ADBとAIIBの「役割分担」の時代
昨日は「日本がAIIBに参加するかもしれない」という、一種の「飛ばし報道」について紹介しましたが、麻生副総理が昨日、横浜で行った講演について、本日はもう少し深く読み込むことにしましょう。
目次
AIIBを巡る報道を整理する
横浜会議とAIIB
中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)を巡り、話題が沸騰しているもようです。
インフラで協調模索=「質」は差別化-アジア開銀とAIIB(2017/05/06-17:15付 時事通信より)
昨日の時事通信の報道によると、横浜市で開催されたアジア開発銀行(ADB)の年次総会では6日、ADBに参加する各国閣僚らによる討議が行われたとしつつ、
「ADBはAIIBとの協調を模索する一方、環境面や経済性などインフラの「質」で差別化を図る構え」
だと述べています。
この「ADBとAIIBは協調を模索する」という下りは、おそらく時事通信による分析でしょうが、あながちピント外れともいえません。というのも、アジアでは毎年、莫大なインフラ需要が生じており、ADBの財源だけでは賄いきれないからです。
時事通信の記事によると、ADBが試算した2030年までのアジアのインフラ需要総額は26兆ドル(2900兆円)ですが、AIIB自身が昨年12月の年次総会で公表した予測によれば、2015年から2030年までの15年間で40兆ドルとしています。ADBとAIIBでインフラ需要予測額に違いがあることはともかく、いずれの金額であったとしても、ADBだけでは賄いきれない金額であることは間違いありません。
また、時事通信の記事には、もう一つ、興味深い指摘があります。それは、次の下りです。
「中国の肖捷財政相は6日の総会で、同国が進める巨大プロジェクトであるシルクロード経済圏構想「一帯一路」への協力をADBに要請した。」
これをどう読むべきでしょうか?
財務省ウェブサイトから読む「議長国演説」
そのヒントは、麻生副総理による講演内容にありそうです。幸いなことに、財務省のウェブサイトには、休日であるにもかかわらず、すでに麻生副総理による「議長国演説」が掲載されています。
第50回ADB年次総会 議長国演説(平成29年5月6日 於日本・横浜)(2017年5月6日付 財務省ウェブサイトより)
麻生副総理による「議長国演説」の概要は、次の通りです(図表1)。
図表1 麻生副総理による「議長国演説」
項目 | 概要 | 日本の対応 |
---|---|---|
①インフラ整備 | 今後15年間で26兆ドルと見込まれるインフラ・ニーズに対し、質を重視した調達制度導入を決定したことを歓迎する | ADBが新たに設立した高度技術導入のための信託基金に対し、日本は2年間で4000万ドルを拠出する |
②保健システム強化 | パンデミックや高齢者介護などへの対応の重要性が高まっている | ADBとJICAがアジアにおける保健分野の協力を促進する |
③防災 | ADBには、気候変動対策や災害復興、防災等への支援強化を期待する | 日本は「東南アジア災害リスク保険ファシリティ」設立に向けて取り組むなど、一層の貢献を果たす |
④地域金融協力 | アジア経済が国際的な資本フローに起因するリスクに直面する中、ADBには構造改革支援、他の国際金融機関との協調を期待する | CMIMの機能強化やABMI等による現地通貨使用拡大の促進、さらに最大4兆円規模の新たな円建てBSAの創設など |
実は、ここに日本としての戦略が詰まっています。
どれも非常に重要なものばかりですが、これらの中で特に重要だと私が思う項目は、「④地域金融協力」に関するものです。ただ、これについて議論するには、本日はやや時間が足りません。
そこで、本日はその「前段階」として、麻生副総理の演説について、「裏読み」をしておきましょう。
「質と量での役割分担」の真意
昨日の麻生副総理の発言から、「隠れた狙い」を読み解くためのキー・フレーズは、2つあります。1つは「融資の質の強化」、もう1つは「他の国際金融機関との協調」です。そして、ここに麻生副総理としての「隠れた狙い」が隠されています。
実は、麻生副総理の講演録については、最初から最後まで、隅々まで読んでも、「AIIB」という言葉は出て来ていません。ただ、麻生氏は、「ADB試算では今後15年間で26兆ドルものインフラ投資需要がアジアで発生する」としつつ、次のような点を列挙しています。
- PPP(公的・民間パートナーシップ)等を通じ民間資金の一層の動員に取り組む
- ライフサイクル・コストや環境社会配慮等の面でインフラの質を高める
- インフラの運営に当たっては開放的で、透明で、非排他的なものとして連結性を向上させることが重要
つまり、これを私の言葉で置き換えれば、「公的資金と民間資金を活用しつつ、ADBは質の高い融資に特化する」、ということです。
ADBのバランスシート
