円建てBSAの将来性
私は当ウェブサイトに『中韓スワップ失効前夜、日本に助けを求める韓国』を上梓した直後ですが、ここで1つ、重要なニュースを補足しておきたいと思います。それが「円建てBSA」です。
目次
円建てBSAの威力
しれっと出現した、フィリピンとの円建てBSA
週末、財務省のウェブサイトに、極めて重要な報道が出ています。
日=フィリピン間の二国間通貨スワップ取極を改正しました(2017/10/06付 財務省ウェブサイトより)
リンク先の記事は役所が公表するものであり、こちらのウェブサイトにそのまま転載しておきます(※)。
「日本国財務大臣の代理人たる日本銀行とフィリピン中央銀行は、第3次二国間通貨スワップ取極(BSA)をその内容を深化させた上で、延長し、本日改正第3次取極が発効しました。/本取極の交換上限額は、フィリピンが120億米ドル相当、日本が5億米ドルとなります。/今回の改正によって、フィリピンは自国通貨(フィリピン・ペソ)を米ドルに加えて日本円とも交換することが可能となりました。/日本及びフィリピン当局は、こうした金融協力の強化が金融市場の安定の確保に貢献するとともに、中期的に日本円を含むアジア通貨の使用を促し、ひいては拡大する両国間の経済・貿易関係を一層発展させることを期待します。」
※著作権法第32条第2項によると、官庁が公表する文章は、原則として自由に転載可能です。
この報道発表は、「二国間通貨スワップ協定」(Bilateral Currency Swap Agreement, BSA)に関するものです。
ところで、通貨スワップについては、つい先日も『中韓スワップ失効前夜、日本に助けを求める韓国』で取り上げたばかりなのですが、その一方、「専門的過ぎてよくわからない」というお叱りの声も頂いています。
私自身、金融規制の専門家ですが、自身の専門領域については、つい端折って説明してしまうことがあります。
そこで、本日はこのフィリピンとの「円建てBSA」を題材に、改めて外国為替市場の仕組みとスワップの意義について考えてみたいと思います。
ハード・カレンシーとは何か?
コメントでリクエストを頂いた内容が、「なぜ米ドルが大事なのか」、という点です。
考えてみれば、これは確かに不思議なことです。本来ならば米ドルは米国の通貨です。それが、事実上の国際通貨として、世界中で通用しているのです。
一般に、国境を越えて広く通用している通貨のことを、一般に「ハード・カレンシー」と呼びます。
また、ハード・カレンシーの中でも、とくに世界的に通用度が高い通貨を「基軸通貨」と呼ぶこともあります。
現代社会の「基軸通貨」といえば、ダントツで米ドルですが、欧州の共通通貨・ユーロが、虎視眈々と「基軸通貨」の地位を狙っていることは有名な話です。
また、今でこそ米ドルは世界の「基軸通貨」ですが、第二次世界大戦前の基軸通貨といえば、米ドルではなく英ポンドでした。
ただ、英ポンドやユーロ、そして日本円は、「基軸通貨」ではありませんが、米ドルと同様、国外で高い有用度を持っています。私の定義で恐縮ですが、ハード・カレンシーとは、次の通貨のことです。
「その通貨の発行国・発行地域に留まらず、国際的な商取引・資本取引等において広く利用されている通貨であり、為替取引等においても法的・時間的制約が少ないもの」
たとえば、日本の場合、現金を国外に持ち出すのも持ち込むのも自由です(ただし、1人あたり100万円を超える現金などを日本から持ち出したり、日本に持ち込んだりする場合には、税関への申告が必要です)。
しかし、韓国や台湾を含めたアジア諸国の場合、お金を持ち込むのも持ち出すのも、制限があります。たとえば、台湾の場合、入出国時に個人が多額の現金を持ち運びしようとして没収されるケースが相次いでいます。
半日で現金約300万円を没収 「新規定をしっかり覚えて」=台湾の税関(2017/09/08 16:51付 フォーカス台湾より)
もちろん、制限額以上の現金を持参して無申告で入出国することが違法となるのは、多くの先進国でも同じですし、違法行為をしていないという自信があれば、堂々と申告すれば良いだけの話です。
しかし、アジア諸国の場合は、こうした資本規制は、日本と比べて遥かに厳しく適用されています。
韓国や台湾の場合、外貨を自国に持ち込んで自国通貨に両替した場合、それを外貨に再両替し、国外に持ち出すのが困難です。
そして、韓国や台湾を含めた多くのアジア諸国では、自分の国の通貨が国外に出ていくことに、神経をすり減らしています。とくに中国の場合は、名目GDPこそ世界で第2位の大国になりましたが、現実には資本流出リスクにおびえている国でもあります。
翻って日本の場合は、多額の現金の持出には申告が義務付けられているものの、禁止はされていません。これが、「ハード・カレンシー国」とそれ以外の国の最大の違いです。
