国同士の友好関係
本日は、人間関係の「友人」について議論することを通じて、「国同士の関係」について考察してみたいと思います。誰だって、ウソをついてまで自分のことを貶める人と仲良くしたいとは思いません。国同士の関係であったとしても、それは全く同じではないでしょうか?
目次
人間関係様々
「友人」とは?
当ウェブサイトは「独立系ビジネス評論サイト」と名乗っていますが、本日は、当ウェブサイトとしてはやや異例な話からスタートしましょう。それは、「友人の定義」です。
「友人」、あるいはもっと砕けた言葉で「友だち」といえば、皆様は何を想像されるでしょうか?この単語を聞けば、日常生活で親交を深めている「友人」「お友だち」の顔が思い浮かぶ、という方もいらっしゃるでしょう。
あくまでも私の理解ですが、「友人」とは、「仲が良い他人」のことです。相手と一緒に遊びに行ったり、飲みに行ったり、旅行に行ったりすることもありますし、中には仲良しのあまり、「一緒にビジネスを始める」という場合もあるでしょう。
私自身にも学生時代から現在に至るまで、複数の「友人」がいます。彼らのうち、今でも親交が続いている人たちは、「仲が良い他人」です。自分の悩みを聞いてもらったり、逆に相手の悩みを聞いてあげたりすることもありますし(※最近では専ら「聞き役」ですが…)、あるいは一緒に飲みに行くこともあります(※最近は子供優先の生活であるため、なかなか飲みには行けないのですが…)。さらに、独身時代は仲の良い友人と一緒に旅行に出かけることもありました(※妻子がいる現在では考えられない話ですが…)。
ただ、あくまでも私の経験上、「友人」には「越えてはならない一線」があるように思えます。たとえば、「お金の貸し借り」はやらない方が良いでしょう。それだけで友人関係が壊れてしまう可能性があるからです。同じ意味で、どんなに仲が良くても、「一緒にビジネスを起こす」ための条件としては不十分です。私の周囲の起業家を眺めていても、「仲が良いだけの友人と一緒にビジネスを起こした人」の9割方は、途中で仲違いしてしまっています。
つまり、あくまでも私の定義で恐縮ですが、友人とは、「仲が良く、一線を越えない他人」のことです。
ビジネス・パートナー、先輩/後輩など
もちろん、人間関係は様々ですから、「友人同士がさらに緊密な関係になる場合」や、「対等な関係ではないが深い関係になる」という事例も考えられます。たとえば、ビジネス・パートナーの場合や、「先輩/後輩」という場合が、これに当たります。
このうち、ビジネス・パートナーの場合、単なる友人関係以上に、明確な役割分担が必要です。また、私の経験では、ビジネス・パートナーとなる場合、単に仲が良いだけでなく、経済観念が一致しているとか、事業方針・事業理念を共有することができるとか、そういった要素も必要です。私自身、公認会計士ですので、「監査法人を退職した公認会計士が、友人の公認会計士と一緒に何らかの会社を立ち上げた」という事例については、山ほど存じ上げています。その多くのケースでは、早ければ1ヵ月、遅くとも1年以内に、仲違いして別れてしまっています。
関係者から話を聞くと、圧倒的に多くの場合は、「俺の方がたくさん仕事を取ってきたのに、あいつの取り分の方が多い」といった、「カネにまつわる話」で行き詰っているようです。あるいは、役割分担が不明確で、会社の雑務を一手に引き受けるうちにストレスが溜まって行き詰るケースや、中には「単なる友人のときは性格が合うと思っていたが、一緒にビジネスをしてみると、何かウマが合わないと感じるようになった」という事例まであるようです。
また、中には「共通の趣味」で知り合いになり、親交を深めているというケースもあるようです。これも、「たかが趣味」と侮るなかれ、「何か共通の目的で一緒に活動する」という意味では、実は「ビジネス・パートナー」と全く同じです。
一方、友人関係の中には、「対等な友人関係」ではなく、「先輩/後輩」という関係で、「上下関係」が存在し続ける場合もあります。学校や職場の先輩・後輩、上司・部下という関係が続いていくような事例がその典型例です。
私も以前の職場で尊敬できる上司や学生時代の恩師とは親交が続いていますし、ある機会で知り合いになった若者(といってももう30代前半ですが…)を今でも可愛がっています。「人生の先輩/後輩」という関係だと、当事者同士、お互いに「上下関係がある」ということを明確に認識しながらお付き合いできるので、却ってやりやすいのかもしれません。ただし、この場合には「下の立場」にある人間が、「上の立場」にある人間に対し、何らかの敬意を抱いている、ということが前提となるでしょう。
