新聞社説のブログ化、そして相次ぐ虚報がもたらすもの
今から数年前、あるブロガーの方が「最近、新聞社説がブログ化している」などとぼやいていらっしゃいました。これについては、新聞社説のレベルが落ちているという意味だと受け取ることもできる反面、ブログやウェブ評論サイトなど、インターネット上にあふれている文章の方が、新聞社説などよりもはるかに読み応えがあり、情報としても正確である、という事例が増えて来たという意味でもあるのかもしれません。もしその理解が正しければ、メディアが虚報を続ければ、やがてメディア自身のブーメランとして跳ね返っていくのではないでしょうか。
目次
ネットで集合知を得る
「記事が信頼される」ということ
唐突ですが、新聞、雑誌などに掲載されている記事を読んで、「信頼できる」、あるいは「信頼できない」と思うのは、いったいどういう場面でしょうか。
「全国紙などに掲載されている記事だから正しい」。
「新聞やテレビでよく見かける著名人が解説しているから正しい」。
「スポーツ紙に掲載されている記事だから間違っている。」
ひと昔前だと、そういう「決めつけ」があったのではないでしょうか。
著者自身を含め、現時点で40代以上の人であれば、たいてい、学生時代や駆け出しの社会人時代、親や先生、上司や先輩から「新聞を読む習慣を付けろよ」、「せめて日経新聞は読もうね」、などと言われたという経験をしているのではないでしょうか。
人間、身に着いた習性はなかなか変えることができません。学生時代、あるいは社会人の初期のころに「新聞を読んでおけ」と言われ、それが身についてしまうと、やはり「新聞に書かれているからそれが正しい」と思い込んでしまうのかもしれませんね。
さて、ひるがえって当ウェブサイトは「読んで下さる方々の知的好奇心を刺激すること」を目的に運営している独立系ウェブ評論サイトですが、運営者自身はジャーナリストではありませんし、著名人でもありません。たんなるビジネスマン、いや、もっといえば「自称ビジネスマン」です。
端的にいえば、「どこの馬の骨ともしれない人間」であり、当ウェブサイトは、そんな「どこの馬の骨ともしれないまったく無名な人間」が運営している、日々勝手なことを綴るだけの怪しいウェブ評論サイトです。当然、読者の皆さま方のなかでも、
「『新宿会計士の政治経済評論』にこんなことが書かれていた。だからこれは間違いない!」
などと無批判に信じ込むというケースは、まず存在しないでしょう。当ウェブサイトの場合、記載されている内容が正しいかどうかは、あくまでも個々の読者の皆さまが判断するからです。
そして、まったく無名な、どこの馬の骨ともしれぬ人間がウェブサイトを運営したところで、そんなウェブサイトが人々に読まれる保証などまったくありませんし、よしんば読んでいただいたとしても、その内容に共感してもらえる可能性は、さほど高くありません。
まさにこれが「ブログ、ウェブ評論サイトの信頼性」という問題なのでしょう。
議論のトレーサビリティ
では、まったく無名のウェブ評論家が、人々に何かを訴えかけるためにウェブサイトに何かを執筆したとして、何に気を付けなければならないのでしょうか。当ウェブサイトで大切にしているのが2つあります。
そのうちのひとつが、『ウェブ評論の流儀は「議論のトレーサビリティの確保」』でも説明した、「議論のトレーサビリティ」です。
これは、何か議論をする際、「①極力、何らかの『情報源』に基づくように心がけること」、「②考察し、仮説ないし結論に至るプロセスを透明にすること」、を通じて、議論を読んだ人たちがその結論について妥当だ、あるいは妥当ではない、などと後から「検証可能」な状態になることです。
議論のトレーサビリティとは
- なぜそのような仮説や結論に至ったのか、読んだ人が客観的な情報源などに基づき、最初から最後まで追いかけて検証することができること。
もちろん、すべての議論にこうした「トレーサビリティ」が存在するわけではありません。なかには、どうしてもトレースし切れない議論というものもでてきます。その典型例が、「個人的体験」、あるいは「証言」のみに基づく議論です。
たとえば、「朝鮮半島で戦時中、日本軍が少女20万人を誘拐し、戦場に強制連行して性奴隷として使役した」とされる問題、つまりいわゆる「(従軍)慰安婦問題」については、それを裏付けているものが自称元慰安婦の「証言」くらいしかなく、物的証拠がほぼ存在していないという特徴があります。
また、ときどき当ウェブサイトの読者コメント欄に、「XX県のXXという企業が従業員に対してパワハラを行っている」、といったコメントがつくのですが(※スパムとして判定し、皆さまの目に触れないように処理しています)、このような「本人が主張しているだけの内容」については、検証可能性がありません。
しかし、個人的な体験に基づく記述であっても、ある程度、信頼性が認められるものは存在します。
たとえば、「私はXX県の大病院で勤務する医師であるが、以前、このような症例の患者を診察したことがある」などと主張する記事を読めば、その内容がよっぽど荒唐無稽なものではない限り、その人がウソをついていると思う人は少ないでしょう。
読者コメント欄の開放
この「客観的事実の認定」さえできてしまえば、そこから先は、「もしこのような考え方ができるなら、このような仮説が成り立つ」、「もしこの考え方が正しければ、このような結論を導くことができる」、という具合に、議論を「見える化」することができるのです。
つまり、「その客観的事実が正しい」のであれば、その事実を前提として考察し、何らかの結論を導き出す、というプロセスが出来上がるのです(※その意味では、ウェブ評論の考え方は数学にも似ているのかもしれませんね)。
そして、著者の議論の構築方法が独りよがりとならないように議論を「見える化」する以上は、それを人々に共有する手段が必要です。じつは、これこそが「読者コメント欄」なのです。
当ウェブサイトの場合、ウェブサイトに読者コメント欄を設けることで、読者の皆さまから忌憚のない意見を表明していただくことで、議論に穴があればすぐにそれがわかるようにするというのが、当ウェブサイトなりの議論のスタイルなのです。
このやり方が正しいのかどうかは、正直、よくわかりません。
いちおう事実関係だけを述べておくと、ページビュー(PV)に関しては変動もあるものの、毎月コンスタントに200万件前後をいただいているため、実績だけで見るならば、この「社会実験」はある程度の成果をあげたという見方をしても良いのかもしれません。
新聞社説のブログ化とは?
