「日本のロシア撤退率はG7で最低」レポートの問題点

帝国データバンク(TDB)は26日、『日本企業「脱ロシア」ストップ』、などと題したレポートを公表しました。これによると日本企業のロシアからの「事業撤退率」は5%とG7で最低であり、上位には56%のノルウェーを筆頭に、北欧や英米諸国などが目立つ、などとしています。端的にいえば、大変にミスリーディングなレポートです。そもそも日本の対ロシア直接投資、対ロシア与信は日本全体の0.2%に過ぎないからです。

時事通信『日本企業の「脱ロシア」が止まる』

時事通信に何やら気になる報道が出ていました。

日本企業の「脱ロシア」止まる 撤退割合、G7で最低―帝国データ

―――2022年07月27日07時08分付 時事通信より

これは、帝国データバンク(TDB)が26日に公表した調査によると、ロシア事業の停止・撤退を表明した日本企業が7月22日までの1ヵ月間でゼロだった、というのです。TDBはこの調査を3月から毎月実施しているそうですが、「撤退企業がなかったのは初めて」。

また、累計の撤退割合もG7中最低で、「『脱ロシア』の動きを加速させる欧米企業との差が目立つ結果となった」と指摘しています。

これについて、どう考えれば良いのでしょうか。

TDBの報道発表には問題が多数!

TDBのウェブサイトを覗いてみると、たしかにこんな報道発表があります。

日本企業の「ロシア進出」状況調査(7月)

日本企業「脱ロシア」ストップ ロシア事業見直し、5カ月目で初のゼロ~ 「事業撤退」主要国で最低レベル、欧米企業との温度差鮮明 ~<<…続きを読む>>
―――2022/7/26付 帝国データバンクHPより

また、詳細については『日本企業「脱ロシア」ストップ ロシア事業見直し、5 カ月目で初のゼロ~ 「事業撤退」主要国で最低レベル、欧米企業との温度差鮮明 ~』と題した2ページ物のPDFファイルでも閲覧することができます。

これによると、調査対象の母集団は「帝国データバンクが保有する企業データベースに加え、各社の開示情報や報道資料を基に、工場や事業所、駐在員事務所などの設備・施設、直接出資などでロシア国内に関連会社を有するなどの形で、2022年2月時点に進出が判明した上場企業168社」だそうです。

このうちロシア事業を停止・撤退した企業は74社であり、全168社中の44%だとしつつも、「前月から新た

なロシア事業の停止や撤退を表明した企業はゼロ」で、しかも完全に撤退した割合はTDBの調査で3%、米エール大の調査でも5%と「G7で最低水準」、などとしています。

正直なところ、文章自体がうまく整理されておらず、「事業撤退率」と「事業を停止・撤退した企業の割合」などの用語が厳密に定義されていないばかりか、調査対象の母集団が適切なのか、といった疑問が次々と浮かぶ発表内容と言わざるを得ません。

そもそも日本企業はロシアと深い関係を持っていたのか?

ちなみに諸外国の状況で見ると、エール大の集計に基づけば、全世界の主要企業約1300社のうち22%にあたる300社がロシア事業撤退を表明しており、国籍別にみるとノルウェーなど北欧3ヵ国に加え、英米企業を中心に「脱ロシア」の動きが加速している、などとしています。

ただ、今回のTDBの発表内容も、調査がTDBの社内のデータベースなどをもとに行われているとのことでもあるため、外部からの検証は困難です。

ただ、日本商工会議所が5月17日付で引用した、JETROが4月15日~19日に実施した調査によると、調査対象の日系企業111社のうちの55%が「一部もしくは全面的に事業(操業)を停止」と回答しているのだそうです。

ロシア進出日系企業を対象にした調査結果を公表(ジェトロ)

―――2022年5月17日 13:29付 日本商工会議所HPより

TDBの調査と母集団が異なる以上、違う結果になるのも当然ではありますが、日本企業のロシア撤退が遅々として進んでいないかの印象を与えかねない発表は、いかがなものかと思います。

これに加えて客観的なデータで指摘しておくと、そもそも開戦前の時点で、日本がロシアと密接な経済的関係を持っていたとは言い切れない状況にあるのも間違いありません。

たとえばJETROが公表する日本の対外直接投資(FDI)の国別残高で見ると、2021年12月末時点でロシア向けの直接投資残高は35億9300万ドルであり、これは日本全体の対外直接投資残高1兆9871億6900万ドルに対してわずか0.18%に過ぎません。

しかも、「対外与信統計」の定義上、この「35億9300万ドル」には、いま話題の「サハリン2」への投資額も含まれているはずです。そうなると、「サハリン2」以外への投資額は、本当に微々たるものと考えるのが妥当でしょう。

また、国際決済銀行(BIS)が公表する「国際与信統計」(Consolidated Banking Statistics, CBS)で見ても、邦銀のロシアに対する与信残高は2021年12月末時点において101億2700万ドルと日本全体の国際与信(5兆0786億9600万ドル)の0.20%に過ぎません(※所在地ベース)。

