ウクライナ改軌なら欧州化と脱ロシアがいっそう進行へ

鉄道整備にまつわる話題あれこれ

鉄道は効率の良いシステムではありますが、建設には莫大な費用と時間が必要です。また、鉄道にはもうひとつ、「軌間」という重要な論点もあります。人口密集地帯・東京では、新たな地下鉄路線の整備計画が進んでいる反面、ルート選定などで大きなコスト負担が生じているほか、軌間など解決すべき問題がいくつもあります。こうしたなか、ウクライナでは軌間を標準軌(欧州規格)に改軌するという構想も出てきたようです。

鉄道は効率の良い輸送システム!しかし…

大都市部に居住しているサラリーマンの方であれば、よっぽどのお金持ちでない限り、通勤は自家用車ではなく、鉄道を使っているというケースが多いのではないでしょうか。

鉄道は一般に大量のヒトやモノを反復的に輸送するのに適した手段であり、また、エネルギー効率も大変に優れていることでも知られています。

日本通運株式会社ウェブサイトにある『環境に優しい鉄道輸送』というページによれば、トンキロ当たりのCO2排出量は自家用車が1209g・℃であるのに対し、トラックは227g・℃、船舶は39g・℃、そして鉄道はわずか23g・℃に過ぎません。CO2排出量だけで見れば50倍以上の効率の良さです。

また、トンキロ当たりのエネルギー消費量は、航空機が21,439KJであるのに対し、鉄道は442KJに過ぎず、やはり効率は50倍近い差が開いている格好です。

ただし、鉄道には大きな欠点もあります。

それは、自動車、船舶、航空機などとは異なり、線路が敷かれている範囲内でしか動くことができない、という点です。また、とくに都市部の鉄道の多くは専用軌道を要するため、新たに鉄道を敷設するには用地買収に大きなコストを要するほか、敷設後の維持・メンテナンスにも大変なコストがかかります。

このあたり、2023年3月開業を目指して建設が進む宇都宮市のLRT(次世代型路面電車)のように、道路上に併用軌道を敷設するなどして建設コストを圧縮しているケースもありますが、こうした例外を除けば、都市部に新たに鉄道を敷設する場合、そのほとんどは地下鉄とならざるを得ないのです。

東京の代表的な新線整備計画

東京ローカルの話題で恐縮ですが、著者自身が把握している限り、現時点における東京近郊の鉄道新設計画としては、次のようなものがあります

蒲蒲線

東急多摩川線・矢口渡駅付近から多摩川線を地下化し、東急蒲田駅を地下に移設したうえで京急蒲田駅まで地下線を通すもの。将来的には大鳥居駅の手前で京急空港線に乗り入れる計画。『たった数キロで東京をガラッと変える「蒲蒲線」とは?』等参照。

有楽町線・豊洲-住吉駅間延伸

東京メトロ有楽町線を豊洲駅から分岐し、半蔵門線・住吉駅まで4.8㎞をつなぐ延伸計画。日経新聞・8月3日付『有楽町線延伸ルート素案 枝川・千石駅を新設』などによると、東京都が2日に公表した素案では枝川・千石の2駅(駅名はどちらも仮称)が設けられるとのこと。

南北線・白金高輪-品川間延伸

東京メトロ南北線の白金高輪駅から品川駅まで2.5㎞をつなぐ延伸計画。

建設には莫大な費用と時間が必要:迂回ルートも!

これら以外にも、首都圏でいえば、たとえば東急東横線と相鉄本線をつなぐ新たな地下鉄が建設中であり、2023年3月には羽沢横浜国大駅と日吉駅の間で直通運転が開始される予定だそうです。新横浜駅を通るため、東急・相鉄沿線の居住者にとって、新幹線を利用する際の利便性は飛躍的に向上するはずです。

ただ、どの鉄道にしても、建設には莫大な費用と時間が必要です。

とくに、南北線の延伸計画も、素人目に地図で見たら大した距離はなさそうなのですが、現実には白金高輪駅から品川駅を直線でつなぐのではなく、白金高輪駅、高輪台駅などを経由し、大きく「S字」を描くように品川に至るルートが選定されたようです(図表)。

図表 S字カーブを描く南北線延伸計画

(【出所】東京都ウェブサイト)

とりわけ東京のように、すでに多くの地下鉄、道路トンネル、地下貯水施設などが大量に存在する都市部に新たに鉄道を敷設することがいかに大変かという証拠でもあるのでしょう。