「新聞社説のブログ化」というパワーワード
さて、なぜこんな話をいきなり持ち出したのかといえば、今から数年前、あるブロガーの方が執筆した文章を読んでいると、「最近、新聞の劣化が激しい」、「新聞の社説が『ブログ化』している」、などと述べていたことをふと思い出したからです。
このブロガーの方は、某大企業で長年、ビジネスの最前線にいらっしゃった方であり、個人的にはそのざっくばらんな口調が大好きだったのですが、現在はあまりブログ活動はなさっていないようであり、過去記事についても一部削除されてしまったようです。
それはさておき、あくまでも個人的な記憶ベースですが、この方が、「最近、新聞社説のブログ化が進んでいる」、と指摘しました。その時期はあやふやですが、たしか2012年から2014年ごろだったと記憶しています。
おそらくこのブロガーの方は、「新聞社説の劣化が進んでいる」という意味で「新聞のブログ化」という表現を使ったのだと思いますが、これはなかなか強烈な表現です。
考えてみれば、新聞社説とはその新聞の「顔」のようなものであり、新聞社説を書く人物は、その新聞社内でも「花形」のような地位にあるのではないでしょうか。
つまり、新聞社説を書くためには、まず難しい入社試験を受験して合格し、その新聞社に入社したうえで新聞記者になり、さらには何年も何年も下積みを続けなければなりません。そして、「社説を書く」という希望がかなわず、途中で左遷の憂き目に遭うかもしれません。
そのように考えれば、社説を書くというのはよっぽどのことであり、社説にはそれなりの重みがあるはずなのです。それなのに、その社説というものが「ブログ化」しているというのは、新聞社に対しては痛烈な批判にほかなりません。
なぜなら、ブログなどというものは、それこそどこの馬ともしれぬ人間であっても気軽に始められるものだからです。つまり、とあるブロガーの方が、いまから6~8年も前の時点で、「新聞のブログ化」の兆候を嗅ぎ取っていたのだとすれば、それは非常に鋭い嗅覚だと思わざるを得ないのです。
社説をベースに間違い探しをする時代が来るとは…
ときは流れて2020年。
まさか、新聞社説を使って「間違い探し」をする時代が到来するとは、まったく思っていませんでした。
何の話を述べているのかといえば、先週の『「誤った社説」を利用して作成した対韓輸出管理Q&A』でも取り上げた、日本政府が昨年7月1日に発表した対韓輸出管理適正化・厳格化措置を巡る東京新聞社説のことです。
輸出管理適正化措置のことを、韓国政府・韓国メディアがかたくなに「輸出『規制』」と誤記し続けていることについては、当ウェブサイトでは過去に何度も指摘して来た点ですが、東京新聞が6月4日付の『対韓輸出規制 見直しの機会を生かせ』という社説で、この点を盛大に間違えたからです。
タイトルからして輸出「規制」とありますので、内容は推して知るべし、でしょうし、この社説のどこがどう誤っているのか、その「おおどころ」については先週指摘したので、本稿では繰り返しません。
それよりも改めて恐ろしいと感じるのは、ひと昔前であればその新聞の「花形」だったはずの社説で、この手の稚拙な論説が出て来てしまうという点にあります。まさに時代は大きく変わったと感じざるを得ません。
そして昨日の『毎日新聞社説「日韓両国指導者は失ったもの直視せよ」』では、毎日新聞の『輸出規制と日韓関係 失ったもの直視すべきだ』という社説も取り上げました。
毎日新聞も韓国に対する輸出管理の厳格化・適正化措置のことを「輸出『規制』」と誤記していて、しかもまったく関係のない自称元徴用工問題が「輸出『規制』」と関連しているかのごとく書いてしまっているのです。
昨日、当ウェブサイトで毎日新聞の社説をベースにした「Q&A」を作らなかった理由は、それをやるとあからさまな「二番煎じ」になってしまうからでもありますが、それだけではありません。あくまでも個人的な感想ですが、東京新聞の社説の方が、まだレベルが高いと思ったからです。
当ウェブサイトではときどき「ATM」と呼ぶメディアの一角を占めているはずの毎日新聞と東京新聞(中日新聞)の2紙でも、すでに格差が付き始めているということなのかもしれませんね。
「社説がブログ化している」のではなく…
ただ、ここでもうひとつ検討しなければならないのは、「社説がブログ化している」という表現が現在でも適切なのかどうか、という論点です。
くどいようですが、ブログないしウェブ評論というものは、どこの馬の骨かわからない人間であっても、気軽に始められます。難しい入社試験を受ける必要も、ヒラの事件記者などとして下積み経験をする必要もないのです。
新聞と違うのは、ブログないしウェブ評論として記事を執筆したとしても、それを人々に読んでもらえる保証はない、という点ですが、逆にいえば、その点さえ我慢できるのであれば、それこそ誰にでも気軽に始められるというのは最大の強みです。
つまり、新規参入にあたってハードルが非常に低いので、それこそ実名で企業経営をしながらペンネームで情報発信をする、という人間も出てくるわけですし、なかには文章力、論理的思考力が新聞記者よりも優れているブロガーも出てくるかもしれないのです。
