円安の影響?我が国の第一次所得収支が過去最大に膨張
貿易赤字を埋めて余りある34兆5574億円の第一次所得収支
34兆5574億円――。なかなかに、衝撃的な数値が出てきました。これは、2023年における日本の第一次所得収支の黒字額です。2023年を通じた貿易赤字をあっという間に帳消しにする金額です。「悪い円安」論者の皆さまが無視するのが、まさに、「日本は製造大国であるとともに金融大国である」という統計的事実ではないでしょうか。
川上製造大国としての日本
先日の『輸出百兆円時代の日本が抱える経済と産業上の「課題」』などでも取り上げたとおり、貿易統計で見ると、日本では「川下産業」がすっかり廃れてしまったやに見える一方、「モノを作るためのモノ」に関する基幹産業についてはしっかり握る、「川上製造大国」として踏み止まっているという姿が見えてきます。
日本の輸出品目は、自動車などを除けば、半導体製造装置や半導体等電子部品、原動機、電子回路等の機器、鉄鋼フラットロール製品、化合物、科学光学機器など、最終製品を作るための装置や中間素材が中心だからです(図表1)。
図表1 日本の主要概況品目別輸出(2023年)
項目 | 2023年 | 構成割合 |
輸出合計 | 100兆8817億円 | 100.00% |
1位:機械類及び輸送用機器 | 58兆8295億円 | 58.32% |
うち自動車 | 17兆2652億円 | 17.11% |
うち半導体等電子部品 | 5兆4942億円 | 5.45% |
うち自動車の部分品 | 3兆8836億円 | 3.85% |
うち半導体等製造装置 | 3兆5348億円 | 3.50% |
うち原動機 | 2兆9273億円 | 2.90% |
うち電気回路等の機器 | 2兆1242億円 | 2.11% |
2位:原料別製品 | 11兆5443億円 | 11.44% |
うち鉄鋼のフラットロール製品 | 2兆9872億円 | 2.96% |
うち銅及び同合金 | 1兆3725億円 | 1.36% |
3位:化学製品 | 11兆0247億円 | 10.93% |
うち有機化合物 | 2兆0425億円 | 2.02% |
うち無機化合物 | 1兆2032億円 | 1.19% |
4位:特殊取扱品 | 9兆7060億円 | 9.62% |
5位:雑製品 | 5兆4207億円 | 5.37% |
うち科学光学機器 | 2兆4969億円 | 2.48% |
6位:鉱物性燃料 | 1兆6218億円 | 1.61% |
7位:原材料 | 1兆5548億円 | 1.54% |
8位:食料品及び動物 | 9204億円 | 0.91% |
9位:飲料及びたばこ | 2075億円 | 0.21% |
10位:動植物性油脂 | 520億円 | 0.05% |
(【出所】普通貿易統計データをもとに作成)
貿易赤字の原因は、スマホ、PC、石油・ガス
ただし、日本の大きな課題は、継続的な貿易赤字体質にあります。
統計上、日本に貿易赤字をもたらしている大きな原因は、①いわゆる「川下産業」の最終製品(PC、スマホ、家電、衣類、雑貨など)、②エネルギー、の2つです(図表2)。
図表2 日本の主要概況品目別輸入(2023年)
項目 | 2023年 | 構成割合 |
輸入合計 | 110兆1711億円 | 100.00% |
1位:機械類及び輸送用機器 | 31兆5307億円 | 28.62% |
うち半導体等電子部品 | 4兆6748億円 | 4.24% |
うち通信機 | 3兆9457億円 | 3.58% |
うち事務用機器 | 3兆1036億円 | 2.82% |
2位:鉱物性燃料 | 27兆3142億円 | 24.79% |
うち原油及び粗油 | 11兆2868億円 | 10.24% |
うち石油ガス類 | 7兆4301億円 | 6.74% |
うち石炭 | 5兆8913億円 | 5.35% |
うち石油製品 | 2兆6532億円 | 2.41% |
3位:雑製品 | 12兆2346億円 | 11.11% |
うち科学光学機器 | 2兆3793億円 | 2.16% |
4位:化学製品 | 11兆5273億円 | 10.46% |
うち有機化合物 | 2兆1292億円 | 1.93% |
5位:原料別製品 | 9兆0688億円 | 8.23% |
