OSINT時代に新聞社がデジタル戦略で生き残れるか
オールドメディア業界はまず新聞から衰亡していく、とするのが、当ウェブサイトにおけるこれまでの仮説です。こうしたなか、東洋経済オンラインに先日、朝日新聞社長のインタビュー記事が掲載されていました。これによると同社社長は紙媒体の限界を率直に認めつつ、今後はデジタル戦略にかじを切るとの方針を示しているのですが、そのわりに新聞業界全体がデジタル戦略で成功しつつあるようにも見えません。
目次
なぜ「それ」を言わなくなったのか
当ウェブサイトではかつて、この国をより良くしたければ、次の3点を実践してほしい、と申し上げていました。
- 納得いかない新聞は解約する
- 納得いかないテレビは見ない
- 選挙では必ず候補に投票する
ただ、いつのころからか、強調するのはこのうちの(3)のみとなり、(1)と(2)を当ウェブサイトではあまり強調しなくなりました。
その理由に、お気づきでしょうか。
そう、すでに当ウェブサイトでそれを強調しなくても、多くの人が自然と(1)と(2)を実践し始めているからです。
著者自身が最初にその大きな変化に気づいたのは昨年のことでした。衆議院議員総選挙の情勢分析を行っていた際、どう考えても、従来型の「メディア報道が選挙に大きな影響を与えている」とは考え辛い要因を、いくつも発見したからです。
選挙の世界ではすでにメディアの影響力は限定的に
今朝の『現実問題「自民ズッコケ」なら立民躍進の可能性濃厚か』でも指摘しましたが、昨年の衆院選では自民党が大敗を喫したものの、だからといって最大野党であり、かつ、なぜかオールドメディアが好意的に取り上げることが多い政党でもある立憲民主党が自民党の受け皿になった形跡はなかったからです。
もちろん、立憲民主党は昨年の選挙で公示前勢力を50議席ほど上積みするなど、一見すると「大躍進」したかにも見えます。
しかし、小選挙区での得票数は2021年の総選挙と比べてむしろ147万票減らしており、このことは、「オールドメディアが自民党に批判的な報道を行い、自民への批判票の受け皿として立憲民主党が選ばれた」、などとするステレオタイプな分析だと、なかなか説明に苦慮する事象でもあるのです。
自民党の惨敗については「オールドメディアの偏向報道によるものだ」、などと考えるよりも、むしろ、「石破自民党による単なる自滅」と考える方が自然であり、また、反自民票が流れた先が、SNSなどで支持を呼び掛けていた国民民主党、参政党、日本保守党だったと考えた方が自然です。
こうした観点からは、オールドメディアの社会的な影響力、あるいは国民世論に対する支配力は、かつてと比べればずいぶんと小さくなってしまったのではないでしょうか。
櫛の歯が欠けるような新聞業界
いずれにせよ、新聞、テレビを中心とするオールドメディアは、「情報の独占」を通じ、ほんの数年前までであれば私たちが暮らすこの日本社会に絶大な影響を与えてきたことは間違いないのですが、その状況もずいぶんと変化しています。
当ウェブサイトを通じて説明してきた仮説に基づけば、オールドメディア業界は、まずは新聞、続いてテレビが衰亡の道を歩むと考えられます。
そして、その兆候は、すでに始まっています。
先日の『朝日に続き毎日と産経と東京も土曜の夕刊発行を休止へ』などでも取り上げたとおり、新聞業界では現在、次のような現象が生じているからです。