というよりも、「優れている」、「劣っている」というのはあくまでも相対的な話ですので、「新聞社説がブログ化した」というのは、言い換えれば、「かつてであれば新聞社説として掲載されていてもおかしくないクオリティのブログが出現している」、ということでもあるのかもしれません。
(※いちおう申し添えておきますが、当ウェブサイトが「新聞社説なみのウェブ評論サイトだ」などと傲慢なことを申し上げるつもりはありません。)
大切なのは「事実関係を調べること」と「意見を発信すること」
こうしたなか、最近、とみに感じるのが、「客観的事実と主観的意見」という視点の重要さです。
当ウェブサイトではかなり以前から何度も何度も報告している論点ですが、世の中の論考を眺めていると、情報には、基本的に「客観的事実」か「主観的意見」のどちらかしかありません。
客観的事実とは、だれがどう書いてもだいたい同じような内容になる情報のことであり、主観的意見とは、書き手によってまったく異なる内容になるかもしれない情報のことです。
たとえば日本政府が昨年7月1日に発表した韓国向けの輸出管理の運用体制変更については、
「2019年7月1日、日本政府・経済産業省は韓国に対する輸出管理の厳格化措置を発表した。」
と表現する人もいるかもしれませんし、
「令和元年7月1日、経産省は大韓民国に対する輸出管理体制の厳格化措置を発表した。」
と表現するかもしれません。これには西暦・和暦の違い、国号を通称にするか、正式名称にするかという違いはありますが、大筋ではだいたい同じ情報を意味しています。したがって、このような文章は「客観的事実」の一種と考えて良いでしょう。
そのうえで、これについて
「日本政府はこれを輸出管理厳格化措置だと述べているが、韓国政府は輸出『規制』だと反発し、昨年8月には日韓GSOMIAの終了を日本政府側に通告するなどした。」
などと記載すれば、これも立派な客観的事実ですし、
「日本政府はこれを輸出管理厳格化措置などと述べているが、事実上、韓国に対する経済的報復としての意味合いがあると考えられる。」
などと記載すれば、これはこれで、その文章の書き手の「主観的な意見」としては成り立ちます。
あとはこうした主観的な意見に対し、「そのとおり!」「いや、そうじゃないよ!」などと議論を闘わせることで、やがては認識・意見をさらに洗練させていくというのが、民主主義国家としての究極的な理想形なのです。
しかし、これを、あたかも客観的事実であるかのごとく、
「2019年7月1日、日本政府は韓国に対し、強制徴用問題に対する報復として、半導体材料3品目の輸出規制措置を打ち出した。」
と書くと、これはとんでもない事実誤認です(※「強制徴用問題」とは、当ウェブサイトでいう「自称元徴用工問題」のことです)。
くどいようですが、対韓輸出管理適正化措置を「輸出『規制』」だと決めつけること自体、法令や国際条約、武器管理の仕組みなどを理解していない証拠ですし、「強制徴用問題に対する報復」のくだりも、文章の書き手がそう思っているだけであって、日本政府がそのように発表したわけではありません。
このように考えていくと、いくつかの新聞の社説が事実誤認を含めた文章を掲載するようになっている時点で、すでに「新聞社説のブログ化」の段階を越えて、「新聞社説はブログ以下に劣化しつつある」といえるのかもしれませんね。
相次ぐ虚報が首絞める
さて、新聞を筆頭とするメディアの虚報体質が次第に酷くなっているという点については、今週もずいぶんと話題として取り上げました。
なかでもひどいかったのが『共同通信「中国批判声明に日本が参加拒否」報道とは?』でも紹介した、共同通信の記事でしょう。これは、英米などが香港情勢を巡り中国を批判する共同声明を出そうとした際、日本がその声明に「参加を拒否した」というものです。
これについてはおそらく、控え目に言って不正確な報道であり、もう少し厳しい言い方をすれば「捏造報道」の疑いすらあります。口が悪い人は、「共同通信の記者が中国政府からカネをもらって書いた記事ではないか」、などと疑いをかけるかもしれません。
ただ、この共同通信の記事で感じたのは、ネットの力です。
というのも、複数の自民党議員が即座に動き、ある議員は外務省に事実関係の確認を行い、またある議員は共同通信の記事を掲載した産経新聞などのメディアに事実関係を確認するなどし、さらに一般人がネット上でさまざまな疑義を呈して、それらの情報が瞬時に共有されたのです。
もちろん、なかには短絡的に、「やっぱりアベはダメだな」、「これだから安部は信頼できない」など、安倍総理に対する批判的な意見を発した人たちもいたようです(※「アベ」、「安部」とあるのは安倍総理のことだと思います)。
しかし、それ以上に、菅義偉官房長官を筆頭に、政府関係者が即座に共同通信の配信記事の事実関係を否定したことや、安倍総理自身が「日本が主導してG7外相で対中決議をまとめ上げる」などとする方針を示したこと(『「日本主導でG7対中声明」は共同通信虚報のおかげ?』)は印象的でした。