6位:食料品及び動物 | 8兆2616億円 | 7.50% |
7位:原材料 | 6兆9297億円 | 6.29% |
うち非鉄金属鉱 | 2兆4262億円 | 2.20% |
8位:特殊取扱品 | 1兆9343億円 | 1.76% |
9位:飲料及びたばこ | 1兆0741億円 | 0.97% |
10位:動植物性油脂 | 2958億円 | 0.27% |
(【出所】普通貿易統計データをもとに作成)
統計によると日本の輸入は半導体等電子部品に加え、PC、スマートフォンといった最終製品がその過半を占めているわけですが、それと同時に無視できないのが、全体の約4分の1を占める鉱物性燃料でしょう。
もしも再稼働可能な原発がすべて動いており、また、原発の新増設が進んでいれば、この鉱物性燃料の輸入高は、もう少し少なかったに違いありません(といっても、ウクライナ戦争などを受けた原油価格の高騰の影響から無縁でいることはできなかったとは思いますが…)。
いずれにせよ、結果として、現在の日本が巨額の貿易赤字を計上していることは間違いありません。
結局、日本の貿易赤字の動向は原油・ガス・石炭価格の動向次第でもあるのですが、原発の再稼働・新増設が進まなければ、ちょっとした要因ですぐに貿易赤字に転落するという不安定な状況が、しばらく続くことは間違いありません。
総合的に見て、円安は日本経済にメリットをもたらす
この点、当ウェブサイトでは普段から指摘している通り、円安は日本経済に対し、総合的に見て非常に良い影響を与えます。
もちろん、為替変動は必ずしも良い影響のみを与えるというわけではなく、たとえば上述のとおり、日本は最終製品やエネルギーをさかんに輸入しているため、円安で輸入品物価が上昇すれば、国民の実質的な購買力が低下するなどし、日本経済には打撃となり得る点には注意が必要です。
しかし、それと同時に円安になれば、①輸出競争力が上昇し、②輸入代替効果が発生する、といった大きく2つの現象が生じ、これにより日本経済には恩恵がもたらされる、というメカニズムです。
もちろん、国内にほとんど産業がない「輸入大国」の場合だと、自国通貨が強い方が、経済にはより多くのメリットがもたらされる、という言い方もできます。
しかし、少なくとも日本の場合は「川上製造大国」であり、円安メリットを生かせる環境にあるだけでなく、海外から川下産業が戻ってくれば、それにより製造大国として力強く復活できるという土壌を有していることもまた間違いありません。
メリット・デメリットを総括する
ところで、当ウェブサイトではときどき説明する、「円高・円安のメリット・デメリット」に関する総括表を眺めていると、「資産効果」という項目があることに気付くはずです(図表3)。
図表3 円高・円安のメリット・デメリット
©新宿会計士の政治経済評論/出所を示したうえでの引用・転載は自由
「悪い円安論者」の方々が、なかば意図的に無視する論点のひとつが、この資産効果にあります。
具体的には、円安になればなるほど、外貨建ての金銭債権の円評価額が増える、という現象です。
この点、日本は国として、外国から負っている外貨建ての債務(借金)の額は経済規模に比べて非常に少なく、外貨建ての金銭債権、有価証券などを多数保有していますので、これらの円換算額が膨張することで、多額の評価益がもたらされるというメリットが考えられます。
(※なお、その具体的な金額については、『日本の国際与信で「ASEAN>中韓」の傾向が強まる』などでもしばしば指摘してきたとおりですので、本稿ではとりあえず割愛します。)
最新版経常収支統計
さて、こうした「資産効果」の威力がよくわかるのが、経常収支です。
財務省は8日、国際収支の推移の最新データを公開。2023年12月までの推移が明らかになりました。1996年以降のデータを集計すると、大変興味深いことが判明します(図表4)。
図表4 日本の経常収支推移
(【出所】財務省『国際収支の推移』データをもとに作成)
テクニカルな理由で、グラフの起点は1995年、終点は2024年となっていますが、データ自体は1996年以降のものを集計しています。
これによると経常収支は20兆6297億円と、過去5番目の水準でした。
- 2007年…24兆9490億円
- 2017年…22兆7779億円