利害による人間関係:職場と家族と「嫁・姑問題」
以上、友人関係には、「単なる友人」なのか、「ビジネス・パートナー」なのか、「先輩/後輩」なのか、様々な関係があることは間違いありません。ただ、共通しているのは、「自発的におつきあいをしている」、という点です。
一方、人間関係ですから、中には「好き嫌い」ではなく「利害」による人間関係が必要となることもあります。いわば、「どうしてもウマが合わない相手」とうまくおつきあいしなければならないのです。その典型的な事例は、職場と家庭にあります。
まず、職場の人間関係です。日本の場合、とくに大企業に勤めていれば、自分の意思と関係なく、部署に配属させられることがあります。「自分は営業がやりたいのに経理部に配属された!」「もっとクリエイティブな仕事がやりたいのに庶務課に配属された!」といった不満を持つ人もいるはずです。そして、職場では、「自分とウマが合わない上司」にぶちあたることもあります。
ただ、このような場合であっても、「仕事だ」と割り切って、我慢して勤めるという人も多いでしょう。職場では、仮に「ウマが合わない上司」(あるいは逆に「ウマが合わない部下」)や「ウマが合わない同僚」がいたとしても、一緒に過ごすしかありません。
これと同様、たとえば結婚した場合でも、結婚相手の親や親族などに「ウマが合わない人」がいることがあります。この場合も、結婚生活を維持するためには、ある程度は我慢してお付き合いしなければならないこともあるでしょう。
先日、『赤化統一まっしぐら?「嫁姑問題」と韓国』という記事の中で、ある年配女性が、息子と結婚した相手に執拗な嫌がらせをしたというエピソードを紹介しました。私が存じ上げている事例では、この女性は「嫁のことは大嫌いだが、それでも嫁は我が家に嫁いできたのだから、私に尽くすべきだ」などと、理不尽かつ非常識な主張をしていたのですが、これなども「嫌いな相手と人間関係を構築する例」といえるでしょう。
まとめ:人間関係の類型
以上の議論をまとめますと、人間関係には、大きく分けて
- お互いの意思で仲良くなるケース
- 自分の意思と関係なく付き合わなければならないケース
があります。この点に異論はないと思います。そして、「友人同士、どうつきあえば良いか?」「職場の人間関係をどう構築していけば良いか?」「嫁姑問題をどう解決していくべきか?」などは、それだけで本が何冊も執筆できるほどのテーマでもあります。したがって、本日はこれ以上、こうした論点を議論するつもりはありません。
人間関係を国家関係に敷衍する
日本という国の成り立ち
さて、「人間関係」と同じ議論は、国同士でも成立するのでしょうか?
結論からいえば、国であっても「人の集合体」である以上、人間関係と同じような議論は成立します。ただし、国レベルでは、要素が複雑に絡まり合いますので、「仲が良いから国家を統一しよう!」、「仲が悪いから断交してしまえ!」といった単純な議論は成り立ちません。
国を規定するのは、その国が長年培ってきた文化や言語、あるいは宗教であり、さらに「価値観」です。
あくまでも私の理解ですが、日本という国は、「古事記」「日本書紀」によれば神代に成立し、現在の天皇家は神話から連なる系譜として現代に続いています。これが、日本と諸外国との最大の違いでしょう。
日本にはアイヌなどの少数民族もいるため、「単一民族国家だ」と断言するつもりはありませんが、それでも日本は「日本国の領土」と「日本語が通じる範囲」、「日本人としてのアイデンティティを共有する人々の居住する地域」がぴたりと一致している、世界でも数少ない国です。
そして、日本には、愚直でウソをつかず、まじめに自己研鑽に励む人が多いと思います(残念ながらそうではない人もいますが…)。私も以前『私の教育の「4つの方針」』の中で、わが子には「ウソをつかない」「困っている人を助ける」「ルールを守る」「勉強をする」ことを教え込むと宣言しましたが、これに対してはコメント欄やメールで多数のご賛同を頂きました。これが日本人の「民度」であると思います。
近代国家としての骨格を整えた国
そして、もう一つの特徴は、日本は「近代化に成功した国家である」、という点です。