もしかすると、共同通信の虚報が私たち一般国民のメディアに対する怒りに火をつけ、間接的に政府関係者の背中を押した可能性すらあると思います。
その意味では、メディアの虚報が続けば、瞬間風速的にメディアは世論操作することができるかもしれませんが、長い目で見たらメディア自身の首を絞めることになるのかもしれませんね。
いずれにせよ、私たち一般国民にとっても、メディアの虚報には「自分自身の頭で考える」ことで対抗していくことが、今後ますます必要になってくることは間違いないでしょう。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
読者コメント欄はこのあとに続きます。当ウェブサイトは読者コメントも読みごたえがありますので、ぜひ、ご一読ください。なお、現在、「ランキング」に参加しています。「知的好奇心を刺激される記事だ」と思った方はランキングバナーをクリックしてください。
ツイート @新宿会計士をフォロー
読者コメント一覧
※【重要】ご注意:他サイトの文章の転載は可能な限りお控えください。
やむを得ず他サイトの文章を引用する場合、引用率(引用する文字数の元サイトの文字数に対する比率)は10%以下にしてください。著作権侵害コメントにつきましては、発見次第、削除します。
※現在、ロシア語、中国語、韓国語などによる、ウィルスサイト・ポルノサイトなどへの誘導目的のスパムコメントが激増しており、その関係で、通常の読者コメントも誤って「スパム」に判定される事例が増えています。そのようなコメントは後刻、極力手作業で修正しています。コメントを入力後、反映されない場合でも、少し待ち頂けると幸いです。
※【重要】ご注意:人格攻撃等に関するコメントは禁止です。
当ウェブサイトのポリシーのページなどに再三示していますが、基本的に第三者の人格等を攻撃するようなコメントについては書き込まないでください。今後は警告なしに削除します。なお、コメントにつきましては、これらの注意点を踏まえたうえで、ご自由になさってください。また、コメントにあたって、メールアドレス、URLの入力は必要ありません(メールアドレスは開示されません)。ブログ、ツイッターアカウントなどをお持ちの方は、該当するURLを記載するなど、宣伝にもご活用ください。なお、原則として頂いたコメントには個別に返信いたしませんが、必ず目を通しておりますし、本文で取り上げることもございます。是非、お気軽なコメントを賜りますと幸いです。
コメントを残す
【おしらせ】人生で10冊目の出版をしました
自称元徴用工問題、自称元慰安婦問題、火器管制レーダー照射、天皇陛下侮辱、旭日旗侮辱…。韓国によるわが国に対する不法行為は留まるところを知りませんが、こうしたなか、「韓国の不法行為に基づく責任を、法的・経済的・政治的に追及する手段」を真面目に考察してみました。類書のない議論をお楽しみください。 |
【おしらせ】人生で9冊目の出版をしました
日本経済の姿について、客観的な数字で読んでみました。結論からいえば、日本は財政危機の状況にはありません。むしろ日本が必要としているのは大幅な減税と財政出動、そして国債の大幅な増発です。日本経済復活を考えるうえでの議論のたたき台として、ぜひとも本書をご活用賜りますと幸いです。 |
新聞社の多くは、工作員機関紙で、日本人を扇動する目的で活動をしていると考えれば、つじつまか合います。
新聞社が真実を報道して、日本の国益を考えているかという視点で見ると、矛盾ばかりが見つかります。
理想と現実は違いますので、新聞社の現実を理解した方が、何かと分かりやすいと思います。
まったくお説のとおりだと思っております。
プログの中には営業目的のものも多いですが,大学教員などの研究者,社長などの経営者人,タレントやアーティストなどの有名人,なども多いと思います。いろいろな意味でコラミストより高い知識や経験を積んだ人達もライターに多いわけです。コラミストと言っても所詮はサラリーマンです。話相手として経営者とサラリーマンとどっちが楽しいかというと,圧倒的に前者です。士業さんは守秘義務があるので,ほどほどのところで。ただし,サラリーマンでもアクチュアリーの人達との投資の話とか,例外は沢山あります。
ところで,新聞やメディアのチェックですが,国内だけでなく海外の多くの国を見ておいたほうがいいと思います。最近,海外情勢の変化が激しいので,1ケ月も前の情報で判断すると,とんでもない間違いだったりします。アジアも隣国4ケ国だけでなく,インド,タイ,シンガポール,フィリピン,ベトナムくらいはチェックしておきましょう。
特定アジア3カ国を変える事が出来ないのと同じ理由で、マスコミ各社の報道(?)姿勢を変える事は出来ないので対処の方法は限られます。🐧
私の場合は、テレビは見ない、新聞は読まない。🐧
代用品はスマホ一台で十分。🐧
しかし、新聞・テレビはスマホの代用品にはなり得ません。🐧
昨日、投稿予約の時間をミスっちゃいましたね。
Twitter/ブログ両方でしょうか。
コメントしようとしたら消えていました。
>「輸出『規制』」と誤記し続けていること
いまだ日本が韓国に輸出規制していると言いっている新聞はどこ?