- 全国紙が一部地域での夕刊発行を取りやめる
- 主要紙が夕刊発行自体を断念する
- 全国紙が一部地域での朝刊発行を取りやめる
このうち、一部地域における夕刊の撤退については、かなり以前から散見される現象ですが(たとえば産経新聞は2002年にいち早く首都圏などの夕刊発行を取りやめています)、ここに来て東京新聞が昨年8月末で23区外の夕刊発行を取りやめるなど、「夕刊撤退」の動きは加速している感もあります。
しかし、それよりもインパクトが強いのは、全国紙である産経新聞と毎日新聞が昨年9月末をもって富山県への朝刊の配送を休止したことかもしれません。
夕刊だけでなく朝刊すら一部地域から撤収が始まったからです。
そして、これに追い打ちをかけるかのように、朝日、毎日、産経、東京の4紙が8月から夕刊を休刊するとする報道が出てきました。まさに現在の新聞業界、「櫛の歯が欠ける」かのような状況です(図表1)。
図表1 新聞業界を巡る話題の例
| 時期 | 出来事 |
| 2023年4月 | 毎日新聞が東海3県での夕刊を休刊 |
| 2023年5月 | 朝日新聞が東海3県での夕刊を休刊 |
| 2023年8月 | 大阪日日新聞が休刊 |
| 2023年10月 | 北海道新聞が夕刊を休刊 |
| 2024年9月 | 東京新聞が東京23区以外での夕刊を休刊 |
| 2024年9月 | 毎日新聞と産経新聞が富山県への配送を停止 |
| 2024年10月 | 朝日新聞が静岡、山口、福岡での夕刊を休刊 |
| 2025年2月 | 夕刊フジと東京中日スポーツが休刊 |
| 2025年8月 | 朝日、毎日、産経、東京の各新聞が土曜の夕刊を休刊予定 |
(【出所】報道等)
東洋経済に掲載された朝日新聞社長の「戦略」
こうしたなかで、ちょっと気になる記事が出てきました。
【独占】部数急落・土曜夕刊休止・地方拠点縮小…朝日新聞社長が語った“デジタル時代”の生き残り方 「“等身大の経営”を早くやるほかない」
―――2025/06/23 06:02付 Yahoo!ニュースより【東洋経済オンライン配信】
これは、東洋経済が朝日新聞グループCEOに就任予定の角田克社長(60)に独占インタビューを実施した全3回の記事の一部で、東洋経済オンラインが23日付で配信した記事のうち無料で読める部分のみ、『Yahoo!ニュース』に転載されたものです。
ただ、この無料で読める部分だけでも、いろいろと興味深い記述が多々あります。
東洋経済によると、朝日新聞の朝刊部数が10年で半分以下に減ったこと、8月から土曜の夕刊を休止することなどを巡って、角田氏はインタビューで、こんなことを述べたそうです。
精査すると直接お客様に届いていない新聞があり、実際にお金をいただくお客様を私たちの部数ととらえる「実売部数中心主義」に切り替えた
…。
これ、さりげなくすごいことを述べているのではないでしょうか。
「実際に客に販売されたわけではない部分」が部数としてカウントされていた、と、社長自身が認めたようなものだからです。
これについて東洋経済編集部は、こんな注記を付しています。
「編集部注・新聞業界では、新聞社が販売店に卸しても実際の読者に配布されていない『残紙』が存在すると指摘されてきた」。
なかなかに、驚きます。
紙媒体の限界はわかるが…デジタル媒体は?
