中華スワップ残高増から考察する中華金融のお寒い実態

中国人民銀行の報告書によると、外国中央銀行が引き出している人民元建てのスワップの総額が、2023年3月時点で1090.85億元に達したのだそうです。Bloombergの報道記事によると、残高が1000億元を超えるのは史上初だそうですが、ただ、中国が外国と締結しているスワップの残高が約4兆元であることを思い出しておくと、これを「巨額」と見るのは尚早です。なにより中国が担保として受け入れている外貨の価値は絶賛目減り中。これが中華金融のお寒い実態でしょうか。

2023/05/19 06:45追記

小見出しが抜けていた部分がありましたので訂正しています。

スワップがほしい

通貨スワップ/為替スワップ

金融市場関係者からはあまり注目されていないものの、個人的に、密かに重要だと思っている話題のひとつが、中国による「スワップ外交」です。

「発売記念」あらためてスワップについてまとめてみる』を含め、これまでに当ウェブサイトでしばしば指摘してきたとおり、通貨スワップや為替スワップは、国際的な通貨当局間の金融協力手段として知られています。

このうち通貨スワップは金融当局(たとえば中央銀行)同士が外貨を融通し合う協定であり、たとえば有名な「日韓通貨スワップ」の場合は、韓国が外貨不足に直面した際に、韓国銀行は日本の通貨当局(ドルなら財務省、円なら日銀)からおカネを貸してもらうことができる、といった協定です。

その一方、為替スワップは金融当局が相手国の市中金融機関に対し、直接、「短期流動性供給」を行うというもので、これまた有名な「米韓為替スワップ」の場合は、韓国の民間銀行がドル不足に直面した場合、ニューヨーク連銀が韓国の市中金融機関に直接、ターム物流動性供給(つまり短期資金の貸出)を行います。

ただ、どちらのスワップも、基本的には金融システムにおける外貨不足を補うという点において、大変重要な役割を担っているのです。

通貨危機を発生させる国

これについてもう少し考えておきましょう。

日本の場合だと、「通貨危機」というものは、基本的に発生する確率が極めて低いと考えられます。日本円という通貨自体が国際的に通用する「ハード・カレンシー」であることに加え、財務省が外為特会で1兆2654億ドル(2023年4月末時点)という巨額の外貨準備を持っているためです。

正直、日本円ほどの国際的な流通力を持っている通貨の場合、外貨準備はほとんど必要ないのですが(※著者私見)、ただ、この外貨準備は米ドル建ての通貨スワップでインドや東南アジア諸国を支援しているほか、国際融資などにも使われているのが実情でしょう。

しかし、諸外国の場合だと、とくに発展途上国がそうですが、わりと頻繁に通貨危機が発生しています。

昨年の事例だと、南アジアの島国・スリランカが外貨建債務のデフォルトを発生させていますし(『一帯一路で知られるスリランカが外貨建債務デフォルト』等参照)、G20でもアルゼンチンやトルコのように、通貨が不安定な状況に陥っている国もあります。

こうした諸国にとって、通貨スワップないし為替スワップは喉から手が出るほど欲しい協定であることは間違いないでしょう。

中華金融の実態

溺れる者は中華スワップをも掴む

もっとも、「溺れる者は藁をも掴む」ではありませんが、そのスワップを積極的に提供しているのが、中国です。

中国の中央銀行である中国人民銀行が諸外国と締結している通貨スワップ・為替スワップの種類と正確な件数、金額についてはさだかではありません。

ただ、以前の『【総論】中国・人民元スワップ一覧(22年8月時点)』などでも取り上げたとおり、中国人民銀行が毎年公表している『人民幣国際化報告』をもとに、2022年8月末時点から起算して過去約5年間の間に締結されたスワップは、少なくとも33ヵ国・地域、4兆元あまりに達します。