https://seisenudoku.seesaa.net/article/475415050.html
ATMの朝日新聞・東京新聞・毎日新聞をはじめ信濃毎日新聞など多数います。
>東京新聞の社説の方が、まだレベルが高いと思った
レベルを何で判断するかによりますが、まだ毎日新聞のほうが高いと思います。
東京新聞は主張の前に、少し調べれば確認できる事実と異なることを平気で社説にのせてきます。
指摘されても訂正しないという厚顔ぶり。
https://seisenudoku.seesaa.net/tag/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E6%96%B0%E8%81%9E
酷い虚報には政府も逐一反論してるので、
新聞社の記事のいい加減さをもっとクローズアップしていくと良いですね。
マスコミは他人に責任を追及するが、自分は絶対に責任は負わないし、反省もしないし、プロパガンダに満ちた偏向報道を続けていきます。
ニュートラルに事実だけを載せるマスコミは無いものですかねえ。
最近では、武漢肺炎流行の初期において、意図的に医療崩壊に導こうとするかのような報道が酷かったですね。
国民の生命を犠牲にして、それをネタに政権批判につなげようとしているのではないかと疑念を抱かざるを得ませんでした。
オールドメディアのそういう姿勢に疑うあまり、昨晩、NHKの報道にあった武漢肺炎の退院基準に不信を抱くコメントをこちらの読者雑談専用記事通常版に書き込んだところ、大多数の読者の目にふれるより早いであろうタイミングで、
とある福岡市民様から反論をいただきました。
新宿会計士様がおっしゃる「読者コメント欄の開放」のように、リアルタイムで反対意見を表明できる場があることの大切さを、改めて感じた次第です。
>虚報には「自分自身の頭で考える」ことで対抗
「瞬発力を備えた集合知」ネット時代の強みはこれです。そしてメディアという「産業」にはなかなか真似できないことなんですね。事実関係の裏付け行為と「開放型」「相互通知」というコミュニケーションモデルはうまくフィットするのです。もっとも逆に働くこともあります。義憤とか正義感には特に気を付けたほうがいいですね。
テレビに失望。
https://news.livedoor.com/article/detail/18372707/
新聞にも失望。
https://news.yahoo.co.jp/articles/9237c2676fb28b921d17e602c89f705d162ef9bb?page=1
失望というより、恐怖さえ覚えます。
しかしながら、NETでのニュース閲覧にも、問題がないことはない、と最近気づかされました。
一番の問題は、人間は自分が読みたいことを探して読む、という性向を持っていることです。また、ブラウザの検索機能が、ユーザの傾向を把握して検索結果を調整します。結果として、自分の意見に反対する傾向のニュースは、読もうとしない、あるいは検索にも引っかからない、という現象が生じる可能性があります。
誤解を恐れずに申し上げれば、例えば嫌韓(または好韓)の傾向を持つユーザは、そういう傾向のニュースや情報ばかりを読むことになり、それに反する情報に接することがないので、ますます嫌韓(または好韓)が進む、という可能性があります。テレビや新聞でも同じことは起きると思いますが、NETではそれがもっと極端な形で起こってしまう、と言えます。
二番目の問題は、もちろんNETの情報は玉石混交、嘘も本当もファンタジーもあって、そこから事実を取り出すのはなかなか大変だということです。しかし、昨今はテレビも新聞も同様の事態が起きていて、初めから玉石混交であるとわかっているNETの方が真実に迫りやすい、というか、うっかりだまされることが少ない、と言えるのかもしれません。
我々が正確で中立的なニュース・情報(そんなものはない?)を要求できる、あるいは正確でないニュースを指摘できる、そんな仕組み、制度、組織をつくることはできないものでしょうか。
作る端から検証の対象にすべきなのかもしれませんが。
長文、駄文失礼しました。
*JARO日本広告審査機構みたいに「誤報や、その訂正状況」を適切に審査する機関があればいいんですけどね。
会計士様の職業倫理に通じるような記載方針にも共感します。
証票信憑性(論考の裏付けを明示する)
総額主義(誤報の事実を無かったことにしない)
過去稿の誤報(誤植)箇所を削除せず、線引きや注釈等で訂正内容の周知に努めるスタンスは、発信者としての責任感と公平・公正な人柄の現われなのでしょうね。きっと。
新聞社の記者もかつてと比べて相当質が劣化しているのではないかと考えます。このブログによく取り上げられる鈴置高史氏は元日本経済新聞、青山繁晴氏は共同通信社の出身です。彼らが現役の頃は、中身はともかく、例の共同通信の共同声明の記事の様な5W1Hが曖昧な物は出なかったと思います。青山氏がブログで「共同通信は変わってしまった」と嘆いていたのはその辺りも踏まえた物ではないでしょうか。
インターネットの発達による新聞の地位の低下と収益の悪化により優秀な人材が新聞社に寄り付かなくなっている事がその原因でしょう。
新聞の虚偽報道自体はインターネットが普及する以前の昔からありました。朝日新聞の従軍慰安婦報道もそうですし、日露戦時の日比谷焼き打ち事件は日本の国力が枯渇している事を隠して勝利のみを報道したのが原因です。
新聞が無くなる事はないでしょう。主な舞台は紙からWEBになるでしょうが。ただかつては社会の木鐸を気取れましたが、もう今後は東京スポーツや日刊ゲンダイと似たような物と見なされるのではないでしょうか。まあ、ブンヤなんてもともとそんなもんなんでしょうが。