軌間の問題も重要だ

さて、鉄道という話題に関していえば、ほかにも重要な論点があります。

それが、「軌間」です。

先日の『たった数キロで東京をガラッと変える「蒲蒲線」とは?』でも議論したとおり、東急多摩川線と京急空港線を直通運転させる場合の大きな障害が、両路線の軌間の違いにあります。京急は1435ミリの「標準軌」、東急は1067ミリの「狭軌」を採用しているからです。

(※なお、1435ミリを「国際的に標準的な軌間」という意味で「標準軌」と呼ぶこともあれば、1067ミリを「日本国内における標準的な軌間」という意味で「標準軌」と呼ぶこともあるのですが、本稿に関しては、1435ミリを「標準軌」、1067ミリを「狭軌」と定義したいと思います。)

現在の技術上、軌間が異なる区間を同じ鉄道車両が直通運転することは非常に困難です。日本では長年、「フリー・ゲージ・トレイン」(FGT)と呼ばれる、狭軌と広軌を自在に行き来することができる鉄道車両の開発が続けられているのですが、やはり、なかなか実用には至らないようです。

『メルクマール』というウェブサイトに8月2日付で掲載された次の記事によれば、FGTは車両の機構が複雑とならざるをえないのに加え、せっかく軌間を変更できる車両が実現したとしても、それらは高速走行に適さない、などの事情もあるためだそうです。

結局理想が高すぎた? 異なる軌間を行く「フリーゲージトレイン」、約四半世紀たっても実用化されないワケ

―――2022.8.2付 Merkmalより

ただし、海外ではこのFGT、すでに実用化されているのだそうです。

ウェブ評論サイト『東洋経済オンライン』に約4年前に掲載された次の記事によれば、欧州では「動力装置を持たない客車」が主体であり、構造を複雑にする動力装置を搭載する必要がないため、こうしたFGTが成功しやすいという事情があるのだとか。

欧州の「フリーゲージ」はなぜ成功しているか/日本のFGTは技術的難易度が高すぎる

―――2018/04/07 6:00付 東洋経済オンラインより

このように考えていくと、「西九州新幹線」(武雄温泉-長崎間)が博多駅に乗り入れるためにFGTを走らせる、といった構想は、やはりかなりハードルが高そうです。

ウクライナの鉄道を標準軌化すれば何が起こるか

さて、軌間という視点では、昨日、読者コメントで非常に興味深い議論が交わされていました。とくに「元ジェネラリスト」様というコメント主の方が、「はにわファクトリー」様というコメント主に返信するかたちで掲載していたリンクが、こんな記事です。

ウクライナの鉄道「欧州規格」に移行か 台車交換せず直通、線路幅のほかにも課題が

―――2022年5月30日付 鉄道プレスネットより

『鉄道プレスネット』というウェブサイトに5月30日付で掲載されていた記事によれば、ウクライナのデニス・シュミハリ首相は5月24日、ウクライナの鉄道を「欧州規格」に移行させる考えを示したというのです。

じつは、旧ソ連(たとえばロシア、ウクライナ、モルドバ、ベラルーシなど)では、鉄道の軌間は「標準軌」(1435ミリ)よりもさらに広い、1520ミリの「広軌」なのだそうです。したがって、ウクライナの鉄道は、標準軌が多い欧州の鉄道とは、そのままでは直通できません。

鉄道プレスネットによれば、現在、「広軌」と標準軌の両軌間を行き来する国際列車は、国境の駅で台車を交換して直通運転を行っているのだそうですが、「交換作業には相当な時間がかかり、所要時間の短縮や輸送力向上の障壁になっている」のが実情なのだそうです。

もちろん、FGTを導入すれば、台車交換などの手間は必要ないかもしれませんが、この場合もFGTを導入できるのは技術的に動力源のない客車などに限られてしまうでしょう。

しかし、もしもウクライナの鉄道がすべて標準軌に切り替われば、欧州各国との鉄道の直通運転が可能になり、ロシアやベラルーシなどとの鉄道の直通運転ができなくなり、台車交換ないしFGTが必要になります。

鉄道プレスネットはシュミハリ首相が「まず主要拠点や大都市を結ぶ鉄道を欧州規格に変え」、「その後、全土の鉄道を徐々に欧州規格に変えていく」という段階的な軌間変更の方針を示したとしていますが、これが実現すれば、ウクライナの欧州化・脱ロシア化がさらに進むことでしょう。

日本式の「新幹線・在来線」併存型でスタートしては?