私は、「日本国憲法」の精神については「自由主義」「民主主義」「基本的人権の尊重」「平和主義」「法治主義」の5つの主義に集約されると考えています。日本人としての心をもちながらも、世界で通用する普遍的な価値観であるこれらの主義を兼ね備えていることは、奇跡的なことであり、誇って良いでしょう。
そして、日本が外国と友誼を結ぶ際、「日本文化」という共通の基盤はありませんが、「自由・民主・人権・平和・法治」という5つの主義に関しては、間違いなく共有できる相手は多々あります。というよりも、これら5つの主義は、宗教・民族の違いを越えて、世界中が仲良くするための人類の知恵だと思います。現に日本は、米国・カナダや英国、欧州連合(EU)諸国、豪州、ニュージーランドなどと手を携え、深い友好と信頼関係を構築することに成功していますし、ASEAN諸国をはじめとする多くのアジア諸国からも深い尊敬を得ています。
私は、日本が愚直で正直に、「法治主義」を実践し、約束を守り、困っている外国を助け、ウソをつかず、自己研鑽を続ける国であることが、今日の繁栄の基礎にあると考えています。
もちろん、私は無条件に「日本は素晴らしい」などと礼賛(らいさん)するつもりはありません。たとえば、日本人は正直すぎて、いつも悪意のある隣国(どことは申し上げませんが)に騙されてばかりいます。その意味で、日本人はもう少ししたたかになるべきでしょう。
ただ、私が申し上げたいことは、日本が
- ウソをつかず、愚直に努力することを無条件に良いことだとする文化を持っていること、
- 日本の良さを維持したまま、「自由・民主・平和・人権・法治」という主義を実践していること、
の2点については、世界に誇って良いことだ、ということです。
国家間で「友好関係」は成り立つのか?
実は、各種調査でも判明している通り、日本は世界でも最も「友人」が多い国です。
なぜか最近は公表されなくなりましたが、英BBCが2015年まで公表していた「世界影響度調査」では、日本は「世界に良い影響を与えている国」の上位の常連国でした(1位となったこともあります)。また、わが国の外務省や外国のNGOなどが実施する調査でも、中韓両国を除けば、多くの国で日本に対する好感度は極めて高いことがわかります。
考えてみれば当たり前のことかもしれません。日本では幼少期から、「正直者が良い」「他人を騙すのはけしからん」と教え込まれますし、近代国家としての価値観を備え、実践し、世界3位のGDPを誇る経済大国でもあるからです。そして、巨額のODAを支出し、アジア開発銀行(ADB)をはじめとする多数の国際開発銀行(MDB)にも巨額の出資をしています。
「性格が良くて支援をしてくれる国」「自分と共通の価値を持つ国」が、嫌われるはずなどありません。その意味で、私は人間関係が国同士での友好関係においても応用できると考えています。
外交とは友好関係ではなく利害関係
ただ、私は「地球人として世界中の人と仲良くしましょう」という「お花畑的な主張」がしたくて、この記事を執筆している訳ではありません。「正直者は多くの人に好かれる」という点は間違いありませんが、やはり国同士の関係にも、人間関係と同様、「利害関係」が成り立つからです。
私の持論ですが、外交の目的には、究極的には
- 軍事的安全
- 経済的繁栄
の2つしかありません。
当然、この2つの目的に合致するならば、どんな嫌な国とであっても我慢してお付き合いをしていかなければなりません。
一昔前の日本では、「これからは中国の時代だ!」とばかりに、日本経済新聞を初めとするメディアが猛烈に対中投資を煽ったためでしょうか、結果的に中国との外交・経済関係を深めてきました。これが「価値観を共有しない国との、経済的繁栄を目的とした外交関係」の典型例でしょう(ただし、私は「これからは中国の時代だ!」とする考え方には賛同しませんが…)。
また、韓国との間でも、それとも「防共の砦」としての地政学的な重要性を理由に、「日韓友好論」が盛んに唱えられて来ました。これは「価値観を共有しない国との、軍事的安全を目的とした外交関係」です。
韓国との関係については、もう一つ、私たち日本人には反省しなければならない点があります。それは、韓国があまりにも「過去の問題」を主張するためでしょうか、日本が「過去の負い目」もあり、あまりにも韓国を「特別扱い」してきたという側面がある、という点です。
これは「友人」のやることではない!