虚報で首なんて絞まってないと思います
共同通信の件に関しては誤報であって虚報ではないです
参加しなかったという事実はある
言葉の使い方でしょうね
https://twitter.com/katayama_s/status/1269516108836376577
失望した人も中にはいるかと
誰に聞くかの話だけだと思えます
なので失望に関しても取材した上での報道かは別次元です
問題1
政府に都合が悪く見える報道7日に対して即日処理しなかった
対応は翌日8日午前会見で何故か質問に答える形
同じく翌日8日に米国務省からの声明日米は強い懸念を共有
8日夜 G7外相声明検討リーク報道
https://jp.reuters.com/article/hongkong-g7-foreign-min-idJPKBN23F1OF
もしかして都合は悪くなかったのか
シナリオどおりに対応しているのか
問題2
なぜ米英豪加との共同声明を断ったのか
政府に戦略はあるのか
本来こういうことを論じるべきで
報道機関の姿勢を論じても何も変わらないのでは
一般人が束になっても強大な権力には勝てない
デマに対するカウンターは必要ですが
マスコミの姿勢を考察することは悪影響もあって
多く日本人がマスコミを叩けば良いのだと誤解すること
虎ノ門ニュースと文化人TVとかで上辺だけ見てる人はこの傾向
導入としては良いものだと思うけど悪影響も多い
で、そのわりには国内報道に依存してるのが保守系日本人
マスコミがーっていうのに海外報道や外国政府系資料は見ない
強硬な対中姿勢を求めるわりには
米国の対中戦略アプローチの資料とか見てない
United States Strategic Approach to the People’s Republic of China
https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2020/05/U.S.-Strategic-Approach-to-The-Peoples-Republic-of-China-Report-5.24v1.pdf
同盟国である米国の考え方を知らないということ
知らないのに対中共同対応するべきだと言う日本人
日本の国家安全保障戦略の資料すら見たことないのでは、、
H25
https://www.cas.go.jp/jp/siryou/131217anzenhoshou/nss-j.pdf
H30
https://www.cas.go.jp/jp/siryou/pdf/h301218hyouka.pdf
日本は海洋国家だからー、こうするべきだーとか
よく理解しないで言ってる人も多い
少なくとも本邦初の国家安全保障戦略がH25に安倍政権で作成され、
そこで海洋国家にふれてるので政府は理解している
対応が十分だとは言ってないですけど
昨日報道されてましたが直近だとベトナムに
ASNARO-2の同型機を円借款で供与で契約成立
実質スパイ衛星を中国の仮想敵国に供与
米国ともシリアスな調整をした上での対応だと思います
長々と何が言いたいかというと、
1、マスコミが信用できないわりにはマスコミに頼る現状を何とかした方が良い
2、マスコミを変えるというアプローチは間違っている
最近とても良いツイートを見つけたのですが、
https://twitter.com/MontTake/status/1264208458976354304
一部引用
もし、何も知らない人に「テレビ局は特◯に乗っ取られているんだよ」と話したとしても、「そんなバカな、ハハハ」となるのが普通の感覚らしい、ところが「最近のテレビ何かおかしくない?」と聞くと少し反応がある
アプローチの違いで何かを変えることが
出来るかもしれない実例だと思うのですけれど
こういうのを論じる方が前向きで健全だと思う次第です
大分前に、娘が通う公立○学校のPTA会長を務めたことがあります。前年度までは比較的平和だったのに、なぜか私の年度は学校が荒廃し、対策に奔走する日々でした。
その中で様々な教師と話をしました。感じたことは、力量に個人差が激しく、常識のレベルの低い人がそこそこいることでした。校長が言うには、教師は文鎮型組織で、管理職の校長・教頭より下は横並びだそうです。新任の教師でも、いきなり同僚から「○○先生」と呼ばれ、上司の指導に相当するものがないのだとか。研修はあります。
教師は、学校を卒業したら学校に戻ってきて、以後は自己研鑽に任せっぱなしということです。学校以外の世間を知りません。そりゃー個人差が激しいわな。
ついでに、「この先生は頼りになるな」と感じる先生は、すぐに教育委員会に異動になります。優秀な先生を現場から取り上げる慣習は無くして頂きたいです。
サラリーマンだって自社しか知らないではないか、どうやって世間を知ったんだ? と自問してみますと、上流部品メーカー、協力工場、販売会社などとのお付き合い(厳しい交渉を含め)や、社外研修などで知る異業種の人々と情報でしょうか。先生方をとやかく言うほど豊富な機会ではないですね。でも他社の似た立場の人々を見て、「この人、世間知らずだな」と感じたことはありません。自分も大丈夫だと思いたいです。
新聞記者には、上司の指導があるはずです。多種多様な業種の人間と数え切れないくらい会ってきたはずです。様々な工場や施設を多数見たはずです。それなのに、何だか記者は世間知らずに見えます。知識量が少なく、ものの考え方が拙く、傲慢です。なぜなのでしょう?