これについて、最新の為替レートに換算した一覧表を著者自身が作成したものが、次の図表1です。

図表1 中国が2017年5月から22年8月の期間、外国と締結したスワップ協定

(【出所】中国人民銀行『人民幣国際化報告』をもとに著者作成。なお、米ドル換算額は国際決済銀行 “US dollar exchange rates (daily, vertical time axis)” の2023年5月15日時点のレートを使用。ただし、同データに収録がない通貨に関しては著者自身がネットサイト等を調査しているため、最新のものではない可能性がある)

トルコとアルゼンチンはスワップ行使、スリランカは拒絶

これらのなかには通貨スワップなのか為替スワップなのか判然としないものもありますし、なかには昨年8月末時点で失効済みのものも紛れている可能性もありますがが、いずれにせよ、中国が諸外国と締結する4兆元超というスワップ契約は、たしかに巨額です。

では、これらのスワップ、現実に外国が引き出した事例はあるのでしょうか。

これについては『トルコが中国との通貨スワップを実行し人民元を引出す』と『アルゼンチンが新たな「人民元建てのスワップ」を発動』で紹介したとおり、少なくともトルコとアルゼンチンの2ヵ国が、中国からスワップで人民元を借り入れていることは確実です。

その一方、『スリランカからの通貨スワップ発動要請を拒否した中国』でも取り上げたとおり、デフォルト状態に陥り、中国にスワップの支援を要請したスリランカの場合は、「輸入3ヵ月分をカバーするだけの外貨準備がなければスワップ発動に応じない」として、中国がこれを拒絶していた、という報道があります。

このため、中国と通貨スワップないし為替スワップを結んだとして、いざ通貨危機に陥った場合に、中国が助けてくれる可能性があるのかどうかはよくわからない、というのが実情に近いようです。

しかも、非常に残念なことに、中国の通貨・人民元は、国際的に見れば「ハード・カレンシー」とは呼べないような代物でもあります。中国当局は、国境を越えた資金移動を非常に厳格に管理し続けているからです。このため、中国のスワップ外交は「いざというときに使い物にならない」という代物である可能性も濃厚です。

スワップ枠の利用額が初の1000億元突破!

さて、昨日の『「人民元の利用急増」とする報道を「数字で」検証する』でも取り上げたとおり、人民元の国際化が進んでいるとする報道はあるのですが、現実のSWIFTなどの統計データで見る限り、そうした事実は確認できません。

酷いケースだと、「人民元の決済が増えていて、米ドルの決済が減っている」、などと、平気でウソを垂れ流しているものもあります。現実には2023年4月において、ユーロ圏外における米ドルの国際送金シェアは、過去最大を更新しているにもかかわらず、です(逆に、なぜかユーロが過去最低を記録しています)。

こうしたなかで、昨日はブルームバーグのこんな記事を紹介しました。

世界の中銀、中国人民元の利用増やす-1~3月の外貨スワップ枠

―――2023年5月17日 10:23 JST付 Bloombergより

この記事の冒頭には、こんな記述があります。

世界の中央銀行が外国為替スワップ枠で利用している中国人民元が1-3月(第1四半期)に過去最高水準に達し、人民元の国際的地位が高まっていることがあらためて示された」。

具体的には、中国人民銀行が15日に発表したデータによると、3月末時点における「外貨スワップ残高」は1090億元、日本円換算で約2兆1300億円で、2022年末から200億元増え、四半期ベースで過去2番目に大きな伸びを記録した、というのです。

また、記事に掲載されているグラフを見ると、1000億元の大台を超えたのは、どうやら史上初のことのようです。

レポート原文からグラフを作ってみた

気になってレポートの原文を調べてみたのですが、おそらく次のリンクから辿れるレポートが、その該当するデータなのでしょう。

货币政策执行报告

―――中国人民銀行ウェブサイトより

このページでは、中国人民銀行が過去に発表した『貨幣政策執行報告』(日本語に訳すと、さしずめ『金融政策運営報告書』、でしょうか?)を2001年第1四半期まで遡って閲覧することができます。

ただし、「スワップの引き出し残高」に関するエクセルデータなどは見当たらなかったため、少々面倒ですが、PDFファイルをひとつずつ確認し、「相手国の通貨当局が引き出している人民元の金額」と、「中国人民銀行が受け入れている外貨の米ドル換算額」を2018年3月期まで遡ってみました。