日韓両国は基本的な価値観を共有していない!
韓国は中国と異なり、表面上は、「自由・民主・人権・平和・法治」という価値を日本と共有しているかのように見えます。しかし、実態は全く異なります。「従軍慰安婦問題」という、全くのウソの問題を巡り、日本大使館や釜山の日本総領事館前に日本を侮辱する目的の銅像を建立したことが象徴的ですが、韓国国民は、あきらかに悪意を持って日本を貶めようとしているからです。
さて、冷静に考えてみましょう。
私たちの日常生活でも、ある人物から「あなたの祖先は私の祖先を侮辱した!」と声高に批判されているとします。その人は友人でしょうか?
これは全く違います。そもそも友人であれば、自分のことを公然と批判したりしないはずであり、これは万国共通です。
そして、この人物が言う、「あなたの祖先は私の祖先を侮辱した!」というのが事実であったとすれば、いちど謝れば済む話です。しかし、あなたはこの人物に対し、きちんと謝罪し、賠償まで済ませたのに、それでも「まだ謝罪が足りない!」「まだ賠償が足りない!」「まだ反省が足りない!」と責め立てて来るとしたら、あなたはそんな人物と付き合いたいと思いますか?
あまつさえ、「あなたの祖先は私の祖先を侮辱した!」という苦情が、その人物の「捏造」だったとしたら、そんな人物には、もはやあなたの「友人」としての資格すらありません。
利害関係によるお付き合いは可能か?
ただ、私がこのように主張すると、必ずこういう反論が来ます。
「そうは言っても朝鮮半島は地政学的に日本に近く、いやいやでも協力し合わなければならない」。
このご指摘は、一見するとごもっともです。そして、確かに韓国が日本の敵対国(中国やロシア)と軍事同盟を結ぼうものなら、あるいは韓国が北朝鮮に「赤化統一」でもされようものなら、対馬海峡が「最前線」となってしまい、軍事的には大きな脅威が発生してしまいます。
憲法第9条第2項の制約のもとで、できるだけ周辺に「敵」を作らないようにしなければならない日本にとっては、まさに「余計な敵国を作る余裕などない」のであり、その意味では、「短期的には」日本は韓国と「利害関係に基づくお付き合い」を続けなければならないのです。
しかし、この議論には、一つ、重大な「穴」があります。それは、
「日本にあらゆる武力行使を禁じた憲法第9条第2項を撤廃しない」
という前提条件が、勝手に付されているのです。逆にいえば、日本が韓国とも無理やり仲良くしなければならない「諸悪の根源」が、この「憲法第9条第2項」という「殺人憲法」にあるのです。
話にならない相手とはお付き合いを謝絶するのは当然
人間関係でも、仕事や家庭の都合で、どうしても「ウマが合わない人間」と付き合わなければならないことがありますが、国同士でも、「慰安婦問題というウソをついてまで日本を侮辱する韓国」とうまく付き合わなければならないのでしょうか?
これについては、冷静に考えてみる必要があります。たとえば、職場であまりにも理不尽な上司がいたとすれば、その上司自身がいずれ会社から追放されるか、その上司についていけなくなった部下が相次いで離職するか、その上司をそのポジションに居続けさせる会社が傾くか、そのいずれかが発生します。また、嫁に対し、あまりにも理不尽な姑は、息子が嫁から離婚されてしまうか、息子夫妻から絶縁されてしまうでしょう。
国家間の関係でもこれと全く同じです。
今は憲法第9条第2項の制約があって、日韓関係を終焉させることは困難です。しかし、日本人が賢明なら、日本人はやがて憲法第9条第2項を、自力で削除するでしょう(ついでに「慰安婦問題」を捏造した朝日新聞社も、日本国民から「不買」という経済制裁を食らって倒産するでしょう)。
そのうえで、日本国民一人ひとりが、対馬海峡を「最前線」とする覚悟ができれば、「利害関係」に基づく不健全な日韓関係を終わらせることができるはずです。
日本人よ、覚悟を持て!