確信はありませんが、多分特権意識が研鑽意欲を衰えさせてしまうのではないか、と今のところ感じております。
更新ありがとうございます。
https://mainichi.jp/articles/20200612/ddm/005/070/064000c
↑この毎日新聞の記事(「失ったものを直視すべきだ」ブログ風社説風 笑)には心底呆れました。もう徹底的に駄目ですね。頭おかしいです。
昔っから「新聞記者」のテレビ、映画、漫画、小説等のイメージは、以下のようです。実際そうなんでしょう。
①朝遅く起きて煙草を吸いながら自社新聞を読む
②他紙を読み抜かれてないか確かめる
③コーヒー飲んでテレビを見る
④昼前に出勤、雑談しながらコーヒーを飲む
⑤知り合いに電話しまくる。
⑥「取材」と言って出かけ、夕方本社に1本電話する。
⑦夜、帰社後、記事を書く。明日の打ち合わせ。清刷りまで見て居酒屋に行く。
⑧深夜、社、差し回しのタクシーで帰る。
まあ、なんと優雅な生活でしょう!コレを20年やってたら、確実にアタマも身体もボロボロになります(笑)。
今時、1流、1.5流の大学出て、記者になろうなんて僅かでしょう。トップレベルの人の就く仕事ではありません。マトモなら汗水流して働く事、考えます。社会人1年生から大企業幹部に会えたりして、勘違いしてる。
テレビの記者、キャスター、アナを目指す人がゾロゾロ居る某首都圏の大学は特別ですが(目立ちたがり?なんかタレントみたい)。
冒頭、情報の信頼性ですが、情報もデザインの良し悪しと同じように、権威主義が大きく関係してくるのではないかと思います。
例えば、池上彰や、山中教授もしくは自分がリスペクトする人が言っていたとしたら、盲目的に信じる人もいると思います。
それは逆に言うと、それらの人は今までの言動が信頼に値するようなものだったからだ、とも思いまして、青木理や鳥越俊太郎だとそうはいかない。
(これも偏見ですね。失礼しました)
さて、最近の毎日新聞は、朝日新聞がまとも見えるくらいひどい内容だと思います。もちろんすべての記事を見ているわけではないですが、、、
なぜこのようになったか考えてみると、以下のような負のスパイラルに陥っているのではないかと思う次第です。
虚偽捏造の記事を掲載する→新聞が売れなくなる(部数が減る)→スポンサーが付かなくなる→外国企業から広告収入を得る→外国企業に忖度した記事を書く→虚偽捏造の記事を掲載する(戻る)
出版社はなかなかつぶれません。なぜかというと、入広(いりこう)とよばれる、他社の広告を掲載することにより、広告収入を得ることで、出版物が1部も売れなくても元を取れる仕組みがあるからです。
(新聞社もそうだと思います)
不動産業をしながら新聞を刷る、恵まれた会社(?)ならまだしも、そういう裏付けがなければ、上記のスパイラルに陥り、今後ますますひどい捏造記事が出てくるのではないかと心配します。
> 外国企業から広告収入を得る
その外国企業がまともな企業なら、紙面に広告が掲載されますよね。読者は例えば、「最近、毎日新聞の広告にはAppleが多いな」などど感じるはずです。広告主は例えば露骨にSamsungでもいいです。私は新聞を購読していないので、どれほど外国企業の広告が掲載されているか判断できませんが、そんなに毎日新聞の広告は、海外企業の比率が高いのでしょうか?
もしあるとすれば、幽霊会社を通じで中国共産党や韓国政府から、広告費名目で工作資金が渡され、会計上も広告費として収入の部に計上され、紙面に広告は載らないというパターンではないでしょうか。
阿野煮鱒様、いつもコメントありがとうございます。
> 中国共産党や韓国政府から、広告費名目で工作資金が渡され、会計上も広告費として収入の部に計上され
はい、私もそう思ってます。
私の悪い癖で、人から聞きかじった程度で憶測で書いてしまって申し訳ないです。エビデンスはありませんが、毎日新聞の最近の露骨な中共・韓国に対する肩入れは、そうでなければ説明できないところまで来ているように思います。
(共同通信は昔からですが・・・)
垂れ流しがやめられなくて、自社サイトにコメント欄もつけられない。
報道側が勝手に先回りして「波紋を呼びそうだ」とか「物議を醸しそうだ」と読者側の思考を妨害するような記事の書き方も増えてます.
今日はこんな記事を見つけました.例によって共同通信です.最終段部分にご注目ください.