ADBのウェブサイトには、2016年12月末時点のADBの総資産・負債に関するデータが掲載されています。ただし、ADBは2017年1月1日時点で、アジア開発基金(ADF)の資産・負債を引き継いでいます。そこで、ここでは便宜上、ADFの資産・負債承継後のバランスシートを概観してみましょう(図表2)。
図表2 ADBのバランスシート(金額:百万ドル)
区分 | 項目 | 金額 |
---|---|---|
資産の部 | 銀行預金 | 661 |
有価証券 | 29,721 | |
政府向け貸出金 | 89,438 | |
(うち、正常債権) | 62,413 | |
(うち、条件緩和) | 27,025 | |
非政府貸出金 | 5,186 | |
デリバティブ資産 | 29,143 | |
その他 | 31,660 | |
資産合計 | 156,666 | |
負債の部 | 負債合計 | 108,640 |
純資産の部 | 資本金 | 6,463 |
準備金 | 42,959 | |
その他 | -1,396 | |
純資産合計 | 48,026 |
(【出所】ADBの財務諸表の8ページ目)
ADBの加盟国は67カ国ですが、このうち、加盟国からの払込による資本金は、65億ドル程度に過ぎません。そして、ADBは融資を行うお金を、債券の形で民間金融機関などから調達しています。ADBの負債総額は1086億ドル(日本円にして12兆円程度)であり、これがトータルで900億ドル(日本円にして約11兆円程度)の莫大なインフラ金融を支えているのです。
ただ、日本円にして12兆円程度の資産規模だと、さすがにADBだけではインフラ金融を担い切ることは難しいのが現状でしょう。そこで、麻生副総理の講演は、いわば、
- ADBは収益性の高い優良案件に特化する
- 収益性が低く、リスクの高い案件はAIIBに押し付ける
という「隠れた意図」(というか「見え見えの意図」)が潜んでいるのです。
ADBの狙い:AIIBとの「役割分担」
ちなみに、つい先日当ウェブサイトでも触れたとおり、AIIBのプロジェクト件数と金額は、2017年4月末時点で次の通りです(図表3)。
図表3 中国主導のAIIBの融資実績
区分 | 件数 | AIIB融資額 |
---|---|---|
承認済プロジェクト | 12件 | 20億ドル |
検討中プロジェクト | 10件 | 15億ドル |
また、AIIBの現時点の参加国は、「加盟する意思を表明し、AIIBに承認された国」を含めて、70カ国です(図表4)。
図表4 AIIBへの参加国一覧(金額:百万ドル)
区分 | 国数 | 出資予定総額 |
---|---|---|
批准済(アジア) | 35カ国 | 72,739.4 |
批准済(非アジア) | 17カ国 | 19,233.4 |
批准未了(アジア) | 7カ国 | ― |
批准未了(非アジア) | 11カ国 | ― |
合計 | 70カ国 | 91,972.8 |
(【出所】AIIBウェブサイト)
ただし、「70カ国が出資した」のではありません。「国内の加入(批准)手続が終了した国」は、現状では52カ国です。
ここで、AIIBとADBを比較しておきましょう(図表5)。
図表5 AIIBとADBの比較
項目 | AIIB | ADB |
---|---|---|
最大出資国と議決権 | 中国(27.8%) | 日本(12.8%) |
それ以外の主要出資国 | インド(8.03%) ロシア(6.33%) ドイツ(4.44%) 韓国(3.75%) | 米国(12.8%) 中国(5.454%) インド(5.363%) 豪州(4.928%) |
融資実績 | 最大20億ドル | 946億ドル |
授権資本 | 920億ドル | 1427億ドル |
払込済資本 | (不明) | 72億ドル |
本部 | 北京 | マニラ |
主要ECAI格付 | なし | AAA |
批准国数 | 52カ国(※) | 67カ国 |
(【出所】AIIBとADBのウェブサイトより著者作成。なお、批准国に加え、「AIIBへの参加意思を示している国」を合計すると、図表4の通り、70カ国となる)
ちなみに、AIIBはバーゼル銀行自己資本比率規制上の「適格外部格付機関」(External Credit Assessment Institutions, ECAI)からの格付も取得していないため、事実上、民間投資家(民間金融機関など)からの資金調達を行うことはできません。つまり、現状では、AIIBが資金調達を目的に債券を発行したとしても、日本など、まともな国の機関投資家がこれらの債券を購入することはできず、したがって、事実上、民間金融機関の資金がAIIBに入ることはありません。
したがって、仮にAIIBで融資の焦げ付きが発生したとしても、中国、インド、ロシア、ドイツ、韓国などの主要出資国が損失を被れば済む話であり、日本の民間投資家には全く関係ないと見て良いでしょう。
新時代の役割分担
高度融資はADBが、高リスク融資はAIIBが担う時代?