ただ、興味深いのはこの「残紙」問題だけではありません。紙メディア自体の将来に関する、こんな趣旨の発言です。
- 2022年2月のウクライナ戦争を機に、紙の供給の問題も急浮上してきた
- 原料である新聞用紙の生産が不安定になり、値上げを先駆けてやった
- 三菱重工が昨年6月、(新聞紙の印刷に使う)輪転機をもう作らないと宣言した
そのうえで角田氏は紙メディアではなく「デジタル」に力を入れる、と宣言しているわけです。
ただ、これについては簡単な「ファクトチェック」もしておくべきかもしれません。
以前の『【新聞業界】業界最大手レベルでも電子版の契約増えず』でも取り上げたとおり、株式会社朝日新聞社が半年に1回公表している「朝日新聞メディア指標」を見ると、新聞部数(朝刊のABC部数)が減り続ける一方、とデジタル版有料会員数はほとんど増えていないのです(図表2)。
図表2 朝日新聞朝刊部数とデジタル版有料会員数
| 時点 | 朝刊部数 | 有料会員数 | 合計 |
| 2022年12月末 | 383.8万 | 30.5万 | 414.3万 |
| 2023年3月末 | 376.1万(▲7.7万) | 30.5万(±0.0万) | 406.6万(▲7.7万) |
| 2023年9月末 | 357.3万(▲18.8万) | 30.3万(▲0.2万) | 387.6万(▲19.0万) |
| 2024年3月末 | 343.7万(▲13.6万) | 30.6万(+0.3万) | 374.3万(▲13.3万) |
| 2024年9月末 | 334.9万(▲8.8万) | 30.3万(▲0.3万) | 365.2万(▲9.1万) |
| 2025年3月末 | 326.7万(▲8.2万) | 30.2万(▲0.1万) | 356.2万(▲9.0万) |
(【出所】株式会社朝日新聞社ウェブサイト『「朝日新聞メディア指標」を更新』および同社の過年度発表値をもとに作成)
これによると直近の2025年3月末における朝刊部数については326.7万部と(指標の公表が始まった)2022年12月末時点の383.8万部と比べて57.1万部落ち込んでいることがわかります。落ち込みの速度自体は緩やかになっているものの、それでも3月末時点の部数は1年前と比べ17万部も減っています。
しかし、デジタル版契約がその落ち込みをカバーするには至っておらず、指標公表以来、会員数は激減こそしていないものの、ほぼ横ばいで推移しています。
また、朝日新聞社はこうしたデジタル契約を含めた部数・契約数を積極的に公表していますが、公表すらしていない他紙に至っては、デジタル版の契約状況の実態はほとんど見えてきません。
時代はOSINT
いずれにせよ、現代は「OSINT」、つまり「オープン・ソース・インテリジェンス」の時代が到来しつつあり、世論形成でオールドメディアや役所が積極的な役割を果たす時代は過去のものとなりつつあります(『OSINT時代の世論形成は「役所とマスコミ抜き」で』等参照)。
そして、オールドメディアの報道は多くの場合、速報性でも正確性でも信頼性でもネットに勝てなくなりつつあります。
果たしてこうした状況から、新聞業界はいったいどうやって生き残りを図っていくつもりなのでしょうか。はたして、デジタル版有料契約を増やすなど、挽回していくことができるものでしょうか。
疑問は尽きないところです。
本文は以上です。
金融評論家。フォロー自由。雑誌等の執筆依頼も受けています。 X(旧ツイッター) にて日々情報を発信中。 Amazon アソシエイトとして適格販売により収入を得ています。 著書①数字でみる「強い」日本経済 著書②韓国がなくても日本経済は問題ない日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
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【おしらせ】人生で9冊目の出版をしました
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新聞社がOSINT時代を生き抜くための手段の一つにデジタル戦略があるのであって、デジタル戦略だけで生き残れるとは限りません。また、デジタル戦略は手段であって、目的ではありません。
>これまで50くらいの力でデジタルもやると言っていたのを100、200のパワーでやる。世の中全体を考え、デジタル社会がもっと進むときに、ここに力を注がない選択はありえない。
それ以外に選択肢がないのはわかるけど、具体的に何するんでしょうね。
>■地方取材のあり方を考え直す
>(中略)
> (新聞を購読する)お客様は東京圏と大阪圏で6割5分を超え、都市圏も含めると7割強ぐらいになる。そうすると、市場の原理とまで言わないが、紙のお客様がいるところに重点的に人を配置していくのは当然といえば当然という側面もある。
要は地方版のリソースは縮小しますということのようですね。
ジリ貧のご様子です。
AXIOS というアメリカの政治に強いオンラインメディアがあります。
CEO 氏の講演を Youtube で見たのですが、メディア業界の旧弊な通俗概念をばっさばっさと切り捨てていて気持ちいいくらいでした。
「(広告表示回数を増やすため)記事を分割したところで、クリックして次のページなんか呼んでくれたりしない」
「読者は記事の末尾まで読んでくれることはほとんどない」
「だから記事は暗記できるくらいに三行箇条書きで要約しておき、そのあと筋道を整えて語るべし」
さらに、AXIOS 社はメディア産業&記者向けのオンライン編集システムを作り込んで、それを外販しているらしい。文章にはカネは払ってもらえない。使ってもらえる仕掛けが売り上げもたらすのである。何を商品として商売をするのか。立場ははっきりしています。
残紙……?押し紙ですよね?
