ネット「タテヨコの広がり」議論を深める読者コメント

ネット時代における「タテヨコの広がり」という論点があります。これは、インターネットの普及で人々が多くのより情報源から情報を得ることができるようになったこと、同一メディアの過去の情報発信を追いかけることができるようになったこと、という2つの特徴を意味する当ウェブサイトの造語です。これを巡って本稿ではとある読者コメントを2つほど取り上げたうえで、その議論の広がりを確認してみたいと思います。

ネット時代における「タテヨコの広がり」

当ウェブサイトでこれまで取り上げてきた話題のなかには、「インターネット時代におけるヨコの広がり・タテの広がり」、という議論があります。

「ヨコの広がり」とは、同じタイミングで複数の情報源から気軽に情報を得ることになった、という意味であり、また、「タテの広がり」とは、同じメディアがこれまである事実などをどのように報じていたかを時系列で追いかけることができるようになった、という意味です。

これについては直近では『首脳会談巡り「岸田首相周辺が韓国に不快感」=日テレ』でも話題として取り上げたのですが、読者コメント欄ではさまざまな議論が盛り上がったようです。

ここで取り上げておきたい読者コメントが、2つあります。

人々のオールドメディアへの怒りの原因は「裏切り」にある

ひとつは「農民」様というコメント主様からいただいた、こんな趣旨のご指摘です。

タテヨコの広がりがなかったからこそ、『新聞さえ読んでおけば大丈夫』、『テレビで取り上げられていたから信頼できる』、といった価値判断があったのだと思う。オールドメディアが人々から嫌われ始めている原因は、その質の低さそのものではなく、『裏切り』にある」。

この「農民」様というコメント主様は、しばしば当ウェブサイトのまどろっこしい表現をズバッと短縮して本質を指摘してくださるため、「農民」様のコメントについては個人的には大変に勉強になると思って読ませていただいているのですが、このご指摘もそのひとつでしょう。

いわれてみればたしかに、「ウチでは朝日新聞を取っている」、「ウチは読売新聞だ」、といった具合に、各家庭で購読している新聞は別々でも、人々は「新聞に書いてあるのだから、それが正しい情報なのだ」、という暗黙の前提を置いていたフシがあります。

また、テレビも同様に、「テレビで言っていたんだから間違いない」、などとする信頼感(あるいは信仰)のようなものがあったのかもしれません。

このように考えていくと、ネットの登場と普及で「タテヨコの広がり」が出現し、新聞やテレビが、ときとしてウソを垂れ流しているという不信感が人々に芽生え始めた結果が、今日の新聞・テレビを中心とするオールドメディアの苦境の原因なのかもしれません。

最初から結論を求める人にネットは不向き(かも)

対してネットはどうなのか――。「農民」様はこれについて、次のような趣旨の内容を指摘します。

ネットは最初からタテヨコが無限に広がっており、手放しで信じられるような代物ではないにせよ、有益な情報を拾い出すことができれば、とてつもない可能性を秘めている」。

これはまさに本質的なご指摘でしょう。

つまり、オールドメディアが優れているのか、ネットが優れているのかという「二者択一」ではなく、利用する人によって向き、不向きがわかれる、というものなのかもしれません。

とくに、最初から「結論」を求める人にとっては、ネットは非常に使い辛い空間です。なぜなら、同じ話題について調べてみても、閲覧するウェブページによって、まったく異なることが記載されている、といったことは、ザラにあるからです。

当ウェブサイトにも関わる話でいえば、「エクセルのマクロは使うべきかどうか」、といった論点があるかもしれません。

著者自身、実体験に基づき、とくに組織で仕事をする場合、「エクセルのマクロを使うべきかどうかは状況による」、という持論を持っています。その組織に「PC大好き」な人が大勢いるのならば、マクロでもアクセスでも何でも使えば良いと思うのですが、そうでない場合はブラックボックスは極力排除すべきだと考えています。