その結果が、図表2です。

図表2 中華スワップの引出額の状況

(【出所】中国人民銀行『貨幣政策執行報告』をもとに著者作成)

これで見ると、中国が貸し出している人民元の額自体は着実に伸びていることがわかります。

中国はどこの国にいくらのカネを貸しているか、その内訳を公表していないようですが、たしかに甲子数年で、せいぜい200~300億元に過ぎなかったスワップの貸出残高が、1000億元の大台に乗せるまでに急伸したことは、注目に値するでしょう。

中国自身にとっても諸刃の剣に

相手から受け入れた外貨が「目減り」している

ただ、それと同時に図表2をしげしげと眺めてみると、中国が担保として受け入れている外貨の金額も、ずいぶんと変動しています。想像するに、相手国の通貨(トルコリラでしょうか?アルゼンチンペソでしょうか?)の急落により、そのドル換算額が目減りしているのではないでしょうか?

中華金融としては、体力のない国に無理な貸し込みを行い、相手国が返せなくなった場合、港湾などを取り上げるというパターンが有名です(たとえば、スリランカのハンバントタ港の事例については、『スリランカと中国・債務の罠:人民元経済圏の落とし穴』等参照)。

しかし、それと同時に、相手にカネを貸すまでは良いものの、相手国から徴求している担保の価値(この場合は相手国通貨の米ドル換算額)が急落してしまうと、結局、中国自身にとっても「とりっぱぐれ」が生じる、という側面もあります。

中華金融の「お寒い実態」、といったところでしょうか。

金額割合で見たらまだ少ない

それに現状、図表1に示した人民元建てのスワップの元本総額は4兆元ほどですが、現実に引き出されている1090億元という額はその3%弱、といったところでしょう。

グローバル金融危機の局面でもないのに、わざわざいま、まとまった額の人民元を「中華スワップ」で引き出すような国といえば、トルコとアルゼンチンくらいなものです(ほかにも可能性があるとしたらインドネシアあたりでしょうか?)。

そして、中国はスワップを通じて相手国に影響力の拡大を図ろうとしているフシがある反面、相手国が開き直れば、資金を回収することができなくなってしまうというリスクをも孕んでいるのです(中國がカネを科した相手が中国にカネを返すかどうかは、正直、私たち日本人にとっては半ばどうでも良い論点ではありますが…)。

このように考えていくと、人民元を米ドルに取って代わる基軸通貨にしようとしている中国の当局の試みには十分な注意は必要ですが、それと同時に現状では、まだまだ人民元が米ドルに取って代わるという状況にないことだけは間違いないと考えて良いでしょう。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. すふちゃん より:

    中国は「世界の工場」と言われてきたけれど、それは中国企業自体の輸出ではなく、西側の投資によるものだ。

    仮に中国企業が強い競争力を持っているのなら、その輸出製品に「人民元建て」を要求することができるだろうが、西側で競争力を持つような製品が、どれだけあるだろうか?

    確かに、BtoCの分野ではハイアールとかハイセンスとかTCLとか出てきていて、日本でもシェアが拡大しているが「人民元建て」を受け入れてまで買うほど競争力のある製品なのだろうか?

    そして、いよいよアメリカが中国を「デカップリング」にかかっているから、現状の中国の国力で「人民元経済圏」なんてどれだけ作れるのだろうか?

    私は強く疑問に思う。

    1. 匿名 より:

      人件費が安い場所貸し経済なんです。つまり、通貨が強くなるとやって行けなくなるんです。

    2. はにわファクトリー より:

      爆発的に増加した中国の工場労働者層ですが、若い世代はブルーカラーを忌避して誰もが大学を目指し、卒業しても気に入らない就職はせずプータローに甘んじる。それを指導者層はいたく憎み、人民はおとなしく工場労働者たれとホンキで考えているらしい。
      運営コストの高い海岸部から工場立地はどんどん内陸へ移動、安く働いてくれる貧民層を現地に集めて操業を続ける。これが現代中国経済力の実態です。
      このごろ当方は米国 eBay で廉価な電子部品を購入しましたが、驚いたことに発送地はキルギスの首都ビシュケクでした。販売者は中国なのだからこれまでのように深圳・香港地区から発送されると予想していました。新疆ウイグルの弾圧も白紙革命騒動の発端地も工場労働者がらみとのことです。中央アジア諸国に中国が接近するのとちゃんと符号しています。