もっとも、当たり前の話ですが、改軌には莫大な資金と時間が必要です。鉄道プレスネットは『thepage.ua』などの報道を引用し、「ウクライナ全土の鉄道ネットワークを標準軌に改軌する場合、少なくとも1000億米ドルかかる」との試算を紹介しているのですが、現在のウクライナに1000億ドルはかなりの負担でしょう。

しかも、ウクライナの穀物輸送用鉄道の貨車は3224ミリで、欧州の多くの国における車両限界3150ミリよりも大きいなど、鉄道の規格そのものが異なるため、単に改軌すれば良いという話でもなく、車両自体の交換が必要になるなど、莫大なコストが予想されます。

それに、現在のウクライナにとってはまずはロシア軍をドンバスやクリミアなどから追い出さないといけないのに加え、ロシアによる違法な戦争の結果傷ついた国土を復興させていくなどの課題もあります。ウクライナ政府が鉄道の改軌をどこまで優先的な課題に位置付けるかは読み切れない点です。

ただ、西側諸国は著者自身の試算で4000億ドル近いロシアの外貨準備資産を凍結している状況にあります。このロシアの外貨準備資産を担保に、ロシアが起こした違法なウクライナ戦争の対価をロシア自身に支払わせるという意味で、鉄道の改軌を象徴的に進めていくというのは、悪いアイデアではないでしょう。

ちなみに鉄道プレスネットによると、ウクライナではすでに2021年2月時点で、全長2000㎞に及ぶ標準軌を採用した時速250㎞級の高速鉄道を整備する計画を発表しています。

このように考えるならば、日本が新幹線と在来線で異なる軌間を併存させているように、ウクライナも新たに整備する高速鉄道と在来線を分け、まずは標準軌の高速鉄道を整備し、在来線についてはある程度時間をかけて改軌していく、といった形でも良いのかもしれません。

いずれにせよ、ウクライナの復興支援においては、鉄道大国であるわが国も、金融やノウハウ提供を含め、かなりの程度寄与できる部分があることは間違いありません。

ウクライナがロシアの仕掛けた違法な戦争から力強く復興すること自体も、ロシアを筆頭とする無法国家の敗北を意味するのだとすれば、今後はウクライナの復興支援を巡って、わが国でも活発な議論が交わされることを期待したいと思う次第です。

読者コメント一覧

  1. 百十の王 より:

    ローカルネタですみませんが、2023/3月開業予定の相鉄・東急直通線もお忘れなく。相鉄悲願の渋谷直通が実現します。
    https://www.sotetsu-re.co.jp/chokutsu/

  2. Naga より:

    三線軌条はだめなんでしょうかね。
    ポイントのところが複雑になってしまうんででしょうか?
    https://18kipper.com/dual_gauge/

    1. 元ジェネラリスト より:

      既存の車両も併用できますし、三線軌条はよさそうな気がしますよね。

      >京急逗子線:金沢八景駅 – 神武寺駅
      この写真、すごくいいですね。ポイントの構造がわかりやすい。

      ウクライナの改軌ネタでは、はにわファクトリーさんが以前から安保上の理由を指摘されていますが、三線軌条ではロシアからの直通を止められないですね。
      ウクライナ政府も安保上の理由を含めて考えている気もします。
      ロシアとの直通線だけは標準軌オンリーにしてしまうとか?

      その差は鉄道の線路幅にあり? ウクライナとポーランド ロシアの脅威度が段違いなワケ
      https://trafficnews.jp/post/113676

      1. Naga より:

        そうですね、今回話題のウクライナの目的にはダメですね。
        あくまで日本ではどうかということですね。

      2. 尾多哲 より:

        三条軌線は青函トンネルの中でも使用されていますが、車両限界と建築限界が設計時から考慮されていない場合には問題外です。
        一番の問題は三条軌線上では車両の中心線が両軌間の車両で一致しないので車両限界と建築限界が滅茶滅茶になり、近接構造物(例えば駅のプラットホーム)との適切な間隔が取れなくなってしまいます。 かと言って、ロシアの広軌の 1524㎜ と標準軌の
        1435㎜ の幅の差はレール二本分の幅よりも狭いので四条軌線も実現出来ません。

    2. 裏縦貫線 より:

      標準軌~狭軌:1435-1067=368mm
      広軌~標準軌:1520-1435=85mm
      軌間が十センチ弱しか違わないのでは、そもそもレールを並べて設置すること自体無理そうです。

      1. 元ジェネラリスト より:

        どうもそのようですね。
        ウクライナで三線軌条の写真が見つかりません。
        ポーランド・ベラルーシの国境区間は中心軸をずらした四線軌条のようです。
        個人のツイートですが
        https://twitter.com/vorortanleiter/status/1104727924673036289

        ウクライナ国境の台車交換施設では、中心軸が同一の四線軌条のようですが、特殊なレールっぽいです。

      2. 誤星紅旗 より:

        なんと、元が広いなら中に一本通せないものかと思ったら三線式は物理的に難しいのですか。ロシアは樺太で日本から接収した狭軌の鉄道をついこの前2020年まで使っていました。樺太だけで10年以上かけてロシア規格の線路に変えていった様ですから広大なウクライナで改軌するとすればどれほど時間がかかるやら。

  3. はにわファクトリー より:

    鉄道プレスネットが言及している thepage.ua 記事はこれのことですね。
    https://en.thepage.ua/economy/ukraines-switch-to-european-railway-gauge
    2022-5-26
    Shmyhal(デニス・シュミハリ首相)reports complete switch of Ukraine to European railway gauge: Why this is impossible

    なかなかのよみものでとても優れた内容と思います。軌間の違いだけでなく、車両規格や車両限界、レール軸重の制約にきちんと言及して、欧州鉄道網へウクライナ貨車が運行できない理由を指摘しています。貨車新造費用を問題視し重要産業である穀物輸送を意識した発言と分かります。
    ですが、ISOコンテナを運ぶコンテナ車だったらどうなんでしょう。衛星写真には穀物サイロへ大型トラックへ運び込む様子が映されており、そこを中継地点として(おそらく)専用穀物貨車に積み替えて港湾へ送り込んでいる。流通を回転させる大量のコンテナを確保するのはそれ自身がコストですが、穀物貨車+ばら積み専用船という旧来型輸送体系の一部でもISOコンテナ輸送に切り替えることにトータルコスト面で極端な劣後がなく、標準軌鉄道網へのコンテナ列車直通運転などの新しい価値が作り出せるなら、ISOコンテナ化も選択肢としてありでないかと思いつきました。素人考えなのピント外れかも知れないので、現業に詳しい方からのコメントがあるといいです。昨夜読んだ Wiki の海上コンテナ記事は面白かったです。
    ウクライナにはトンネルはなさそうですから、コンテナ2段積み輸送だって可能性としてありそうなんですが(Indian Railways double stack container で Youtube 動画検索プリーズ)中身の詰まった重量コンテナではさすがに無理でしょうか。

    1. 元ジェネラリスト より:

      侵攻前に発表された計画のまま、特段上書きがあるわけでもないようです。
      欧州側の国境から近い主要都市までの標準軌線を整備する計画(2000km)で、その内側の膨大なネットワークは従来のまま。改軌というわけでもなさそうです。
      直接的には安保上の理由と言うより経済的な理由。
      できるところからの今の計画のようですが、その範囲で言うと旅客需要に力点を置かざるを得ないのでしょうか。

      一時期コンテナ輸送価格の低下でコンテナ輸送へのシフトが進んだような話も聞いたことがあります。素人ながらに、一度コンテナに移行すればよほど輸送費が高騰しない限りそのままのような気がします。

      ネットでは「モルドバが広軌で取り残される」という議論も見かけましたけど、広軌を使えなくするわけではないので関係なさそうです。

  4. 元ジェネラリスト より:

    この分野門外漢ですが、ぼーっとググっていたところ、素人的にはおもしろい解説を見つけましたので、一応貼っときます。

    日本海事センター:バルク輸送とコンテナ輸送の選択に関する意思決定構造の解明
    https://www.jpmac.or.jp/file/504.pdf
    BCC:バルク貨物のコンテナ化(Bulk Cargo Containerization)
    BCCには受荷主の意向が最も影響しやすい。
    荷主は(コスト以外に)定時性を重視するが、コンテナは定時制が高い。
    BCC化困難要素:
     受荷主がバルク輸送用の多額の設備投資をしている場合もある。
     BCCには荷主側にコンテナ用の設備投資が必要。
     輸送費用総額はコンテナが高い。

    BCCを促進したい人のための論文のようです。

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