通貨の信用度と通貨危機
考えてみれば、通貨とは不思議な存在です。
金額が書き込まれただけの紙であるにも関わらず、人々が有難がるからです。
日本国内だと、「日本銀行券・1万円」と書かれた紙片を相手に渡せば、1万円の値札が付いた商品が手に入ります。「100万円」という借用書があった場合、「日本銀行券・1万円」と書かれた紙片を100枚渡せば、それで借金を返したことになります。
これを専門用語で、「決済のファイナリティ」と呼びます。
つまり、通貨には、それを授受すれば債権債務が消滅するという機能があるのです。
そして、通貨が「決済のファイナリティ」を持つためには、人々がその通貨を「価値があるものだ」と信頼していることが必要です。
つまり、その通貨の「実力」とは、人々が自分の国の通貨をどの程度信用しているかという観点から定義されるのです。
残念ながら、アジア諸国の通貨は、それほど高く信頼されていません。その証拠が、先日の「仮想通貨騒動」でしょう。
たとえば、中国の人民の場合、自分たちの通貨・人民元よりも、日本円や米ドルを好みます。仮想通貨の「ビットコイン」が中国で広く取引されていたのは、人々が人民元を嫌っていた証拠でしょう。実際、中国では先月、最大手のビットコインの取引所が取引停止に追い込まれました。
中国のビットコイン取引所が取引停止へ 規制強まるなか(2017年09月15日付 BBC日本語版より)
私の見方で恐縮ですが、この規制の背景には、中国当局が資本流出を恐れていることがあると考えられます。
中国国内で人々が人民元をビットコインに替え、そのビットコインを海外で米ドルや日本円に両替すれば、実質的に規制をかいくぐって人民元を国外に持ち出すことができてしまいます。
中国共産党がビットコインなどの仮想通貨に対する規制を強めているのは、最終的には資本流出を規制するためなのでしょう。
通貨の3大機能
さて、通貨には3つの機能があります。それは、
- 価値の測定尺度
- 交換・決済機能
- 価値の保存機能
です。
このうち、「価値の測定尺度」とは、「財貨・サービスを同じ金額単位で表示する機能」です。
たとえば、「ダイコン1本がニンジン2本分だ」とすれば、ダイコン農家の人が、自分が作ったダイコン1本をニンジン農家に持ち込めば、ニンジン2本と交換してもらえるということです。
しかし、これではいかにも不便です。
そこで、「ダイコン1本100円」、「ニンジン1本50円」と表現すれば、1000円札を持って行けば、ダイコンなら10本、ニンジンなら20本買うことができる、と、平易に理解することができるのです。
この「価値の測定尺度」は、どんな通貨にも備わっています。極端な話、米ドルであろうが、ジンバブエ・ドルであろうが、北朝鮮ウォンであろうが、全く同じです。
しかし、ほかの2つの機能は、ハード・カレンシーとそれ以外の通貨では根本的に異なります。
まず、「交換・決済機能」とは、「いつでも必要なものを必要な時点で必要なだけ購入する」機能です。経済が崩壊した北朝鮮やジンバブエ、あるいはベネズエラでは、自分の国の通貨をお店に持ち込んでも、商品自体が店に並んでいなかったり、あるいはお金を積んでも商品を買うことができなかったりします。
中国の通貨・人民元や韓国の通貨・韓国ウォンの場合、少なくとも経済は崩壊していませんから、自分の国の通貨を持って行けば、自分の国の中では、商品を買うことができます。しかし、自分の国の通貨は国外で通用していませんから、たとえば人民元や韓国ウォンを日本の商店で使おうとしても、受け取りを拒絶されます。
これに対し、米ドルの場合は、多くの国で、自国通貨と同じくらい、通用します。また、アジア諸国では日本円をそのまま受け取ってくれる商店もあるなど、ハード・カレンシーは自国外でも通用するケースが多いのです。
さらに、「価値の保存機能」とは、ひらたくいえば貯金のことです。専門的には「勤労・事業等により得た富を保存・貯蓄する機能」と定義されますが、せっかく働いてお金を貯めたとしても、インフレで価値がゼロになってしまっては意味がありません。
一般に、インフレが激しい発展途上国では、お金を手に入れても、すぐに土地や家電、自動車などの商品と交換する方が良いとされています。あるいは、韓国では「タンス預金」を自国通貨ではなく、日本円や米ドルの現金で貯め込んでいる家庭も多いようです。
イラクの元大統領であるサダム・フセインが2003年12月13日に米軍に身柄を拘束された際、自国通貨ではなく米ドルの現金を持参していたという話もあります。独裁者が自分の国の通貨ではなく、「敵国」の通貨を持っていたというのは、皮肉というほかありません。
円の国際化という夢
BSAの2種類①自国通貨建てBSA