  2. めがねのおやじ より:

    本題とは異なります。数日前の論題で、一般国民も政治に意見を言える方法として、党員になれば、というお話を、見ました。で早速「自由民主党衆議院議員 ○○氏事務所 新時代政策研究会事務局」にメールを差し上げると、審査でもあったのでしょうか、翌々日返信をいただきました。新宿会計士さん、ありがとうございました。

    まだ会則等詳細は不明ですが、政治家の事務所に連絡を取るなんて、初めてのことです。賛同して入会するかは未定ですが、じっくり前向きに考えます。

  3. GM より:

    通貨の基本機能は、融通性です。つまり、自分が受け取った通貨を他の誰もが受け取ってくれるかということです。
    ある経済圏と言っても、その経済圏で全てのモノが賄えるなら、その経済圏で使われる通貨の価値に何の問題もないだろうけれど、その経済圏以外でも調達しなければならないモノがあるとすれば、その通貨に融通性があるか、つまり、その経済圏以外の人がその通貨を受け取ってくれるかが問題となります。
    ある通貨の経済圏とは、その経済圏でどれだけモノが賄えるかの指標とも言えます。
    その経済圏が小さいという事は、その経済圏そのものが、他の経済圏へのモノの依存度が高い、つまり、自経済圏だけではやって行けません、という事です。
    こういう基本的な見方が出来れば、己の力を過信することもなくなるように思います。

  4. sqsq より:

    銀行との間で交わす「コミットメントライン」という契約がある。
    コロナの時に増えた。
    不測の事態に備えて融資枠を確保しておくもので無料ではない。利息に相当するような金を払うが利息ではないので確か消費税がかかるはず。

    中国が提供するスワップはコミットメントラインのように無条件で応じるものではなく、その時の「気分」であれこれ理由をつけて応じたり、応じなかったりということをするのだろう。
    スワップとはいざという時に頼るもので、中国のスワップは「アテにならない」

    1. 団塊 より:

      紙屑(元やスリランカ・ルピーやウォン等々)同士の
      >スワップは…応じたり、応じなかったり
       で、いいんだと思う…というか、それしかない!という感じです。
       一時的にスワップした『元』を期限が来たとき返還されなければ手元に残った紙屑通貨は無価値であり、踏み倒されてしまうのだから。

    2. 団塊 より:

      >スワップとはいざという時に頼るもの
       と言えるのは、これ以上ないという市場価値を有するハードカレンシー同士の日英米欧瑞加の為替スワップです。

       紙屑通貨は市場価値がない。踏み倒されたら担保にとった紙屑通貨は売るに売れない紙屑でしかない。
       こんな紙屑を預けられて いざというとき頼りになるもの…と言われてもねぇ~。

  5. カズ より:

    中国による通貨スワップ外交の本質は、「締結してからの支配」にあると思っています。
    外貨準備が脆弱だと「スワップを行使(売り叩く)するぞ!」で、ひとたまりないですから。

    スワップは、無くて地獄で アリ地獄・・。

    人民元の引出しが拒否されたスリランカの事例を見る限り、中国とのスワップは対中決済(貿易代金・債券)の用途にしか機能しないのかもですけどね。

  6. 匿名z より:

    「スワップの引き出し残高」に関するエクセルデータなどは見当たらなかったため、少々面倒ですが、PDFファイルをひとつずつ確認し、「相手国の通貨当局が引き出している人民元の金額」と、「中国人民銀行が受け入れている外貨の米ドル換算額」を2018年3月期まで遡ってみました。・・・ご苦労さまです。でもこれも本ブログを読んでいてよかったと思える一つの理由です。

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