- 2021年…21兆4850億円
- 2016年…21兆3911億円
- 2023年…20兆6297億円
ただ、それ以上に興味深いのは「第一次所得収支」の推移でしょう。
2023年の第一次所得収支は34兆5574億円で、2022年の34兆4622億円を抜いて過去最大となりました。2021年の26兆3277億円と比べると、いきなり8兆円以上、第一次所得収支が押し上げられた計算です。
また、貿易収支は2022年が15兆7436億円、2023年が6兆6289億円の赤字でしたが、第一次所得収支だけで、これらの貿易赤字を埋めて余りある外貨収入を日本にもたらしている格好だ、という言い方もできます。
当ウェブサイトでは常々、円安にはメリットもあればデメリットもある、などと報告していますが、巨額の対外純債権国であるという現在の日本の特徴に照らせば、第一次所得収支の膨張という多大なメリットを日本経済にもたらしていることは間違いありません。
いずれにせよ、「外貨獲得」という意味においては、現在の日本は製造業(とくに川上産業)に加え、金融業に大きな強みがあると考えておいて間違いないでしょう。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
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自称元徴用工問題、自称元慰安婦問題、火器管制レーダー照射、天皇陛下侮辱、旭日旗侮辱…。韓国によるわが国に対する不法行為は留まるところを知りませんが、こうしたなか、「韓国の不法行為に基づく責任を、法的・経済的・政治的に追及する手段」を真面目に考察してみました。類書のない議論をお楽しみください。 |
【おしらせ】人生で9冊目の出版をしました
日本経済の姿について、客観的な数字で読んでみました。結論からいえば、日本は財政危機の状況にはありません。むしろ日本が必要としているのは大幅な減税と財政出動、そして国債の大幅な増発です。日本経済復活を考えるうえでの議論のたたき台として、ぜひとも本書をご活用賜りますと幸いです。 |
もしも再稼働可能な原発がすべて動いており、また、原発の新増設が進んでいれば、この鉱物性燃料の輸入高は、もう少し少なかったに違いありません(といっても、ウクライナ戦争などを受けた原油価格の高騰の影響から無縁でいることはできなかったとは思いますが…)。
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原発を全廃したばっかりに、日本の3倍の電気代料金と言われてるドイツはどうなるんや…..
あ、そういやトヨタの時価総額が中国のテンセント、韓国のサムスンを抜いてアジア2位になりましたね。
存在価値ゼロのマスコミの嫌がらせに負けずに偉いですわ、トヨタさんは。
日本株かなり持っといて良かったです、ほんま。
あ、そういやトヨタの時価総額が中国のテンセント、韓国のサムスンを抜いてアジア2位になりましたね。
存在価値ゼロのマスコミの嫌がらせに負けずに偉いですわ、トヨタさんは。
日本株かなり持っといて良かったです、ほんま。
悪い円安をしきりに喧伝した経済新聞はワルイ新聞だと思います。
新聞社は輸出せず海外投資もしないでしょうから、新聞社にとっては円安は悪いことなんでしょう。
2023年の経常収支は20兆円を超える黒字でした。
100兆円を超える輸出や旅行客の増加、海外子会社からの収益増加など、円安のメリットが顕著に表れています。また、円安のデメリットである輸入価格の上昇もエネルギー価格の下落によりかなり緩和されたようです。
会社を挙げて「悪い円安」を喧伝している自称経済新聞社には、円安が困る理由でもあるのかと勘繰りたくなります。
多分隣の半島の国の気持ちを代弁しているのでしょうけど。
恥も外聞もなくやっている「半島上げ日本下げ」はやめて頂きたいものです。
はるちゃんさんのお見立てに賛成です。
半島メディアではかねてから
ジリ貧で低迷傾向の韓国産業にとって
(韓国にとって悪い)日本の円安を
あらゆる手段を講じて是正させなければ
ならないニダ 的に記事が繰り返し
掲載されて来ました。
一方
日本の韓流メディアが盛んに囃す
「悪い円安」レッテル貼りは
どれも局部的な事象を水増ししての