ただし、そのためには私たち日本国民にも、相応の「覚悟」が求められます。軍事費の増大、対馬海峡の緊張の激化、韓国人観光客の急減、対韓貿易黒字の消滅など、軍事面、経済面において、日本国民の負担は増えます。
しかし、それでも私は申し上げたいのです。「日本人よ、覚悟を持て」と。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
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、侮蔑、タカリ、騙し、恫喝、パクる、盗む南鮮は友好国ではありません。文が舵取りを左に切って、統一朝鮮やキンペイのしもべになろうが関わらない。釜山まで赤化した時を考え、対馬、壱岐は島民には気の毒ですが『不沈空母』化しましょう。経済的な打撃は有りますが、それも踏まえた上、今時メイドインコリアなんてあまり聞きません。ところで米国はどう思ってるのか。日韓上手くやれ、と慰安婦問題を解消させてギクシャク感を無くそうとしたが、失敗しました。馬韓国を失っても本当にいいのか、ハ
ラの中を知りたいですね。日本は進むべき道にブレはありません。
国連拷問禁止委、日韓合意の見直し勧告 慰安婦問題で(朝日新聞)
http://www.asahi.com/articles/ASK5F1SKYK5FUHBI001.html
国連の拷問禁止委員会は12日、2015年12月の慰安婦問題をめぐる日韓合意について「(韓国は)見直すべきだ」とする勧告を含む、韓国に対する「最終見解」を公表した
合意は元慰安婦に対して、名誉回復策や再発防止策を含む救済措置や賠償の提供を「し損なっている」と「懸念」を表明。それらを実現するために、韓国は「韓日合意を見直すべきだ」と勧告した
そもそも朝日の「捏造」した慰安婦問題だろうに
よくもまあ、こんな記事をシレっと書けるもんだわ
拷問禁止?(朝日的には「拷問」したことになってるんかい?)
名誉回復?(高給売春婦の名誉なんか知らんわ)
再発防止?(今だって海外に遠征売春してさんざん捕まってるがな)
救済措置や賠償?(なんですかそれ?)
いやいや、日本軍が強制連行した性奴隷の従軍慰安婦
あれは、私ども朝日新聞の虚報でした
実際は単なる高給取りの売春婦でした、ごめんなさい
まずはきちんとそう伝えろよな朝日
日本政府もね、生半可な合意するからいつまでたってもこうなんだよ
冒頭の「友人とは」~「人間関係の類型」は、ハッキリ言って要らない(無駄な作文レベルで、読者をバカにした駄文)だとの感想。
こう言うブログに立ち寄る読者は、貴殿が主張する「普通の人なら」理解している事で有り、理解出来ずに貴殿の駄文に「勉強になった」と感じるレベルなら、ここへ来る前に「と「道徳」から学習する必要がある。
〔会計士の政経論〕とタイトルしたブログに眼を留め立ち寄って、無駄に使った時間や浪費した通信パケットは、私の損害に終った。〔会計士の政経論〕ならもう少し中身を考慮するべきかとの感想です。
(大学で物理学を専攻)した私でさえ、「読者をバカにしてんのか👊」と思える駄文に、本当に会計士?
と疑問視してしまう程の作文に抗議をこめて。
九州のとある旧家の末裔 様
コメントならびに貴重なご意見を賜り、ありがとうございます。
誠に恐れ入りますが、今回のコメントでは、メールアドレスを「URL欄」に入力されていたようです。個人情報保護の観点から、当方にてメールアドレスのみ、非公開処理とさせていただきました。
ご入力いただいた内容については一切改変しておりませんのでご安心ください。
なお、当ウェブサイトのコメント欄は、どなたでもご自由に、かつ、お気軽にご入力いただけるよう、お名前、メールアドレス、URL等は入力必須項目とはしておりません。また、当ウェブサイトではコメントの「承認制」を採用しておりません。
引き続きお気軽に、また、ご忌憚のないご意見を賜りますよう、重ねてお願い申し上げます。
新宿会計士
うん。はっきり言って貴方の目は節穴だと思います。私もここの管理人さんが本当に会計士さんなのかと思うことがありますが、それは決算監査の時にウチの会社に来るボンクラ会計士と比べて明らかにレベルが違い過ぎるからです。貴方は大学で物理学を勉強したのかもしれませんが実務を知らな過ぎです。頭の良いバカという意味で鳩山由紀夫元首相見たいなものですかね?もしかして無職なのかな?