販売店「予想外に残ってしまったナンテコッター」
じゃなくて、
新聞社「売れないなど知ったことか、売るんだよ。ほら。」
という趣旨のものだと理解していますが。
デジタルに注力は妥当ですが、今の新聞を単にデジタル化するだけでは、ほとんど付加価値があないことは、本記事で示された数値が物語っているでしょう(とはいえアレに30万契約というのは驚きですが。)。くず紙がくずデータになるだけです。
そもそも価値の高い情報をまず核に据えて、責任あるフォロー記事、中立公正な分析、物理的アーカイブ、権威付け、などを元の新聞”紙”の役割にするのが良いと思いますが、難しいでしょうね、”色んな意味”で。
*本来は配布数
広告出稿契約の根拠が「印刷数」だったなんてね。
カミングアウトしたからって、赦されないですね。
新聞社経営は不透明である
新聞社は本当の販売数を粉飾し、読者と広告出稿者を欺き続けて来た
新聞社は信頼に値しない
三菱重工があんなもの作ってたのかと思って調べたら子会社の三菱重工機械システム株式会社だった。
輪転機のシェアはトップで32%弱。
ネットはデマ情報が多い。
は間違いで、
正しくは
ネットはデマ情報が多いが、すぐに多数の訂正が入る。
ある新聞なんかは、慰安婦の間違いを訂正するのに何十年もかかったのと比べると、紙媒体の情報の遅さが際立ちます。
昔(40年くらい前?)は、時折、配達された新聞が盗まれたとか浮浪者が抜いて読んでいたというニュースがでていたと記憶しています。昨今は全然聞かないですが、他にニュースが多くて報道する隙間が無いのか、それとも盗んででも読みたくなる程の価値が失われたのか…..
新古品の新聞紙をわざわざ密林から購入して家庭で利用している私としては、その原材料である新古品の新聞紙の生成元の押紙制度は継続して欲しいし、そもそも「紙」の新聞が廃止されてしまうと代替を探す必要があって心配であります。
ご紹介のあった浮浪者云々のニュースは、紙面を読むために盗んだという内容のようですが、実の目的は「紙」。という気がします。
防寒、敷物、吸水、汚れ落とし、クシュクシュにしてティッシュペーパー代用、他にも色々用途がある事でしょう。
まぁ、一粒で二度美味しい、一石二鳥ってことなのかもしれませんね。
なるほど、数十年後前であっても「暖をとるために盗った」と書いたのでは体裁がわるいですね….^^;
「デジタルに力を入れる」……?今までは本気じゃなかったとでも言うつもりでしょうか。
そもそもオールドメディアへの風当たりはネット上の方がオフラインより
はるかに強いんだから、まずはそこをどうにかしないといけないハズですが。
「どうにもできないし、する気もないから、とりあえず言っているだけ」と言う
印象しか受けないなあ……
>朝日新聞グループCEOに就任予定の角田克社長(60)
この人が就任することが、朝日新聞グループにとって、若返りを図った、ということでしたら、就任前からグループ経営は失敗する予感がします。
個人の資質というより、新聞業界に長く居すぎ。
味の染み込み過ぎた沢庵を連想してしまう。
少なくとも40代半ば位まで、本気出して30代まで若返りした方が良いのでは?
というのが私の感想であります。
東洋経済の元記事を読んでみました。
朝日新聞の意義は権力の監視である、というとこで、あぁやっぱり。40年近くどっぷり
権力の監視でない新聞には(あまり)価値がない、と暗黙に主張している。
新聞社には、そんな機能能力を誰も期待していない。お客はカネを払ってはくれない。
社会の真実がそうだとすれば、社長氏の言っていることは自己目的の実現欲求だけです。