対ロシア・エクスポージャーでいえば、日本はフランス(270億5000万ドル)、イタリア(245億9600万ドル)、オーストリア(183億3500万ドル)よりも少ないのです。

「事業撤退率」で国際比較する意味はない

こうした客観的なデータから判断する限り、単純に「日本企業がロシアとそもそも密接な結びつきを持っていた」とは到底いえませんし、もともとロシア進出企業が限られているなかで、「事業撤退率」でG7などと国際比較すること自体、ほとんど意味はありません。

だいいち、今回のTDBのレポートは「TDBが把握した『ロシアから撤退する日本企業』の数がこの1ヵ月間でゼロだった」と述べているだけであり、当然、TDBの調査漏れという可能性だってあるでしょう。TDBの調査レポートの元データを外部者が検証できない以上、何とも言えないのです。

いずれにせよ、TDBのレポートとこれを喜々として報じた時事通信の記事は、「日本がロシア制裁に及び腰だ」とする印象を与えかねない、非常にミスリーディングなものであることだけは間違いないでしょう。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. 元ジェネラリスト より:

    先日もこんな報道ありましたよね。

    男女平等、日本116位 政治・経済遅れ先進国最低―国際調査
    https://www.jiji.com/jc/article?k=2022071300201

    ランキング好きには効くんでしょうね。
    韓国メディアもランキング好きだけど、日本のメディアもランキングは大好き。
    ざっと報道を見た限り、どうやって測定したか明示しているものはありませんでした。
    なぜか「遅れている」ことを事実として、「だから日本は改善しなければならない」調。

    男女格差なんて国や文化で考え方や定義や背景も違うのだから、事情に合わせて必要なことをやるだけで、ランキング比較にはあまり意味は感じません。
    そういうのは多いですね。

    1. nanashi より:

      元ジェネラリスト 様

      仮にに全てを真っ平らにしたとしても、悪平等になるだけで新たな歪みを産むだけですからね。
      結局こういうランキングが世代分断や男女分断をの要因になっている事をマスコミや得意げにこれを挙げる人達は気付かないのでしょうかね。

  2. ボチボチ より:

    企業からすれば、ロシアにどこまでコミットしてきたかという問題がある。ロシアへのコミットの程度によって、撤退しやすかったりそうでなかったりする。
    ロシア市場を考えれば安易な撤退はできないし、かといって撤退しないわけにもいかない。撤退できる企業の撤退が終わり、撤退が難しい企業が残っているだけでは?

  3. わんわん より:

    「撤退」じゃなきゃダメなんですか? w

    ロシア進出の日本企業、「現地事業停止」4割 1カ月で約2倍に急増 撤退も判明、「脱ロシア」加速(帝国データバンク)
    https://approach.yahoo.co.jp/r/QUyHCH?src=https://news.yahoo.co.jp/articles/be3312399429130f1dd7bf25655d53ab65fcb361&preview=auto

     ↑の時点で168社中(制裁参加60社 撤退3社)
    7月22日(帝国データバンク PDF)(制裁参加74社)
    取引停止 34社
    生産停止 14社
    営業停止 10社
    撤退    5社
    残りはその他

     

  4. 墺を見倣え より:

    「節電ポイント」に通じるものがありますね。

    外出する時もエアコンつけっ放しにして来た様な超浪費家でないと、節電ポイントは稼げない。
    従来から節電・省エネに心がけて来た正直者は馬鹿を見る。

    石炭火力で二酸化炭素吐きまくって来た欧州が、「石炭火力は二酸化炭素を出すので禁止しよう。」と言うもの同様。
    従来から高効率化等に努めて来た日本は馬鹿を見る。

  5. 迷王星 より:

    TDB発表の撤退率の低さはどうでも良いのですが,サハリン2は諦めるべきでしょうね.
    これに100%依存している広島ガスの問題は問題として別途解決すれば良い(取り敢えずはスポット契約でのガス確保にならざるを得ないので現状よりずいぶんと割高になるのは確実でしょうが,それに関しては有事対応ということで政府が介入=ガス輸入代金増額分を一部負担すれば良いしそれしかない)のであって,サハリン2でロシアに弱みを握られ続ける事態は戦略的な敗北ですから絶対に避けるべきですね.

    いずれにしてもサハリン2の日本企業が有していた権利は対価ゼロで没収される訳で,サハリン2で日本がロシアに対して更なるお金を支払うような取引をするのは論外です.

  6. がみ より:

    ズブズブだった国が60%撤退するのと、第二次世界大戦後の戦後処理すら未完了で金むしられてるスッカスカのお付き合いの日本を率で比較されましてもねぇ…

  7. 人工知能の中の人 より:

    こうやって数字の意味を騙り、さも大事のように書き立てるのはまったく受け入れられない。

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