意味をなさない記事ばかりでしたが、
それは韓流の強い意向を受けてのものと
読み直してみると辻褄が合うものと
感じます。
こういう時代がいつか来ると思ってた。
前にも書いたけど
日本郵船、商船三井、川崎汽船3社のコンテナ事業を集めたシンガポール拠点の合弁会社One(Ocean Network Express)の純利益が2年続けて2兆円超。
海運会社の収入、日本が拠点なら収入はサービス収支、拠点がシンガポールで配当で受け取れば第一次所得収支。
為替変動により膨らんだ利益も、現地通貨・資産として保有されている限り「未実現の評価益」に過ぎないのかと。
「適度な送金(両替による利益確定)を原資とした、給与・設備投資等による国内還流」を促すのが政府の使命ですね。
「直接投資の実行に対する回収」について。
・通商白書2023
第Ⅱ部 第2章 グローバルな成長の取り込みによる成長力の強化
第1節 我が国の経常収支の動向
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2023/2023honbun/i2210000.html
4.第一次所得収支の動向
第II-2-1-11図は直接投資の実行に対する回収の割合を見たものだが、欧米諸国やASEAN諸国では投資実行に対して6~7割程度が回収されている一方で、中国では回収率が3割程度にとどまっている。
・第Ⅱ-2-1-11図 直接投資実行に対する回収の割合の推移
・まとめ
第Ⅱ-2-1-12表 経常収支から見た稼ぐ力の変化
現地で、再投資に使われる部分もあるでしょうが、国内に環流して来ないのはどうなんでしょうね。
このままどんどん経常収支が伸びてそのうち6~7割も戻ってくれば、遠からず強力な円高圧力になりそうですが。還流させすぎないほうが日本としては助かりそうです。
貯金通帳の残高眺めてニヤついているのが好きなのかな?
円高が進み過ぎれば多くの企業は低調になり、不労所得の入る人と入らない人で二極化が進んで社会不安が進む懸念があります。
そんな社会になるくらいなら貯金通帳にお金を貯めておくほうがましでしょう。
不労所得は人間を腐らせますからね。
>2000年代前半までは、経常収支黒字を支えていたのは貿易収支黒字であったが、リーマン・ショックを経て2000年代後半以降は、貿易黒字よりも第一次所得収支の黒字によって、経常収支黒字が支えられている
モノ・カネの流れの構造変化【垂直展開(対日輸入↔現地製造)から水平展開(現地調達↔現地製造)へ】に伴うものですね。
・・・・・
貿易摩擦・為替リスクは躱せても、還流が減り実入りが実感できなくなりました。
多国展開で利益を隠す「愚弄・張る企業!」なんて揶揄させないで欲しいですね。
>愚弄・張る企業!
おっと〜、見逃す所でした!
カズさまの知的レベルの高さに追い付くのがやっとです。。
知的刺激与えられるなあー!
これからも、大いに期待し楽しみにしています!
いつも、駄文に反応していただきありがとうです。
せいいっぱい精進させていただきます。m(_ _)m
こういう話はどの様な理論をまくし立てても各自のお財布事情がどうなのかか決定的。ちなみに私は人生最高に時価総額が増えてます。
私が離党を決めた日共の私の地元の支部では幹部の多数は年金を中央値以上貰っている元共働きの元労働者でした。私は年金には程遠い年齢。年金生活者には当時の緊縮財政のデフレ経済が居心地良かったのだろうと思います。中には地球温暖化問題に熱心な元市議さんとかが、プリウスのFMCする度に2→3→4と乗換えて居ましたね。私がディーゼル車を買うと目をまんまるにして何か言いたげでしたが常識ある方なので口をつぐんでおられました。
弁が立つ中央値以上の年金生活者で社会問題をいささか誇張して語る割と元気な合法的な暮らしをする常識人が私の知る日共党員たちのイメージ。誇張して居るから、「国民生活に打撃」とか言っても【それアンタには何も困らんやん】と言う話が多い。
アベノミクス景気の春がやってきた。新聞は間違っていた。岸田はつまり尻馬乗りだったのか。
為替が日本経済にメリットをもたらすかどうかはどうでも良い話です。庶民にとって大切なのは生活が豊かになるかどうかです。経済が良くなっても喜ぶのは支配層や資本家ばかりで、多くの国民が苦しんでいる国はやがて滅びるでしょう。