しかし、世の中には逆に、「ボタンひとつで事務作業を片付けてくれるマクロはとっても便利」、「エクセルのマクロはどんどん使って仕事を効率化すべきだ」、などと考える人もいます。これも著者自身は賛同しませんが、ひとつの考え方ではあるのでしょう。

当然、「エクセルマクロは使うべきなのかどうか、結論だけを知りたい」という人からすれば、ネット空間は不向きですし、新聞やテレビのように、ともすれば「結論はこうだ」と決めつけるようなメディアの方が、「結論だけを知りたい人」には向いているのかもしれません。

陰謀論者は「タテ検証」をやられると耐えられない

一方、「元ジェネラリスト」様というコメント主の方からは、こんな趣旨のご指摘がありました。

いわゆる『陰謀論』の人たちは、『タテの検証』をやられると耐えられない。『陰謀論者』には、普段から『逆張りの一言で目立つ』という行動パターンの人が多いからだ」。

これはまた強烈なご指摘です。

古くは「UFOは地球に飛来している(けれどもNASAが隠蔽している)」、「心霊写真は実在する」、といったトンデモ系の人たちもそうでしたし、最近だと反ワクチン派、反マスク派、あるいは「ウクライナ戦争はウクライナの自作自演でロシアは何も悪くない」というロシア・フレンズの皆さんなどがその典型例でしょう。

そういえば、『反科学の人たちの科学的知識は「最低レベル」だった?』でも取り上げたとおり、科学に否定的な態度をとる人たちの多くは、じつは科学的知識がほとんどない、という研究結果が出て来ているというのも興味深い話題です。

これについて、その研究結果が正しいという前提で議論するならば、想像するに、「反科学」の人たちは、ちょっと学問を聞きかじっただけですべてを理解した気になり、「俺は何でも知ってるぞ」、とばかりに、医者や科学者らの知見を軽視するのかもしれません。

したがって、陰謀論者の人たちの主張について、「タテの検証」を実施すれば、少なくない人たちから自己矛盾がボロボロと出て来てしまいます。

統一教会ブーメランが突き刺さった日テレグループ

いや、そういう事例は「陰謀論者」の人たちに限られません。

たとえばテレビ局の場合、自民党議員らに対し、舌鋒鋭く(旧)統一教会との関連性を追及していたメディアが、自身の系列局の「看板番組」で(旧)統一教会と密接な関連が発覚した、というケースがありました(『統一教会問題で日テレ「個人的な思想・信条確認せず」』参照)。

たとえば、山際大志郎・経済再生等担当大臣が(旧)「統一教会」との関連を聞かれ、「選挙を応援してくださっている方が、内心の自由として、『どのようなお考えをお持ちか確認をするか』と言われれば、確認はしない」と答えたことを、日本テレビや読売テレビなどは批判的に報じました。

しかし、その日本テレビ自身が8月26日に公表した『弊社の番組に関わるプレスリリースについて』と題したPDFファイルによれば、『24時間テレビ』に(旧)「統一教会」の信者がボランティアとして関わっていた件を巡って、次のように釈明をしています。

『24時間テレビ』では、番組の趣旨に賛同していただける方にボランティアとして参加していただいております。一般的に、参加される方の個人的な思想・信条について確認することはいたしません。以上

…。

山際大臣が選挙スタッフの個人的な思想・信条を確認していなかったことを、日テレやその系列局が「不祥事」(?)として舌鋒鋭く追及していたくせに、自身にまったく同じ事案が発生したときは「個人的な思想・信条について確認しません。以上。」というのは、不誠実極まりない対応です。

結局のところ、我々一般人でも簡単に、こうした「タテ検証」「ヨコ検証」ができるようになったというのもネット時代の威力そのものであり、新聞、テレビを中心とするオールドメディアがますます社会的信頼を失っていくであろうことは、容易に想像がつく点なのかもしれません。

心霊写真はどこに行った!?