九州のとある旧家の末裔へ 「新宿会計士」様のブログは駄文ですか?ほんなら寄んな!物理学?ちとぐらい世の中の為になる物理学したんか?ほんなら「新宿会計士」様のブログの意義が分かるやろ?あたまパーか?(笑)二度と来んな!退場(嘲笑)!
なるほど、確かに人間関係って外交関係の「たとえ話」としてはわかりやすいよね。
確かに隣の家にキチガイがいて、人の悪口言いふらすわ技術は盗むわ金は盗むわ、そんなやつと仲良くできるわけがない。
でもそのキチガイの家から出火したら自分の家に類焼するから絶交するわけにもいかない。
人間だったら引っ越しできるけど国だったら引っ越しできないからね。
でも「類焼を恐れずに断行しろ」というブログ主さんの意見には賛成。
ところで、上の方でなんか支離滅裂なコメントがあるけど、よっぽど都合が悪いんですかね。
>冒頭の「友人とは」~「人間関係の類型」は、ハッキリ言って要らない(無駄な作文レベルで、読者をバカにした駄文)だとの感想。
こいつのコメントは、ハッキリ言って要らないとの感想。
あんたが好きな感想書けるのと同じでこっちもあんたを批判する自由があるからね。
>九州のとある旧家の末裔
もしかして、平成の元祖ルーピー・細川護熙の一族?ww
>めがねのおやじさんへ
この手の保守系ブログにはキチガイのコメントがつくのは当然だと思う。
激高せず放っておけば?
キチガイコメントを含めてコメント自由にしているのがブログ主さんなんで。
で、パヨクブログは我々保守系のコメントを拒否する。
どっちが公正か言うまでもないと思うけどね。
>黒猫のゴンタさんへ
その記事読んだけど、まったく酷いよね。
どうせテョンとか日本の反日弁護士が入ってる委員会だと思うけどね。
ちなみに続報↓
日韓、慰安婦合意の再交渉困難国連委勧告に法的拘束力なし
ttp://this.kiji.is/235949109902442504?c=39546741839462401
「韓国の文在寅政権が勧告を盾に再交渉要求を強めてきても、日本政府には「従う義務はない」」
あたりめーだ!
人間関係は外交関係の基礎であって、キライな奴と付き合えないのとキライな国と付き合えないのとは同じだとおもう。あと変なパヨクコメント個人情報晒してブログ主さんに迷惑まで掛けて これがホントのブサヨwww ちなみに九州の大名家は細川護煕のせいでイメージ最悪だが細川護煕は確か元祖ルーピーの近衛文麿の孫では?
「著名な精神科医の方が執筆した記事だから」と思って読み始めたが、いろいろツッコミどころが多い記事だ。
フランスと韓国で大統領選が行われたことは事実だが、私自身、金融の専門家として双方の大統領選に高い関心を抱いていた。ただ、この両者は「同一の次元」で語るべきものではない。なぜなら、両国が置かれている環境は、あまりにも異なるからだ。
フランス国民のEUに対する不満は、まさに「経済面」にある。仮にフランスで国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン党首が大統領に当選していたならば、経済共同体としての欧州連合(EU)の中核国であるフランスがEU離脱を言い出しかねないという意味で、今回のフランス国民の選択に、「政治的・地政学的な判断」が入っていたことは明らかだ。
一方、韓国も文在寅(ぶん・ざいいん)氏が大統領に選出されたが(余談だが、安哲秀(あん・てっしゅう)氏ら2位・3位の候補者をあわせれば得票率では文氏を上回る)、文氏のどこが「冷静に経済政策を重視する政治家」だというのだろうか?
いずれにせよ、両国とも「戦争より経済を冷静に重視した」「日本は冷静さを欠く」といった文章に説得力は全くない。特に韓国については、「政治・経済うんぬん」以前の問題であって、このタイミングで反日・親北を掲げる候補者を選んだことを見ると、まさに「最悪のタイミングで最悪の選択をする国民だ」と呆れざるを得ないのである。
「著名な精神科医」といえば、ご自身が精神病患者ではないかと思しき「あの女性」を連想してしまうが、専門外のことになるとそれほどお詳しくないということなのだろうか?和田氏こそ、今回ご自身で執筆された記事を「冷静に」振り返ってはいかがだろうか?