなんかもそーなんですが、
      自民党て公認候補に定年制作ってませんでしたっけ?

      1. カズ より:

        自民のは比例区のみでの定年制で、選挙区に定年はないみたいですね。

  3. 匿名 より:

    流石にセクショナリズムの極みで草、、地球が滅びても嫌いなリベラル系が進めているマグニツキー法や人権侵害制裁法とかの文言は使いたくない、という強い意志を感じる。こんな感じであの戦争も負けたんやろな。どこまでいっても日本人は日本人か。まあ、対応できるなら外為法でも何でもいので法改正進めば良いですね。大事なことは人権を侵害されてる人を救うことですから。

    1. 農家の三男坊 より:

      匿名 様
        >流石にセクショナリズムの極みで草、、地球が滅びても嫌いなリベラル系が進めているマグニツキー法や人権侵害制裁法・・・・

       認識がずれているような気がします。 日本版マグニツキー法は超党派で進めているものです。 逆にリベラルの名を騙る社民や共産は入っていません。

      下記ご参考
       https://gendai.ismedia.jp/articles/-/81323

  4. 農家の三男坊 より:

    やはり加藤官房長官に総理は無理だなーと感じさせる一件ですね。
    これではまるっきり、官僚の答弁。の本政府としてどうしたいのか、どうするつもりなのか
    これが答えられないようでは総理大臣は無理。

    言われたことを粛々と一生懸命やる手足としては優秀なんだろうけど。

    日本版マグニツキー法は今国会で成立を目指している筈です。が、売国利権政治屋&政党が邪魔をしているかも。

  5. 三門建介 より:

    更新ありがとうございます。

    中国との関係で昔話を少々書きたいと思います。

    30年近く前の話でデータによる書き込みにはなりませんがご了承ください。

    自分は群馬県桐生市在住で、当時実家は婦人服の縫製工場をしていました。
    組合の青年部の集まりで中国進出の現状を進出された企業の方がしてくれました。
    要点を箇条書きすると次のようになります。

    ・工場を進出するのに建設費用はこちら持ちとなる。
    ・工業用ミシン等の設備はこちら持ちで持ち込む。
    ・会社は合弁企業とする。

    当初はハイテク企業の進出がなかったので港に近い沿岸部の都市で操業できた。
    ハイテク企業が進出すると内地に移動させられた。2回、3回と移動した。
    採算性が合わなくなり、撤退を申し出ると持ち込んだ設備は
    合弁会社のものなので持ち出しできなかった。

    縫製業界ではその時点で投資対象ではなくなっていました。
    国やJETROはその辺のリスクを公にはしていないようでした。

    数年後、香港に隣接する町で工業用ミシンがたたき売りされていると
    ニュースになりました。スポットでなくしばらくの間続いたそうです。

    中国の国力を付けたのは先進国の投資です。
    中国にうまく乗せられたといえるのではないでしょうか。
    デカップリングの可能性を考えると、今のうちに、
    中国国内の需要以外は他国に移動が現実的な方法と思います。

    1. sey g より:

      三門建介様

      興味深い体験談をありがとうございます。
      日本では、この様に中国に騙された話があまり出てきません。
      台湾では逆に騙された話を新聞広告なんかにして大々的に発表するようです。
      やはり、日本人は騙されて恥ずかしいと思うのでしょうか。
      このような体験談がもっとおおっぴらに発表してくれるといいですね。

  6. 迷王星 より:

    経済制裁は頑張って法整備しながら順次可能になった手段を使って行えば良いでしょうが、それ以前の問題として、共産チャイナや南北朝鮮からの留学生や永住権のある学生によって日本の先端研究の内容がそれら我が国に対して重大な脅威を及ぼしている(軍事的あるいは経済的な)仮想敵国に流れてしまい、我が国の税金によって為されている研究が敵の戦力強化に使われてしまっている事態を速やかに解消すべきです。

    具体的には重要なテーマとして一定額以上の研究費を支給される研究テーマに関しては、従事するプロ研究者(つまり大学教員、公立研究所職員、ポスドク)のみならず参加する学生に関しても国籍規制(日本および政令で定める限られた外国のみ)を設けて、参加者全員の戸籍謄本などを提出させて国籍管理を徹底し、違反した場合には代表研究者らに対して刑事罰を問える法制度が必要です。

    学術会議も我が国の軍事研究に協力しないなどと言うまでに、我が国に実際に刃を向けている国々の軍事力強化には絶対に協力しないとでも宣言すれば、学術会議に対する国民の理解も少しは得られるかも知れないのにね。

  7. sey g より:

    国際社会で犯罪を国家が犯しても取り締まる法も執行機関も施設もありません。
    普通の犯罪者なら、懲役何年と社会から隔離することが可能ですが、国家ならそうはいきません。
    しかし、これから数年の後に、もしウイグル虐殺の決定的証拠が出てきたり、台湾侵略したりしたら 中国との人もの金の移動を禁止する条約ができるやも知れません。
    また、中国との人もの金の移動をしてる国との移動も禁止して世界が中国とそれ以外にわかれるかもしれません。
    そこで問題になるのが中国への投資と働いてる邦人です。
    もし、日米が本気なら近々撤退しやすい法律をつくるやも知れません。

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