さて、最後に少し話が飛びますが、最近、「心霊写真」があまり社会的な話題にならないのは、いったいなぜでしょうか。

スマートフォンが普及し、人々が写真を撮影する機会は劇的に増えたはずですが、なぜか「心霊写真が撮れた!」などとするテレビ番組もあまり見かけなくなりましたし、書店のオカルト雑誌コーナーなどでも、あまり心霊写真の投稿などを見かけることはない気がします。

そういえば昔、とあるテレビ局で心霊写真を科学的に解明するという番組が放送されていた記憶があるのですが、いわゆる「心霊写真」の圧倒的多くは、たとえば「ぴかぴかに磨き上げられた墓石に人の顔が反射していた」、「鉄塔の端っこがあたかも化け物の手のように写りこんでいた」、といった、合理的なものばかりです。

著者自身の仮説ですが、いわゆる「心霊写真」が報告されていた理由のひとつは、ポラロイドカメラなどを除けば、昔のフィルム式のカメラの場合、撮影してから現像するまでにかなりのタイムラグを伴い、撮影した写真をその場で確認することが難しかった、という事情もあるのかもしれません。

しかし、現代だと、たとえばスマートフォンで撮影した場合、撮影した瞬間に画像を確認することができますし、なにか変なものが写りこんでいた場合には、その場で原因を確認することができてしまいます。

皮肉なことに、心霊写真を追放したのはデジタルカメラやスマートフォンなどの普及だったのかもしれません。

さらにいえば、デジタル技術が高度に進化したこともあり、心霊写真などその気になれば気軽に偽造できてしまいます。映画やドラマ撮影でも、現代ではCGの普及に伴い、特撮もほぼ絶滅したらしい、とする話題を耳にしますが、これも技術の進歩がもたらす変化でしょう。

読者コメント一覧

  1. 雪だんご より:

    いわゆるオールドメディアはこの「新しい基準」に耐えられない、応えられない。
    規模を縮小してマニア向けの弱小メディアとして生き残るのか、
    それとも社会的責任を問われる前に逃げる様な形で廃業するのか……
    恐らくはそのどちらかの末路でしょう。

    では”その後”はどうなるのか?いわゆるニューメディアは誕生するのか?
    私には”その後”がどうなるのか、想像が尽きません。

    ①「そんなとんでもなく厳しい基準じゃ商売が成り立たないんだよ」と言う共通認識が
    広がり、”真実ではなく読者が読みない物”を書くなんちゃってメディアだらけになるのか?
    ②正確で高品質な代わりに高額な情報を「最速で金持ちにだけ売りますよ、
    ただし……広めたりしたら、どうなるか分かりますよね?」と言うやり方で行くのか?
    ③マスメディアが存在せず、誰もが一次ソースを自力で探したり、
    好き勝手に怪しい情報をばら撒いたりするカオスな時代が来るのか?

    スポンサーや圧力団体に忖度せず、政治的にも偏向せず、責任を持って正確な情報を
    報道する事にこだわるマスメディア……なんてのは見果てぬ夢なんでしょうかね?

  2. やまいぬ より:

    相変わらず本題とは無関係な駄コメントです。

    >UFOは地球に飛来している
    文として成立してないですよね。
    それが「エイリアンクラフト」だと確認されれば「未確認飛行物体」ではないのですよ。

    「宇宙人」という言葉もアタマ悪そうだなと思う。
    科学っぽく語りたいなら「地球外知的生命体」ではないかなと。

    1. 普段は読むだけ より:

      大いに同感です。

      権威のありそうな組織「UFO(未確認飛行物体)の存在は否定できない」
      UFO信者「権威ある組織がUFO(エイリアンクラフト)の存在を認めた」
      これ、よくあるパターンですけどUFOを
      慰安婦(戦時売春婦)(性奴隷)
      徴用工(応募工、合法的徴用工)(強制的奴隷労働)
      に置き換えてもそのまま通用します。
      これって、言葉の定義が一致しない事が原因ですね。って言うか、わざと定義をすり替えてるとしか思えません。