「軍艦島で朝鮮人差別存在せず」 政府、元島民の証言を一般公開へ
6/13(土) 18:49配信 共同通信
政府は13日、世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の端島(通称・軍艦島、長崎市)の炭鉱を巡り、戦時徴用された朝鮮半島出身者への差別的対応はなかったとする元島民の証言を一般公開する方針を固めた。
(略)
日本が朝鮮半島を植民地支配していた当時の軍艦島では、多くの朝鮮人労働者が非道な扱いを受けたとされる。政府の取り組みには、こうした定説を「自虐史観」(政府筋)とみて反論する狙いがある。過去の事実を覆い隠し、歴史修正主義を助長するとの批判を招きそうだ。
最終更新:6/13(土) 18:49 共同通信
ごく普通の日本人の常識で言えば、「軍艦島で、多くの朝鮮人労働者が非道な扱いを受けた事実はない」ので、かぎかっこ(「 」)の使い方は
× 政府の取り組みには、こうした定説を「自虐史観」(政府筋)とみて反論する狙いがある。
○ 政府の取り組みには、こうした「定説」を自虐史観(政府筋)とみて反論する狙いがある。
となるはずです.そして当然、
「過去の事実を覆い隠し、歴史修正主義を助長するとの批判」は起こりもしません.
今度は共同が、ガリガリの日本人の写真とか北海道の炭鉱の写真でも使って「軍艦島では、多くの朝鮮人労働者が非道な扱いを受けたとされる」と主張しそうな勢いです.
*共同の報道はヒドイ・・。
まるで、国益を毀損するのが社是のようですね。歴史認識の是正行為がいけないことのように錯覚してしまいそうです。
>過去の事実を覆い隠し、歴史修正主義を助長する
まるで自分たちもやってるのだから日本政府もやるのだろうとの決めつけです。
政府の行動は、覆い隠された過去の事実を掘り起こすためのものではないのですか?
誰から非道な扱いを受けたと主張され、誰から批判を招きかねないのかをハッキリ書いて欲しいですね。
そして、だれからお金をもらって最後の一文を書き添えたのかも・・。
昨今マスメディアの劣化が言われるようになったのは、ネットの発達などによってマスメディア以外の情報ルート、検証ルートが広く共有されるようになったからだという点には異論はありませんが、より根本的な原因としては、自称リベラル性向知識人の著しい知的劣化、頽廃があると考えています。多くのマスメディアは我こそはリベラルなりと自認していますので、マスメディアの劣化は自称リベラル派の知的退廃をそのまま反映したものだと言っても良いのかもしれません。
あくまでも持論ですが、自称リベラル派の知的退廃は、1991年のソ連崩壊に始まると考えています。日本に限りませんが、当時の左翼知識人の多くは「ソ連崩壊」=「ソ連式社会主義という虚飾だらけの幻想の崩壊」に誠実に向き合うことをしませんでした。彼らが依って立つ根本理念であった「社会主義という幻想」を振り返ることもなく、「人権」とか「環境」といった耳障りの良い理念に看板だけをすり替えたのです。これはどう言い繕うとも恥知らずな欺瞞そのものでしかありませんし、当然ながら彼らの全ての言説は非常に薄っぺらなものになります。現在のマスメディアの言説の薄っぺらさは、まさにその反映なのではないでしょうか。
> 1991年のソ連崩壊に始まると考えています。
私も多年、そのように考えてきましたので共感を覚えます。今でも形態的・歴史的にはその通りだと見ています。
しかし私は最近、左翼思想の持ち主は、元々頽廃しており、それを平等だの人権だのの綺麗事で糊塗しているだけの人間のクズだと見做すようになりました。ソ連崩壊は、クズのメッキを剥がすきっかけに過ぎず、元から彼等は邪悪だったのです。
劣化しているのではなく、邪悪な勢力がのさばっていたのに、軍事的・経済的に勢力を維持することが困難になったため後退を続けている状態かと思います。
彼等はハリー・ポッターにおける死喰い人とか、スターウォーズにおけるシスとかです。自分たちの利益しか考えておらず、あまねく人類を幸福にしたいという意欲がありません。
見方を変えると、資本主義にもそういう一面があります。自社さえ儲かれば市場を焼け野原にしても構わないという考え方です。さらには、自社の最終利益を最大化するためには、特定国家に税金を払うことは何としてでも回避したいと目論んでタックスヘイブンを利用します。
以下、長くなるので割愛。一言要約:左翼とは、サイコキラーと、自分さえ良ければ他人がどうなろうと気にしないという利己主義者の複合体です。
蛇足かつ失礼ながら
> 耳障りの良い
「障り」は否定的な表現です。例: 目障り 差し障り
「触り」なら中立的です。例: 手触り、舌触り ただし、接触から受ける感覚を表しており、非接触な聴覚には馴染みにくいという問題があります。
聴覚の場合に「良い」と肯定的に表現するために「耳当たり」という言い回しも現れましたが、違和感を持つ人も多く、現在のところ「耳触り」と書いたところで、万人に納得できる表現には至っていないようです。
ではどうするかと言えば、「聞こえの良い」辺りを使うのが無難かと存じます。
ま、今更手遅れなのは重々承知です。
お説に賛成です。
自称リベラル性向知識人の劣化~ということに対してもやはりそうだと思います。
ただ彼等は、左翼や民族主義者が得意とする煽動工作、それに籠絡され、或いは加担している例が多いことも事実です。
また自らの思想信条に酔い、自己実現のために他者を犠牲にし、真実を歪曲し、ねつ造することも多々あります。
これらのことは、歴史の示すところでもあります。