以上、ADBとAIIBの客観的なデータを淡々と比較してみましたが、事実関係を改めて列挙するならば、次の通りです。
- 今後15年でアジア太平洋地域では、ADB試算で26兆ドル、AIIB試算で40兆ドルという莫大なインフラ投資需要が発生する
- 現在の融資総額は、ADBが1000億ドル弱、AIIBは承認ベースで20億ドル程度に過ぎない
- 麻生副総理はADBについて、「質の高い融資」にシフトすることを呼び掛けた
- 報道によれば、中国の財相はADBに対し、「一帯一路構想」への協力を要請した
つまり、ここから「裏読み」すると、麻生副総理としては、日本が主導するADBには「高度な融資案件」に特化することを求める一方、それにより融資できなくなる「高リスク案件」「低収益性案件」などについては、中国の「一帯一路構想」に協力するという名目で、中国が主導するAIIBに積極的に「丸投げ」する、というメッセージに聞こえるのです。
早い話が「美味しい案件はADBが、それ以外の案件はAIIBが持っていく」というものでしょう。
逆に、こうしたADB側の「反撃」により、AIIBとしては、ますますECAI格付の取得が難しくなったといえるかもしれません(もっとも、ムーディーズなどの格付業者は、「カネの力」に弱いため、AIIBに対してAaa格付を付与してしまう可能性はゼロではありませんが…)。
日本はAIIBとどうつきあうか?
ところで、昨日も触れたとおり、中国系のメディアは「日本がAIIBに参加するかもしれない」という報道を行っています。
日本政府、中国主導のAIIBや一帯一路への参加を決心した可能性―米華字メディア(2017年5月5日(金) 18時40分付 レコードチャイナより)
レコードチャイナによると、2017年5月4日付で米華字メディア『多維新聞』は、次の2点を理由に、「日本のAIIB入りがかなり現実的」とする記事を掲載したそうです。
- 黒田東彦(はるひこ)日銀総裁が5月2日に、多くの国がAIIBに参加していることは「良いことだ」と述べたことが、日本政府のAIIBに対するかつてないほど前向きな発言であること
- 5月14日に中国・北京で開かれる「一帯一路」サミットに日本特使として出席する予定の二階俊博・自民党幹事長は4月27日、「一帯一路」構想に「最大限協力する」と述べたこと
ただ、記事にも明記されているとおり、「日本のAIIB加入がかなり現実的」との見方は、あくまでも「中国の時事ウォッチャー」によるものです。そして、黒田氏は日銀総裁であり、二階氏は自民党幹事長であり、どちらも「日本政府」ではありません。中国の場合、「中国政府」と「中国人民銀行」と「中国共産党」は事実上、一体ですが、日本の場合、「日本政府」と「日本銀行」と「自由民主党」は全く別の存在です。
私は、この報道については「飛ばし報道」だと思います。そして、日本としてはAIIBへ参加するのは控えるべきだと考えていますし、もし万が一参加するにしても、「出資国」ではなく「オブザーバー」の立場で参加すべきです。また、日本の銀行等の金融機関が国際開発銀行に投資する際の「リスク・ウェイトの優遇措置」についても、現状ではAIIBが対象から除外されていますが、この取り扱いは継続すべきでしょう。
それでも「日本がAIIBに参加するかどうか」という論点については、5月14日に予定されている「一帯一路構想」を巡る国際会議まで、くすぶりそうです。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
読者コメント欄はこのあとに続きます。当ウェブサイトは読者コメントも読みごたえがありますので、ぜひ、ご一読ください。なお、現在、「ランキング」に参加しています。「知的好奇心を刺激される記事だ」と思った方はランキングバナーをクリックしてください。
ツイート @新宿会計士をフォロー
読者コメント一覧
※【重要】ご注意:他サイトの文章の転載は可能な限りお控えください。
やむを得ず他サイトの文章を引用する場合、引用率(引用する文字数の元サイトの文字数に対する比率)は10%以下にしてください。著作権侵害コメントにつきましては、発見次第、削除します。