      韓国がらみの案件は、今後「ムー」に取り上げて欲しいと思っております。

      1. 新宿会計士 より:

        普段は読むだけ 様

        >韓国がらみの案件は、今後「ムー」に取り上げて欲しいと思っております。

        さすがにそれだとム●ーに対して失礼ではないかとw

  3. sqsq より:

    民放テレビの末路はある程度予想がつく。
    大前提は「広告効果がなければ広告費は入ってこない」ということ。
    スポンサーが提供する番組が小粒になり(つまり低予算番組)面白くないのでますますテレビを見ない人が増え悪循環に陥る。現在でも民放は①何か食ってる②どこか歩いてる③楽屋オチのネタで笑っている、あるいは①②③の組み合わせの番組が多い。低予算で作れるのはこんなものなのだろう。ワイドショーは過激なことを言って煽らなければ視聴率がとれないし、うっかりしたことを言うと炎上する。ドラマは出演タレントのスキャンダルに泣かされる。スポーツ中継はプロ野球、Jリーグ中心に残るだろう。放映権の高騰でワールドカップ予選は手が出ない。こういう状況で増えるのはショップチャンネルと映画の放送ではないか。
    かつて映画は「電気紙芝居」に負けた。テレビは「便所の落書き」に負けるのだ。

  4. 元ジェネラリスト より:

    心霊写真が話題にならなくなったのは、写真のデジタル化で改変が一般化したから、ってのもあるかと。
    随分前に、アイコラ画像が流行った頃と心霊写真の消滅が時期が一致してるような・・・

    映像のCG化もあるかなぁ。
    ジュラシックパークを始めて見たときには目の前に再現された恐竜映像に得も言われぬ感動を覚えたものです。ロードオブザリングの冒頭の合戦シーンとかも。特撮では絶対ムリ的な映像に感動したものです。
    が、私の周囲の若者はそんなもの当たり前で、どんな映像を見ても「ふーん」って感じです。
    映像画像の中では何が創造されようと、何でもアリと身体でわかっているかのようです。

    心霊写真は集団ヒステリーを楽しむ面があったと思いますが、写真ごときではもうみんなシラケちゃうのでしょう。

    1. ちょろんぼ より:

      元ジェネラリスト様

      心霊写真が出来上がる基本の一つに
      人間の脳が人間のようなモノを人間と勘違いして
      認識するというのもあります。
      特に顔は、相手の表情を確認する為、鋭敏となっており
      目が二つ・口が一つあれば人間と認識をする。
      それが原因の一つとなっているそうです。
      現在の心霊写真は、画像をいじくれるようになった為
      自分を中心とした空間と、それ以外の空間の間に歪みが生じると
      いったものもあります。

  5. 匿名 より:

    本稿は、人と情報の第一次的な関係についてのことです。
    タテは、時系列的にみる、ヨコは、広く収集することで、インテリジェンスの第一次的要件です。
    インテリジェンスとは、情報の中から、何かの意味を読み取ることです。
    第一次段階で、情報の「おもてづら」に左右されているようでは、情報の中から意味を読みとることなど、日暮れて道遠し、ですね。
    ましてや、情報や知識の一つを知って、自分は、それに関して全てを知っていると勘違いするなんてって事ですね。

  6. 古いほうの愛読者 より:

    大雨で外出もままならないので,ネット情報の真偽の見分け方の私論でも書いてみたいと思います。数学や物理のように数式等が沢山入っているとその処理が上手か稚拙かで書き手の能力は大体分かるのですが,文書だけの情報の場合は文書技巧が上手か下手かだけで内容の価値を判断するのは難しく,むしろ,そこに含まれる情報のオリジナリティーと分析力等から判断するしかありません。
    記名記事の場合は,その人の仕事や社会的地位から,ある程度の判断はできます。特別な情報に触れることができた立場の人からの情報は,一部におかしなところはあっても,一班の人には知ることのできない情報が多いですから貴重です。でも,(日本の)記者レベルの記事の場合は,大本営発表受け売りだったり,社内調整後の記事だったりで,複数のソースの情報を比較検討する必要が出てきます。
    最近,ネットで一番多い情報は,広告料収入などの僅かばかりの収入や,営業上の目的のために書かれたサイトです。自社広告の場合を除いて,書かれている内容が,他サイトのどこかに書かれていることだけで,情報の独自性は全然ありません。サイトによっては,そういう常識的な説明の後に,自分の商売に誘導する記事が書かれています。あまり,読んで得になることはないでしょう。
    政治的な主張に関しては,なかなか難しいところもあって,民主主義である以上,いろいろな対立する議論が展開されるのはやむをえません。ただ,書き手の視野が広いか狭いか,諸外国の情勢にも明るいか暗いかは読んでいて大体分かるので,前者のほうが参考になる意見は多いでしょう。
    経済的主張も難しいですが,産業,貿易,投資で科学技術や統計学に近い話なら,書き手のそのあたりの知識と理解度がどの程度かわかるのでないでしょうか。特に,投資の話でチャート分析抜きの議論をしている記事はほぼ有害記事と思っていいです。例えば,株価の記事の後講釈的解説は,読んでいて疑問なものが多く「この記者さん投資で儲けたことないんじゃないかな」と感じてしまいます。将来のチャート予測の記事の正否を一般の方が判断するのは難しいかもしれませんが,ここは確率論的に過去のチャートパターンから判断できる範疇ではあります。ブラックショールズ方程式を厳密に理解していなくても大丈夫ですよ。数学的には面白いですが。

  7. なんちゃってギター弾き より:

    こんにちは。
    特にここに集う方々のコメントのレベルはかなり高いので「自分が書いていいのか〜」って思うときが結構あります(汗)
    ところで最近のマスコミ報道などを見ると、スピードといいその報道の仕方といい、最早ネットを情報の主軸としている人をターゲットにしていないんだろうな、と感じます。

  8. 陰謀論者 より:

    「心霊写真」はデジタルとは相性が悪いようです。デジタルというのは0か1かですが、心霊というのは0ではないが1ではないというあいまいなもののため必要ないノイズのようにデジタル機器からは排除されるもののようです。
     あたかもmp3音源でカットされた音域のようにフィルターされているといったほうがよいでしょうか。
     個人的な見解ですがもう少し赤外線方向にデジタル機器の感度を上げていけば、かつてのアナログ時代の「心霊写真」は記録できるかもと期待しております。

    1. 攻撃型原潜#$%&〇X より:

      確かに。興味深い仮説です。デジタル画像は0か1に収斂させるために多くの情報がカットされてしまいます。CD全盛の現代でも昔のLPレコードの人気が根強いのは、0と1の間にある音も再生されて、人は無意識にその音を聴いているからかもしれません。同じくフィルム写真にはデジタル画像とは比較にならないほどの情報量が写り込んでいます。いくらCCD/CMOSの解像度を上げてもデジタル機器には捉えられない世界があるのかもしれないと思う方が楽しめますね。

  9. やまいぬ より:

    「オーブ」という現象はむしろデジタルカメラの時代にとりざたされるようになったんじゃないかな。
    アレはライカ版カメラよりはるかに被写界深度の深いコンパクトデジカメが空中の埃を拾ってしまっているのだと思うけど。

  10. Sky より:

    マスコミ界は、たとえ誤報を報じても修正する文化が無いように、基本的に自身に都合の悪い縦検証は行わないものなのでしょう。
    また、他紙記事を引用するのは、基本的に自身と同一ベクトルの他紙の場合が多いように思います。これも基本的に自身に都合の悪い横検証は行わないというものの派生なのでしょう。
    見苦しいですが、そうしないと自我が存続できない、という危機感の現れなのかもとも感じます。

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