さて、冒頭で出てきた「BSA」、つまり二ヵ国間通貨スワップ協定とは、金融規制の専門家ではない人からみれば、非常に不思議な協定に見えます。
というのも、自分の国で通貨を「刷る」ことができるのですから、
「国が借金を返せなくなった場合には、中央銀行にお金を刷らせて返せば良いのではないか?」
と単純に考えてしまうからです。
実は、ここでもう1つ重要な点があります。それは、自分の国の通貨は自分の国の中央銀行が好きに刷ることができる一方、外国の通貨を好きに刷ることはできないからです。
全世界で米ドルを刷ることができるのは米国の中央銀行であるFRB(と北朝鮮)だけであり、そのほかの国が米ドルを手に入れるためには、為替市場で両替するしかありません。
ただし、先進国(ただしくいえば6つの中央銀行)は、お互いの通貨を無制限に融通し合うことができます。これが「為替スワップ」です。日本銀行が締結している為替スワップは、現時点で7つ存在します(図表1)。
図表1 為替スワップとは?
締結相手と通貨 | 上限金額 | 期限 |
---|---|---|
米FRB・米ドル | 無制限 | 無制限 |
ECB・ユーロ | 無制限 | 無制限 |
英BOE・英ポンド | 無制限 | 無制限 |
カナダ銀行・加ドル | 無制限 | 無制限 |
SNB・スイスフラン | 無制限 | 無制限 |
豪州中央銀行・豪ドル | 200豪ドル/1.6兆円 | 2019年3月17日 |
MAS・星ドル | 150億星ドル/1.1兆円 | 2019年11月29日 |
(【出所】日本銀行『海外中銀との協力』)
つまり、日本の場合、日銀が米FRB(正しくいえばニューヨーク連銀)との間で、円を担保に、無制限にドルを借り入れることができ、借り入れたドルはドル供給オペで民間金融機関に提供されます。
つまり、もともとのBSAとは、「自分の国の通貨」と「相手国の通貨」を交換する取引なのです。
BSAの2種類②ドル建てBSA
ただ、日本がアジアの発展途上国と締結しているスワップの多くは、米ドル建てのBSAです(図表2)。
図表2 日本がアジア諸国と締結するBSA(未発効分含む)
相手国 | 契約条件 | 当初契約日 |
---|---|---|
インドネシア | 日→尼 227.6億米ドル | 2013年12月12日 |
フィリピン | 日→比 120億米ドル 比→日 5億米ドル | 2014年10月6日 |
シンガポール | 日→星 30億米ドル 星→日 10億米ドル | 2015年5月21日 |
タイ | 日→泰 30億ドル 泰→日 30億ドル | 2017年5月5日 |
マレーシア | 日→馬 30億ドル 馬→日 30億ドル | (未発効) |
(【出所】財務省ウェブサイト『アジア諸国との二国間通貨スワップ取極』などを参考に著者作成)
これらのBSAは、インドネシアに対するものを除き、すべて双方向のスワップです。
フィリピンを例に挙げて説明すれば、フィリピンが要請した時に、日本がフィリピンに対し、フィリピン・ペソを担保に、最大120億ドル相当の「米ドル」を提供するという契約です。
これは、考えてみれば変な話です。日本は米ドルの国ではないからです。しかし、日本が締結するBSAは、基本的にすべて、「相手国通貨と米ドルの交換取引」です。
現実には、日本の財務省が管轄する、100兆円を超える外貨準備から貸し出すことになる考えられますが、逆にいえば、日本政府か日本銀行が外国に提供しているBSAに相当する米ドルを所持していなければならない、ということです。
これだと、せっかく世界最強のポテンシャルを持つ日本円という通貨を持ちながら、日本が円の国際化を行うチャンスがなくなります。
円建てBSAを普及させるべき
今回の財務省によるプレス・リリースによれば、フィリピンとの通貨スワップ協定については、フィリピンが要請した時のスワップの提供通貨に、日本円が加わったのです。
いままでの日本円建てのスワップ取引は、図表1に示した、日本と他の先進国中央銀行との間における自国通貨同士の交換取引(為替スワップ)しかありませんでした。それが、今回の財務省の決定により、フィリピンとの間で、円建てBSAに道が開かれたのです。
この決定について、私は心の底から歓迎したいと思います。
また、日本は憲法第9条第2項により、国家の安全保障を確保するうえで、戦争を伴う自衛権の行使を禁止されている国でもあります。そして、現状で軍事力による日本の安全の確保が難しいのであれば、それ以外の自衛手段を活用しなければなりません。
金融は、その手っ取り早い手段です。
諸外国の外貨準備を補完する意味で、日本円建てのBSAを推進すべきでしょう。とりあえずはアジア諸国(とくにASEAN諸国)から始め、世界中に広めていくのが正しい戦略ではないでしょうか?