※現在、ロシア語、中国語、韓国語などによる、ウィルスサイト・ポルノサイトなどへの誘導目的のスパムコメントが激増しており、その関係で、通常の読者コメントも誤って「スパム」に判定される事例が増えています。そのようなコメントは後刻、極力手作業で修正しています。コメントを入力後、反映されない場合でも、少し待ち頂けると幸いです。
※【重要】ご注意:人格攻撃等に関するコメントは禁止です。
当ウェブサイトのポリシーのページなどに再三示していますが、基本的に第三者の人格等を攻撃するようなコメントについては書き込まないでください。今後は警告なしに削除します。なお、コメントにつきましては、これらの注意点を踏まえたうえで、ご自由になさってください。また、コメントにあたって、メールアドレス、URLの入力は必要ありません(メールアドレスは開示されません)。ブログ、ツイッターアカウントなどをお持ちの方は、該当するURLを記載するなど、宣伝にもご活用ください。なお、原則として頂いたコメントには個別に返信いたしませんが、必ず目を通しておりますし、本文で取り上げることもございます。是非、お気軽なコメントを賜りますと幸いです。
コメントを残す
【おしらせ】人生で10冊目の出版をしました
自称元徴用工問題、自称元慰安婦問題、火器管制レーダー照射、天皇陛下侮辱、旭日旗侮辱…。韓国によるわが国に対する不法行為は留まるところを知りませんが、こうしたなか、「韓国の不法行為に基づく責任を、法的・経済的・政治的に追及する手段」を真面目に考察してみました。類書のない議論をお楽しみください。 |
【おしらせ】人生で9冊目の出版をしました
日本経済の姿について、客観的な数字で読んでみました。結論からいえば、日本は財政危機の状況にはありません。むしろ日本が必要としているのは大幅な減税と財政出動、そして国債の大幅な増発です。日本経済復活を考えるうえでの議論のたたき台として、ぜひとも本書をご活用賜りますと幸いです。 |
日本がaiibに入るってバカヒ新聞あたりが飛ばしてそうなガセネタだなwでも日本も1Fあたりが売国媚中だから気をつけないとね。
いつも楽しく愛読しています。成程ですね。AIIBにはADBで扱えないような単純でハイリスクな案件をやらせてADBは高度専門分野に特化するという訳ですね。多分その見立ては正しいと思います。そう言えば産経も「中尾武彦総裁、中国主導のAIIBに対する優位性を強調 「ライバルになる必要はない」」という記事で(http://www.sankei.com/economy/news/170504/ecn1705040011-n2.html)それらしき事を伺わせてますよね。来週二階幹事長が訪中して勝手な事を言わないかだけが心配ですが・・・。
この子よう泣く おとんばいじる♪
おとんはオロオロ オロロンバイ
ぼんがはよ寝りゃあ (おとんは)はよ寝れる
ゴンタは、竹田~島原~五木の替え歌子守歌をよく唄ってました
ちなみに、効き目はあまりありませんでした(泣)
**********************************************************
子守歌といえば、世界的には「Summertime」ですね(そうか?)
なぜか子守歌はマイナースケール(短調)になるの法則発動
頼むから寝てくれ、頼むよぉという親の心情の吐露が自然哀切な音調に?
「赤ん坊をあやして寝かしつける母の子守唄」
http://www.tapthepop.net/song/4448
ちなみに、リンクが切れてるジャニス・ジョプリンはこちら、名曲です
https://www.youtube.com/watch?v=guKoNCQFAFk
ジャニスのじゃ、寝た子起こして泣き叫ばせるCry Babyだけど
http://sakisaki0920.jugem.jp/?eid=137 ***********************************************************
AIIBの日本の顧問といえばあの人ですね
韓国の抗日(自称)の聖地、西大門刑務所跡地でカムドゲザーした鳩山サブレ
謝罪の挙句に「賠償金」10万円自腹で払ったという由紀夫だか友紀夫だか
10憶円じゃなくて10万円・・・ちぇっ!スンシル被告かよ、いや寸志かよ
ほんと、げんなりするなぁこういう売国奴
なまじ自分が正義だと妄想してるところが恐ろしい