BSAの相手国は選びましょうね
ただし、BSA自体は非常に有効な外交手段ではありますが、それと同時に、日本にとって「意味のある国」と締結すべきです。
図表1、図表2で確認したとおり、現時点で日本が締結しているスワップ協定(協議中含む)は、先進国7ヵ国の中央銀行と、アジア5ヵ国(ただしマレーシアについては未発効)です。シンガポールの場合は為替スワップと米ドル建てBSAの2本建てですが、それ以外の中央銀行については、いずれも日本にとって重要な協定ばかりであり、大切にすべきでしょう。
しかし、一昨日に『中韓スワップ失効前夜、日本に助けを求める韓国』で指摘したとおり、これからわが国に対し、猛烈にアプローチをかけて来ると想定できる国があります。それがどこかは敢えて指摘しませんが(※というかタイトルを見ればわかりますが笑)、自国通貨建てであれ米ドル建てであれ、BSAは日本にとって外国に対する信用リスクを負いかねません。
日本にとって重要な国と、そうでない国とは、軍事的理由と経済的理由から決定すべきであり、いずれかの理由で重要な国とは、リスクを取ってでもBSAを締結すべきでしょう。しかし、そうでなければ、BSAを締結すべきではありません。
その鉄則を、日本政府には忘れないでいただきたいと思います。
【補論】外交をどう進めるか?
さて、一昨日の『中韓スワップ失効前夜、日本に助けを求める韓国』の末尾でも主張しましたが、日本の外交は、「表向きは」善隣友好を趣旨とすべきです。
最近の中国は日本の領土・領海を侵略する意図を隠しもしませんが、このような国には毅然と立ち向かう必要があることは間違いありません。しかし、中国が国際法を守り、国際社会とともに生きることを選択するならば、日本は中国とも善隣友好を進めるべきでしょう。
また、韓国やロシアとも、善隣外交が基本であるべきです。両国は日本の領土を侵略し、平然と居座っている無法国家ですが、それでも、あくまでも善隣外交の精神に従い、領土問題を巡っても対話による解決を図るべきでしょう。
しかし、それらはあくまでも「表向きは」、という前提条件が付きます。
日本が「善隣外交」によらざるを得ない最大の理由とは、いうまでもなく、憲法第9条第2項の存在です。戦争を通じた自衛権の行使が禁止されている以上、敵対国を増やさないことが、日本にとっての制約だからです。
ということは、日本が全力で行わねばならないことは、「表向きの」善隣外交という姿勢を崩さず、水面下で日本に仇なす国家を誅することです。つまり、韓国ともロシアとも、「表向きは」善隣外交を勧めつつも、水面下では両国を軍事的・経済的に支援せず、むしろ破綻しそうになったとしても積極的に助けず、関わらないことが重要です。
ロシアに対しては、北方領土の共同経済活動などを進め、平和裏に日本人の経済活動を根付かせつつ、原油価格下落で苦しむロシア経済には決定的な支援を与えないという付き合い方が考えられます。
また、韓国に対しても、慰安婦問題などを巡る日本に対する侮辱を止めるように勧告しつつ、BSAをチラつかせ、結局は韓国経済が外貨不足で破綻しそうになってもBSAを与えないという対応が考えられます。
いずれにせよ、BSAは非常に有効な外交ツールになり得ます。私は有権者の1人として、日本政府には、これらのツールを有効かつ賢明に活用して頂きたいと思います。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
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日本経済の実力はレートに現れているのでしょうか
>全世界で米ドルを刷ることができるのは米国の中央銀行であるFRB(と北朝鮮)だけ
しれっとぶっこんだギャグにクスッとしました。